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「日本全国のサダオさんに謝れ!」
世界中の悲しみと憤怒を背負ったかのような叫びで、デュラハン号は目を覚ました。
驚きの余りスタンドが上がって倒れてしまいそうになるのをこらえながら周囲に注意を払うと、デュラハン号の主が住む木造アパート、ヴィラ・ローザ笹塚の共用階段を人間の女性が降りてくるのに気づいた。
新聞の勧誘やMHKの集金人にも見えないし、訪問販売の類でもなさそうだなどと、寝起きのダイナモで記憶を探る。
デュラハン号の主である真奥貞夫が構築する人間関係の中で、わざわざ部屋を訪ねてくるような女性がいただろうか。
それとも真奥のルームメイトである芦屋四郎の関係だろうか。そこまで考えたところで、
「……」
唐突に思い出した。
階段から降りてきた女性に、思い切り睨まれたからだ。
こんな、空気と前かごが軋むほどの存在感と殺気を孕んだ視線を忘れられるはずがない。
だが、自分も真奥もこの女性と知り合って間がないこともまた事実だ。
なにせ初対面は昨日のこと。しかも感謝されこそすれ、睨まれるようなことなど全くないはずなのに。
※
真奥が職場であるマグロナルド幡ヶ谷駅前店で仕事をしている間、デュラハン号は店の裏手の駐輪スペースに置かれている。
申し訳程度の庇があるものの駐輪ラックがあるわけでもなく、今日のような雨の日に少しでも風が吹けば後輪の泥除けやチェーンに雨水が吹き込んでしまうような、外から丸見えの場所でもある。
デュラハン号は職業柄、何もせずに待つことを全く苦にしない。
だが今日は真奥が通勤途中、急な雨に降られて困っている女性に自分の傘をプレゼントしてしまうという妙な漢気を見せてしまったために、全身が不必要に濡れてしまいご機嫌もスタンドもいつもより斜めだった。
見覚えのある女性が道の向こうからやってきたのは、そんな雨が少し小降りになってきた頃だった。
デュラハン号は、その女性が先ほど真奥が出勤途中に傘を貸した相手であることに気づく。
女性は最初は心許ない顔をしていたが、道から丸見えの場所にいるデュラハン号の姿を認めると、ここに真奥がいることを確信したのか明るい顔で一つ頷いた。
そして主のいるマグロナルドに入るつもりなのか、表通りへと歩を進めた。
あのボロ傘の礼に来たのだろう。さっきの今でなかなか義理堅い女性だと思った矢先。
「っ……!!」
何故かあの女性は、ほとんど間をおかずに駐輪スペースに取って返してきた。
その表情には先ほどの明るさや穏やかさは微塵もなく、憤怒とも、驚愕ともつかない険しさに満ちていた。
「嘘……でしょっ……!!」
そして女性は、あろうことかその殺気だった表情のまま、デュラハン号に詰め寄ってくるではないか。
訳が分からないデュラハン号だったが、そんな彼を見下ろしながら、女性は小さく呟く。
「あの微かなマリョク……でも、人間の姿……そんな、バカな……ううん、でもヘンシンするアクマがいないわけじゃないし……もしかしたら、マリョクの残りが少ない……?」
途切れ途切れに聞こえる言葉の内容は意味不明で、呼吸も常軌を逸して激しい。
「まさか……まさかとは思うけど、あの男がもしマオウなのだとしたら」
確かに彼の主はマオウという名だが、一体それがどうしたと言うのだろう。
女は人が変わったかのように、それまでにもまして鋭い目つきでデュラハン号を見下ろし、そして言った。
「あなた、悪魔大元帥アルシエルね!? 正体を見せなさい!」
しばし、雨音が路地裏を支配した。
「答えなさいアルシエル!!」
デュラハン号は元から喋れはしないが、それでも言葉を失うという感覚を骨身に染みて味わっていた。
見ず知らずの女が、恐ろしい形相で自転車を見下ろし「お前がアルシエルなのか」などと誰何しているのだ。
しかも答えろときたものだ。自転車相手に何言ってんだこいつという思いを抱きつつも、デュラハン号は自分がもし喋れたとして、一体どんな返事をすればいいのか真剣に迷う。
「……シラを切るつもり?」
デュラハン号が、『自転車は人間の言葉を喋らない』という宇宙の真理に縛られ返事をせずにいると、女性は少し低い声で、デュラハン号を睨みつつ一歩後ろに下がる。
デュラハン号は、謎の女に自転車と人違いをされたどこかの誰かに同情しそうになり、ふと気づく。
アルシエルか、という響きに聞き覚えがある。他でもないデュラハン号の主である真奥貞夫が、彼の同居人を指して時々言う言葉ではないだろうか。
主の同居人の名は芦屋四郎のはずだが、何故か真奥は時折芦屋をそう呼ぶ。
この女、実は真奥と芦屋の古い知り合いだったりするのだろうか。
「魔力を失って一緒に言葉も肉体も自転車に成り下がったというわけ……? でもそれならそれで好都合ね。今はまだ確信を得られないけど、私がそうと決めたら明日の朝日はもう拝めないものと思いなさい。いいわね!」
濡れ衣にも程がある。自転車の身で、人間の女性に明日の朝日も拝めないような恨みをぶつけられる程の不祥事を起こした覚えなど、あろうはずもない。
女はデュラハン号にそう言い捨てると、マグロナルドが入る雑居ビルを見上げ、
「一度、出直しましょうか」
そう言って、険しい顔のままマグロナルドを後にする。
その後ろ姿を見送りながら、デュラハン号は不吉な予感を覚えていた。
一体真奥は、あの女とどんな因縁があるというのだろう。
などと考えを巡らせる間もなく、生半可な因縁ではなかったようで、その日の夜には真奥はあの女に刃物で襲われていた。
自転車なりに、女が男を刃物で襲うとはよほど深刻な事情があるのだろうと察せられたが、話を聞いても二人の会話が不明瞭でいまいち状況がつかめない。
近隣住民の通報で警察の厄介になり説教を食らった後も、どうやら問題は解決していないらしく、女は真奥に捨て台詞を残して夜の闇に消えて行った。
※
昨夜のことを思い出しながら、またぞろ自分に向かって凶行に及ぶのではないかとデュラハン号は身構える。
「何が日本全国のサダオさんよ。このアクマが」
すると女は身も竦むような低い恐ろしい気迫のこもった呟きと共に、デュラハン号を一睨みして、
「ふん、マオウがこんな安物のシティサイクルに乗ってるなんて、堕ちたものね」
と聞き捨てならない一言を残してアパートを去った。
どうやら自分が『アルシエル』であるという誤解は解けたようだが、デュラハン号はこの女を厄介な存在であると強く認識する。
なにせ刃傷沙汰が起こった昨日の今日で、あの女は主の住処を突きとめて押しかけて来たほどだ。警戒するに越したことはない。
女の行動力と恨みが尋常でないことが察せられるが、逆に一人の女にそこまでの行動を起こさせる過去の因縁となると、考えられる原因はそう多くは無い。
まさか平成の世の日本で、土地のヤクザ者に身代を潰されたおとっつぁんの仇を討つため、懐剣に決意を込めて女だてらに身一つで流浪の旅などという話もあるまい。
となればもう後は、真奥か芦屋のいずれかがあの女を余程こっぴどくフッたせいでストーカー化した、というのが当世最もありそうな話だ。
デュラハン号が時折漏れ聞くマグロナルド幡ヶ谷駅前店の女性クルーの噂話の中では、真奥はそこそこ評判のいい男のようだ。もしかしたら青い春の時分には少々粘度の高い色恋沙汰もあったのではないだろうか。
もっともも真奥の人柄を思えば、人にそこまで恨みを買うような不手際を起こすことも考えにくいのだが……。
「本当に帰った……のか? サドルに画鋲とか仕込まれてねぇだろうな」
どうやら、そうでもないのだろうか。
いつの間にか出勤時間になっていたらしいのだが、今日の真奥は落ち着かなげに周囲を見回し、デュラハン号のサドルやハンドルを妙に念入りに点検している。
顔色も心なし良くないし、ハンドルに触れる手には冷や汗をかいた痕があった。
これは、人は見かけによらない、という奴なのだろうか。
基本見た目通りの存在である自転車には、なかなか理解しがたい状況であった。
※
あれから二週間ほどして。
「自転車かぁ……あれば便利かなって思うけど、うちの近くじゃ使わないしなぁ」
あの女、遊佐恵美は毎日のようにアパートにやってきて、それでいて真奥や芦屋に声をかけるでもなく、ほんの十数分、デュラハン号の側で過ごすようになった。
主の了承も得ずに勝手にデュラハン号のサドルに寄りかかりながらぼんやりアパートを眺めているのだから、暇なことだ。
だが、乗ってどこかに行くのでないならサドルからは降りて頂きたい。自転車には人間の女性の臀部を乗せたからと言って喜ぶ趣味は無いのだ。サドルはあくまで、乗員が腰掛けるためにあるのである。
そんなデュラハン号の心の声が伝わったわけでもないだろうが、
「今日も何もないか。よっと」
恵美は裏庭に停められていたデュラハン号のサドルから腰を浮かすと、肩を竦めてアパートの敷地から出て行こうとした。
と、そのとき。
「あっ」
寄りかかられていたせいで、柔らかい土の上にあったスタンドがズレて緩んでしまい、デュラハン号は庭の地面に横倒しになる寸前のところで、恵美に救い起こされる。
「……ぶなかったー。この前もうっかり見つかったばかりだしね……危ない危な……」
恵美はゆっくりデュラハン号を引き起こしながら胸をなで下ろしているようだったが、
「危ない危ないじゃねぇよ! 気づいてねぇとでも思ってんのかおらあっ!!」
唐突に恵美とデュラハン号の頭上の窓が開いて、そこから鬼のような表情の真奥が顔を出した。
「きゃあっ!!」
恵美は驚いてデュラハン号から手を離してしまい、そのままデュラハン号は恵美の脛目がけて倒れ掛かり、
「うぐっ…………っ~~!!」
逃げ遅れた靴の爪先に思い切りサドルを叩き付けられ、恵美は痛みに悶絶する。
「恵美お前いい加減にしろよ毎日毎日! あんましつこいと自転車ドロだって言って通報すんぞ!」
「う……うん、ちょ、ちょっと待って…………んんっ! な、何を言い出すのかしら!? 私を通報なんかしたら、立場が悪くなるのはそっちでしょう!?」
つま先の痛みに若干涙目になりながらも、今の醜態を咳払い一つでなかったことにして、真奥に向かって毅然とした視線を向けるその根性は大したものだ。
諸事情あって、確かに真奥は恵美を警察に通報することはできない。何せ今の彼女は、警察から真奥と芦屋の身元保証人として認識されているからだ。
恵美と出会った日から今日までのことを思い返そうとしても、常識外のことばかりでデュラハン号は未だ理解が追い付いていない。
真奥が自転車に乗れなかったせいで、買われたその日から傷だらけになっていたデュラハン号だったが、ここ数日の傷つきようはそれをはるかに上回る。
何があっても真奥貞夫への忠誠心は微塵も揺るがない自信はあったが、そうは言っても自分はごく一般的なシティサイクルであり、真奥の通勤と芦屋の買い物に随伴する以上の事態は想定していなかった。
それなのに、恵美が現れてからというものアスファルトの地面に横倒しになるなど序の口で、前輪を盛大にパンクするわ、銃弾らしきものに撃ち抜かれてギアカバーに風穴が開くわ、警察に証拠物件として押収されて恵美が真奥の身元保証人になるわと主従ともに災難続きで、廃車を覚悟したことも一度や二度ではない。
「大体こんな傷だらけの自転車、誰が盗むもんですか!」
今の自分のボディに刻まれた傷の多くはお前に出会ってから負ったものだ、とデュラハン号は内心で強く遺憾の意を示す。
「なんでもいーよ! 今日は仕事休みで俺は一日家にいるからとっとと帰れ! お前に見張られてなくたって何もしやしねぇよ!」
「それを私が信じるとでも思うの!?」
「信じる信じないは勝手だが、今日は芦屋も買い物の予定がなくてのんびりするとか言ってるからな! そこで丸一日時間を無駄にしたかったら好きにしやがれ!」
これだけよそ様に見える場所で喧嘩を公開していたら、真奥が何かしなくたって近隣住民が出て来そうなものだ。
だが二週間前と違うこともあった。
「ふん、日陰者にはちょうどいい一日ね! せいぜいそうやって、大人しく私に怯えて暮らしていればいいわ」
恵美の顔に、僅かに笑顔が見える。
今までの恵美は、真奥と言い争いになるとこの世の全ての悲しみを背負ったような深刻な顔しかしなかった。だがここ最近は、真奥と『普通の喧嘩』をするようになっている。
仲が良くなったわけでは断じてないが、それでも何か、関係性に変化が起こったことだけは確実のようだ。
因縁の深い真奥相手だからこうなるだけであって、本性はきっと、あの雨の交差点で真奥に素直に頭を下げ、すぐさまお礼をしようと駆け付けるような、真面目で穏やかな性質なのだろう。
その想像を証明するかのように、恵美は小さく息を吐くと、真面目な顔になって真奥を見上げた。
「まぁいいわよ。とりあえず今日は帰ってあげるけど、でも一つだけ言っておかなきゃいけないことがあるわ」
「うっせぇこれ以上話すことは……」
「千穂ちゃんとまだ仲直りしてないのね」
「無い……ああ?」
真奥の気勢がそがれたのが、分かった。
真奥は急に決まり悪そうに恵美から視線を外すと、恵美を追い払うように手を閃かせる。
「何だよ、急にちーちゃんとか……お前にはカンケーねーだろ。さっさと帰れよ」
「悪いけど、そういうわけにもいかないのよ」
「何でだよ。大体何でお前がそんなこと知ってるんだ」
「この前、千穂ちゃんと一緒にご飯食べに行ったから。甲州街道のところのお寿司屋さんにね」
「す、寿司だぁ!? お、お前ちゃんとちーちゃんの分も出したんだろうな!? 寿司屋だなんてそんな高いとこ……」
真奥の驚愕のポイントがズレていることはデュラハン号にも分かったし、
「驚くところはそっちなの? ご心配には及ばないわよ。あそこ一皿百円だもの」
恵美も同感だったようだ。
「……とにかく、私もあなたを殺したいのはやまやまなんだけど」
そんなやまやまは均して更地にして欲しい所だが、
「大切な友達があなたのことで悲しんでるのは、やっぱり見たくないのよね。だからいい加減に千穂ちゃんと仲直りしなさいよ。そうじゃないと私もあなたを気持ちよく成敗できないわ」
「お前言ってることが支離滅裂だって分かってるか?」
「おかげさまでね。千穂ちゃんも私のことを友達だって言ってくれて、私の色々な事情は理解してくれたから」
「ああ!?」
「……とにかく、ただでさえあなたは重い罪背負ってるのに、こっちにまで来て人間を、しかも私の友達を泣かせるようなことしたら本当に許さないわよ。心しなさい」
恵美はそう言うと、さっと踵を返し去って行った。
「……んだよあれは」
真奥が二階の窓から、去ってゆく恵美の背中に塩を撒く真似をしながら呟く。
「……大体、分からねぇんだよ。ちーちゃんとぎくしゃくしてる理由が」
ちーちゃんこと、マグロナルド幡ヶ谷駅前店に勤める女子高生、佐々木千穂。
以前からデュラハン号にもはっきり分かるほど、真奥への好意を全面に押し出してきていた彼女は、恵美の出現と同時にその積極性を増したようにも見えた。
そして恵美と同じように、真奥と千穂との関係がはっきり明確に変わったのは、間違いなくあの日のことだろう。
※
あの日。真奥を訪ねてきた千穂は、先にやってきていた恵美と鉢合わせた。そこまではデュラハン号にも理解できた。
そこで男女関係についての誤解が生じたことも何となくわかる。泣いて飛び出して行った千穂を見たからだ。
だが、その後のことを、デュラハン号は説明することができなかった。
最初に千穂が飛び出し、次に隣の土地に住んでいる大家の女性が出入りしてから、今度は真奥と芦屋と恵美がアパートを飛び出した。
だが、その後が訳が分からなかった。
遠くの方で異常な轟音が長い時間かけて断続的に続いた。その間不思議と、轟音以外の音は聞こえなかった。
それが収まったかと思ったらまず、恵美が、泣いて飛び出して行ったはずの千穂と、奇妙な風体の巨漢、そして魔法使いのような姿の少女と共に帰って来た。
千穂は泣きはらした様子こそあったものの表情は穏やかで恵美と笑顔を交わしていたから、妙な誤解は解けたと見てよかった。
だが、浅黒い肌の巨漢と小柄な少女の正体は全く分からないし、何よりデュラハン号が肝をつぶしたことには、それからほどなくして全身ズタボロになった真奥が、同じくボロボロの芦屋と見慣れない少年を担いで帰ってきたのだ。
あの轟音と何か関係があるのかとも思ったが、アパートから漏れ聞こえる声は、半分以上がデュラハン号が聞いたこともない言葉で、何が起こったかは遂に分からなかった。
ただ、普通ではないことが起こった。それだけは確かだ。
恵美と巨漢と少女が最初にアパートを辞し、すぐに真奥が千穂を伴って外に出て来た。
マグロナルドへの出勤がてら、千穂を一度家まで送るつもりのようだった。その道すがらの会話を、デュラハン号は思い出す。
「真奥さんは……」
憔悴しきった様子の千穂が、ふと真奥に尋ねる。
「これからも、バイト続けるんですか?」
「ん? そりゃまぁな」
「マオウ……イセカイの人、なのに、どうして働いていたんですか?」
「そりゃ、働かなきゃ食えないからだよ。それはアクマも人間も変わらない」
ここに至るまで、真奥と千穂の口から漏れ聞こえてきたのは『アクマ』という不思議な単語。
「……悪いな、怖がらせちまって」
「いえ……それは、でも、その……私、どうしたらいいか……失礼、します」
別れ際、千穂は不安を隠せない様子でそう言いながら、足早に真奥から離れてゆく。
その後ろ姿を真奥は追いながら、
「悪い事しちまったな……」
そう、真剣な口調で言った。
「エンテ・イスラの事情に無闇に関わらせちまった……そりゃ、怖いよな。身近にいた人間が、アクマだったなんて」
※
千穂と真奥の口から飛び出した『アクマ』という単語は、恵美も常々使っていた言葉だ。
どうも会話を総合すると『真奥がアクマ』ということらしいが、アクマとはつまりは『悪魔』ということだろう。そうすると真奥が悪魔のような悪い男、腹黒い男だという比喩表現かと思いたいが、どうも話の流れはそういうことではないようだ。
真奥や恵美や千穂が言う『悪魔』の本当の意味を理解できないデュラハン号は、自分の主の底知れぬ明るさの影に潜んだ不可思議な秘密に、車輪のスポークを震わせる。
あの日、千穂は一体真奥の何を知ったのだろう。
※『【はたらく魔王さま!】はたらくデュラハン号 第2話 魔王、知られる』は1月2日00:00で公開終了となります。
◆アニメ『はたらく魔王さま!』DVD&ブルーレイ全6巻好評発売中!
【発売・販売元】ポニーキャニオン
◆アニメ『はたらく魔王さま!』キャラソンアルバム「歌う魔王さま!?」好評発売中!
【発売元】ランティス【販売元】バンダイビジュアル
◆主題歌CDも好評発売中!
オープニングテーマ 栗林みな実「ZERO!!」通常版
【発売元】ランティス【販売元】バンダイビジュアル
エンディングテーマ3曲を含む nano.RIPE「サンカクep」
【発売元】ランティス【販売元】バンダイビジュアル
◆『はたらく魔王さま!』のファンブックが12月26日に発売予定!
『はたらく魔王さま!ノ全テ』 電撃文庫編集部 編
◆『はたらく魔王さま!』アニメ公式サイトはこちら!
http://maousama.jp/
ニコニコチャンネルでアニメ本編を全話配信中!
(C)和ヶ原聡司/アスキー・メディアワークス/HM Project
世界中の悲しみと憤怒を背負ったかのような叫びで、デュラハン号は目を覚ました。
驚きの余りスタンドが上がって倒れてしまいそうになるのをこらえながら周囲に注意を払うと、デュラハン号の主が住む木造アパート、ヴィラ・ローザ笹塚の共用階段を人間の女性が降りてくるのに気づいた。
新聞の勧誘やMHKの集金人にも見えないし、訪問販売の類でもなさそうだなどと、寝起きのダイナモで記憶を探る。
デュラハン号の主である真奥貞夫が構築する人間関係の中で、わざわざ部屋を訪ねてくるような女性がいただろうか。
それとも真奥のルームメイトである芦屋四郎の関係だろうか。そこまで考えたところで、
「……」
唐突に思い出した。
階段から降りてきた女性に、思い切り睨まれたからだ。
こんな、空気と前かごが軋むほどの存在感と殺気を孕んだ視線を忘れられるはずがない。
だが、自分も真奥もこの女性と知り合って間がないこともまた事実だ。
なにせ初対面は昨日のこと。しかも感謝されこそすれ、睨まれるようなことなど全くないはずなのに。
※
真奥が職場であるマグロナルド幡ヶ谷駅前店で仕事をしている間、デュラハン号は店の裏手の駐輪スペースに置かれている。
申し訳程度の庇があるものの駐輪ラックがあるわけでもなく、今日のような雨の日に少しでも風が吹けば後輪の泥除けやチェーンに雨水が吹き込んでしまうような、外から丸見えの場所でもある。
デュラハン号は職業柄、何もせずに待つことを全く苦にしない。
だが今日は真奥が通勤途中、急な雨に降られて困っている女性に自分の傘をプレゼントしてしまうという妙な漢気を見せてしまったために、全身が不必要に濡れてしまいご機嫌もスタンドもいつもより斜めだった。
見覚えのある女性が道の向こうからやってきたのは、そんな雨が少し小降りになってきた頃だった。
デュラハン号は、その女性が先ほど真奥が出勤途中に傘を貸した相手であることに気づく。
女性は最初は心許ない顔をしていたが、道から丸見えの場所にいるデュラハン号の姿を認めると、ここに真奥がいることを確信したのか明るい顔で一つ頷いた。
そして主のいるマグロナルドに入るつもりなのか、表通りへと歩を進めた。
あのボロ傘の礼に来たのだろう。さっきの今でなかなか義理堅い女性だと思った矢先。
「っ……!!」
何故かあの女性は、ほとんど間をおかずに駐輪スペースに取って返してきた。
その表情には先ほどの明るさや穏やかさは微塵もなく、憤怒とも、驚愕ともつかない険しさに満ちていた。
「嘘……でしょっ……!!」
そして女性は、あろうことかその殺気だった表情のまま、デュラハン号に詰め寄ってくるではないか。
訳が分からないデュラハン号だったが、そんな彼を見下ろしながら、女性は小さく呟く。
「あの微かなマリョク……でも、人間の姿……そんな、バカな……ううん、でもヘンシンするアクマがいないわけじゃないし……もしかしたら、マリョクの残りが少ない……?」
途切れ途切れに聞こえる言葉の内容は意味不明で、呼吸も常軌を逸して激しい。
「まさか……まさかとは思うけど、あの男がもしマオウなのだとしたら」
確かに彼の主はマオウという名だが、一体それがどうしたと言うのだろう。
女は人が変わったかのように、それまでにもまして鋭い目つきでデュラハン号を見下ろし、そして言った。
「あなた、悪魔大元帥アルシエルね!? 正体を見せなさい!」
しばし、雨音が路地裏を支配した。
「答えなさいアルシエル!!」
デュラハン号は元から喋れはしないが、それでも言葉を失うという感覚を骨身に染みて味わっていた。
見ず知らずの女が、恐ろしい形相で自転車を見下ろし「お前がアルシエルなのか」などと誰何しているのだ。
しかも答えろときたものだ。自転車相手に何言ってんだこいつという思いを抱きつつも、デュラハン号は自分がもし喋れたとして、一体どんな返事をすればいいのか真剣に迷う。
「……シラを切るつもり?」
デュラハン号が、『自転車は人間の言葉を喋らない』という宇宙の真理に縛られ返事をせずにいると、女性は少し低い声で、デュラハン号を睨みつつ一歩後ろに下がる。
デュラハン号は、謎の女に自転車と人違いをされたどこかの誰かに同情しそうになり、ふと気づく。
アルシエルか、という響きに聞き覚えがある。他でもないデュラハン号の主である真奥貞夫が、彼の同居人を指して時々言う言葉ではないだろうか。
主の同居人の名は芦屋四郎のはずだが、何故か真奥は時折芦屋をそう呼ぶ。
この女、実は真奥と芦屋の古い知り合いだったりするのだろうか。
「魔力を失って一緒に言葉も肉体も自転車に成り下がったというわけ……? でもそれならそれで好都合ね。今はまだ確信を得られないけど、私がそうと決めたら明日の朝日はもう拝めないものと思いなさい。いいわね!」
濡れ衣にも程がある。自転車の身で、人間の女性に明日の朝日も拝めないような恨みをぶつけられる程の不祥事を起こした覚えなど、あろうはずもない。
女はデュラハン号にそう言い捨てると、マグロナルドが入る雑居ビルを見上げ、
「一度、出直しましょうか」
そう言って、険しい顔のままマグロナルドを後にする。
その後ろ姿を見送りながら、デュラハン号は不吉な予感を覚えていた。
一体真奥は、あの女とどんな因縁があるというのだろう。
などと考えを巡らせる間もなく、生半可な因縁ではなかったようで、その日の夜には真奥はあの女に刃物で襲われていた。
自転車なりに、女が男を刃物で襲うとはよほど深刻な事情があるのだろうと察せられたが、話を聞いても二人の会話が不明瞭でいまいち状況がつかめない。
近隣住民の通報で警察の厄介になり説教を食らった後も、どうやら問題は解決していないらしく、女は真奥に捨て台詞を残して夜の闇に消えて行った。
※
昨夜のことを思い出しながら、またぞろ自分に向かって凶行に及ぶのではないかとデュラハン号は身構える。
「何が日本全国のサダオさんよ。このアクマが」
すると女は身も竦むような低い恐ろしい気迫のこもった呟きと共に、デュラハン号を一睨みして、
「ふん、マオウがこんな安物のシティサイクルに乗ってるなんて、堕ちたものね」
と聞き捨てならない一言を残してアパートを去った。
どうやら自分が『アルシエル』であるという誤解は解けたようだが、デュラハン号はこの女を厄介な存在であると強く認識する。
なにせ刃傷沙汰が起こった昨日の今日で、あの女は主の住処を突きとめて押しかけて来たほどだ。警戒するに越したことはない。
女の行動力と恨みが尋常でないことが察せられるが、逆に一人の女にそこまでの行動を起こさせる過去の因縁となると、考えられる原因はそう多くは無い。
まさか平成の世の日本で、土地のヤクザ者に身代を潰されたおとっつぁんの仇を討つため、懐剣に決意を込めて女だてらに身一つで流浪の旅などという話もあるまい。
となればもう後は、真奥か芦屋のいずれかがあの女を余程こっぴどくフッたせいでストーカー化した、というのが当世最もありそうな話だ。
デュラハン号が時折漏れ聞くマグロナルド幡ヶ谷駅前店の女性クルーの噂話の中では、真奥はそこそこ評判のいい男のようだ。もしかしたら青い春の時分には少々粘度の高い色恋沙汰もあったのではないだろうか。
もっともも真奥の人柄を思えば、人にそこまで恨みを買うような不手際を起こすことも考えにくいのだが……。
「本当に帰った……のか? サドルに画鋲とか仕込まれてねぇだろうな」
どうやら、そうでもないのだろうか。
いつの間にか出勤時間になっていたらしいのだが、今日の真奥は落ち着かなげに周囲を見回し、デュラハン号のサドルやハンドルを妙に念入りに点検している。
顔色も心なし良くないし、ハンドルに触れる手には冷や汗をかいた痕があった。
これは、人は見かけによらない、という奴なのだろうか。
基本見た目通りの存在である自転車には、なかなか理解しがたい状況であった。
※
あれから二週間ほどして。
「自転車かぁ……あれば便利かなって思うけど、うちの近くじゃ使わないしなぁ」
あの女、遊佐恵美は毎日のようにアパートにやってきて、それでいて真奥や芦屋に声をかけるでもなく、ほんの十数分、デュラハン号の側で過ごすようになった。
主の了承も得ずに勝手にデュラハン号のサドルに寄りかかりながらぼんやりアパートを眺めているのだから、暇なことだ。
だが、乗ってどこかに行くのでないならサドルからは降りて頂きたい。自転車には人間の女性の臀部を乗せたからと言って喜ぶ趣味は無いのだ。サドルはあくまで、乗員が腰掛けるためにあるのである。
そんなデュラハン号の心の声が伝わったわけでもないだろうが、
「今日も何もないか。よっと」
恵美は裏庭に停められていたデュラハン号のサドルから腰を浮かすと、肩を竦めてアパートの敷地から出て行こうとした。
と、そのとき。
「あっ」
寄りかかられていたせいで、柔らかい土の上にあったスタンドがズレて緩んでしまい、デュラハン号は庭の地面に横倒しになる寸前のところで、恵美に救い起こされる。
「……ぶなかったー。この前もうっかり見つかったばかりだしね……危ない危な……」
恵美はゆっくりデュラハン号を引き起こしながら胸をなで下ろしているようだったが、
「危ない危ないじゃねぇよ! 気づいてねぇとでも思ってんのかおらあっ!!」
唐突に恵美とデュラハン号の頭上の窓が開いて、そこから鬼のような表情の真奥が顔を出した。
「きゃあっ!!」
恵美は驚いてデュラハン号から手を離してしまい、そのままデュラハン号は恵美の脛目がけて倒れ掛かり、
「うぐっ…………っ~~!!」
逃げ遅れた靴の爪先に思い切りサドルを叩き付けられ、恵美は痛みに悶絶する。
「恵美お前いい加減にしろよ毎日毎日! あんましつこいと自転車ドロだって言って通報すんぞ!」
「う……うん、ちょ、ちょっと待って…………んんっ! な、何を言い出すのかしら!? 私を通報なんかしたら、立場が悪くなるのはそっちでしょう!?」
つま先の痛みに若干涙目になりながらも、今の醜態を咳払い一つでなかったことにして、真奥に向かって毅然とした視線を向けるその根性は大したものだ。
諸事情あって、確かに真奥は恵美を警察に通報することはできない。何せ今の彼女は、警察から真奥と芦屋の身元保証人として認識されているからだ。
恵美と出会った日から今日までのことを思い返そうとしても、常識外のことばかりでデュラハン号は未だ理解が追い付いていない。
真奥が自転車に乗れなかったせいで、買われたその日から傷だらけになっていたデュラハン号だったが、ここ数日の傷つきようはそれをはるかに上回る。
何があっても真奥貞夫への忠誠心は微塵も揺るがない自信はあったが、そうは言っても自分はごく一般的なシティサイクルであり、真奥の通勤と芦屋の買い物に随伴する以上の事態は想定していなかった。
それなのに、恵美が現れてからというものアスファルトの地面に横倒しになるなど序の口で、前輪を盛大にパンクするわ、銃弾らしきものに撃ち抜かれてギアカバーに風穴が開くわ、警察に証拠物件として押収されて恵美が真奥の身元保証人になるわと主従ともに災難続きで、廃車を覚悟したことも一度や二度ではない。
「大体こんな傷だらけの自転車、誰が盗むもんですか!」
今の自分のボディに刻まれた傷の多くはお前に出会ってから負ったものだ、とデュラハン号は内心で強く遺憾の意を示す。
「なんでもいーよ! 今日は仕事休みで俺は一日家にいるからとっとと帰れ! お前に見張られてなくたって何もしやしねぇよ!」
「それを私が信じるとでも思うの!?」
「信じる信じないは勝手だが、今日は芦屋も買い物の予定がなくてのんびりするとか言ってるからな! そこで丸一日時間を無駄にしたかったら好きにしやがれ!」
これだけよそ様に見える場所で喧嘩を公開していたら、真奥が何かしなくたって近隣住民が出て来そうなものだ。
だが二週間前と違うこともあった。
「ふん、日陰者にはちょうどいい一日ね! せいぜいそうやって、大人しく私に怯えて暮らしていればいいわ」
恵美の顔に、僅かに笑顔が見える。
今までの恵美は、真奥と言い争いになるとこの世の全ての悲しみを背負ったような深刻な顔しかしなかった。だがここ最近は、真奥と『普通の喧嘩』をするようになっている。
仲が良くなったわけでは断じてないが、それでも何か、関係性に変化が起こったことだけは確実のようだ。
因縁の深い真奥相手だからこうなるだけであって、本性はきっと、あの雨の交差点で真奥に素直に頭を下げ、すぐさまお礼をしようと駆け付けるような、真面目で穏やかな性質なのだろう。
その想像を証明するかのように、恵美は小さく息を吐くと、真面目な顔になって真奥を見上げた。
「まぁいいわよ。とりあえず今日は帰ってあげるけど、でも一つだけ言っておかなきゃいけないことがあるわ」
「うっせぇこれ以上話すことは……」
「千穂ちゃんとまだ仲直りしてないのね」
「無い……ああ?」
真奥の気勢がそがれたのが、分かった。
真奥は急に決まり悪そうに恵美から視線を外すと、恵美を追い払うように手を閃かせる。
「何だよ、急にちーちゃんとか……お前にはカンケーねーだろ。さっさと帰れよ」
「悪いけど、そういうわけにもいかないのよ」
「何でだよ。大体何でお前がそんなこと知ってるんだ」
「この前、千穂ちゃんと一緒にご飯食べに行ったから。甲州街道のところのお寿司屋さんにね」
「す、寿司だぁ!? お、お前ちゃんとちーちゃんの分も出したんだろうな!? 寿司屋だなんてそんな高いとこ……」
真奥の驚愕のポイントがズレていることはデュラハン号にも分かったし、
「驚くところはそっちなの? ご心配には及ばないわよ。あそこ一皿百円だもの」
恵美も同感だったようだ。
「……とにかく、私もあなたを殺したいのはやまやまなんだけど」
そんなやまやまは均して更地にして欲しい所だが、
「大切な友達があなたのことで悲しんでるのは、やっぱり見たくないのよね。だからいい加減に千穂ちゃんと仲直りしなさいよ。そうじゃないと私もあなたを気持ちよく成敗できないわ」
「お前言ってることが支離滅裂だって分かってるか?」
「おかげさまでね。千穂ちゃんも私のことを友達だって言ってくれて、私の色々な事情は理解してくれたから」
「ああ!?」
「……とにかく、ただでさえあなたは重い罪背負ってるのに、こっちにまで来て人間を、しかも私の友達を泣かせるようなことしたら本当に許さないわよ。心しなさい」
恵美はそう言うと、さっと踵を返し去って行った。
「……んだよあれは」
真奥が二階の窓から、去ってゆく恵美の背中に塩を撒く真似をしながら呟く。
「……大体、分からねぇんだよ。ちーちゃんとぎくしゃくしてる理由が」
ちーちゃんこと、マグロナルド幡ヶ谷駅前店に勤める女子高生、佐々木千穂。
以前からデュラハン号にもはっきり分かるほど、真奥への好意を全面に押し出してきていた彼女は、恵美の出現と同時にその積極性を増したようにも見えた。
そして恵美と同じように、真奥と千穂との関係がはっきり明確に変わったのは、間違いなくあの日のことだろう。
※
あの日。真奥を訪ねてきた千穂は、先にやってきていた恵美と鉢合わせた。そこまではデュラハン号にも理解できた。
そこで男女関係についての誤解が生じたことも何となくわかる。泣いて飛び出して行った千穂を見たからだ。
だが、その後のことを、デュラハン号は説明することができなかった。
最初に千穂が飛び出し、次に隣の土地に住んでいる大家の女性が出入りしてから、今度は真奥と芦屋と恵美がアパートを飛び出した。
だが、その後が訳が分からなかった。
遠くの方で異常な轟音が長い時間かけて断続的に続いた。その間不思議と、轟音以外の音は聞こえなかった。
それが収まったかと思ったらまず、恵美が、泣いて飛び出して行ったはずの千穂と、奇妙な風体の巨漢、そして魔法使いのような姿の少女と共に帰って来た。
千穂は泣きはらした様子こそあったものの表情は穏やかで恵美と笑顔を交わしていたから、妙な誤解は解けたと見てよかった。
だが、浅黒い肌の巨漢と小柄な少女の正体は全く分からないし、何よりデュラハン号が肝をつぶしたことには、それからほどなくして全身ズタボロになった真奥が、同じくボロボロの芦屋と見慣れない少年を担いで帰ってきたのだ。
あの轟音と何か関係があるのかとも思ったが、アパートから漏れ聞こえる声は、半分以上がデュラハン号が聞いたこともない言葉で、何が起こったかは遂に分からなかった。
ただ、普通ではないことが起こった。それだけは確かだ。
恵美と巨漢と少女が最初にアパートを辞し、すぐに真奥が千穂を伴って外に出て来た。
マグロナルドへの出勤がてら、千穂を一度家まで送るつもりのようだった。その道すがらの会話を、デュラハン号は思い出す。
「真奥さんは……」
憔悴しきった様子の千穂が、ふと真奥に尋ねる。
「これからも、バイト続けるんですか?」
「ん? そりゃまぁな」
「マオウ……イセカイの人、なのに、どうして働いていたんですか?」
「そりゃ、働かなきゃ食えないからだよ。それはアクマも人間も変わらない」
ここに至るまで、真奥と千穂の口から漏れ聞こえてきたのは『アクマ』という不思議な単語。
「……悪いな、怖がらせちまって」
「いえ……それは、でも、その……私、どうしたらいいか……失礼、します」
別れ際、千穂は不安を隠せない様子でそう言いながら、足早に真奥から離れてゆく。
その後ろ姿を真奥は追いながら、
「悪い事しちまったな……」
そう、真剣な口調で言った。
「エンテ・イスラの事情に無闇に関わらせちまった……そりゃ、怖いよな。身近にいた人間が、アクマだったなんて」
※
千穂と真奥の口から飛び出した『アクマ』という単語は、恵美も常々使っていた言葉だ。
どうも会話を総合すると『真奥がアクマ』ということらしいが、アクマとはつまりは『悪魔』ということだろう。そうすると真奥が悪魔のような悪い男、腹黒い男だという比喩表現かと思いたいが、どうも話の流れはそういうことではないようだ。
真奥や恵美や千穂が言う『悪魔』の本当の意味を理解できないデュラハン号は、自分の主の底知れぬ明るさの影に潜んだ不可思議な秘密に、車輪のスポークを震わせる。
あの日、千穂は一体真奥の何を知ったのだろう。
<つづく>
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