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【放送芸能】

映画館ない国でメガホン サウジ初の長編 監督が来日

 世界最大級の産油国サウジアラビアは「映画館のない国」だ。復古的なイスラム教の教えのためで、女性の一人歩きや車の運転も禁じられ、取り締まりには首相直属の勧善懲悪委員会(俗称・宗教警察)があたっている。そんな国で初めての長編映画「少女は自転車にのって」が、来年の米アカデミー賞外国語映画賞の代表となった。来日したハイファ・アル=マンスール監督(39)に聞いた。 (前田朋子)

 「学校で『音楽を聴くと魂が腐敗する』と教わりました」。監督は少女時代をそう振り返る。サウジでは一九八〇〜九〇年代、保守的な思想の影響で娯楽が規制され、映画館を開くことも禁じられた。今も映画館はないが、家庭でDVDを見ることはできる。

 十二人きょうだいの八番目として生まれた監督。子守りの代わりにレンタル作品をたくさん見せられ、映画づくりを志すようになった。

 大学はエジプトで入り、米外交官と結婚。家族とともにアメリカなどで暮らし、現在は隣国バーレーンに住む。サウジで初めての女性監督としてドキュメンタリーなどの仕事をしてきたが、「政治か経済の文脈でしか語られない国の顔に、人間性を持った表情を載せたかった」と二〇〇五年ごろ、全編サウジロケで今回の作品を企画した。

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 作品はこんな内容だ。十歳のおてんば少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は自転車が欲しくてたまらず、母にねだるが、「女の子が自転車に乗ったら、子どもが産めなくなるわ」と大反対に遭う。厳しい女子校の友達にも眉をひそめられるが、持ち前のバイタリティーで資金を集めようとする−。

 シンプルな筋立て。女性の車の運転が禁止されている様子や、父が第二夫人を迎えるエピソードなどを織り込み、女性の地位の低さが浮き彫りにされる。一方で、コーランをテレビゲームで覚える姿など知られざるサウジ文化も紹介される。

 撮影許可はサウジを支配するサウード家の王子の後押しで下りたが、オーディションの仕組みもなく、主役の少女は口コミで探した。撮影中は男性スタッフと一緒には働けず、車の中から無線で指示を飛ばすこともあった。

 完成した作品は保守派のやり玉に挙がったものの、ベネチア国際映画祭など国外の映画祭で高く評価された。「国の誇り」との思いもツイッターで広まった。国境を越えドバイの映画館にまで足を運ぶ市民もいる。

 作品のヒットで、社会や女性も変わっていくのだろうか?

 「変化を押しつける気はありません。緩やかに社会が変わっていく一つの力になれればいいと思います」

 作品は十四日から東京・岩波ホールで上映される。

◆文化の取り締まり厳格

 イスラム圏で映画といえば、アッバス・キアロスタミ監督で知られるイランが思い浮かぶ。映画大国とまで称される国だ。同じイスラムでも、なぜサウジアラビアは映画館も作れないのか?

 辻上奈美江・東京大特任准教授(中東地域比較ジェンダー論)によると、イスラム教徒の九割が信じるスンニ派の中で特に厳格なワッハーブ派を国教としていることが遠因のようだ。「イスラム学者が発するファトワ(法学的見解)で規制しているのでは」と辻上さん。ちなみにイランはシーア派が多数を占めている。

 サウジでは勧善懲悪委員会が文化を取り締まっているが、「政権より国民の方が保守的」。権限はないが“取り締まりボランティア”も多いという。辻上さんも「祈りの時間にショッピングモールを歩くな」と叱られたことがある。

 だが、米中枢同時テロでイスラム社会が警戒されたことから、宗教的に偏狭だとみられないよう、サウジも徐々に変わりつつある。

 今年は議会に準じた諮問評議会に初の女性評議員三十人が誕生。女性の大学進学者も急増中だ。

 辻上さんは「意識改革は進んでいるが、つい最近も女性評議員による自動車運転禁止の解除要請が却下された。身体の解放とどうリンクしていくかが今後の課題」と話している。

 

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