ゲーム・マンガ・アニメ・J-POP・ファッション・アートなどのポップカルチャーにはじまったクールジャパン(COOLな日本の文化)のひとつとして海外で広く受け入れられている日本食。とりわけアメリカでの日本食人気は非常に高く、ここロサンゼルスでも日本食レストランの前で行列が出来ているのを見る機会は少なくない。一般的に並ぶことが嫌いなアメリカ人も虜にしている日本食。今回、まずは、その日本食を代表する「寿司」「ラーメン」「カレーライス」の3つに焦点を絞って、この現象を探ってみたい。
1.日本文化が凝縮する進化し続ける開拓者「寿司」
お笑いコンビのラーメンズによる『THE JAPANESE TRADITION – JAPAN CULTURE LAB』の寿司編は、YOUTUBEを通じて海外でも大きな反響を得た。ただし外国人の視聴者がこの内容を冗談だと分かっているかどうかは甚だ謎ではあるが、寿司がどれだけ魅力的なものなのかは見てとれる。
寿司は、食材、味、盛りつけが多種多様な日本食の代表格であり、その特異性から他国のどんな料理にも代わりがない。そのため、寿司を入り口に他の日本料理を知るアメリカ人は多いはず。まさに日本料理の看板を背負って立つ存在の寿司だが、以前は西洋ではゲテモノ料理としてみられていたのはご存知だろうか?
かつて西洋人にとって生の魚を食する事は、習慣・衛生・味覚など全てにおいてあり得なかったことで、それをライスに乗せ、乾燥させた海藻に巻き、塩分いっぱいの大豆のソースと鼻を刺激するペパーミント色の薬味をつけて食べるSUSHIは、まさに「アンビリーバボー!」な食べ物だったことは想像に難くない。
そんな異様な東洋の食べ物が注目されるきっかけが起きる。70年代後半から80年代始めにかけてアメリカで高まった健康志向がそれだ。最初はそのヘルシーさが一部のセレブやインテリ層でウケ、それをメディアが取り上げて、一般市民に知られるようになった。しかしまだ好奇的な注目であったのは否めず、「生魚と米の料理をお箸でつまんで食べる」行為をデートや家族での外出時におけるエンターテイメントとしての要素が大きかった。ブームというより一過性のトレンドに近かったように思われる。
先駆けるものには常に様々な偏見や障害が付き物だが「寿司」は見事にそれらを乗り越え、アメリカ人の好みに合わせて変化したり、絶え間ない質の高さを提供することによって長い期間を経てアメリカの食文化に根付いたのである。今やアメリカにおける寿司人気は再評価と共にブームを越えた定番料理となり、他国の料理にも多大な影響を及ぼすまでになった。素材の良さを可能な限り活かし、余計なものは決して付け加えないこの料理は日本の文化そのものを表したまさに極みと言えよう。
今後も伝統的手法を守りつつ新しいアイディアを取り入れながら寿司は進化し続ける。その人気には陰りが見えず、増々高まっていくであろう。
2.アメリカ人の熱狂的なファンも多い「ラーメン」
伊丹十三監督による映画『タンポポ(1985年)』は、アメリカの日本映画ファンの間でもカルト的な人気がある。映画通によるレビューサイトROTTEN TOMATOESではなんと最高の100%の評価を誇り、EBAYなどではDVDが高額で取引されている。また『ラストラムライ』『インセプション』で知られるケン・ワタナベの若い頃の姿も彼らにはインパクトがあるようだ。
日本食で今一番の人気と勢いを誇るのが「ラーメン」。様々なフード・ガイドのウェブサイトでも、アメリカ人がこぞって感想や評判を熱く語り、議論が交わされている。新しい店がオープンとなれば話題を呼び、多くが自分のお気に入りのラーメン店をもち、麺やスープ、具に対してのこだわりがあるほどで、寿司や他の日本食とくらべても熱狂的なファンが圧倒的に多い。
アメリカ人にとってブーム以前のラーメンとは安くて簡素なインスタント食品であったが、2000年初頭に手間と時間をかけて作られる「ラーメン店のラーメン」によりイメージが覆されると、ここ数年で一気に人気が爆発し各地域で新しいラーメン屋が乱立する様になる。
このL.A.のラーメンブームの特異な点は日本のブームとリンクしていることがあげられる。日本ではラーメン自体決して目新しいものではない。しかし90年代後半から過酷な味の競争や新しいラーメンの開発が激化すると多種のガイド本が発売されるようになりマスコミでも連日取り上げられ現在まで継続するラーメンブームに至っている。更には日米両国共にコッテリ味の豚骨スープやつけ麺がブームを牽引している事や日本の有名店がアメリカに出店・出品に意欲的な点を踏まえても、数年の差があるとはいえほぼ同時進行的なムーブメントと考えてよいだろう。寿司の広まり方とは明らかに異なっている。
我々アメリカ在住の日本人がラーメンに対して抱いていたイメージを壊した事も大きい。つまり、従来日本食が好まれる理由は「ヘルシー&ライト」と考えられていた。確かにその要素は大きい、しかし単純にアメリカ人がヘルシーさのみを日本食に求めているならば、うどんやそばもラーメンと同等かそれ以上の人気を集めているはずである。高カロリー、炭水化物、油分、化学調味料などジャンク・フードに負けないマイナス要素がてんこ盛りだが、それでも食べたい魅力がラーメンにはあるのだ。
寿司に並ぶ代表的な日本料理となったラーメン、アメリカでの人気は、今はまだトンコツ味に偏っているが、今後、ミソ味など他のフレーバーも浸透すれば需要はますます高まり、更に大きなブームになる可能性を秘めている。
3. 調理も簡単でファミリーに人気の「カレーライス」
サンタモニカ市が運営する番組では、日本食レストランや日系スーパーが並ぶソーテルが紹介され、レポーターのおじいさん二人が、日系スーパーで買えるBENTOや、人気のカレーライス屋さんを取材する。
日本人にとっては国民食ともいえる「カレーライス」。アメリカでは、まだ寿司やラーメンほどの人気はないが、ブームの兆しは見えてきている。バラエティー豊かな具材と適度な辛みが食欲をそそる濃厚なルーと、甘みのある日本米が絶妙なバランスで合わさり、カレーファンの胃袋を満たす。さらにらっきょう、福神漬けなど、箸休めとして定番の漬物を加えると完璧な一皿に仕上がる日本の「カレーライス」。
ただしカレーの元祖はインド料理であり、アメリカでもインドや東南アジアのカレーが一般的である。一方、日本のカレーは、元々インドから直接伝わったものと思われがちだが、実は、スパイスを多様する複雑なインドカレーをイギリス海軍が簡素化したイギリスのカレーが、日本に伝わったものだ。既にインターナショナルな料理としてアメリカの食文化にインドなどから直接紹介され根付いていた「カレー」、その点で寿司やラーメンとは状況が多いに異なる。(注釈:ラーメンも中国から伝来したものに改良を加えて誕生したものだが、既に別の料理と考えていいだろう。英語の綴りも違って、「RAMEN(ラーメン)」と「LAMIAN(拉麵、老麺)」)
寿司やラーメンがオリジナルな日本料理に対して、日本のカレーライスは本来亜流な食べ物である。寿司で例えるならカリフォルニアロールやレインボーロールといったところか?さらにはインドカレーやタイカレーなど競合相手が存在する点でも寿司やラーメンとは異なる。
ブームの広がり方にも違いを見ることができる。時間がかかったがセンセーショナルな食べ物であった寿司、日本のブームと連結しながら一気に火がついたラーメン。それに対しメディアに取り上げられる機会も少なく、真新しい料理ではなかったカレー。但しそれは利点でもある。「食べ慣れない生魚」でもなければ「お箸でズルズル音をたてて吸い込む」必要も無い。初めから障害は殆ど無く、既に存在しているジャンル、マーケットに日本式のカレーとして純粋に味で勝負することができるのだ。濃厚なルーと種類豊富な具材は明らかに他国のカレーとは異なる。更には日本のカレーは麺類やパンなど他の料理にも応用が利く点で今後さらにアメリカで浸透していくはずだ。
最近は、日系カレー専門レストラン「カレーハウス」(CURRY HOUSE)では満席で待たされる事もしばしば。あの安室奈美恵は、ロサンゼルスンに来る際は、必ず空港から直接カレーハウスのソーテル店に乗り付けるという。また日本でチェーン展開する大手レストラン「Coco壱番屋」も2年ほど前からロサンゼルスの日本食市場に参入してきた。また、調理法が複雑なインドカレーやタイカレーとは異なり、食材も入手しやすく家庭でも作りやすいし、レトルトのものはスーパーでも簡単に手に入る。英語によるレシピも多いからアメリカの家庭にも浸透し安いのが、ジャパニーズカレーの特徴と言えるかもしれない。寿司やラーメンとは違う形で徐々にファンを増やし、静かながら着実に普及しているようだ。
4.これからの日本食 in ロサンゼルス
クールジャパンの元祖とも言える坂本九さんの「上を向いて歩こう」は、1963年に契約したイギリスのレコード会社の社長が商談の際に食べた「すき焼き」に感銘を受け、曲の内容とは無関係に「SUKIYAKI」と名づけられた。同曲は世界70カ国で売り出され、アメリカでもビルボード誌で3週連続全米No.1を記録し、世界で1300万枚を売り上げる快挙を成し遂げた。日本人の歌がアメリカでヒットチャートのNo.1になったのは、現時点でもこの曲だけである。
このように「寿司」「ラーメン」「カレー」を中心に、いま改めて日本食が注目され、アメリカ人の食生活に浸透してきている。
かつて「スシ」に続く日本食と言えば「スキヤキ」「テリヤキ」「シャブシャブ」「テンプラ」だったが、今そのポジションは「ラーメン」や「カレー」に代わり、それに続くのは「そば・うどん」「とんかつ」「焼き鳥」「焼き肉」「タコ焼き」「お好み焼き」「鍋もの」など、日本人が一般的に好む食べ物ばかり。マクドナルドをはじめとするファーストフード業界においても、牛丼の「吉野家」はすっかり定着し、インスタントラーメンの走りである「日清カップヌードル」も、今では知らないアメリカ人はいない。「MITSUWA」「NIJIYA」「MARUKAI」といったロサンゼルスの日系スーパーを利用する客層も、数年前に比べればアメリカ人の割合がかなり多くなった。アメリカ版ファミリーマート「FAMIMA!」も順調のようだ。また様々な種類の食事や酒類をお手ごろ価格で一度にガッツリ楽しめる居酒屋も、そのスタイルが次第に人気になり、「IZAKAYA」や「YATAI」という日本語も徐々に浸透してきている。
さらに、近年は日本のお菓子類も人気だ。例えば「明治ハイチュウ」などは、日系の店ではなくてもセブンイレブンなどのコンビニやリカーストアでも取り扱われているほど普及率が高い。以前、ビバリーヒルズにオープンした今川焼きショップ「FULLFILLED」が、パリス・ヒルトンをはじめとするセレブの間で注目された時期もあった。( 現在は原宿クレープ-HARAJUKU CREPEとして引き続き人気。 )
またフード関連のラジオ番組で、パーソナリティであるアメリカ人の女の子たちが、日系のスーパーで買える「オススメの日本のスナックランキング」を発表していたのを聞いたことがある。第3位の「ポッキー」に続く2位が「ボンタン飴」(BONTAN RICE CANDY)だったのは驚きだったが、さらに驚いたのは、なんと1位を獲得したのが「キューピーマヨネーズ」だったこと。彼女たちが言うには「アメリカのマヨネーズとは似ても似つかないし、完全にケミカルな味がするけど、そのまま食べても何につけても最高」と大絶賛だった。そんな「ニッポンの庶民の味」が、アメリカでも流行る時代がやってきた。(写真上は、Candy AddictのブロガーBreanna Huntさん)
一方で、庶民の味とは反対に日本食の高級料理店も人気だ。全米で大人気のレビューサイトYELPのロサンゼルス版レストランカテゴリーのランキングや、ZAGATによるベストレストランinロサンゼルスの人気投票などでは、ビバリーヒルズの超高級寿司屋「URASAWA」(上写真)や、イチローをはじめとするロサンゼルス滞在中のWBC選手達が連日利用したことでも有名なウェストLAの焼肉屋「TOTORAKU」といった高級日本食レストランが、イタリアンやフレンチなどの有名店を押さえ、1位、2位を獲得することも増え、最近ではランキング上位の半分近くが日本食レストランで埋め尽くされている。先日リニューアルオープンしたビバリーヒルズ屈指の人気高級レストラン「SPAGO」も、新しいメニューには「AONORI」「JIDORI」「WAGYU」「CHIRASHI SUSHI」「MATSUTAKE GOHAN」「SHIRO MISO」といった日本食用語が当たり前のように並び、箸や箸置きまで揃い、皿や器も和風なテイストが採用されている。
ロサンゼルスという多種多様な民族や文化の混在する街の中で、日本食のレベルというのは非常に高い。素材を大切に、手間暇かけて作り出されるその味と、元来、日本人が持っているもてなしの精神までを含めた「食体験」としての日本食が、いまアメリカ人の心を魅了し続けている。ダウンタウンのホームレスも笑顔で立ち食いするカップヌードルにはじまり、メキシカン家族で賑わう吉野家から、アメリカ人の大衆に大人気のラーメン、「一見さんお断り」の知る人ぞ知る高級焼肉屋さん、そしてひと晩の寿司にセレブリティたちが数千ドルもつぎ込むような超高級寿司屋まで、ここ数年で、ロサンゼルスの経済ピラミッドのあらゆる層に、様々な日本食が浸透している。
日本食「ブーム」は確かにある。ロサンゼルスにおけるジャパニーズフード・ビジネスには、一攫千金のチャンスが眠っている。
しかし、私たち日本人自身からすれば、それはまだ「日本の日本食を知らない外国人にとっては魅力的」なレベルでしかない。いくらラーメンが流行しているとはいえ、日本のラーメンの旨さに比べたらまだまだというのが現実だ。
一方で「日本食が金になる」のを知っているアジア人たちは、自国料理の店内に寿司バーを設け、切り刻んだ生魚を出しては、日本食レストランを名乗っている。コリアタウンに行けば、「とんかつ和幸」の名前をそのまま名乗る「偽とんかつ和幸」(WAKO DONKASU ドンカス)がある。また味噌汁を、西洋のスープと同様に最初に出し、それが冷め切るか飲み干すのを待ってようやくメイン料理が登場するといったような間違いも少なくない。このように外国人経営による日本食レストランの大半は違和感たっぷりだったりもするが、それには悪い面もあれば良い面もあるだろう。ただ中には日本食とは名ばかりで、日本食の調理技術を知らずに、衛生上の問題を起こす例も少なくない。こうした海外における「間違った日本食」を是正するため、農林水産省は2006年に「海外日本食レストラン認証制度」案を発表し、「本来の日本食」を提供する店を認証して日本政府公認の認証マークを交付しようとしたが、アメリカ国内の中国系、韓国系経営者の反発に遭い断念している。
逆に言えば、最近の日本食ブームは、そうした「間違った日本食」と長年戦い抜いて来られた先輩方の努力と、日本で経験を詰まれた若い世代の方々によるロサンゼルス進出と融合して出来上がった「日本人の手による本来の日本食の魅力」が、「間違った日本食」しか知らなかったアメリカ人に認知されはじめてきた証なのかもしれない。水の違い、素材の違い、味覚の違い、言葉の違い、様々な障壁はあると聞きますが、これからロサンゼルスで、日本食ビジネスで勝負しようとされる方々には、今あらためて「本来の日本食文化の魅力」を再確認し、これまで先輩方が培ってきたロサンゼルスの日本食を、さらに高いレベルに引き上げていただくことを期待したい。そして今後アメリカの空気に長年さらされても「ぶれない日本の心」を味あわせていただきたいものだ。
「世界に挑戦するクールジャパンの顔」としてのロサンゼルスの日本食、その未来に期待したい。
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