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Listening:<子どもと家族の大国>フランスは今 手当と控除で出生率維持

2013年12月10日

フランス北部ランベルサール市の自宅で家族とともに取材に応じるオリビエ・フォシルさん(右端)=宮川裕章撮影
フランス北部ランベルサール市の自宅で家族とともに取材に応じるオリビエ・フォシルさん(右端)=宮川裕章撮影

 子育て支援がようやく大きな政策課題にのぼり始めた日本に対し、フランスでは国が家族への財政支援を積極的に進め、国民も重い負担に耐えてそれを支えている。フランスの子育てや家族のかたちはどうなっているのか。現地から報告する。

 フランス北部、ランベルサール市に住むオリビエ・フォシルさん(56)は、32歳を筆頭に3男5女の子どもを持つ父親だ。2010年に共著「子どもをもう一人」を出版。家事の分担、夏の大型ワゴンでの家族旅行、ショッピングカート3台を満杯にするスーパーでの買い物……。大家族の幸福感を、ユーモアを交えて描いた。

 ●所得税15年間ゼロ

 フォシルさんは長年、銀行に勤めていたが、41歳だった1999年、「もっと稼がなければ」と一念発起、情報システムコンサルタントに転身した。「明日仕事の発注がなくなるかも」と不安を抱いた時もあるが「大勢の家族で過ごす時間の楽しさが不安を上回った」という。

 なぜこれほど安心して子育てできるのか。妻マリーさん(55)がパートタイムで働いてきたこともあるが、それ以上に、国の家族政策の恩恵を受けてきたことが大きい。

 出産医療費は無料。所得税は子どもの数が増えるほど控除額が増えるため、フォシルさん一家は約15年間も課税額がゼロで済んだ。月額1000ユーロ(約14万1000円)を超える家族手当も支給された。

 子どもが公立学校に通えば、学費は大学までほとんどかからない。日本で子ども1人を大学に進学させるまでの教育費は、すべて公立でも約1000万円とされるから、信じがたい措置だ。

 18歳未満の子どもが3人以上いる家庭には「大家族カード」が支給される。子どもが3人の家庭の場合、国鉄の運賃は家族全員が3割引き、6人以上なら75%の割引。社会問題・保健省のホームページには、大家族カードで割引になるスーパーマーケット、ホテル、地方紙、遊園地など96社の協賛企業がずらりと名を連ねている。

 ●企業にも分担金

 フランスは第二次世界大戦(1939〜45年)前から、ドイツへの対抗心などから人口増加策を進めてきた。大家族カードの起源は21(大正10)年に制定された「鉄道割引」。早い段階から家族政策を重視していたことがうかがえる。現在の家族政策の2本柱である家族手当と大家族への所得税控除は、終戦後間もない45〜46年の導入だ。

 「復興を目指すなかで、人口増、出生率向上が国力向上に直結すると考えられたのです」。リヨン第2大学のクリストフ・カピュアノ研究員(仏家族政策史)は語る。

 フランスでも日本と同様、核家族化や女性の社会進出などの影響で、出生率低下に悩まされた時期もある。だが、手厚い家族政策のお陰か、出生率は回復。11年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産むとされる子どもの数)は2・0と、高水準を保っている。

 手厚い家族支援策の背景には、企業を含む国民の重い負担がある。日本の消費税にあたる付加価値税は現行19・6%。企業は従業員の給与の約5%分を全国家族手当金庫に納めている。

 フランスの家族政策予算の対GDP(国内総生産)比は3・8%。日本の1%に比べ格段に高い。富裕層により大きな負担を担わせる「垂直の連帯」とともに、社会全体で大家族を支える「水平の連帯」という理念で成り立っているのが特徴だ。

 しかし、欧州経済危機のあおりを受け、フランスの家族政策予算は現在、20億ユーロ(約2820億円)以上の赤字を計上している。政府は4月、富裕層への家族手当の支給を減額しようとしたが、与野党と全国家族協会連合(UNAF)の猛反発に遭って頓挫した。UNAFのローラン・クレブノ事務局長は「富裕層であっても、大家族の家計負担を減らす水平の連帯は守るべきだ」と主張。政府は6月、富裕層への所得税控除額に上限を設けることを決めた。

 パリ郊外で夫と12人の子どもと暮らすマリエル・ブランシエさん(45)は「子どもの素晴らしさはお金で換算できないけれど、経済状況や政策変更で、子どもを持つことに臆病になる親が出てくるかも」と危惧する。

 家族関係予算を支えるフランス企業の国際競争力の低下も問題となりつつある。フランスも、家族政策の充実には相応の覚悟が必要になっているようだ。

 ●日本、財源やっと

 「(家族政策の)予算と出生率は正の相関関係にあると思う。予算を増やし、フランスを参考に実効性のある制度にしたい」。9月にフランスを訪れ、パリの保育施設などを見学した森雅子少子化担当相は、記者会見でこう語った。

 だが、12年の日本の合計特殊出生率は1・41と前年より上昇したものの、人口を一定に保つための水準(2・08程度)にはほど遠いのが実情だ。

 日本では税と社会保障の一体改革で、15年度に10%となる消費税の増税分から7000億円を子育て支援に充てると決まり、保育や就学前教育などにようやく安定的な財源がついた。今夏の社会保障制度改革国民会議の報告書では、高齢者対策が中心だった社会保障の中に、初めて少子化対策が位置付けられた。フランスに追いつく試みは、緒に就いたばかりだ。【パリ宮川裕章、山崎友記子】=つづく

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 ◇フランスの大家族政策

 家族手当は、20歳未満の2人以上の子どものいる家庭を対象に、子ども2人で月額128.6ユーロ(約1万8000円)、3人で293.3ユーロ(約4万1000円)を支給。4人以降は1人増えるごとに164.7ユーロ(約2万3000円)を加算する。

 所得税控除は、世帯全体の収入額を子どもの数に応じた係数で割り、課税額を計算する。子どもが多いほど負担が減る。

 家族手当などを運営するのは、公共機関の全国家族手当金庫(CNAF)。フランスの社会保障制度を構成する疾病、老齢など4部門のうち、家族部門の政策を実施する。全国102カ所の家族手当金庫(CAF)を統括し、優先政策分野として(1)女性の仕事と出産希望の両立(2)大家族の支援(3)住宅支援(4)片親家庭の支援−−などがある。

 12年のCNAFの収入は537億5400万ユーロ。内訳は、企業などが納める社会保障分担金が64%、賃金労働者などが納める一般社会分担金が18%、税収が15%など。仏経済の悪化で12年は25億ユーロの赤字を計上した。

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