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よく似ているようで全然違う二人が出てきます。
第四章【魔法ギルド編】
クリスとアリス 1

 赤の嵐は過ぎ去った。
 俺はすぐに、一の郭にあるおじさんの王都滞在用の屋敷に身柄を移される事となった。
 皇女の目的が何だったのか、俺には分からない。何故俺のスキルについて知っていたのか、破格の条件で俺をロトス帝国に迎えたいなどと言い出したのか。
 混乱させるのが目的なら、大いに成功している。
 なんにしても、このまま城にいるのはまずいと言う事になった。
 これから国同士の親善試合があると言うのに、相手の能力を見抜ける人間がいると、後から卑怯だのなんだのと言われそうである。
 国際問題の種になるのは勘弁してほしい。
 もうなっているのかもしれないが、今はあまり考えたくないと言うのが本音だ。
 おじさんにも、とにかく体を休めろと言われたしな。

 城から屋敷に移る前、おじさんは言いたい事がありそうな顔でこちらを見ていた。
 俺は首を振ってそれを止めた。
 きっとおじさんは、巻き込んですまないと言いたかったのだろう。
 そう言われて、俺はどうしたらいい。許せばいいのか。
 うまく言えないが、それは違う気がする。
 少し考える時間が欲しかった。

 城から屋敷に移って、五日がたった。
 休めと言われても、いつまでも寝ているだけでは飽きが来る。
 ベッドで横になっていても、あの皇女の事や、おじさんの事ばかり考えてしまうのだ。
 俺はゆっくりと起き上がり、屋敷を見て回る事にした。
 玄関のある広い空間に出る。真っ白な大理石の床に、白い壁。清潔感があって、美しい。
 あまりにも静謐な空間に、俺はひやりと若干の肌寒さを感じた。
 そのまま、中央の螺旋階段を上り、二階の窓から外を眺める。
 ふいに、外で聞いたことのあるような声がした。
 俺は玄関側の背の高い窓そっと開けて、下を覗いた。

「アリス!」

 そこには、アリスがいた。
 アリスは、門兵二人に挟まれ、前方を屋敷を守る騎士に塞がれていた。
 二階から声を掛けると、アリスが真っ先に俺を見つけた。アリスの視線を辿って、兵士達もこちらを向く。
 アリスはこちらにひとつ手を振り、騎士に向き直った。懐から手紙を取り出すと、騎士に渡す。
 騎士はそれを時間をかけて読むと、門兵に手で戻れと合図した。
 騎士がアリスを引き連れて、玄関に向かって歩いてくる。
 それを確認した俺は、螺旋階段をゆっくりと下った。

 螺旋階段を降り切った時には、すでに玄関に執事やメイドが待機しており、アリスを迎え入れていた。 
 俺はしばらく歩いていなかったせいか、この短い距離ですら少し息切れをしてしまった。
 それに気がついたアリスが、二重の意味を込めて心配の言葉をかけてくる。

「随分と久しぶりな気がする。 ノア、大丈夫か?」

「ああ、なんとか。 ありがとう」

 俺は息を整えてから、なるべく明るく聞こえるよう返事をした。

「アリスは、どうしてここに?」

 冷えを感じる玄関から応接間へ移動した俺達は、向かい合ってソファに腰掛けた。

「団長殿に頼まれてな」

 どうやら、俺の様子を見てくるよう、トリスタンに言われたらしい。
 俺はそっと肩に手をやった。アリスの視線が俺の手につられる。
 先程アリスが騎士に渡していたのは、トリスタンからの書状だそうだ。屋敷に入れるよう、アリスが俺の護衛をしていた事などが書かれていたらしい。

「彼は、本当ならば自分が行きたいが、立場上それができないので私に頼むと言った。 皆、心配していたよ」

「そうか……」

「怪我の具合はどうなんだ? 騎士団には、何の情報も入ってこない。 つい昨日、ノアはエセックス辺境伯の屋敷にいると知らせが届いた」

 多分、闘技大会が終わったのだろう。それまでは、俺は一応屋敷に軟禁状態と言う事にして、他者との接触を禁じていたのだと思う。

「もう随分いいんだ。 傷自体はふさがってるし」

「そうか。 本当に、よかった」

 アリスの指が、俺の肩に伸びる。少しだけ触れて、すぐに離れていったのに、何故かアリスの指が触れた部分が熱を持った気がした。

 なんとなく、お互いが無言になる。
 騎士団の皆はどうしてる?
 そう聞こうとした時、ノックが聞こえた。

「失礼致します。 ノア様、クリス様がご到着されました」

「――な、クリスが?」

 メイドの知らせに、俺は言葉を失った。
 クリスが、エセックスの土地を離れるのを嫌っているのを俺は知っている。
 生まれた土地への愛情とはどんなものか、明確な故郷を持たない俺にはピンと来ない。
 しかし、クリスはあの土地で生まれ、エセックス辺境伯の娘としてずっと育って来たのだ。
 暗黒期の最中ですら、あの土地から離れるを渋った。その時は、故郷を失うかもしれないと言う恐怖があったからだろうが、それ以降もその執着は変わらなかった。
 とにかく、エセックスの土地からほとんど出た事の無いクリスが、王都に来るなんて。

 俺が立ち上がった瞬間、メイドに開けられた扉から、クリスが入ってきた。

「ノア!何故怪我などした! なんで立っている! 寝ていろ!」

「ク、クリス」

 初っ端から怒っている。
 俺の体を上から下から見ていたクリスの視線が、今度は向かいに座っていたアリスに向かった。
 クリスの鋭い視線が、アリスを刺す。

「ノア、誰だこの女は。 いや、そんな事どうでもいい。 ほら、さっさと寝るんだ」

「待ってくれ、クリス。俺は大丈夫だから」

 俺はクリスの側まで行き、落ち着くよう手を握った。
 クリスは強く手を握り返し、俺の目をじっと見た。
 その目は、憂いに揺れていた。目の淵は赤く、いつも強気な眉は心なしか下がっている。
 やっと俺は、クリスが不安だったのだと気がついた。

「心配して、来てくれたのか?」

「当たり前だ、馬鹿者。 家族が刺されたと聞いて、私がどれだけ心配したと思っている……」

 クリスの肩が小さく震えた。
 男装をして、普段どんなに強気に振舞っていても、クリスの繊細で女性らしい心は失われていない。
 クリスがエセックスの土地を離れようとしないのは、あの土地を愛しているからだ。そして、クリスは俺を家族だと思ってくれていた。
 彼女の大切な者の中に、俺も入っているのだ。

「クリスティーン」

「その名で呼ぶな。 私はクリスだ」

 俺が漏らした言葉に、クリスは涙をぬぐいながら言った。
 クリスと言う呼び名は、幼い頃、男勝りでお転婆な彼女についたあだ名だった。
 今では、男装のクリスを元の名で呼ぶ人はいない。本人も女らしい名前より、クリスと言うあだ名を気に入っているのだ。

 少しして落ち着いたらしいクリスに、俺は隣に座るよう席をすすめた。

「王都に来てしばらくしてから、護衛をしてくれていたアリスだ。 今日はたまたまお見舞いに来てくれたんだよ。 アリス、彼女はおじさんの娘のクリスだ」

「初めまして、ご令嬢」

「護衛だと? ならば、この女がノアの怪我を負うべきだったのではないのか」

「違うんだ、クリス」

 騎士団内で起きた事件だ。あの場にアリスはいられなかった。
 それに、怪我をしたのは俺が無力だからだ。

「確かに、私はノアを守れなかった」

 俺がクリスの誤解を正す前に、アリスは責めの言葉を受け入れた。なんでだ。

「だが、これからは必ず守ってみせる。 必ず」

「アリス……」

 なんでだ。
 三の郭で襲撃を受けた時も助けてもらった。もう恩は十分返して貰った。なんで危険だと分かっていて、俺を守るだなんて言うんだ。
 困惑する俺を置いて、クリスが苛烈に言い返す。

「ただの冒険者が、どう守ると言うんだ? ただ身を守ればそれで守った事になるのか。 お前が盾になったとして、その後は誰がノアを守る」

 アリスはじっと耳をすまして、クリスの言葉を聞いている。そっくりそのまま、自分に言われているようで、俺は耳が痛かった。

「全てから守り通せなければ意味がない。 ノア、エセックスの城に戻って来い。 私がお前を守るから」

 そう言い切ったクリスの瞳は、おじさんと同じ光を湛えていた。
 クリスこそ、エセックスの跡継ぎに相応しい器を持っていると思える力強い声だった。

「貴女の言う事は分かったが、ノアの意思はどうなる。 ノアは貴女の父を守ろうとして刺された。 王都に来たのも彼の意思だろう」

 アリスは、淡々と続けた。

「ノアは、ずっと自分が守られている事に抵抗があるようだった。 貴女が強く望めば、ノアはエセックスの城に戻るだろう。 しかし、それは本当にノアの望んだ事か?」

「ノアを守ると言ったのは、お前も私も同じだろう? 一体何の違いがある!」

 クリスの反論にも、アリスは全く動じない。

「私は、ノアがやりたい事ができるように守りたい。 それを邪魔する者があれば露払いしよう」

「それがノアの幸せなのか……? こんな怪我をして、それでも大した事がないように笑って。 今度は怪我ではすまないかもしれない。 死んでしまったら、取り返しが付かないんだぞ!」

 クリスが俺に掴み掛かる。
 俺は唇を噛んで、何かが溢れてしまいそうになるのを我慢した。

「お前は何がしたいんだ。 本当はどう生きたいんだ、ノア」



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