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第五十五話 バウマイスター伯爵領開発開始。
 実家に関わる様々な騒動や事件の処理も終わり、未開地の開発がようやくスタートしていた。

 未開地の大半を下賜された俺は、王家からの命令でバウマイスター伯爵となり、本家を相続する身となった。
 細かい事だが、これをしないとヘルマン兄さんが継いだ騎士爵家が本家で、伯爵家が分家という奇妙な状態になるからだ。

 本家と分家の交代は、たまに発生する。
 時の流れによる栄枯盛衰という奴だが、血縁関係の濃い貴族家同士を見分けるためだけに分けて呼んでいるので、それで特に何かが変わる事もないそうだ。

 実質は別の貴族家同士なので、共犯ならともかく片方が何か罪を犯しても連座制などもない。
 無事な方の家に家族などが世話になるケースが多いので、貴族家による一種の保険制度とも言えた。

 子供が居ない場合に、そこから養子を迎え入れる事も多いそうだ。 

 山脈以南の未開地は、伯爵になった俺が本家で寄り親に。
 その下に、将来的には男爵になる予定のヘルマン兄さんが継いだ旧バウマイスター本家と、パウル兄さんに分与された準男爵家。

 そして、将来的にはアマーリエ義姉さんの子供達にも騎士爵領を分与する予定になっている。
 ただ、甥達はバウマイスターの姓を名乗れない。
 共に、アマーリエ義姉さんの実家であるマインバッハの姓を名乗る事になっていた。
 家臣達も、マインバッハ家の縁からある程度受け入れる。
 クルトのせいで利権がパーになったので、それなりに配慮しないといけないからだ。

 あと、アマーリエ義姉さん自身の処遇であったが、子供達を養育するために残るそうだ。

『まだ若いのですし、再婚とかは考えないのですか?』

『子供を二人も生んだ出戻りの再嫁先なんて、良くてご隠居様の後添えか、下手をすると商人の妾が精々だもの。もう結婚はしないわ。子供達をちゃんと育てないと』

 クルトのようになられても困るので、ちゃんと漢字や計算も教えるのだそうだ。

『それに、戻れないのよね。実家に、何を言われるか……』

 マインバッハ家からすれば、今回のクルトの失態は晴天の霹靂だったはず。
 普通に貴族の対応をしていれば、嫁ぎ先のバウマイスター領は未開地開発特需で潤っていたのに、今では嫁がせた娘は暗殺未遂犯の元妻になってしまった。

 当然、立場的にうちに利益供与などは求められないわけで。
 アマーリエ義姉さんが戻っても、ただの邪魔者にしか感じられないはずなのだから。

『パウル様の新領地に、お義父様やお義母様と一緒に移ります』

 隠居した父であったが、そのままバウマイスター領に残るとヘルマン兄さんがやり難かろうという事で、パウル兄さんが開発を始める領地に移住する事になっていた。

 パウル兄さんの領地も完全に一からスタートなので、父の領主としての経験も生きるはずである。
 あと、クルトと一緒に俺の襲撃に参加した、共犯者の家族達も一緒に移住する事になっていた。

 多分、一番の被害者は彼らなのかもしれない。
 いきなり自分の祖父や父が、貴族への暗殺未遂事件の共犯だと言われたのだから。

 共犯者は、極秘裏に参加をしていたので家族などに一切相談していなかった。
 気軽に家族に相談できる事でもなかったのだが、知った時には一家の主はもうこの世にいないわけで。

 それに、犯罪者の家族が周囲から偏見を受けるのは、どこの世界でも同じであり。 
 それを避けるために、新しい領地へ移住する事になったのだ。

 とはいえ、パウル兄さんの新領地は隣である。
 調査の結果、良い水田になりそうな湿地帯があり、俺がなるべく早くにある程度の開墾などを魔法で済ます予定である。

 家などは、またレンブラント男爵が移築していた。

『最近、バウマイスター伯爵はんは大急がしでんな』

 相変わらず妙な関西弁であったが、どうやらルックナー財務卿が優先してうちで仕事をするようにお願いしてくれたらしい。
 そのくらいはしないと、弟の件もあって利権を大幅に削られる可能性があるからだ。

『お土産でも持って、遊びに行きますよ』

『是非にお願いします。あの子達にとっては、バウマイスター伯爵様は竜殺しの英雄ですから』

『親殺しの仇でもあるんですけどね』

『その辺の話は、もっと大きくなってからちゃんと話します』

 父、母、アマーリエ義姉さん達がパウル兄さんの新領地へと引越したのを見届けてから、ようやくバウマイスター伯爵領の開発が始まる。

 まず一番初めにやらないといけない事は、伯爵領の本拠地をどこに置くかを決める事であった。

『海沿いにでも置くの?』

『いや、魔の森で分断されているから止めておこう』

 イーナが言うように海沿いという意見は多かったのだが、間に魔の森があるせいで、広い土地を確保するのが難しいという事情があった。

 将来の拡張を考えると、海沿いは難しい。
 そこで、移動は魔導飛行船で移動すると割り切って、中央部の平地に作る事が決定する。
 地盤が安定していて何も無い草原に、ブライヒブルクよりも人口が増えた時の事を見越して区画整理された都市を作るのだ。

 そして、隣には大小複数の魔導飛行船が運用可能な港も作る。
 海沿いにも造り、内陸部には小型の物も数箇所作って領内の移動を便利にするのだ。

 幸いにして、魔導飛行船の当てはあった。
 地下遺跡探索で使用可能な物を何隻も確保していたので、新しい航路を作っても何の問題もないそうだ。

 王都~ブライヒブルク~バウルブルク航路が、一週間に一便。

 なお、このバウルブルクとはバウマイスター領の拠点が置かれる中心の都市の名前である。
 名前が何となくなんちゃってドイツ風なのは、中央の偉い人達のネーミングセンスのせいだと思う。

 あとは、小型でも比較的大き目の船をブライヒブルクから週に三便運行する事になった。
 現在、ブライヒブルクでは港の拡張工事を急いでいるそうだ。

 バウマイスター領内においても、まず最初に比較的大き目の町を建設する場所に十箇所ほど小型船専用の港を作り、なるべく早くに小型魔導飛行船を運用する事になっている。

 開発に必要な物資の輸送に使うためだ。
 船と人員は王国側が提供し、船は買い取りで、人員もベテランの空軍の軍人達が、うちで雇用した新人などを訓練する事になっている。

 将来的には、大型船以外はバウマイスター伯爵家で独自に運用をして欲しいのだそうだ。

 あとは、普通の道路の敷設に、海沿いには海上船舶専用の港も必要で。
 これが整備できれば、南部の他の貴族領などから船便で荷が運べる。
 東部や西部の海沿いに領地を持つ貴族達も、交易の増加などを多いに期待しているようだ。
 工事を行う労働者などを、早速船で送り出していた。 

 更に、領内の大型河川などは、大雨が降ると氾濫し易い箇所もあるのでその工事も必要だ。

 バウルブルクから、ヘルマン兄さんが新領主になったバウマイスター領や、パウル兄さんが開発する準男爵領へと続く道や、他の都市建設予定地点などへと続く道の整備も必要だ。

『計画だけ見ても、物凄く時間がかかるよな』

『普通に考えれば、そうでしょうな』

 俺の代官にして筆頭家臣になる予定のローデリヒは、自分の机の上に大量に積まれた開発計画書を横にずらし、その跡に財務と人事関連のその三倍はありそうかという高さの書類をまた積み上げていた。

 前世で商社マンをしていた時にでも、見なかったレベルの書類の多さだ。
 俺の防衛本能が素早く、『ローデリヒ、頑張れ!』という言葉を口から紡ぎ出す。

『応援や、紹介された人材なども到着して開発は始まるのですが』

 まずは、バウルブルクの建設予定地に、政庁も兼ねる巨大な石造りの住居を作る予定なのだそうだ。
 他にも、周囲には拡張性を持たせた町の建設に、魔導飛行船用の港の建設もある。

『とにかく、これが終わらないと話が始まりませんので』

 ローデリヒは俺の肩をガッチリと掴み、魔の森に狩りに出かけようとした俺の移動を阻止する。

『工期の短縮のため、お館様に強制依頼です』

『待て! 俺は、冒険者ギルド所属だぞ!』

『お館様は、バウマイスター騎士爵領開発の際に土木ギルドにも登録したではないですか』

 各種ギルド支部の進出はまだ先の事であったが、手続きなど後でどうとでもなるそうだ。

『当然、依頼料は払いますので』

『ローデリヒ、お前なぁ……』

 結局断り切れず、俺はバウルブルク建設予定現場で一人整地作業に没頭していた。
 ローデリヒや新しく雇用した建築に詳しい家臣の指示で、広大な平地を魔法で平坦にし、政庁を兼ねた屋敷の敷地や町や幹線道路などを区切っていく。

 更に、近くに魔導飛行船専用の港の位置も決め、続けて彼らを連れてとある場所まで瞬間移動で飛んでいた。

『なるほど、良い石材が大量に採れそうですな』

 未開地のとある場所に、鉱物は出ないが良い石材が取れる岩場があり、そこにローデリヒ達を案内していたのだ。

『それで、どのくらい必要なんだ?』

『出来るだけ一杯です!』

『……』

 ローデリヒの無茶な要求により、俺は石材の採集を開始する。
 大型の物は、風系統の魔法であるウィンドカッターでカットし。
 小さ目な物は、水系統のオリジナル魔法であるウォーターカッターで形を整えていく。

 このウォーターカッターの魔法は、前世で水圧で素材を切る機械を見たのをヒントに考案していた。

 そして、ある程度加工済みの石材が貯まったら、魔法の袋に入れてバウルブルク建設予定地にある石材置き場に積んでいく。

 整地や区画割りの作業と平行してやっていると、三日後くらいから、ボチボチとバウルブルクの建設工事は始まっているようだ。

 港は無くても、魔導飛行船は大型で無ければ、平坦な土地ならば人と荷物くらいは降ろせる。
 早速第一陣が、労働者用の仮設住居を建てながら、同時にバウマイスター邸の基礎工事を始めていた。

 屋敷とは言っても、有事には防衛拠点も兼ねる城に近い物になる予定なので、地面を堀り起こして土台から工事を始めていたのだ。

『お館様、土台の工事に時間がかかり過ぎです。強制依頼です』

『お前なぁ……』

 ローデリヒに言われて、巨大で頑丈な土台を埋める穴を掘る事になる。
 しかし、ローデリヒも逞しくなったものだ。

 勝手に故ルックナー男爵に認知された事を知った時には、『拙者には、あんな男の血など一滴も流れていませんから』と言い放ち。

 『爵位も財産も結構』と断言するほどなのだから。

 結局ルックナー男爵家は断絶となり、財産も没収されたのでその心配は無用であったようだが。

『ルックナー男爵の財産を貰ったけど、渡した方が良いのかな?』

『いえ。あんな男が触れた金など、一セントとしていりません』

 商人の娘を母に持ち、経済観念なども優れた男であったが、それだけは譲れないのだという。

 ただ、後日にルックナー財務卿も悪いと思ったのであろう。
 自腹を切って、ある程度纏まった現金を渡していたようであったが。

『あとは、町のメインストリートになる中心道路の造成ですね』

『あのなぁ……』

 それでも仕事なので、俺は土木魔法で道路を整え、その両脇に雨水を排水する溝を掘っていく。
 あとは、雇われた労働者達が石材を敷いて、隙間をコンクリートで塞いでいく。

 要するに、大まかな部分だけ俺がやり、残りの細かな作業を人海戦術でやってしまうのだ。

『お館様は、大儲けですな』

『そうか?』

 財政的に言うと、俺は大半の金をローデリヒに預けてはいるが、それは俺の資産なわけで。
 なのに、俺が仕事で土木工事をすると、ローデリヒが俺の資産から依頼料を払い、それが俺の資産になるのだ。

 多分、こんな奇妙な事を経験している貴族など、ほとんどいないはずであった。

 なら個人の資産とバウマイスター伯爵家の資産を別にすれば良いと思うのだが、貴族にはそういう考え方は無いらしい。
 自分のお小遣いを決めている律儀な貴族もいるそうだが、大半は領地経営に金を使うも己で放蕩するも自分次第になっていた。

『工事は早く進むし、別に人を使っていないわけではない。支出は少なくなるが、その分は第二期以降の計画を前倒しすれば良いわけで。でも、何か妙だな?』

『お館様。明日は、近くを流れる河川の工事です』

 そう言われてローデリヒから図面を渡されるが、当然この世界にも治水の概念は存在する。

 河の流れを変えたり、川底を浚渫したり、遊水地を作ったり、堤防を築いたりと。
 さほど、古今の地球にある国家や地域で行われていたのと変化は無いはずだ。

 あと、バウルブルクに用水路を引くので、その基礎工事も必要であった。

『この通りにやれば良いのか?』

『はい。細かな補修作業などは、後日に人を送りますので』

 ここでも、大まかな部分は俺で、残りは人海戦術という基本に変化は無いようだ。

『それは明日にやるとして、まずはバウルブルクの整地と道路工事だな』

 懸命な努力の結果、三日間ほどでバウルブルクの整地は終了していた。
 ただ、今の時点では舗装もされていない道が碁盤の目状に広がるただっ広い平地だけしか存在していなかった。

 例外的に、建設中の石造りの屋敷と工事関係者が寝泊りする仮設住宅が広がっていて、あとはレンブラント男爵が移築した僅かな建物だけ。

 早速工事関係者目当てに商売人が小型魔導飛行船で現れていたが、彼らはゴザの上に品物を置いて売っている状態であった。

『募集した警備隊の第一陣ですが、予想よりも精鋭揃いですな』

 それは、ヴィルマを養女にまでして縁を結んだエドガー軍務卿が推薦する人材ばかりなので当然であろう。
 軍人家系で良く鍛えられている上に、軍や警備隊を辞めてまで来ているのだから。

 第一陣なので、将来発足するバウマイスター諸侯軍の幹部候補という点も含め、彼らは治安維持のためにパトロールを行い、工事関係者などを野生動物から守るために狩りも率先して行い、工兵訓練の名目で工事の手伝いまでしていた。

『野生動物か。凶暴なのも多いからな』

『そこで、依頼です』

『マジかよ……』

 結局、バウルブルクを守るために作られる予定の外壁部分に、臨時で野生動物避けのための土壁を作る依頼が増え、この日は魔力が尽きて屋敷に戻れない羽目になってしまう。

 この土塁は、後で石製の壁に交換するそうだ。
 多分、石材の切り出しは俺の仕事になるはずである。

『仮設用の住居がありますので』

『お前は鬼だな、ローデリヒ』

 戻れないのは仕方が無いので、今日は仮設住居に泊っていく事にする。
 未開地は夜でも寒くならないので、仮設住居とは言ってもテントに毛が生えた程度の物が人数分並んでいるだけであったが、俺は冒険者なので大して気にはならなかった。

 風呂も、警備隊が河から汲んで来た水で体を拭くくらい。
 俺だけは残り少ない魔力で浄化魔法を使って体を綺麗にするが、このくらいの特権は許されるはずだ。

 飯は、雇い入れた料理人に、警備隊で料理の上手な人が手伝って完成させたようだ。
 パンを大量に焼き、御飯も大量に炊き。
 野菜が大量に入った味噌仕立てのスープに、俺がローデリヒに貸している汎用の魔法の袋に入った肉や魚も調理され、警備隊がこの辺の野生動物駆除のために狩った獲物も解体され、醤油や味噌で味付けされてから焼かれて提供される。

 あとは、果物だけであったがデザートもあるし、酒も警備隊員で夜の見回りが無い者には出されていた。
 ただ、輸送量の関係で一人当たりの量は少なくなっていたが。

『それでも、酒が飲めるので好評ですな』

 その日の夜、俺はローデリヒや警備隊の主だった幹部達と食事を食べながら話をしていた。
 こんな状態なので皆同じメニューであったが、彼らは特に不満もなく食べているようであった。

『普段の食事からすれば、ご馳走ですな』

『ええっ! そうなの?』

『軍や警備隊の食事は、質よりも量ですから』

 そういえば、以前にグレードグランド討伐で軍の駐屯地にお世話になった時。 
 量ばかり多くて、味は微妙な飯を出されたのを思い出す。

『ミソやショウユは、王都で買うと高いですからな。未だに、軍や警備隊は塩でしか味付けしませんので』

 幹部候補達は、みんな軍や警備隊で出る不味い飯に苦労していたようだ。

『その点、トリスタンの家は良いよな。実家が裕福だし』

『みんなが思っているほど、素晴らしい飯なんて出ないさ。パーティーとかで見栄を張っている時ならともかく』

 実は、このトリスタンという二十代前半の若者は、エドガー軍務卿の四男なのだそうだ。
 しかも母親が側室で、このまま軍内で燻っているよりはと。
 父の勧めに従って、今回の募集に応募したらしい。

 事前にエドガー軍務卿が紹介状を書いていたので、まず落ちる心配はなかったのだが。

『軍務系の貴族家は、普段はあまり豪勢なご馳走は食べないのはお前らも知っているだろう?』

 軍務系の貴族達は、普段から体を鍛えてパーティー以外であまり豪勢な食事を取らないのだそうだ。
 節約という理由もあったが、軍務系の貴族やその子弟が太っていると外部からあまり良い印象を受けないからだ。

 特に出世したい人は、定期的にある閲兵の儀式などで見た目が良くないと、この時点で出世コースからは外れてしまう。
 軍人の能力と体型に関係は無いと思うのだが、そういう人は補給や参謀コースに進む事になっている。

 そこでも出世は可能であったが、やはり軍人は若い内は前線で剣を振るい、ある程度年を取ったら指揮官になる事こそが花形だと思われていた。

 ただ、この二百年ほどは演習以外であまり指揮官の出番も無かったのだが。

『トリスタンの家は、侯爵家だからな。例外かと思った』

『あの親父が、そんな無駄遣いなんてしないさ』

『確かに、エドガー軍務卿に似ている』

『お館様、私はうちの親父ほど悪知恵は働きませんから』

 トリスタンさんの言う悪知恵とは、父であるエドガー軍務卿がヴィルマを自分の養女にし、俺の側室に押し込んでしまった件であろう。

『あの娘はまだ未成年なのに、親父も強引な事をする』

『という事は、トリスタンさんは俺の義理の兄になるのか?』

『お館様、ここは呼び捨てにしませんと。一応、そうなりますけどね。あの娘は養女ですし、あまり気にしない方が良いかと思います』

 実の娘を押し付ければ少し関係が深くなってしまうが、義理の娘ならば微妙な距離感も保てる。
 そういう計算なのかもしれない。
 ホーエンハイム枢機卿への配慮もあるのであろう。

 なかなかに油断できない筋肉達磨である。

『実の娘を嫁がせたって、縁が繋がるのはその代と次くらいですしね』

 歴史の長い貴族家ほど、他の貴族家と婚姻を重ねている。
 なので、古い代の縁戚など気にしていたらキリがないので、そこは無関係だという認識があるそうだ。

『とはいえ、何か交渉事があると古い話を引っ張り出すのも貴族ですから』

 確かにローデリヒの言う通りで、そういう事もあるのであろう。

『奥さんが増える度に、面倒が増えるような……。ところで、俺の結婚式ってどうなったの?』

『延期です』

 もう成人もしたし、中央の貴族達もじれているのではないと思うのだが、意外にもローデリヒの口から出た言葉は式は暫く延期という物であった。

『なぜに?』

『せっかく領地持ちになったのだから、屋敷が完成してからそこで行うという話で』

『屋敷って……』

 まだ土台を工事中なので、完成時期を計算すると相当先のような気がするのだ。

『予定では、お館様が十六歳の誕生日を迎えた時に行うと』

 その頃には、ヴィルマは十四歳になっているはずで。
 十三歳よりはマシだと、エドガー軍務卿などは思ったのかもしれない。

『あとは、時間が空いた隙に他の貴族達が側室を押し付けるチャンスを与えたとも考えられます』

 非常に迷惑な話である。
 前世で一人の彼女すら持て余した経験のある俺が、今では四人の婚約者持ちなのだ。
 これ以上増えたら、リア充ではない俺ではまた持て余してしまう。

『間違いなく、ルックナー財務卿が延期を提案したのでしょうな』

『全く、あの人は……』

 結局、ルックナー弟によるローデリヒの認知は無かった事にされていた。 
 理由は、本人が頑なに拒絶したのと、未開地開発で代官を務める人物に余計な仕事を増やさないためだ。
 なので、ローデリヒにとってルックナー財務卿は伯父でも何でもなく。
 元から完全な他人だと思っていた事もあり、伯父に対する態度はかなり冷淡とも言えた。

 苦しい時にまるで助けていないので、当然とも言えたのだが。

『今回の事件で、大失点をしていますから。噂によると、孫娘をお館様の側室に差し出そうかと考えているとか』

 これは、直前まで王都に居たトリスタンが、エドガー軍務卿から手に入れた情報のようだ。

『それ、ホーエンハイム枢機卿が激怒しないか?』

 ルックナー男爵邸での大量虐殺事件は不幸な結末であったが、もしあの怨念が屋敷の外でも活動していたら大被害となり、ルックナー財務卿への責任論も浮上していたはずだ。

 なのに、それを防いだホーエンハイム枢機卿を余計に怒らせて、一体どうしようと言うのであろうか?

『エリーゼ様の対抗馬を、敢えて押し込めるのですかね。それは、怒るでしょう。計画倒れの可能性が高いと、親父も言っていましたし』

 あと、その孫娘とはまだ八歳なのだそうだ。
 さすがに、年齢が一桁の女の子とは式を挙げるのは、いくら貴族でも不可能であった。

『お断りだし、こんな開発途上の僻地に来れる貴族のお嬢様なんて果たしているのかね?』

 何でも完璧超人のエリーゼはともかく、ルイーゼとイーナは俺と生まれに大した違いもないし、ヴィルマは自分で自分の食い扶持を稼ぐほど逞しい性格をしている。

 『初代で成り上がったバウマイスター伯爵は、最低でも冒険に付いて来れる娘でないと嫁にしない』と貴族達が思ってくれた方が好都合でもあったのだ。

『どのみち、屋敷が完成しない事には……』

 もう少し町の建設が進めば、現在はバウマイスター騎士爵領内にある屋敷をここに移転する事も可能なわけで、今はとにかくバウルブルクの建設を一日でも早く進める必要があった。

『というわけでして、お館様には更なる奮闘を』

『ローデリヒは、やっぱり鬼だと思う』

 俺は、配給された酒を飲み干してから、割り当てられた仮設住居の中で横になるのであった。


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