第六十五話 無意味な長対陣。
「おーーーほっほ! 私こそは、西部一と称された魔法使いカタリーナ・リンダ・フォン・ヴァイゲル名誉準男爵。あなた方ブロワ家の魔法使いに対し、魔法での勝負を挑みますわ!」
クラウスの策を受けた翌日の早朝、両軍が対峙をするちょうど中間地点で、カタリーナが高笑い込みの宣誓を述べていた。
クラウス提案による、ブロワ辺境伯家のサイフにダメージを与える作戦が始動したのだ。
とはいっても、別にそう複雑な作戦ではない。
そろそろ若手騎士同士による一騎討ち合戦も人員が尽きつつあり、今度はそれを魔法に切り替えただけであった。
「カタリーナ。嬉しそうね」
「名を挙げるチャンスだからな」
ヴァイゲル家の復興は成ったが、彼女はその躍進も視野に入れているのであろう。
自らが魔法による一騎討ちをする事により、武功を稼ごうとしていた。
この規模の紛争は滅多になく、こういう場で武功を上げる事はその貴族の名誉に繋がる。
それが女性でも、そういう部分に差は無く。
いや、本当はあるのだが、数少ない例外として彼女自身が魔法使いなので、相手の魔法使いを討ち負かせば武功としてカウントされるのだ。
これは、魔法使いが数少ない事を利用しての抜け道であった。
ただ、この場合はその女性魔法使いが貴族でないと、ただ名誉と金だけ貰えて貴族にはなれないという理不尽な点がある事も忘れてはいけない。
やはりこの国では、女性の社会進出に大きな制限があるのだ。
「魔法使いは、身代金が高いだっけ?」
「そうみたい」
身代金は、捕まえた相手の身分によって金額が変わる。
それともう一つ基準があって、魔法使いの、それも高位の魔法使いだとその金額が跳ね上がるのだ。
クラウスの作戦とは、簡単に言えばカタリーナにブロワ家側の魔法使いを捕らえて貰うという物であった。
「向こうが出て来ない可能性は?」
イーナの懸念は尤もであったが、実はそれでも構わないというのがこの作戦の意地悪な部分だ。
「この手の紛争で、相手に勝負を挑まれて誰も出なければ大恥も良いところです」
貴族なのに、相手の挑戦に答えなかった。
一体何のために普段から軍を整えているのかと、周囲から笑われてしまうのだそうだ。
「でもさ。こういう事に絶対は無いわけで、カタリーナよりも強い魔法使いとか出ないのかな?」
「絶対とは言えませんが、まず大丈夫だと思います」
前にブランタークさんが言っていたが、今の東部は優秀な魔法使いが不足しているらしい。
なので、カタリーナを脅かすような魔法使いは存在しないはずだとクラウスは説明していた。
「そうだな。ブロワ辺境伯家のお抱えは中級が良いところ。外部から凄腕を雇えば、お館様から情報も入るはず。よほどのヘマをしなければ、カタリーナの嬢ちゃんは負けないさ」
ブランタークさんも、クラウスと同意見のようだ。
中級の魔法使いが上級に勝つには、例えば奇襲をかけるとか相手の弱点を上手く突くとかだが、これは戦闘経験などを積んだベテランでないと難しい。
しかもこの手の戦法は、今回のような『よーい、ドン!』な一騎討ちではほぼ通用しない。
単純に強力な魔法を沢山放てる方が、圧倒的に優位なのだ。
「その勝負引き受けよう! ブロワ辺境伯家の筆頭お抱え魔法使い。『突風』のビエンコ・ロウケルである!』
カタリーナの呼びかけに、ブロワ側から一人の魔法使いが名乗りをあげる。
年齢は、四十歳ほどであろうか?
どこにでも居そうなローブ姿の中年男性が、杖を構えながらカタリーナと対峙する。
「あれ?」
「どうした? 伯爵様」
「あの人、そんなに凄そうには……」
こう言っては失礼かもしれないが、同じ筆頭お抱え魔法使いであるブランタークさんと比べると、格段に実力が落ちるような気がしたのだ。
「あそこは、数で補っているから」
ここ暫く東部に有力な魔法使いが出ていないので、ブロワ辺境伯家では上級クラスの魔力を持つ魔法使いの雇用に失敗している。
そこで、中級を何名か雇って彼らの中で年長だったり、人を束ねるのが上手い人を、暫定的に筆頭に任命しているに過ぎないのだそうだ。
「ブランターク様のように、圧倒的な実力があるので筆頭にされたわけではないのですね?」
「そういう事」
エリーゼがブランタークさんにお茶を出しながら質問し、彼はお茶を飲みながらそれに答える。
一騎討ちも下火になった両軍の対峙は、基本的に暇との戦いである。
なので、俺達のみならず味方の貴族達は、全て自分の陣地で椅子に座ってお茶を飲み、テーブルの上のお菓子などを食べながらその様子を見ている。
今の時刻はちょうど午前十時くらいであり、地球で言うところの朝のオヤツという感じであった。
「あのブロワ家側の魔法使い、カタリーナには勝てないんじゃ?」
「勝てないな」
「なら、何で出て来るのかね?」
エルからすれば、勝てもしない勝負に出て来る筆頭お抱え魔法使いというのが良くわからないらしい。
だが、貴族からすれば出て当たり前だと思うのだ。
勝敗はともかく、相手からの勝負の要求に答えないなど、敗北以上の恥をブロワ家側がかくのだから。
「いざ、尋常に勝負!」
お互いに名乗りをあげた後、カタリーナと『突風』との勝負が始まる。
まずは『突風』が先手を取り、両腕から二つの竜巻を魔法で出してカタリーナへと放つ。
両手で同時に二つの竜巻魔法を発生させる部分は、さすがは熟練の魔法使いだと俺は思っていた。
「ただ……。カタリーナ相手に、あの程度の風魔法ではな……」
カタリーナはすぐに自分の周囲に竜巻を展開し、『突風』から放たれた竜巻を打ち消してしまう。
「まだまだ!」
続けて『突風』が両腕で竜巻魔法を放ち続けるが、それらは全てカタリーナが周囲に展開している竜巻によって弾かれてしまう。
「見ただろう。こういう勝負では、魔法の威力と魔力の量だけが勝負を決めると」
「だけがですか」
「そうだ。他の要素とかはいらん!」
結局、竜巻の連発を続けて魔力が尽きた『突風』が降参をし、この勝負は終了となる。
彼は、カタリーナに杖を渡して降参していた。
「同じく、ブロワ家お抱えの『火鞭』のロイ・ザールニアだ! 尋常に勝負!」
カタリーナは続けて、『火鞭』を名乗る中級レベルと思われる三十歳前後の魔法使いと戦いを始める。
彼はやはり両手で火の鞭を作ると、それを交互に振るってカタリーナを攻撃し始めていた。
火の鞭は、様々なタイミングでカタリーナに襲い掛かる。
正面からの一撃をカタリーナが防ぐと、同時に真後ろからも攻撃が来る。
続けて死角からの攻撃を防ぐと、また直後に同じ場所に火の鞭が来たりと。
『火鞭』は、この魔法を良く研究・訓練して己の物にしているようだ。
「ただなぁ……」
「ええっ! 凄いじゃないですか」
「だから、この条件の戦いだと『火鞭』に勝ち目は無いんだよ」
実際に、その巧みな火鞭による連続・フェイント攻撃は、全てカタリーナが展開している水の壁によって防がれていた。
どこから攻撃しても水壁を突破できず、虚しく『ジュワ』という蒸発音と水蒸気をあげるだけであった。
「『火鞭』にとっての火系統の魔法は、長年修練して極めた一番得意な系統だ。逆に、カタリーナの嬢ちゃんは水の系統は苦手な部類に入る」
なのに、その威力ではカタリーナの水系統の方が上と。
これが、上級レベルと中級レベルの間にある絶対に超えられない壁なのだそうだ。
「さっきの『突風』とさほど強さは変わらない。ブロワ辺境伯家が、中級の魔法使い複数でお抱えを維持している証拠だ」
数分後、『火鞭』はカタリーナが逆襲して展開した水壁に囲われてしまい、杖を捨てて降伏していた。
「私の実力をご覧になりましたか」
ブロワ家お抱えの魔法使い二人を捕虜にして、カタリーナは自慢気な表情をしながら戻って来る。
彼女が戦っていた場所では、今度は他の魔法使い達が勝負を始めていた。
ブロワ家にもブライヒレーダー家にも、まだ複数のお抱え魔法使い達が所属していたからだ。
普段は魔法を使った決闘など無駄なので禁止されているのだが、こういう戦争の時には例外的に許される。
勝てば名誉と褒美が得られるので、ここぞとばかりに勝負に挑む魔法使いは多かった。
「あんまり波乱とか無かったね」
「ルイーゼさん。波乱など見ている人は楽しいのかもしれませんが、私からすると堪ったものではないのですが……」
「何というか、全く危な気なかった」
「こういう勝負ですからね」
戻って来たカタリーナに、ルイーゼがお茶を渡しながら話しかけてくる。
「実戦では、上級でも不意や弱点を突かれれば負ける事もありますけど……」
こういう形式の勝負だと正面から向き合って合図と共に戦うので、ほぼ魔力が強い者が勝つのが当たり前なのだ。
カタリーナの勝ちは、むしろ必然とも言えた。
「不意を突くのは良い手ね」
「実戦ではそうでしょうが、これは名誉をかけた一騎討ちなのですよ」
この手の一騎討ちで不意打ちなどしたら、それは卑怯者も同然という事になってしまう。
それなら受けない方がマシだと、カタリーナはイーナに説明していた。
「なあ、ブランタークさんやヴェルは行かないの?」
「俺はパス」
ブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯家が抱えている魔法使いの筆頭である。
現状でブロワ家が彼に勝てる魔法使いを抱えていない以上、下の者達に勝負をする権利を譲ってあげる必要があるそうだ。
「そもそも、俺が今さらこれに勝って何になる?」
功績だの名誉だのと、そんな物はもう十分得ているブランタークさんだ。
わざわざ中級以下の魔法使いと戦う理由などなく、下の者達のチャンスを奪ったと思われて嫌われるだけであろう。
「ヴェルも同じか……」
もう功績は十分だし、今回の戦いでは四十家を超えるブロワ側の貴族や主だった家臣や兵士達などを捕らえている。
ブライヒレーダーから、『もうお休みしてて良いですよ』と言われているくらいなのだから。
「導師は?」
「来るわけねえだろうが」
南部と東部の貴族達同士の諍いに、王宮筆頭魔導師が出て来ると面倒な事になってしまうからだ。
とはいえ、エルの疑問は良くわかる。
あの人ならば、楽しそうだからで勝負に参戦してくる可能性も否定できなかったからだ。
「それに、ブロワ家側が泣く」
導師が来れば当然知己であるこちらに付くはずなので、戦力比が絶望的にまで広がって、それはそれで大変な事になってしまうであろう。
「あのヴェンデリンさん、私への褒美は?」
「無いよ」
「どうしてです!」
「ちょっ! お前も貴族だろうが!」
今回のカタリーナの立場は、バウマイスター伯爵家の親族であるヴァイゲル準男爵の女当主が、ブライヒレーダー辺境伯家の要請に従って参軍した。
軍は出せないが、有力な魔法使いが手を貸して功績を挙げたという扱いだからだ。
「カタリーナが捕らえた貴族やら兵士やら魔法使いの身代金が利益になるからな。俺から褒美を出したらおかしいし」
「そういえばそうでした……」
暫定とはいえ貴族家の当主になったのに、どこかその自覚が薄いカタリーナであった。
「中抜きがない分、身代金の方が多いじゃないか。交渉だって、代官をしているハインツの息子に任せれば良いし」
「そうでしたわ! すぐに連絡してみます!」
ヴァイゲル準男爵領の開発に回せるお金が増えると知って、カタリーナはご機嫌でお茶を飲み始めていた。
「カタリーナはいいなぁ。ボクも、一騎討ちとかしてみたかった」
「ヴェル様、私も戦いたい」
「ここは戦場なんだから、基本的に女性は出ちゃ駄目なのよ」
今回の紛争では、食事当番と鍛錬くらいしかする事がないルイーゼとヴィルマが自分達も戦いたいと言い始める。
だが、当然無理なのでイーナに窘められていた。
「その前に、ルイーゼの嬢ちゃんやヴィルマの嬢ちゃんと戦う奴が不幸だろう」
ブランタークさんの言う通りで、万が一戦えたとしても子供にしか見えないルイーゼとヴィルマと戦って大の大人が惨敗でもしたら、その人は騎士や貴族としての経歴に致命的な傷を負ってしまうからだ。
というか、ルイーゼとヴェルマの実力から考えると、ほぼ間違いなく惨敗するであろう。
「男装して出るのはどうかな?」
「ルイーゼ、いいアイデア」
「止めとけ。相手が可哀想だろうが」
ブランタークさんに窘められて、二人はようやく一騎討ちに出るのを諦めたようだ。
「しかし、これいつ終わるの?」
本格的な軍事衝突が不可能である以上、数少ない魔法使いが勝負を終えれば、もう睨み合いしかする事がなくなってしまう。
意地の張り合いも必要なのであろうが、ただ無駄に金と食料を消費するだけになってしまうのだ。
「こういう事は我慢比べだと、昔にお爺様が言っていました」
エリーゼがお茶のお代わりを淹れながら、俺の疑問に答えてくれる。
何でも、ホーエンハイム枢機卿が若い頃にも似たような紛争があり、司祭として従軍した経験があるそうだ。
「先に焦れて、『裁定に入りましょう』と言った方が不利になるそうです」
現時点で、ブロワ側は大惨敗している。
肝心の各所の紛争地域で、ブロワ家側の貴族達は戦前に持っていた利権や領地すらこちらに占拠され、多くの貴族やその軍勢が敗北して捕らえられているからだ。
「ブロワ家側は、もう今さらな気もするけど」
「だからなのです。もうこれ以上は悪化しないであろうと」
一騎討ちで多少不利でも、ブロワ辺境伯家本軍に綻びがあるわけではない。
本格的な衝突を起こせない以上は、ただ粘って裁定で少しでも有利な条件を獲得するしかないのだと。
「いやいや。大元の境界で接する貴族達の利権争いでは、もう完敗じゃない」
その前に、本軍以外の紛争地帯では大惨敗しているのだ。
ここで意地を張って、本軍同士で対峙している意味が俺には理解出来なかった。
「今さら、この情況では退けないのでは?」
とにかく、今回のブロワ家側の出兵には不可解な点が多い。
うちに妙なちょっかいをかけて復讐されているし、総大将であるブロワ辺境伯本人が本軍にいない可能性も高い。
病気で臥せっているという噂もある彼が、果たしてどの程度この出兵に関わっていたのか?
とにかく裏の事情が読めないので、ブライヒレーダー辺境伯も困惑している部分があるのだ。
これで、裁定など可能なのかと。
彼からすれば、こんな無駄な紛争など一秒も早く終えて、うちの開発の手助けでもした方が利益になるのだから。
結局ブロワ家側からの裁定を求める使者は来ず、どうやら両軍の睨み合いはもう少し続くようであった。
「バウマイスター伯爵。何か、良いアイデアはありませんかね?」
魔法使い同士による勝負も、カタリーナがブロワ家お抱えの中で筆頭とナンバー2を捕らえたので、判定はブライヒレーダー家側の勝ちとなっていた。
元々魔法使いの数も少ないので勝負もすぐに終わり、それから三日間も両軍は無駄に対峙を続けている。
さすがにブライヒレーダー辺境伯も焦れて来たようで、俺に何でも良いから向こうの士気を落とす策は無いかと尋ねてくる。
「士気が落ちるかは不明ですけど、相手に多少の動揺は与えられるかと」
「魔法でもぶっ放すのですか?」
「まさか、そんな無駄な事はしませんよ」
一応ブライヒレーダー辺境伯の許可を取ってから、俺はその策を実行する。
「ヴィルマ。書けたか?」
「結構自信ある」
「確かに、綺麗だな」
俺は、バウマイスター伯爵家の本陣で大きな布に字を書いていたヴィルマに声をかける。
意外なのだが、実は俺の婚約者達の中で一番字が綺麗なのがヴィルマであったので、俺が頼んでいたのだ。
普通ならばあまり女性はいない諸侯軍において、魔法使いで暫定当主であるカタリーナ以外の女性陣は、兵士達への食事の準備や、お茶を飲むブライヒレーダー辺境伯達への給仕、エリーゼは臨時の従軍司祭としてその時間を過ごしていた。
ヴィルマは相変わらずエリーゼの護衛をしているのだが、長対陣で彼女の治療の仕事が減ったので、今はこうして俺の手伝いをしているわけだ。
「本当だ。上手だ」
「ルイーゼは、字が下手だからなぁ」
「違うね。ボクの字は独創的なの」
エリーゼもヴィルマほどではないが字が上手であり、彼女の完璧超人伝説に色を添えていた。
カタリーナとイーナは普通で、俺とエルは少し下手。
そしてルイーゼであったが、かなり下手なので判読に時間がかかる有様であった。
「こういう紛争の時とか、ボクの書く文が暗号として役に立つかも」
「いや、それはないでしょう」
敵も味方も読めないのでは、それは暗号としての用事をなさないからだ。
「ヴェルは失礼だな。それで、これは何なの?」
「求人広告です!」
俺が考えた敵の動揺を誘うアイデアとは、ここで新しい人を仕官させようという物であった。
対象は陣借りをしている浪人達で、採用数は能力と人格が一定以上に達している者なら全部。
一応、求人広告には五十名と書いているが、採用基準に達していれば全て採用する予定であった。
どうせ俺に人を見る目などないので、判定はモーリッツとクラウスに任せる事にした。
悔しいが、人を見る目では老練なクラウスに勝てるはずがないからだ。
「へえ、陣借り者の中で優秀なのを雇うのか」
ブランタークさんが、良い案だと感心していた。
紹介状無しなので試用期間は設けるが、うちの人材不足を少しは解消できるかもしれないからだ。
駄目なら雇わなければ良いだけだし、採用がゼロでもうちに不利益はない。
何しろ、ここ三日間ほど魔法の鍛錬以外では暇だったのだから。
「日常業務を行って余裕を見せ、向こうの陣借り者達が動揺するな」
ブライヒレーダー家側に参加していれば面接が受けられたのに、ブロワ家側なのでそれも出来ない。
陣借り者だけとはいえ、相手の士気を落とせる可能性は高いと思ったのであろう。
「ああ、別にどちらでも採用試験と面接は受けられるようにしますから」
「マジでかよ! 前代未聞な事をするな。でも、悪くないアイデアか……」
数分後、ヴィルマが大きな布に書いた求人広告が両軍の間に掲げられる。
来たれ! 仕官希望者達! バウマイスター伯爵家では、臨時に紹介状無しの採用試験を行います。
採用数:こちらの採用基準に満たせば、上から順に五十名まで。
待遇:面接の時に説明します。
職種:文官系の能力や経験を持つ人も募集。警備隊の人員も募集。優秀者には、幹部登用制度もあり。
備考:現在ブロワ家側にいる人でも、採用試験を受ける事は可能です。
「何か、凄いな……」
この求人広告が張り出された直後、両軍の陣借り者がほぼ全員殺到していた。
あまりに多いので、ブランタークさんやブライヒレーダー辺境伯からも人手を借りて採用試験や面接を行ったのだ。
場所は一騎討ちが行われた両軍の間にある草原で、武芸の腕前を見たり、計算や文章作成の筆記試験を行ったり、最終面接もモーリッツとクラウスによって行われていた。
この常識破りの行為に、ブロワ家側は唖然として見ているだけであった。
慣習しか決まりが無いこの手の人が死なない戦争において、相手の陣借り者を採用試験に誘ってはいけないという法は今まで無く、俺に文句を言う根拠もなかったからだ。
「簡単に言えば、想定外なわけです」
急遽始まった採用試験の様子を見ながら、ブライヒレーダー辺境伯は笑っていた。
「確かに、自分達で囲っている陣借り者達までバウマイスター伯爵家の採用試験に向かってしまえば……」
飯と寝る場所、あとは一騎討ちなどで敵の騎士でも捕らえれば感状と褒美が出るが、陣借り者とは基本的には軍勢の数増し程度の役割りしか期待されていない。
新規雇用など、いくらブライヒレーダー・ブロワ両家でもそう簡単に行えないからだ。
それでも、ブロワ家側の陣借り者達はこの紛争が終わるまでは雇用はされている。
それがこぞって、敵側であるバウマイスター伯爵家の採用試験に参加している。
彼らの困惑と動揺を広げる策としては、有効だと俺は思うのだ。
「これで、彼らから裁定を持ち出してくれると嬉しいのですが……」
結局、二日間にかけて行われた採用試験において八十六名の陣借り者達が雇用される。
半年の試用期間に、最初は一番下っ端からのスタートであったが、彼らはとても嬉しそうであった。
「その下っ端にも、普通は紹介状やコネがないとなれませんからね」
新規で余所者を取る前に、陪臣や領民の子弟などを優先するからだ。
「しかし、凄い光景でした」
新規採用された八十六名は、今日の早朝に魔導飛行船に乗ってバウマイスター伯爵領へと向かっていた。
現地で新人研修を受けてから、それぞれの職場に配置。
半年後に問題が無ければ正式に仕官となる。
結局ブロワ家側に居た陣借り者達もほぼ半数が雇用され、駄目だった連中は何食わぬ顔でブロワ家側の陣地に戻り、ブロワ軍の兵士達も唖然としていたようだ。
とはいえ、彼らを放逐など出来ない。
彼らが抜ければ、コストが安い兵力が減ってしまうからだ。
「ブロワ家の連中からすれば、途中で敵の採用試験に抜ける陣借り者達など信用に値しないと思うけど、陣借り者達にすればチャンスだったわけで受けない道理もないと」
これにより、ブロワ家側の士気はまた落ちているようだ。
策は成功したのだが、俺としては早く裁定に入って貰いたいと心から願うのであった。
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