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今回は長くなりました、申し訳ない
五部
29話
 魔王の城へと続く、人通りの見られない細い道。
 普段は人気も無く、虫の音と鳥の声しか聞こえないそこに――

「「「吊ーるーせ! 吊ーるーせ!!」」」
「やああああめええええてええええええええええ――――っ!!」

 目が血走り、完全に逝っちゃってる様子の女性アクシズ凶徒達と、木に吊るされ泣き叫ぶ、セレナの声が響き渡った。

 道から外れ、一際背の高い木に吊るされたセレナは、顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら泣き叫んでいる。
 既に、そこから落とされたら洒落にならない高さまで吊り上げられたセレナは、恐怖に引きつった顔で必死に訴えてきた。
「ごごご、ごべんなざいっ! 許してくだざいっ! 知らなかったんです! あああ、あの女が、女神だなんて知らなかったんですっ!」
「あ? あの女っつったかお前。偉大なる我らがアクア様を、あの女呼ばわりしやがったのか」
「ヒイッ! ごご、ごめんなざいっ!」
 セレナの発言一つ一つに切れている女性信者。

 背の高い木の枝にロープを渡し、目を血走らせながら嬉々として、綱引きの要領で数人で引くその姿は、もはやどこに出しても恥ずかしくない狂信者だ。
 メイスを取り落とした後、震えながらもなんとか逃げようとしたセレナは、あっさりと捕縛された。
 その後、みの虫のごとくロープでぐるぐる巻にされたセレナは、現在女性信者の手により、処刑されようとしているのだが……。

「え、えっと。悪いが、ちょっとそいつに聞きたい事があるんだよ。これから俺がそいつに尋ねる事はアクアの為にもなる事だから、協力して貰えないかな」
 アクシズ教徒の行動に軽く引きながらも声を掛ける。
 すると、高所にぶら下げられたセレナが体をクネクネさせて訴えかけてきた。

「カズマー! 助っ……! 助けてくれ! 答えてやるから助けてくれっ! あんたとあたしの仲だろ!? 一時は、同じレジーナ教徒だった間柄じゃないか! わがまま言うあんたを贅沢させてやったし、毎日内職して養ってやったろ? 最後はその……、お互い、戦う事になったけど! それでも、同じ屋根の下、長く一緒に寝泊まりした深い仲じゃ……、痛っ! 痛い、止めろ! こらっ、止めろっ! いきなり何すんだ!」

 言葉を遮るように、身動き取れないセレナに突如石を投げつけだしためぐみん。
 石を投げられたセレナの額にコブができ、めぐみんの額にも、同じ様なコブが出来た。
 復讐の女神の呪いは健在の様だ。
 何が琴線に触れたのか知らないが、なおもセレナに石を投げようとするめぐみんを、ダクネスがどうどうと押し留め、俺はめぐみんの額にヒールを掛ける。
 突然怒りだしためぐみんが、俺のヒールを受けて気持よさそうに目を細める中――

 そんな俺達の行動を見て、セレナが思い出した様に言ってきた。

「そ、そうだ! あたしを殺せば、今みたいにレジーナ様の力で、お前達も死ぬ事になるぞ! レジーナ様は復讐の女神。あたしにやった事は、全てそのまま返ってくる! とっとと開放しろ! こんな高さから落ちたら当然死ぬ! あたしを縛り上げて吊るした連中は、命を落とすと思えよ!」

 少しだけ勝ち誇った様なセレナに対し、アクシズ教徒達は眉一つ動かす事無く、全く動じず、首を傾げながら言ってのけた。

「「「それが何か?」」」

 常軌を逸した発言に、セレナはおろか、俺達三人も絶句する。
 何を言われたのか分からないと言った表情のセレナに、一人の女性信者がにこやかに言った。

「なにか、勘違いをなさってますね。私達はアクシズ教徒。そう、アクシズ教徒なんです。私達アクシズ教徒は、死んだ暁にはアクア様の元へと送られます。そう、私達の敬愛するアクア様の元に! そして、そして……! 私達は死後、アクア様の管理している世界に転生する事になるのです! そう、ニホンと言う名の楽園に!」
「えっ」

 この信者、今なんつった。
 なんで日本が出て来るんだ。
 呆然としているセレナに、他の信者を代表するかのようにゼスタが口を開いた。

「ニホン。そこは、アクア様いわく楽園の様な世界。そこでは、私の様な両刀も恥じること無く生きていく事ができ……。それどころか! 私の様な趣味の者に合わせた、特殊な本が溢れていると聞きます! そう、異端や変態扱いされる我々が、堂々と生きていける世界なのです!」

 おい止めろ。

「ぼ、僕みたいな……! 僕みたいな、心は女の子で、体は男の子な人でも、そこに行けば需要があるって言うんです! なんでも、男の娘って言うんだそうで……!」

 止めろ、マジ止めろ。

「そこは、飢えも無ければ治安も良く、夜な夜なモンスターに怯える事も無い世界だそうです。そして……! ダンディーなおじ様が組んずほぐれつする様な描写がなされた本が、一つのジャンルを確立しているそうで……! しかも、しかも……っ! しょた、とか言う、小さな男の子を取り扱ったいけない系統の本なんかも堂々と売られているそうで……! 私……、私……っ! アクシズ教徒で良かった! 生きていて良かった……っ!」
 頬を火照らせて、瞳を潤ませ叫ぶお姉さん。

 ああ、そうか。
 この連中は、もう手遅れな人達なのだ。

 涙を浮かべてセレナが言った。
「きょ……、狂信者……!」

 激しく同意。


「……さて」

 その何気ないゼスタの一言に、セレナが高所でビクリと震える。
 そんなセレナを見ながら、にこやかに。
「それでは、カズマ殿の質問とやらに答えて頂きましょうか」
 その言葉に、セレナが俺とゼスタの顔を青ざめながら交互に見る。
 そんなセレナに……。

「じゃあ、魔王軍の事に付いて、詳しく話して貰おうか。どんな幹部がいるのか。何が弱点なのか。後、魔王自身の事についてもな」








「今日の日付から言って、幹部の一人の魔王の娘は、既に軍を率いて城を出ているだろう。つまり、城にいる幹部は一人だな。魔王軍きっての大魔法使いで、城の結界の根本的な部分を維持したり、あと、占いなんかもやっている奴だ。そいつの占いで、アクセルの街に強い光が現れたと出て、ベルディアの奴がお前らの街に派遣されたんだよ」

 木から降ろされたセレナが、未だ縛られた状態のままで淡々と話す。

 魔法使いタイプか。
 そう言えば、今まで戦った相手の中にはその手のタイプはいなかったな。

「そいつはどんな戦い方をするんだ? 後、弱点とかはないのか?」
「……遠距離から、強力な上級魔法で敵を一掃するタイプだな。そして、弱点は無い。こいつは、魔王城の中に魔界から、直接魔力を引き込む魔法陣を設置していてな。おかげで、魔王城から遠く離れられない代わりに、城の近辺では絶大な力を振るう事が出来る。絶えず濃い魔力が供給され続けるおかげで、受けた傷も即座に回復するし、自身に強力な結界を絶えず張り巡らせているおかげで、並の攻撃はまず通じない」

 嫌な敵だなあ……。

「そんな奴、どうやって倒すんだよ。そいつをやり過ごす事って出来たりしないか?」
 俺の疑問に、セレナは縛られたまま器用に肩を竦めると。

「倒すのは無理だろうな。余程の火力じゃないとあいつの結界に遮られるし、たとえ傷を与えても、回復力に追い付かない。紅魔族の連中が総掛かりで魔法を撃ちまくって、それでようやく押し切れるとか、そんなレベルじゃないか? やり過ごすのは、まあ……。城の門番みたいな事も兼任している奴だからな。こっそりと城の結界に穴での開けられるのなら、盗賊の潜伏スキルと姿隠しの魔法を併用すれば、なんとかなるんじゃないか?」
 どうでもいい、とでも言いたげな態度で、あっさりと言った。

 潜伏スキルはともかく、姿隠しの魔法か。
 光を屈折させる上級魔法は、今の俺には使えない。

「まあ、ある意味魔王よりも厄介な奴かも知れないな。あたしが知る限り、この世で最強の魔法使いだ」

 最強の魔法使い……。つまり、あのウィズよりも、って事か?
 最強の名を耳にして、めぐみんが隣でピクリと動く。

 まあ、そいつの対策は旅の途中で考えるとしようか。
 それよりも――
「じゃあ、肝心の魔王について……」
「断る」

 セレナがキッパリと拒絶した。

 ……俺が呆気に取られていると、
「どうせ、この後あたしは処刑でもされるんだろ? だったら、あたしに言えるのはここまでだな。……それとも、取引でもするか? 条件は、このあたしを逃がす事。それと引き換えに、魔王の情報を教えてやるよ」
 そう言って、セレナは不敵な笑みを浮かべた。
 こいつ……!
「お前、そんな事言える状況だとでも思ってんのか? よく考えろよ? 俺の後ろには、狂信者の皆さんが今か今かと待機してるんだからな? お前の口を割らせる手なんて……」
「やってみな。……あたしには、拷問の類は効かないよ。なぜなら、拷問を行えばあんたにそのまま返ってくるから。さあ、殺すなら殺せよ! その代わり、あんたが欲しがっている情報は闇の中だがな!」
 セレナは吐き捨てる様に言うと、笑みを浮かべた。

 ――強がってはいるが、体が微かに震えている。
 こいつも、なんとか生き延びようと必死なのだろう。
 こちらとなんとか取引をしようと言う腹な訳だ。

「私に任せて貰おうか」

 そんなセレナの前に、ダクネスがズイと出た。
 ダクネスはほんのりと頬を染め、その両手をワキワキとさせている。

 こ、こいつ……。
「私の強固な意志は、痛みなんかに負けたりしない! ……よし、今からフルコースを味合わせてやる。どちらが先に音を上げるか勝負だ! 熱いのがいいかなあ……、いや、最初は……」
「お、おい止めろ変態! あっ、コラッ! 靴を脱がせて何のつもり……。……おい。お、おいっ! あたしの小指に何する気だよ、そのレンガみたいな物はどこから出したんだよ、止めろよ、レンガの角で何する気だよ!」
 迫るダクネスに怯えるセレナ。
 そんな二人の様子を黙って見ていたゼスタが、唐突に奇声を上げた。

「天啓が下ったあああああああーっ!!」
「「「ッ!?」」」

 突然のゼスタの叫びに、居合わせた者がビクッと震える。
 そんな俺達の様子など気にも止めず、ゼスタが目を見開き、震えていた。
 ……なんだろう。
 天啓って、なんだろう。
 様子がおかしい。

「私は……。私は、とんでもない事に気付いてしまった。これはアクア様からの天啓に違いない……」
「ゼスタ様、どうされましたか?」
「ゼスタ様、一体何が!?」

 他のアクシズ教徒が騒ぐ中、ゼスタがセレナを真っ直ぐ見つめ。

「レジーナ教徒のお嬢さん。あなたに対して危害を加えると、それは危害を与えた者にそっくりそのまま返ってくる。……これで、間違いないですね?」
「えっ……。あ、ああ……。間違いない……。……です…………」
 目の座っているゼスタに怯えながら、セレナがおずおずと小さな声で答えた。

 それを聞き、ゼスタが両手で自らの頭を抱え、膝をつく。

「ああああ、なんて事だ! つまりは、男であるこの私が! このレジーナ教徒の純潔を散らした時……! その時私は、男でありながら破瓜の痛みを知る事になる……! これは、処女受胎にも匹敵する神の奇跡ではないだろうか……!」
「何を言ってるのか分からねえよ! 分からねえ! 分かりたくもねえよ!」
 俺もこのおっさんが何を言っているのかが分からない。
「ゼスタ様、ぼ、僕に! どうかこの僕に、その機会を譲ってください! 本当の意味での女の子の気持ちを味わいたいんです!」
「ズルいズルい! いつもゼスタ様ばかりズルいですよ!」
「おい、俺も俺も! こんなに珍しくも貴重な体験は一生出来ないぞ!」
 ゼスタの言葉に触発され、ゴスロリを着た少年を始め、他の信者達がワラワラと群がってくる。
「ヒイッ! 止めろ! 止め……! お、おか……、侵されるー! カズマ、カズマー! あたしが悪かったから! 全部話すから止めて! 止めてぇっ!」








「『パワード』! 『スピードゲイン』! 『プロテクション』! ……さあ、あのレジーナ教徒の純潔は、この私が頂いた! 今の私に勝てるというならば、どこからでも掛かってきなさい!」
「汚ねえ! ゼスタ様、ここでアクア様のお力を借りての支援魔法は汚いですよ!」
「卑怯者! 卑怯者!! プリーストの立場を使っての職権乱用だ!」

 セレナを巡って大人気ない喧嘩を始めたアクシズ教徒達。
 そんな彼らは放っておき、俺は、怯えるセレナの前に屈みこんだ。

「おいセレナ。俺に一つだけ、お前が助けて貰えそうな案がある。素直に魔王の事を話せ。そうしたら、お前が助かる様に協力してやるよ」
「ほほほ、本当か!? 本当に、あの狂人達から助けてくれるんだな? 信じるぞ? 信じるからな!?」
 セレナはよほど怖かったのか、縛られたまま訴えかけるような目で見上げてくる。
 それに無言で頷くと、セレナはポツポツと話しだした。

「……魔王の奴は……。戦闘力自体は、歳のせいでそれ程無茶苦茶に強いって訳でもない。……が、あいつの一族が持つ特殊能力が強力でな。あいつは、そのおかげで魔王をやっていると言ってもいい」

「……特殊能力?」

 俺の言葉にセレナが頷き。
「そう、特殊能力だ。お前みたいな変わった名前をした連中みたいに、魔王の奴は、変わった能力を持ってるんだよ。……それは、一緒に居るモンスターの力を増幅させる能力。魔王の側にいれば、貧弱なゴブリンでも中堅どころの冒険者グループと一端に渡り合える様になる」
「なにそのチート」

 ゴブリンですらがそれだけの強化をされるとなれば、魔王の側近みたいな連中は一体どれほど強化されるのか。
 そんな俺の考えを読み取ったのか、セレナが苦笑しながら言ってきた。

「……魔王を倒そうなんて事は考えない方がいいぞ。あいつを倒したけりゃ、それこそ、配下が居ない時を狙って暗殺でも考えた方がいい。……これでも、その特殊能力は魔王から娘の方にかなり受け継がれちまったんだ。魔王じゃなく娘の方が、魔王軍の大半を率いて王都に攻め入っているのもそういう理由だ。今の魔王じゃ、大軍を率いてもそれらに力を及ぼす事は出来ない。……だが、魔王の部屋の中にいるモンスターには力を及ぼす事は出来るだろうな。魔王がそこに健在な限り、魔王の側の親衛隊連中は、その一人一人が幹部クラスの力を持っていると思っておいた方がいい」

 詰んだ。



 これは、楽に行けそうならついでに魔王を倒すって考えは、諦めた方がいいな。
 となると、アクアを回収したのち、やる気になっているめぐみんその他の連中の説得にあたり、そのまま俺とゆんゆんのテレポートで脱出。
 ……うん、これが一番現実的じゃないだろうか。
 そうだな。そうしよう。
 今の話をアクアやミツルギ達にも説明すれば、皆納得してくれるだろう。

「……おい。これでいいか? 他には、魔王について知ってる事なんてあんまり無いぞ? 歳をとってから出来た娘をめちゃくちゃに可愛がっているとか、アレで何かと人材管理に苦労しているだとか、そんな事ぐらいなんだけど」
「ああ、いや、もういいよ。向こうもそろそろ決着がつきそうだしな」

 言いながら、俺はある方向に視線を向ける。
「はっはっはっ! 偉大なるアクア様、我が活躍をご照覧あれ! 今、邪悪な背教者どもを片付けますぞ!」
「このおっさん、自分の所の信者を背教者扱いしやがった!」
「ちょっとばかり魔法が使えるからって調子に乗りやがって! 俺達にだって、アクア様の加護がある! やっちまえ! やっちまえっ!!」

 たった一人ながら他を圧倒していたゼスタが、素手で遠慮無く信者達を叩き伏せ始めた。
 人格は崩壊しているが、仮にも最高責任者。
 あのおっさん、支援魔法付きなら、素手でオーガーとも渡り合えるんじゃなかろうか。
 やがてゼスタが、いい汗をかいたとばかりに、顔をタオルで拭いながらやって来る。
「どうですか? もう用件は済みましたか? そろそろ、そこの背教者をこちらに引き渡して頂きたいのですが」
「ヒッ!」
 ゼスタの言葉にセレナが震え、更には女性信者達がセレナの傍にじっと佇む。
 ゼスタよりも、女性信者達の目が怖い。
 というか、今にも殺る気満々だ。
「カズマ……。かかか、カズマ……!」
 縋るような目でこちらを見上げてくるセレナ。
 先ほど俺が言っていた、セレナを助ける考えがあると言う言葉に期待しているのだろう。

 俺は、そんなセレナの前に一枚の紙を突き出した。
 それは、アクシズ教徒から借りたあの馬車内に置かれていた、アクシズ教団への入信書。

 つまり……。

「汝、自らの行いを悔い改め、今までの信仰は全て捨て去り……。アクアを崇め、敬い、奉り。敬虔なアクシズ教徒になる気はありますか?」

 セレナは、いよいよ泣きそうな顔で、呟いた。

「マ、マジで……?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ほらっ、下っ端! いつまでもメソメソしてないで、とっとと行くぞ!」
「は、はいっ! すいません先輩!」
「おい、先輩って響き良いな……! 俺も先輩って呼んでくれ!」
「ヒイッ! ……な、なんでしょうか、せ、先輩……っ!」
「おいこら下っ端、チヤホヤされて調子に乗ってんじゃないわよ。取り敢えず、ここにいる全員分のネロイド買ってこい。私は、冬期限定の地獄極楽甘辛ネロイドな」
「せ、先輩……、今、夏なんですけど……」
「なんか言った?」
「言ってません! か、買ってきます! 色んな街を巡ってなんとか買ってきますから!」

 俺は、泣き笑いの様な笑顔を見せて、口元をヒクヒクさせているセレナを見つめ。

「一件落着」
「ど、どこがだっ!」

 何気なく呟いた俺に、セレナが怒鳴りつけてきた。
 これから、アルカンレティアの教会にセレナを連行し、今までにやって来た行いを懺悔させ、それに応じた罰を与えるとの事。
 同時に、過去の罪に応じた年月分を、これからアクシズ教団の下っ端としてこき使われる事になるそうだ。

 セレナが、過去に俺以外の人間を殺していない事を祈ろうと思う。

「さて。では、そろそろ行きますか」

 俺に、そんな出発の声を掛けてきたのは――

「ダクネス、もうちょっとそっちに詰めてください。ダクネスはあちこち出っ張っていて場所を取るんです。もっと色々、コンパクトにならないものなんですか?」
「わ、私だって好きでこんなに成長した訳では……。と言うか、めぐみんが色々とコンパクト過ぎ……痛い! あっあっ、めぐみん、髪を引っ張るのは……っ!」

「はっはっはっ! いやいや、貧乳もムチプリも等しく需要がございます。喧嘩はいけませんよ喧嘩は。どうしても決着を付けたいのなら、優劣を私が決めてさし上げても良いのですが。その気があるのなら、お二方とも、私にペロンとその胸を見せてご覧なさい」
「おいおっさん、俺の仲間にセクハラすんな。それは俺だけの特権だからな。馬車が走ってる間に突き落とすぞ」

「バカな事ばかり言っていると、二人共御者台から突き落とすぞ。……なあめぐみん、本当にこの男を連れて行って大丈夫なのか? この馬を操るのは、何もこの男でなくとも良いのだろう? 他のアクシズ教徒にしないか?」

 ダクネスが、不安そうな面持ちで御者台に座るゼスタを見た。
 アクシズ教徒の言う事しか聞いてくれないというこの馬を、ゼスタに操って貰う事になったのだが――

「何を言うのですか。こう見えて私は、アクシズ教団の中でも随一の強さを誇る男。道中の安全はこの私が保証しましょう。無事、アクア様の元まで送り届けて見せましょう」
 随一と言う言葉にめぐみんが微妙な表情を見せる中、ゼスタは、手綱を握りしめながらにこやかに言ってきた。

 ちなみに、この馬車の荷台は二人乗り。
 なので、狭い御者台に、俺とゼスタが二人で収まる事に。

「ああ、背中に若い男の温もりを感じます。何というご褒美! アクア様、感謝します!」
「頼むから黙っててくれ! なあめぐみん、ダクネス。本当に場所変わってくれないのか?」
「い、嫌ですよ、なんだかセクハラされそうですし」
「お、同じく。カズマにセクハラされるのは慣れているが、その男にセクハラされるのはちょっと……」

 俺の頼みもあっさりと二人に断わられる。
「では、よろしいでしょうか。出発しますよ? ……教団の皆よ、後の事は頼みましたよ!」
「かしこまりました。無事アクア様の力に成れる事をお祈りしております」
 ゼスタの出発の合図に、女性信者が微笑んだ。

「じゃあなセレナ、敬虔なアクシズ教徒に染まるんだぞ」
「うっせえ、とっとと失せろ疫病神が!」
 セレナの涙声を背に受けながら、ゼスタの操る馬車が魔王城へ向けて駈け出した。








 どれ位の距離を駆けたのだろうか。
「おいおっさん。さっきから息が荒いのが凄く気になるんだけど」
「お気になさらず。単なる生理現象ですので」
「気にするよ! お前、本当に何でも有りなのかよ! ……おい待て、ありゃなんだ?」

 俺は、はあはあ言い出したゼスタに引いていると、ふと、馬車の前方に黒い影を見つけ出した。
 その影を、千里眼スキルでよく見ると……。

「……ゲッ、マンティコアがいるぞ。おいおっさん、迂回しようぜ。ここに来る途中に脇道があっただろ。あっちから回り込もう」

 前方に佇んでいるのは、俺達が苦戦してようやく倒したマンティコア。
 そいつが、遠目にこちらをジッと見ていた。
 これは、今更逃げても遅いか……?
「いえ、このまま真っ直ぐ参りましょう」
 ゼスタが、平然とそんな事を言ってくる。
「正気か? あいつ、すげー強かったぞ。おっさんがどの位強いのかは知らないけれど……」

 俺が不安を込めて訴える中、ゼスタは速度を落とすどころかむしろ早め、急速にマンティコアに向けて接近した。
 やがて、マンティコアの表情がスキルを使わずとも目視出来るほどまでの距離に近付く。
 そして、ゼスタとマンティコアの視線が一瞬だけ交差した。

「…………じゅるっ」
「ッッッッ!」

 視線を合わせた瞬間に涎を飲み込んだゼスタを見て、マンティコアはその顔を思い切り引きつらせて飛び立った。
「ああっ! また逃げられた!」
「いつも逃げられてんのかよ! どんだけ嫌われてんだよお前らは! ていうかおっさん、穴があれば本当に何でもいいのかよ!」
 どん引いている俺の言葉に、ゼスタがしょんぼりと肩を落とし、呟いた。
「……まあ、この様な感じで……。道中の安全は、この私が保証しますよ…………」

 頼もしいやら不安になるやら。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 順調だった。
 本当に、今までの俺達の苦労はなんだったんだと言うぐらいに順調だった。
 道中、小さな村に立ち寄る度に、ゼスタが俺と一緒に風呂に入りたがったり、同じ部屋で寝たがったり、軽快なセクハラトークを俺達三人に放ってくる以外には、大きな問題はなく旅は進む。

 ――道中、ハーピーやワーウルフ、果てはラミアやケンタウロスに到るまで。
 出会うモンスターに、一々我を失って追い掛け、それらを全て追い散らすというゼスタの行動にようやく慣れ、アクシズ教徒こそ、滅ぼすべき真の敵かも知れないと感じてきた頃――


 俺達は、とある小さな村に到着した。

 そこは魔王軍との前線基地の役割も果たしているのか、砦の様な設計がなされた村。
 そこの住人達は各々が武装し、最前線ならではのピリピリとした気配を――

「……なんでしょうかこの村は。なんだか、ほんわかしたムードなのですが。緊張感が欠片もありませんよ?」

 ピリピリした気配を、全く醸し出してはいなかった。

「どうしたんだろうな。もっとピリピリしていてもいいはずなのに。ていうか、こんな小さな村、いつ襲われてもおかしくないだろうに」
 その時。
 誰かの笑い合う声と共に、俺達の疑問に応えるかの様な会話が聞こえてきた。

「いやあ、あのプリーストさんは何ていうか、まるで女神みたいな人だったな!」
「全くだ、まさか、身を投げ出してこの村唯一の水源を浄化してくれるだなんて……! 今時、珍しく出来た人だ!」

 …………おい待て。

「ちょ、ちょっとすいません、今なんて言いました?」
 俺は、その会話の主、村の入り口近くで立ち話をしていた二人組の見張りの人に、慌てて声を掛けた。

 その見張りは、突然話し掛けてきた俺に訝しげな視線を送るも、俺達の冒険者風の格好を見て、安心したような顔を見せる。
「いやね、この村の貯水池が汚染され、ブルータルアリゲーターが住み着いていたんだよ。それを、通りすがりのえらく綺麗なプリーストが、凶暴なアリゲーターの前にその身を挺して、池の浄化をしてくれたんだ」
 えらく綺麗なプリーストが、その身を挺して……?

「なんだ、人違いか」
「ですね。そんな立派なプリーストには心当たりはないです」
「うむ、違うな。間違いない」
「わ、我らが神に無礼を働くと、代わりに天罰を食らわせますよ?」

 即座に否定した俺達に、ゼスタが汗を垂らして突っ込んでくる。
 このおっさんのこんな顔が見られるのは珍しい。
 と、もう一人の見張りが。

「青い髪をしたアクシズ教徒のプリースト様でな。まるで、転げ落ちる様に自ら池に飛び込むと、何事かを叫びながら、みるみる内に池の浄化を……」
「アクアだな。落ちたんだな」
「アクアですね」
「うむ、アクアだな。間違いない」
「あなた方は…………。いえ、もう何も言いません……」

 微妙な表情を浮かべるゼスタの視線を浴びながら、俺は、池に転がり落ちたと言うそのバカの行方を尋ねる。

「ああ、そのプリーストか? その人なら……。危ないから止めておけって忠告も聞かず……。数人の仲間と一緒に、魔王の城の方面へと向かっていったよ。つい、数時間前の事だな」

「「「数時間前……!」」」

 追い付いた!
 ていうか、数時間前?
 もうちょいだ、もうちょいじゃないか!
 こみ上げてくる喜びを隠しもせず、俺は嬉々としてめぐみんとダクネスの顔を……!

「…………な、なんだよ。何をニヤニヤしてんだよ二人共」
「いいえ? なんだか嬉しそうだと思っただけですよ。ここの所、カズマの突っ込みや悪態にもキレがありませんでしたが、それがようやくいつも通りになるのかな、と思いまして」
「ふふ、よせめぐみん。素直じゃないこの男の事だ、そんな事を言うとまたヘソを曲げてしまうぞ?」

 この野郎。

 この場で二人のパンツを剥いで、ゼスタにここまで送ってくれたお礼としてくれてやろうかと一瞬悩むが、今はそんな事をしている暇は無い。
 せっかくアクアの背中が見えてきたのだ。

「よし、めぐみんはアクセルに帰ったらマメにちょこちょこ触って、不死王の手の魔法封じの効果で3日ぐらい魔法を使えなくしてやる。ダクネスは、鎧の手入れに使っている油を定期的に天ぷら油に取り替えてやるからな。よし、それじゃ、急いで追うぞ!」
「カカカ、カズマ!? 冗談ですよね? いきなりそんな、えげつないキレを取り戻さなくても良いんですよ!?」
「あ、ああ、そうだ! そんな笑えない冗談は……! カズマ、冗談だよな? じょ、冗談だと言ってくれ、この鎧には名前まで付けて大事にしてるんだぞ? や、やらないよな? な!?」








 ゼスタが鞭を振るって、ほとんど暴走と言っていいぐらいの速度で馬車を走らせる。

 先ほど後にした村から、魔王の城はかなり近い場所にあるとの事。
 そんな近場に村があって、よく滅ぼされないなと思ったが、それにも色々と訳があるらしい。

 魔王の配下には、食べ物ではなく、人の精気等を糧にする者もいる。
 あの村は、それらのモンスターの餌場でもあるのだそうだ。
 命を取られるまでに精気を吸われる訳ではないため、村の人達はそれらの行為を黙認しているらしい。

 あの村の存在する目的は、魔王軍との繋がりを作るため。
 意外な事だが、魔王軍の中にも対話を望んでくる者もいるのだそうだ。
 元居た世界でも、戦争している国同士でも、いざという時には対話が出来る様な、外交のパイプを作っておくものらしい。

 血で血を洗う、凄惨な殺し合いでもしているのかと思えば、イザと言う時にこんな繋がりも作っておく。
 唯の無法者の集団という訳でもないのか、魔王軍の連中は?

 ――一体どれ程駆けたのだろう。
 俺がそんな事を考えていると、唐突に馬車が速度を緩め始めた。

「……? どうした?」
「参りましたね。馬が怯えております。どうやら、魔王の城が近い様ですね」
 ゼスタの言葉に馬を見れば、やがて脚を止めた二頭の馬は、何かを恐れる様にそこから前に進まない。

 参ったな。

 アクア達も馬車か何かで来ていると思うんだが、徒歩じゃ追いつけるはずも――

 ……と、めぐみんがくいくいと袖を引いた。
 めぐみんは、無言である方向を指でさす。

「……あいつらの馬車か?」

 そこには、アクア達が放置したのか、それとも他の誰かが放置したのか。
 馬が開放された、馬車の荷台の部分だけが、そこにポツンと取り残されていた。

 これがアクア達の物なのならば、帰りはゆんゆんのテレポートで帰るつもりで馬を逃してやったのだろう。
 となると――

「近くに居るな。よし、俺達も徒歩で追うぞ。きっとアクアの事だ、城を前にすれば怖気づいて何だかんだとモタモタしてる。……おっさん、助かったよ。ここまでで良い。後は大丈夫だから、引き返してくれ」
「む? 私が一緒に居た方が何かと助かると思いますよ? と言うか、魔王の本拠地に乗り込むだなんて楽しそうな事に混ざれないと言うのは、いささか寂しいのですが」

 まあ、色んな意味で頼もしいのは間違いないのだが。

「俺達なら、いざって時にはテレポートで逃げられるからな。ゆんゆんと合流したとして、向こうのパーティが五人組。こっちが三人だと、ちょうどテレポート二回で逃げられる。俺とゆんゆんが同時に使えばすぐ離脱できる訳だ。……いざって時にはおっさんを置いて行ってもいいって言うのなら……」
「アルカンレティアにて、良い報告をお待ちしております! それでは、私はこれで!」

 そそくさと馬首を返したゼスタに、苦笑しながら馬車を降りる。
 荷台に積んであった荷物を背負うと、全員が降りたのを確認して手を振った。

「じゃあなおっさん、セクハラはほどほどにな」
「私の存在意義が八割方無くなってしまいますよ。……皆様、ちょっとお待ちを」

 ゼスタは、御者台の上から俺達に向けて手をかざし。

「『スピードゲイン』! 『パワード』! ……そして、『ブレッシング』!」

 ゼスタが、俺達に支援魔法を掛けていく。
 速度増加に筋力増加。
 最後の、祝福の魔法はおまけだろうか。

「それでは! 皆様、ご武運をお祈りしております。どうか、アクア様のご加護が有りますよう!」
 言って、ゼスタは馬を走らせていった。
 加護って言っても、今から、そのアクアを連れ戻しに行くんだけどな。
 どこか憎めないおっさんだと、手を振って見送っていると。

「……!? 荷物を確認したら、下着が一枚無くなってます!」
「えっ!? ……ああっ、私もだ!」

 アクアを追い掛けるのに荷物を軽くしようと、中身を漁っていためぐみん達がそんな事を言い出した。

 …………やっぱり、アクシズ教徒こそ殲滅するべきだと思う。


 支援魔法の効果か、普段よりも体が軽い。
 俺は大きな荷物を背負い、軽快にアクア達を追う中で、モンスターに出くわした。

 死体となったモンスターに、だが。

 上り坂になっている道を、モンスターの死体が点々と転がっている。
 おそらく強烈な魔剣の一撃を食らったのだろう。
 首を跳ねられたものや胴体を真っ二つにされたものなどが……。

「……ん、まだ死体は柔らかいぞ。そう遠くない場所にアクア達がいるな」

 モンスターの死体に手を当てて、ダクネスが小さく呟く。
 それを聞いためぐみんが、逸る様に早足になり、ダクネスがそれに続いて小走りになる中で――

「待ってくれー! 荷物が、荷物が重いんだよ……! 置いてかないでくれ!」

「仲間との感動の再開みたいな時なのに、なぜこの男は締まりがないのでしょうか! その大量の荷物は捨てていけばいいじゃないですか!」
「これを捨てるなんてとんでもない!」
「ええい、貸せっ! 私がそれを背負ってやる! 全く、たまに格好良い所を見せるかと思えば、こうして情けない所も……、重っ!? なんだこれは、体を鍛える健康器具でも入れているのか!? 旅をするなら荷物は軽くしろ! 何が入っているんだ!」

 ダクネスが文句を言いながらも俺の荷物を背負ってくれた。
 情けない話だが、基本ステータスの差ってやつだ。
 こればっかりは仕方がない。

 と……。

「……ま、禍々しいな…………」
「…………あ、ああ…………」
 上り坂を登った先。
 俺の呟きに、ダクネスが小さく同意した。

 そこには、誰がどう見てもボスの城、と言わんばかりの、漆黒の巨城が俺達の眼下に広がって――

「か、かっこいい……!」

 めぐみんが、杖を両手で抱きしめて、小さく震えて呟いた。
 紅魔族の感性には、俺はもう――








 ――唐突に、俺は思考を遮られる。







 ――居た。







 眼下に見える魔王の城。
 そのすぐ傍に、見慣れた青髪が遠くから確認できる。

「み、見つけたーっ!」

「「!?」」
 突如叫んだ俺の声に、二人は驚き、そしてすぐ様、俺がなにを見つけたのかに気付いた様だ。
 二人は俺の見る方向に目を凝らすが、遠視のスキルを使用している俺とは違い、確認できないらしい。
 アクアは、ミツルギ達を引き連れて魔王の城に近寄り、オロオロしながらも何かを探るように手を突き出していた。

「アクアー! おーい! おーいっ!! おいこら、アクアー! ……ああ、くそっ!」

 俺は小さく舌打ちし、背中から弓を取り出すと、狙撃スキルで――

「待て待て待て、おいカズマ、何をする気だ!」
「近くに矢を放つつもりなのだとは思いますが、一歩間違えるとアクアの頭にすこんと当たりますよ! カズマの運の良さは知っていますが、アクアの運の悪さも知ってますから!」

 くっ、めぐみんにそう言われると、俺もそんな気がしてきた。
 と、俺がまごまごしている間に、アクアのかざしていた手が光り――!

「げっ! あいつ、中に入りやがった!」

 遠く見つめる俺の前で、アクアは結界に小さな穴を開け、そこからするりと、結界の中へと入ってしまう。
 それに続き、ミツルギ達もすかさず中へ。
 それに合わせるように、結界に開けられた小さな穴は、あっという間に塞がってしまった。

 不味い、不味いぞ!

 結界の外から声は届くのか知らないが、これから走って行って間に合うのか。
 と言うか、魔王の城に見張りもいないってのはどうなってんだ!
 見張りでもいれば、そいつらとミツルギ達が戦闘になっている間に近付けるのに!

 ――アレか、それ程までにこの結界に自信があるのか、魔王軍は。

 俺の隣で、ダクネスがへたり込む様に膝を付く。
「……なんて事だ、ここまで来て間に合わなかったのか……?」

 杖をキツく握りしめながら、めぐみんがオロオロし。
「どどど、どうしましょうか! こんな事なら、一か八かでカズマに狙撃させるべきでしたか!?」
 そんな物騒な事を言う中で、突然アクア達の姿が掻き消えた。

 ヤバイ、いよいよヤバイ。

 ゆんゆんが、光の屈折魔法を使った様だ。
 これでは、いよいよあいつらを引き止める事が難しく――

「……うう――っ……!」

 めぐみんが、突然悔しそうに歯を食い縛った。
 見れば、目に涙を溜めて震えている。

「お、おい。どうした? 諦めんな、魔王の城に乗り込んで行っただけで、まだアクアは死んだ訳じゃないんだぞ? 勝手に悲しんでると、あいつ泣くぞ?」
 めぐみんに冗談めかして言ってみるが、めぐみんはなおも歯を食い縛り。
「……私が、上級魔法を覚えていたなら。……私が、補欠なんかではなく、一人前の紅魔族だったなら……、きっと、アクアの後を追えたんです」

「……? な、なんで? 結界を破壊する魔法でもあるのか?」

 俺の言葉にめぐみんは、小さく首を振ると。
「紅魔族が好んで使う、ライト・オブ・セイバーと言う魔法。あれは、術者の力量によってはどんな物でも斬り裂ける魔法なんです。もし、私がアレを覚えていたなら。もし、私が、もう少し折れていたなら……。本来、こういった結界破りなんて仕事は魔法使いの役目なんです。……なのに私は、魔法使いらしい仕事をした事がありません」

 悲しそうにそんな事を言うめぐみんに、ダクネスがバッと立ち上がった。

「そんな事を言うなめぐみん! それを言うなら、私だって! プリースト程では無いにしても、本来、神に仕える聖騎士、クルセイダーは、簡単なプリーストの魔法が使える。つまり、アクア程では無いにしても、私だって結界破りができたかも知れないのだ。バカなスキル振りをしているのは私だって同じだ、自分を攻めるな」

 言って、ダクネスは寂しそうにめぐみんの頭に手を置いた。
 こいつらは、何を格好いいドラマをやっているのか。

 全く。
 どいつもこいつも、全く。

「おいめぐみん。城を囲っているあの結界。アレを、爆裂魔法でぶっ飛ばす事は出来ないのか?」
「……無理です。爆裂魔法は究極の攻撃魔法。たとえ相手が何者でも、たとえ肉体が無い、精神体みたいな相手ですらも。どんな敵にもダメージを与えられる、純粋な魔力爆発を起こす爆裂魔法は、あの結界にだってヒビを入れる事は出来るでしょう。ですが…………」

 めぐみんが、ボソリと言った。

 火力が足りないのです、と悔しげに。

 そんな、しょぼくれるめぐみんに。
「……つまり、一発では無理って事か? 何発も撃ち込んでみれば、なんとかならないか?」
「む、無理です。……あの手の結界は、時間が経つと徐々に修復されていきます。今から魔法を放って、直ぐ様眠って魔力回復を図っても、次に魔法を撃てる頃には修復されているでしょう。そもそも、魔法を放った時点で魔王の配下がこちらへ……」

「つまり、間を置かずに何発も放てば壊せるって事か?」

 俺はめぐみんの言葉を遮り、更に質問を浴びせかけた。
 食い気味の俺の言葉に、めぐみんは若干気圧された様にコクリと頷く。

「は、はい……。でも、アレほどの規模の結界ですから、一発や二発では駄目ですよ? アクアですら結界に小さな穴を開けるしかなかった代物ですから。それこそきっと、何十発も……」
「何十発、ぐらいでいけるんだな? それだけ爆裂魔法が放てれば、あの忌々しい結界を破壊出来るんだな?」

 俺の言葉にめぐみんは。

「……出来ます。三十……いえ、二十も掛からないでしょう」

 そこだけは自信があるとばかりに、力強く頷いた。

 それが聞ければ十分だ。

「おい、どうしたんだカズマ。虎の子の爆裂魔法を使うのか? それを使えば、確かにアクア達も驚いて飛び出してくるかも知れないが、せっかくの切り札を……」
 俺に不安気に言ってくるダクネスに。
「ダクネス、俺の荷物を渡してくれ」
 そう言って、手を差し出した。

 ダクネスは、眉を悩ましげにしかめながらも大きなリュックを渡してくれる。

「そういやめぐみん。ダクネスには鎧をやったが、めぐみんには、まだ何もあげてなかったな」

 俺はリュックの口紐を解きながら、めぐみんに笑い掛けた。

「えっ? い、いいですよプレゼントなんて。私は、高価なプレゼントが無ければ不安になる様な、そんな面倒くさい女では無いですよ?」
「あっ!」

 めぐみんが笑って言うと、ダクネスが小さく声を上げる。

「おいめぐみん、その言い方だと私が面倒くさい女みたいで……!」
「貰った鎧を後生大事に抱えて、暇があればニヤニヤしながら磨いているダクネスの事を、面倒くさい女だなんて誰も言ってません。可愛いなと思います」
 ダクネスに、ニヤニヤしながら言うめぐみん。
 そんな、めぐみんに。

「まあそう言うなよ。せっかくめぐみんにも用意したんだ。良ければ受け取ってくれよ」
「……? そ、そうですか? べ、別に、そんなに気を使わなくても……」
「そう言いながら、ニヤけているぞめぐみん。案外めぐみんも、面倒くさい女で……あっあっ! 髪を、髪を引っ張るのに味を締めたのか!?」

 揉み合っている二人の前に。
 俺は、リュックの中身をぶち撒けた。

「「……………………」」

 俺がぶち撒けたそれを見て、ダクネスとめぐみんがガチンと固まる。

「やるよ。遅ればせながら、めぐみんにもプレゼント」

 平然と言った俺の言葉に、めぐみんがブワッと汗を吹き出し、ダクネスが口をパクパクさせて震え出した。

「お、お、おお、おま……! お前は、これがどれ程の価値のある物なのか、ちゃんと理解しているのか!? というか、これだけの品質の物を、一体どこから……!」

 貴族のお嬢様で、大金には慣れているはずのダクネスが、声を掠れさせ、喘ぎながら言ってきた。

「これの価値なら知ってるよ。おかげで、全財産の大半が消し飛んだよ。ほれ、昔、バニルに大金を巻き上げられた事があったろ? ダクネスの借金を返すために、色んな知的財産権だのを売った奴だ。バニルが俺から得たその金で、ウィズの奴が、最高品質のマナタイトを仕入れまくった事があったんだよ。旅に出る前に、それを全部買ってきた」

 俺の言葉にダクネスが、フラリとよろめく。

「カカカカ、カズマ……! こここ、これ……これ……!」
 めぐみんが、カタカタ震えながら俺のぶち撒けた物を指さした。

 そう。

「聞いての通り、最高品質のマナタイトだよ。めぐみんが、昔ゆんゆんからマナタイトを取り上げた時、言ってたろ? マナタイト結晶は、魔法を使う際の魔力消費を肩代わりして貰う物だ、って。一級品ぐらいの純度では、我が爆裂魔法の膨大な魔力消費を肩代わりなんて出来ません、って」

 俺の言葉に、めぐみんが絶句した。

「そして、こうも言ってたな。私ぐらいの規格外な大魔道士ですと、これは無用な物です、と。……ほら、お前ぐらいの大魔導士に相応しい、最高品質のマナタイト。これ、全部やるよ」

 カランっ、と。
 めぐみんが杖を取り落とす。
 その隣では、ダクネスが額に手を当てて空を見上げた。

「しょ、正気ですか? その、これだけの品質のマナタイトだと、これ一つ一つで小さな家が買えちゃいますよ? こ、これだけの量のマナタイト……。これ全部合わせると、小さな城が買えちゃいますよ?」

 めぐみんが震える声で言ってくる。が……、

「構わん。遠慮無く使え。あの城の結界に向かってぶっ放せ」
 俺がキッパリとそう告げると、めぐみんは震える手で杖を拾い上げ。

「良いんですか? 本当に? マナタイトは使い捨てですよ? 魔法を撃つと、これは消えて無くなっちゃうんですよ?」

 不安気な声で言うめぐみんに、俺はなおもキッパリ告げた。
「構わん、やれ。俺の奢りだ。これ全部、使い切ってやれ」

 その言葉に、めぐみんは、今から訪れる事を想像し、熱に浮かされた様な表情で。

「い、良いんですね、本当に? と言うか、爆裂魔法を連発すると、間違いなく城から敵が飛び出してきますよ?」
「構わん。飛び出してきたら、そいつらも爆裂魔法でぶっ飛ばせ」

 めぐみんが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「きっと、最強の魔法使いとか呼ばれていた、魔王の幹部も出て来ますよ? 魔王よりも厄介だとか言っていた、最強の……!」

 俺は片手を突き出し、めぐみんの言葉を遮った。

「相手が誰だろうが、鍛えに鍛えたお前の爆裂魔法の方が、絶対にリーチがある。この長距離から、城に向けてぶっ放せ。魔王の幹部だろうが魔王の配下だろうかホイホイ城の中に入っていったアクアだろうが! みんな、みんな、ぶっ飛ばせ! いい加減色々あって、ストレス貯まってきてんだよ! お前を補欠扱いした紅魔族の連中に、ここで目にもの見せてやれ! 金ならこれから稼げばいい。もうな、魔王だの家出だの何だのと、こうも一方的に色々やられると、心のちっちゃい俺には精神的に限界なんだよ! という訳で、だ! 俺の代わりに、あいつらに目にもの見せてくれ! 俺をスカッとさせてくれ!」

「おおお、おいカズマ! 途中、ぶっ飛ばしてはいけない奴の名前が入っていたぞ! 後、一見格好いい事を言っている様で、実は凄く他力本願な……」

 横から口を挟んでくるダクネスに、俺は少しだけ赤くなって怒鳴り返した。
「う、うるせー! 財力だって力の内なんだよ! お前だって、お嬢の権力をちょこちょこ使ったりするだろうが!」
「なっ! 待て、お嬢の権力ってなんだ! 私は不当な権力の行使など……! ……あ、あんまり……無い……かも……」

 徐々に小さな声になっていくダクネスを言い負かし、勝ち誇っていると、そんな俺にめぐみんが、ふっと顔を上げた。

 その、めぐみんの両の瞳は涙を湛え、一滴の涙が、堪えきれずにポロリとこぼれた。

「カズマ、任せてください。あなたから貰った贈り物。大切に、大切に使わせて貰います。今後、私の人生に置いて、今日の事は絶対に忘れられない日になるでしょう。……この我を差し置き、勝手に最強を名乗る魔法使い! そんなものは、今日ここで消し飛ばしてやります!」

 そんな、力強いめぐみんの宣言に応える様に。
 紅魔族の由来である紅い瞳が、色鮮やかに輝いた。


 それでこそめぐみんだ。




「頼むぞ、最強の魔法使い」

 俺の言葉に、めぐみんがギュッとしがみついてきた。
旅が、ダイジェストっぽくなってしまいました。
まあ、旅自体はそれほど大事な箇所でもないもので。
後、あまりアクアと出会えないまま引っ張るのもあれなので。


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