「いい加減余計な手間取らせるな! いいからとっとと脱げ、力ずくで剥かれたいのか! 抵抗すんなよっ!」
「よせっ、止めろ! こんな、こんな……っ! どうしたんだカズマ、天下の往来で突然こんな……! ケダモノの様に私の体を求めるだなんて……!」
このバカッ!
「その、忌まわしい鎧を脱げと言ってんだよ! 毎回毎回、どうしてお前は敵に突っ込んで行くんだ! 呪われてるだろ! その鎧、間違いなく呪いが掛かってるだろ!」
「呪いなど無い! 呪われた装備品は、一度身に付けると所有者に災いを与え続け、死ぬまでその身から外す事が出来なくなる。これはちゃんと取り外しが出来る以上、戦闘時に湧き上がるあのおかしな高揚感は、呪いではなく加護の類だ!」
「お前、戦闘時におかしくなってる事は認めるんだな! なら話は早い、呪いでも加護でもなんでもいい、とっととそいつを外せ! こっ、こらっ、抵抗するなって! この街で一番良い鎧を買ってやるから!」
水の都アルカンレティア。
アクセルの街を出た俺達は、騎士達に護衛されたまま、何度かモンスターとの戦闘をこなし。
そして温泉街ドリスを経て、この街へと転送して貰ったのだが。
「嫌だ! 一度寄越した物を返せだなんて、器が小さいぞ! 初めて貰ったプレゼントな上に、強力な魔法の掛かった、業物のクルセイダー専用装備。これはダスティネス家の家宝にする。魔王を倒すまでは、寝る時と風呂の時以外にはこれは脱がない」
「なんでそんな我儘言うんだ! お前がそれを着てるとめぐみんが魔法を撃てないんだよ、真っ先に敵のど真ん中に突撃するから! お陰で、この街に来るまでにどれだけ苦労したのか分かってんのか! 護衛してくれていた騎士の人達が、毎回半泣きになってただろうが!」
現在、街の往来にて。
頑なに装備を変えようとはしないダクネスと、俺は激しく言い争っていた。
ダクネスにあげたこの鎧は、どうもおかしな作用があるらしい。
所有者の心から恐怖を無くし、勇気を奮い立たせる魔法の効果があるようだ。
真っ当なクルセイダーになら、その効果は素晴らしい恩恵に違いない。
――だが、うちのクルセイダーにとってその効果は迷惑極まりない。
どこがどうおかしな作用をしているのか、戦闘が始まると人の制止も聞かず、真っ先にモンスターに向かって駆け出して行くのだ。
ダクネスにやったこの鎧は、ウィズが選んだ品だと言う事を忘れていた。
ウィズの商品の鑑定眼については、十分に知っていたはずなのに……。
と、横でじっと成り行きを見守っていためぐみんが、口を開いた。
「もう諦めましょうカズマ。おかしな副作用がありますが、確かにこの鎧は業物です。伝説級の装備にも劣らない代物かも知れません。これなら、私の爆裂魔法を受けても死ぬことは無いでしょう」
「お前もサラッと何言ってんだ! 撃つってか! ダクネスがモンスターと居ても、そこに爆裂魔法を撃つって意味か!」
ダクネスは、めぐみんの物騒な発言を受け、腕を組みながらふむと呟く。
「私は一向に構わんが。昔、めぐみんの爆裂魔法を食らった時は意識を失ってしまったからな。今度は負けんぞ」
「ほう。我が魔力とダクネスの耐久力。どちらが上が、勝負しますか?」
「止めろ! そういった事は、アクアを連れ戻してからアクセルに帰った時にでもやってくれ! て言うか、いい加減にしろ! お前、その鎧を手放さないなら本当に力尽くで剥くからな!」
言って、俺はダクネスに片手を突き出しスティールの体勢を……!
「やってみろ」
…………。
「えっ」
思わず素になる俺に、ダクネスが腕を組んだまま。
「やってみろ。私は一向に構わん」
そんな、バカな事を公衆の面前で言ってのけた。
「お、お前何言ってんだ、スティールだぞ? 俺のスティールが、どういった代物か、長い付き合いのお前は知っているだろ?」
「無論だ。その上で言っている。そう言えば私だけ、お前のスティールを食らった事がない。以前ならば躊躇しただろうが、この鎧の加護のおかげで勇気溢れる今ならば、何も恐れるものはない。さあやってみろ! 肝心な所ではヘタれるお前が、この公衆の面前で私を剥けるものならやってみろ!」
「へ、変態! なんでそんなにアグレッシブなんだよ! 自分で何言ってるのか分かってんのか、やっぱりその鎧は問題あるぞ! 分かったよ、俺には無理だよ、認めるよ! 分かったからグイグイくるな!」
鎧の効果か、どうしようもない方向にますます磨きがかかった変態に、俺がジリジリと押されていると。
「……変ですね。これだけ騒いでいると言うのに、誰も姿を見せません。この街の住人なんて殆どがアクシズ教徒で構成されているはずなのですが。アクシズ教徒の習性として、好奇心旺盛、厄介事や揉め事が好き、騒ぎがあれば便乗し被害を拡大したがる、祭りが好き等々。こんな道端で騒いでいれば、まずちょっかい掛けてくるはずなのですが」
「なんてはた迷惑な連中なんだよ。……でも、確かに変だな。以前この街に転送された時は、転送先で宗教の勧誘とかやってたよな、そういや。それが……」
改めて街を見回すと、通行人が殆どいない。
何と言うか、閑散としていて――
「この街はそれなりに大きな街なのだが。それにしては人が少ないな? どうした事だ、何かあったのか?」
ダクネスが首を傾げ、俺と同じく辺りを見回している。
そんな俺達に、めぐみんが。
「何があったのかは、これから聞くとしましょうか。ここから先は、徒歩か馬車で行くしかありませんので、馬車の調達などもしなくてはいけませんし」
「いらっしゃいませ! 何になさいますか? 期間限定で、冷たいスイーツが付いてくる日替わりランチがございますが、それがオススメですよ? ちなみに。当店はアクシズ教徒であれば、三割引とさせて頂いております。宜しかったらこちらをどうぞ!」
スマイルを浮かべながら、メニューと共に紙をスッと出してくるウェイトレス。
メニューと共に出された紙は、アクシズ教団への入信書。
……そう言えば、この街はこういう所だった。
情報収集と昼飯のついでに入った店で、俺達は早速この街の洗礼を受けていた。
「……ええと。それじゃあ、その日替わりで」
「はいっ! そちらの方は……?」
「私は、キンキンに冷えたネロイドとサンドイッチをお願いします」
「はいっ!」
笑顔を浮かべて俺とめぐみんの注文を取るウェイトレス。
続いてダクネスがメニューを開き、
「ん……。では、私は……」
「土でも食ってろ」
注文しようとするダクネスに、ウェイトレスは笑顔を浮かべたまま吐き捨てる様に言うと、そのまま厨房へと去って行った。
「…………」
メニューを開いたまま頬を染め、ふるふると震えて固まっているダクネスに。
「お前、この街では、エリス教徒の証みたいなそのペンダントは隠しておけよ」
「……こ、断る……」
この街に着くや、これみよがしにエリス教徒のペンダントを胸元から取り出したダクネス。
以前この街に来た際に、これを身に付けていて手酷い目に遭わされたのが気に入ったのか。
「……しかし、お昼時だと言うのに店の中も閑散としてますね。この街は、頭のおかしい人達で常に賑やかだったはずなのですが……」
紅魔族のめぐみんにこんな事を言われるアクシズ教徒。
だが、確かに以前来た様な迷惑感があまりない。
以前は、道を歩けば鬱陶しい勧誘に遭遇したのだが――
「この街のアクシズ教徒達は、教団責任者のゼスタ様指揮の元、魔王の城へと続く道の、モンスターや魔王軍狩りに出掛けております」
アクシズ教徒のお姉さんが、気合の入った顔で教えてくれた。
水色の胸当てを付け、片手にメイス、片手に銀色の盾という格好で、アクシズ教団の教会の正面に仁王立ちしながら。
飯を終えた俺達は、そそくさと店を後にして、事情を聞くべくアクシズ教団の教会にやって来ていた。
先ほどの店では、事あるごとにダクネスが絡まれるので、情報収集どころではなくなったのだ。
他の店に行ってもどうせ同じ事になるだろうと、アクアのツテを使い、教団の力を借りようかと思ったのだが。
「アクシズ教徒って、そんな、世のため人のためになりそうな事もするんだな」
「我々を、日頃人に迷惑掛けて楽しむのが生き甲斐みたいな、そんな穿った見方はやめてください。我々に関する悪い噂は、心無い邪悪なエリス教徒によるものなのです」
教会を背にして、そこを守る様に立ち塞がっているお姉さんが、悲しげな表情で訴えた。
「……ちなみに、あんたは今、そこで何してんの?」
「アクシズ教徒の大半が留守にしている今、日頃散々好き放題やってきたツケが回ってきているんですよ。エリス教の女性神官を筆頭に、この街の少数派である、非アクシズ教徒達が教会にいたずらしに来るんです」
「日頃好き放題やってる自覚はあるんじゃねーか! いや、あんた一人で大丈夫なのか?」
俺は、見覚えのあるその女性信者に、少しだけ気になって尋ねた。
確かこの姉ちゃんは、めぐみんの爆裂魔法でこの街の湖に浮いた魚を、嬉々として捕獲していた人だ。
俺の言葉にお姉さんは微少を浮かべ、
「大丈夫ですよ。ノコノコと現れた背教者には、この太くて硬くて大きいメイスで、もれなく大人にしてあげますから」
「や、やめてやれよ! そういうのがアクシズ教徒の悪評に繋がるんだよ! ……所で。この街にアクアが立ち寄らなかったか? その辺の情報収集がしたいんだけど、この街の店じゃろくな話が聞けなくてさ」
お姉さんは、アクアという単語にぱあっと顔を綻ばせ、
「いらっしゃいました! ええ、いらっしゃいましたよ、アクア様が! と言うか、現在この街のアクシズ教徒が出払っているのもアクア様のお言葉に従ってのものなんです! ああああ、本来なら私も魔王軍狩りに行きたかったのになあ……! 残念な事に、居残りじゃんけんで負けちゃったんですよ」
言いながら、つまらなそうに足元の石を蹴る。
蹴られた石がダクネスの鎧の脛当てに当たったが、お姉さんは悪びれる様子もない。
「アクアの命令で魔王軍狩り? どういう事だ? その辺をちょっと詳しく聞きたいんだけど」
「……アクア様はおっしゃいました。『なんじらー、日々清く正しく我が道を行くアクシズ教徒よ。この街から魔王の城までの道を、旅人とかが安全に、かつ迅速に通れる様に、強くて逞しくて格好良いあなた達が道を脅かすモンスター達を成敗するのです。さすれば、魔王が倒された暁には、この世界に降臨してきた通りすがりのアクア様が、実は私が女神なのでした! とか言って、ここに遊びに来るかも知れません。一人一人にお褒めと感謝の言葉を授けるかも知れません』……と」
俺の言葉にお姉さんは、鎧に石をぶつけられて涙目で悔しそうに歯を食いしばるダクネスには目もくれず、恍惚とした表情でうっとりと言った。
と言うか、アクアは何の目的で、アクシズ教徒に街道警備なんてさせてるんだ。
…………俺達か?
あいつ、俺達が追って来るのを期待してやがんのか?
なんていうか本当に、家出した子供が探して欲しがっている様な状況だな。
こんな面倒臭い事をせず、もう少し足を遅めてくれればいいのに。
全く、あいつは……。
「あの、アクアは一人でしたか? 魔剣を持ったいけ好かないイケメン達と一緒じゃありませんでしたか?」
「ああ、居ましたねそんな人達が。街の出口までアクア様をお見送りした際に、高そうな剣を持ったイケメンが、相場で失敗して金欠な私に見せ付けるかのごとく、高そうな馬車に乗っておりました。私の必殺の流し目にも動じない方でしたね」
この人、以前もギャンブルか何かで金欠だとか言ってなかったか。
しかし、ミツルギとは無事合流できたのか。これで、取り敢えずは安心だ。
「……ん、なるほど。……ああ、ついでに聞きたいのだが。馬車を借りられる店などはあるか? 高く付いてもいいので、出来れば脚の早いヤツが借りられそうな……」
「当教会が保有している馬が、恐らくはこの街において最も脚が早いと思います。……でも、女神エリスの犬であるならば、四つ足で走れば良いんじゃないですかね。邪悪なエリス教徒にはそれがお似合い……、ああっ、背教者め、何をするの!」
我慢の限界に達したのか、とうとう女信者と掴み合いの喧嘩を始めたダクネスを押し留めると、金欠信者の目の前に札束を突き出した。
「悪いんだが、そいつを貸して貰えないかな。金なら……」
「貴方様に女神アクアの祝福を!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宿に泊まりもせずに水の都を出た俺達は、アクアを追って馬車を走らせていた。
アクシズ教徒による、モンスターや魔王軍の掃討作戦が効いているのか、道中は至って順調だ。
いや、順調なのだが……。
「おいダクネス。順調なのはいいんだけどさ。ちょっと飛ばし過ぎじゃないか? もうちょい速度を緩めても大丈夫だと思うぞ。アクシズ教徒が頑張っているとは言っても、モンスターが根絶やしになっている訳じゃないと思うしさ。モンスターでも飛び出してきたら馬がびっくりするだろ?」
そんな俺の言葉に、御者席で馬を操るダクネスは無言のままだ。
少ない人数で旅をするなら、馬が引く馬車も出来るだけ小さい方が良い。
二頭仕立ての馬が引く馬車は二人乗り。
御者席には唯一馬を扱えるダクネスが座り、俺とめぐみんはその後ろに座っていた。
「ダクネス、確かにちょっと……。飛ばし過ぎの様な気がします。アクアが心配なのは分かるのですが、あまり急ぐと馬を潰してしまいますよ?」
めぐみんも、少しだけ不安そうな表情を浮かべ、言ってくる。
「…………」
それでも返事もせず、速度も落とさないダクネスに、俺は再び声を掛けた。
「おい、聞いてんのか? 飛ばし過ぎだって。もうちょっと、速度を……」
言いかけた俺に、ダクネスが半泣きの表情で振り向くと……。
「……馬が、言う事を聞いてくれないのだが…………」
「「…………………………」」
めぐみんと共に無言になる俺に、ダクネスが。
「聞いたことがある。アルカンレティアでは、馬ですらもアクシズ教徒に洗脳されていると。アクシズ教徒の言う事以外は聞かないとかなんとか……」
「止めろおおおおおー!」
「あっ! カズマ、見てください! 馬車の隅に、アクシズ教への入信書が置いてあります! ハメられたんです! 私達は、あの信者にハメられたんですよ!」
暴走を始めた馬車の中、俺は今こそシミジミと実感していた。
アクシズ教徒は頭がおかしい、と。
「ああああ、畜生ー! 魔王軍よりも先にアクシズ教徒を滅ぼすべきだろ!」
「カ、カズマ、ここは一つ、我々を代表してカズマがちょこちょこっと入信書にサインを……!」
「お、おい、私の言う事を聞いてくれ! ほら、どーどー! 言う事を聞いてくれたら、後で新鮮な野菜をやるぞ! 採れたてピチピチで跳ね回っているヤツだ!」
馬を宥めるダクネスに、頭を抱えて叫ぶ俺。
めぐみんが、入信書を手に暴走する馬車内でバランスを失いコケる中……。
「ああっ! 前方に人が! カズマ、どうしよう! このままでは前にいる人達を轢いてしまうぞ!」
ダクネスが、切羽詰まった声で叫びをあげた。
激しく揺れてバランスの悪い馬車内から、なんとか前方を見てみれば、そこにはかなりの人影が。
一人や二人じゃない、このままじゃあ…………!
………………。
「ダクネス。構わん。そのまま轢け」
「「えっ」」
ダクネスとめぐみんが少し引きながらこちらを見る。
前方にたむろする人影の正体を、千里眼スキルで確認した俺は。
「構わん。轢け。むしろ盛大に轢いてやれ! あそこにいるのは……!」
迫りくる馬車の存在に、前方にたむろしている集団の方も気付いた様だ。
わらわらと人影が道を開ける中、一人の男が道のど真ん中に留まっている。
そいつは、迫り来る馬車の荷台の俺達や、御者台のダクネスの顔に気付いた様だ。
神官服の上に鉄の胸当てを着た白髪のおっさん。
それが、こちらに朗らかに手を降っている。
「これはこれは、アクア様のお仲間の! お久しぶりです、覚えていますか? アクシズ教のプリースト兼、教団責任者の……!」
ノコノコと馬車の前に出て来たアクシズ教徒プリースト、ゼスタを、暴走する馬車が跳ね飛ばした。
「『ヒール』! 『ヒール』ッ! ……どうだ? 少しはマシになったか?」
「ええ、大分楽になりました。いやいや、自分で治してもいいんですがね? やはり、若い人に掛けて貰うヒールは良い! 傷だけでなく、心まで癒やされますよ!」
「さすが、何でもいけるゼスタ様! 筋金入りだぜえ……!」
「穴があればオークもいける! が、ゼスタ様の座右の銘だしな! ぱねえ! ゼスタ様マジぱねえっす!」
俺がヒールを掛ける間、ろくな事しか言わないこの男。
このおっさんが、一応は教団の一番偉い人なんだよな。
…………一応は。
「お久しぶりです皆さん。何時ぞやは、私が警察にお世話になっている間に旅立たれてしまった様で。別れの挨拶が出来ず、残念でしたよ。しかし、まさかカズマ殿にこんな手酷い仕打ちを受けるとは。これはもう、お詫びとしてアクシズ教団に入って頂くか、私とステディな関係になって頂くかしか、選択肢はありませんな」
「言っとくけど、お前の所で借りた馬が暴走してお前を轢いたんだからな。馬にまでおかしな事するなよな」
どうしようもない事を口走るゼスタにやり返しながら、俺はアクシズ教徒の面々を見る。
男も女も子供も老人も、服装も装備もバラバラで、一見すると何の集団なのか分からない。
だが、一つだけ共通している事がある。
それは……。
「お兄さんていけめんだよね! ねえ、お兄ちゃんって呼んでもいい?」
「こら、駄目よ! 確かにイケメンで素敵なお兄さんだけど、アクシズ教徒でもない人をお兄ちゃんだなんて……。甘えたいお兄ちゃんが欲しいのは分かるけれど、アクシズ教徒にしなさい? イケメンだけど残念ねえ……」
「分かったー……。……ねえお兄ちゃん、お兄ちゃんは、アクシズ教徒は嫌いですか?」
嫌いじゃないよ。
不安気に見つめてくる女の子に、喉まで出掛かったその言葉をなんとか飲み込む。
返事をしない俺に、女の子と母親と覚しき二人は、別の信者に手を差し出し、タッチした。
タッチされた別の信者。
ヒラヒラのゴスロリみたいな服を着た、やたらと可愛い少女が上目遣いでこちらを見上げ……。
「あの……。お兄さま、って、呼んでもいいですか?」
「いいわけあるか! その声、お前男だろ! なんでアクシス教徒にはホモが多いんだよ!」
「ぼ、僕、ホモじゃないです! 両方行けます!」
「もういい喋るな、あっち行け! ウチはもう変態枠は埋まってるんだ、キワモノは、ドMクルセイダー一人で間に合ってるんだよ!」
「えっ!」
ダクネスが自分の顔を指さして驚いている中、俺はゴスロリを着た少年を追い払う。
こいつらと話していると疲れる。
本当に疲れる。
――だが。
俺達よりも、もっとぐったりとした奴が、そこに居た。
「お前が、一番疲れてそうだな。……ていうか、やつれてんな」
「うるせーよ……。チッ、なんでお前がこんな所にいるんだよ。ここから先は、魔王軍との前線基地になっている小さな村ぐらいしか見るものなんてねーぞ。ああ、気分悪い……! 変な集団に絡まれたと思ったら、一番見たくねえ顔を見ちまったよ!」
言いながら、地面に唾を吐き捨てるプリースト。
アクセルの街から逃げたと言っていた、俺を殺した邪神の崇拝者。
魔王の幹部であるセレナが、なぜかアクシズ教徒に囲まれてげんなりしていた。
どこかのプリースト然とした服装のため、モンスターや魔王軍狩りをしていたアクシズ教徒に絡まれていたらしい。
ダクネスがなぜか落ち込み、そして、めぐみんがこめかみをピクつかせて セレナに杖を構える中、全く空気を読まないアクシズ教徒達が、セレナに対してセクハラしていた。
「くっ! きっさまあ、そんなエロい体をしやがって、一体何が目的なんだ! どこの街の、どの宗派のプリーストだ、名乗るが良い!」
「そうだそうだ、今度皆で冷やかしに行くから教えろください!」
「あっ! この姉ちゃんの後ろに回ると、ブラ紐が透けて見えるぞ! このけしからんサイズの胸、エリス教徒とは関係が無いのか……!?」
「いや待て、宗派と胸の成長補正はあまり関わりがないと言う報告が、学会に提出されている。そこら辺の統計的にも、どこの宗派かを教えなさい! 具体的に、どこの街の教会で、何時ぐらいに行けば会えるのかを! 別に、聖戦の名の元に喜び勇んでセクハラしに行く訳ではないので、安心しなさい!」
「…………て、てめえら、いい加減にしておけよ……?」
我慢の限界に近そうなセレナに。
「……なんていうか、ここでお前に会うとか良いタイミングだな。丁度いいわ、お前に色々と聞きたかったんだよ。俺を殺してくれた事はムカつくが、質問に答えてくれれば、今回は、お前の事を見逃してやってもいいぞ」
「ぺっ」
「「「ああっ!」」」
セレナは、それが返答だとでも言うかの様に、地面に唾を吐き捨てた。
そのふてぶてしい態度を見て、アクシズ教徒が声を上げる。
「へっ。バカも休み休み言え。なんであたしが、お前なんかの質問に答えなきゃいけないんだ。それとも何か? また、あたしに対価でも支払うか? 最も、もうお前なんかを傀儡にするのは…………って、おいお前ら何やってんだよ! 何やってんだよっ!? あたしが唾を吐き捨てた所を掘り返して、何やってんだよ!」
セレナの指摘の通り、数多のアクシズ教徒達が、セレナの唾が染み込んだ土を取り合い喧嘩していた。
なんていうかもう、レベルが高過ぎてどうしようもない。
と、何に使う気か知りたくも無いが、土の争奪に勝利したゼスタが、大切な宝物でもしまう様にその土を瓶に詰め、懐へ。
「……ふう。これはこれは、我が同志達がお見苦しい所を見せました、申し訳ありませんね美しいお嬢さん」
「いや待てよ、お前が言うなよ! すげえ不快だから止めろよそれ! マジでそういうの止めてくれよ! そもそも、お前らは一体何なんだ! さっきからあたしに好き放題やってる癖に、誰一人、あたしに貸しを作ったと思っていないってのはどういうこった! 感謝とか色々あるだろ!」
セレナの言葉に、ゼスタは大仰に手を掲げ。
「感謝!? それはもう、感謝していますとも、我らの神に! ああ、今日のこの幸運も、全ては私達の日頃の行いと信仰のお陰……! ああ、ありがたやありがたや……!」
そんな事を言いながら、ゼスタはセレナに向かって、その頭を深く下げた。
「何なんだよ本当に、この頭のイカれた集団はよ! ああもう、訳が分からなくなってきた! っていうか……。おいカズマ。そもそも、なんでお前はピンピンしてるんだ? 確かに、お前にはあたしのデスを……、おいこらオッサン! お前、何頭を下げる振りしてパンツ覗こうとしてんだよ! いい加減にしろよ、ぶっ殺すぞてめえ!」
セレナがどれだけ吠えようと、全くブレないゼスタは放っておき。
「アクアってプリーストがいただろ。あいつは、腕は確かでな。蘇生の魔法で生き返らせて貰ったんだよ。……それより、聞きたい事が色々あるんだって」
俺の言葉に、セレナは腰の後ろに括り付けていたメイスを取り出し、それを俺に向かって突き出した。
「だから、なんであたしがお前の質問なんかに答えなきゃいけないんだよ。それとも、力尽くで吐かせてみるか? レベルを下げられたとはいえ、ここにいる連中をどうにかするぐらいの力はあるんだぜ? ……それに。見た所、蘇生が出来るって言うあのプリーストは居ないみたいだな。どうする? それでもやり合うか?」
セレナは、メイスを突き付けたまま不敵に笑う。
流石は魔王の幹部、レベルが下がったとはいえ、まだまだ自信と余裕に溢れている。
ダクネスが、音が聞こえるぐらいに固く拳を握りしめ、めぐみんが爆裂魔法の詠唱を始めようとする中。
――セレナが言った。
「しかし、アクアとか言ったかあの女。お前なんかじゃなく、あの女の方を殺っておくべきだったね。失敗したねえ、全く……」
――その言葉に、場の空気が一瞬で固まる。
セレナの後ろに回り込んで、透けるブラ紐を拝もうとしていた者。
エリス教徒のダクネスに、せっせと石を投げていた子供。
そして――
「今、なんと?」
セレナの下着をなんとか盗み見ようと、地面に這いつくばった姿勢で歩伏前進していたゼスタ。
それが、静かな声で問い掛けながら、膝の土を払いもせずに立ち上がる。
場の空気が変わった事に気付かないセレナは、俺に突き付けていたメイスを肩に担ぎ。
「なんと? アクアとか言った、あのすっトロい女を殺っとけば良かったなって言ったんだよ。……で? どうすんだカズマ。いい加減、あたしも限界に近いんだわ。助けて欲しけりゃ命乞いしな。お前が厄介な相手だってのは知っている。相手をするのは面倒臭いし、見逃してやってもいいぜ? ああ、最も」
セレナは、余裕たっぷりに不敵に笑い。
「この連中は、駄目だ。お前の知り合いみたいだが、ちょっとあたしをおちょくり過ぎたな。ここまで魔王領に近くなれば、もう、あたしを追って来れる騎士もいないだろうな。……さあ、どうする?」
言いながら。
担いでいたメイスで、挑発するかの様に自分の右肩をトントンと叩いた。
「カズマ殿。こちらのお嬢さんがどこの誰だか、私に紹介しては頂けませんか?」
それは、先ほどまでのおちゃらけた空気は何処かへ吹き飛んでいった、抑揚も無く、感情もなく。ただ平坦なゼスタの声。
俺はセレナに、正体を言ってもいいのかと視線を送ると。
「紹介してやんな。どうせ、この連中は生きて返してやるつもりもないさ。精々、あたしが誰だかを知って後悔するといい」
セレナは、そんな自信たっぷりな返事を返した。
俺は、そんなセレナを皆に紹介するように手で示すと。
「こちらは、邪神レジーナを崇めるダークプリーストにして、アクアに散々嫌がらせをして傷つけて、アクアが街を出て行くキッカケを作ってくれた……。……魔王の幹部の、セレナです」
次いで。
俺は、完全に静まり返り、全員が真顔になっているアクシズ教徒の方を手で示し、言った。
「こちらは。アルカンレティアからやって来た、あの悪名高いアクシズ教の最高責任者のゼスタさんと……。そして、アクシズ教団の皆さんです」
――ドスッ、と。
何か、重い物が地面に落ちる音。
それは……。
顔面を蒼白にし、びっしょりと脂汗をかいて震えるセレナが、手にしていたメイスを地面に落とした音だった。
書籍化のお知らせ。
角川スニーカー文庫様から、当作品が10月1日に発売される運びとなりました。
詳しくは、活動報告にて。
こんな有難い話を頂けたのも、これまで読んで頂いた方々のお陰です。
レビューを書いてくれた方、お気に入りに入れてくれた方。
変なメッセージをくれた方や、ポイントがキリ番近辺の時、評価をちょこちょこと変え、キリ番を保とうと妙な事をしてくれた方。
作者を悩ませる、妙な感想、温かい感想、きつい感想、やっぱり変な感想などなど。
たくさんの感想をくれた方々。
ここまで書けたのも、そんな皆様のお陰です。
改めまして。深く、感謝ですよー!
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。