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気がついたら80万アクセスです。本当にありがとうございます。

うーん、今回の表現後からいじるかも。
第三章【騎士団編】
油断
 昼前。俺達は街へ出た。
 まずは飯だとフランに引っ張られ、わいわいと騒がしい酒場に到着した。

「オヤジ、二階借りるよ!」

「またお前らか。 暴れんなよ!」

 カウンターと少しの席しか無い混雑しそうな一階と違って、二階はちょっとお洒落なレストランの様な内装である。

「まあ、見た目は小汚く見えるかもしれないけど、出す料理は美味いから」

 フランは得意気に言う。
 二階は普段、あまり使われていないそうだ。
 今はオヤジさん一人で切り盛りしているから、二階で食べるならば、客が料理をセルフで運ばなければならない。
 室内を見渡す。ごちゃごちゃとしているように見えて、清潔感はある。
 ジェラードが下から料理を運んできた。
 皆で頂く。なかなか美味い。

「良い店だな。 料理も美味いし」

「だろ? ノアが話しの分かるやつで良かったわ!」

 フランが机をドンと叩いて言った。ジェラードが頷いて続ける。

「エセックス卿の身内だとか、団長の友人だとか言うから、どんなお坊ちゃんかと思ったけど」

「口に合わないとか言われたらどうしようかと思ったぜ」

「いや、俺は普通だよ。 貴族でもないし」

 この店に来るまでに、歩きながら少し話した。
 最初はお互いにちょっと遠慮して話していたが、すぐに打ち解けた。
 何時までも畏まった話し方は疲れるし。
 ソルはまだ少し戸惑っているが、その内慣れるだろう。

 むしろ三人の方が貴族の子弟だろ。すごく庶民的なんだが。
 そう疑問をぶつけると、大げさにフランが手を振る。

「俺達はそんなに有名な家の出じゃないからさ」

「そうそう。 俺は三男だし、フランも四男」

 ジェラードは自分とフランを指差しながら言う。
 やっぱり家格によって色々あるらしい。

「俺は、養子です」

 ソルがポツリと言った。
 ならば貴族ばかりの騎士団内にいるのは大変だろうな。

「やっぱり、家柄って大事なのか?」

 俺がそう聞くと、フランが唸りながら言った。

「ウチの団はどうしても特殊だからな」

 ジェラードとソルも、それぞれ微妙な顔だ。

「実力は評価して貰えるが、その実力を発揮する機会が少ない」

「結局それが理由で、見習いのまま辞めていく人も多いっす」

 実力を発揮する機会。
 経験値を上げたいが、起用が難しい。
 このままでは、本当に実力がある者がその芽を出す前に辞めてしまう。そして家格による上下関係が、団内の空気を腐敗させて行く。
 五大国では、国同士の大掛かりな戦争がない状態が続いている。その為、国を守る者の力がどんどん飾りになって行く。
 先王やトリスタンが憂いているのは、こういう事だろうな。

「これから、たまに騎士団に顔を出すんだろ?」

「ああ、そのつもり」

「なら、マロースには気を付けろ」

 フランが声を潜めて言った。

「おい、フラン!」

「いや、聞いておいた方がいいだろう」

 ソルが焦った様にフランを止めようとするが、ジェラードは聞けと言う。

「マロースって誰? 今日、訓練場にいたかな?」

「いや、あの人は朝から訓練なんてしないっスよ」

 これまで穏やかだったソルが、吐き捨てるように言った。

 マロース・フロスト。フロスト伯爵家の次男。
 メンシス騎士団のナンバースリー。
 団内は今、トリスタン派とフロスト派で割れているらしい。
 特徴を聞くと、昨日こちらを見ていた派手な顔の男と一致した。
 では、マロースの周りにいた一派が、反トリスタンのやつらなのか。ソル達の反応から見て、見習い達からはあまり好かれていないようだが。

「分かった。 マロースと二人きりになるのは避けるよ」

 三人の忠告は有り難いものだった。
 厄介事に自分から突っ込んで行くのはごめんである。
 他にも、主だったメンバーの話や、普段の団の雰囲気などを聞いた。


 人を殺すには、別に特別な力はいらない。
 極端な話だが、殺意やきっかけがあれば、そこらに転がる石で殴っても、人は殺せる。
 問題は、俺が殺意やきっかけがあったとしても、人を殺せないと言う事だ。

 正当防衛。仕方なかった。やらなければ、やられる。
 死にたくない。常々そう思っていると言うのに。

 腹を満たした後、三人に街を案内してもらった。
 王都の穏やかな街並みに、油断していた。
 ソル達と少し離れて店を覗き込んでいた俺は、背後から近づく気配に全く反応できなかった。

 気が付いた時には、俺は地面に転がって、血飛沫を浴びていた。
 見上げる先には、抜刀したフラン、血を流す獣人を押さえ込むジェラード、俺を守って立つソルがいた。
 頭がガンガンして、腹の底から何かが抜けていく気がする。

「ノアさん、大丈夫ッスか?」

 ソルの声が遠く聞こえる。
 どこにも痛みは無い。とりあえず頷いた。

「どこも怪我して無いよな?」

 血の付いた剣を持ったまま、フランが近づく。
 それに無意識に後退りしようとした俺は、何とかその場に体を押し留めた。

「あ、ありがとう」

「いやいや、仕事だし。 怪我無くて良かったわ」

「もし怪我なんかさせたら、副団長に殺されるぜ」

 三人は俺の護衛で、物取りに狙われた瞬間、助けてくれたのだ。
 獣人が持っていたナイフが、遠くに転がっている。
 周囲の人間達は、遠巻きにこちらを見ているが、三人が騎士見習いだと身なりから分かったのか、誰も近づいては来ない。


「これだから、獣人は」


 誰かが言った一言が、やけに耳に残った。



 ジェラードは獣人を縛り上げ、警邏に引き渡す為にその場に残った。
 三人で駐屯地に戻る。
 フランは街であった事を副団長に報告しに向かった。
 ソルにタオルを借りて、顔に飛んだ血を鏡を見て拭う。

「教会に行かないで大丈夫ッスか?」

「ああ、うん。 俺、フラテル教じゃないから」

「あ、そうッスよね。 エセックス卿は獣人肯定派ですもんね」

 フラテル教。
 人族の間では主流の宗教だ。
 全ては人族から始まり、栄え、人族の聖なる力が悪を退ける。
 獣人は人族の亜種であり、下等な存在。それ故に悪しき魂が宿りやすい。

 そう教えを説いている。
 フラテル教は、五大国のロトス帝国が発祥の宗教だ。
 その昔、暗黒期に滅びかけた国をフラテル教の聖騎士が救ったらしい。
 その伝説は今でも語り継がれ、人族が世界で最も優れているという選民意識から、五大国では主流の宗教となった。

 王都は勿論、大きな街には、フラテルの教会がある。
 悪い事があった時、穢れを感じた時は、教会に行って清めて貰うのがフラテル教徒の習わしである。
 前回の暗黒期で、おじさんの取った行動は、フラテル教にとっても、ロトス帝国にとっても、色々な意味で衝撃的だったろう。

 落ち着きを取り戻した俺は、馬車に乗ってトリスタンの屋敷へ帰って来た。
 トリスタンはまだ城から戻っていない。

 静かなリビングで、俺はメイドのニーナに出してもらったお茶を飲んでいた。
 手首のブレスレットを触る。
 俺が獣人に襲われた時、何の反応も無かった。
 精霊の気紛れか、ソル達がいるから大丈夫だと警告しなかったのか。

 例えば、今回襲われた事で腕を失ったとして、俺が生きていれば精霊は問題ないと思っているのかもしれない。
 生きているのだから、俺のお願いは聞いてくれているのだ。

 フランは戸惑いなく、獣人を斬って捨てた。
 俺には無い、戦う覚悟だ。
 動くべき時に動ける。

 俺は何も出来なかった。
 ただ地面に転がっていただけである。
 正当防衛で、獣人を斬った。やらなければ、やられていたから。獣人は人間より下等な存在だから、法に照らさなくても構わない。
 もし俺が何かの弾みで、あの獣人を殺してしまったとして、俺は元の俺に戻れるのだろうか。
 フランの様に、護衛対象や自分を守るのは当たり前だと思えるのだろうか。
 所詮、戦った事の無い人間の甘い考えではあるけれど。

 俺はトリスタンが屋敷に戻るまで、埒もなく考えていた。

2013/04/23 修正


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