「では、私はそろそろお暇させてもらおう」
アリスは、俺の無事を確かめられたので帰ると言った。
クリスと共に、玄関まで見送りに行く。お互いに別れの言葉を言うと、そのまま帰るかと思われたアリスがこちらを振り返った。
「これから何をするにしろ、私はノアを守る。 そう決めたから」
「……え? 待ってくれ、アリス!」
アリスは呼び止める声に振り向かず、今度こそ颯爽と屋敷を出て行った。
なんなんだ。
「ふむ。 アリスはお前の騎士にでもなりたいのかな」
「騎士って、まず、俺は貴族じゃない」
「正式な騎士にと言う意味ではないさ。 お前に付き従うと言いたいんだろう」
クリスがふふっと笑って、屋敷内に戻っていった。
「ノア様、ここは冷えますので、室内にお戻りください」
俺はメイドに部屋に戻るよう促がされるまで、しばらく呆然とそこに立っていたのだった。
アリスが帰ってしばらくすると、王城からおじさんが帰ってくると知らせが届いた。
俺はリビングでクリスと共におじさんの帰りを待った。
おじさんが屋敷に到着したのは、陽が沈んで大分経った頃だ。
「すまない、ノア。 お前を巻き込んでしまった」
挨拶もそこそこに、おじさんは俺に謝った。
俺は首を振った。
「王都に来た事も、おじさんを庇った事も、俺は後悔していません。 怪我をしたのは、俺がひとりで勝手に飛び出したからだ」
「ノア……」
おじさんは責任を感じているのか、未だに苦い顔をしている。
「俺は自分の命が大切です。 でも、それと同じくらい、おじさん達の事も大切に思っています。 やっとそれが分かったんです」
俺はおじさんを責めるつもりは無い。こんな危ない世界でひとりで放り出されて、今まで何不自由なく暮らしてこれたのは、おじさんのおかげだ。
今も流されて生きているのではないかと聞かれれば、完全には否定できない。
でもそうすると決めたのは俺だ。
これまでもずっとそうだったのだ。
人に言われたからやったのだと、ずっとそれを言い訳にして、責任を回避するように生きてきた。
流されようが、押し付けられようが、選択して行動したのは俺だ。
ずっと一線を引いて接してきた。
おじさんからしたら、都合のいいように聞こえるかもしれない。
それでも、俺がこの世界で家族と呼べるのは、おじさんやクリス、ヴェロニカ、ナイジェルくらいだ。
俺はこの気持ちを大切にしたい。
「時間は元には戻せない。 ノアは父上を助ける道を選んだ。 これから、どう生きるか考えなければならない。そうだろう、父上」
「そうだな。 確かにそうだ」
クリスがそう言うと、おじさんはやっと顔を上げた。
「ノア、まだクリスと結婚する気にならないか?」
「お、おじさん」
「父上、別に私と結婚させずとも、ノアをエセックスの土地に戻せばいいだけではないですか」
いつもの声の調子に戻ったと思った途端、結婚の話になり、俺は慌てた。
結婚すれば、俺は貴族になる。爵位はクリスが継ぐのかもしれないが、俺も共にエセックス辺境を守る事になるだろう。
クリスは俺との結婚には反対している。自分の事ながら、こんな頼りない奴が伴侶だなんて誰だって嫌だと思う。
「王都を離れる事は、出来ないだろう。 ノアの持つスキルは、使い方次第では大きな利益を生む。 それが、他国の上層部に知られたのだ。 隠してはおけないだろう」
「な、なんだと!」
クリスが俺をキッと睨んだ。
うわぁ。
俺は思わず、しょうがないだろうと言うニュアンスを込めて必死に首を振った。事情が事情なので黙っていたのだ。
クリスもその辺りは機密性の高さを汲み取って、おじさんに先を話すよう促した。
「なぜあの皇女がお前の能力を知っていたかはまだ分からない。 だが、他国の人間に知られたからにはお前を王都から出す事は出来なくなった」
俺のわがままのせいもあるだろうが、例のないスキルなので、先王とおじさんは、秘密裏に能力の使い所を検討中だった。
皇女は俺の力を十分に生かしきれていないのではと、先王に対して侮辱すれすれの発言をした。そして、その力をと十分に発揮する事が自分達帝国にはできると勧誘したのだ。
俺が王都を離れれば、ロトス帝国側の言う通り、先王は無能であると言われてしまうだろう。エセックスの土地に引っ込んでも、おじさんが俺の能力を独占したのだと言われるかもしれない。
別の土地であっても、俺が他国に渡るのではとあらぬ噂を立てられるかもしれないのだ。
俺は勿論、ロトス帝国に行く気は全く無い。だが、俺がいくら否定した所で、そんな事は疑惑の火種がある時点で関係なくなる。
ほんの少しの言葉と時間で、ダリア皇女はとんでもない爆弾を置いていった。
先王曰く、俺と同じスキル能力を持つ者は、五大国中を探しても未だにいないらしい。
「確かに鑑定士のスキルに似ているが、私達はその能力は鑑定士とは別のスキルではないかと言う結論に至った」
「つまり、ノアはダブルスキル持ちと言う事か」
おじさんはクリスの言葉に頷いた。
「先王陛下は、そのスキルを仮にアビリティースコアと呼んでいた」
ずっと鑑定士のスキルの延長だと思っていたが、別物で、さらにそれがレアスキルだと判明した。本当にそうなんだろうか。
俺がそう思うのは、この能力の発動条件が、鑑定士のスキルと変わらない事にある。
まず、対象を目で見る必要がある。人物の場合は、目が合わなければならない。
そして、対象の名前を知っている事。これも重要だ。
アイテム鑑定の場合、対象の名前が分かっていれば、間違いなくスキルが発動する。ただし、アイテムの名前を間違ってスキルを発動させると、中途半端な結果となる。
鑑定士のレベルが上がれば、アイテムの真名が自然と分かるようになる。
鑑定士のスキル持ちのなかには、真名を見つける事を生業としている者もいる。
ただ、これは一般的な鑑定士のスキル持ちの話だ。
俺の場合、アイテムの真名が分からなかった事がない。したがって、スキル発動に失敗した事がない。
「ノア、発動条件は以前に言っていた通りなんだな?」
俺は頷きかけて、はたと思った。
皇女の行動がずっと気になっていた。俺が相手の能力を読み取れる人間だと知っていて、わざわざ接触してきた理由とはなんだ。
俺のスキルの発動条件を探る為だとしたらどうだろう。
人に能力を発動した場合、スキルを成功させるには、まず相手の目を見る必要がある。 そして、アイテムと同じように名前を知っている必要がある。
もしそれが偽名でも、本人が名乗っている場合はスキルは発動する。
これは多分、種族が分かっていれば、個人の名前は関係がないのだと思う。
偽名にも色々種類がある。
悪意があって隠している者もいるが、事情があって本当の名前を無くした者や、自分で自分に名を付けた者もいる。
本人がどう名乗っているにしろ、スキルは発動する。
ただ、偽名と本名でステータスにどのくらい差がでるのか、それは試したことがないので分からない。
「もうひとつ、相手の魔力に触れる必要があります」
俺は、おじさんの目を見て言った。
「だから、ダリア皇女の能力値は読み取れませんでした」
嘘だった。
おじさんも俺の表情から言いたい事が伝わったのか、わざと二回頷いた。
ロトス帝国側が、いつ俺のスキルを知ったのか知らないが、このハッタリを見破るのは難しいだろう。
俺がスキルを発動させた場所は、ギルドか騎士団内に限られている。
ギルドでは、ギルドカードを取り扱う時に、相手の魔力にカード越しとは言え触れる機会がある。
騎士団にいた頃も、ある程度の期間を共に過ごしていたので、どこかで魔力に触れていてもおかしくないだろう。俺が騎士団の誰にスキルを発動したかは、トリスタンしか把握していない。
「実は魔法ギルドに協力を依頼して、お前のスキルをギルドカードに反映させられないかと先王陛下が手を回していたのだ。 もちろん、お前の事は伏せてだが」
これまでギルドカードには、本人の基本的な情報や、モンスターの討伐回数が表示されるだけだった。
俺のスキルを使い、潜在能力をカードに表示させる事ができれば、本人達のレベルアップもしやすくなる。
ギルド側も、適正のあるクエストを案内できるので、クエストが成功する確率はかなり上がるはずだ。
「これまでも、武器の情報なんかをカードに記録できないか、何度となく実験されていたらしい。 マジックアイテムには詳しくないので、端的に言う。 カードには空き容量があるので、情報を焼き付けるスキル持ちさえいれば可能だと言う回答が魔法ギルドから帰ってきた」
「ギルドでカードを水晶にかざしながら、魔力を込めればいいわけですね」
「おそらくは。 そこは魔法ギルドと追々実験する事になるだろう」
そこでおじさんは、一度息を吐いた。
「だが肝心なスキル持ちがお前しか見つかっていないのだ。 以前にも尋ねたが、アビリティースコアのスキルの習得条件に心当たりはないのだな?」
「ええ。 俺もずっと鑑定士のスキルだと思って使っていたので」
そう言うと、おじさんは少し遠くを見た。
一度目を閉じ、そして俺に言った。
「ノアには、ギルドの窓口でそのスキルを最大限に生かしてもらう」
「……はい」
希望する者には、ギルドカードにステータスの焼付けを行う。ステータスの一部は非表示にできる仕様にし、個人情報を守る。
一度ギルドカードにステータスを焼き付けられれば、俺でなくても最適なクエストの斡旋ができるようになる。
もうひとつ、潜在能力を引き出す補助をする。
スキル習得への助言、職業の向き不向きや、どうやったらレベルアップに繋がるか個別に相談に乗るといったところか。
ギルドで働く事で、俺がアルビオン王国のものでは無いと言うポーズにもなる。
「騎士団への依頼の斡旋も行いたい。 ノアには、メンシス騎士団を足がかりに、騎士団とギルドの仲介をしてもらいたいと思っている」
これは昔からあった話で、ギルドと騎士団で連携を取りたかったのだが中々うまく行っていなかったみたいだ。
新魔窟の発見が、お互いの体制を見直していく切っ掛けになったと言う。確かに国もギルドも、動きが鈍かった。
「そして、人材の発掘。 来る暗黒期に備え、一人でも多くの優秀な人材が欲しい」
これは五大国全体の問題だ。
話の大きさに、背筋が震えた。
「ノア、確かにお前には荷が重いかもしれない。 だが、そのスキルを使えるのは、お前しかいないのだ」
「分かっているつもりです」
俺は俺の場所で、出来る限りの事をやる。
それが国の為、めぐって俺の大切なものを守る事に繋がるのなら、そうするべきだ。
「責任は全て先王陛下が負うと仰っていた。 これまで以上に、出来る限りお前をバックアップするとも」
おじさんは命令したっていい立場にいるのに、それでも俺の事を考えてくれている。
俺はまだ言っていない事がある。刻印の事、精霊の事。
いっそ全てをぶちまけてしまおうか。
俺は息を飲んで、手を強く握った。
頭の中が白くなって、口を開く。顔を上げて、呼びかけようと思った時だった。
「おじさ、」
「今なら、刻印持ちが現れた話題で街も騒がしい。 お前のスキルの話も大きくならずにすむかもしれない」
刻印持ちが現れた?
俺は開いた口が塞がらなくなった。
クリスがおじさんに尋ねる。
「父上、誰なんだ、その刻印持ちは。 私は今日王都に着いたばかりだし、ノアは屋敷で療養していて、外の話題に触れていないようだから」
「ああ、そうだな。 ロトス帝国の人間だ。 今回の闘技大会をお披露目の場に選んだらしい。あの皇女、全くやってくれる」
おじさんは深い溜息をついた。
本当に、あの皇女はやりたい放題やって帰っていったようだ。
俺のスキルについても、皇女は自分を実験台にして俺を試した。
そして、刻印持ちがロトス帝国の人間である事を五大国のトップが集まる場で見せつけた。
本物ならば、きっと聖人候補として祭り上げられる。聖騎士ラブリュスの時のように。
彼もまた、刻印の持ち主であった。そして、暗黒期から国を救った英雄だ。
ロトス帝国とフラテル教は、生贄を見つけたのだ。再び自分達への支持を集める為の道具を。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。