旅立ち
いい加減うろつかせているのも可哀想なのでミリィにギルドメッセージで呼びかける。
(ミリィ、上だ。目の前の酒場の屋上にいる)
(ゼフ!?無事なの!?)
(というかワシらの事探してたなら、ギルドメッセージで呼びかければいいではないか……)
(あ、そうだね……忘れてた)
焦っていたからだろう。
ミリィは普段、あまりギルドメッセージを使わないからな。
というかよく考えたら、ワシがミリィにギルドメッセージを使われたことはない気がする。
ウチに来る時もギルドメッセージで連絡してから来れば、不在かどうかも分かるのに。
「クロード!ゼフ!無事だったの!?」
そうこう考えているうちに、ワシらのいる酒場の屋上までテレポートで飛んできた。
ボロボロのワシとクロードを見て、みるみる表情を変えてゆく。
「そう心配するな。大丈夫、足の骨が折れた程度だ」
「ボクもちょっと腕と脚と身体を斬られただけです」
ミリィの表情の変化は止まらない。
今にも泣きそうな顔だ。
そうか、見た目が大丈夫じゃないんだったな。
だっ、とワシらに駆け寄り両腕を広げ、ワシとクロードの首に巻きつけてきた。
腕から伝う体温で、首の辺りが少し汗ばむ。
襟首をぎゅっと握りしめたミリィの手が、震えているのがよくわかる。
ぽん、とミリィの頭に手を置き、ごしごしと撫でてやるが、身体の震えはより強くなっていく。
次第に嗚咽し始め、それに釣られたのだろうか、クロードまで一緒になってに泣き出してしまった。
全く二人とも仕方のない事だ。
ワシはしばらくの間、黙って星を眺めていることにした。
数日間、遊楽街で起きた暴走魔導師の噂が流れたが、しばらくすると全く耳にしなくなった。
ケインが噂をもみ消したのが大きいだろう。
酒場には何かあった時の為にとっておいた、虎の子のアクセサリーを渡し、事なきを得た。
これでレディアに委託して貰っているのを除くと、完全に文無しだ。
しかし何とか魔導師協会の魔導師が派遣される事態は避けることが出来た。
大昔、何度か協会の派遣魔導師の世話になったが、恐ろしい連中だった。
二度と関わり合いになるのは御免こうむりたい。
……ワシの性格から言って、多分無理だろうが。
そしてやはり、ナナミの街からは離れた方がいいだろう。
今回の様な事、ワシの性格からして確実に何度も起こる。
ここには母さんもいるし、いつか必ず大きな迷惑をかけてしまう。
レディアに委託しているアイテムがそろそろ売れている頃だろうし、しばらく暮らしていける金はなんとかなる出来るハズだ。
女のクロードを、あんなボロ宿に住まわせておくのもよくない。
ある程度強くもなったし、生活費位は稼げるだろう。
学校ももう辞めた。
学校というものは任意で行くもので、ある程度社会適応能力アリと判断された場合は、特殊卒業試験を受け、それに合格することで辞めることが出来る。
とはいえそれはやはりイレギュラー。
ワシらのような「何かしら使える」人間でないと許可は下りない。
その為の試験は、先日ミリィとクリアしたので問題なし。
問題は母さんだ。
台所で洗い物をしている母さん。
機嫌はよさそうだが、よい気分を害していいものだろうか?
明日にした方がいいかも……
ええい、悩んでも意味はない、行くぞ!行く!
出たとこ勝負で行くしかない。
「母さん、少しいいかな?」
「何〜?」
母さんに声を掛けると、作業をしながら答える。
うっ……くそ、緊張してきたな。
「ワシ、学校辞めて冒険者になろうと思う」
「……」
母さんは何も答えない。
ワシも何を言っていいのかわからない。
だが行く。
「このままウチにいると、母さんに迷惑をかけてしまうから……ワシは、その……」
「ゼフ」
口ごもるワシの言葉を遮り、優しく語りかけてくる。
「私はね、気づいていたよ?ゼフがすっごく……もしかしたら私よりも、ずっと大人になってるって事に。そして、それでもゼフはゼフのままだって事に」
母さんはいつも間にか洗い物をやめ、ワシの後ろに立ち、優しく語りかけていた。
「ミリィちゃんとクロード君も行くんでしょう?……行っておいで」
椅子越しに、ぎゅっと抱きしめられると、その温もりに、急に目頭が熱くなった。
くそっ、我慢しろ!
情けないぞ!
「でもね、二つだけ言わせてちょうだい。母さんはあなたに迷惑かけられても、ちっともそうは思わないからね。遠慮なく迷惑かけなさい」
目頭に溜まった涙がこぼれ、頬を伝う。
いつもそうだった。
母さんはワシの事を全て理解して、それでも全て許してくれる。
「それともう一つ」
いかん、これ以上は我慢出来る自信がない。
情けなく大泣きしてしまう。
くそっ止まれ涙よ!
「……ミリィちゃんとの結婚式には必ず呼ぶこと!」
…………は?
振り向くと、満面の笑みを浮かべる母さん。
何を言ってるか全くわからない。
「……母さん、ワシとミリィはそんなのではないぞ……?」
「え?違うの?まさか他の女の子にも手を出してるとか?」
「違うわっ!!」
全く……全部わかっている、みたいな顔をしながら何もわかっとらんではないか。
さっきまでの涙が完全に引っ込んでしまった。
そもそも十歳そこらのガキに何を言ってるのやら……
その夜、部屋に戻ることは許されず、くだらない事を根掘り葉掘り聞かれたが、適当に答えておいた。
旅立ちの準備を終えるまでの数日間、本当に大変だったのだ。
本当に。
ーーそして旅立ちの朝。
「それじゃあおばさま、行ってきます!」
旅立ちの準備も終わり、ミリィがウチに迎えに来た。
ワシもミリィも荷物は少ない。
とりあえずはベルタの街で宿をとり、住む場所を確保してから、大きな荷物を取りに帰る予定だ。
「ミリィちゃん、ちょっとおいで」
「はい?」
母さんがミリィを呼び、耳元で何か囁いている。
どうせくだらんことを吹き込んでいるのだろう。
全くしょうのない親だ。
ため息を一つ吐き、ミリィがてってっと駆けて来るのを待つ。
「おまたせっ」
「何を言われたんだ?」
「ゼフが聞いてくるだろうから、秘密にしとけって」
読まれてるね、と笑うミリィ。
全くしょうのない親だ。
街の外へと向かうこのあぜ道をミリィと共に歩く。
これも最後だろうか。
いつもうるさい位におしゃべりなミリィも、今日は何か考えているのか、口数少ない。
なんか居心地が悪いな……
「そういえばクロードは、門のところで待っているんだったかな」
「うん、そっちのが近いからって」
また沈黙の中を歩く。
商店街を通り過ぎ、公園を抜け、もうすぐ街の外だ。
ミリィは外に近づくに連れ、何かそわそわしている。
……何を吹き込んだんだよ、母さん。
民家を歩き、この角を曲がればクロードの待つ門だ、というところでミリィが立ち止まる。
「あーーーーっ!!忘れ物しちゃった!」
「あぁそうか。じゃあワシはクロードと一緒に待っているからミリィは……」
と、言いかけたところでミリィはワシの手を取り、駆け出す。
「ミ……ミリィ?」
「重いの!ゼフもついて来てよ」
ならクロードも連れて行けばいいんじゃ……と言おうとしたとき、ミリィが繋いだ手を引き寄せ、ワシの腕に抱き、その身体をぐいっと押し付けて来た。
小さな膨らみが腕に押し当てられ、ワシの細い腕が丁度その小さな隙間に挟まれる。
自分の行為を意識してしまったのか、ミリィの顔がさっきより少し紅潮している。
母さんが吹き込んだのはこれか?
「……わかったよ。ほら、早く行かないとクロードが待っているぞ?」
「そ……そうね!早く行きましょ!」
そういいつつ、ミリィはワシの腕にさらに強く抱きつき、ゆっくり歩き出した。
結局来た時の倍の時間をかけ、門のところに行くと待ちくたびれたクロードがうたた寝をしていたのであった。
すまんクロード。
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