国民に語りかけて理解を得る狙いがあったのなら、空振りだったと言うしかない。

 安倍首相は国会閉会を受けた記者会見で、特定秘密保護法についてこう言い切った。

 「秘密が際限なく広がる、知る権利が奪われる、通常の生活が脅かされる。そのようなことは断じてあり得ない」

 その理由として首相は、「これまでルールすらなかった特定秘密の取り扱いについて、この法律のもとで透明性が増す」と説明した。

 言葉尻をとらえるつもりはない。だが、ことは国民の権利にかかわる問題だ。首相の説明は根拠の乏しい断定が多く、おいそれとはうなずけない。

 首相らが何度も国会で引き合いに出した政府の「特別管理秘密」は、すでに約42万件が指定され、一定のルールのもとで保護されている。秘密を漏らした公務員には、国家公務員法や自衛隊法などによって罰則が定められている。

 「ルールがない」とは、強弁に過ぎる。しかも、特定秘密法は、秘密を指定する側に一方的に有利な規則でしかない。閣僚らの裁量で幅広く指定できるのに、その検証や解除、公開に向けた手続きは何も決まっていないに等しい。

 恣意(しい)的な指定を防ぐための統一基準づくりはこれからだ。

 参院採決の直前になって「保全監視委員会」などいくつものチェック機関がたたき売りのように出されたが、どんな組織なのか、権限がどうなるのかは整理されていない。

 これでどうして「格段に透明性も責任も明確になる」と言えるのか。一方で首相は、情報公開法や公文書管理法の改正には触れなかった。

 安全保障上の秘密は存在するし、一定の期間、厳重に守るべき場合もある。

 だが首相の説明を聞いてなお、この法のもとで政府が情報独占を強めようとしているのではないか、そして、それは民主主義を危うくするのではないかという疑問や不安は深まる。

 安倍首相の会見で思い出すのは、福島第一原発の汚染水についての発言だ。五輪招致演説で「状況はコントロールされている」「影響は港湾内で完全にブロックされている」と断言し、内外から批判を招いた。

 首相は、トップ自ら歯切れよく説明すれば、納得は得られると思ったのだろう。

 だが、国会であの力ずくの採決を見せつけられた後である。首相の言葉だけで、不信がぬぐえるはずもない。