ギルドエンブレム
ワシの知るクロード=レオンハルトは50年後の未来でスカウトスコープを魔導士協会に持ち込んだ天才魔導師である。
ワシがフレイムオブフレイムの称号を授与した翌年、いきなり現れ、すぐにその姿を消したので情報はあまり知らない。
というか彼女については、当時無名の魔導師だった事もあり、大した情報は手に入らなかった。
知っているのは写真と名前程度である。
それすらも今まで忘れていた。
彼女の持ち込んだ魔導「スカウトスコープ」
魔導を、その才能を数値化する魔導。
これにより魔導の世界は大きく進歩した。
魔導師の水準も大きく上がり、才能値が高い一般人からも多数選出されるようになり。
逆に才能値の低い魔導師はどんどん追いていかれた。
かつてのワシの様に。
それはもういい。
だが何故スカウトスコープを魔導師協会に持ち込んだのがクロードなのか。
クロードは魔導士協会にスカウトスコープを持ち込んだ時、ギルドには所属していなかったハズだ。
ミリィのギルド”蒼穹の狩人”は当時のワシも全く知らなかったので、おそらく消滅したものと思われる。
考えを進めるにつれ、背中を伝う冷や汗が止まらない。
ミリィが死んだ後、忘れ形見のスクロールをクロードが持ち込んだのだろうか。
否、ミリィに敬意を示すならミリィの名前で持ち込むだろう。
自身の名前で売り込んだという事は、ミリィのスカウトスコープを「奪った」という事になる。
魔導師が自らの心血を注いで編み出した固有魔導。
これを奪うという事は、その誇りを土足で踏みにじると言う事。
魔導師として、禁忌中の禁忌とされる行いだ。
当然本人が生きていればすぐにバレる行為。
どうやって奪うか?
そんな物は決まっている。
ーー殺
気づけばワシは、ミリィのヒーリングを受けるクロードに掴みかかっていた。
襟首を掴み、そのままクロードを押し倒す。
「ちょ……ちょっとゼフ!何してるのよ!?」
「黙ってろミリィ……!」
「ゼフ……くん……?」
ギリギリとクロードの襟首を締め上げる。
自分でも冷静ではないと思う。
だが止められない。
握りしめた拳を振りかざす。
「ゼフ!!」
振り下ろした拳はクロードの顔面をすり抜け、地面を叩く。
気づくとその腕はワシの背中に回っていた。
クロードによって不自然に捻りあげられて。
ギリッとそのまま腕を締め上げるクロード。
「が……っ!?」
「理由を話してくださいゼフ君。ボクが君に対してすごく失礼なことをしてしまったのかもしれない。それがわからないと謝罪のしようがありません」
めきめきと悲鳴を上げるワシの腕。
体術ではクロードが上か。
上等だ、やってやる。
痛みが逆にワシを集中させていく。
ほとばしる魔力の奔流にクロードも反応し、そして……!
「やめなさいっっ!!」
キ~ンと耳鳴りがするほどの大きな声に、ワシとクロードは動きを止める。
ミリィが仁王立ちでワシらに仲裁の声をかけたのだ。
鼓膜が破れるかと思った。
「二人ともやりすぎ!特にゼフ!……何かあったの?」
「あ……いや……うむ……」
「ん?何?」
俯くワシの顔を覗き込んでくるミリィ。
真っ直ぐな瞳に毒気を抜かれてしまう。
「……すまんワシの勘違いだった」
「謝る相手が違うでしょ?クロードに謝りなさい」
有無を言わさぬ顔で微笑む。
さっきは頭に血が上ってしまったが、よく考えればクロードが殺したとか、早とちりもいいところだよな。
そもそも何十年も後になって持ち込む理由もわからない。
クロードとミリィが出会わなかった可能性だってある。
…………だがクソ、不安が止まらない。
しかし確証はない。
それに現時点でのクロードは掛け値なしに「いい奴」だ。
ミリィを信望しているし、よき友になってくれるだろう。
できるだけ平静を装いながらクロードに握手を求める。
「すまない。顔に虫がついていたものでな」
「ふ……くくっ、ひどい言い訳ですね。今のは忘れておきますよ」
「助かる」
ワシらがぎこちなく握手を交わしていると、ミリィも一緒に手を握って来た。
「はいっ!それじゃ仲直りも終わったし、帰ってクッキーでも食べましょう!」
「いいですね。ボク、クッキー焼くの得意なんですよ」
「まるで女みたいだな」
「ボクは女ですよ!」
クロードはさっきまでの事は大して気にしていないようだ。
普通あれだけの事をされたら、ワシを非難の目で見そうな物だがそんな様子は一切ない。
実際の所クロードとミリィ、二人に何が起きたのかは全くわからない。
だができる限り手は打っておくべきだろう。
人間は変わるものだ。
(ミリィ)
ギルドメッセージで話しかけると、ミリィは目線をこちらに向けてきた。
(クロードにスカウトスコープの事は教えないでくれるか?)
(……さっきクロードに掴みかかった事と関係あるの?)
(あぁ。詳しくは言えないが)
(何それ)
(頼む……!)
真剣な顔で頼むワシを、じっくりと観察するミリィ。
二、三秒はそうしていただろうか。
(……わかった。でもずっと隠せるとは限らないわよ?私口軽いし)
(わかってる)
ポカッとワシの頭を殴るミリィ。
(何をする!)
(口が軽いってのは謙遜でしょ!フォローしてよね!)
(事実、軽いだろうが!)
(あーっもう言うから!クロードにスカウトスコープの事っ!)
(バカかっ!やめろと言っておるだろうが!)
「あの〜……二人してギルドメッセージで会話するのやめてもらえません?会話に入っていけなくて寂しいじゃないですか」
ぽりぽりと頬を掻き、困った顔をするクロード。
あ、クロードがいるの忘れてた。
ミリィもワシと同じ顔をしている。
ーーミリィの家
ワシらはミリィの淹れたコーヒーとクロードの焼いたクッキーで、ティータイムを満喫していた。
「ところでギルドってどうやれば入れるのですか?」
「ギルドエンブレムの入ったアクセサリーか何かを付け、ギルドマスターがそのエンブレムに認証を与えるのが一般的だな。そういえばミリィ、ギルドエンブレムは作っているのか?」
ポリポリとクッキーを食べながらミリィに話を振ると、少し困ったような顔で答えてきた。
「あーえーっと……実はずっと考えてるんだけど難航中で……」
たはは、と頭を掻くミリィ。
そういえば学校でよくノートにラクガキをしていたが、あれはギルドエンブレムを考えていたのか。
しかしギルドが出来て数ヶ月未だに出来てないとは。
「あんなもの適当でいいんだよ。それでギルドの力が知れるわけじゃない。少しくらい下手でもそれはそれで味になる」
「そ、そうかな……」
「ミリィさん、一人で考えてても埒があきませんし、候補とかあればここで並べて、皆で決めるいうのはどうでしょう?」
「えーと……じゃあ見てもらおっかな……?」
ミリィは照れながらも、袋からノートを取り出す。
おいおい袋はそんなものを入れる為にあるんじゃないぞ。
取り出し、広げたノートを覗き込んだワシとクロードは思わず息を飲む。
そこにはミミズが這ったような字で、”そうきゅうのかりうど”と書かれた文字が大量にしたためてあった。
ほぼ丸々ノート一冊。
奇怪な魔法陣のような物も幾つか伺える。
「……どれがいいと思う?」
頬を赤らめながら訊ねるミリィに、ワシとクロードは答える言葉を失っていた。
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