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月光の夜、前編
 暗闇の森で佇むワシら。
 クロードは何かに怯えているかのような表情だ。

「大丈夫か?」
「早く帰ろ?ね」

 ワシらの心配する声もいまいち耳に入っていないようだ。
 思えばコボルトリーダーとの戦いの中も、普段と違いかなり焦っていた様子だった。
 戦っている内は集中していたのだろうが、今は用事があった事を思い出したのだろう。
 冷や汗をかき、目線も定まっていない。
 相当焦っているな。

「……あの……はい……帰りましょうか……」

 やっと絞り出した答えもなんとも頼りのないものであった。
 テレポートでナナミの街に戻る最中も、心ここに在らずといった具合だ。

(クロード、どうしたのかな?)
(さぁ……何か重要な用事があったのだろう。悪い事をしたな)

 ーーナナミの街

「あの……ありがとうございました……」

 青い顔で礼を言われると逆に困る。

「何か用事があったのだろう?ワシらに手伝える事があるなら言ってくれ」
「クロード、私たち仲間なんだからね?」
「あの……ありがとうございます……でも大丈夫ですから……」

 全然大丈夫じゃなさそうだ。
 すっかり暗くなった街に消えるクロードを見送りながら、ワシとミリィは顔を見合わせた。

「大丈夫かな……クロード……」
「さぁな……明日様子を見て、それから考えても遅くないんじゃないか?」
「そだね……」
「さて、ワシも早く帰らねば母さんに怒られてしまう。また明日だな」
「うん……じゃあね、ゼフ」

 ミリィと別れ、歩みを進める。
 行き先はもちろんクロードの宿だ。
 先刻のクロードの様子、ただ事ではなかった。
 これがクロードが変わってしまう引き金になるのかは分からないが、放っておく訳にはいかないだろう。

 街の中心、旅人の宿周辺に来て、ふと気づく。
 クロードってどこに住んでるんだっけ?
 まずいな。
 何も考えずに来てしまった。
 さてどうするか、と考えていると、一つのボロ宿の中からケインが出てくる。

 出て来たのは街で一番安いボロ宿。
 恐らくあそこにクロードが居るのであろう。
 自分は高級宿に泊まり、妹はあんなボロ宿か、いいご身分だな、全く。
 右手には紙幣を握り、顔には笑みを浮かべている。

 ーー理解した。
 クロードがあんなに焦っていた理由、それが。
 遊楽街に消えるケインを一瞥し、クロードの宿に急ぐ。

 ケインの出てきた宿はボロボロで、カウンターには受付も居ない有様だった。
 立て掛けた木札にクロードと名が記されている。
 それによるとクロードの部屋は五号室らしい。

「いらっしゃい、ここは旅人の……ってちょっと待ちなって!勝手に中に入っちゃいかんよ!ボクぅ!?」

 奥から聞こえる受付の声を、無視して宿の中に入る。
 ぼろぼろの廊下、歩くたびにぎしぎしと音を上げながら進むと、部屋が並ぶ中、直ぐに五号室を見つけ、ドアを開く。
 カギすらついてないのかよ、なんつー宿だ。

 部屋にはいると、鼻をつく異臭。
 据えた臭いの中、クロードはうずくまり、嗚咽していた。
 身体には乱暴されたのだろうか、赤いアザが見える。
 顔や腕など、見える場所は無傷なのが奴らしい。

「……クロード……!」

 ワシの声に気づき、こちらに向けた顔は涙と涎でまみれている。

「……っゼフ君じゃないですか。何か用ですか?」

 ごしごしと顔を拭き、ぎこちない笑顔で笑うのが痛々しい。
 無言で駆け寄り、クロードの服を脱がしにかかる。

「ちょ……やめてくださいよ!ゼフ君の変態!」
「うるさい!黙っていろ!」

 ワシの迫力に気圧されたのか、黙ってされるがままになるクロード。
 その上着をはぎ取ると、カタカタと震える白い肌に浮かぶ、赤く滲んだ暴力の痕。
 クロードの身体は全身傷だらけ、アザだらけというひどい有様であった。

 絶句する。
 どれだけの暴力を浴びせればこうなるというのだ……!

 すぐさまヒーリングを念じ、クロードの身体を癒すとするが、ワシの精神が乱れているのか、上手く回復してくれない。

「くそっ!!」
「……裸……見られちゃいましたね……恥ずかしいなぁ、もう……」
「あの男、宿を出るとき金を握っていた。クロードの金か……?」
「騎士というのは着飾り、見栄を張るのも仕事ですから……」
「見栄を張るのも仕事だと!?こんなボロ宿に泊まっている妹から!金を巻き上げるのが許されるものか!」
「ボロ宿って……ひどいなぁ……」

 あはは、と笑うクロード。
 いつものさわやかなイケメンスマイルの面影は全くない。
 これならワシの方がマシだぞ、くそっ!
 こんなクロードの顔など見たくはない。

 上着を脱ぎ、クロードに被せた途端、嗚咽し震え出す肩、かける言葉が見つからない。
 向き直り、クロードの部屋を出ていく。

 ドン、と肩に何か当たった気がする。
 どうやらワシを追いかけて来た受付にぶつかったようだ。

「おいおいボクぅ?勝手に入ったらいけないよ?ここは旅人の……」

 それ以上受付は何も言葉を発しなかった。
 発せなかった。
 青ざめ、黙り、道を譲る。
 道の空いた廊下を、ワシはぎしぎしと音を立てながら進んでいく。

 宿を出ると遊楽街に向け、真っ直ぐ歩みを勧める。
 子供が来るところではないが、ワシの歩みを止める者はいない。
 途中声をかけてきた酔っ払いは、ワシの発する魔力に当てられ、一瞬で酔いが醒めたようであった。
 たくさんの光る魔導灯、何件もの酒場を素通りし、街で一番大きな建物に入る。

「お坊ちゃん、ここは子どもの来るところじゃありまちぇんよ~」
「パパを呼びに来たのかい?名前を教えてくれたら呼んできてやるぜ?」

 強面の男二人に呼び止められた。
 それなりに使えるようだ。
 ワシを魔導師と知り、それでも声をかけてきた。

「ケインだ。ケイン=レオンハルト。派手な鎧を着ている騎士を呼んでくれ」

 正直に答える。
 正面から行くのは非効率的だが、考えて行動できるほどワシの頭は冷えてない。

「悪いけど、はいそーですか。ってワケにはいかねーんだわ。俺らも雇われてるもんでね」
「ケインさんは金持ってる客だ。坊主みたいなのを寄越して機嫌損なわれても困るんだわ」

 やはり簡単に通してはくれないか。
 やれやれ。

 ーー高級酒場、黒猫のしっぽ。

 何人もの騎士が、女を侍らせ、酒を酌み交わしていた。
 高級な酒瓶がいくつも散らばり、男たちは皆、顔が赤い。
 その中心でケインは女の肩を抱き、座っていた。

「みなさん今日は遠征お疲れ様でした。この席は皆をねぎらう為、設けたものです」

 ケインは気分が良さそうにグラスを傾け、酒を飲み干すと、空のグラスを掲げた。

「今日は私の奢りです!好きなだけ楽しんでください!」
「おお〜〜っ!」
「流石ケイン様!」
「ありがとうございます!」

 ドゴッ!!

 店内に響く強烈な衝撃音。
 用心棒を壁に叩きつけ、酒場を揺らすと一斉に皆が目を向けてくる。
 死んではないだろう。
 多分。

 歩みを進め、楽しげにしているケインたちを見つけると、魔力がさらに昂ぶっていくのを感じる。
 激昂が収まらない。
まずいな。
 クロードの兄だから殺しはすまいと思っていたが、加減は全く出来そうにない。


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