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著者が描く ”驚愕の事実” とそれに対する疑問,
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レビュー対象商品: 僕がメディアで伝えたいこと (講談社現代新書) (新書)
著者がNHKでの経験をもとにニュースメディアを立ち上げるまでの経緯を綴ったもの。他人の発言の引用なども含め、書かれていることがすべて事実であれば興味深い内容である。本書のなかで最も目を引くのは、第三章「果たせなかったメディアの責任」 にある以下のくだりである。著者はそこで、震災当日の2011年3月11日夜、NHKが「ある重要な情報」を知りながら報道を控えたという衝撃的な話を語っている。 「それは福島第一原発敷地内からプルトニウムが確認されたらしいという一報だった。僕がツイッターでつぶやき始める直前の11日午後9時頃、実はそんな一 報が放送センターに入っていた。... 逼迫した事態に危機感を感じながら、僕は状況を見守った。社会部はすぐにプルトニウムの原稿を準備したものの、実際に放送で流されることはなかった。」(pp.146-147) 「3月11日の夜、プルトニウムが漏れているという一報が早くもニュースセンターには入っていた。危険性には十分に気づいていた。」(p.153) 「もう一度言うが、3月11日夜、社会部はプルトニウム漏れの一報を受け、早い段階からニュース原稿まで準備していた。しかし、パニックを起こさせ ないためだったのだろう、その情報は削り取られてしまった。NHKはそんな自分たちの報道姿勢を反省することなく、識者に言い訳を『代弁』させることで逃げを打った。あまりにも汚いやり方だった。」(p.156) 上記のように、著者はくりかえしこの件に言及してNHKの報道姿勢を問題にしている。3月11日の午後9時というと地震発生の6時間後である。この時点でプルトニウム漏れが観測されていたというのは、これまで明らかになっている事実に照らしてあり得ないように思われる。原発事故の発生について現在知られている経緯は以下とされている。 3月11日 21時19分 1号機で燃料溶融が進行し格納容器の圧力が上昇 23時50分 原子炉格納容器の圧力が最高使用圧力を超過 3月12日 14時30分 1号機のベント開放 15時36分 1号機建屋で水素爆発 国会事故調にせよ独立検証委員会にせよ、これまでの検証では事故発生の推移はこのようになっている。 ところが、著者の話にもとづくと、3月11日の21時時点で、すでに原発敷地内に放射性物質が漏れていただけでなく、それがプルトニウムだと同定されており、NHK社会部の人々は危険を認識していたという事になる。これがもし本当であれば、現在知られている事実とはまったく異なることが震災当日起きていた事になり、事故発生にかんするこれまでの理解もすべてひっくり返ることになるのではないか。 ちなみに東京電力は、3月22日の会見で、プルトニウム測定の必要について朝日新聞経済部の記者から問い詰められているが、その時点では測定の意思を示していない(翌23日に測定の予定を述べ、28日に原発敷地内の土壌からプルトニウムが検出されたことを発表している)。 また、プルトニウムの測定にかかる時間については、公益社団法人・日本分析センターのサイトには22時間と、文科省サイトの説明(環境試料中プルトニウム迅速分析法)には24時間程度と書かれている。 こうしたことから、当然ながら、著者の話に疑問をもつ人々が現れ、ツイッターで踏み込んだ質問をする人もいたが、そうした質問に著者がまともに答えようとしている様には見えない。著者はそこで次のように発言している。 「『プルトニウムが検出されたらしいよ』という話が伝わり実際にプルト関連の原稿も準備されたが放送されなかったという話で平時の100%ウラがとれないと出せないというルール通りのシステムだと無理という話。ツイッターでどなたが隠蔽したと煽っていたがそうではない。」(2013年10月3日の著者のツイート) これは本書に書かれているのとは、だいぶ意味あいの異なる話である。本書には、ウラが取れない情報だったとか、その理由で放送されなかったということは書かれていない。危険性に十分気づいていたがパニックを起こさせないために情報を削ったと書かれている。本書の箇所を読むたいていの読者は、著者はNHKによる情報隠蔽を告発していると読むはずである。 現実に考えられるのは、以下の何れかではないだろうか。 1.3月11日にプルトニウム漏れの情報があり、本書にある通りNHKはその情報を隠蔽した。のちにその情報は誤りだとわかった。 2.3月11日にプルトニウム漏れの情報はあったが、本書の説明とは異なり、あやふやな情報ないしデマと判定されたため報じられなかった。 3.3月11日にプルトニウム漏れの情報じたいが無かった。 本書は事故から二年半たって上梓されたものであり、これまでの事故および事故報道にかんする様々な検証について、著者がまったく目を通してないということもない筈である。著者のいうような情報がほんとうに当日あったというなら、その真偽や意味を本人なりに検討し理解したうえで書くのが通常ではないだろうか。 この件はNHKにも問い合わせてみたが、退職者の書いたものについて答える立場にないという返答しか得られなかった。 著者はネット、とりわけツイッターをつうじて公に情報発信していくことへの想いを本書で語っている。なのに、そのツイッターで公に示された質問には向きあわず、質問した人に対して、会って話しましょうなどと言っている。著者は本書を出版して世に問うたのだから、疑問点についても公の場で答えたほうが適切なのではないか。 |
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