「グリーンゲイズ!」
手を地に付けると、魔力線が大地と繋がり、あたかも魔方陣のように広がってゆく。
ワシの魔力線と繋がった大地はその意のままに割れ、蠢くゾンビ共を飲み込み、元あった形に戻ってゆく。
「翠」系統大魔導、グリーンゲイズ
公式では一番威力の高い翠系統の大魔導だ。
魔力の消耗もその分デカい。
今ので魔力を七割持っていかれたな。
倦怠感がひどい。
即座に瞑想に移る。
「翠」と「空」の魔導は小回りが効かないものが多い。
よって使いやすい魔導に絞って鍛えていかねばならない。
少なくとも今はまだ。
瞑想を始めるとすぐにまたゾンビの気配が漂ってくる。
「翠」の魔導とアンデッドは特殊なシナジーがあり、地に飲み込み倒しても、すぐにまた這い出てくるのだ。
魔導師ギルドの効率狩りでは、アンデッドを大量にかき集め、魔導師数人でグリーンゲイズを交互に撃つという行為がしばしば行われる。
ワシはソロだから魔力が回復するまではホワイトボールなどで凌ぐが。
「むっ」
遠くでゾンビたちが群れている。
ただ群れているのではない……あれは……
目を凝らすとゾンビの群れの中心、王冠と錫杖、赤いマントを羽織ったゾンビがいた。
明らかに意思の灯った昏い眼孔。
「ーー死者の王か」
反対方向にテレポートを念じる。
10ゼイルは離れただろうか。
これだけ離れれば気づかれることはないだろう。
朽ち果てた教会などのいわゆるダンジョンには、一定周期で通常の魔物とは比較にならない強さを持つ魔物、「ボス」があらわれる。
死者の王もそれだ。
経験値が高いのは言うまでもなく、通常の魔物からはけして入手出来ないレアアイテムをドロップする。
基本的にパーティで倒すもので、ワシも時々ボス狩りに参加し、その恩恵を受けたものだ。
とりあえず今は相手をすることは出来ない。
ソロでのボス狩り。
実際見たことはないが、熟練の使い手ならば相応の準備をすれば可能、と聞いたことがある。
「そういえば師匠も、昔よくボス狩りをしていたと聞いたことがあるな」
ふふ、ワシもいつかその領域に辿り着く日がくるか……?
にやり、と笑いながらゾンビたちを引き連れ、再度列車を始めるワシを、遠くから見つめる影がひとつ。
「あのコ……あんな高位の魔導を……」
ゼフ=アインシュタイン
レベル16
「緋」魔導値12 限界値62
「蒼」魔導値11 限界値87
「翠」魔導値13 限界値99
「空」魔導値12 限界値89
「魄」魔導値15 限界値97
「ゼフ君か、才能もあり、それに慢心することなく修行をしている、いいね……でも」
その影はゾンビの群れにブルーゲイルを撃ち込み、薄く笑う。
「この程度で尻尾巻いてるようじゃねぇ?」
勝ち誇る影に、渦巻く激流の中から黒い光弾が放たれる。
光弾が影の横を通り過ぎ遠くで炸裂する。
青い竜巻をかき消し、たなびくマント。かざした手を下し、死者の王がぐぐ…と足に力を込める。
「やばっ……」
水晶の壁を張り、即座に後ろに飛ぶ。死者の王は何もなかったかのように壁を払い、物凄い早さで影を追い、足を掴む……瞬間、その干からびた手は虚しく空を切る。
「はぁーっ……はぁーっ……や、やばかった……」
黒いフードから除く肌に汗が滲む。
影はテレポートでギリギリ離脱できたのであった。
「た……たまにはボスと手合わせしてみるのも悪くないわね。あのコみたいに逃げてばっかじゃ、いざ強敵に出会ったとしても狼狽えるだけ、まだまだ甘ちゃんってところね!」
教会の墓地に影の独り言が響いたが、それを聞くものはゾンビしかいなかった。
ーー数日後
普段は学校に辿り着くなりすぐさま深い眠りにつくワシだが、今日は眠れずにいた。
教室がいつもより騒がしかったとか、そういう理由ではない。
「ーーいる」
学校の、職員室の辺りだろうか。
僅かだが魔力の奔流を感じる。
この田舎で他人の魔力を感じるのは滅多にないのですぐ分かる。
魔導師がこの学校に来ているな、しかも並の使い手ではない。
ヤツもワシに気づいたであろう。
臨時講師だろうか。
別に正体を隠しているワケではない、むしろ絡んでくるならラッキーだ。
才能ある子供の魔導師(ワシの事だぞ)を見つけ
「この子の面倒は全て見るので、都会の魔導師学校に通わせて下さい!」
みたいな展開になれば、ワシの計画は更に早まる。
都会に行けば様々なダンジョン、道具屋、パーティを集める酒場。何より自由な生活が手に入るのだ!
「これは媚を売らねばな……」
くっくっく、と机に突っ伏したまま不気味に笑う。
カラカラと教室のドアが開いた瞬間、背を正し、座り直す。
「あら、ゼフ君が起きてるなんて珍しいわね」
クレア先生の皮肉に誰も笑わない。
みんなワシにビビっているからな。
それに全く気づいていないクレア先生は構わず続ける。
「はーい、今日は皆に転校生を紹介しまーす!」
転校生だと?まさか先刻感じた魔力は……
ふわ……と金髪を揺らしながら少女が教室に入ってくる。
長い金髪を赤いリボンで括り、ひらひらの白い服、膝丈のスカートと一体になったそれは田舎ではあまり見られぬものだ。女子も男子もおお〜っと声を上げる。クレア先生の横に立ち、にっこりと優雅に微笑み口を開く。
「ミリィ=レイアードです。皆さんよろしくお願いします」
丁寧な挨拶。
沸き立つ歓声。
彼女は歓声に手を振り答えながらも確実に、その瞳でワシを捉えていた。
