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第四話
「――――大変ご立派でしたドイル様! ゼノ様もアラン様もセレナ様も大変お喜びであることは私にも想像に容易く! 我が祖父セバスも控え席より、本日のドイル様のご雄姿を心から称賛している事でしょう!!」

 入学式を終え退場した後からずっと大・興・奮! といったテンションで俺を称賛し続けている、こいつはアギニス公爵家の家令であるセバスの孫バラドである。セバスによく似た濃い灰色の髪と黒色の目をしており、愛嬌のある顔をしている少年だ。バラドの父親であるモルドは現在父の側仕えをやっている。

 バラドも今日までずっと俺を見放さずに付いてきてくれた一人である。
 バラドは俺が何しても賞賛し、肯定してくれていた。中等部時代、バラドに他の者が面と向かって俺を非難した際「ドイル様は私達が考えにも及ばない崇高な考えの元、行動してらっしゃるのです! それを傲慢にも非難しようなど、恥を知りなさい!」と逆切れしているのを俺は見たことがあった。根拠のない信頼であるが、そんなバラドの態度に俺が救われてきたのは事実なので、こうも喜んでくれると嬉しい。

「(ただ、死亡フラグを折りたかったという本心は一生教えない方がいいよな)」

 俺が更生したことをこんなに喜んでるのに、実は前世を思い出して精神的に大人に成ったのと、打算的な考えをするようになっただけだと知ったら、ショックを受けるどころでは無い気がする。
 俺自身、打算はあるが、皆に胸を張れる人間になりたいという気持ちに嘘は無い。 
 より反省した感をだし、感動させる為の演出を行なったことを知られれば、あざといといわれるだろうが知られなければいい話だ。別に同情をかって、悪いことに利用しようとしている訳でなく、より楽に更生したのを知って貰おうとしているだけだ。必要悪である。
 前世を思い出して思ったのだが、前世の俺はあざとく、そしてそれを周囲に悟らせない演技力があったから順風満帆な日々を送れていたのだろう。まぁ、性根が腐っていた訳では無く、悪意がある訳でも無いので、波風立てずに上手く生きるコツを知っていたということにしておこう。

「それにしても、いつの間にあのような立ち振る舞いを身に付けられたのですか? 王への拝礼など手本のように美しく、醸し出す高貴な雰囲気に私、見惚れてしまいました。流石はドイル様です。これで今まで愚かにもドイル様をアギニス公爵家に相応しくないなど戯言を流布していた輩共も黙るでしょう! 私はドイル様以上にアギニス家継嗣に相応しい方はいないと思っておりました! ドイル様にお仕え出来る事を誇りに思って――――」

 バラドから次々とかけられる称賛の言葉に、ちょっと逃げたいと思った俺は悪く無いと思う。バラドの所為で、談話室は常にない人口密度になってしまっている。
 起死回生を謀った入学式は、俺の宣誓の後は何の問題も無く粛々と進み無事に終了した。そして本来ならば入学式後は解散となり、寮の門限まで三時間ほど家族と最後の逢瀬を楽しむ時間があるのだが、俺はそのまま寮に向かった。
 高等部は基本、卒業の三年後まで家に帰ることは許されない。例外として冠婚葬祭があげられるが、実質入学式後の三時間を終えた後は手紙や物資の輸送はあれど、家族と顔を合わせることは無い。
 しかし、俺の中ではあの宣誓中に家族との別れは済んでいる。だから次に会うのは、卒業し、アギニスの名に恥じぬ男になってからだ。
 だから俺は、興奮し急いで俺を両親の元に連れて行こうとするバラドを制止し、両親への伝言を頼んで一人で行かせた。
 両親やメリル、セバスやモルドと騒いで来れば落ち着くだろうという打算もあった。以前の俺ならまだしも、前世を思い出した俺にバラドや取り巻きのよいしょは居た堪れないからな。決して、バラドが嫌いな訳では無いぞ、うん。

 様々な思惑はあれど、そうやって厄介払いを済ませた俺は、早々に自室に籠り寛いでいたのだが、悲しいかな。憩いの時間は短かった。
 何故ならば、両親への伝言を済ませたバラドは、家族との最後の逢瀬だというのに、一時間もかけずに俺の自室にやってきた。

 曰く、「ドイル様が断腸の思いでセレナ様達の決別を決意し、実行しようとなさっているのに、私が両親に甘える訳には行きません」だそうだ。従者としては見上げた心がけであるが、気にせず甘えてくればいいものをと思ってしまったのはご愛嬌である。

 そして当のバラドは俺を自室から連れ出し、談話室でいつもの様に甲斐甲斐しく世話を焼くと徐に向かいの席に座り、マシンガントークで俺の称賛を始めたのだ。
 今まで褒める所が無かったドイルをそれでも尊敬し付き従ってくれたバラドは、公然とドイルを称賛できることが出来るのがよほど嬉しいのか、先ほどからずっとこの調子である。
 どんだけ俺が好きなんだ、バラドよ。

 というか、両親や王女様やメリルやバラドは一体何を根拠に俺を信じているのかと、常々疑問に思う。彼らの愛情のお蔭で今までのうのうと生き永らえてきた身である俺に、こんなことを思う資格は無いと思うが、彼らの妄信的な信頼と深すぎる愛情が少し怖い。

 熱っぽい眼差しで俺を見つめながら褒め称えるバラドを横目に見ながら、お茶を飲む。そしてしばらく収まりそうにないバラドから意識を逸らした。同時に、バラドの所為で徐々に上級生達が集まり、こちらを伺っているという現実から逃避する意味も込めて、今日の宣誓を振り返る。



 結果的に言えば、宣誓は大成功だった。大方の目標は達成できたと思って良いだろう。何しろ、王自ら俺の今までの罪は不問にすると言ったのだ。ドイルに建っていた死亡フラグは折れたと見ていいはずである。
 上手く行きすぎて怖い気がするが、喜ばしい事には変わりない。何しろ今日一日で、マイナス地点からゼロ地点に来られたのだ。
 ならば今後の課題はどれだけプラスに持って行けるかと言った所だろう。しかし、この点に関して問題は無い。
 ドイルのスペックは滅茶苦茶高いのだ。横暴な振る舞いを止め、槍に固執せずに過ごせば文武共に学園のトップに立つのも夢じゃない。

「(…………何処までやれるか試してみるのも悪く無いよな)」

 前世の俺はリスクの無い道ばかり選んで生きた。他人に誇れるのは剣道しかなかったし、顔も頭も体も並だったので、選べる道も少なかった。
 しかし、今は違う。
 槍や回復魔法という道は無理でも、それ以外の道は無限大だ。ならば、いける所まで行ってみたいと思うのは、男として当然の欲求であろう。どんな男だって、心の中にヒーロー願望を持っているのだから。
 それに、先ほどの誓いもある。 
 あれだけの人間の前で、いつか三人の生ける伝説を越えると宣言したのだ。今まで散々周りに迷惑をかけて、甘えて過ごしてきたというのもある。ならば、恩返しや贖罪を兼ねて、今度は己の限界に挑戦し続けるのも悪く無いかもしれない。
 幸いドイルは世界に祝福されているようだからな。

 脳裏に過った『スキル【世界の祝福】が解放されました。今後、神々や精霊達の加護や協力が得やすくなり、基本ステータスが補正・強化されます』という文面に詳しい説明を見れば、どうやら魔法の類いが使いやすくなり、全体的に基礎能力が上がるらしい。
 何もしてないのに神々や精霊に愛して貰えるなんて流石、勇者と聖女の息子である。というか同じような魅了に近い何かが、近しい人間にはかかっている気がしてきた。もしかしたら、このドイルという存在自体、愛されやすく出来ているのかもしれない。
 それこそ性格とかスキルとかレベルでは無く、神々がそうなるように魂に刻んでくれているのかもしれない。
 そう思ってしまうほど、周囲も世界も俺に優しく、甘い。

「(――本っ当にこの世界は、俺に優しくできてるよな)」

 ここまでくると、前世を思い出させたのは世界の意志みたいな気がするが、そうすると何故そこまでに俺に、と鶏が先か卵が先かの水掛け論になってしまう気がするので、この件に関してはこれ以上深く考えるのは止めておこうと思う。

 そして優しく温かい世界だからこそ、この、世界レベルの優しさに甘え続けるのではなく、俺は己の足で歩いて行きたいと、強く思う。
 その為にも俺は今までの行いに向き合わなければならないだろう。愛され、甘やかされると同時に、俺が傷つけたものがこの世界には沢山あるから。


「――――ドイル」

 複雑そうな表情で俺の名を呼ぶこの人も、きっと俺が傷つけてきた一人だ。

「王太子殿下」

 ぽつりと呟いた俺の声は、想像以上にはっきりと談話室に響いた。



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