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地方の教育政策の最高責任者を首長にして本当に大丈夫か。教育委員会の改革…
地方の教育政策の最高責任者を首長にして本当に大丈夫か。教育委員会の改革を話し合ってきた中央教育審議会の答申に、危うさを感じる。
今の制度では決定権は委員会が持つ。合議制だから極端な結論が出にくく、安定感がある。半面、即断即決は苦手。いわばカメ型のシステムだ。いじめの事件で事実解明の動きが鈍かったのは、弱点の表れだ。
そこで答申は、最終的な決定権を首長に移す提案をした。日ごろは事務方トップの教育長が仕切るが、いざというときは市長や知事が即断し、指導力を発揮できる。ウサギ型のシステムだ。教委はいわば諮問機関の位置づけに変わる。
しかし、ウサギに暴走はつきものだ。審議では懸念の意見が最後まで出た。これから具体的な制度設計を担う文部科学省は、よく耳を傾けるべきだ。
教育学者の梶田叡一委員はこう指摘した。「首長の99%は立派な人だろう。だが、そうでない1%の人が選ばれてしまったときのための歯止めを作っておくのが制度設計というものだ」
「首長に権限を」の根底にあるのは「首長が民意だ」という考え方だ。これには当の首長が警鐘を鳴らした。京都市長の門川大作委員だ。「選挙が単一争点になり、教育が争点にならないことはいくらでもある」
審議の続くさなかにも首長が全国学力調査の公表ルールを破るような実例があったことで、懸念は現実味を増した。教委に発言力がある今でさえ、独走する首長はいる。改革後はどうなるのか、と。改革案には与党の公明党も「教育の政治的中立を守れるのか」と反対している。
合議制の委員会が「船頭多くして」とならぬよう、いざというときかじを取る人を決めておきたいのはわかる。が、それは教育長を仕切り役と明記することでクリアできるだろう。
教育に民意を反映するには、住民目線で教育行政を点検し、物申せる委員会にすることが大切なはずだ。その目で答申をみると、事務的な案件まで委員会にかけるのをやめて、任務を絞り、教育の基本方針や教科書採択など重要案件を熟議できるようにしたのはうなずける。委員や事務局の人選も大切だ。
ただ、付属機関に格下げされた委員会が果たして「最後は私が決める」という首長を止められるか。根本的な疑問は残る。
答申には、委員会に決定権を残したまま、首長と教育長の関与や権限を強める別案も付記された。この方がウサギとカメのバランスが取れている。
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