ロトス帝国によると、その刻印持ちはまだ能力に目覚めていないと言う。
今回のお披露目では、刻印を各国の使者に見せるだけに留め、以降は帝国で能力の出現を待つと発表したらしい。
他の同盟国からは、刻印持ちの処遇を話し合うべきだと、意見が飛び交った。
しかしロトス帝国側は、刻印持ち自身が帝国にいる事を望んでおり、それを無理矢理奪うのは非人道的だと押し切った。
あえて他国の不利な状況で、帝国にそう言われては、アルビオン王国も強く言えない。
引き留めれば、監禁だのなんだの言われるだろうし、下手したら戦争になる。
刻印持ちと皇女を人質に捕ったアルビオン王国は、ロトス帝国側からしたら、攻める大義名分がある。
「アルブスにいた頃、ノアも会った事があるだろう。 アニマ王国の元騎士に」
「は、はい。 彼らから、刻印持ちを探す事が、旅の目的のひとつだと聞きました」
喉が引きつる。
思わず下を向いて、おじさんの質問に答えた。
刻印持ちを必死に探していたソフィアさんの事を思い出す。
刻印持ちが見つかった今、この知らせを聞いてどう思っているんだろうか。
「そう何人も刻印持ちが現れるとは思えない。 彼らには、引き続き各地の調査をしてもらう事になるだろう。 ソフィアと言ったかな。 エルフの娘が、パーティーメンバーにいたね」
俺は小さく頷く。
「彼女は森の民の族長の娘だそうだ。 そんなお姫様が何故、旅に同行しているのか私もよく知らんが。 エルフは刻印持ちの眷属になりうる可能性が高い。 本当ならば、すぐにでも刻印持ちに会いたいだろう」
「刻印持ちの周囲に現れる、眷属者ですか。 そんなの、ただの伝説だと思っていました」
子供向けの話では、刻印を持つ者が悪を倒す英雄譚が人気だ。その勇者と共に戦ったり、助けたりするのが眷属者。
彼らもまた、刻印持ちから力を得た能力者である、と言うのがお決まりのパターンだ。
子供が集まって、ごっご遊びが始まると、だいたい勇者をやる子、眷属者のお供、お姫様、悪者と役を選んでいく。
俺はこれまで眷属者とは、英雄譚を面白くする為の後付け的存在だと思っていた。
なにせ、一番新しい刻印の持ち主が、大昔の人物だ。半神格化された今、尾ひれも背びれも付いた伝説だろうと思っていたのだ。
しかし、おじさんの話ぶりでは、眷属者は実在するらしい。
「彼女には悪いが、仕方ない。 刻印持ちの能力が発現すれば、同盟国でまた改めて話し合いの場を設けると言う事で、今回の所は落ち着いたよ」
「そうですか……」
俺は、どうしても言えなかった。俺も刻印持ちであると言う、そのひとことが。
つい先程まで、喉から出かかっていた言葉が、腹の奥底に沈んでいくのを感じる。
言ったらどうなっていたのだろう。
人々の希望になった自分など、想像出来ない。
暗黒期になれば、戦場に立つのだろうか。
聖霊は俺の頼みは聞いてくれるが、一緒に闘ってくれる訳では無い。
戦う力もないまま、前線で何ができるのだろう。
何人もの命を背負って、それで……?
怖い。
俺は無意識に自分の肩を抱いた。
「ノア、痛むのか?」
「え、ああ、大丈夫」
気がついたら、目の前にクリスがいた。心配そうな顔で、俺を見ている。
俺はどうしたらいいんだろう。
生きたいと思えて、守りたいものが出来た。でも、生き方なんて、そんなすぐに決められない。
「顔色がよくない。 もう休んだ方がいい」
おじさんがそう言って、メイドに寝室の用意をさせる。
「おじさん、あの、」
おじさんが、俺の肩に手をあて、労わる様に撫でた。
「あまり言いたくは無いが、またこんな事があるかもしれない。 ノアよ、お前が魔術を嫌っているのは知っているが、身を守るにはそれが一番手っ取り早い」
ちょっと待ってくれ。魔術が嫌いって、俺はそんな事言った覚えはない。
「先王陛下が、護衛魔術の講師を付けて下さる。 怪我が治れば、身を守る訓練をしてもらう」
「父上、そんな話は明日でもいいでしょう。 ノア、本当に大丈夫なのか? 医者を呼ぼうか」
「……大丈夫。 おじさんすいません、今日はもう休ませてらいます」
「ああ、無理をさせて悪かった。 ゆっくりでいい。 これからの事は一緒に考えよう。 私達が付いている」
「はい」
ゆっくりでいい、か。
綺麗に整えられた、清潔なシーツの上に身を横たえながら、俺はおじさんの言葉を反復した。
考える時間が欲しかった。俺に残された猶予はどのくらいだろう。
そう考えている内に、意識は眠りに沈んでいった。
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