部屋に戻ろうと中庭から城の中へ入る。
俺の部屋がある一角は、城でも奥まった所にあり、おじさんのプライベートな棟になっている。
昔と変わってないのは、この辺りだけだ。
城の風景は、俺が十歳の頃の様子とは大きく様変わりしている。
外回りは砦として改築され、兵舎や軍備の備えの為に、建物が増築された。
「フィンブルの一年」が始まった時、戦闘の最前線はここでは無かった。
今は「テラ・モルス(死の土地)」になってしまった森の中に、砦があったのだ。
現在は破棄されている。
その時この城は、物資の供給地点だった。人や物が集められ、送り出されては、一向に帰ってくる様子が無かった。
死体は衛生面から、その場で燃やされ、怪我人は運ばれていた様だが、クリスと共に城の奥にいるようにおじさんに言われ、実際に悲惨な状況を目にする事は無かった。
怖かった。
それでも奥に隠され、現実を目にしていない恐怖は、テレビ越しに見ているのと同じで、どこか人事だった。
俺はおじさんの優しさに甘えた。
半年程がたち、いよいよ砦が落ちるのも時間の問題となった。
俺とクリスは、別の場所に移される事となった。
クリスは反対した。私も戦うと言った。ここに残ると。
彼女はここで産まれ、ここで生きて、一生をこの土地で過ごしたいと言った。
結局、おじさんの配下によって無理やり馬車に載せられ、前線から離れた街の別宅で「フィンブルの一年」が終わるまで過ごす事となったが。
俺はおじさんに、クリスを頼むと言われた。
一緒に戦うとも言えない俺に、何を頼むって言うんだ。
でも何も言えずに頷いた。
昼過ぎ。
空を見上げると、竜騎士の一団が舞い降りてくるのに気が付いた。視察団だろうか?
俺は何をするでも無く、久しぶりの城をぐるりと散歩していた。
ナイジェルも演習に出ていて、今日は一人だ。
前から誰か走ってくる。
おじさんの使いで、伯爵が俺を呼んでいると教えてくれた。
案内に従って、城の展望室まで進む。
扉の側には、二人の騎士が控えている。使いの男性が、自分は此処までだと言うので、ノックをして声を掛けた。
「エセックス卿、ノアです。 参りました」
「入りなさい」
許可が下りたので、失礼しますと言って扉を開ける。
展望室の中には、おじさんと、もう一人、背の高い壮年の男性がいた。
「こちらへ来なさい」
おじさんの手招きに従って、側へ寄る。
男性は、銀髪か白髪なのか、長く伸ばした髪を後ろに流し、整った髭を生やしていた。
「お前に会わせたい人がいたのだ。 ユース、これがノアだ」
背中を押され、俺は男性に向かって挨拶する。
「ご紹介に預かりました、ノア・イグニスと申します。 エセックス卿には縁あって保護を頂いております」
「私はランドルフの友人でユースと言う。 そう堅くならずともいい」
男性は柔らかい笑みで、俺に言った。
この展望室からは、演習場がよく見渡せる。三人で、演習が行われているのをしばし見つめた。
「国の騎士達は、活躍の場が全くない」
ユース様が言う。
その思慮深い眼差しで、演習場の騎士達を静かに見つめている。
この世界は、暗黒期が人類にとって脅威な敵をもたらす為、国同士の関係が比較的緩やかである。
領地もただ増やせば良いのでは無い。広げれば、広げた分だけ、暗黒期に守らなければならない土地が増えるのだ。
暗黒期に備えてあらゆる力を貯えておかなければ、暗黒期を耐え凌ぐのは大変である。
また、簡単に隣の国が「テラ・モルス」に飲み込まれてしまっても困るのだ。
五大国は、その全てがどこか一端に、「テラ・モルス」と接する領地を持っている。
仲が良いのでは無いが、お互いに支えあわなければならないのも事実なのだ。
つまり、同盟を組んでいる五大国で大掛かりな戦争は無いと言う事だ。
他の騎士団は、通常、自分達の領地に分散してその土地をモンスターの脅威から守っている。
戦力を首都一ヶ所に集めて留めておく理由も無い。
しかし、ワイバーンや、竜騎士がいる様に、空から一足飛びに攻撃を受ける事だってある。
その為、首都にも幾つかの騎士団が駐在している。
メンシス騎士団は、その中のひとつである。
彼らは貴族の子弟から成る騎士団なので、さらに活躍する場が限られてしまう。
はっきり言って、扱いづらいのだろう。
トリスタンがお飾りの騎士団と言っていたのには、こういう背景がある。
「シュテルン団長は、見事な統率力を持っている。 それは誰が見ても分かる事だ」
おじさんが言うならば、団長の実力は間違い無いだろう。
演習場では、模擬戦が行われている。
メンシス騎士団は、一糸乱れぬ動きでエセックス騎士団を囲い込むが、その包囲網はすぐに解かれ、逆に攻め込まれて行く。
メンシス騎士団は、一度解かれた網をなかなか立て直す事が出来ず、エセックス騎士団の勝利で決着が付いたようだ。
突発的なアクシデントに弱いと言う事だろうか。
いくら団長の指揮が素晴らしくて、騎士達がその通りに動けても、敵が思った様に動く訳もない。
「彼らには来る時に、王を守って貰わねばならない。」
ユース様の言葉には重みがあった。
来る時。
再びこの世界に暗黒期が訪れた時。
貴族の子弟という事は、彼らは指揮官候補でもあるという事だ。
若く優秀な指揮官を出来るだけ多く育て、来る時の為に備える。
それは分かった。
そしてここに俺が呼ばれたのも、きっとそう言う事だ。
「ノアよ。 お前のスキル、ギルド支部長に話したそうだな」
「はい。 おじさんは知っていて、俺を好きにさせてくれていたんですね」
そう言うと、おじさんは少しだけ悲しそうな目をした。
俺はおじさんに嘘がつけなかった。
城にいた頃から、きっと俺のスキルの異常さに気が付いていたのだろう。
それでも、俺に生き方を選ばせてくれたのだ。
しかし、支部長に話してしまった今、それは無かった事に出来なくなってしまった。
「私は、お前が父の様になりたくないのだと思っていた。 同時に、父を尊敬をしているのも知っている。 だから商人では無く、ギルドで働く事を選び、周りを助ける道を選んだのだと」
おじさんは俺の事を誰より理解してくれていた。
「しかし隠すなら隠し通さなければいけなかった。 もう見てみぬ振りは出来ない」
俺はこれまで自分がやって来た、中途半端な正義感のツケを払う時が来たのだと思った。
「ノア君。 君には、そのスキルを生かして、国の力を高めて欲しいと思っている」
俺はユース様が話すのを黙って聞いていた。
「しかし、君が表舞台に立つ事を望んでいないのはランドルフから聞いて知っている。 国としても、その能力を他国に知られては困る」
「君の意思に関わらず、他国に身柄を渡す訳にもいかない」
一体、俺をどうする気なのだろう。監禁でもするのか?
自分で言うのも情けないが、立っているのもやっとである。
「君にはこれまで通り、ギルドの職員として働いて貰いたい。 ただし、王都のギルドでだ」
ユース様の声が、静かな展望室に響いた。
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