性同一性障害で女性から性別変更した男性とその妻が、第三者から精子提供を受けてもうけた子について、「夫の子」と認めた最高裁決定の要旨は次の通り。

 ●多数意見

 性同一性障害特例法4条は、「性別変更の審判を受けた者は、民法その他の法令の規定の適用について、法律に特段の定めがある場合を除き、他の性別に変わったものとみなす」旨を定めている。

 従って、特例法3条1項の規定に基づき、男性への性別変更の審判を受けた者は、以後、法令の規定の適用について男性と見なされるため、民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず、婚姻中に妻が子を懐胎したときは、民法772条の規定により、当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。

 もっとも、772条2項所定の期間内(婚姻成立から200日経過後、または婚姻解消から300日以内)に妻が出産した子について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、または遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係をもつ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合は、その子は実質的には772条の推定を受けないことは、これまでの最高裁判例の通りである。

 だが、性別変更の審判を受けた者については、妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないが、一方、そのような者に婚姻することを認めながら、他方で、婚姻の主要な効果である772条による嫡出(ちゃくしゅつ)の推定についての規定の適用を、妻との性的関係の結果もうけた子でありえないことを理由に認めないのは相当ではない。

 そうすると、妻が夫との婚姻中に懐胎した子につき嫡出子であるとの出生届が出された場合、戸籍事務管掌者が、戸籍の記載から夫が性別変更の審判を受けた者であり、当該夫と当該子との間の血縁関係が存在しないことが明らかであるとして、当該子が民法772条による嫡出の推定を受けないと判断し、それを理由に父の欄を空欄とするなどの戸籍の記載をすることは法律上許されない。

 これを本件についてみると、A(長男)は、妻が婚姻中に懐胎した子であるから、夫が性別変更の審判を受けた者であるとしても、民法772条の規定により夫の子と推定される。

 また、Aが実質的に同条の推定を受けない事情、すなわち夫婦の実態が失われていたことが明らかといった事情もうかがわれない。

 従って、Aについて民法772条の規定に従い嫡出子としての戸籍の届け出をすることは認められるべきで、Aが同条による嫡出の推定を受けないことを理由とする本件戸籍記載は法律上許されない。戸籍の訂正を許可すべきである。

 寺田逸郎(裁判官出身)、大橋正春(弁護士出身)、木内道祥(同)の各裁判官の多数意見。岡部喜代子(学者出身)、大谷剛彦(裁判官出身)の両裁判官は多数意見に反対した。