「炎の……剣……!」
驚くクロード。
レッドウエポンは武器に属性を付与する魔導。
タイムスクエアを使い、攻撃用の魔導と同時詠唱する事で魔力の剣を生み出す事ができる。
ワシはあまり武器を使った戦闘は得意ではないので使う機会はないと思っていたが、こんな機会で使う事になるとはな。
クロードの折れた剣から立ち上る魔力の刀身、少し振ると炎が軌跡を起こし、室内に漂う煙を切り裂く。
「これなら……っ!」
クロードがケインに斬りかかり、炎の剣を振るう。
ケインの剣は銀装飾が施された、恐らく攻撃力向上のエンチャントが付いた剣であろう。
並の剣では歯が立たないハズだ。
並の剣では、だが。
「はぁああっ!!」
「それがどうしたぁ!」
勢いよくクロードの斬撃を受けとめたケインの剣は、まるでバターでも切り裂くかの様に綺麗に裂かれた。
からん、と地面に転がる刀身。
「バカな……!?」
「兄様のスクリーンポイントはレオンハルト家で一番強い。一度スクリーンポイントを展開した兄様には、どんな魔導も効きません」
疑問を浮かべるケインに対し、ニイッと笑うクロード。
「だから、大丈夫ですよね?」
冷笑を浮かべ、クロードは魔導の剣を振るい続ける。
ケインも剣無しでは避け切るのは難しい様だ。
攻撃の都度、ケインの鎧が、服が切り裂かれ、だがケインの身体には一筋の傷も付かない。
クロードにもたせた魔導剣、クリムゾンブレイドはワシのレッドブラスターの威力がそのまま乗っている。
レッドブラスターはワシの所持している魔導のなかでは、かなり強い部類なんだがな。
恐ろしい魔導だ……スクリーンポイント……
そして何より恐ろしいのは……
ばらばらと舞い落ちるケインの衣服、素肌が露わになり、鍛えられた肉がその姿を覗かせていく。
ちょっとこれはしゃれにならんだろ……
クロードは何かが乗り移ったかのように、ケインの服を刻んでいく。
余程、兄の事が嫌いだったのだろうか。
「くっ……クロード貴様ぁぁぁぁ!」
パンツ一丁までひん剥かれたケインは、悔しそうな顔でクロードを睨みつける。
……少しは同情してやらんでもない。
「ケイン隊長!我々だけ逃げてしまい、申し訳ありませんでした!」
「助太刀いたします!ケイン隊長っ!」
煙が収まっていき、ケインの部下たちが戻ってきたようだ。
「ケ……ケイン隊長……?」
部下たちが見たのはケインのあられもない姿。
パンツ一丁で妹に剣を向けられる、何とも情けない姿であった。
……もう少しだけ、同情してやってもいい。
「なっ……お前たちっ……見るな!見るなぁぁぁぁ!」
「し……しかし我々がいないとケイン様が……」
「私の心配など100年早いわっ!いいから消えろーっ!」
怒りと羞恥で真っ赤に染まったケインの顔を見て、ワシの怒りはすっかりと萎えてしまった。
クロードもどこかご機嫌顔だ。
積年の恨みを晴らした、と言ったところだろうか。
びしっ、と魔導の剣をケインに刺し構え、宣言する。
「ボクはもうあなたには、
レオンハルトには関わらない!ボクはクロード!ただのクロードです!」
ざん!と言い放つクロード。
ケインも、部下も、ワシさえもその気迫に飲みこまれていた。
しばし静寂の後。
ぎりぎりとケインの歯噛みする音、拳を握り、ずり落ちそうなパンツを押さえながら叫ぶ。
「何をぼさっとしている!やれっ!やってしまえ!」
「しかしあの人はケイン様の妹君……」
「今、違うと言っていただろうが!いいからやれっ!」
頃合いか。
タイムスクエアを念じ、レッドウェーブとブルーウェーブを合成し、発動させる。
白煙が破裂音と共に広がり、室内に煙が充満していく。
「隊長!煙幕が!」
「進めっ!進めぇぇい!」
「そんな無茶な……」
混乱する連中を尻目に、クロードの手を引っぱる。
(ゼフ君!)
(クロード、こっちだ!)
緋と蒼の魔導は合成すると高確率で爆発を起こすのだが、低威力、広範囲のウェーブで爆破させると、いい具合に煙幕として使用できるのだ。
クロードの手を引き、店の出口まで走る。
足を踏み出すたび、ずきんずきんと折れた足に響き、冷や汗が伝う。
なんかワシ、骨折ってばかりじゃないか?
そんなことを考えていると、ワシの身体が宙を浮き、そのまま柔らかい身体に抱き抱えられる。
「しっかり掴まっていてくださいよ……!」
クロードにお姫様だっこされ、店から駆け出す。
出口に向かう階段には黒服の男がまだ気絶していた。
「いたぞ!あいつらだ!」
黒服が仲間を呼んでいたのだろうか。
ずいぶんと来るのが遅い援軍の到着である。
各々武器を持ち、ワシらの事を確認する。
その一瞬前、テレポートを念じ、建物の上に飛ぶ。
「くそっ、テレポートで逃げやがった!」
「魔導師だ!だれかテレポートを使える奴はいねえのか!?」
「いたらこんな所で傭兵やってねぇよ!」
男たちの喧噪を、建物の上からこっそりと見下ろすクロード。
「顔を見られていなければいいですね」
「クロードの兄や店員に見られているだろう」
指名手配された可能性もある。
そうなると魔導師協会からの魔導師が派遣され、ワシらは確実に捕まるだろう。
連中はよくわからん固有魔導、しかもそのオリジナルを多数独占しているので、一言でいうとめちゃくちゃ強い。
さらに調査魔導だかなんだかで、いろんな痕跡を辿ったりすることが出来るとか。
故にほとんどの犯罪者は、派遣された魔導師にすぐ捕まってしまう。
まぁ初犯な上にガキだから罰金刑くらいだろう。
また借金がかさむな……
「おそらくそれは大丈夫でしょう。兄はきっと、このことを公にはしませんよ」
「確かに家の恥、とか言って黙っていそうではあるが……あれだけめちゃくちゃにされた店は黙っていないだろう」
ワシの悪い癖だ。
頭に血が上るとすぐ平静を失ってしまう。
師匠に何度注意されても、これだけは治らなかった。
「そっちはあとで謝りましょう?酒場での荒事は日常茶飯事、こちらから誠意を見せればきっとお金だけで許してもらえるでしょう」
にっこりと、まぶしい笑顔を向けてくるクロード。
調子が戻ってきたな、いいイケメンスマイルだ。
ワシ程ではないけどな。
ワシがにやりと笑うと、何を考えているかわかったのだろうか。
こちらをやさしい顔で見つめるクロード。
あまりに真っ直ぐな視線に、少し照れくさくなり、目を逸らす。
「ありがとうございました。ゼフ君」
「ワシが勝手に切れて、勝手に暴れただけだ。しかも最後はクロードに助けられたしな。礼を言われるようなことは何もしていない」
本当に恥ずかしい事だ。
クロードはそんなワシを、笑顔で見つめ続ける。
やめろばか。
ワシは本当にそんなんじゃない。
「クロード、お前はワシが自分の為に初めて怒ってくれた人、とか言っていたな。あれは違う」
「はい?」
きょとん、とした顔のクロードをちょいちょい、と指で招き、店の方を覗かせる。
そこにはワシらの事を探していると思しき、一人の少女。
「ミリィさん……?」
「今日の別れ際、お前の様子がおかしかったからな。きっと心配して探しに来たんだよ」
ワシと同じように、と付け加える。
「今回は、偶然ワシがクロードの事を助けたが、少し違えばミリィに助けられたかもしれない」
「そう……ですね……」
俯くクロード。
その瞳は少し、涙で潤んでいる。
「それにワシがクロードに殴りかかった時、お前の為にワシを怒り、止めてくれたのはミリィだろう?お前のために初めて怒ってくれた人は、ミリィなんだよ」
喧騒の中、ミリィは人ごみをかき分け、忙しなくワシらを探し続ける。
その顔は今にも不安で押し潰されそうだ。
どんっと、道行く大人にぶつかって転ぶが、すぐに立ち上がり、またワシらを探し始める。
それを見ていたクロードの目からは、いつしかボロボロと大粒の涙が零れていた。
「以前、ワシが勝った時、何でも言う事を一つ聞く、と言ったな」
泣き顔でワシの方を向くクロード。
「絶対にミリィを裏切るな。何があっても、ワシと一緒に、ミリィを守っていくんだ」
「……そんな約束、意味ないですよ……」
涙を拭い、顔を上げにっこり笑う。
「だってボクは初めからそのつもりですから!」
月光の夜、ほほ笑むクロードの顔は最高のイケメンスマイルであった。
ワシ程ではないけどな。
