北朝鮮で事実上のナンバー2の地位にいた張成沢(チャンソンテク)氏が、特別軍事裁判で死刑の判決を受け、即日処刑された。

 いまの最高指導者、金正恩(キムジョンウン)氏の義理の叔父であり、祖父の金日成(キムイルソン)主席以来、3代にわたり重用された中枢の人物だった。

 スイスに留学経験があり、ディズニーのキャラクターを行事で使う。そんな正恩氏が率いる新体制は、これまでより自由を認めるのではないか、との淡い期待も出ていた。

 だが、今回の衝撃的な処刑劇は、新体制でも何も変わらない恐怖政治の現実を示している。

 正恩氏の基盤の未熟さを考えれば、北朝鮮の危うさは増したと言えるかもしれない。

 体制の発足直後から、いずれは張氏が邪魔になり、たもとを分かつのではないかとの観測は出ていた。それは2年足らずで現実となった。

 権力闘争の末、政敵を徹底的に痛めつけ、葬り去る。1950年代に絶対権力を築き上げた祖父の手法を、正恩氏は模倣しているかのようだ。

 父・正日(ジョンイル)氏の急逝により跡目を継いだ正恩氏には、父ほどの助走期間はなかった。絶対の権勢を染みわたらせるには、カリスマを誇った祖父にならうしかなかったのかもしれない。

 北朝鮮当局は、これまでの失政の責任を張氏にかぶせた。中国とのパイプ役で、経済改革の推進者だった張氏とその一族には、利権に連なる多くの役職者がいる。迫害が彼らにも及ぶのは必至であり、亡命騒ぎなどが相次ぐ可能性がある。

 脱北者らの話では、張氏は誰もが知る存在だっただけに、国内ではすでに異様な緊張感が漂い始めているという。

 これまでも北朝鮮では、みせしめをつくることで国内を締めつけ、体制を安定させてきた。

 だが、正恩氏には、祖父や父ほどに堅固な基盤はまだない。これまで通りのやり方で、盤石な権力固めができるのか。北朝鮮は未踏の領域に入る。

 今回の事態は、国内向けの側面が強いとみられるが、正恩体制がさらに必要性を感じたなら、対外的に緊張を高めようとするだろう。核やミサイル発射による挑発行為を警戒せざるをえない。

 また長期的には恐怖政治による圧政と経済の停滞は、国を自壊に向かわせる。

 どの周辺国も朝鮮半島の安定化を望んでいる。日本は米国・韓国だけでなく、中国やロシアともできるかぎり連携をとり、北朝鮮の動向を慎重に分析していかねばなるまい。