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五部
23話
「さて、冒険者の皆様に集まって頂いたのは他でもありません。この街に、魔王の軍勢が襲撃に来るとの噂についてです」

 アクアが書き置きを残して屋敷を出て行ったのが今朝の事だ。
 俺とめぐみんとダクネスは、アクアを追うのではなく冒険者ギルドへとやって来ていた。
 間の悪い事に、久しぶりの緊急招集を受けたからだ。

 本当は、そんなものは放っておいてアクアを追い掛けたいところだが、この街の防衛に関してはちょっと気になる所もある。

 俺はめぐみんとダクネスを連れて、ギルドのテーブル席に着いていた。
 ギルドの中のテーブルは、いつぞやの機動要塞デストロイヤー対策の時の様に、企業の会議室を再現したみたいに、円を描くように並べ直されている。
 そして現在。街中の冒険者達が所狭しと席に着いていた。

 呼び出しの内容は、魔王の手先による、この街への襲撃計画に対する対策らしい。
 現在捕縛中のセレナを尋問したところ、今回の計画の指揮官であるセレナが不在でも、既に街への襲撃計画は進行中であるとの事。

 と、魔法使いの女性が手を上げた。
「えっと……。それって大体いつぐらいに攻めてくるって、分かっているんですか? 規模はどの位、とか。来ると事前に分かっているなら、王都の騎士団に救援要請をすれば……」

 その言葉に、他の冒険者も頷くが、司会進行をしているギルド職員が首を振る。

「先日捕らえられた魔王の幹部の話ですと、計画当初では、街の内部からの手引きなどを考え、少数部隊による襲撃が計画されていた様です。しかし、魔王の幹部が捕らわれた事により、その身柄を取り返す事も視野に入れるでしょう。なので、敵の規模は増大すると見られています。その正確な数は分かりませんが、初心者ばかりのこの街の冒険者では、少々厳しいレベルの敵の強さと規模が予想されます。そして、王都への救援要請ですが……。実は、魔王軍主力による、王都への襲撃も計画されているらしく……。王都襲撃の時期は、この街への攻撃と同時に行われる模様です」

 ギルド職員は、ため息をこぼしながら、

「なので、はっきり申し上げまして、応援は期待できないものと思って下さい。なにせ、国の中枢が落ちてはどうしようもありません。各街のギルドにも既に襲撃計画が知らされ、腕利きの冒険者や兵士達は、現在続々と王都へ援軍に向かっております。なので、この街は我々だけで守らなければなりません」
 職員はそれだけ告げると、どんよりとした空気のギルド内を暗い表情で見渡した。
 つまりは、デストロイヤー以来の街の危機と言う事なのだろうか。

 冒険者達が、思い思いに意見を言う。
 街の門を完全封鎖して閉じこもる、街の周囲に落とし穴を掘りまくる、住人にも武器を取ってもらい、臨時の自警団的なものを……等々。
 そのどれもこれもが、多少の効果はあるかも知れないといった程度のもので、街を守れる決定打になるものは少ない。

 しかし、冒険者達からは機動要塞デストロイヤーの時の様な、深刻な絶望感は感じられない。
 単純に戦力差があるというだけで、相手は武器も通じる魔王の手下だ。
 例え低レベルな冒険者達と言えど、この場の全員が団結すればなんとかなる。
 ギルド内には、そんな前向きな意見が飛び交っていた。

 …………どうしようか……。

 俺がここに来たのは、緊急の呼び出しによるものではなく、アクア捜索の手を借りたいってのがあったんだが……。
 ……みんなと街を守ってからアイツを探しに行くか?

 でもアクアは、魔王軍が王都を襲撃して、城が空になる時こそがチャンスだとか、確かそんな事を言っていた。
 となると、マゴマゴしていれば、あの鉄砲玉みたいな女神が魔王の城へ乗り込んでしまう可能性がある。

 というか、レベル一の俺が街に残っても、出来る事はたかが知れている。
 しかし、皆で一致団結して街を守ろうってこの空気で、俺達は仲間を追い掛けるために旅に出ますとか、ちょっと言い出しにくい雰囲気だなあ……。
 何と言うか、敵前逃亡する言い訳みたいなんだが……。

「佐藤。……佐藤和真。アクア様の姿が見えないがどうした?」

 腕を組み悩む俺に、突然声を掛けてきた奴がいた。
 それは……。

「……なんだ、マツルギか」
「ミツルギだ! いい加減に僕の名前を覚えてくれ! わざとやっているんだろう? そうなんだろう? ……ま、まあいい、そんな事より、アクア様はどうしたんだ? 今日は一緒じゃないのか?」

 そこにいたのは、二人の取り巻きの女の子を引き連れた、魔剣使いのソードマスター、ミツルギだった。

「アクアなら書き置き残して家出しちゃったよ。ていうか、お前まだこの街にいたのかよ。お前みたいに強い奴は、もっと敵が強い地域の街を拠点にするもんじゃないの? 聞いたぞ、お前って、王都でもそこそこ噂になってる冒険者なんだろ? 王都に応援に行かなくてもいいのかよ。以前俺に下げられたレベルもいい加減元に戻ったんじゃないのか?」

 俺がミツルギに尋ねると。

「ああ、レベルか。実はその事で君に頼みたい事があったんだけれど……。……しかし、家出? とうとうアクア様に愛想を尽かされたのか? アクア様は今どこに?」

 ミツルギが、アクアが家出した事に食いついてきた。
 ……というか、俺に頼み?
 そういやこいつ、以前から、会う度に俺に頼みがあるとかそんな事言っていたな。
 毎回うやむやになって聞けなかったが。

「アクアがどこほっつき歩いているか、俺だって知りたいよ。アイツ、魔王退治に行くって書き置き残して、夜中の内に出てっちゃったみたいでさ。魔王の幹部が減ったから、今なら魔王城の結界を破れそうなんだとさ。……それより、俺に頼みって……」

「魔王退治!?」

 ギルドに響くミツルギの声。
 突然の大声に、ギルド内が静まり返った。
 そんな中、ミツルギが俺の胸元を掴んでくる。
「魔王退治だと? アクア様は、たった一人で魔王退治に旅立ったのか!? 君はこんな所で何をやっているんだ!」
「いや何をやっているって言われても! アクアがいなくなったのに気が付いたのがついさっきで、そのあと緊急招集があったから、ここにこうしているんだろうが!」

 その、俺とミツルギのやり取りを聞いていた、ギルド内の冒険者達が……。

「アクアさんが一人で旅に!? おいおい、無茶だろそれは」
「あの人を一人で旅に出させるなんて、無謀にも程があるだろ!」
「アクアさんの生活力の無さは筋金入りよ。あの人、この街に住んでもう長いはずなのに、今でもたまに迷子になったりするのよ? 魔王の城になんて、行けるわけないじゃない!」

 まるで蜂の巣を突いた様な騒ぎになった。
 ……というか、散々な言われようだ。

「落ち着いて! 皆さん、落ち着いて下さい! ……この中で、今日、アクアさんを見かけた人はいませんか?」

 ギルド職員が声を張り上げると、ギルド内が一瞬静まり返った。
 やがて、そこかしこでアクアについての情報が飛び交うが、有力な手掛かりは得られない。

 何と言うか、アクアは俺の知らない間に、この街で色んな人と交友を深めていた様だ。
 俺ですらあまり話した事のない冒険者が、皆、アクアの身を案じている。

 ……アイツ、意外に人望あったんだなあ。

 これだけ交友を深めていたら、セレナ戦で傀儡化した冒険者達の手の平返しで、ショックを受けるのも仕方がない事なのかも知れない。

 ……でも、これだけ色んな人に心配掛けているのだ。
 アクアを見つけたら、泣くまで説教してやろう。

 その為にはまず、アイツを……!
「こ、こうしちゃいられない! 僕はアクア様の後を追う! 佐藤和真、君はどうするんだ!? もちろん後を追うんだろ? 僕と一緒に行くかい?」
 ……ミツルギに先に言われた。

「こ、困りますよ! ミツルギさんの様な高レベル冒険者には、ぜひこの街の防衛をお願いしたいのですが……! アクアさんの捜索願いについては、各街のギルドへ至急伝達しますから……!」
 ミツルギの言葉に、ギルド職員が慌てて言った。
 そんな、ギルド職員に。

「おい、行かせてやれ!」

 昼間から酔っ払った、腰に剣を帯びたチンピラが、突然罵声を浴びせた。
 眼つきの悪いチンピラは、椅子に腰掛けながらだらしなく足を投げ出し。
「この街の防衛ぐらい、ここにいる連中だけでどうにでも出来んだよ。おい、職員! お前が知らないだけでなぁ、ここには高レベル冒険者がたくさん居るんだからな。女を二人も連れたイケメンなんかに頼らずに、俺達に頼れや!」
 そんな、カッコイイのだか悪いのだか、良く分からない事を言い出した。

 そのチンピラ……、ダストの傍で、オロオロしながら、その暴言を止めようか止めまいか迷っているゆんゆん。
 この子はなぜそんな所にいるのだろう。
 そんなダストの隣では、面白そうに騒ぎを眺めるキース達もいる。

 ゆんゆんにもついに、ギルドで一緒にたむろする友人達が出来たのだろうか。
 でも、俺が言うのもなんだが、友達は選んだ方が良いと思う。

 ……しかし、高レベル冒険者がたくさん居る?

「いえ、そうは言いましても……! この中に、レベル二十以上の冒険者の方はどれだけ居ますか? レベル十以上から二十未満の方が殆どだと思います。冒険者の基本としまして、レベル二十を超えると、この街を出てもっと実入りの良いモンスターが生息する地域へ拠点を移すのが当たり前です。この中に、レベル二十以上の方が数人居れば良い方でしょう……」
 ギルド職員が、困った表情を浮かべながら反論する。

 ……レベル二十を超えたら拠点を移すのか。
 俺達の場合はこの街に家があるから、そんな事は気にしなかったが……。
 と言うか、毎回雑魚相手にすら苦戦するからちっともそんな気はしなかったが、俺達って結構な高レベル冒険者だったんだなあ……。

 一年足らずでレベル三十超え。
 普通の冒険者のレベルアップペースがどんなものかは知らないが、強敵と渡り合ってきた俺達の成長速度は、間違いなく早い思う。

 …………と、一人の冒険者の男が立ち上がり、ポツリと言った。

「……俺、レベル三十二だけど……」
「えっ?」

 男の言葉に、ギルド職員が声を上げた。
 やがて、続いて他の男が立ち上がる。

「あの……。俺、レベル三十八です……」
「えっ」

 それを皮切りに。
 冒険者達が続々と立ち上がり、自分のレベルを告げていった。
 立ち上がった者は、誰も彼もがレベル三十以上の者ばかり。
 中には、レベル四十超えの者まで居た。

 やがて、ギルド職員のお姉さんが、その冒険者達のカードを確認して回ると……。
「……な、なぜ皆さん、これだけレベルが上がっているのに、この街に居たんですか!? この街周辺のモンスターなんて、レベル上げの効率も悪いでしょうに……?」
 そんな、驚きと疑問が入り混じった声を上げた。
 それに、ある一人の冒険者が恥ずかしそうに頭をかく。

「そんなの、この街が好きだからに決まってるさ」

 そんな、カッコイイ事を…………。

 …………。

 ……俺は気づいてしまった。この街に彼らが残っている、その理由を。

「み、皆さん……! ……守りましょう! いけます、いけますよ! これだけ腕利きの冒険者が揃っているなら、きっとこの街を守れます! 頑張りましょう! 皆さん、力を合わせてこの街を…………!」
 職員のお姉さんが感極まって涙ぐみ、そんな事を言う中。

 俺は、立ち上がった高レベル冒険者達が、男しかいない事に気がついていた。
 そして、そんな彼らの顔には、見覚えが。



 

 …………サキュバスの店の常連さん達じゃないですか。








 ギルド内が異様な盛り上がりを見せる中、そんな冒険者達を気にもせず、ミツルギが地図を取り出し、テーブルの上に広げた。
 それは、俺達が以前、紅魔族の里まで旅した時に手に入れた地図よりも、もっと大きく、詳細に描かれた地図。
 ミツルギは、その地図のとある場所を指差した。

「ここだ。ここが、魔王の城だよ」

 言って、ミツルギが指したのは地図の北西に位置する場所。
 そこには、黒い城のマークが描かれている。
 そして、魔王の城の下へずっと南下した所には、王都と描かれた城のマークがあった。

「見ての通り、魔王の城へ行くなら王都へテレポートで送ってもらい、そこから徒歩で向かうのが一番早い。王都と魔王の城の境界線となる国境付近には、要塞化した小さな街がたくさんある。そこで食料の補給も出来る事だろう」

 ミツルギが、俺達に説明しながら魔王城へのルートを指でなぞる。
 それに対して、俺の右隣に座っていためぐみんが、
「……あのアクアが、果たしてそんな風に素直に向かうでしょうか? きっとややこしく考えたり妙な事を始めたり……。ともかく、何かしら余計な事をして、真っすぐは向かわないと思うのですが」

 そんな、アクアの行動をよく分かっている事を言う。
 俺の左隣に座っているダクネスもこくこくと頷いている。
 もちろん俺もそう思う。

 と言うか、途中でヘタれて及び腰になり、俺達が追いかけて来ないかと少しだけ期待しながら、出来るだけ遠回りで安全なルートを使うな、アイツなら。
 俺は地図をしばらく眺め…………。

「……アルカンレティアからも魔王の城へ行けるんだな」
 俺はポツリと言った。

 水の都アルカンレティア。
 紅魔族の里へと繋がる、アクシズ教の総本山。
 そこから、北東に向かうと紅魔の里。
 そして、街から北西に向かうと、途中幾つかの村を経由して、魔王城へと至る道が記されていた。


 アクアの思考を予想してみよう。
 家を飛び出し、最初は意気揚々と旅に出る。
 だが、あの手紙の追伸の部分から察するに、内心では既に結構ヘタれていた事だろう。

 となると、一人で行くのは怖がる筈だ。
 先程、意外と高レベル冒険者もいる事が判明したが、基本的にこの街の冒険者は駆け出しが多い。
 アクアが人でも雇おうとするなら、もっと先に行った街で腕利きを雇おうとするのではないだろうか。
 そして…………。

「……どうせ、アイツの事だから。この街で一番最初に仲間を募集した時みたいに、メンバー募集のハードル上げるんだろうなあ……」

 俺とアクアがまだ二人で行動していた頃、パーティメンバーの募集要項に、ただし上級職に限ると書いて、結局めぐみん一人しか来なかった事を思い出した。

 ……懐かしいな。
 あの頃は、カエル五匹討伐のクエストですら手に余って、メンバー募集をしたんだっけ。

「最初の頃を思い出しますね。確かあの時、私はお金も尽きて何日もご飯を食べていない状態で、たまたま目についたメンバー募集に……」

 めぐみんも、当時を思い出したのか、懐かしそうにそんな事を……。

「…………私は、最後に仲間入りしたからな。そ、その……。あまり、私の知らない話題はしないで貰えると、仲間はずれな疎外感が無くていいのだが…………」
 ダクネスが、もじもじしながらちょっと寂しそうに言った。

 話を戻し、俺は地図の上を指でなぞる。
「アクアの向かうルートはこうだな。王都へは行かず、以前旅した事のある経路で行くと思う。今朝早くの乗合馬車で温泉街ドリスに向かい、そこからアルカンレティアへ転送して貰って、徒歩で魔王城へ向かったんじゃないかな。温泉街ドリス、水の都アルカンレティア。そのどちらかで腕利きの冒険者を雇おうとするだろうが、どうせ高望みして仲間が誰も集まらないだろう。そして、どうしようもなくなって、一人で行くのは怖いと、アルカンレティアのアクシズ教徒達に泣きつくんじゃないかな」
「……ん、間違いないな」
「その様子が手に取るように想像出来ますね」
「いや待ってくれ。アクア様を何だと思ってるんだ君達は」

 俺の完璧な予測に、ミツルギだけが異を唱えた。
 そういや、コイツは未だに、アクアがどんな奴かを知らないのか。

「色々言いたい事はあるかも知れないけど、多分このルートで間違いないよ。俺達は伊達に長い付き合いじゃない。途中、温泉街ドリスで温泉に入ろうとして、店員に、出入り禁止だと追い出されたりする様子すら目に浮かぶ。アイツは、もたくさと旅をすると思うから、今から追い掛ければすぐ追い着きそうだ」

 俺の言葉に、ミツルギは半信半疑ながらも、
「……君が言うならそうなんだろうね。……時刻は昼か……。急げば、今日の乗合馬車のニ便に間に合いそうだな。それを使って、その後も強行軍をすれば、アクア様には追い着けるだろう。それじゃあ…………」
 そう言って、急く様に立ち上がった。

 そんなミツルギを見ても、もうギルド職員は止めはしない。
 事情が事情だ、行かせてくれるのだろう。
 ギルド職員は、現在大声で冒険者達に呼び掛けている。

「では、冒険者の皆さーん! これから班分けをします! 既にパーティを組んでいる方は、各パーティごとに集まって下さい! それぞれに部隊番号と、防衛時の役割を振りますので…………」
 それを聞いて、冒険者達は思い思いに小さな集団になって職員の前に立った。

 俺とめぐみん、ダクネスは、ミツルギとその取り巻き二人と共に、離れた所に立っている。
 やがて、冒険者達がパーティーごとに番号を貰っていく中。

 …………ゆんゆんが、ポツンと取り残されていた。

 ……あかん。
 そういやあの子は、こういった、仲間同士とか班分けとかが苦手な子だった。

 ゆんゆんは、しばらくオロオロと周囲を見渡した後、やがて、一応の知り合いであるダスト達のパーティーからちょっと離れた所に、遠慮する様に一人ポツンと立った。
 …………所を、早速ダストに絡まれた。

「おい、何やってんだよ。ここはお前のいる所じゃねーから」

 口の悪いチンピラの、あんまりと言えばあんまりな言い草。
 ああ、そういやコイツはこんな奴だった。
 初めて会った時、俺に絡んできた事を思い出す。

 最近では少しは丸くなった気がしていたのだが、あくまで気のせいだったらしい。

「あ、あの……。ご、ごめんなさい…………」

 ゆんゆんが、ペコペコと謝りながら、ダスト達から離れようとする。
 これは幾らなんでもあんまりだろう。
 流石に、ちょっと一言…………

「どこ行こうってんだよ。お前の居場所はあそこだろうが」

 項垂れ、その場からトボトボと離れようとするゆんゆんを、ダストが捕まえ、俺達の方へと引っ張ってきた。

 …………おおっ?

「…………?」
 連れて来られたゆんゆんが、キョトンとした顔で不思議そうにダストを見上げた。

「お前は多分この街で、一、二を争うぐらいの実力を持つ冒険者だろ。そこのいけ好かない魔剣の兄ちゃんと、なんちゃって紅魔族じゃない、本物の紅魔族であるお前が手を組めば、案外魔王相手にも良い勝負が出来るんじゃないのか? おめー、ちょっとクソ迷惑な魔王のとこまで行って、俺達の代わりに一発かましてこい」
「おい、なんちゃって紅魔族と言うのはひょっとして私の事じゃないだろうな」

 ダストの言葉に、めぐみんが反応する。
 不思議そうに見上げるゆんゆんに、ダストはなおも続けた。

「こいつらだけじゃ、どうにも心配だ。アクアのねーちゃんを連れ帰って来るだけならいいが、どうせこいつらの事だ。また、ろくでもない事に巻き込まれるかも知れないしな。なんちゃってアークウィザードじゃない、本物のアークウィザードなお前が着いて行ってやれ。……なに、お前はテレポートが使える様になっただろ? いざって時にはこいつら置いて、一人だけでも帰って来ればいい」

 このチンピラ、最後にサラッと何言ってくれてんだ。

「おい、なんちゃってアークウィザードとは、ひょっとしなくても私の事か」
 めぐみんが、ダストに向かって詰め寄った。

 そんな中。

「…………わかりました。私、アクアさんの手助けに行って来ます! と、友達……を、助けるのは当たり前ですし……」
 ゆんゆんが、恥ずかしそうに口籠りながら笑顔を見せた。

 一連の流れを聞いていたギルド職員は、上級魔法を使えるゆんゆんの離脱に少し渋い顔をしていたが、チンピラに絡まれるのが怖いのか、口出しはしてこない。
「おい、紅魔族は売られた喧嘩は買う種族だ、その喧嘩買おうじゃないか。ほら、街の外へ来るがいい!」

 めぐみんが、言いながらダストの服を掴んでグイグイと外に連れ出そうとする中、ミツルギは爽やかそうな笑顔を浮かべ、ゆんゆんに片手を差し出した。

「……決まったみたいだね。それじゃあ、……ゆんゆんって言ったかい? 一緒に行こうか。アークウィザードだなんて心強いよ。パーティも決まっていないみたいだし、なんなら僕のパーティに入って、ずっと一緒に居てもいい」
「あの……。そ、それは、結構です……」
 ゆんゆんは、差し出してきたミツルギの手をオズオズと掴んで軽く握手すると、パーティ入りはキッパリと断った。
「…………」

「だ、大丈夫よキョウヤ! 私達が居るじゃない!」
「そ、そうよ! アークウィザードが入ってくれればバランスはいいけど、彼女はこの街でも有名な魔法使いだし……! 仕方ないって……!」
 ちょっと傷ついた表情のミツルギが、取り巻きの女の子二人に慰められている。

「おいダスト、イケメン様の勧誘が失敗したよ! 調子こいて、ナンパするみたいに手を差し伸べたけど、イケメン様だって振られるんだよ!」
「ぶひゃひゃひゃ、ざまあー! ぼっちで有名なコイツでも、友達ぐらいは選ぶってよ!」
「ち、違……! わ、私なんかが入っても、迷惑掛けそうだって意味で……! ちちち、違うんです……!」

 俺とダストがここぞとばかりにミツルギをからかうと、ゆんゆんが慌ててフォローに入る。
 そして、
「ウ、ウザ……ッ! この二人、ほんとにウザッ! キョウヤ、こんなモテなさそうな二人の言う事なんて、気にしちゃ駄目だからね!」
「ちょっとチンピラ、あんたあっちに行ってなさいよ! ほら、しっしっ!」
 ミツルギの取り巻き二人が嫌な顔をする中、ミツルギはなんとか立ち直ると。

「そ、それじゃあ、そろそろ行こうか……。アクア様を追い掛けるのは、僕と、僕の仲間の二人。そして、君達四人だね。……でも、僕はこの旅は好機だと思っているよ。魔王軍が街や王都へ攻め入ると言うのなら、魔王の城には最低限の敵しかいない事だろう。結界で守られていると油断しているそこを、アクア様が結界を解いて、僕が乗り込む。……どうだろう、上手くいくと思うんだが」

 アクアと似たような事言うなあ。

「却下だ却下。あのな、言っとくけど俺は今レベル一だからな。そんな状態で魔王との戦闘なんて論外だから。と言うか、道中の旅ですら正直厳しい。凄く厳しい。こんなんで、魔王との戦いなんて無理だからな」

 そんな俺の言葉に。

「君もレベル一に? ……ああ、そうか。アレを行なったのか。あの、レベルを下げるスキルは自分にも効果があったのか? うーん……。アレに関しての頼み事は、アクア様の件が片付いてからでいいか……」

 ミツルギが、妙な事をブツブツと呟き出す。
 また、その頼み事って話か。
「お前、以前から言ってたその頼み事ってのは何なんだ? 俺に何をして欲しいんだよ。またアクアを賭けて決闘しろとか言われても、そんなもん聞かないからな」
 その、俺の言葉に。

「うん? いや、君への頼みって言うのは……。最近、レベルが上がり難くなってきてね。君にまた、レベルを下げて欲しかったんだよ」
 ミツルギが、そんな事を言っ……。




 ……えっ。




 コイツ、今なんて言った?

「貴様! レベルダウンを求めるとか、なかなかに上級者じゃないか! この私でも躊躇する弱体化プレイを望むだなんて、私はお前の事を過小評価していた様だ!」
「や、ややこしくなるからお前は黙ってろ。……いや、何でレベルを下げて欲しいとか変わった事言い出すんだよ。そんな事されて喜ぶタイプの人間なら、見ての通り、もう間に合ってるぞ?」
 興奮しだしたダクネスを黙らせながら、俺はミツルギに尋ねる。
 すると、ミツルギは意外そうな表情で。

「何だ、君は自分で持っているスキルなのに知らなかったのか? レベルは、一度下がっても、習得したスキルは忘れない。そして再びレベルを上げる際には、スキルポイントはちゃんと加算されるんだよ」





 ……えっ。





「普通の冒険者にとっては、レベルダウンは致命的だけど……。僕の様に強力な武器を持つ冒険者なら、レベルが下がっても、再び上げ直すのにそれ程時間は掛からない。……ちょっと、強力な攻撃スキルを覚えたくてね。君にもう一度レベルを下げてもらおうと思っていたんだが……。レベルを下げるとステータスは当然下がる。アクア様を探しに行く旅は厳しいものになりそうだ。だから、レベルダウンは、アクア様を無事探した後でお願いしたいんだけど……」



 俺は、そんなミツルギの言葉なんて既に聞いちゃいなかった。
 あれ……?

 そういえば、俺ってレベル一になったけど、ダイナマイトもどきを爆発させる時とかも、普通にティンダーが使えていたな。
 ……あれっ。
 俺が最強の冒険者になれるフラグじゃないのか?
 俺の就いている職業、最弱職と呼ばれる冒険者は、スキルポイントさえ足りていて、そのスキルを使う職業の人に教えてもらえれば、あらゆるスキルを習得できる。
 あれ?
 ひょっとして、この俺が最強の勇者とかになるフラグが…………

「……何を考えているのか知らないけれど、冒険者の君が強力な攻撃魔法を覚えても、直ぐに魔力が枯渇するし、本職には当然敵わない。ソードマスター特有の攻撃スキルを覚えても、それも当然、僕ほどの威力は出ないよ? まあ、今より更に器用貧乏な感じにはなるだろうけど……」

 早速俺の最強フラグをへし折るミツルギ。
 いや、でも。
 それでも、これは……。

「……ゆんゆん、今からマクラギさんを連れて、アクアを探しに行ってくれませんか? アクアはアンデッドにたかられるという、厄介な性質を持っています。なので、今もこうして一人にしておくのが心配なのです」
 めぐみんが、ゆんゆんにそんな事を言い出した。
「僕はミツルギだよ」
 ミツルギが横で訂正する中、めぐみんは、
「私は、今からカズマを連れて行く所が出来ました。ゆんゆんは、先に行っていて下さい。私達も後から追い掛けますので」
 と、何を思い付いたのかは知らないが、そんな事を。

「わ、分かった! きっとアクアさんを見つけるから! アクアさんを見つけたらどうしたらいい? テレポートでこの街に送ればいいの?」
「いえ。ここに送り返しても、根本的な問題を解決しなければアクアはまた家出するでしょう。アクアと合流したら、そのまま、魔王の城へと向かって下さい」

 えっ。

「わ、分かったわ! めぐみんも、カズマさんもダクネスさんも! 気をつけて追い掛けて来てね! が、頑張るから! 私、頑張るから!」
「頼みましたよ。なに、アクアと合流出来れば、ゆんゆん達のパーティ構成は理想的です。魔剣使いのなんとかさんと、そちらの槍を持った戦士の方。そして、同じくそちらの盗賊の方。それに、ウィザードのゆんゆんと治療役のアクア。非常にバランスの取れたパーティになるでしょう」
「ミ、ミツルギだよ……」
 まあ、確かに理想的なパーティ構成ではある。
 では、あるのだが。

 俺は、これからの事で、非常に嫌な予感がしていた。
 めぐみんは何を思い付いたのか。
 俺に何をさせようと言うのか。
 というか、アクアの根本的な問題を解決するって、既に嫌な予感しかしないんだが。

「でも、めぐみん達は、三人で大丈夫なの?」
 ゆんゆんが、心配そうに言った。

「大丈夫です」

 それに、めぐみんは自信満々に言ってのける。
 俺を指差しながら。


「この男を連れて、紅魔族流レベル上げ、養殖を行なって来ますから」
次回、大悪魔とリッチー無双。
そこには、本来は敵対する女神を助けたいとの、種族の垣根を超えた想いと、愛と友情の物語が…………!



そんな話にならなくても謝らない。


以前、一部を書いている時に、ミツルギのレベルダウンに関連して、先の展開を見抜き、予想された方がおりました。
その際、感想を消させて頂いた方、及び、消して頂いた方々に改めてお詫びと感謝を。

主人公、最強になるん?
カッコイイ主人公になれるん?
そんな疑問と期待が沸くかもしれませんが、当作品に主人公最強要素はありませんので、そんな期待はしないで下さい。
あくまで、更なる器用貧乏化が進むだけです。


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