ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
五部
27話
「あの場に居た冒険者の中にクリスの姿が見えなかったな。魔王退治に行く前に、挨拶をしておきたかったのだが。魔王の配下が王都を襲うと聞いてから、しばらく忙しくなると言い残し、その後姿を見なくなってな……」
「そういや居なかったな。と言うか、クリスってどこに住んでるんだ? いまいち謎なんだよな。俺が馬小屋で寝泊まりしてた頃も、今思えば見た事も無いし。お前は長い付き合いみたいだし、知ってるんだろ?」
「……いや、実は知らないんだ。パーティを組んでいた頃何度か、私の実家に部屋を用意するから、そこを拠点にしないかと誘った事もあるのだがな……。……それより二人とも、これを見てくれ。これを、どう思う?」

「「魔王の配下みたい」」

「…………」
 揺れる馬車の中、自慢気に鎧姿を見せたダクネスにキッパリ告げる。
 めぐみんと俺に同じ事を言われ、ダクネスが少しだけ悲しそうな顔をした。
 四人乗りの馬車の中、ダクネスとめぐみんが隣同士で座り、俺と向かい合う形となっている。
「なんだか暗黒騎士という印象です。魔王の側近に居そうな」
「盾も持たずに大剣なんて使ってるし、黒い鎧が攻撃的な印象を与えるよな」
 俺とめぐみんの批評を受け、ダクネスが拗ねた様に、身につけた鎧を指でなぞる。

 漆黒の鎧は滑らかな曲線を描き、ダクネスの体にフィットしていた。
 黒い金属の光沢が、ぬめるような怪しい輝きを放っている。
 美しいと感じさせる鎧だ。
 でも、なんだか妖刀や魔剣に通じる美しさと言うか……。

「そう言えば、もう聞きましたか? カズマがダンジョンに行っている間、ちょっとした騒ぎがあったんですよ」

 めぐみんが、唐突にそんな事を言った。
 騒ぎ?

「カズマが捕まえたあの女……。魔王の幹部、セレナが脱走したらしい」
「マジか」
 ダクネスの言葉に思わず聞き返す。
 というか、警察は何やってたんだ。

「なんでも、セレナは見張りの者を一時的に傀儡化して、脱走を手伝わせたそうですね。見張りの者は、魔王の幹部は露出狂だと謳っているらしいです」
「……ん、なんでも、傀儡化されていた男は何かを見せられただとか言っているそうだ」
 何かを見せられた――
 つまりはアレですね。
 俺が余計な知恵を付けたからですね、すいません。

「街への襲撃に対する防衛があるため、この街からは追手の人員は出せなかったそうです。現在、王都から手の空いている騎士が呼ばれ、今更ながら追跡を始めたそうですよ。そして、もしどこかで見かけたなら捕縛を、と、ギルドに依頼の紙が貼ってありました。セレナも魔王の城へと報告に帰るかも知れませんし、同じ道を行く以上、どこかで見つけられるかも知れませんね」
「うむ、その際には今度こそあの女に痛い目を見せてやろう。どうにも、あいつとの決着はスッキリしなかったのだ」

 まあ、捕まえれば報酬は出るだろうしな。
 見つけたら捕まえる、そんな程度でいいだろう。
 俺にレベルを下げられ弱体化しているはずだし、アクアが居なくてもなんとかなりそうだ。

 俺は、馬車の窓から外を見る。
 そして、他の馬車を眺めながら呟いた。

「しかし、客が少ないなあ……」

 魔王の配下が襲撃に来るという不穏な噂からか、今の時期に旅をしようという人はあまり居ない。
 一部の人は他の街に疎開したようだが、今ではそれも落ち着いていた。
 俺達を乗せる馬車以外は、交易商品のみを載せた、客がいない物ばかり。
 馬車の数は五台ほど。
 その内、護衛の冒険者数名が乗った馬車以外は、御者とトレーダー以外には人は居なかった。

 馬車の数が少ないと、弱いモンスターですら馬を怖がらず、近寄って来やすくなる。
 先行しているアクアに追い付きたい俺達としては、あまり数の居ないこの現状は、好ましくないのだが……。

「そう言えば、カズマは結局、どれだけのスキルを取ったのですか? 私とダクネスは、街の中で強い人達や有用なスキルを持つ人を集めただけですから、何を取ったのかまでは把握してはいないので」

 ダクネスが鎧の表面の篭手の部分に息を吐きかけ、乾いた布でキュッキュッと磨く中、対抗意識でも燃やしたのか、めぐみんが自分の杖を同じく布で磨きながら聞いてくる。

「とりあえず、魔法系のスキルはテレポートと中級魔法を取ったな」

 カランッ、と。
 めぐみんが、磨いていた杖を取り落とした。

「そそそ、そうですか、中級魔法を。まま、まあ、上級魔法を取らなかっただけよしとしましょうか」
 どもりながらも、めぐみんはなんとか平静を装うと、落とした杖を拾おうと身を屈め――

「上位の魔法ほど長い詠唱が必要らしくてさ。スキルを習得するには全ての上級魔法の詠唱の暗記が必要らしいんだ。そんなの覚える時間が無かったからさ、無事に帰ったら、ウィズが上級魔法を教えてくれるって……」
「アークウィザードの私を差し置いて、中級だけでは飽き足らず、上級魔法まで覚えるつもりですか! ちょっとカズマのカードを寄越して下さい! ……あっ! ポイントを全て使えば、爆裂魔法の習得が可能じゃないですか! これを覚えて、ポイントを空に……!」

「こっ、こら止めろ! 上級魔法と有用なスキルの為に残してあるんだよ! 悔しかったらお前も他の魔法を覚えればいいじゃないか、人様の冒険者カードを勝手に弄るんじゃない!」
「私のカードを勝手に弄った事のある、カズマがそれを言うんですか! ……ああっ!? 他にも、ゴーレム製造魔法や回復魔法まで覚えてる! 何なんですか、魔力が私の十分の一程度の癖に、魔法使いでも目指す気ですか!」
「なんだ、回復魔法まで覚えたのか。アクアが知ったら仕事を取られたと泣くんじゃないか?」

 俺達が馬車の中で騒いでいると、馬車が速度を落とし、やがて止まった。

 どうしたのかと不思議に思っていると――
「何かの捜査みたいですねー。すいませんねお客さん、冒険者カードを見せられるように用意しておいてください」
 馬を操っていた御者が、自らも懐から何かのカードを出し、言ってきた。
 窓から顔を覗かせると、騎士風の男たちが馬車に近づき、職務質問みたいな事をやっていた。
 セレナが脱走した事で、あいつが馬車に紛れていないかと、見かけた馬車をチェックしているのだろうか。
 そんな事を考えていると、他の馬車のチェックは終わり、俺達の馬車の番になる。
 馬車はゆっくりと進み、検問の様な事をしている騎士達の間で止まった。

 俺達は馬車を降り、身分証を手に騎士の前へ。
「失礼。身元を証明できる物を拝見させて頂きたい。魔王の幹部がこの周辺に潜伏している可能性がありまして、どうかご協力を。ええっと……。……め、めぐみん……さん……ですか?」
「私の名前が何か」
「いえ! なんでもありません、失礼しました。結構です、ではそちらの……。……サトウカズマ。……サトウ、カズマ?」
 めぐみんに慌ててカードを返した騎士は、俺のカードを確認し、訝しげな表情をした。
 予想通り、この騎士達はセレナを追っている様だ。
 俺の名前で反応すると言う事は、魔王の幹部を捕らえた一行だと知れ渡っているのかもしれない。
 そう、俺達は何だかんだ言いながらも、結構な功績を――

「サトウカズマ! あの、悪名高いサトウカズマか! 王都で散々暴れ、クレア様やレイン様を脅した、あの凶悪な……!」
「おい待ってくれ」

 騎士の間でそんな話が流れてんのか。
 いや、間違ってはいないけれども、なんか……。

「申し訳ありません。その、この街道を行くと温泉街ドリス、ついては、王都方面に続く道となっております。実は……。ある御方からの命で、あなたをアクセルの街以外で見かけた際には、その目的と行き先を問い、行き先が王都であった場合はこれを阻止せよとの……」
「ある御方って、クレアとか言った白スーツの貴族だろ。そうなんだろ」

 俺の突っ込みに、騎士が顔を背け。

「さる御方です。名前は言えません。すいません、行き先を……」
「クレアだろ! あの女だろ! あいつ、俺の釈放に協力してくれたから許してやろうと思ってたが、そんな命令下してやがったのか! 舐めやがって、目に物見せてやる!」
「サ、サトウ殿! 違います、クレア様ではありませんから! と、と言うか、その様な言動をされますと、自分としてはあなたを止めないといけなくなります!」
 激昂した俺に、騎士達は慌てながら言ってくる。

 と、隊長とおぼしき男が前に出た。
「貴様がサトウか。冒険者の分際で、なんだその態度は? クレア様をおびやかす気ならば、ここで斬って捨ててもいいんだぞ? 下賎な冒険者風情が。このままアクセルの街まで歩いて帰るがいい!」

 隊長は、剣の柄に手をかけながら、威圧するように脅してきた。
 めぐみんがそれにカチンと来た様に杖を握り、ダクネスも険しい顔で前に出た。
 二人のその動きに、騎士達がこぞって剣の柄に手をかける。

「なんの真似だ冒険者! 駆け出しの街の下級冒険者風情が、我々に歯向かう気か! 構わん、斬れ! こいつらは斬り捨てればいい!」

 なんという切り捨て御免。
 なぜこういった輩は短気なんだろう。
 どうもこの世界の貴族連中は、ダクネスを除き、人の命や人権みたいな物を軽く考えている節がある。

 しかし、こんな所で時間を掛けている暇は無い。
 唯でさえアクアに二日ばかり出遅れているのだ。
 俺は、険しい顔で前に出て、何か言おうとしているダクネスに手を向けると。

「控え控えい! この御方をどなたと心得る! その名も名高いダスティネス家のご令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナ様である! 一同頭が高い! 面を下げよっ!」
「「なっ!?」」

 俺の言葉に、騎士達が途端に青ざめ跪いた。
 いきなりそんな事を言われたダクネスですら驚き、めぐみんが、なぜか騎士達と一緒に跪いている。

「お前まで何してんの」
「す、すいません。不意打ちだったもので、場の雰囲気に流されまして……」

 めぐみんが膝を払いながら立ち上がる中、隊長が、恐る恐るといった感じで問いかけてた。
「ほ、本当にダスティネス卿ですか……? いえその、申し訳ありませんダスティネス卿、我々は貴方様のお顔を存じ上げておらず、とんだご無礼を……! ……その、疑う訳でも無いのですが、これも仕事なので、一応確認を取らせて頂いても……」

 その言葉に、ダクネスが無言でカードを見せる。
 それを見て、隊長の顔面が青を通り越して蒼白になった。

「ももも、申し訳ありませんっ! ダスティネス卿とはつゆ知らず、貴方様とお連れの方にとんだ無礼をっ!」
「おおっと、これはとんだ手の平返しですな! いやー、あとちょっとで斬られる所だったかと思うと心が痛むわー。一生物のトラウマ植え付けられた気分だわー。ああっ、さっきのやり取りを思い出したら胸が苦しく……!」

 平謝りする隊長に、胸を押さえてわざとらしく苦しむ俺。
 そしてめぐみんが、俺の意図を察したのか――

「おっと、これはいけませんね! まったく、ウチのララティーナお嬢様のお供に、よくもまあ随分な態度を取ってくれましたね!」

 言いながら、先ほどの鬱憤を晴らすように杖の先っちょで隊長の頬をグリグリしだした。
 隊長は、こめかみをひくつかせながらも無抵抗のまま静かに目を閉じ、恥ずかしそうに頬を染めて震えているダクネスに頭を下げる。

「も、申し訳ない。本当に、申し訳ない。ダスティネス卿のお連れ様に危害を加えそうになった事、本来ならば、この行為は切腹モノです。しかしながら、その……」

 言い淀む隊長の肩に、俺は馴れ馴れしくポンと手を置き。

「いやいや、俺もそこまでは求めてないですよ。ただ、そちらさんもお仕事で大変なんでしょうが、俺達も凄く急いでましてね? しかもほら、この商隊の規模って小さいじゃないですか。モンスターに襲われないか心配だなーと。……後ほら、さっきあなたが言ったじゃないですか。駆け出しの街の下級冒険者風情が、って」
「あ、あれは……! ももも、申し訳ありません、あれは言葉のアヤと言いますかっ!」

 顔を引きつらせて慌てる隊長に、俺は続けた。

「いえいえ、良いんです、良いんですよ。だって、事実ですから。でもなんて言いますか、現在人手不足でしてね? 俺みたいな下級冒険者しか、ダスティネス卿の護衛が居なくて困ってたんですよね。いやー、腕の立つ人とかが、温泉街ドリスまででもいいから、モンスターの露払いとかしてくれると助かるんですが、どこかにそんな人達は……」
「自分達に任せてくださいっ!」

 俺の言葉を遮った騎士隊長に、ダクネスが恥ずかしそうにポツリと言った。

「よ……よろしく……お願いします……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 騎士達に護衛され、かなりの距離を稼ぐ事が出来た。
 以前、同じ行程を進んだ時よりも旅程が速い。
 これなら明日の昼前には街に着けそうだ。

「騎士の人達が徹夜で見張りをしてくれるそうです。……なので、今晩は以前の旅とは違ってゆっくり眠れますね」

 めぐみんが、以前紅魔族の里に行った時の事を思い出しているのか、どことなく懐かしそうに、そして、やはり誰か欠けているのが気になるのか、少しだけ寂しそうに。

「……そうだな。順調で、何の問題も無い旅だ。騎士達が先行してモンスターを駆除してくれるから、安心して進むことが出来る。……以前の旅が嘘みたいだな」
 ダクネスが、どことなくつまらなそうに。

 辺りはすっかり暗くなり、商隊の人達と共に野営の準備を済ませ、俺達三人は他の人達とは少し距離を取り、小さな焚き火を囲んでいた。
 寒い訳ではないが、火をくべておかないとモンスターが寄ってくる。

 ――最も、誰かと一緒に旅していた時は、火を焚こうがアンデッドに群がられたものなのだが。
 今回の旅は順調だ。
 と言うか、順調すぎる。
 誰かが居ないだけで、これだけトラブルが起きないと言うのはどうなのか。
 厄介事が起きないのは良い事なのだが、これはこれで退屈でつまらないと思うのは、俺が毒されたからなのか。

 今夜は、野良アンデッドにたかられるなんて事はまず無いだろう。
 でも、そんな順調な旅が、どことなく物足りなく思えてしまう。

「さて。それでは、前々から聞きたかった事を教えてもらいましょうかね」
 めぐみんが、荷物に背中を預けてくつろぎながら、そんな事を言ってきた。
 隣では、鎧を脱いだダクネスが、同じく荷物に背中を預けて横になりながら、お腹の上に鎧を包んだ荷物を抱いて、子供の様に目をキラキラさせながら星空を眺めている。

「聞きたかった事って? ああ、さっき、習得したスキルの説明が途中だったな。それの事か?」

 地面にマントを敷いてその上にあぐらをかき、俺は焚き火に枝を放り込みながらめぐみんに尋ねた。

「いいえ、そうじゃありませんよ。スキルはまあ、旅の間に色々と見る機会があるでしょう。……それよりも。バニルが先日言っていた、カズマが異世界から来た人間だと言う事についてですよ」

 ――あれかあ。

 ふと見ると、空を見上げていたダクネスも、こちらをじっと見つめていた。
 というか、二人共が真剣な表情だ。

「いや、そんなに真面目になる事でも無いんだけどな。……まあ、何だ。俺は、元々この世界の住人じゃ無いんだよ。ここから遠く離れた、全く別の場所から来た訳で。……ある日、元の世界で死んじゃってな。で、死後の世界で、神様に言われた訳だ。三つの中から選べって。元居た世界で生まれ変わるか、それとも天国に行くか。……それか、全く知らない異世界に行ってみるか、って」

 俺の言葉に、二人は笑いもせず、驚きもせず。

「なるほど。その時の神様とやらが、アクアだったりするのですか?」
「そうそう。あいつ、最初に会った時偉そうでさあ。こいつはちょっと痛い目見せてやろうと、つい勢いで一緒に連れて来て…………」

 ――あれっ。

「アクアが神様だなんて、めぐみん信じてなかっただろ。いつも、そうなんだ、凄いねとか言って流してて……」

 俺の疑問に、めぐみんとダクネスが顔を見合わせて小さく笑った。

「最初は半信半疑でしたけどね。でも、普通に考えておかしいですし、疑問に思いますよ。本来、蘇生は一人につき一度しか許されない神の奇跡なのに、カズマを何度も生き返らせたりだとか。触れただけで水を浄化したりだとか。水の中に沈んでいても平気だったり、リッチーや悪魔と平気で渡り合ったり」
 …………ですよね。

 なんだ、二人はとっくに気付いてたのか。
 ていうか、神様って気付いていて態度を変えないのも凄い話だ。
 神様を萌えキャラ化した漫画やアニメで育った日本人の俺とは違い、この世界の人にとってはもっと崇拝の対象になるものだと思っていたが。
 ――ていうか。
 ひょっとして、街の住人達にも、アクアが女神だと気付いている連中は案外多いのかも知れない。

「アクアがどんな存在だろうと関係ない。あいつは私達の大事なアークプリーストだ。すぐ泣き、すぐ調子に乗り、すぐ失敗し。そして厄介事を持ち込み、カズマを困らせるのが大好きな……、よく笑い、そこに居るだけで場を明るくしてくれる、大事な仲間だ。……そう、どんな存在だとかはどうでも良い。アクアはアクアだ」

 ダクネスが、大事そうに鎧を抱いたまま。寝そべりながら星を見上げ、そんな事を独白みたいに言った。
 それを聞き、めぐみんが満足そうに微笑む。
 そして、むくりと身を起こして俺を真っ直ぐ見つめてきた。

「カズマ。アクアはなぜあんなにも魔王を倒したがるのですか? ……魔王を倒した後、アクアはどうなってしまうのですか?」

 ――天界に帰る。

 喉まで出掛かったその言葉が、どうしても出てこない。
 しばらく無言のままでいる俺に、めぐみんが。
「カズマは、魔王を倒したら元の世界に帰るだとか、そんな事は無いんですよね? みんなで一緒に、街に帰れるんですよね?」
 星空の中、紅い瞳を幻想的に輝かせ、少しだけ不安気に問い掛けた。
 ダクネスは、何も言わずに空を見上げ、じっと押し黙っている。

「……帰るわけ無いだろ? このどうしようもない世界にも、何だかんだ言って友人も居れば知り合いも居るし。家だってあれば、金に困ってる訳でも無いし。……それに、その。この世界にはその……」

 俺がチラリと二人を見ると、視線に気付いためぐみんとダクネスが、ふっと口元を綻ばせた。

「何ですか? それにその、何ですか?」
「言ってみろ、おいカズマ、恥ずかしがらずにその先を言ってみろ。この世界には? なんだ、この世界には何があるんだ?」
 めぐみんに続き、ダクネスまでもが身を起こし、二人してニヤニヤしながら聞いてきた。

 畜生、雰囲気に流されて余計な事言った!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何のトラブルも無い順調な旅が、どことなく物足りなく思えてしまう。
 昨晩、俺がそんな事を考えたのがフラグにでもなったのだろうか。

「うおおおおおお! こっ、こいつはっ! 密集体勢! 密集体勢! 一番固いホバーグを中央に、全員密集体勢の陣形を取れ!」
「「「「りょ、了解しましたっ!」」」」

 騎士達が中央に寄り添い、俺達を守るように陣形を構え、弓を手にした。

「めぐみんめぐみんめぐみーん! 爆裂魔法を、爆裂魔法をっ!」
「まま、待って下さい、今から詠唱を始めますから、そんなに急かさないで下さい……っ! たたた、太古の真名みょっ!?」

 ああっ、俺が急かしたからかっ!?
 めぐみんが詠唱途中で舌を噛み、涙目でうずくまる。

 そんな俺達へと向けて――
 ワシの頭に巨大な翼、鋭い鉤爪を持つ猛禽類の上半身。そして、獅子の下半身を持った巨大生物。大物の魔獣である、グリフォンが迫っていた。

「ぼぼぼ、冒険者のみなさーん! お願いします、お願いしますっ!!」
 御者の悲鳴じみた呼び掛けに、馬車の中から護衛の冒険者達が飛び出した。
 だが、駆け出しの街から来た護衛達も、こんな大物は想定外なのかグリフォンを一目見ただけで顔を引きつらせて固まってしまう。

「隊長―っ! グリフォンはこちらにお任せを! 隊長は、あちらのマンティコアをお願いしますっ!」
「お、俺一人でかっ!? ううっ、わ、分かった! 死ぬなよお前らっ!」

 一言叫び、駆け出す騎士隊長。
 隊長が駈け出したその先には――

 人の頭が付いた獅子の体に、サソリの尾とコウモリの羽が付いた生物。
 そんな、キメラみたいな気持ち悪い体を持つ凶悪な魔獣、マンティコアがそこに居た。

 俺達はどうやら、グリフォンとマンティコアが縄張り争いをしている地帯に迷い込んでしまったらしい。
 凶悪な魔獣に挟まれ、御者も騎士も冒険者も、皆等しくパニックになっていた。

「だ、だからちゃんと街道を行こうと言ったんですよ隊長! 隊長が、急ぐダスティネス卿の為にと短縮ルートを行こうと言い出すから……っ!」
「う、うるさいぞ、お前達も強く反対しなかっただろうが! ああくそ、そっちは任せたぞ! マンティコアなんぞに、栄えある王国騎士が遅れを取ってたまるかっ! くらええーっ!」

 剣を抜いてマンティコアに立ち向かう隊長を、チラリと一瞥したマンティコアは、翼をはためかせるとフワリと空に舞い上がり、その標的を――!

「こ、こっち見てる! めちゃめちゃこっち見てるぞあいつ!」
「ひたたた、かるま、ゆらはないでくらさい、ちょ、ちょっと待って……! マンティコアは高い知能を持っています、きっと、先ほど私が魔法を使おうとしたのを見ていたのでしょう、あわわわ、き、来ますよ!」

 あかん、他に助けを呼ぼうにも、護衛の冒険者達は御者達を背中に守り、騎士達はグリフォンを牽制している。
 だが、ここで慌てる俺じゃない!

「これでも喰らえ! 『ファイアーボール』ッッッ!」

 俺は素早く手をかざし、飛び来るマンティコアに向け、覚えたての火球の魔法を撃ち込んだ!

「……なんだこんなモン」
 俺が撃ち込んだ火球を、空中にいながら尻尾の先でペシッと払うマンティコア。
 俺のファイアーボールは、マンティコアを傷付ける事なくあらぬ方向へと飛んで行った。

「めぐみーん! 俺の魔法が弾かれたぞ、どうなってんだよ! どうなってんだよっ!」
「単純に、魔力が足りないんですよ! マンティコアは高い魔法抵抗力を持っています!貧弱なカズマの魔力では、上位のモンスター相手ではあんなものです!」

 めぐみんは、そう叫ぶと同時に、爆裂魔法の詠唱を再び開始。
 今度こそは邪魔しないように――っていうか!

「ウハッ! 男前な兄ちゃんじゃネーカ! おいお前、俺の太いのをチクッと一発ドウダイ!?」
「ヒイッ!」
 マンティコアが、色んな意味で物騒な事を言いながら、サソリみたいな巨大な尻尾を見せつけて、空中から、こちらに真っ直ぐ突っ込んで来る。
 俺はめぐみんを庇うように前に立つと、片手を地面に置いた。
「『クリエイト・アースゴーレム』!」
 壁代わりのゴーレム作成!
 こいつの後ろに隠れて、めぐみんの詠唱の時間を稼げれば――

「……っておい、なんか小さい! 小さいぞこれ! 俺の腰ぐらいしか無いんだけど! ファイアーボールと違って、今度は相当魔力を込めたんだけど!」
「カズマの魔力の総量が少なすぎるんですよ! 大丈夫、もう詠唱は終わりました! ひたすら毎日爆裂魔法を唱えてきた訳ではないですよ! さあ、いきます!」

 使えねえ!
 せっかく取ったスキル群、あんまし使えねえ!
 あらゆるスキルを覚えて、俺TUEEE出来るかと思ってたのに、ちっとも使えねえ!

 俺は弓を手に取り、使い慣れた狙撃スキルでマンティコアに狙いを定める。
 めぐみんが詠唱を終えたが、一応念には念を!

「うわあああっ、ホバーグ! ホバーグーっ!」
 そんな悲鳴が、騎士団の方から聞こえてきた。
 めぐみんが、そちらにピクリと反応し、チラと横目で確認すると……!
「『エクスプロージョン』ーーッッッ!」
 盛大に、爆裂魔法でモンスターを消し飛ばした。

 ――目の前に迫るマンティコアではなく、騎士の一人を前脚で鷲掴み、そのまま空へと連れ去ろうとしていたグリフォンを。

 めぐみんは、極力騎士を巻き込まない様、上空に魔法を放ったのだろうが、それでも、捕まっていた騎士は地面に落ちた後も爆風で転がり気を失う。

 だが、あのまま連れ去られていれば命は無かった。
 それに比べればあのぐらいは安い物だろう。
 そして、問題は――

「ちっ、チクショー! ダクネス、ダクネース! ダクネスまだかよぉ!」

 めぐみんを庇いながらマンティコアに向けて矢を放つ。
 狙いは違わず、マンティコアの片目を貫く。
 気持ち悪い悲鳴を上げたマンティコアが、めぐみんから俺へと視線を移した。

 グリフォンが倒された事により、騎士達がこちらの援護をしようと数名駈け出し、幾人かが弓を構えるが、マンティコアは片目を射られた怒りからか、それらを無視して俺だけを見ている。

 このままだと、背中のめぐみんにも被害が及ぶ。
 弓に次の矢をつがえる間も無く、マンティコアの横手に回るように駆け出すと、それを追ってマンティコアが空から肉薄してきた。

「ニイチャン、ええやんけ! ナア、ええヤンケ!」
「何がいいんだよ、キメラっぽい連中はこんなんばっかか!」
 マンティコアが俺に向かって飛び掛った瞬間。
「華麗に回避!」
「!?」

 通常ならばそうそう躱せないだろう上位モンスターの攻撃を、俺の体は見事に躱した。
 素手で戦う聖職者、モンクさんに教わったスキル、自動回避。
 敵の攻撃を確率で躱してくれる優れ物だ。

 俺に攻撃を躱されたマンティコアは、驚きの表情で俺を振り返る。
 ダストから借りた剣を抜くと、夏の日差しを受けた魔法の剣が、淡く白い光を立ち昇らせる。
 だが、これで正面から戦う必要は無い。

「おいこら、さっきから言動が怪しいケダモノ。俺は、お前みたいなタイプに深いトラウマがあるんだよ! お前をここでぶっちめて、過去のトラウマ払拭してやる!」

 威勢よく挑発し、マンティコアの集中を乱してやろう。
 騎士達の援護があるのだ、時間を稼げば――

「ああっ! マンティコアがもう一匹! 雌だ、雌のマンティコアだ!」
「つがいだったのか! マンティコアは雌の方が強い! 行くぞ!」
 こちらに向かっていた騎士達は、突如現れ、御者や護衛の冒険者に迫る新手のマンティコアへ向きを変えた。

 …………。

「いいドキョウだなニイチャン。タイマンか! このオレとタイマン張る気カ! オットコマエだな、ケツに一刺しクレてやんヨ!」
「勘弁してください! 勘弁してください!!」
 なんというやぶ蛇!
「カズマ、逃げてください! アクアが居ない今、マンティコアの一刺しによる猛毒は致命傷です!」
 めぐみんが馬車の陰から叫ぶが、相手が逃がしてくれそうも無い!

 ああ、やばい……! 
 回復魔法を取ったとはいえ、治療魔法までは取ってない。
 治療魔法は魔力かスキルレベルが高くないと、強い毒は治せないと聞き、覚えていない。
 アクアが居ない今、ちょっとした傷でも命に関わる。
 その恐怖が身を竦ませる。

 剣を構えたまま対峙する中、マンティコアが舌舐めずりをして飛び掛ってきた。

 一太刀!
 一太刀浴びせれば、不死王の手スキルで無力化出来る可能性が……!

「グアッ!? かすり傷ダガ、何だコリャ!? 魔力がフウジラレテ……!?」
 剣先が僅かに掠ったが、どうやら発動したのは魔法封じらしい。

 個人的には一番ハズレだと思っていた状態異常だ。
 襲い掛かるマンティコアの前に、今度は自動回避スキルは発動してくれず、為す術もなく伸し掛かられた。
 両の前脚で、仰向けになった俺の手首を器用に押さえ、尻尾の先の針を俺の尻の辺りに向ける。
 そのまま、それを刺すでもなく、片目が潰れたおっさんの顔で、ニヤニヤしながら言ってきた。

「オイオイ、魔法フウジカ? これじゃ飛べねえジャネーカ、どうしてクレンノ? 覚悟はイイカ? 一発ブスッと、天国に連れてってヤンヨ!」

 色んな意味の恐怖で失禁しそうになる。

「カ、カズマー!」
 めぐみんが叫び、その声を聞きながら。
「ああああ、こんな事になるなら昨日カッコつけずにめぐみん食っとけば良かったあああああああ! 童貞のまま死にたくなねえよおおお!」
「こっ、この男はっ! この男はこんな時でも!」

 ――めぐみんが叫ぶ中。黒い塊が、俺に伸し掛かるマンティコアを弾き飛ばした。

 俺の貞操の危機に颯爽と現れたのは、もちろん――
「おせーよ! だから、鎧はちゃんと着てろって言ったんだ!」
「だ、だって、昨日一日着ていたら、汗で蒸れて……! 鎧が臭くならないか心配になって……っ!」
 顔を赤くして言い訳してくる、今の今まで馬車の中で鎧を着ていたダクネスだった。

 グリフォンを遠目に発見してから、こいつは一人、ジタバタと鎧を着込んでいたのだ。

 ダクネスが大剣を構え、タックルで弾き飛ばしたマンティコアへと向き直る。
 ダクネスなら、高レベルの状態異常耐性スキルを持っていたはずだ。
 なのでマンティコアに刺されても大丈夫なのかも知れないが、ここは向こうの騎士連中が雌を仕留めるのを待った方が――

「ぶっ殺してやるっ!」

 そんな事を言う間もなく、ダクネスが物騒なセリフを叫び、剣を振りかぶり襲い掛かった。
 当然の事ながら、身軽なマンティコアはそれらをヒョイと躱していく。
 だが、空に逃げる事は無い。

 ――なるほど、マンティコアの体の構造上、幾ら異世界だとは言っても航空力学的に空を飛べるのはおかしい。
 地球とは重力が同じかどうかは知らないし、向こうの物理法則がこちらでも同じなのかは分からないが――

 先ほど魔法封じを食らった時、飛べなくなったじゃねーかと言っていた。
 こいつらは、魔力的な物で空を飛ぶのか。

 そうこうしている間に、ダクネスは何度もマンティコアへと攻撃を続けていた。
 それらは全て躱されるのだが、ダクネスは攻撃の手を休める事なく剣を振り続ける。

「ダクネス! そいつはしばらく飛ぶ事が出来ない! 離れた所から矢を射かけて、もう片方の目を……」

 そこまで言って、俺は気付いた。
 ダクネスの様子がおかしい事に。
「カ、カズマ、ダクネスが……! なんだか、ダクネスの様子が変ですよ!」
 ダクネスが、荒い息を吐きながらも嬉々としてマンティコアを追い回していた。
 いつものドM騎士はどこへやら、マンティコアから反撃を受けてもそれらを平気で鎧で止め、そのまま休む事なく――

「ハハハハハ! フハハハハハハ!」
「おいダクネス、笑いがどっかの悪魔みたくなってんぞ! ってゆーか、鎧だろ! その鎧が原因だろ!」
 ダクネスが身に付けている漆黒の鎧。
 それが、陽の光の反射だけでなく、自らも怪しく輝いていた。
 呪いか加護かは知らないが、あれの所為でダクネスがハイになっているのは間違いない。
 鎧は後でひん剥くとして、今はマンティコアだ!

「グヌヌヌヌヌ、ああああああああ!」
 マンティコアが、歯を食いしばって変な声を上げると、翼をはためかせて空へと体を舞い上げていく。

 くそ、もう状態異常の効果が切れたのか?

 いや、表情が苦しそうだ、魔力が使えない中、必死で羽を動かしているだけかも知れない。
 あいつを地上に落とさない事にはどうしようもない。
 弓で射てもいいが、ここは覚えたての中級魔法――!

「喰らえ! 『フラッシュ』ッ!」
「ギャンッ!?」

 俺の唱えた閃光魔法は空へと撃ち上げられ、マンティコアの眼前で強烈な光を放つ。
 その光は、マンティコアの目と……
「ぎゃー! 目、目があああああっ!」
「な、何をやっているんですか! 自分の魔法で目をやられてどうするんですか!」
 同じく、地面をのたうち回る俺の目を焼いていた。

 ちくしょう、覚えたてのスキルによる弊害が!
 馬車での移動の間、魔力の温存なんて考えずにちょっと試しておけば良かった!

 視力が回復するのを待っていると、遠くから歓声が聞こえた。
 おそらくは、雌のマンティコアを退治したのだろう。
 そして――

「グハッ!」

 近くから聞こえるマンティコアの声。
 ダクネスが、地に落ちたマンティコアにトドメを刺したのか。
「カズマって、馬鹿なのか賢いのかどっちなのですか?」
 俺は目を閉じたまま、呆れた声のめぐみんに手を引かれながら。

「こ、こんな苦労すんのも、全部家出したアイツのせーだ! 見つけたら覚えてろよー!!」

 遠く、どこに居るとも知れないアクアに吼えた。
来週はアクア回


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。