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夏も本格的になろうかという頃、デュラハン号は主である真奥貞夫の人間関係にやきもきするのに疲れ果てていた。
出勤すればどうしても顔を合わせてしまう職場の後輩、佐々木千穂との関係は、今にいたるもぎくしゃくしたままであり、真奥もそのことには頭を悩ませているようだ。
雨の交差点で出会った遊佐恵美は、ごくわずかながら態度は軟化したものの、最終的に真奥に害を為そうとしていることは間違いないようで、彼女がアパートにやってくるたびにデュラハン号は無暗に緊張してしまう。
そしてこの日、デュラハン号は主の周囲に新たな『女』を確認し、またぞろ波乱の嵐が吹き荒れるのではないかと肝を冷やす。
※
真奥の部屋に、漆原半蔵という少年が新しく居候するようになってから、恵美は前にもまして頻繁にアパートを訪ねてくるようになっていた。
だが、珍しく今日は彼女の姿を見ていない。
真奥は仕事から帰って来ると、芦屋とともに外食だと言って出かけてしまい、部屋には漆原一人だけ。
この漆原と言う少年はまず外には出て来ないため、今日は誰かが自分を走らせることは無いかと思っていた矢先であった。
見慣れぬ大型トラックが、アパートの前に停まったのである。
最近よく現れる佐助急便のトラックではない。引っ越し業者のようだ。
すると、トラックとほぼ同じタイミングで敷地に入って来た人物がいた。
今時珍しい、和服を来た女性だった。
手に部屋の鍵らしきものを持っているが、まさかこのアパートの新しい住人なのだろうか。
「すぐに部屋の鍵を開ける。少し待っていてくれ」
和服の女性はトラックの運転手に向かってそう言うと、軽快な足取りで共用階段を上がってゆく。
程なくして、ヴィラ・ローザ笹塚に長らく一つしか灯らなかった蛍光灯の光が、二○二号室の窓に点灯した。
やはり、新しい住人だ。
デュラハン号は引っ越し業者がさして多くなさそうな荷物を運びこむのを眺めながら、新しい住人は、何か乗り物を持っているのだろうかと考え、そわそわしてしまう。
もし自転車が来たら仲良くなれるだろうか。スクーターやバイクが現れたらどう接すれば良いのだろうか。
だが期待外れと言うべきか、新しい住人は二輪の乗り物を持っていなかったらしい。
荷物の運び込みが終わってトラックが去った後、デュラハン号はちょっとつまらないような、安心したような気持ちになった。
そしてすぐに、女性一人がこんなアパートにどういう事情で引っ越してくるのか、ぼんやりと思案を巡らせる。
「ふぅ……こんなものか」
すると新しい住人の女性が、共用廊下から階段の踊り場に現れた。
「本当にこんな所にいるのかは怪しいが、とにかくまずは無事に拠点を構えられたな」
夕刻の陽の光に浮かび上がる新しい住人の顔立ちは、少し暗く見えた。
「しかし、人の気配はするが、動きがないな。まさかと思うが、昼寝でもしているのか……? 面通しはもう少し様子を見てからにするか」
今後の予定を確認しているかのような独り言を呟きながら、女性は階段を降りてくる。
そして、アパートの敷地内をぐるりと一周して戻ってきた。和服の裾に張り付いた雑草の切れ端を払いながら、女性はうんうんと頷く。
「土地は狭いが、万が一戦闘で不利になったとしても、逃走経路は悩まなくても良さそうだな」
またぞろ物騒な言葉を操る女もいたものだが、ふと彼女は視界にデュラハン号を収め、じっとこちらを見つめてきた。
「……ジテンシャ、という乗り物か」
まるでデュラハン号を品定めするかのような視線に緊張するが、女はすぐにため息を吐くと肩を竦めて視線を逸らした。
「本当にマオウがあれに乗っているのだとしたら……落ちたものだな。意外に早くカタがつくかもしれん」
その言葉を聞いたときのデュラハン号の怒りはいかばかりであっただろうか。
つい先だっても似たようなことを恵美に言われたばかりである。全く最近自分の周りに現れる女ときたら、自分を見るなりなんという言い草だろうか。
確かに自分は6980円の安物シティサイクルである。
だが、主である真奥を侮辱されては黙ってはいられない。もし自力で走行できたとしたら、全力で後輪のブレーキをかけて抗議してやるというのに。
そんなデュラハン号の怒りがどのように作用したのか、はたまた単に真奥がしっかりスタンドを下ろしておかなかったせいか、怒りに震えるデュラハン号は、唐突に支えを失い横転してしまう。
「あっ」
すると、今まで真奥やデュラハン号をバカにしていたはずの女が、思わずと言った様子で駆け寄ってきて、デュラハン号を起こすではないか。
だがその程度の情けで許すほど、デュラハン号の怒りは浅くない。むっすりしながら後輪のブレーキの調子を確かめ、いつでも鳴らしてやるぞと言わんばかりに見上げた女の顔は、
「……間違いであれば、どれほど気が楽かな……」
思いの他寂しげで、つい怒りが引っ込んでしまう。
「いずれにせよ、今は『ただの』隣人だ」
女は慣れない仕草でデュラハン号のスタンドを直すと、少し疲れたような足取りで階段を上がってゆく。
一体何だと言うのだろう。夜の闇も少しずつ空を覆い始めて、まるでこれから来る闇全てを背負っているかのような様子だ。
と、そのとき。
「……早く帰ろうぜ。漆原にブーブー言われたくねぇし」
外の道から、真奥の声が聞こえてきた。一体何を食べてきたのだろうか。
デュラハン号の意識が階段を上がる女から帰ってきた真奥と芦屋に移った瞬間、
「っ!!」
女が、息を呑む音が聞こえた。
視線を戻すと、女は明らかに真奥と芦屋の姿を認め動揺しているようだ。またぞろ恵美のような昔の知り合いというわけではなかろうなと訝る間もなく、女は何かを決心したように階段を一歩降りようとして、
「あっ」
足を滑らせた。
これは、落ちる。デュラハン号はその後の惨状を予測し、呑めるものなら息を呑みたかった。
「あっ!」
「ああっ!?」
真奥と芦屋も、女に気づき動揺した声を上げている。
「ウソだろっ!?」
どのような飛び出し方をしたものか、女は一直線に真奥目がけて落下してゆき、あわや大惨事というところを、何とか真奥が受け止めた。
「油断……大敵っ……!」
理由は分からないが、あれほど一人でアパートの周囲の様子を警戒したり、真奥達を見て動揺しつつも意を決して階段を降りようとしたくせに、今更油断とはどういうことだ。
デュラハン号が心配したところでどうしようもないが、気絶してしまったらしい女は、困惑しきりの真奥と芦屋に抱え上げられアパートへと入って行ってしまった。
※
やはり、あの女は妙だ。
真奥や芦屋の反応を見る限りでは、ちょっと妙なところがあるものの、隣人として申し分ないという評価を下しているようだ。
だがデュラハン号に言わせれば、引っ越してそう間もないのに、早くも真奥達の部屋に出入りしてやたらと世話を焼いているのが見て取れて、今時の若い女性に限ってそんなことがあるものかと思ってしまう。
意外にも、真奥の周辺にいる女性の中でも一風変わった部類の恵美ですら、同じ感想を持っているらしい。
鈴乃が来て一週間程経ったある日。
やってきた恵美は、行きも帰りもけたたましく階段を滑落しながらも、鈴乃の存在に警戒する素振りを見せていた。
真奥への好意が露骨に透けて見えるあの佐々木千穂ですら、鈴乃ほどの思い切った行動にはまだ出ていない。
もっともここ最近、真奥との関係がぎくしゃくしているせいか、マグロナルドでもあまり千穂の姿を見ない。もし彼女が今のこの状況を知ったら、どのような行動に出るだろうか。
そんなことを考えていた翌日には、
「……つまり自信がないのね……?」
「だ、だって……もし負けたら、一人じゃ立ち直れないじゃないですか……」
千穂が険しい表情で、恵美とともにアパートにやって来た。
察するに、真奥か恵美あたりから、どこからともなく現れて男所帯の世話を甲斐甲斐しく焼く和服美人の存在を聞いて、危機感を抱いたのだろう。
決意の表情と恵美との会話を見れば、千穂が噂の和服美人(すずの)に宣戦布告をしに来たように見えなくもない。
一体どんな修羅場が繰り広げられるのか。デュラハン号は、千穂と恵美がアパートの二階に消えるのを、固機械油(かたず)を呑んで見守る。
が、数分後には二○一号室から和気あいあいとした会話が聞こえ始め、デュラハン号は拍子抜けしてスタンドロックが外れてしまった。
どうやら真奥の部屋で、千穂と恵美と、そして鈴乃も一緒に食事をしているようだ。
裏庭の木にたかる蝉が騒がしく、また六人分の会話を聞き分けられるほどデュラハン号の聴覚は洗練されていない。
しかし、当初予想した修羅場のようなものは一切なく、むしろ恵美が普段よりも真奥達と積極的に会話し、千穂の声からも緊張が見られない。
まるで鈴乃の存在が、全体のかすがいになっているかのような有様だ。
顔を合わせた者同士が仲良くなるのは良いことかもしれないが、ここ最近の真奥の身の回りに起こった出来事を考えると、本当にただ新しい知り合いが出来ただけ、とはどうしても思えない。
だが、結局食事会は終始和やかなまま終了し、あまつさえ恵美と鈴乃が連れ立ってどこかへ出かける始末だ。
やはりデュラハン号の考えすぎなのだろうか。
その後、どうやら真奥が千穂を送って行くことになったらしく、デュラハン号は真奥のお供として一緒に着いてゆくことになる。
二人の会話には多少のぎこちなさはあるものの、あの日に比べればずっと距離は近づいている。
恵美が心配していた『真奥と千穂の仲直り』はいつの間にか達せられていたようだ。
「……俺達みたいな男んちに来るの、ご両親に何か言われたりしないの」
「……言うなればお母さん公認です!」
いや、これは……。
「お、親父さんは?」
「今朝なんか『もう料理を作ってやりたい奴がいるのか』とか言って泣いてましたし」
違う。これは、近づく、などという生易しいものではない。
「……もしよかったら、私、お弁当作って来てもいいですか?」
「……俺の?」
これは、攻勢だ!
明らかに、千穂は真奥に向かって今まで踏み越えなかったラインを越えようとしている!
デュラハン号は緊張し、後輪が普段より二割増しでチキチキと大きな心音を奏でるのを自覚した。
ここ数週間、千穂が真奥に対して妙によそよそしかったのは、明らかに『あの日』の出来事が起因している。
自分が見ていない範囲で何が起こったのかデュラハン号には知る由もないが、あの日の別れ際の千穂は、明らかに真奥が隠していた『悪魔』という言葉に関わる何事かを受け入れられずに動揺していた。
だが、今日まで整理しきれなかったその心を、鈴乃の存在が突き動かしたのだろう。
「……気にならないの? その、俺達がさ」
「よその世界の悪魔だってことですか?」
やはり!
真奥が『悪魔』だなんだという話については未だにデュラハンは確証を抱けずにいるものの、『悪魔』という言葉が意味することが何であれ、今の千穂の心の中では既に気持ちの置き所に決着がついている!
それが、今の千穂の返事から明確に察せられた。
真奥は、千穂の意図を察しているのだろうか。
ここまで明確に心が見えている女性の言葉を察せられないほど空気の読めない主ではないとは思いたいが、それでもデュラハン号は心配で心配で、今にも勝手にダイナモのスイッチが降りてライトを点灯させてしまいそうだ。
「そうですね、気にならないって言えば嘘になります」
気にならないのは嘘。だが、その『気になる事柄』が、今の千穂の心を止める障害たり得ないのは、本当。
「でも私」
正午少し前の日差しが降り注ぐ中、汗ばむ陽気にデュラハン号のサドルは限界まで熱を持った。そして。
「そんなこと知る前に、真奥さんのこと、好きになっちゃいましたから」
デュラハン号は、その瞬間ペダルがひとりでに後ろ向きに回転しそうになるのをこらえた自分を褒めてやりたかった。前照灯のフィラメントが通電もしていないのに焼き切れそうだ。
足を止めた真奥がブレーキを握ろうものなら、普段の五割増しで後輪のディスクブレーキが祝福の絶叫を奏でていたことだろう。
節々折々常々そこかしこで真奥への好意が透けて見えていた千穂だったが、やはり言葉の力は強い。
たった一言、明確な言葉を口にするだけでそれまでの節々折々常々そこかしこの行動全てが、この瞬間に至るための花道のように輝き始めるではないか。
肝心の真奥が千穂の心意気に圧倒されているが、更にデュラハン号が驚いたのは、千穂は真奥に何ら返事を要求しなかったことだ。
ただ自分の好意だけを知っていてほしい。今はそれ以上は、何も望まない。
ここまでのお膳立てをしてもらっておいて、何の意志表明もしないなどあり得ない。
デュラハン号は期待に満ち満ちながら主を見上げ、
「愛されているな、貞夫殿」
次の瞬間聞こえた声に、前輪のブレーキが思わず凝固する。
「す、す、す、」
「鈴乃さんっ!?」
真奥と千穂は揃って飛び上がるが、それに釣られてデュラハン号も地味に後輪が浮いた。
「すすすすす鈴乃さん、いいいいいいいつからそこにいたんですかっ!」
想い人本人に気持ちを伝える勇気を持てても、それを他人に聞かれて平常心でいられる人間はそうはいない。自転車の自分ですら、側で聞いていて各部パーツがきしみ始めるほどなのだ。
「い、い、一体いつからいたんですかどこから聞いてましたかなんで声かけてくれないんですかなんでここにいるんですか先に出たじゃないですか!」
千穂が顔を真っ赤にしながら凄い剣幕で鈴乃に詰め寄り捲くし立てるが、真奥も、そしてデュラハン号も同じ思いであった。
鈴乃は、恵美と一緒に連れ立って先に出たはずなのに、何故後ろから追いついてくるのだ。
「案ずるな。千穂殿が貞夫殿に好意を寄せていることは、今朝の貞夫殿への態度から察しはついていたから」
「すすすすすすす鈴乃さん!? ワザとですよね!? ワザと言ってますよね!?」
ワザとでなければ、それはそれで問題だろう。と言うかこの状況を見て平然としていられる鈴乃の感性は、やはりどこかズレているのではないだろうか。
と、折角の告白シーンが台無しになったことで本人でもないのに恨みがましく鈴乃を見ていたデュラハン号だったが、
「っ~~~!!!!!!」
「あっ! ちょ、ちーちゃん!」
真奥が止める間もあらばこそ、千穂はデュラハン号のハンドルを掴むと真奥の手からひったくり猛然と駆り出したではないか。
デュラハン号は主の追いすがる声を一瞬しか捉えられなかった。
千穂は羞恥心を追い風にして、女子高生とは思えぬ健脚でデュラハン号のペダルを踏みしめる。
「あううううううううううううう~~~!!!!!!!」
叫びながら微塵もスピードを緩めず、住宅街の直角カーブを、後輪をテールスライドさせて突破する。
摩擦と熱でタイヤに走った激痛をこらえながら、デュラハン号はとにかく転倒や出会い頭の事故にだけは遭わないよう、強く強く自転車の神に祈ったのだった。
※
「はあっ……はあっ……」
炎天下、休むことなく自転車をこいだ千穂は、自宅に帰りつく頃には全身汗だくで、顔は主に暑さを理由に真っ赤になっていた。
最初は全力の立ち漕ぎだったのが、そのうち自然と姿勢が下がり、最終的には普通にサドルに座って普通のスピードで家の前に停まる。
真奥や芦屋と違い、女子高生の千穂はとにかく体重が軽かった。サドルに乗る尻の柔らかさから察するに筋肉量は真奥に劣るものの、体重差でむしろ真奥が漕ぐよりスピードが出る場面すらあった。
ペダルに伝わる力はなかなかのもので、ハンドルを握る手もたおやかながら力強い。
たまには女性を乗せるのも、違った走りが体験できてよいものだ、などと心の中で走行所感を述べていたところ、
「はあっ……はあっ…………あ、あれっ!? こ、これ真奥さんの自転車!?」
こんな今更なタイミングで気が付かなくてもいいようなものだが、千穂は自分が真奥からデュラハン号を奪ってきてしまったことに気づいた。
「あっ、わっ、きゃああっ!」
そして、慌てて降りようとしてサドルに足をひっかけ、家の前で思い切り転倒してしまった。
「あいたたたた」
千穂は咄嗟に手をついて擦り傷を作るようなことにはならなかったが、デュラハン号は思いっきりアスファルトに横倒しになり、ついでに籠に入っていた千穂の荷物も一緒に路上にぶちまけてしまう。
最後のこれさえなければパーフェクトなライドだった、とデュラハン号はチキチキと空回りする後輪の感触を確かめながら所感を締めくくる。
「千穂!? 何騒いでるの!?」
家の中からは、中年女性と思しき声が聞こえる。千穂の母親の声だろうか。
「ご、ごめーん」
千穂は家の中の声に返事をすると、手を払いながら自転車を起こす。
「あう……乗ってきちゃった、真奥さんの自転車……こ、転んじゃったけど、傷とかついてないかな……」
購入された十分後には転倒して傷ついた身の上なので、そこは気にしないでいただきたいデュラハン号。
「…………はああああああ」
千穂はデュラハン号のスタンドを立てて、道に散らばった空のタッパーや箸箱などをバッグに戻し、大きく息を吐くと、
「い……言っちゃった……」
サドルに突っ伏してしゃがみ込んでしまった。
「言っちゃった言っちゃった言っちゃった~~~っ!!」
千穂はデュラハン号のサドルを抱きしめながら、笑顔と羞恥と泣き顔と達成感を混ぜたように、終始落ち着かない表情を浮かべる。
「……言っちゃった」
だが、最後には少々締まりのない笑顔に落ち着いたところを見ると、鈴乃の乱入という緊急事態は見た目ほど大きな衝撃ではなかったらしい。
いや、真奥に想いを伝えたことの重大さのほうが、衝撃を上回っているのだろうか。
いずれにしても今の千穂は、真奥にとってもデュラハン号にとっても、ヴィラ・ローザ笹塚二○一号室の住人以外では、唯一信頼と安らぎを得られる存在であることは間違いない。
何せ未だ鈴乃は得体の知れないところが多いし、恵美はもう最初から色々とアレである。
千穂は真奥に返事を要求しなかった。
真奥も真奥で、軽はずみに惚れた腫れたを言う性格でもないだろう。
だからデュラハン号も、今すぐ二人がどうこうなることは無いとは分かっている。
それでも千穂の真奥に対する気持ちがはっきりしたことは、素晴らしいことだった。主を愛してくれる人がいるなら、それはデュラハン号にとっても大きな喜びなのである。
「あ、でも……」
そのとき、ふと千穂は我に返った。
「い、言っちゃったけど……鈴乃さんが来て、なんかこう、うやむやになってたり、伝わってなかったりしたら……」
流石にそれはないとデュラハン号は言ってやりたかった。その心の声が伝わったわけでもないだろうが、
「で、でもそんなことはないよね。逃げて来ちゃったけど、ちゃんと好きって……す、好きって…………」
千穂は先程の瞬間を振り返って再び一気に顔を紅潮させ、
「す、す、す、す、好きって、好きって、は、はっきり言ったもんね!」
突然デュラハン号のサドルを思い切り平手で連打し始める。恥ずかしがるのは結構だが、暴力行為はいただけない。
それにしても、言ってしまったはいいとして、今からこの調子では次に真奥や鈴乃と顔を合わせたときにまともに会話などできるのだろうかと、自転車の身ながら心配になってくる。
「言っちゃったからには、私も覚悟決めないと」
だが、次に漏れた言葉は、デュラハン号が予想もしなかった決意と深さに満ちていた。
「わがままかもしれないけど、でも、私は大好きな人とも、大切な友達とも、ずっと一緒にいたい……。どうにか、できないのかな。今のままじゃ私、遊佐さんの優しさに甘えてるだけになっちゃう」
何故そこに恵美の名前が出てくるのだろう。先ほどまであまりにも分かりやすかった千穂の心が唐突に見えなくなって、デュラハン号はハンドルを傾げたくなる。
「とりあえず、今は伝えられただけで十分。私はまだ……真奥さんと遊佐さんの間には入れない……入っちゃいけない」
転倒したときに歯車が引っかかっていたらしい右ハンドルのベルがチリンと鳴るのを、デュラハン号は止められなかった。
何を言っているんだ? 真奥と恵美が、何がしかの特別な関係にあるとでも言いたいのだろうか。どこからどう見ても、恵美が真奥を心から嫌っているようにしか見えないのだが。
「後で勝手に乗ってきちゃったこと、謝らないとね。ごめんね、無茶な運転して」
千穂はデュラハン号に向かってそう言うと、デュラハン号を庭のガレージ部分に入れて施錠すると、汗を拭いながら家の中に入って行ってしまった。
幸せそうだった千穂が、唐突にどこか遠い世界の話をしだした気がして、デュラハン号は不吉な予感が湧くのを押さえることができなかった。
その後、シャワーを浴びて着替えた千穂は、デュラハン号に乗ってマグロナルドに出勤。
告白のことなど無かったように、ひたすら真奥に謝り倒しているだけだった。
折角思いを告げたのに、まるで意図してこれまでの関係を維持しようとするかのように。
真奥と、千穂と、恵美の間には、一体何があるというのだろう。
自転車の身であるデュラハン号には、ただ主が刺激的でありつつも平穏な生活を送れるよう、祈ることしかできないのだった。
<つづく>
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