「はあー? いきなり現れて何言ってるの? なんですか? なんですか? このパーティには私という優秀なアークプリーストが既にいるので、他のプリーストなんて要りません。分かったら、あっちへ行って。ほら、あっちへ行って!」
ギルド内に、憤るアクアの声が響き渡った。
いきなり現れたプリーストに、自分の存在意義が取られないかと警戒している様だ。
セレナと名乗った女性は、そんなアクアを全く相手にする事は無く。
「サトウカズマ様。どうか、このわたくしを貴方様の従者の一人として傍に置いて頂くわけには参りませんか? このわたくしは、貴方様の足を引っ張る様な事は決して致しませんとも」
言いながら、セレナと名乗ったその女性はニコリと笑顔を浮かべてみせた。
セレナのその言葉に、どこかピリピリしながら食って掛かろうとしていためぐみんが、ビクッとして無言でダクネスの影に隠れる。
まさに今、盛大に迷惑を振り撒いてきた帰りなので何も言えなくなったのだろう。
自然と、アクアとめぐみん、そしてセレナの視線が俺へと向けられた。
まあ、俺が決めろとでも言うのだろうが。
と、言うか。
「……あんた、魔王の手下か何かだろ。こんな突拍子もなく仲間になりたい? 俺の悪評を知っていたら、ウチのパーティに入ろうだなんて輩は居ない。数多の魔王の幹部討伐に関わってきた、優秀なこの俺を危険視した魔王が、俺を始末しようと送ってきた暗殺者……」
「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」
セレナに詰問していた俺の言葉を遮って、突然アクアが魔法を唱えた。
俺の体が淡く光り、やがて収まる。
確か、傷はおろか、体に悪影響を及ぼしている物なんかをまとめて治してしまう、強力な回復魔法だ。
しかし、当然の事だが今の俺はどこにも傷なんて負ってはいない。
「……おい、今なんで回復魔法を掛けた」
「最弱職でステータスも低くてレベルもそんなに高くないカズマが、魔王に狙われる妄想に取り憑かれておかしくなったのかなと思って」
トレードしてやろうか。
「そんなにお疑いになるなんて……。カズマ様、貴方様は過小評価されているのです。数多の幹部や賞金首を打ち倒し、若くして財を成した偉大なる冒険者。あなた様はきっと、魔王に対抗するべく神に選ばれた勇者様なのではないかと……」
セレナが両手を組んで、祈るようなポーズで目を閉じながら俺に言った。
魔王が絶賛侵略中のこの世界に、移民として、神であるアクアに送り込まれた俺。
何というか、一応合ってる。
「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」
再び響いたアクアの声。
それと同時に、セレナの体が淡く光る。
「……なぜ、私に回復魔法を?」
「ウチのカズマを勇者だなんて、頭がおかしい人なのかなと思って」
…………。
「ええっと。とにかくだ、本当に不本意ではあるんだが、一応こいつがウチのパーティのプリーストなんだよ。悪いが、今現在パーティメンバー募集はしていないんだ。他を当たってくれないか」
「痛い痛い! カズマさん痛いんですけど! 痛いんですけど!!」
アクアの耳を引っ張りながら言う俺に、セレナが笑みを絶やさず言った。
「……仕方ありません。今日はこれで失礼します。でも、カズマ様。わたくしはあなたのパーティにて、きっとお役に立てますよ?」
自身たっぷりにそんな事を言いながら、セレナと名乗ったプリーストはその場から堂々とした態度で去って行った。
そんなセレナを見送りながら、俺は自分のメンバーを見る。
先ほどまで俺に引っ張られていた耳を触りながら、痛そうに涙を浮かべるアクア。
セレナが去って、ホッとため息を吐きながらダクネスの影から出てくるめぐみん。
そして…………。
「……お前、何モジモジしてんの?」
「こ、こんな公衆の面前で、実はこの鎧の下は、凄いことになっていて……。先ほどから、中に侵入した蟻達が私の体をチクチクと……。カズマ、衆人監視の中で蟻にたかられ興奮している私は……! こんな醜態を晒している私は……、ああっ、私は貴族の令嬢なのに……っ!!」
ダクネスは背徳感満載の切なそうな表情で頬を染め、モジモジしながら潤んだ瞳でこちらを見ている。
そんなダクネスを見ながら。
「……俺、さっきの人追いかけて来てもいいか?」
漲っていた。
今は、そろそろ日付が変わろうかという時間帯。
念入りに体を洗った俺は、ソワソワしながら自分の部屋に居た。
そう。
俺は今、今晩部屋に来ると言っていためぐみんを待っていた。
なんだろう、何する気だろう。
ダクネスとアレしちゃったから、アレ止まりだろうか。
いやいや、ここは盛り上がってしまって一線越えちゃっても仕方ないだろう。
というか、コレもう一線越えちゃうしかないだろう。
めぐみんなら、何だかんだ言いながら流されてくれそうな気はする。
というか、邪魔さえ入らなければ行くとこまで行ってしまえばいいと思われる。
いや待てよ、あんまりがっつき過ぎると嫌われたりしないだろうか。
いやいや、そんなん言いながらも、女って奴は何もしないでおくと意気地なしだとか、女心を察してよとか後で言い出すんだよ、でもこっちが強引に行こうとすると一歩間違えれば犯罪者。
なんなの?
なんでたった一言で、こんなに悩まされなきゃいけないの?
ああああもおおおおおおおおー!
布団の中でゴロゴロと転がって悶々としていると、やがて部屋のドアがノックされた。
思わず、嬉しさのあまりに声を上げそうになる。
落ち着け、がっつくと嫌われる。
俺は深く深呼吸すると、ドアの向こうに声を掛けた。
「ど、どうぞー」
緊張で声が裏返りそうになるが、それを何とか押し留め。
そんな俺の声を聞き、ドアがゆっくりと開けられた。
「寝てたー? ちょっと気になって来たんですけど……痛っ! ちょっと何すんのよクソニート! なんで部屋に来ただけで枕投げられなきゃいけないの!?」
そこに居たのはアクアだった。
「こんな時間に何しに来たんだよ! とっとと寝ろよ、明日も討伐に行くんだからな! 俺はもう眠いんだよ、用事なら明日にしてくれ!」
「何よ、普段は夜中まで意味もなく起きてたり、フラフラ夜遊びしてるダメ人間のクセに! ……ちょっと、昼間の件で気になってたのよ。用事はすぐ済むわ」
アクアが、怒りながらも普段とは違う真面目な顔で言ってくる。
そんなアクアにちょっとだけ気圧され、俺は布団から頭だけ出した状態で。
「よく分からんが、手早く済むならまあいいんだけれども」
そんな俺の言葉にアクアは右手を掲げると、何事かを高らかに唱えて部屋の窓に向けてその手を突き出す。
それと同時に、一瞬だけ部屋の窓が淡く輝き、やがて何事も無かったかの様に元に戻った。
「窓に強力な結界を掛けておいたからね。昼間、カズマが自分で言っていたでしょ? 魔王の手先がカズマを狙ってどうこうって。カズマの妄想だとは思うんだけど、念の為に各窓に結界を張っているの。屋敷の外には通常のヤツを。窓には強力なヤツを。これで、何人たりともこの屋敷には侵入できないわ」
そんな事を言いながら、アクアが笑った。
ドキドキしながら待っていた所にアクアが現れ、ついイライラして枕を投げた自分が恥ずかしくなる。
コイツはコイツなりに、色々と考えてはくれているらしい。
確かに、昼間のプリーストは何の脈絡も無くいきなり仲間になりたいだとか言っていた訳だが。
めぐみんとの事で、そんな事はすっかり忘れていた。
いや、俺も本気で魔王の手先だ何だと言っていた訳ではないのだが。
「それじゃ、私も部屋に戻るわね。ちっとも眠くないからまだ寝ないけれども。おやすみカズマ」
「おう、おやすみ。悪かったな、眠くてイライラして枕投げて。あっ、枕取って枕」
俺はアクアから自分の枕を受け取ると、そのまま部屋を出て行くアクアを見送る。
「……おや? こんな時間にこんな所でどうしました? アクアはまだ寝ないのですか?」
廊下の方から聞こえてきためぐみんの声。
「ちょっと気になって、各部屋の窓に結界張って回っていたの。めぐみんこそどうしたの? 枕なんて抱えちゃって、カズマに何か用事?」
そんなアクアの声も共に聞こえる。
今、枕なんて抱えちゃってって言ったか。
言ったよな。
行ける……!
今夜のめぐみんはお泊りコースだ、今夜はどこまでだって行ける……!
「えっと、ええと……。寝られないので、誰かの部屋でちょっとゲームか何かで遊ぼうかと……。ほら、カズマはニート気質があるので遅くまで起きているではないですか、なので……!」
「ほう。枕なんて抱えてカズマとゲーム? ……ほう、ほう……」
「いやその……!」
めぐみんは、廊下でアクアに追求されている様だ。
めぐみん頑張れ、何か上手い言い訳を……!
「なるほど、カズマと枕投げでもするつもりね! 私も、ここに顔出した瞬間にカズマに枕投げつけられたわ! 枕投げが最近のトレンドなのかしら。……でも止めといた方がいいわよ、今日のカズマは気が立っているわ。目が血走っていて攻撃色だったもの、めぐみんも、今夜は眠いから明日にしろって怒られちゃうわよ? 寝られないのなら私の部屋でゲームしましょう」
ちょっ……!
「ええっ!? いえその……! ええと……。……は、はい……」
そんな、めぐみんの諦めたかの様な声。
クソッタレー!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌朝の冒険者ギルド。
そこに入ると、何だかいつもとは様相が違っていた。
「では、討伐に出る方はこちらに並んでくださいね。効果が長時間持続する支援魔法を、無料で掛けさせて頂きますので……」
ギルド内には列を作っている冒険者達。
その先頭には、一人一人支援魔法を掛けていくセレナの姿。
冒険者達に、無償で支援魔法を掛けているらしい。
基本的に、プリーストというクラスは需要の割になり手が少ない。
なので、こういった支援魔法の無償サービスは、プリーストがいないパーティにとっては実にありがたい事だろう。
「あら、カズマ様ではありませんか。どうですか? 支援魔法のサービスを受けていきませんか? 支援魔法は、宗派が違えば重複します。わたくしは、そちらのプリーストの方とは宗派が違うと思いますので、きっと重複が可能ですよ?」
セレナが俺の姿に気付き、ニコリと笑って声を掛けてきた。
宗派が違うとか、よく断言出来るな。
というか、断言出来るのか。
アクアを見れば、どこからどう見てもアクシズ教徒にしか見えないもんな。
しかし、無償奉仕か。
何だか初めて、まともなプリーストっぽい人を見た気がする。
「ちょっとあんた、ここで勝手にそんな事されると、私達他のプリーストに迷惑なんですけど。プリーストのありがたみが薄れるので、同業者のお仕事奪わないで頂けます?」
ウチのパーティの、チンピラ……。ではなく。
ウチのパーティの一応は聖職者が、無償奉仕するセレナに因縁をつけだした。
セレナは、チラリとアクアを一瞥すると。
「その様な言動は慎んだ方がいいですよ? でないと、カズマ様の評判が落ちる事になります。カズマ様に悪評が多いのは、あなた方の所為でもあるのではないですか? ……それに、プリーストが無償奉仕をして何が悪いのですか? プリーストのいないパーティに救済の手を差し伸べる。その行いは、悪い行いなのですか?」
「悪くないです」
セレナの正論に、自称女神が同意した。
「別に、あなたに無償で支援魔法を掛けろとは言いません。私よりもプリーストとしての力がありそうなあなたですが、今まで他の冒険者に支援魔法を掛けなかった事にも何も言いません。……ですが、私の行いは誰に恥じることもない、正しい行いのはず。それを止める権利はあなたにはありませんよ?」
「はい」
完全に言い負かされたアクアが、俯きながらトボトボと。
「……負けたんですけど……」
女神がプリーストに言い負かされてどうする。
俺達がセレナの方を見ていると、俺の視線に気づいたセレナが、ニッコリと微笑んだ。
……どう考えても向こうの方が聖職者っぽい。
……と。
「……気に入らねえなあ……」
唐突にそんな事を言ってきたのは、今度こそ正真正銘のチンピラこと、ダストだった。
ダストは何が気に入らないのか、テーブルの上にダルそうに突っ伏したまま、セレナの方をうろんな眼差しでジッと見ている。
「気に入らねえなあ……。あんな聖職者らしい聖職者、見た事ねえ。……他の連中は支援魔法一つでホイホイ心を許してやがるが、俺は騙されねえぞ。プリーストとしての腕なら、昔、俺を生き返らせてくれたアクアの姉ちゃんの方が上だろ。俺はアクアの姉ちゃんを推すぜ。……気に入らねえ、気に入らねえなあ……」
この捻くれた男にとっては、綺麗な心を持った真人間というのは相容れない存在らしい。
なのに、なぜ俺なんかと仲が良いのだろうか。
何にしても、このギルド内にはちゃんとアクアを信頼している冒険者も数多くいる。
何だかんだ言って、アクアの方がポッと出のセレナよりも付き合いが長いのだ。
と、ギルド職員がギルド内の冒険者達に声を上げた。
「冒険者のみなさーん! 本日も、張り切って討伐に行きましょう! さて、本日は少々いつもとは事情が異なりまして……」
セレナが冒険者達に支援魔法を掛け終わるのを待っていたらしい。
ギルド職員達が、普段とは違い、今日は掲示板に討伐依頼の紙を張り出す作業は行っていない。
「実は、昨夜から……。街の共同墓地周辺に、大量のアンデッド……。ゾンビやスケルトンが大量発生してまして。本日は他の討伐を中止して、これらの討伐を行なって頂きたいのです。なにせ街に近いものですから、何時住人に被害が出るか分かりません。特に、プリースト職の方は絶対参加でお願い致します!」
……共同墓地にアンデッドが大量発生……。
俺とダクネス、めぐみんの視線が、自然とアクアに向けられた。
確かウィズとの約束で、これからはマメに共同墓地の浄化をアクアが行うと……。
「なに!? どうしてそんな目で私を見るの!? 私、ちゃんと週一ぐらいで墓場の浄化に行ってるから! 今回は私、手抜きしてないから!」
「……お前には、手抜きの前科があるしなあ……」
アクアの必死の弁解に、疑惑の視線を送る俺。
コイツは以前、マメに墓場に浄化に行くのが面倒臭いと、墓場全体に神聖な結界か何かを張った。
その結果、墓場に留まれなくなった悪霊達が街に蔓延り出した事があったのだが……。
「ねえ、皆そんな目で見ないで!? 私、今回はちゃんと仕事してましたから! 嘘じゃないですから! いいわ、見てなさいな! 今日はアークプリーストの本気を見せてあげるわ! ゾンビやスケルトンなんて私一人で十分よ!」
アクアが、開き直ったかの様にギルド中に響く大声でそんな事を宣言した。
誰かが叫んだ。
「なんじゃこりゃー!」
共同墓場。
そこは金の無い人間や、家族がどこに居るのかも分からない冒険者などが眠る墓地。
街の郊外にあるその大きな墓地は……。
百や二百ではきかない大量のアンデッドでひしめいていた。
予想を越えるアンデッドの量に、他の冒険者達も顔を引きつらせて怖気づく。
いや、怖いのではない。
現在の天気は曇り。
だが、曇っているとはいえ、昼間のアンデッドモンスターなど、恐れるに足りない。
足りないのだが……。
「……な、なあ……。帰っていいか?」
「ダ、ダメよカズマ。私だってこの異臭で泣いて帰りたいのは山々だけれど、今から私の格好良い所を見せつけるの。そして再び冒険者の人達に、ああ、やっぱりアクセルの美人プリーストと言ったらアクアさんだよなーと言わせるのよ」
再び言わせるとか、お前そんな事言われた事ないだろ。
と言うか、臭い。
物凄く臭い。
この頃暖かくなってきたせいか、ゾンビの放つ異臭がエライ事になっていた。
「しょうがない、行けアクア。お前が突っ込んでいけばアンデッドは皆お前の方に群がっていくだろう。そこを広範囲の浄化魔法で蹴散らしてやれ」
「ええっ! アンデッドには強い私も、流石に夏間近のアンデッドにたかられるのは勘弁して欲しいんですけど……」
その臭気に怯むアクア。
「では私が代わりに」
そう宣言して、ソワソワしながら爆裂魔法の詠唱を始めようとするめぐみんを、ダクネスが後ろから捕まえた。
「よし、ダクネスはそのままめぐみんを押さえておいてくれ。墓ごと消し飛ばされちゃ適わん。それじゃアクア、行くぞ!」
ここ最近贅沢三昧して弛んだ冒険者達は、汚れ仕事などまっぴらだとばかりに、誰もゾンビの群れに近づこうとはしなかった。
遠巻きに魔法を撃ったり飛び道具で攻撃したり。
だが、それらは芳しい効果を見せてはいない。
そんな中で、俺はアクアを連れてアンデッドの群れの中へ。
こいつらは、きっとアクア目掛けて殺到してくるはずだ。
「ちょっ、ダクネス、離して下さい! あそこに爆裂魔法を叩き込めば、きっと凄く爽快なはずなんです! このままではアクアがまとめて浄化してしまいます! 私の爆裂魔法の方が、絵的にもスッキリするはずですから!」
「それでは墓場もスッキリしてしまうだろう! 私は仮にも神に仕えるクルセイダー、墓荒らしは見過ごせない!」
めぐみんとダクネスが揉み合っている間に、俺とアクアはアンデッドの群れに近づいた。
アクアの、アークプリーストとしての腕だけは認めているこの街の冒険者達が、俺とアクアの援護をすべく、武器を手にアンデッドへと挑発を始める。
だが、そんな挑発はアンデッドに絶大な人気を誇るアクアの特異体質の前には……!
「……あれ?」
「……こっちに来ないんですけど」
アンデッドモンスターの群れは、攻撃を仕掛けた冒険者にのみ反撃を行なっている。
「あれか、とうとう辛うじて残っていたお前の神様っぽさにも陰りが見えてきたって事か」
「アンデッドの前にあんたを成敗してやろうかしらクソニート。あんたその内、絶対に地獄に落ちるからね」
こちらを悔しげに睨みながら、アクアがギリギリと歯を食い縛る。
「地獄に落ちたらバニルとでも楽しくやるよ」
「悔しい! あんたの無駄に広い交友関係が憎たらしいわ!」
とうとう掴みかかってきたアクアを適当にあしらっていると、アクアは俺に食って掛かるのを止め、やがて自分の仕事を執り行う。
腐っても女神。
トイレ神だの宴会神だのと呼ばれても、その力だけは一流だ。
この世界において、多分あらゆるプリーストよりも高い能力を保持しているだろう。
そんなアクアの力は、この街の誰もが認めている。
なにせ、蘇生してもらった冒険者もいるぐらいだ。
蘇生が出来るプリーストというだけで、本来ならば信仰の対象になってもおかしくないだろう。
そんなアクアが魔法の準備を始めるだけで、そこかしこの冒険者が安堵の表情を浮かべていく。
やがて、アクアの魔法が完成し。
「『ターンアンデッド』!」
アクアの声が響くと共に、墓地全体がアクアを中心にして白い光に包まれた。
光に触れたアンデッド達は……!
「「……あれっ?」」
俺とアクアの声がハモる。
アンデッド達は崩れ去ることもなく、ピンピンしていた。
そして、今の魔法を攻撃と受け取ったのだろう。
アクアに向かって一斉にアンデッド達が……!
「おおおお!? アクア、アンデッド退治はお前の唯一とも言っていい長所だろ! 何とか、何とかしろよ!」
「おかしい、おかしいわ! アレ、アンデッドじゃないかも! ていうかカズマ、どうして私から離れるの!? 私達、パーティメンバーでしょ? パーティメンバーでしょ!?」
いち早く離脱しようとする俺の服を、アクアが掴んで離さない。
ちくしょう離せ!
頼みの綱のアクアの魔法が不発だった事を受け、のんびりと見守っていた冒険者達も慌てだした。
そんな中。
「ターンアンデッド!」
それは、よく通るセレナの声。
そのセレナの言葉と同時に、彼女を中心に衝撃波の様な風が吹き抜けた。
それに煽られるかの如く、アンデッド達が、まるで糸の切れた操り人形の様に次々に地に崩れ落ちる。
それはアンデッド達に次々と伝播していき……。
「「「「おおおおおっ!?」」」」
多くの冒険者達が見守る中。
墓地にいた大量のアンデッドは、全て動かぬ死体になっていた。
大掛かりなはずの討伐が、サクッと終わってしまった。
ギルドでは、一日仕事になる予定だったらしく、他の討伐依頼を用意していなかったらしい。
なので、今日は午後からは全冒険者達がお休みだ。
そして、臨時休業となった冒険者達は……。
「いや、あんた凄いな! ウチのパーティに入らないか? ウチには一人だけだが上級職がいるぜ?」
「いやいや、ウチに入ってくれよ! ウチのパーティはそこそこ名の売れたパーティだからさ!」
「ぜひ私達のパーティに! 女ばかりのパーティだから、色々安心ですよ!」
「……いえ、その……。わたくしは、カズマ様のパーティに入りたいので……」
ギルド内の酒場の中心で、困った表情を浮かべているセレナを取り囲んでいた。
一体、なぜアクアの魔法は通用せず、なぜセレナの魔法だけが効いたのか。
そこら辺が未だによく分からないが、一つだけ分かっている事がある。
「さあ! テーブルに置かれたこのコップに、離れた所からこの松ぼっくりを投げ入れます。するとコップの中から、ニョキニョキと……!」
とりあえず、今のお前の方向性だけは間違っている。
アクアが何かの芸を披露しようとしているが、冒険者達はセレナを勧誘しようと忙しく、誰もアクアの方を見向きもしない。
「……ニョキニョキと…………。中から……最上級の天然物の松茸が…………」
アクアの声が段々小さな物へと変わっていく。
「……生えて……きますよー……? ……きますよー……」
アクアは、誰にも見向きもされないまま、寂しげな表情で、コップの中にポンと松ぼっくりを投げ入れた。
するとコップの中からはニョキニョキ……と…………。
「……おい、お前今それどうやったんだよ。夏に天然物の松茸が生えるとか、色々おかしいだろうが。というか、それ、もう二、三本……」
コップの中から生えてきた立派な松茸を手に取ると、アクアに後二、三本生やしてもらおうと説得するが……。
アクアは無言でテーブルに突っ伏すと、やがて、そのまま動かなくなった。
そんなアクアの頭をめぐみんが、ヨシヨシと撫でてやっている。
そんな中ダクネスだけが、テーブルの傍に立ったまま、何やら考え込む様に口元に手を当てていた。
「しかし、本当に良いのかセレナさん? 今回の討伐はほとんどあんた一人の活躍だ。それなのに、報酬を俺達だけで分けていいってのは……」
ある冒険者がセレナにそんな事を言っている。
「わたくしは聖職者です。寝る場所と、飢えないだけの食事代があれば、それで十分ですから」
そう言って、笑顔を見せるセレナを見て、冒険者達がため息を吐く。
美人でスタイルも良く、性格も良くて能力もあるプリースト。
「…………」
俺はしばらくセレナの方を見ていたが、やがて無言でアクアの方を見ると、アクアは未だテーブルに顔を伏せて突っ伏したまま動かない。
「……おい、お前負けてるぞ。それでいいのか本職として」
「…………ほっといて。私は、マイナーなアクシズ教の女神様よ。私はメジャーになれなくたっていい。数少ないマニアックな信者を大事にするの。さっきの、ダストってチンピラが言っていたでしょう? 私の方を推してくれるって。数は少なくても、ちゃんと私を見てくれている人だっているの。だから、負けただなんて思ってなんか……」
「いやー、最初見た時から、あんたは違うなって思ってたんだよ! どこぞのがっかりアークプリーストに比べてなんて人間出来てるんだあんたは! 金に汚くないって所が良いな!」
それは、セレナの方から聞こえてくるチンピラの声。
どうやら金に困っていたチンピラは、気前の良い報酬の分配に目が眩み、アッサリ向こうに付いたらしい。
「……あいつ、あんな事言ってるぞ」
「……ねえカズマさん。カズマさんは、最後まで私の味方よね?」
アクアが、テーブルに突っ伏して顔も上げないまま、鼻をグスグス言わせ始めた。
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