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第四章【魔法ギルド編】
無効化

 今日は特にトムさんの迎えにありがたい。
 魔法ギルドの前から馬車に拾ってもらい、俺達は屋敷へと帰る。

「つ、疲れた」

 馬車の中で寝てしまいそうだ。
 そう独り言をこぼすと、馬車の中、向かいに深く腰掛けたクインシーが笑った。

「寝ろ寝ろ。 ま、屋敷に着いてゆっくり休めるかどうかはお前次第だけどな」

 その一言に俺は固まる。
 そうだった。
 今日から魔術の特訓をするのだった。


 俺は魔術が苦手だった。
 昔、まだ俺がエセックスの城でお世話になっていた頃の話だ。
 ヴェロニカにつきっきりで指導してもらったにも関わらず、俺は攻撃用の魔術を使う事が出来なかった。
 魔力は十分にあるらしい。でないと、俺はギルドカードすら扱えない言になる。
 あれは水晶に触れると、自動的に魔力が吸われて使用できる魔法の道具だ。
 この世界の人間は、生まれつき魔力が体に宿っているものらしい。
 攻撃用魔術は、普通に生活する分には、必要ではない。
 使えた方が、予期せぬ事態でモンスターに襲われた時便利であると思ったのだが、どうにも無理だった。
 呪文を唱えて、魔力を込める。しかし簡単な魔術すら発動しなかった。
 ヴェロニカには申し訳ないが、教えて貰うのはここまででいいと伝えた。 いつまでも迷惑をかける訳にもいかないので、後は自分なりに何か方法を考えると。
 その後唱え方を変えてみたり、様々な属性の呪文を唱えてみたりと、ひとり城の片隅で試行錯誤した。
 唯一使えるようになった属性魔術の系統が、雷だ。
 しかし、大して威力のない魔術しか使えなかったのだ。
 強い静電気、精々その位の威力しかなかった。
 やっと発動した魔術がその程度だったので、素直に向いていないのだと諦めた。
 静電気でも、脅し程度には使えるし、そこから工夫すれば火を熾す事も出来るだろう。

 魔術の中には、普通の魔術と区別される、特殊な魔術がいくつかある。
 その中のひとつが精霊魔術である。
 精霊魔術が使えるのは、精霊の言語を理解する者のみ、と言われている。
 しかし、精霊の姿が見える俺からしたら、精霊を呪文で縛りつけ、無理やり力を借りている様にしか見えなかった。
 エセックスの城にいた頃、一度だけ精霊魔術の使い手に会った事がある。
ちょうど俺が魔術がどうすれば身に付くか悩んでいた時期だ。
 その使い手の男は、自分を売り込むため、力をおじさんに披露すると言って、城のみんなの前で呪文を唱え始めた。
 精霊魔術の呪文は、精霊文字が載っていると言う古書を元に出来たものらしい。
 男が言っている言葉は、精霊の言葉を理解できる俺からしたら、でたらめな単語を繋げて言っているようにしか聞こえなかった。正しい翻訳や、ちゃんとした呪文は後世に伝わらなかったようだ。
 だが、その中には精霊の名も記されていたらしい。
 男が長々と唱えた呪文の一部が、たまたま土の精霊の名と、命令を意味する単語だったのだ。
 その場にいた土の精霊が、無理やり地上に引き上げられる。
 それを感じ取った男が、補助の魔術を使い、演習場に巨大な落とし穴を作り上げた。属性魔術で同じ事をやろうと思ったら、十人の魔道士が必要になるだろう。
 男は得意げに笑っていたが、俺には土の精霊が悲鳴を上げているようにしか聞こえず、不快だった。
 おじさんは結局、その男を雇わなかった。
 おじさんの抱える騎士団達の機動力を生かすには、男の呪文は長すぎた。
 それでも、おじさんに雇ってもらいたいらしい男は、何度かデモンストレーションを行った。だが、やればやる程、威力にはばらつきがでた。
 男は精霊に命令できている節をちゃんと理解していないし、精霊だって疲弊する。
 確かに威力が強い魔術は魅力的だが、大きな力は扱うのが難しい。扱いきれない力は身を滅ぼす。そう言って、おじさんは優しくもきっぱりと男の雇用を断った。

 男が去って数日後。
 俺は城の片隅で、精霊の力を借りればどうなるか試す事にした。
 精霊を縛るのではなく、頼むのだ。どうか力を貸して下さいと。
 目に付いた風の精霊の塊に向かって、風を起こしてくれと頼んでみた。
 そうすると、突風が真横を通り抜けた。目の前に小さな渦が不自然に留まっている。その渦を精霊が楽しそうに突いていた。
 最初はよかった。その内楽しくなったのか、風の精霊が仲間を呼び始めた。
 渦の規模がでかくなりはじめ、やばいと思った時には、人の背丈三人分程ある竜巻が出来上がっていた。
 俺はもうやめてくれと頼んだが、気紛れな風の精霊は聞き入れてくれなかった。
 どうすればいいか迷った末、俺は風に方向を与える事にした。
 城の内側ではなく、人気の無い裏の林に行かないかと言葉を尽くして風を誘った。
 それを聞き入れた竜巻は、林に突っ込みしばらく暴れまわると、次第に規模を小さくしていき、やがて解散していった。
 その時は木が何本か倒れるだけですんだし、誰かが怪我をするような事はなかったからよかったものの、一歩間違えばと思うと、ゾッとした。
 あの男を見て、俺ならば精霊魔術を使いこなせるのではないかと、思い上がっていたのかもしれない。
 俺は今になってやっと、おじさんのが言った、扱いきれない力は身を滅ぼすという言葉の意味を理解する事ができた。



「おい、着いたぞ」

「……いった!」

 突然、頭に響く衝撃で眼が覚めた。
 ああ、馬車に揺られて寝てしまっていたらしい。
 クインシーの強烈なデコピンで目覚めた俺は、ヒリヒリとする額を擦りつつ、馬車を降りた。
 一度身軽な服に着替え、中庭に出る。
 そこには、すでに準備万端のクインシーが、不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。

「よろしくお願いします、先生」

 さて、クインシーは一体どうやって俺に身を守る術を教えるつもりだろう。
 とても教師役に向いているようには見えない。

「ランドルフのおっさんから聞いたが、魔術が嫌いだとか?」

「いや、嫌いではなく、苦手なんです」

 クインシーはまるで信じていないという顔だ。

「今更逃げられると思うな。 そんな事言ってる余裕なんか、すぐに無くしてやるよ」

「え?」

 クインシーが天に向かって腕を上げる。その指先に、魔力が集まっていくのを感じる。クインシーが呪文を呟くと、魔力は一気に水の塊へと姿を変えた。

「ほら、レッスンだ。 自分の身は自分で守れ、よ!」

 掛け声と共に、小さく分裂した水のつぶてが高速で向かってくる。
 いきなりこれかよ!
 クインシーのやり方は、どうやら実践あるのみと言う方針らしい。
 俺は左右にステップを踏んで水をよけるが、そんな程度の動きは、クインシーにすぐ読みきられて、足元を集中的に狙われる。
 よけた水が、地面に突き刺さって飛沫を上げる。なんだあの水圧。

「ほらどうした。 体術だけじゃあ、さばき切れないだろうが!」

「だ、から、魔術は、使えないって言ってるのに……!」

 打ち出された水のつぶてが、腕や足を容赦なく掠めていく。
 鋭い角度で発射された水が、顔面に向かって飛んでくる。
 どうにか体をよじってそれをよけたが、大きく体のバランスを崩す。
 俺はとうとう膝を付いてしまった。
 これじゃあ、次はよけられない。

「ほら、もうピンチだ。 お前は死にたいのか?」

 そんな訳あるか。
 そう思っても、もう声もでない。
 見上げると、一歩も動いていないクインシーが、膝を着く俺をじっと見下ろしていた。

「動け、じゃないと死ぬぞ」

 そう冷たく言い放ち、クインシーは残りの水をすべてこちらに向けて発射させた。
 やばい。クインシーは本気でこちらを狙っている。
 どうすればいい。
 俺は手を突き出し、唯一使える雷の呪文を唱える。手に魔力が集まるのを感じる。しかし、魔術は発動しない。
 当たる!
 そう思った瞬間。
 水のつぶては見えない何かに当たり、パシャっと音をたてて地面に落ちた。

「え?」

 思わず、クインシーを見上げる。寸止めしてくれたのか?

「てめー、何をやった」

「え、何って」

 自分で聞いておいて、俺の話なんか聞かずにクインシーが再び魔力を込め出した。
 先程と同じサイズの水の塊が瞬時に出来上がる。

「手加減するんじゃなかったな。 おら、よ!」

「えええええ!」

 今度は塊ごと、水の大砲が俺に向かって放たれた。
 死ぬ。あれは当たったら死ぬ。
 俺は思わず、腕で頭をおおった。
 しかし、先程と同じく、水の塊は大きな音をたてて地面に落ち、水溜りをつくるだけだった。
 それを見たクインシーの目が、大きく見開かれている。

「お前、魔術無効化できんのかよ。 なら最初から言えよな」

「無効化……?」

まさか、無意識か?クインシーは、小さく呟いた。

「魔術が苦手と言うのは、本当なんだな?」

「は、はい。 そうです。 属性魔法はほとんど使えません」

 はじめて俺の話を聞いてくれた。
 と言うか、さっき俺が説明しようとした事、ちゃんと聞いてたんだな。

「ほとんど?」

「ええ、雷の魔術が少しだけ使えます。 威力は弱いですけれど」

 そう言うと、クインシーの目がまた見開かれる。
 あれ、俺は何かまずい事を言ったのだろうか。
 クインシーがギロリと睨んでくるで、へらりと笑ってみたが、さらに睨まれた。怖い。
 クインシーは舌打ちして、睨むのやめると面倒そうに言った。

「とりあえず、魔術のシュギョーは、一旦後回しだな。 まずはその貧弱な体を鍛えなおしてやるよ」

「わ、分かりました。 よろしくお願いします」

 俺は内心悲鳴を上げながらも、クインシーに向かって一礼した。
 今日はもう寝ろ。
 そう言って屋敷に戻っていくクインシーを見送りつつ、俺は溜息を吐いた。
 今日の訓練の時、クインシーは、殺すなんて言葉を使っていたが、俺だって本気で殺されるなんて思ってはいない。俺の実力をみる為か、本気にさせる為に、わざとそう言ったのだろう。後から冷静になれば分かる事だ。
 だが、痛めつける位は平気でする。
 それは魔術の訓練に限らず、明日からはじまる体力強化の訓練でも同じ事だろう。
 痛いのは嫌だな。
 クインシーが聞いたら、怒鳴られるくらい甘い考えを抱えながら、俺も屋敷へと戻った。



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