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五部
14話
 セレナがこの街に来て、しばらくの日にちが経った。

「セレナさん、ちょっと討伐で傷負っちゃってさ。治してくれないか?」
「ええ、もちろん構いませんとも。傷を見せて下さい」
「セレナさん、次、俺お願いします!」
「セレナさんマジ女神!」

 冒険者ギルドの酒場内。
 暗黙の了解でセレナ用と決められたテーブルの一角では、傷を負った冒険者達がセレナの下へと集まっていた。

 それを……。
「……気に食わないわね……!」
 ギルド受付のカウンター内に勝手に入り込んで身を隠して、そこから頭だけを覗かせるアークプリーストが、遠巻きに監視していた。

「アクアさん、こんな所に勝手に入って来られると困るんですが……」

 ギルド職員が注意するも、アクアは一切取り合わない。
 職員が俺に視線を送ってくる。
 どうにかしてくれ、と。

「……おいアクア、そんな所に居ると迷惑だから。多分バレバレだし出て来いよ」
「……あの女、ギルドでの私の人気を横取りするなんて良い度胸だわ。本来、あそこで冒険者達を治療して癒しの女神扱いされるのは私の仕事なはずよ」
 お前、今までそんな事一度もした事なかったじゃないか。


 ダクネスとめぐみんは、調べたい事があると言い残して朝から何処かへ行ってしまった。
 今日だけではなく、セレナというあのプリーストが来てから毎日だ。

 そして俺はといえば、討伐に行かないなら夕方まで寝ていようかと、部屋でゴロゴロしていた所をアクアに襲撃された。
 何の為に部屋に来たのかと言えば……。

「なあ、幾ら調べてもあのねーちゃんの弱点なんて出てこないって。もう帰って寝ようぜ」

 ……つまりはこういう理由である。
 アクアに無理やり付き合わされている俺がうんざりして言うも、アクアは未だにカウンターから出て来ない。

「嫌よ。大体、あの女は何だかとても気に食わないの。完璧過ぎるのよ。美人でスタイルも良くて性格も穏やかで誰にでも優しい。それでプリーストとしての実力もある。あの女は完璧過ぎるわ。そう、まるで私やエリスの様な女神クラスの完璧さよ」
「突っ込まないぞ」

 アクアに言いながら、俺は冒険者の治療を行うセレナを見る。
 セレナは俺に見られている事に気付くと、こちらに向かって目を細めて笑顔を浮かべ、ヒラヒラと手を振ってきた。
 そのセレナの周りには、取り巻きのように冒険者達がたむろして、セレナに治療してもらうのを順番待ちしている。
 というか、中にはほとんど傷らしい傷もないのに並んでいる、追っかけの様な者までいた。

「ねえカズマ、お願いがあるの」

 アクアがカウンターから立ち上がり、唐突に言ってくる。
 そして俺に右手の人差し指を突き出すと。

「カズマのダガーで、ちょっと私の指の先っちょをチクッとやって頂戴。あの女に治療して貰ってくるわ」
「……お前自分で治せるだろ。因縁付けに行く気か。やめとけよ、何だかんだであの人は今、冒険者達に評判良いんだぞ。余計な事すると他の冒険者を敵に回すぞ?」

 俺はアクアに忠告するも、頑として聞き入れない。
 人差し指を突き出したままじっと立ち尽くすアクアに、俺はしょうがなくダガーを引き抜くと……。

「……おい、自分で言い出したんだろ。指動かすなよ」
「だって、やっぱりちょっと怖いんですけど。ほんの少し、血が滲むか滲まないか位の皮一枚ぐらいの傷だからね? ちょっとよ?」

 そんな事を言いながら、俺が近付けるダガーから逃げる様にチョロチョロ指を動かすアクア。
 怖気づく自分の右手を押さえる様に、アクアは左手で自分の右手を包み込み、左手の指の間から右手人差し指を出す。

 分かった分かったと言いながら、なぜこんな事をやらされているんだろうと悩みつつも、俺は慎重にダガーをアクアの指先に……。

「おおっと、指が無くなっちゃいましたー。本物の人差し指はどれでしょう?」

 ダガーが触れるか触れないか。
 その瞬間にそんな事を言いながら、アクアが楽しげな顔で右手人差し指をヒョイと引っ込め、それを隠しながら左手の指の間からピョコピョコと……。

 …………。
 俺は無言でアクアの左手を掴むと、ダガーの先で軽く突く。
「……ッ! ……ッ!」

 ダガーで突かれた左手を押さえ、痛みで声も出せずにうずくまるアクア。

「ほら行って来い」

 アクアに声を掛けてやると、アクアは涙を浮かべて恨めしそうにこちらを睨み、そのままノシノシとセレナの下へと向かって行った。








 遠巻きにアクアを見守っていると、一体何のつもりなのか、アクアはよたよたと妙な動きをしながらセレナのいるテーブルへと歩いて行く。
 まずは、酔っ払いの物真似でもしながら接近する模様だ。

 そして、セレナの前に並んでいた列の真ん前の冒険者に近付くと。
「すいませーん。わたしー、見ての通りの重傷者でー。か弱い女性な私に順番譲ってくれませんかしらー?」
 よたよたしながら近付いたのは酔っ払いの物真似ではなく、弱った重傷者のふりをしていたらしい。
 そして妙にくねくねしながら、その冒険者にアクアが言った。

 くねくねしているのは妙な儀式を始めたのではなく、どうやら色気を振り撒いているつもりらしい。

 顔を引きつらせたその冒険者は、
「いや、アクアさんなら傷は自分で……。……わ、分かったよ、お先にどうぞ、分かったから変な動きで威嚇するのは止めてくれよ……!」
 怯えた様に言いながら、割って入ったアクアに順番を譲……

「待って下さい」

 順番を譲ろうとしたその冒険者をセレナが止めた。

 そしてセレナは、そのままアクアをジッと見る。
「?」
 セレナはそのまま、頭に疑問符を浮かべた様な顔でキョトンとしているアクアに言った。

「なぜご自分で傷を治さないのかは、まあ良いでしょう。……ですがあなたは、聖職者ではないのですか? 本来ならば傷ついた者を癒すのがあなたの役目。それが、他の傷ついた者を押しのけて自らを先に癒して貰おうとはどういうつもりですか? 聖職者として、間違っているとは思いませんか?」
「思います」
 セレナにやんわりと叱られ、アクアは素直に頷いている。
 当たり前だ、正論だ。
 これ以上ないぐらいの正論だ。

「あなたがプリーストだから治療しないと言っている訳ではありません。苦しいのは他の人も同じです。なので、順番はきちんと守ってくださいね?」
「はい、ごめんなさい」
 順番を譲ってもらった冒険者にごめんねと一言謝り、アクアはそのまま列の最後尾に並び直した。

 ……だから、簡単に言い負かされてどうする。

 傷を押さえながらアクアが大人しく待っていると、やがてアクアの番が回ってきた。
 セレナの前の席に付き、左手の傷をセレナに見せる。
「先生、通りすがりのクソニートに重傷を負わされました。この傷治ります? それとも私、死んじゃいますか?」
 左手のちんまりとした傷を見せながら、アクアがそんな事を言い出した。
 セレナはその左手を取りながら、自分の片手を傷口にかざすと苦笑する。
「かすり傷ですよ、すぐ治りますから……。はい、『ヒール』。さあ、これでもう大丈夫……」

 言いながら、セレナが傷口にかざしていた手をどけると、そこには癒えることも無く、なんら変わりのない傷口が。
「……?」
 セレナがそれを見て固まっていると、アクアがわざとらしくさめざめと泣いた。

「先生、私やっぱり死ぬんですか!? 先生にも治せないぐらいの重傷ですか? それとも、先生は私の事が嫌いだからわざと治してくれないんですか? どうなんですか、先生!」

 どうやら、アクアはセレナの魔法に抵抗したらしい。
 そういや昔、ウィズが俺にドレインタッチを教えようとしてくれた時も、そのスキルにわざと抵抗して嫌がらせしていたな。
 リッチーのスキルにすら抵抗できるのだ、プリーストの癒しの魔法ぐらいは簡単に……。

「『ヒール』! 『ヒール』! ……ど、どうしたのでしょうか、効果が……」
「先生、どうして治してくれないんですか? まさか、このギルドで最強のプリーストである、私の力と人気を妬んで治したくないと言うんですか!? それとも、先生の腕がヘボだから治せないんですか? ああっ……、私このまま死ぬんだわ。この小さな傷口からばい菌回って死ぬんだわ……! カズマさーん、カズマさーん! 聞いて! この女が私を癒してくれないの!」
 俺は、そんな事を大声で喚いているアクアに近付いて行く。
 というか、ばい菌で死ぬも何もお前に毒は効かないし、そもそもお前に触れた時点で浄化されちまうんじゃないのか。
 そんな事を心の中で突っ込みながら、俺はアクアの後ろに立つと。

「私が死んだ暁には、街の真ん中にピラミッドを越えるお墓を建ててちょうだい。そして、中には私の部屋にある、カズマがいつもガラクタ呼ばわりしている財宝の数々を収めてちょうだい。お墓の番人はゼル帝ね。お供えは、朝昼晩の三回、きちんと、お酒と美味しいおつまみお供えしてね。そして墓標にはこう記すの。偉大なる……」
 バカな事を大声で喚き続けているバカの後頭部を、ダガーの柄の部分で軽くどついた。
「偉大なるバカここに眠るって書いといてやるからな。すいませんねセレナさん。ほら行くぞ!」
「……ッ! ……ッ!!」
 俺は、後頭部を押さえながら痛みに転がり回るアクアの襟首を掴み、そのまま立ち去ろうとする。

 というか、周りの冒険者達の視線が痛い。
 どう見てもアウェイ感満載だ。

「あの……。カズマ様、大切なお話があるのですが。少々お時間よろしいですか?」

 セレナが、アクアを回収して立ち去ろうとしていた俺に言ってきた。
 そんなセレナに、自分で手の傷と後頭部にヒールを掛けて復活したアクアが、勢いよくバッと立ち上がると。
「ちょっとあんたいい加減にしときなさいよ! ウチのカズマさんにしつこいんですけど! ギルド一の美人プリーストとしての立場を持っていっただけじゃ飽き足らず、その色香でカズマさんまで持っていくつもり? ウチのカズマさんは、年下の子にお兄ちゃん呼ばわりされただけでコロッと落ちちゃう意志の弱い人なので、そういうの止めてくれます?」
 この野郎。

 と、冒険者の誰かがポツリと言った。
「ギルド一の美人プリースト……」

「「……ブフッ!」」
「今笑ったの誰よー! そっちから聞こえたわよ、出て来なさいよ! あっ、あんた昔私が蘇生してあげた人じゃない! 笑うんだったらお金払って! 蘇生は本来高いお布施を貰う超高等魔法なんだから、お金払って!」
 アクアが他の冒険者達に絡みだす。

「おっ、俺じゃねえよ! 俺は笑ってねえって……、おい、酒に指突っ込むのは止めてくれよアクアさん、……って水だこれ! 何で俺の酒を使って芸をするんだよ!」
「芸じゃないわ、体質よ! あんた達の事は良く分かったわ! 何だかんだ言いながら、私、賞金首や大物モンスター相手のピンチの時には、蘇生したり癒してあげたり、支援魔法掛けたりしてあげたのに! 腹いせにギルドのお酒、全部真水に変えてやるわよ!」
「止めて下さい! アクアさん、そんな事されるとギルドが一番困ります、止めて下さい! 止めて下さい!」

 ギルド内の酒樽に駆け寄り手を突っ込もうとするアクアを、ギルド職員や冒険者達が慌てて制止しようとしている中。

「参りましょうかカズマ様。ここは騒がしいので、出来れば人気のない場所で……」

 セレナが、ギルドの騒ぎなど我関せずと言った感じで笑い掛けて来た。









 騒ぐアクアはそのままギルドに置き、俺はセレナに連れられ、街の中心部から外れた、あまり人気の無い路地へと移動していた。
 あまり人通りの無いこの辺りには、建っている店といえば、客の来ない某魔道具店ぐらいのものだ。
 話があると言うのなら、こんな場所ではなくどこか喫茶店にでも入った方が良いと思うのだが……。
 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、セレナが目を細めて笑みを浮かべる。
「あまり、お店の中でする様なお話ではありませんので……」

 セレナは、そう言って辺りを見回すと、道の脇に腰を下ろした。

「ここは、人通りもありませんし。誰かが来ても話題を変えれば良い話です。ここで、ちょっとお話をさせて頂きましょうか」

 今までの穏やかな笑顔とは一変し、途端に真剣な面持ちとなった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 それは、とてつもなく壮大で、とても悲しい話。

 セレナが語ったその話は、とても一言では語り尽くせない様な。
 それを聞いた誰もが、やり切れなさと切なさを引きずったままになるだろう、そんな話。

「……そして、その者はやがて邪悪な力に飲み込まれ……。いつしか世界中の人々に、この名で呼ばれる様になったのです。……魔王、と。魔王は、何も自ら望んでこの世界の人達を傷付けようとしている訳ではないのです……!」
「なんてこった……。……そんな、そんな漫画みたいな展開が現実にあるだなんて……!」
 セレナの話に、俺は軽い感動を覚えて言った。

 そんな俺の言葉にセレナは僅かに首を傾げ、
「……漫画? ……ともかく、そんな理由でその美しい少女は魔王と呼ばれる事になりました。今も、呪いでその姿を醜悪な魔族の姿に変えられておりますが、その呪いもやがて解けようとしています。……お願いですカズマ様、貴方様こそは神に選ばれし者。きっと、今も人類を苦しめる魔王を退治したいと願っている事でしょう、ですが……! 元は哀れな一人の少女、魔王を退治するのは今しばらく待っては頂けませんか? そして、どうしても待てないと……! どうしても魔王を退治すると言うのなら、どうかこの私をパーティに入れて、連れて行って欲しいのです……!」
 俺の手を両手で掴み、下から見上げる様にして、訴える様な眼差しですがってきた。

 なんてドラマチックな展開……!
 これだよ、俺がこの世界に、俺が異世界に求めていたのはこれなんだ……!

 カエルに食われる女神や、パンの耳に砂糖をまぶして齧る魔王の幹部。
 逃げるキャベツの収穫をしたり、土木工事のバイトをする冒険者。
 猫耳の付いたオークに、長い付け耳をするエルフ達。

 そう、今までのそれらの事が間違っていたんだ。
 この世界にだって、こんな王道的な悲劇のストーリー、真っ当なファンタジー展開があったじゃないか……!
 今までの連中がおかしかっただけなんだ……!

「でも待ってほしい。セレナさんは、どうして俺を神に選ばれた存在だなんて思うんだ? ハッキリ言っておくよ。俺が賞金首や魔王の幹部討伐に関わったのは、何と言うか巻き込まれただけに近いんだが」
 そんな俺の言葉にセレナは目を閉じ、静かに頭を振った。
「わたくしは、貴方様の名を聞いただけで直感致しました。カズマ様、知っていますか? この世界には、稀にとてつもない力を秘めた者達が現れる事を。それらは、頭脳であったり力であったり。魔力であったり武器であったり。皆、その能力の種類にはバラつきこそありますが、一つだけ言えるのは。その者達が、魔王軍の者達にとても恐れられていると言う事です」

 ピンと来た。
 日本から来たチート持ち連中の事か。

「ええっと、その連中の事は何となく分かるよ。で、俺が変わった名前しているからその連中と同じだとでも思ったのか? その、悪いんだが、俺はそんな特殊な力は何も……」
「いいえ、変わった名前だから、と言う事ではありません!」

 言い淀む俺に、セレナが断言する。
「確かに、その特殊な力を持った者は変わった名をしています。ですが、わたくしが貴方様を特別な存在だと確信したのは……! そう、かつて魔王軍にとてつもない被害をもたらし恐れられた、伝説の剣士。わたくしは貴方様の名を聞いた時に確信しました。貴方様は、その伝説の剣士の末裔なのだと!」

 なんだと、この俺が……!

 …………。

「……いや、なんで?」
「その者の名はサトウ。伝説の剣士、サトウと言います。これほどの偶然の一致があるでしょうか? いいえ、ありませんとも!」

 俺の国で一番多い苗字です。
 全くの赤の他人だと思います。

 ……まあ、しかし。

「セレナさん、悪いけども、俺は唯の最弱職の冒険者なのは間違いない事実なんだよ。セレナさんのその話は、確かに凄くテンション上がる話だし、ワクワクするのは事実なんだけれども。まあ、俺に魔王退治なんて無理だから。その気も無いし、そんな力も無い。それに、今の話じゃ魔王の正体は、そろそろ呪いが解けそうな美少女だって言うんだろ? 無理無理、絶対無理。俺、人を殺せる根性なんてないぞ。人型のモンスターが精一杯だ」

 そんな情けない俺の言葉を聞き、セレナはさぞガッカリするかと思ったのだが。
 意外にも、ホッと安心した表情を浮かべ。
「そんな、力が無いなどと謙遜など……。しかし、そうですか……。分かりました。ふふ、カズマ様はとてもお優しい方なのですね」
 言いながら、セレナは目を細めて笑みを浮かべた。
 そして、俺に深々と一礼すると。

「それでは、わたくしは……」
「セレスディナさん? セレスディナさんじゃないですか!?」

 別れの挨拶をしようとしたセレナに、突然声が掛けられた。
 それは……。

「あっ、カズマさんまで! どうしたんですか、こんな所で? カズマさんってば、私といいバニルさんといい、幹部とは随分とご縁がありますね。もうセレスディナさんと仲良くなったんですか?」

 この近くにある魔法店の店主、ウィズだった。
 と、言うか……。

「……人違いではありませんか? わたくしはセレナと言う名のプリーストです。どなたかと間違われて」
「セレスディナさん、セレスディナさん、せっかくこの街に来たのなら、私の店に寄って行きます? カズマさんもご一緒に。お茶でも入れますよ?」
 人違いで誤魔化そうとするセレナの言葉を、天然なのか、自然と遮るウィズ。

 セレナは目を細めて笑顔を浮かべ、俺に向けて言ってきた。
「カズマ様、この方とはお知り合いで? カズマ様から言ってくださいませんか? 人違いだと言う事を」
「セレスディナさん、どうしてこっちを見てくれないんです? それに、どうしちゃったんですかその上品な口調は? 似合いませんよ? 忘れちゃった訳ではありませんよね? 私ですよ、魔王さんのお城に住まわせてもらっていたウィズです、あなたと同僚のウィズですよ、セレスディナさん!」

 にこやかな笑みを浮かべているセレナの肩を、とうとうゆさゆさと揺さぶり始めたウィズ。
 それに、とうとう我慢が出来なくなったのか、セレナがウィズの手を掴んで引き剥がす。
「ちょっ……、止めてくれます? わたくしはセレナです、セレスなんとか言う人とは別人ですから、いい加減にして下さいませんか?」
 そのセレナの言葉に、ウィズがええっ! と声を上げた。

「何言ってるんですか? どこからどう見てもセレスディナさんじゃないですか。ダークプリーストのセレスディナさんでしょう? 策略を考えるのが得意で、魔王軍唯一の人間である事を生かして、よく街に潜入」
「あなた、髪の毛先に枝毛がありますね! ちょっと癒してあげましょうか! 『ヒール』! 『ヒール』!」
「痛い! 痛いっ! な、何するんですかセレスディナさん! なんなんですかもう! いいですよ、もう知りません。せっかく面白い魔道具を仕入れてきたから見せてあげようかと思ったのにまったく……! カズマさん、またお店に遊びに来てくださいね?」

 ウィズは、俺にそう挨拶をすると、プンプンと怒りながら店の方へと帰って行った。

 それを見送っていたセレナは、気を取り直したかのように両手を組み。
「……変わった方でしたね、ヒールを掛けたら煙が出ました」
「まあ彼女はリッチーだし、そんな事はご存知でしょうセレスディナさん」
 何とか誤魔化そうとするセレナに、俺もにこやかな笑顔を浮かべた。

 それでも全く笑顔を絶やさないこの女は、なかなか大した物だと思う。
 やがて、セレナはしばらく俯き黙り込むと、やがて意を決した様に顔を上げた。
「違うんです!」
「ほう」

 まだ諦めない気らしい。
 この女、根性あるなあ。

 ……あっ。
「確かに彼女の言う通り、わたくしは魔王の幹部、セレスディナ。でも聞いて下さい。貴方様に語ったあの話は本当なのです! わたくしは、実は、呪いで魔王と化した少女の姉。妹を助けたいが為に、仕方なく魔王軍へと入ったのです! ああっ……、今でも妹の事を想うと……!」
 熱い演技をしているセレナの背後に、一度見たら忘れられないインパクトを持つ奴が現れた。

「妹の事を想うとなんだ? 久しぶりであるな、記憶を取り戻し妹の事を想うも、ここで再び妹の元へ会いに行ったら今度こそ仲間に愛想尽かされそうだなと、日々悶々としている男よ。今方、嬉々としてガラクタを仕入れて帰ってきたガッカリ店主から、貴様が店の近くに居ると聞き参上したぞ。店の近くまで来たなら寄って行ってはどうか?」

 セレナの背後からそいつが声を掛けてくる。
 セレナ自身もその声には聞き覚えがあったのか、その身をビクリと震わせた。

 毎度お馴染み、ウィズに続く魔王軍の元幹部、仮面の悪魔バニルである。
 その声に、セレナが恐る恐る後ろを振り向くと、背後に立つバニルとセレナはバッチリと目があった。

「…………こ、こんにちは初めまして、わたくしセレナと申します。カズマ様のお知り合いの方ですか? あの、カズマ様。どうもお忙しい様なので、わたくしはもうこれで……」
「初めましてぶりであるな、なんら怪しい所など何一つ無い清く正しいプリーストよ。まあそう急いで帰る事もあるまい。ここはお近づきの印として、現在は炭素と化している丸焦げ店主が、先ほど嬉々として仕入れてきた愉快な品を譲ってやろうと思う」

 バニルの言葉に、セレナがホッと息を吐いた。
 そんなセレナの前に、バニルが小さなカップアイスみたいな形状の物を取り出し。

「本日のオススメはこちら! これからの夏場に最適、虫コロリンである。この可愛らしい名前とは裏腹に、その力は絶大。鼠よりも小さな生物を対象に、この魔導具の周囲に強烈な死の呪いを掛ける品。すなわち、これを枕元に置いておけば煩わしい虫刺されなど気にすること無く眠りに就ける」
「「へえ」」

 思わずセレナとハモってしまった。
 この世界にも蚊ぐらいいるだろう。
 金に困っている訳じゃないし、それは少し欲しいな。
 しかし……。

「どうせ、ロクでもない副作用があるんだろ? 低確率で人にも呪いが掛かって死ぬとか」
「とんでもない。鼠よりも大きな生物にはなんら効果は無い。死ぬのは鼠よりも小さな生物のみである」
 俺の疑問に、珍しくバニルが否定した。
 なんだよ、本当にオススメなんじゃ……。

「素晴らしいです、つまり、枕元に置いておけばあの黒くて素早い艶やかなアレも、近寄ったら死ぬ訳ですね! 是非ともお一つ……!」
「毎度あり!」

 嬉々としてそれを受け取るそんなセレナの言葉を聞いて、俺はふと疑問を持った。
「……なあバニル、それって虫以外にも、鼠より小さければなんでも死ぬのか?」
「もちろん死ぬ」

 即答するバニル。

「……じゃあ、人の体の中の微生物やら抗体やらなんやかんやは」
「もちろん死ぬ」

 ガラクタじゃねえか。

 微生物だのミトコンドリアだのは知らないだろうが、俺の雰囲気で何となく欠陥品だと悟ったのだろう。
 セレナがそれを、バニルにオズオズと返そうとするが……。

「おっと、初対面の人よ。商売人としてお客様の個人情報は厳重に守る我輩だが、返品などされると汝はお客様ではなくなってしまう。ふうむ、見える。見えるぞ、誰かの未来が……。とある仮面紳士により様々な事がぶちまけられ、冒険者達に袋叩きにされる誰かの姿……」
「買います! ぜひ買います! お幾らですかっ!?」

 気の毒に。

「フハハハハハ、本日の我輩は機嫌が良い、ポンコツ店主が仕入れたガラクタが、珍しくこうして金になったからな! 本来ならば四十万エリスのこのアイテム、特別に、初めまして価格と上機嫌価格をサービスし、百二十万飛んで八百エリスにしてくれようか!」
「増えてるじゃねーかクソッタレ! なんであたしの持ってる金の額を知ってやがる、なんでもかんでも見通すんじゃねえぞ!」

 セレナが怒鳴り、自らの財布ごとバニルに向かって投げつけた。
 突然豹変したその口調は、まるでガラの悪い冒険者の様。

 バニルは投げつけられた財布をキャッチすると、
「フハハハハハハ、ではまたな小僧! ついでに初対面の短気な人よ! 悪感情、美味である、美味である! フワハハハハハハ!」
 愉快そうに笑いながら、そのまま店の方へ悠々と消えていった。

 それを見送りながら、セレナが呆然と呟いた。

「……あ、有り金が……」


 …………き、気の毒に……。
しばらくは大人の事情で週一更新。
毎週日曜日を心掛けます。
詳しくは活動報告にて。

申し訳ない!


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