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第三章【騎士団編】
狂信者 5
 すぐ後ろを荒々しい足音が追い掛けてくる。
 止まったら、終わる。
 薄暗い視界に、何とか目を凝らす。
 もつれる足を前に押し出して、俺は全力で走っていた。



 団員と共に薄暗い道を歩く。
 遠くに子供の声だけが聞こえた。
 大人達は働きに出ているのか、辺りに人気は無く、静まり返っている。
 見上げると、家々の隙間から小さく光が漏れて、顔を斑に照らす。

 突然、ブレスレットが熱くなった。
 俺は驚いて立ち止まる。

「どうした?」

 ルークの声に団員もこちらを振り向く。
 途端、団員はこちらに鋭く警告した。

「危ない!」

 いち早く反応したルークが、俺を掴んで地面に伏せた。
 頭上で空を切る音がする。
 次が来る。
 ルークに引きずられるがまま、半分這いながら、体を前に動かす。
 団員の一人が、入れ替わる様にして俺達を襲撃した人物に向かって行った。

 そうだ。襲撃された。

 もう一人の団員は、前方から来た黒いマントの男と交戦していた。
 挟まれている。

「こっち!」

 ルークと一緒に立ち上がり、脇道に入る。体ひとつやっと通れるくらい細い。
 道と言うより、壁と壁の隙間を縫う様に進む。
 団員はどうなったんだろう。一体何人いるんだ。
 そんな疑問が頭を掠めるが、何も考えられない。考えたら足が止まる。
 俺はルークの背中を必死で追いかけた。

 すぐ後ろを荒々しい足音が追い掛けてくる。
 隙間を抜けて、右に曲がる。また隙間に入って、右、右、今度は左。
 家と家の窪みに身を隠す。
 息が上がっているが、手で口を塞いで音を殺した。

「おい、何だお前ら」

 急に頭上から声が降ってきた。窓から男が顔を出している。地元の住人だ。

「こっちにいるぞ!」

 仲間への合図か何か、怒鳴り声が反響する。距離は分からないが、きっとすぐに見つかる。

「行こう!」

 ルークが囁いて、俺達は再び走り出した。
 またジグザグと路地を走る。
 再び、ブレスレットが熱くなった。

「ルーク!」

 前を行くルークに叫ぶ。
 突然、横から男が飛び出してきた。
 男は一瞬たたらを踏んだ。あちらも偶然俺達にぶつかったみたいだ。
 ルークはその隙を見逃さなかった。
 男に足払いをかける。壁に頭を打ちつけながら男は地面に叩きつけられた。
 ルークは男の手を踏みつけ、鮮やかな手つきで剣を取り上げる。

「すげ……」

 関心している間に、同じ道から男がもう一人現れた。
 ルークは俺の背を押した。

「走って!」

 押されるがまま、俺は前に進んだ。
 ぬかるみに転びそうになりながら、まるで迷路の様な道を走る。
 追ってくる足音が聞こえた。
 ルークを越えて来たのか。それとも新手か。
 振り向きたいのを我慢して、前だけを向いた。
 ちょっとでも止まったら、終わる。
 薄暗い視界に、何とか目を凝らす。
 あと少し、あと少しで大通りに出る。
 視界が急に開けて、眩しさに目が眩む。

 それでも俺は、走るのを止めない。
 歪に四角く切り取られた空間、石畳の広場に足を踏み入れる。

「アリス!」

 俺は全力で叫んだ。
 頭上から、マントをひるがえしてアリスが降ってきた。
 彼女は俺の前に着地すると、広場に入ってきた男に対峙する。

「すぐに終わる。 離れて待っていてくれ」

 俺は壁に背を付けて、頷いた。
 アリスが言った通り、男は呆気ない程すぐに無力化された。

「ありがとう。 助かった」

 二人がかりで男を縛り上げながら、アリスに礼を言う。
 俺が三の郭で仕事をすると知って、アリスは少し離れた場所からずっと護衛をしてくれていたのだ。
 俺とルークは、この地域一帯を調べたので、細い路地を利用して、襲撃者を撹乱する事が出来た。
 正直、ここまで動けたのは、途中まではルークが先導してくれたからだ。

「安全な場所に移動しよう」

 この広場の通路は二カ所。
 片方は俺が通って来た道。もうひとつが大通りに直結している。
 途中の迷路みたいな場所だと、挟まれたら身動きが取れなくなる。
 とにかくこの広場まで逃げれば、アリスも戦いやすいし、一本道だ。

「や! 大丈夫だった?」

 突然聞こえた声に、俺は驚いて肩を震わせた。
 声の方を向くと、男が通って来た道から、ルークがひょっこり顔を出している。
 ズルズルと気絶した男を引きずりながら、何事もなかったかの様な雰囲気で広場に入って来た。

「ルーク! 怪我してる!」

 肩の辺りから斜めに服が切れ、血が滲んでいるのが見える。

「こんなの平気だよ、平気。 さあ、大通りに出よう」

 ルークの笑顔に押された俺は、傷の心配は一旦後回しにして、一本道を歩いた。
 アリスを先頭に、俺、ルークの順に進み、大通りに出る。
 捕まえた男二人は俺とルークが引きずって運んだ。

 大通りに出ると、一気に活気に満ちた町並みが、目に耳に飛び込んで来る。

「何事だ」

「マロース、隊長」

 異常な空間を脱し、気がゆるみ掛けた時、マロースが隊員を引き連れて現れた。
 ハンスも一緒だ。
 再び空気が張り詰める。

「この男達から、襲撃を受けました。 スミス隊の団員と一緒でしたが、ここに逃げて来る間にはぐれてしまいました」

 俺は簡単に事情を伝える。
 マロースが口を開こうとした時、スミス隊長が現れた。

「ノア君、無事かい?」

 スミス隊長は、一緒に襲われた団員二人を連れていた。
 団員が対峙していた男達は、俺達が脇道に入ると、散り散りに逃げて行ったと言う。
 団員は男達の後を追うより、スミス隊長の元に行き、応援を呼ぶ方を選んだ。話しを聞いてスミス隊長はすぐさまこちらに駆け付けてくれたらしい。

「無事です。 でも、ルークが怪我を」

「すぐに手当てをしよう。 その男達は?」

「俺は平気だってば。 こいつ達も襲ってきた男達の仲間です」

 ルークが男達を団員に預けた。

「おい! 何の話しだ!」

 マロースがズカズカと話に入って来た。

「何の話しだじゃないだろう。 君達は一体何をしていたんだ? 交代の時間は過ぎている」

 スミス隊長が厳しい口調でマロースに言い放つ。

「大した時間じゃない。 そうだろう、ハンス?」

「はい、問題ありません」

 問題ありまくりだと思うんだが。

「そのチンピラどもは僕が引き取ろう。 きっちり締め上げて己のした事を後悔させてやる」

 更には男達を寄越せと言ってきた。
 これにはスミス隊長もルークも呆れた顔だ。

「手柄を横取りか。 いつもの君達の手だな。 彼らには聞く事がある。 マロース、君に渡す事は出来ない」

「なんだと……!」

 ここでマロース達に犯人を渡してしまえば、ただのチンピラとして、彼らの目的も何も聞けないまま解放されてしまいそうだ。
 マロースがお綺麗な顔を醜く歪める。
 団員達もそれぞれ武器に手を伸ばし出す。

「うっ……」

 タイミングよく、拘束されていた男達が呻き声を上げて目を覚ました。
 ルークがすかさず男達の正面にしゃがみ込んで、頬を叩いた。

「おい、お前ら。 誰に雇われた。 何が目的だ」

「し、知らない」

「知らないって事は、誰かに雇われたんだな? 物取りじゃない。 早く言えよ。 ただ頼まれただけなんだろ?」

 ルークが懐から取り出したナイフを男の顔の前でちらつかせる。
 男は団員に拘束されて動けないながらも、必死に顔を背けている。
 ずっと沈黙していたもう一人の男が、かすれた声で囁いた。

「……そいつだ」

「何?」

 男は、顎を使って方向を示した。
 その先にいたのは、ハンスだった。

「そいつに雇われた。 ギルド職員を殺せと」

「嘘だ! 俺はお前達など知らない!」

 ハンスは顔を真っ青にして否定した。

「嘘じゃない。 あんたの家来から依頼されたんだ。 あの方の為に、早くヤツを消してくれとあんたが言っていたと話していたよ」

 マロースがピクリと頬をひきつらせた。
 ルークがハンスの家来と何故分かったのか問い詰めた。

「そりゃあ、こっちだってただ言う事聞くだけじゃあマズい。 依頼人の身元は知りたいからな。 依頼を受けた後、尾行したのさ」

「ハンス、お前……」

「マロース隊長! 違います! 聞いて下さい!」

 ハンスが必死に自分では無いと訴えるが、マロースも他の誰も信じようとしなかった。



 ハンスは重要参考人として騎士団監視の元、軟禁される事になった。
 また、ハンスと関わりの深いマロースもスミス隊長に連れられていった。
 騎士団で事情聴取されるそうだ。
 団員が三の郭のギルドに連絡を入れてくれた。午後からの仕事は他の職員に任せる事になり、俺達は騎士団の駐屯地に向かった。

「今回の襲撃、狙いはノアだった訳だな」

「まあ、間違い無いだろうね」

 駐屯地に歩きながら、アリスが言った。
 ルークがそれに頷く。

「本当にハンスが、俺を狙ったのかな?」

「可能性はかなり高い。 ハンスはマロースの信奉者だから」

 ルークが、ハンスについて分かっている事から、推測してみせた。
 俺が王都に来てから、トリスタンと騎士団の関係が改善されたと言う。
 トリスタンはこれまで、圧倒的なカリスマ性で団を支配していた。(これはマロースには欠けているものだ。)
 同時に、あまりにも圧倒的すぎて、近寄りがたい存在でもあった。
 俺が騎士団に来るようになって、トリスタンも訓練場によく顔を出すようになった。
 騎士団の話以外でも、団員とトリスタンが言葉を交わす機会が増えた。
 トリスタンの人となりを知り、団の空気も良い方に変わって来ていた。
 新魔窟の発見や、ソルやフランが騎士になる事も関係しているとルークは言う。

「つまり、ハンスは焦ったんじゃないかな。 マロース派の離心を恐れた」

 マロースの為に、俺が邪魔だと行動に出たと言う事か。

「マロースは何も知らない?」

「さて、そこは分からない。 だけど、マロースはあまり謀には向いてない性格みたいだから、やるならもっと分かりやすくやると思う」

「例えば、この間ノアに試合を申し込んだみたいに?」

 そうだ。
 確かにマロースは嫌味な性格をしているが、騎士らしさにこだわりを見せていた。

「……馬車の事故や、偽物の獣人に襲われたのも、ハンスの仕業、だったりして」

 何となく、そう声に出してみると、本当にそうじゃないかと思えてくる。

「確かに可能性はある。 ハンスはフラテル教徒だし、獣人に対しては否定的だ」

 またフラテル教か。
 俺は少々、いや、かなりフラテル教に対して偏見があるかもしれない。
 フラテル教徒の全てが獣人に対して否定的な訳では無い。
 フラテル教には、神がいない。
 強いて言えば、フラテル教の教祖がその役割にあたるのか。
 フラテル教には、奇跡や偉業を成し遂げた聖人が十二人おり、信者達は各々がその聖人を崇めている。
 暗黒期から国を救った聖騎士も、その聖人の一人である。
 言い伝えでは、その聖騎士が獣人に対して否定的であったそうだ。
 その為、彼を聖人として信仰する者は、同じく獣人に対して否定的であると言う訳だ。

「確か、聖騎士のシンボルが交差する二振りの斧だったな……」

 事故を起こした商隊の馬車にあったマークと一緒だ。
 しかし、聖騎士を信仰する者は大勢いる。
 それだけで全てハンスが犯人だと決め付ける事は出来ない。

「とにかく、ハンスを詳しく追求するよ。 任せて!」

「わ、分かった」

 ルークの目がキラリと光った。
 全く、頼もしい味方だ。ルークが仲間で本当に良かった。



 駐屯地に到着すると、ざわざわと落ち着かない雰囲気が伝わってきた。

「あ、ノアさん! 話は聞いたっス! 大丈夫っスか?」

 ソルが俺達を見つけて走り寄って来た。

「ああ、大丈夫。 ルークとアリスが守ってくれたから」

 フランとジェラードもやって来て、口々に心配してくれた。

「……みんな、ありがとう」

「何言ってんだ。 仲間心配するのは当たり前だろ?」

 フランが気恥ずかしさをごまかすように、俺の背中をパシリと叩いた。
 俺は守って貰ってばかりだ。それでも出来る事はあるし、人の役にたって感謝される事もある。仲間だと言ってくれるやつらもいる。
 王都に来て早々に色々あって、後悔しかけていた。
 しかし、トリスタンやソル達、ルークやアリスとの出会いは、俺を前向きにしてくれた。

「ありがとう、本当に」

「何だよ改まって。 どっかぶつけたんじゃないのか」

 フランの冗談に、みんなで笑った。


「ノア君、ちょっといいかな」

 振り返ると、バルド副団長とスミス隊長がいた。
 俺は彼らの後に着いて、建物へと入る。
 バルドが応接室の前でノックをして、扉を開ける。

 そこにはエセックス辺境伯、いや、おじさんが立っていた。
 トリスタンも側にいるが、驚きのあまり気が付くのが遅れた。

「おじさん! 何でここに?」

「王都に用があってな。 直接城に向かう予定だったが、トリスタンに話を聞いて、こちらに寄らせてもらったよ。 元気そうで安心した」

 おじさんはそう言って、俺を抱きしめる。
 何だか目の奥が熱くなって、俺は唇を噛み締めた。

「大丈夫。 俺は大丈夫だよ」

 王都から城へは、トリスタンとスミス隊がおじさんの護衛に付くそうだ。


「さて、ノアの無事は確かめられた。城に向かうとしよう」

 おじさんがそう言って俺を離すと、トリスタンが席を立って護衛の用意に向かった。バルドもそれに着いて行く。

「王都の用事って、」

 俺が質問しかけた時、何故か手首のブレスレットが熱くなった。
 まさか、ハンスが逃げたのか?

「この間、闘技大会があっただろう? 今度はその優勝者とアルビオンの騎士の代表者で国際闘技大会を行うのだよ」

 おじさんの話は半分しか頭に入って来なかった。
 おじさんの背中越しに、スミス隊長と目が合った。

「――ダメだ!」

 その時、どうやって体を動かしたのか分からない。
 気がついたら、おじさんと体勢が入れ替わっていた。

「聖騎士ラブリュスに勝利を捧げ奉る!」

 そして、俺はスミス隊長の剣で刺された。
 頭が真っ白になる。全身に衝撃が走り、倒れ込んだ体が地面にぶつかり跳ねた。

 痛い。

 死んでしまうのか。あんなに死にたくないと思っていたのに。
 せっかく人と繋がろうと思ったのに。
 死ぬのか。

 そう言えば、俺は転生したんだった。
 何で転生したんだっけ。
 そうだ、死んだからだ。
 駅のホームで、酔っ払いを助けようとして、自分が線路に落ちて電車にひかれたんだった。
 何で忘れていたんだろう。
 自分が死んだ事なんて思い出したら、きっと普通じゃいられなくなるからかな。

 俺は人を助けて死んだのか。
 それとも周りに迷惑をかけて死んだのか。

 今度は、見ず知らずじゃない、大切な人を助けられただろうか。

 俺の意識は、真っ白な記憶の中に溶けて途絶えた。


急展開でした。
この章はこれで終わります。
お話はまだ続きますので、引き続きよろしくお願いします。

2013/05/22 修正


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