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閑話
見習い騎士
 ソルには最近、新しい友人ができた。
 友人の名前はノア・イグニス・エセックス。
 エセックス辺境伯の身内であり、ギルドの職員でもあるという、変わった人物である。

 エセックス辺境伯の名前は、この国を守る兵士なら、一度は耳にした事があるだろう。
 「フィンブルの一年」の時、この国の危機を救ったエセックス辺境伯に憧れて、騎士になりたいと言う同年代の者に何人も会った事がある。
 反対に、獣人を擁護する彼の姿勢に異を唱える者がいるのも確かだ。

 ソルは、エセックス辺境伯に憧れた事も無いし、フラテル教の信者でも無い。
 しかしソルは、ノアに一方的な親近感を覚えていた。
 何故ならソルもまた、平民から貴族の世界に入り込んだ者だからだ。

 ソルは、植木職人の家に生まれた平民である。
 ソルの家族は、何代もケラー家と言う貴族に仕えていた。
 父は専属の庭師として、母は使用人として働いていた。
 ソルも幼い頃から、父にくっついて、ケラーの庭に出入りしていた。
 ケラー家には、ソルと同い年のエドと言う一人息子がいた。
 ケラー家の人々は大らかで、ソルとエドが兄弟同然に育ち、仲良くなっても、身分がどうのとうるさく言う事は無かった。
 ソルの家族は、ちゃんと節度をわきまえてケラーの家に仕えていたからだ。

 その関係がある日突然変わってしまった。
 エドが事故で死んだのだ。
 他に後継ぎ候補がいなかったケラー家は、ソルを養子にする事にした。
 両親は手放しで喜んだ。ソルに断る理由は無い。しかし、望んで養子になった訳ではなかった。

 ケラー家の後継ぎになり、ソルは本当の両親に名前を呼ばれなくなった。
 これまで使用人仲間として話していた者達に頭を下げられ困惑した。
 兄弟同然に育った親友の死を悲しむ暇も無く、その立場に成り代わって生きていかねばならなくなった。
 まるで自分だけが違う世界に迷い込んでしまった様に、ソルは違和感を覚えた。
 その感覚は、メンシス騎士団に見習いとして入った今でも続いている。
 義理の両親は、ソルを騎士団で見習いをさせ、貴族としての自覚を持たせようとしたのだろう。
 その思いとは裏腹に、ソルは日々、馴染めない自分が浮き彫りになっていくのを感じていた。

 そんな時、ノアに出会った。
 ノアの噂はフランから聞いた事があった。
 エセックス辺境伯に拾われた、養子扱いを受けている若者がいるらしい、と。
 ソルはその話を聞いて、彼は自分と同じだと勝手に思っていた。

 実際に話してみて、ソルのその考えはすぐ捨てる事になった。
 ノアは、騎士団の誰もが畏れ敬う団長と対等に話し、友人だとまで言わせた。
 エセックス辺境伯に息子になれと言われていたが、ノアは自分の意志でそれを断り、外の世界を学び、仕事に就いて活躍している。
 マロースの理不尽な仕打ちにも正々堂々対抗し、そしてなにより、ソルに騎士になるチャンスをくれた。

 ノアに出会う前、きっと自分の生い立ちに共感してくれるだろうとソルは思っていた。そんな自分が恥ずかしかった。
 身分の上にあぐらをかいて力を振るうマロースやハンスなんかより、ノアの方がずっと貴族の心を持っている。ソルにはそう思えた。
 そして、そんなノアと仲間として側にいられる事がとても誇らしかった。
 ノアを見習って、いつかは自分も貴族として恥ずかしくない人間になろう。
 大事なのは、血ではない。心の持ちようだと、ノアを見ていると思えた。
 やっとソルは、貴族になった自分を受け入れられる気がした。

 何者かに襲撃され、駐屯地にやってきたノアは、こんな時でも周囲への感謝を忘れていなかった。
 そんなノアだからこそ、ソルは護りたいと思った。フランも照れて誤魔化しているが、きっと同じ気持ちだろうとソルは感じた。



 フランはこれまで、随分スミス隊長に助けられてきた。
 街の見回りに付く時、見習いの騎士はどの隊に組み込まれるか選べない。
 フランやソルは、生い立ちから見習いの中でも浮いた存在だった。
 スミス隊長はフラン達の事情を考慮して、なるべくマロースの隊に組まれない様に配慮してくれていた。

 フランの父は、名のある貴族だが、母は妾だった。
 認知はされていたが、正妻の子供である兄が上に三人いた。
 フランの父は、母に別邸を与えた。フランはそこで伸び伸びと育った。
 食べ物や着る物に困る事は無かったし、教養や武器の扱いを学ばせてもらった。
 しかし、父からの援助はそこまでだった。
 フランに土地や財産が巡ってくる見込みはなく、いつかは自立しなければならなかった。
 騎士団に入ったのは、丁度そんな時期だった。
 母一人が細々と暮らしていく金はあった。ならば自分は家を出て、生活してみようと思った。
 騎士団にいれば、見習いでも衣食住には困らない。
 フランは、剣の腕には自信があった。騎士になれば、父が振り向いてくれるかもしれないとも考えていた。
 そう思って入った騎士団は、フランが考えている程甘くなかった。
 フランの家名は有名だったので、他の格下の見習い騎士達からすると気軽に付き合いにくかったのだ。
 しかしマロースの様な血縁を重んじる貴族達からすれば、フランは半端者である。
 得意だと思っていた剣も、型に忠実すぎて、アリスの様な我流の剣士の前では対応しきれない部分があった。
 それでも、フランはやっと騎士になるチャンスを掴んだ。
 これで一人前になれる。騎士になったら、スミス隊に入れてもらおう。フランはそう思っていた。

 兵舎が騒がしい。
 先程エセックス辺境伯がノアに会いに来た事は、一部の者だけが知っている。
 フランは、吸い寄せられる様に騒ぎの中心に向かう。
 側にはソルもいたが、その時フランの視界には入っていなかった。
 そこには、バルドに取り押さえられるスミス隊長の姿があった。
 スミス隊長の手が真っ赤に濡れているのが、フランの目に映る。
 スミス隊長がフランの方を見上げた。
 その表情はいつも通りの穏やかさを保っていた。
 フランは背筋を何かが這い上がってくる錯覚に、体を震わせた。
 フランの思い描いていた明るい未来は、赤く塗り潰されてしまった。



 ジェラードとルークは、騎士団の兵舎の廊下にいた。
 ノアを襲った二人の男と、ハンス、マロースについて、お互い持っている情報を交換しあう。
 ハンスが雇い主だと言っていた赤毛の男はそれ以上の事は何も話さなかった。
 もう片方の男は、何も知らずに雇われた様だった。

「それで、ハンスは何て言ってるんです?」

 ルークがジェラードに問うた。
 ジェラードは首を振って、溜息を吐く。

「まだ何も。 ずっと俺は違う、やっていないの一点張りだ。 マロースは何も話さない」

「……先に襲撃犯からもっと話を聞いた方がよさそうですね、旦那」

「ああ。 こっちだ」

 ルークがそう言うと、ジェラードは静まり返った廊下を歩き出した。
 ジェラードはただの見習い騎士ではなかった。
 ルークと同じく、騎士団内の協力者として秘密裏に動いていたのだ。

 襲撃犯の男がいる独房に到着する。
 ジェラードが見張りに目配せすると、見張りの兵士が二人に道を譲る。ジェラード達は狭い独房内に足を踏み入れた。

「聞きたい事があるんだよね」

 手足を縛られた赤毛の男の前に来ると、ルークがおもむろに言った。

「もう何も、話す事は無い」

 赤毛は俯いたまま、そう言った。ジェラードが構わずに赤毛に訊いた。

「事故に見せかけてノアの乗る馬車を襲ったのもお前達か?」

「ノア?」

 隣にいた、何も知らないらしいもう一人の男が声を上げた。

「そうだよ。 ノア・イグニス・エセックス。 お前達が襲った方の名前だ」

「え、エセックス? そ、そんな事知らない! ただギルド職員を襲えと言われただけだ! なぁ、そうだろ?」

 ルークがノアの名前を言うと、動揺した男が赤毛に叫びながら同意を求めた。
 赤毛は、意味深に笑うだけで、何も答えようとしない。
 男達はギルド職員を襲えと言われただけ。そうだとしたら、ルークも該当する。
 実際に襲われはしたが、何か引っかかる。ルークはそう思った。

「もうひとつ、お前達はフラテル教か? 特に、聖騎士ラブリュスを信仰しているのでは?」

 ジェラードの質問に、赤毛はさらに口角を吊り上げた。
 その時、遠くで叫び声がした。次いで、複数の怒号が聞こえる。

「何だ……?」

 ジェラードが見張りの兵の一人に、様子を見てくる様に言った。
 ルークは、嫌な予感がした。
 本当に内部分裂が原因で、ハンスが仕掛けた事なのか?
 その前提が間違っているとしたら?
 ハンスやマロースはフラテル教ではあるが、聖騎士を信仰の対象にしていると言う事実は、調査報告書には上がっていない。
 こいつらの本当の目的は何だ?
 偽の獣人を使ったのも、馬車の事故も、今回の襲撃も全て同じ犯人、もしくは組織の手だとしたら、何故そんな回りくどい事をしたのか。

 今、この駐屯地には、エセックス辺境伯がいる。
 本来、エセックス辺境伯の旅の経路は、警護の関係で団長すら知らない筈だった。
 しかし、ノアが襲われた話をどこからか聞きつけた辺境伯は、予定していた進路を変えて、ここメンシス騎士団に訪れている。
 もし、彼らの目的が、ノアを囮にしてエセックス辺境伯を誘き出す事だとしたら。

 ルークの頭の中で、複数の考えが合わさって、くっついた。
 そう言えば、聖騎士を信仰している隊長がいた。スミスだ。
 襲撃犯から逃げきった後、スミスと合流した時、彼は真っ先にノアに無事かと尋ねた。

「……目的は果たした」

 ルークは、思考の渦から独房に視線を戻した。
 赤毛は妙に清々しく言い放つと、顎を引いて顔を伏せた。

「おい!」

 伏せた顔の端から、赤い血が流れるのがルークには見えた。

「くそっ。 ジェラードの旦那! こいつ、舌を噛みやがった!」

「ひぃいいい」

 隣にいた男が後ずさる。
 ルークは檻の隙間から必死に手を伸ばして、赤毛の口に指を突っ込む。
 しかし堅く閉じられた歯に阻まれて、気道の確保も出来ないし、舌を元の位置に戻す事も出来ない。
 ジェラードと見張りが鍵を持ってやって来たが、すでに赤毛の息は止まっていた。
 とにかく、ルークは先程の考えをジェラードに伝えようとした。
 そこに、外の様子を見に行っていた見張りの兵士が戻ってきた。

「報告! エセックス辺境伯が襲われ、側にいたノア・イグニス殿が負傷!」

「……誰が、誰がやった!」

 ジェラードが見張りの兵士に掴み掛かる勢いで言った。

「そ、それが。 スミス隊長が捕縛されたと……」

 ルークは、自分の考えが間違っていなかった事を最悪の形で確信したのだった。

2013/06/05 修正


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