海辺の洞窟
「いやー本当ごめんね、見苦しいとこ見せちゃって」
レディアの家を出ると、彼女は両手を合わせ頭を下げて来た。
武器屋兼花屋の二階から親父さんの声が聞こえる。
「早く帰ってこいよー」
「わかってるわよ!お父さんこそ火の始末と戸締りして寝なさいよーっ!」
仲の良い事だ。
ほんのさっきまで取っ組み合いの親子ゲンカをしていた二人である。
「んじゃいこっか。どうやって行く?」
「テレポートでいいか?」
「ん~場所わかんないでしょ。テレポートだと目立つし。歩こ」
レディアの提案に乗ることにした。
レディアの言う「秘密の場所」とは、海辺の洞窟の反対側から入れるらしい。
一見ではわからない、岩と岩のせまい隙間から這って行くとか。
レディアが子供の頃遊び場にしていたようだが、こんなに大きくなって入れるのか?
ワシと並ぶとその身長差は明らか。
こうして歩いていると大人と子供だ。
いや実際そうなのだが。
「去年と一昨年は商人の試験で行けなかったけど、まぁ大丈夫でしょ!」
「……どうかな」
一抹の不安を感じながら砂浜を歩いていくと、少しずつ人が増えてきた。
各々手に武器を持っている。
冒険者たちだな。
海辺の洞窟の前でたむろっている。
ニッパの大量発生を待ち構えているのだろう。
他のパーティに取られるかどうか心配しているのか、連中かなりピリピリしている。
「ゼフ君こっち」
小声で草むらに引っ張られ、そのまま獣道を抜けて行く。
坂を上がっていくと海辺の洞窟の上に出た。
吹き抜ける海風が気持ちいい。
下の方では冒険者たちの争う姿が見える。
まるでゴミのようだ。
「クク……いい眺めだな」
「こっちだよ」
情報弱者共を見下ろし、いい気分に浸っていたのに……レディアから催促されてしまった。
いやいいのだが。
見つかると困るし。
「この穴から入るのよ」
「……せまいな」
そこは本当に小さな割れ目。
ワシやミリィ位なら入れるだろうが、レディアは相当厳しいんじゃないだろうか。
「うーんやっぱりカートは置いてきて正解だったね」
そういう問題じゃなかろう。
「まぁいいや、行きましょ」
そういうとするすると中に入ってゆく。
闇の中、ワシもレディアに遅れずついてゆく。
「少し暗いね……」
「魔道で明かりを出そうか」
「待って」
ワシがレッドボールを出そうとすると、レディアに止められる。
「魔導の光は明るすぎるからね。いらない敵をおびき寄せちゃう」
そう言ってレディアが頭につけたゴーグルをいじると、ゴーグルに光が灯り前方を照らした。
限られた範囲のみ、しかしかなり強い光だ。
魔導を込め、指向性を付けたライトだろうか。
商人はよくわからないものを作るからな。
というかさっきからワシ、何もしてないような……
どうもレディアといると調子が狂う。
イニシアチブを取られ、頭が上がらない感じだ。
やはり身長差のせいだろうか?
光を頼りに歩みを進めていく。
水たまりとごろごろした岩とで少し歩きにくいが、この程度なら問題はない。
レディアも勝手知ったるなんとやらか。
この細い通路をワシと同じ速度で歩いている。
狭すぎてレディアは入れないかと思ったが杞憂だっか。
そうこう考えているうちに、狭い道を抜け広い空洞についた。
「ここに大量発生するのか?」
「いや、まだだよ。この中に入って」
そういってレディアが指差した先は、人間を小さく折り畳んでようやく入る程度の小さな穴だった。
「うーんちょいキツそうかなぁ……ゼフ君先行って様子を見てきて。一本道だから」
道……
ワシの辞書にこの小さな穴は道とは載っていない。
「……それはいいが、先にって事はレディアも来るつもりなのか?」
「そりゃそうでしょ。私が案内したんだから最後まで責任持つわよ」
えへん、と胸を張る。
どう見ても無理だと思う。
胸的な意味で。
「わかった。先に行くが、くれぐれも無理はするなよ?」
「ゼフ君それ私のセリフだから」
いや、ワシのセリフだから。
あっはは、と笑っているが全然笑い事ではない。
こんなところでつっかえたら命に関わる。
「レディア」
「ん?」
レディアがワシの方を向いたところで、タイムスクエアを念じる。
そして
「スリープコード!」
空系統状態異常魔導、スリープコード
至近距離で、しかも相手の目を見ながらでないと発動できないが、即座に相手を睡眠状態に陥れる事が出来る魔道だ。
効果は凶悪だが、目を閉じただけで対処可能な上、詠唱も必要なので簡単に防げる残念魔導でもある。
魔物相手にはそこそこ通用するため、普及率が高く対策も広がっているのが輪をかけて残念だ。
しかしそれもタイムスクエアと組み合わせて使えば実用レベルにまで引き上げる事が出来る。
タイムスクエアの時間停止中に魔導を使うと、時間停止が解けた瞬間に魔導が発動するのだ。
これを利用すると詠唱のある魔導でも、あたかも無詠唱で発動させることが可能。
あまり長い詠唱の魔導は無理だが。
どさり、と崩れ落ちるレディア。
ずるずると運び、岩の陰に寝かせる。
くぅくうと寝息を立てている。
しっかりスリープコードは効いているようだ。
周りに大した魔物はいないが、念の為隠しておくか。
「ブラックカーテン!」
黒い衣がレディアを覆い、その姿を包み隠してゆく。
ブラックカーテンは対象の姿をものすごく見えにくくする魔導。
ゆっくり動かないとすぐ剥がれ落ちてしまう為、使いこなすには熟練が必要だが、じっとしていればまず見つかる事はない。
「では、先に行っているな」
レディアに声をかけ、小さな穴の中に潜り込む。
せ、せまい!ワシでも通るのは一苦労だ。
レディアでは肩まで入るかどうかも怪しいだろう。
無理やりにでも置いてきてよかった。
まぁ海神の涙を持ち帰れば文句は言ってこないだろう。
……たくさん取れたら、少しだけちょろまかすけどな。
ククク、と笑いながら狭い穴を潜り抜けると、そこにはさっきの空洞とは比べ物にならぬ程の、大きな空間があった。
向こう側に少しだけ海が見える。
海と繋がった空間だからニッパが運ばれて来るのだろうか。
広い空間の中には現在でも数匹のニッパがいる。
本番まで少しだけ狩っておくか。
ニッパは蒼系統の魔力で構成された魔物である。
魔導には相性があり、例えば緋と蒼、翠と空は相反する系統なので互いの攻撃は効き辛い。
魄だけは例外で他の全ての魔物に効果が薄く、同じ魄系統の魔物に大きな効果を発揮する。
これはあくまで基本的なもので、細かく書けばキリがないので割愛。
というワケで蒼系統であるニッパには翠か空の魔導が定石なのだが……
「グリーンゲイズ!」
やはり何も起こらない。
この二つの魔導は地形に影響を及ぼすものが多いため、その使用を魔導師協会から制限されている。
おもに街や洞窟、建築物の中ではその類の大魔導は使えない。
この二つの魔導が使いにくい理由である。
さてどうしたものかな……
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