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2013-05-07 17:00


    七つの罪と四つの終わり 第五話

    ―――――――――

     ――横暴なシビリアンたちに一泡吹かせたい。
     それは私の中から自然と湧き上がってきた〝欲求〟だった。
     いつも軽口を叩くラダーは、どこか温かな眼差しでそんな私を見つめていた。
    「どうしたのよ、ミリィ。ぼーっとしちゃって」
     しばらく黙り込んでいた私に、クラィが話しかけてくる。
    「……あのね、クラィ。私、欲しいものが見つかったかもしれない」
     顔を上げ、クラィと目を合わせて、私はゆっくりと告げた。
    「えっ……ほ、ホントに? それはあのいけ好かない魔王を納得させられるようなものなの?」
    「……分からない。でも〝それ〟を手に入れることができたら、アンナさんたちも助けてあげられると思う」
     私はそう言って話の成り行きを聞いていたクラィの旧友――アンナさんに目を向けた。
    「わ、私たちを助ける……ですか? そんなことが……」
    「うん、アンナさんたち次第ではあるんだけど……」
     この思いつき――いや、欲求を果たすのは自分の力だけでは不可能だ。
    「私にできることなら何でもします! こんな生活から解放されるのなら……私はどんなことだって――」
     必死な声音でアンナさんは私に言う。
     ずっと抑えていたものが溢れだしたかのようだった。
    「他の、元ワーカーさんたちも、アンナさんたちと同じ気持ちなのかな?」
    「……はい、きっと。この生活に満足している者は一人もいないはずです。けれど重労働に耐える手足を失った私たちは、下層に戻ることもできません。何か、他の道があるのなら、そちらを選ぶはずです」
     強い口調で断言するアンナさん。
     ――これなら、大丈夫かもしれない。
    「じゃあ、アンナさん。元ワーカーさんたちが同じ場所に集まる機会ってないかな?」
    「えっと……三日後にある収穫祭なら、みんな集まると思いますけど……」
    「収穫祭?」
     私が首を傾げて問い返すと、アンナは暗い表情で説明する。
    「私たち元ワーカーが作った服や装飾品を、シビリアンたちに上納する日のことです。中央シャフト前の広場で一月ごとに行われています。祭りというのは、シビリアンたちにとってだけ。私たちは収穫される側なんです」
     先ほど一方的に服を寄こせと命令してきたシビリアンたち。彼らがアンナたちの作ったものを、横暴に搾取していく様子がありありと想像できた。
     もやもやした想いが胸の中に蟠る。クラィははっきりと表情を歪めていた。
    「……じゃあ、その日だね」
    「収穫祭の日に……何かをするんですか?」
     アンナの問いに、私は頷く。
    「うん。それで、その日までに他の元ワーカーさんたちへ伝えておいて欲しいことがあるの」
    「は、はい、何でしょう……?」
     どこか恐れを含んだ声音で、アンナさんは言う。
     そして私は自らの〝欲望〟を言葉で紡ぎ、形にした――。


     私とクラィとラダーは、収穫祭まで表面上はゆっくりと過ごした。
     下層では贅沢品である〝食事〟も存分に振る舞われ、とても快適な生活だった。
     資源を採掘するワーカー、服を作るワーカーがいるように、農産物を専門に作るワーカーもどこかの層にいるのだろうとクラィは言っていた。
     そう聞くと美味しい料理も、上手く喉を通らない。シビリアンたちに対する不満は日々募り、そして三日目。ついに収穫祭の日がやってきた。
     中央シャフト前の広場に何十人もの元ワーカーたちが敷物を広げ、各々が作った手芸品を並べている。
     まさしく祭り――バザーのような光景だが、楽しい雰囲気はどこにもない。元ワーカーたちは一様に暗い顔で俯いている。
     私とクラィ、それにラダーはアンナのスペースでそれを眺めていた。往来にはシビリアンたちが行き交い、にやにやしながら上納品を物色している。
     だが、まだ誰も直接奪おうとはしていない。祭りが始まるまで手を出すのはご法度のようだ。
    「……意外と、律儀なんだね」
     私が呟くと、アンナは首を横に振る。
    「いいえ、シビリアンはそんな殊勝な奴らじゃないわ。単に恐れているのよ。王様より先に手を出して、怒りを買うことを――ね」
     そう言ってアンナは遠くに見えるマンモンの城を見る。
     するとそちらの方から車のエンジン音が聞こえてきた。三日間この階層を歩き回ってみたが、シビリアンですら車を持っている者はいなかった。だからあれはきっと――。
     黒塗りの車が広場の中に入って来ると、シビリアンたちですらその表情を引きつらせる。
     あの強欲な王の前では、シビリアンであっても〝奪われる側〟なのだろう。
     運転席から執事のセヴァンが降りて来て、後部座席のドアを開く。降りてきたのは豪奢な衣装を纏った男。第七層の支配者、マンモン。
     広場に静寂が広がる。誰も、口を開かない。
     マンモンはゆっくりと広場を睥睨し、上納品を広げる元ワーカーたちの元へ歩き出す。
     かつん、かつん、と彼の足音だけが甲高く響いた。
     まるで蛇のような、絡み付くような眼差しで獲物を物色するマンモン。その視線が一瞬、私とクラィの方へ向く。マンモンは意外そうに眼を細めたが、何も言わず私たちの前を通り過ぎた。
     そのまま広場を半周し、マンモンは足を止めた。そのスペースには一際見事な絨毯が置かれており、それに目を付けたらしい。
     どこかから溜息が漏れる。あの絨毯を奪うつもりだったシビリアンのものだろうか。
     ゆっくりとマンモンは絨毯に近づく。
     誰もそれを阻めない。誰一人、彼の獲物を横取りすることなどできない。
     ――ドールである限り。彼のモノである限り。
    「待って!」
     でも、ドールでない者ならば。人間である私ならば、誰にもできないことができるはず。
     広場がざわめく。シビリアンたちが驚愕の表情を浮かべ、元ワーカーたちは顔を上げて目を見開いた。
     勇気を持って、足を踏み出す。動きを止めたマンモンに近づいていく。
     マンモンは顔を顰め、不機嫌そうに私を睨んだ。
    「……そうか、何かするつもりだとは思っていたが、こういうことだとはな」
     マンモンは馬鹿にした顔で鼻を鳴らす。
    「あなたは、私がしようとしていることが分かっているの?」
     問いかけると当然だという顔でマンモンは頷いた。
    「ふん、大方貴様はオレ様が目を付けたものを横から奪うことで、自分の欲望がオレ様に勝っていることを示そうとしたのだろう? だが残念だったな、欲しいのならばこの絨毯ぐらいくれてやる。良い物ではあるが、惜しいほどではない」
     勝ち誇った顔でマンモンは言葉を続ける。
    「哀れなことだ。その程度の欲望ではオレ様に遠く及ばない。俺の電子頭脳は、お前の感情がオレ様以上だと認識しなかった。貴様は――人間になれなかったのだ」
     人間になれなかった?
     その意味は分からなかったが、マンモンが言っていることはあまりに的外れだった。
    「それは、早とちりだよ。私が欲しいのはその絨毯じゃない」
    「……何だと?」
     眉を寄せるマンモン。
     私は大きく息を吸い込む。
     ――ここからは、どうなるか分からない。アンナさんに言ったように、彼ら次第なのだ。
     覚悟を決めて、私は自分の〝欲望〟を広場に響き渡らせる。

    「元ワーカーの皆さん! 私は――あなた達が欲しいですっ! だから〝私の物〟になってください!!」

    「なっ……」
     目の前のマンモンが絶句する。
     私はさらに言葉を続けた。
    「もう、この願いは皆さんの耳に一度届いているはずです。だから今、その答えを聞かせて下さい!」
     私の声が反響し、収まると、静かだった広場に靴音が聞こえ始めた。
     一人、また一人と、元ワーカーたちが私の後ろへと集まってくる。スペースから出て来たアンナさんとクラィ、それにラダーが私の隣に並んだ。
     全員だ。
     広場に集っていた元ワーカーは一人残らず、私の側に立つ。
     その様子を呆気に取られて見ていたシビリアンの一人が声を上げる。
    「ふ、ふざけるな! そんな要求通るわけねえだろうが! てめえらスレイブもだ! シビリアンに逆らってタダで済むと思ってねえだろうな!」
     よく見れば、彼らは七層に来た日、私たちに絡んできたシビリアンだった。
    「――あたしに任せて」
     クラィが一歩前に出て、シビリアンたちを睨みつける。
    「よく聞きなさい、シビリアン! この子――ミリィは人間よ。シビリアンとか、ノーブルとか、オリジナルセブンとかの区分けなんて関係ない! ドールより上位に在る者なのよ!」
     シビリアンたちがどよめき、顔を見合わせる。
     その反応に満足そうな表情を浮かべたクラィは、さらに畳みかけた。
    「それにタダで済まないのはどっちの方かしらね。確かに処置を施された元ワーカーより、あんたたちシビリアンの方が性能は高いわ。でもこうして広場に集まってみると分かる。数はこっちが上よ」
    「だ、だからどうした! 性能の差が埋まるほど、数に違いはねえよ!」
    「……そうね、今まではそうだったかもね。でも、今はこのあたしがいるわ。未処置のワーカーはあんたたちより強い。〝自分が壊されても戦いに勝つ〟覚悟があるシビリアンは何人いるかしら? もし戦いになったら、最低十人は再起不能にしてやるわよ」

    7tsumi_005.jpg

     口の端を吊り上げてクラィは言う。その鬼気にシビリアンたちは後退した。特に一度クラィにぶちのめされている者は、顔を蒼白にしていた。
    「あ、姐さん、パネェっす……」
     何故かラダーまでぶるぶる震えている。
     シビリアンが黙ったのを確かめたクラィは、私の肩をポンと叩いた。
     後は私の仕事――ということだろう。
     ようやく驚きから覚めた様子のマンモンは、苦々しい顔で私を睨んでいた。
    「何と、強欲な……。オレ様の財を根本から奪う気か」
     私は頷く。
    「うん。これが、私の〝欲望〟。手に入れることができる望み。判定して――マンモン」
     臆することなく、私は命じる。
    「……くく、判定など必要ない。既にオレ様の電子頭脳は、貴様の欲望を認めてしまった。契約により、もうオレ様は貴様に逆らえん」
    「それじゃあ!」
     喜ぶ私に、憎々しい眼差しを向けてマンモンは頷く。
    「ああ……もう既に貴様は七層における最上位権限を手に入れた。貴様のものとなった元ワーカーどもに、シビリアンは指一本触れられまい。エレベーターで上層へ向かうことも自由だ」
     その言葉を聞いた元ワーカーたちが沸き立つ。
    「やった! アンナ、やったわよ!」
     クラィがアンナの手を握って喜ぶ。
    「う、うん……夢みたい……」
     その様子を眺めながら、皮肉気にマンモンは口元を歪める。
    「ふん……愚かなものだ。オレ様より強欲な人間のものとなったことが、どれだけ恐ろしいことか分かっておらん」
     私はそんなマンモンに問いかける。
    「あなたは私のことを嫌いと言っていたけど……どうしてなの?」
    「それはもちろん、貴様が人間だからだ。人間はオレ様が欲するものをいとも簡単に手に入れる。容赦なく奪い去る。そんな存在を、この〝強欲〟の魔王が認められるはずあるまい?」
     マンモンが向ける混じりけのない敵意に、私は息を呑んだ。
     だがクラィが勝ち誇った顔で口を挟む。
    「ふん、負け惜しみはそれぐらいにしておきなさい。みっともないわよ。さあミリィ、エレベーターも使えるようになったんだし、とっとと上へ行くわよ」
    「ええっ、クラィ……もう行っちゃうの? もう少しぐらいゆっくりしていってよ。私、何もお礼してないのに……」
     アンナが慌てた様子で引き留めるが、クラィは首を横に振る。
    「お礼なんていらないわ。私たちは私たちの目的があって、やったことだもん。貸し借りはなしよ」
    「……ボクとしてはお姉さんたちに、いっぱいお礼して欲しかったりするっすけど……ぐふっ」
     足元から小さく抗議の声を上げたラダーを踏んづけるクラィ。
    「バカ犬の言うことは気にしないで。ただの雑音だから」
    「ひ、ひどいっす……お礼! お礼が欲しいっすー!」
     暴れるラダーを抱え上げ、クラィは私の手を握る。
    「さ、行くわよミリィ」
    「――うん」
     慌ただしい出発だが、何となくこれが私たちらしいと思えた。
    「ふん、行くがいい。オレ様はもう貴様らを阻めん。だが――」
     背後からマンモンの低い怨嗟が聞こえてくる。その声に不吉なものを感じて振り返った瞬間――。
     パン!
     乾いた音と共に、お腹の辺りに強い衝撃が走った。
     遅れて凄まじい痛みが襲うが、それはすぐに消え去り――全身に力が入らなくなった。
     がくんと膝を付いて倒れた私は、無骨な鉄の塊を手に持つセヴァンを目にする。
     ――あれは、銃?
    「ミリィ!」
     クラィの切羽詰った声が響く。
    「くく……あっははははははは!! 確かにオレ様は手出しできんが――本来〝第四層〟に属するノーブルのセヴァンだけは例外だ! ミリィ、貴様はここで始末する。この塔にもはや人間は必要ないのだ!!」
     マンモンの哄笑が、頭の中でぐるぐる回る。
     分からない。何が起こっているのか分からない。
     衝撃を受けた場所を、上手く力が入らない腕でぎこちなく探る。
     ――穴が開いていた。何か、液体のようなものが流れ出していた。
     その指を顔の前に持ってくる。だが予想に反して私の指は赤く染まっていなかった。
     何か半透明の、よく分からない液体で濡れていた。
     ……え?
     疑問を覚えるが、思考ができない。
     そんな私にセヴァンは銃を突きつける。
    「終わりだ。〝もう一度〟死ね、ミリィ!」
     マンモンが叫び、セヴァンがトリガーを引き絞る。
     私は目を閉じた。銃声が鳴る。だが、衝撃はない。
    「え……?」
     薄らと目を開けると、私の前に見知らぬ少女が立っていた。
     フリルが付いたゴシックな服装に身を包んだ少女は、セヴァンから〝もぎ取った〟右腕を手に、私を振り返る。
    「もう大丈夫ですわよ、ミリィ。わたくしの大切な、大切な、お友達」
     童女のような、ひたすらに無垢で真っ直ぐな笑顔を浮かべて、その少女は私を見つめる。
    「あ、あなたは……?」
     掠れた声で問いかけると、少女はどこか悲しそうな表情を見せ、こう答えた。
    「わたくしはレヴィアタン。第六層を統べる魔王ですわ」

     知らない名を名乗る少女に、私は――


    → 危ないところを救われたので、まずは礼を言う。

    → 死にたくないので、形振り構わず助けを請う。

    → 魔王だという彼女を信用できないので、クラィに助けを求める。



    つづく。

    ※投票は終了しています。


    ―――――――――――――――
    籠村コウ 著
    イラスト ゆく

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
    ―――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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