懐かしく、温かい食事を終えワシは学校に送り出される。
「気をつけて行って来るのよ」
白塗りのまだ新しい家を飛び出し、あぜ道を駆けて行く。野良猫が寝転び、カエルが跳ねる。この景色は何十年も前のものと変わらない。
……いや、何十年前の世界なのだから当然だな。
思考力も10歳前後まで落ちているのかもしれない。
薮を抜け、山を登り、立入禁止の札を蹴飛ばし、目的の場所に辿り着く。
試練の洞窟
ここは魔導師の見習いが修行に使う洞窟だ。
魔導というものは、才能あるごく一部の魔導師の卵のみが通える、都会にしかない専門の学校で勉強する。
そこで基礎を習い、瞑想や精神統一、座禅などで自らに流れる魔力の流れを見出し、実践と試行錯誤の末、ようやく使う事が出来るようになるのだ。
それでも魔導を使えない劣等生はこの試練の洞窟で魔導を使えるよう、魔導の流れを強制的に叩き込まれるのである。
ちなみにワシは普通の修行で覚えたクチだが、試練の洞窟で今まで劣等生だった奴らが簡単に魔導を使えるようになったのを見て、修行とはなんだったのか……と思った記憶がある。
「今回はワシが使わせてもらうがな」
前回魔導を覚えたのは18歳だったか。魔導は強力なので冒険者として登録出来る16歳になるまでは倫理、道徳の関係から教えて貰えない。覚えるまで二年、それでもワシは早かった方だ。
ここで魔導を覚えれば、今10歳なので8年は短縮した事になる。
すばらしいショートカットだ。
やるしかない。
洞窟に足を踏み入れ、辺りを見回す。
暗いが時間が経つに連れ少しづつ目が慣れて来たのでゆっくりと歩いて行く。
魔導劣等生の使う場所だ。大した仕掛けは無いだろうが慎重に進んで行く。
何せ今は10歳の体なのだ。警戒に越した事はない。
と思ったら何もなかった。なんじゃそりゃ。
楽でいいが拍子抜けだ。
奥まで進むと大きな祭壇がある。どうやって使うのだろうか。寝るのか?
コンコン、と祭壇を叩くが反応はなし、とりあえず腰掛けてみる。
すると体を魔力が巡り、今まで使っていた魔導の感覚が蘇ってきた。
どうやら自然界に流れる魔力線を集める為の祭壇のようだ。
体内に魔力線が構築されてゆくのを感じる……
レッドボールを念じると手のひらから赤い魔力の弾が生まれ、ふわふわと浮いている……のだがどんどんと魔力が減ってゆくのを感じる。
魔導は発現の際に最も魔力を使い、発動まで維持、そして対象に向けて行使するわけだが、発現している間は微力とはいえ魔力を使い続ける事になる。
「初等魔導ですらここまで魔力を消耗するのか……今はまだ使い物にならないな……」
レッドボールを解除するとがくり、と力が抜けるのを感じた。ちなみに解除の際も魔力を消費する。
大人にならないと魔導は使わせて貰えないが、子供のうちは魔力が十分でない、という理由もあるのだろう。
とりあえず疲れたので休憩だ。少し遅めの昼食をとり、これからのプランを練る。
ワシは時間遡行の前に魔道を記したスクロール等から、公開されているだけのあらゆる魔導を習得してある。使うだけの魔力が足りないがそれはレベルが上がればなんとかなるだろう。
スカウトスコープを念じる
ゼフ=アインシュタイン
レベル1
「緋」魔導値 1
「蒼」魔導値 1
「翠」魔導値 0
「空」魔導値 0
「魄」魔導値 0
レッドボールを使用した時以上に疲れた。
スカウトスコープはレッドボールに比べ魔力消費が激しい。
魔導値はまだ使っていないのは0なのだな。「緋」と「蒼」は今使ったから1というワケか。
魔導才能値が見えないのはまだスカウトスコープのレベルが低いからだろう。
魔導というものは使えば使う程、その性能は上がってゆく。威力は向上し、燃費も良くなるのだ。
レッドボールはおそらくワシが生涯で一番使った魔導だが、最終的にはそこらの魔導師の中等魔道並の威力であった。
ともあれ、駆け出しレベルの上、まともに魔導を使う事も出来ないが、今のワシはなんとか魔導師といえなくもないだろう。
課題は魔力の増強、レベル向上と言ったところであろうか。
母親に作ってもらった弁当を詰め込み、思考をまとめる。
弁当といえば学校はやめて構わないだろう。魔導師達の講師も一応務めた事がある。学校の先生のプライドをズタズタにしかねない、見事な配慮と感心するがどこもおかしくないな。
魔力も回復し、洞窟から出る頃には日も落ち始めていた。
山の上から学校を見下ろすと、子供達が下校してゆくのが見える。
とりあえず学校へ行き……しまった。担任を憶えてないぞ。何組かも忘れた。
まぁいいや、とりあえず職員室だ。
「家庭の事情で学校をやめようと思います」
色々無理があるが他の方法も思いつかん。
こういうことに頭を使うのは苦手なんだよな。
まぁ直球勝負で構わないだろう。
反対はされるだろうが、魔導を見せればビビって引くに違いない。力づくだ。
あまり好ましい方法とは言えないが、学校などに通っている時間はないのだ。
ガラガラとドアを開けると、黒髪のメガネをかけた女性と目が合う。
彼女は目を潤ませ、ワシに向かって駆けてきた。
「ゼフ君!」
彼女はその長い髪を揺らし、開こうとしたワシの口を、思い切り抱きつき、その体で塞いだ。
「……心配したんだからね……」
「ご、ごめんなさい」
ぎゅう〜っと胸を顔に押し付けられ、よかった、よかった、と泣かれると退学しようと思う。なんて言えるはずもない。
思い出した。
この人はワシの初等学校での担任、名前はクレア先生だったか。
生徒にめちゃくちゃ人気があった先生で、よく男子に告白されていた。
うーむ……そういえば何十年修行にかまけっきりで、こういう事はなかったな……
頬が緩んでしまう。
仕方ないではないか。
時間の無駄ではあるが、暫くはこの学校に通うのも悪くないだろう。
休み時間に魔導の修行をし、授業中に魔力を回復させればいい。
うん、完璧な作戦だ。