●天敵なし、文化財被害の恐れも

 【小坪遊】旧警戒区域でアライグマがじわりと分布を広げている。他府県では農業や家屋に被害が広がり、感染症を媒介するリスクもある。専門家は「駆除は簡単ではなく、帰還に影響する」と早期の対応を求めているが、県による実態調査は東日本大震災の影響で再開の見込みがない。

 南相馬市原町区の農業、木幡吉広さん(65)宅の軒先に長さ約1メートル、高さと幅が約30センチの箱わなが置かれ、中にはマシュマロがぶら下がっていた。アライグマ捕獲用のわなだ。震災約1年後に仕掛け始め9匹を捕らえた。2日続けてかかったこともある。

 雨が降った翌日によくかかる。飼いネコも気づいているようだという。「様子がおかしいから『何かいるのか?』って聞いたら、だまって西の方見てるんだ」

 7月、環境省の調査で、アライグマが福島第一原発から20キロ圏内の旧警戒区域周辺で増えている恐れが高いと分かった。南相馬市小高区でもパトロール隊が夜に姿を目撃。2012年度は少なくとも計16回で16頭が、13年度は夏までに計17回で29頭が見つかった。範囲は山から海岸近くまでに及んだ。

 県は10年度、外来生物対応事業として、アメリカミンクなどとともにアライグマの捕獲と調査を民間業者に委託。南相馬市では7頭を捕まえた。11年度も継続する予定だったが、震災で見送りになった。再開のめどは立っていない。

 アライグマが増えた北海道や神奈川県鎌倉市、京都市などでは、農作物が荒らされたり、文化財が排泄物で汚されたりする被害が発生。旺盛な食欲で在来生物を食い荒らし、人間にも感染する病原体を多く保有する動物としても知られる。

 県内のアライグマを調べる奥羽大学講師の伊原禎雄さん(47)は「除染が終われば人が帰れるわけではない。まずは行政が積極的にアライグマの生息や被害の現状を詳しく調べ、リスク情報として住民に開示するべきだ」と指摘する。

 地域の文化にも影響が及びかねない。南相馬市博物館学芸員の稲葉修さん(46)は7月、相馬野馬追いで神事が行われる相馬小高神社で、アライグマらしき爪痕や足跡を見つけた。

 「被災地の文化財保全を含め、寺社などで今後、侵入の有無の調査や、場合によっては駆除などが必要だと思う」と話す。

 アライグマは繁殖力が強く、天敵がいない日本では瞬く間に増えてしまう。

 県が対策に乗り出した矢先に震災、原発事故が起きた。「対策はアライグマの密度が低い初期に講じられるべきだったがタイミングが悪かった」。アライグマ対策に詳しい、北海道大学の池田透教授は残念がる。

 全国的に対策は被害が広がってから始まり、後手に回る場合が多いという。個体数が少ないうちの方が、労力や費用が抑えられ、殺処分に伴う心理的負担も少なくて済む。「放射能の問題などがあり、対策は難しいが、人手を使わない捕獲手法を早期に実用化すべきだ」と池田教授は話す。