俺が生まれたのは、それなりに裕福な商家だった。
元からそれなりの商家だったが、父の代でかなり大きくなったようだ。
都市に住み、無理をして辺境の村から村へ渡り歩いて商売をする事も無い。
旅をするという事は、そのまま命の危険に晒される事を意味していた。魔物然り、盗賊然りだ。
どちらかというと、父は商人達をまとめる立場にあった。
この世界にはスキルという不思議な技能を持った人間がいる。スキルを持った人間をスキル持ちと呼び、俺と父も「鑑定士」と言うスキルを持っていた。
スキルは先天的に持っている場合と、後天的に覚える場合があるが、先天的なスキル持ちは珍しく、重宝される。後天的に覚えたスキルより、精度や威力が強い場合が多い為だ。
父はそのスキルを活かし、掘り出し物のマジックアイテムや、貴重な宝石を小売人や冒険者から買い付けては、売り捌いて利益を得ていた。
その鑑定士のスキルは強力で、間違いがなく、また誠実な人格であった為、お互いに利益が出るからと売った者達、買った者達双方から好評であった。
俺も七歳を過ぎる頃には、父にくっついて仕事を学んでいた。
俺が成長するにつれ、商売の幅も広がり、ギルドや大衆向けに手広くなっていった。
母が亡くなったのはその頃だ。
不治の病ってのは本当にあるらしい。元々体が弱い人だったので、進行は急激だった。
俺の記憶は確かに日本で生きていた思い出もある。
ふとした瞬間に、現実と日本での思い出がダブって、ああ、そんな事もあったな、なんて。そうやって成長と共に、経験と共に昔の俺と今の俺がゆっくり一緒になっていくのだ。
だから、前世の母も、この世界の母も、俺の母親であると言う事に違和感は無かった。
顔や声は違うものでも、どこか似ていた。
余談だが、父は全くと言っていい程似ていない。この世界の父は、父である以前に師であり、上司であったから。
母が亡くなった時は記憶の混同が急激だった。
多分前世の母親が亡くなったのが、俺が十六歳ぐらいの時の出来事だからだろう。前世と現実の母に関する記憶をひたすら夢に見て、しばらくうなされた。
周りの大人はショックだろうと思って不思議がる事もなかったし、俺を不憫に思って父の仕事仲間が看病してくれていた。ずっと意識がはっきりせず、二ヶ月間起き上がる事が出来なかった。
長い記憶の混同から目が覚めると、父が死んでいた。
父は母の病を治す薬の為に、自分のこれまでのコネクションを最大に生かして奔走していた。
きっと幼いままの精神であったなら、なんで側にいてやらないのかと思っただろう。
しかし、父はじっとしていられなかったのだ。
いくつも薬を買い求め、試したが母の病気に効くことは無く、体力的にも限界が来ていた。
俺のやった事と言ったら、精霊にお願いして、気温や環境を保つ事がせいぜいだった。
精霊は俺に隷属している訳では無い。万能には程遠い能力だ。
母の最後の時も、父は薬を求める旅路の途中だった。三日遅れで母の訃報を聞いた父は、引き返す旅の途中で魔物に襲われて死んだ。
あんなに賢くて、人としても器のでかい人が死んだなんて、最初は信じられなかった。
俺が起き上がれるまで回復する頃には、父と母の葬儀はとっくに終わっていた。いくら精神が二十歳同等と言っても、俺の肉体はまだ十歳になったばかり。
薬を手に入れるために蓄えていた財産は使い果たしてしまい、幾ばくかも残っていないかった。
父は自分が生きていればまた稼げると思っていたのだろうし、一刻の時を争っていたから仕方ないとも言えるが、この世界に生命保険は存在しない。
父の財産や商売のツテが目当てだった人間は、すぐに離れていった。
父の側近である何人かは、俺がスキル持ちである事を知っていたので引き取りたいと言う人達も何人かいたらしい。
らしい、と言うのも、俺は両親の葬式が終わっても、一ヶ月強寝込んでいて、俺の知らない所で話が進んでいたからである。
結局俺を引き取ってくれた人は、父の知り合いの傭兵と、その雇い主だった。
傭兵の名をナイジェルと言う。
黒いライカンスロープの青年だった。ナイジェルが駆け出しの頃、父に随分世話になったらしい。
獣人は未だに社会的地位が低いので、まともに取り合う父みたいな商人は珍しかっただろう。深い恩義を感じていて、何かあったら絶対に駆け付けると誓っていたそうだ。
しばらく遠征に出ていて、両親の死に間に合わなかった事を謝っていた。
ナイジェルの雇い主はエセックス伯ランドルフと言う貴族で、がっしりとした体つきの男性である。
エセックス卿……ランドルフおじさんは貴族である事を少しも偉ぶらない、実力派というか、武闘派の人だった。
彼も父の得意先の一人で、俺も幼い頃に会った記憶がある。
ナイジェルをおじさんに紹介したのも父だと言っていた。
目が覚めた俺に、おじさんとナイジェルはこれからの事について色々話してくれた。
両親の死を残念がり、悼んでくれた。
父の死を聞いた時は、衝撃を受けたが、今度は寝込む事は無かった。ナイジェル達もそれを心配してくれていたらしい。
母の死を切っ掛けに、大体の記憶の整理が付いたからだろう。これまであやふやだったものが、しっかりと根をはったと言うべきか。俺の精神は生前に近い状態まで戻っていた。
おじさんは、将来についてゆっくり考える時間と、生活の保証をしてくれ、忙しいおじさんに変わって何かと面倒を見るようにナイジェルに申し付けてくれたのだ。
俺は引き取られて何年か、エセックス伯の持つ城の一室で生活する事になる。
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