気がついたら80万アクセスです。本当にありがとうございます。
うーん、今回の表現後からいじるかも。
昼前。俺達は街へ出た。
まずは飯だとフランに引っ張られ、わいわいと騒がしい酒場に到着した。
「オヤジ、二階借りるよ!」
「またお前らか。 暴れんなよ!」
カウンターと少しの席しか無い混雑しそうな一階と違って、二階はちょっとお洒落なレストランの様な内装である。
「まあ、見た目は小汚く見えるかもしれないけど、出す料理は美味いから」
フランは得意気に言う。
二階は普段、あまり使われていないそうだ。
今はオヤジさん一人で切り盛りしているから、二階で食べるならば、客が料理をセルフで運ばなければならない。
室内を見渡す。ごちゃごちゃとしているように見えて、清潔感はある。
ジェラードが下から料理を運んできた。
皆で頂く。なかなか美味い。
「良い店だな。 料理も美味いし」
「だろ? ノアが話しの分かるやつで良かったわ!」
フランが机をドンと叩いて言った。ジェラードが頷いて続ける。
「エセックス卿の身内だとか、団長の友人だとか言うから、どんなお坊ちゃんかと思ったけど」
「口に合わないとか言われたらどうしようかと思ったぜ」
「いや、俺は普通だよ。 貴族でもないし」
この店に来るまでに、歩きながら少し話した。
最初はお互いにちょっと遠慮して話していたが、すぐに打ち解けた。
何時までも畏まった話し方は疲れるし。
ソルはまだ少し戸惑っているが、その内慣れるだろう。
むしろ三人の方が貴族の子弟だろ。すごく庶民的なんだが。
そう疑問をぶつけると、大げさにフランが手を振る。
「俺達はそんなに有名な家の出じゃないからさ」
「そうそう。 俺は三男だし、フランも四男」
ジェラードは自分とフランを指差しながら言う。
やっぱり家格によって色々あるらしい。
「俺は、養子です」
ソルがポツリと言った。
ならば貴族ばかりの騎士団内にいるのは大変だろうな。
「やっぱり、家柄って大事なのか?」
俺がそう聞くと、フランが唸りながら言った。
「ウチの団はどうしても特殊だからな」
ジェラードとソルも、それぞれ微妙な顔だ。
「実力は評価して貰えるが、その実力を発揮する機会が少ない」
「結局それが理由で、見習いのまま辞めていく人も多いっす」
実力を発揮する機会。
経験値を上げたいが、起用が難しい。
このままでは、本当に実力がある者がその芽を出す前に辞めてしまう。そして家格による上下関係が、団内の空気を腐敗させて行く。
五大国では、国同士の大掛かりな戦争がない状態が続いている。その為、国を守る者の力がどんどん飾りになって行く。
先王やトリスタンが憂いているのは、こういう事だろうな。
「これから、たまに騎士団に顔を出すんだろ?」
「ああ、そのつもり」
「なら、マロースには気を付けろ」
フランが声を潜めて言った。
「おい、フラン!」
「いや、聞いておいた方がいいだろう」
ソルが焦った様にフランを止めようとするが、ジェラードは聞けと言う。
「マロースって誰? 今日、訓練場にいたかな?」
「いや、あの人は朝から訓練なんてしないっスよ」
これまで穏やかだったソルが、吐き捨てるように言った。
マロース・フロスト。フロスト伯爵家の次男。
メンシス騎士団のナンバースリー。
団内は今、トリスタン派とフロスト派で割れているらしい。
特徴を聞くと、昨日こちらを見ていた派手な顔の男と一致した。
では、マロースの周りにいた一派が、反トリスタンのやつらなのか。ソル達の反応から見て、見習い達からはあまり好かれていないようだが。
「分かった。 マロースと二人きりになるのは避けるよ」
三人の忠告は有り難いものだった。
厄介事に自分から突っ込んで行くのはごめんである。
他にも、主だったメンバーの話や、普段の団の雰囲気などを聞いた。
人を殺すには、別に特別な力はいらない。
極端な話だが、殺意やきっかけがあれば、そこらに転がる石で殴っても、人は殺せる。
問題は、俺が殺意やきっかけがあったとしても、人を殺せないと言う事だ。
正当防衛。仕方なかった。やらなければ、やられる。
死にたくない。常々そう思っていると言うのに。
腹を満たした後、三人に街を案内してもらった。
王都の穏やかな街並みに、油断していた。
ソル達と少し離れて店を覗き込んでいた俺は、背後から近づく気配に全く反応できなかった。
気が付いた時には、俺は地面に転がって、血飛沫を浴びていた。
見上げる先には、抜刀したフラン、血を流す獣人を押さえ込むジェラード、俺を守って立つソルがいた。
頭がガンガンして、腹の底から何かが抜けていく気がする。
「ノアさん、大丈夫ッスか?」
ソルの声が遠く聞こえる。
どこにも痛みは無い。とりあえず頷いた。
「どこも怪我して無いよな?」
血の付いた剣を持ったまま、フランが近づく。
それに無意識に後退りしようとした俺は、何とかその場に体を押し留めた。
「あ、ありがとう」
「いやいや、仕事だし。 怪我無くて良かったわ」
「もし怪我なんかさせたら、副団長に殺されるぜ」
三人は俺の護衛で、物取りに狙われた瞬間、助けてくれたのだ。
獣人が持っていたナイフが、遠くに転がっている。
周囲の人間達は、遠巻きにこちらを見ているが、三人が騎士見習いだと身なりから分かったのか、誰も近づいては来ない。
「これだから、獣人は」
誰かが言った一言が、やけに耳に残った。
ジェラードは獣人を縛り上げ、警邏に引き渡す為にその場に残った。
三人で駐屯地に戻る。
フランは街であった事を副団長に報告しに向かった。
ソルにタオルを借りて、顔に飛んだ血を鏡を見て拭う。
「教会に行かないで大丈夫ッスか?」
「ああ、うん。 俺、フラテル教じゃないから」
「あ、そうッスよね。 エセックス卿は獣人肯定派ですもんね」
フラテル教。
人族の間では主流の宗教だ。
全ては人族から始まり、栄え、人族の聖なる力が悪を退ける。
獣人は人族の亜種であり、下等な存在。それ故に悪しき魂が宿りやすい。
そう教えを説いている。
フラテル教は、五大国のロトス帝国が発祥の宗教だ。
その昔、暗黒期に滅びかけた国をフラテル教の聖騎士が救ったらしい。
その伝説は今でも語り継がれ、人族が世界で最も優れているという選民意識から、五大国では主流の宗教となった。
王都は勿論、大きな街には、フラテルの教会がある。
悪い事があった時、穢れを感じた時は、教会に行って清めて貰うのがフラテル教徒の習わしである。
前回の暗黒期で、おじさんの取った行動は、フラテル教にとっても、ロトス帝国にとっても、色々な意味で衝撃的だったろう。
落ち着きを取り戻した俺は、馬車に乗ってトリスタンの屋敷へ帰って来た。
トリスタンはまだ城から戻っていない。
静かなリビングで、俺はメイドのニーナに出してもらったお茶を飲んでいた。
手首のブレスレットを触る。
俺が獣人に襲われた時、何の反応も無かった。
精霊の気紛れか、ソル達がいるから大丈夫だと警告しなかったのか。
例えば、今回襲われた事で腕を失ったとして、俺が生きていれば精霊は問題ないと思っているのかもしれない。
生きているのだから、俺のお願いは聞いてくれているのだ。
フランは戸惑いなく、獣人を斬って捨てた。
俺には無い、戦う覚悟だ。
動くべき時に動ける。
俺は何も出来なかった。
ただ地面に転がっていただけである。
正当防衛で、獣人を斬った。やらなければ、やられていたから。獣人は人間より下等な存在だから、法に照らさなくても構わない。
もし俺が何かの弾みで、あの獣人を殺してしまったとして、俺は元の俺に戻れるのだろうか。
フランの様に、護衛対象や自分を守るのは当たり前だと思えるのだろうか。
所詮、戦った事の無い人間の甘い考えではあるけれど。
俺はトリスタンが屋敷に戻るまで、埒もなく考えていた。
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