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五部
10話
 カチャカチャと鳴る食器の音。
 不器用なクセに、普段は、食事の時は上品に音も立てずに食べるダクネス。

 そんなダクネスが、今日は緊張でもしているのか、珍しくナイフとフォークをカチャつかせていた。

 現在、皆でテーブルを囲んでの夕食の最中である。

「カズマさーん、醤油とってー」
「お、おう……」

 俺は手近にあった醤油を空いていた左手で取り、それをアクアに渡してやろうと……、
「あっ……!」
 渡してやろうとして、俺はダクネスの小さな声で、左手がダクネスの右手と繋がれていた事を思い出す。
 醤油をアクアに差し出した際に、釣られてダクネスの右手も引っ張られていた。
「わ、悪い……」
「い、いや……」
 謝る俺に、小さな声で返事するダクネス。

「ありがとー」

 アクアが、そんな俺達の様子を気にも止めずに醤油を受け取り礼を言う。
 今日の夕方頃、徴税官達に茹でられ、先ほどまで泣いていた様子はもう見受けられず。
 既にそんな事は忘れたかの様にアクアは晩飯をぱくついていた。

 こいつの気楽さがちょっと羨ましい。
 鎖で繋がれていたのがコイツだったなら……。

「……ご、ご馳走様……」
 緊張しているのか、半分以上も食事を残し、ほんのりと赤い顔をしているダクネスが、小さな声でポソリと言った。

 そんなダクネスにめぐみんが。
「……二人共、今更なにを緊張してるんです? 長い付き合いの中、一緒に寝るなんて今更でしょうに。そんなに二人きりが心配だというなら、私やアクアも一緒に、皆で仲良く寝れば良いではないですか」
「「ぜ、ぜひ……!」」
 不覚にも、俺とダクネスは返事がハモった。

 それを聞きダクネスの眉がピクリと動く。
「……おい、女である私がめぐみんに一緒に寝て欲しいと頼むならともかく。……男であるお前が、なぜそんな事を言い出す。一応私も女の端くれ、多少なりとも不愉快なのだが」
 そんな面倒臭い事を言い出したダクネスに。

「いやお前、どうせ色気のある展開になんてならない事ぐらい分かってるしさ。あらぬ誤解を招くぐらいなら、めぐみんにも一緒に寝て欲しいじゃないか。怪力キャラなお前の事だ。どうせ、寝ぼけて隣に寝てる俺に抱きついてきて、そのまま締めあげて背骨をへし折るとかそんなオチだろ」
「バッ、バカにするな! どこの世界にそんな寝ぼけ方をする奴がいる!」

 変に緊張して寝られないよりはめぐみんやアクアにも一緒に寝てもらった方がいい。
 まあ、皆で野宿したり馬小屋で寝たり、ぶっちゃけ一緒に寝るぐらいは今更って気もする。

「ほうほう。そう言えば、屋敷の中で皆で寝るとか初めてかもしれないわね! それじゃ、寝る前に私が取って置きの怖い話をしてあげるわ!」

「い、いえそれはちょっと止めてほしいのですが……」
「だ、だな……。ここは元幽霊屋敷なのに、怪談とかシャレにならん」

 この屋敷を手に入れた時の悪霊騒ぎを思い出し、俺とめぐみんが怖気づく。
 ……と。

「まったく。仮にも冒険者が怪談を怖がってどうする。そんなだからここ最近、冒険者達が腑抜けになったと当家に陳情がくるのだ。もっとしっかりして欲しいものだ」

 ダクネスが、呆れたようにそんな……。
 ……そんな……。

「……最近の冒険者が腑抜けになったってなんぞ? ……陳情って、そういやお前ん家、今、代理領主やってるんだもんな」

 俺の疑問にダクネスは。

「この街の冒険者が、討伐クエストをちっとも受けないらしい。と言うのも、以前の大物賞金首戦で冒険者一人一人が結構な大金を手にしただろう。少なくとも数年は働かなくても済むぐらいの額を。……それでここ最近、多くの冒険者達がカズマの様になってきていてな。街のすぐ近くですらモンスターが蔓延るようになりだして……」
「おい待て。俺みたくなってきたって……。つまり、この街の冒険者がニート化してきたって事か? ……ひょっとして、今日の緊急の呼び出しで、今までは見逃してくれていた税金を、訳も分からずいきなり払えとか言い出したのも……」

 ダクネスが、フッと笑った。

「良く分かったな。今までの様に街を守ってくれていたならともかく、ニートと化した冒険者達に、わざわざ税の優遇措置をしてやる必要など無いだろう。今回の緊急な徴税は、ニート対策としての特例措置だ。ギルド職員達も、コレだと大喜びしていたな。税収は増えるし懐が寂しくなった冒険者達は働くだろうし。今後は街周辺のモンスターも駆除される様になるだろう。そして、今回徴収した税金は、全て冒険者の……」
「待てやあああああああああー!」

 俺は立ち上がり、手に繋がっていた鎖を引っ張った。
 当然、ダクネスがたたらを踏みながら立たされる。

「じゃあ何か!? 今日の騒ぎは金持ってて働かない連中を働かせようと、そんなくだらない理由で追い掛け回されたのか!」

 初犯の為処分保留になったとはいえ、俺が前科持ちにならざるを得なかった原因を作った犯人が、身近に居た!

「たわけ! くだらないとは何だ、納税と労働はこの国の国民の義務だ! 労働しない相手から、本来払うべき正規の税金を取り立てて何が悪い! 我が国にニートは要らん、害悪としかならないニートなど、全て敵国にでも捨ててしまえ!」
「俺の人生を全否定するパーティメンバーがここに居た!!」

 俺とダクネスがそのまま掴み合いの喧嘩を始めると、そんな姿を見ていためぐみんが、呆れたように言ってきた。

「……どう見ても間違いなんて起こり得ない感じですし。今日はいっそ、二人で寝てください。そして、もうちょっと仲良くなってくださいよ……」








 晩飯を終えたなら、次はもちろん……。

 そう、日本人なら風呂である。

「お前ふざけんなよ! 日本人はな、毎日風呂入らねーと死ぬんだよ! お前らみたいな風呂嫌いの、香水とかで匂いを誤魔化す貴族連中とは違うんだよ! 分かったら邪魔すんな!」
「ふざ……! ふざけるな貴様、貴族だって風呂ぐらい毎日入る! 風呂嫌いとはどこの国の貴族だそれはっ! ……ただ、今日はこんな状況だから風呂は控えて湯で身体を拭く程度に留めておこうと……っ!」

 そんな俺の主張に、ダクネスが真っ向から反対していた。

「今日はあれだけ走り回って汗かいたんだ、風呂入らなきゃ死ぬ。別に、お前も一緒に風呂入れなんて言わないよ、俺が湯船でゆったりくつろいでる間、お前は適当に濡れタオルかなんかで身体拭いていればいいよ」
「いや、風呂に入るという事は、裸になるという事で……! 私が身体を拭く隣では、お前が全裸で……!」
 俺とダクネスがぎゃあぎゃあ騒いでいる中。

「私のターン。マジックカード、泥沼魔法。アクアのモンスター達は三ターン行動不能です」
「……うう。また何も出来ないわ。パス」
 言い争う俺とダクネスを放置して、居間のテーブルの上でアクアとめぐみんはカードゲームに興じている。
 もはや、喧嘩する俺達を止めようともしない。

「俺は別に、裸の一つや二つ見られても気にしないから大丈夫だよ。むしろ、ある意味御褒美とも言えるからお気になさらず」
「私が気にすると言っている! 誰がお前の羞恥心を問題にしている、お前の裸を見せつけられる私の事を考えろと言っているんだ!」


「私のターン。マジックカード、爆裂魔法。相手は死ぬ」
「わああああああーっ! めぐみん、さっきからマジックカードの使い方がいやらしいわ! 私、これで三回も何も出来ないまま負けたんですけど!」


 マイペースに遊んでいる二人は放っておき、俺は尚も何かを喚き続けるダクネスを連れ、着替えを持って風呂へと向かった。


 アクア達が晩飯を作っていた間に、既に風呂は沸かしておいた。
 俺は、手早く服を……。
「……これどうしよう。手枷があるから上着を脱げないじゃないか。……切るか。この服も随分ボロボロだし」

 言いながら、そろそろ捨てようと思っていたシャツをダガーで切り……。

「……お前は、隣に私が居ても何の迷いもなく全裸になるというのはどうなんだ」

 ダクネスのそんな抗議を聞き流しながら、俺は手枷とタオル一丁の姿になる。
 ダクネスは、タオルを持ったまま足元だけ裸足になった状態だ。
 俺が風呂に入る隣で、身体だけは拭くつもりらしい。
 嬉々として浴場に入っていく俺の後を、恥ずかしそうに付いてくるダクネス。

 風呂に浸かる前に身体を洗う俺の背後で、背中合わせ状態になったダクネスは、シャツやスカートは脱がないままで、タオルを湯に浸し、恥ずかしそうにシャツの下にタオルを突っ込んで身体を拭いている。
 俺は手早く身体を洗い終えると、そのまま湯船に。
 もちろん鎖に繋がれたままのダクネスも、湯船の際まで付いて来た。

「ふいー……。風呂に入ると、実に色々あった今日の事も、何となく水に流せてしまう不思議……」
「……妙齢の貴族の娘の前で、堂々と全裸で風呂に……。いや、もうお前のやる事に関しては何も言うまい」

 ダクネスが、鎖で繋がれた右手を湯船の中に入れ、そのまま湯船の縁に寄り掛かるようにして、濡れた床にペタンと座る。
 そのまま風呂に浸けた右手を、湯を掻き回すようにチャプチャプと動かしながら。

「……なあ、冒険者達は私を恨んでいるだろうか?」

 深々とため息を吐きながら。
 唐突に、そんな事を言ってきた。

「……? 知らんがな。そもそもお前の指示だって知らないんじゃないのか? まあ今までは非課税にしててくれたんだろ? なら、皆そこまで恨んじゃいないんじゃねーの? 最も、俺は逃げ切れたからそんな人事で済んでるんだけれど」
 湯船に寛ぐ俺に、ダクネスが、はあと呆れたように再びため息を吐く。

「……私だってこんな事はしたくは無かったんだが。正直に言って、別に財政は苦しくは無い。いずれ、今回彼らから徴収した税金は彼らの為に、倍以上になって還元される時が来る。……冒険者達がキチンと働いてくれるなら、こんな事はするつもりもなかったんだが……」

 理不尽な。

「労働は義務だとか言うけどな、働かなくてもいいだけの金があって、なんでまだ働かなきゃいけないんだよ。しかも、よりによって冒険者稼業なんて危険な仕事をさ。俺の国にも納税と労働は国民の義務だとかあったが、俺みたいなニートと呼ばれる上級職はたくさんいたぞ」

「それでよく滅ばないなお前の国は。……何と言ったか。確か……、漫画? お前の国では、そう呼ばれる娯楽があるんだろう? お前がたまに言っていたじゃないか、絵が上手ければ、漫画でも描いて一山当てて遊んで暮らすのに、だとか。……例えば、その漫画という物を描いている者がいるとする。で、そいつが売れて大金を手にしたとする。金を手にしたからもう遊んで暮らす。完結なんて知るか、続きは描かない、などと言い出したら困るだろう?」
 ……それは困るな。
 ……凄く困るな。

「仕事には責任が付いて回る。ここは駆け出しの街。駆け出しの冒険者達を育てる為に、様々な支援が成されている。それらは、いずれは民や国を守ってくれると、駆け出し冒険者に期待しているからこそ行なっている優遇措置だ。中堅やベテラン達ならば、大金を手にしても冒険者としての役割や義務をちゃんと認識しているのだが、いかんせんこの街の駆け出し達は……。どういう事だか、最近おかしな考えが蔓延していてな」

 ……?
「おかしな考え?」

 風呂でゆっくり足を伸ばしながら、何気なく聞く。

「ああ。……なんだか冒険者達の間で、働いたら負けと言うバカな言葉が流行り出していて……」
「…………」

 流行らせた奴には心当たりがある。

「……? どうした、急に黙り込んで」
「……な、何でもないです……」

 俺が普段から他の冒険者に言っていた事じゃないですか。






 風呂から上がると、アクアが半泣きでめぐみんにすがっていた。
「もう一回! 次で最後だからもう一回!」
「もうダメですよ。何度やっても同じです、アクアでは私には勝てません。それじゃ約束通り、何か一つ、私の言う事を聞いてもらいますよ?」
 どうやら、めぐみんにカードゲームでボコボコにされたらしい。
 めぐみんはボードゲームにカードゲームなど、頭を使うゲームに関しては無敗と言っていい。
 流石は知力が高い紅魔族と言いたいが、その知力をもっと建設的な事に使って欲しい。

「さて。早いが、もう寝てしまおうか。早く寝て、早く起きて。そして、夜明けとともに鍵を探す。朝一のトイレの前に鍵探して欲しいしな」
「……そ、そうだな」
 俺の言葉にダクネスが恥ずかしそうに同意した。

 先ほどトイレを済ませてきたが、ダクネスが用を足している間、音が聞こえない様にと、俺は大声で歌わされていた。
 なんか、以前この屋敷で悪霊退治をした際に、めぐみんと一緒に居た時も同じ事をさせられた気がする。

 音を聞かれたくないなら、ダクネスが自分で歌えと抗議したが、結局俺がアカペラで歌わされた。
 何となく理不尽な物を感じたので、歌っている途中何度も無言になってやったりして邪魔してやると、俺が用を足す際、ダクネスにジッと無言で背後に立たれ、用を足している最中後ろから肩を掴まれ揺らされたりした。

 案の定その後再び掴み合いの喧嘩になったが、こんなバカな事はもうたくさんだ。
 今日はとっとと寝て、朝もよおす前に鍵を探してしまいたい。

「それじゃ俺達は寝るけど、本当にめぐみんとアクアは一緒に寝てくれないのか?」
「今日は二人で寝てください。先ほどからの様子だと、間違いなんて起こらないでしょう。と言うか、間違いの一つでも起こりかねない程度に仲良くなって欲しいですよ。二人共、ちょっと大人になってください」
 喧嘩ばかりしていた俺とダクネスを呆れた表情で見ながら、めぐみんがそんな事を言い出した。

 大人になれとか言われると、違う意味を考えてしまうのは俺が煩悩に塗れているからだろうか。

 ……と、隣のダクネスを見ると、煩悩に塗れているのは俺だけではなかったらしい。
 赤い顔でダクネスがまた良からぬ事を想像している風だったので、手枷を引っ張り妄想を中断させ、部屋へと向かった。

 ちなみに今の俺は、手枷と鎖の所為でシャツが着れない。
 なので、上半身は裸の状態。
 もう暖かいし、布団をしっかり被っていれば風邪をひくことも無いだろう。

 寝るのは俺の部屋のベッド。
 俺が左手、ダクネスが右手を枷に繋がれているので、ベッドでは俺が右手側となる。
 俺は早々とベッドに寝転び。
「……俺が上半身裸でセクシーな裸体を晒しているからって、寝ている間にいたずらするなよ」
「するか! セクハラが皮を被って歩いている様なお前こそ、私が寝ている間に色んな所をこねくり回すつもりだろう」

 そんな難癖を付けてくるダクネスに、ゴロンと背を向けて。

「おやすみー」
「おっ、おい! なんだ、本当に寝てしまうのか? ……ね、寝るのか……」
 そんなダクネスの声を聞きながら、俺は頭から布団を被った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ……一体どれほど眠ったのだろうか。
 俺はいつの間にかダクネスの方へと寝返りを打ち、そちらへ向いて寝ていたらしい。
 目を開けると、すぐ近くには目を閉じた状態の、整ったダクネスの顔。
 俺はそのダクネスと、おでことおでこをピタリとくっつけ合っていた。

 その、ダクネスの顔が凄く間近まで迫っている。

 と、言うか。

「…………お前何しようとしてんの?」
「ッ!?」

 眼前まで顔を寄せていたダクネスに、何の気無しに尋ねていた。
 俺の言葉にダクネスが、ビクッと震えて目を閉じたまま動かなくなった。
「…………スー……スー……」
「おい、寝たふりすんな、お前、今……」

 言いながら、俺は自分の右の首筋に違和感を覚え、それに何となく右手を置くと……。
 …………そこが、なんとなく湿っていた。
 これはつまり……!

「お前……! 吸ったな! 俺の寝ている間に、俺の首筋を吸って、ねぶって、体中をまさぐったんだな!」
「ちちちち、違ー! まだそこまではしていない! 待ってくれ、違うんだ! これは本当に違うんだ!」

 俺の言葉にダクネスが頬を染め、目に涙を浮かべながら跳ね起きた。
 俺は未だに湿った首筋に手をやりながら。

「何が違う! この首筋の湿りは何だ! お前が性欲を持て余しているのは知っているが、俺が寝ている間に本当に、俺の無垢な身体にいたずらするとは……!」

 ダクネスが、それを聞いて必死に口の前に人差し指を立て。

「こ、声が大きい! 違……! ほ、本当にまだ何もしていない! その、目が覚めたらお前の首筋に顔を埋めていたんだ! それで、お前の首に私のヨダレが垂れてて……! 拭かなきゃと思ったんだが、手枷と鎖で繋がれた無防備な寝顔を見せているお前に、何だか凄くいけない気持ちが……、背徳感が湧いてきてしまい……! それで、何だかどんどん盛り上がってきて……ッ!」

 やっぱりいたずらしてたんじゃないか。
 俺はムクリと上体を起こし、自分の身体を触ってみる。

「……なんだ。まだベルトも付いたままじゃないか……。本当にまだ何もしていないのか……」
「ど、どうしてちょっと残念そうなんだお前は……」

 どう盛り上がっていたのか、ダクネスは上気して肌をほんのり赤く染め、軽く息が荒くなっていた。

「……お前ってヤツは、エロい身体を持て余したドスケベなのは知っていたが、まさか寝込みを襲うとは思わなかったぞ。お前本当にそろそろ痴女ネスとか呼ぶからな」
「そ、それは止め……! ……ん……くっ! ……こ、こんな状況でお前に怒られながら、ドスケベだの痴女だのと罵られて、少しドキドキする私は、もう本当にダメなのだろうか……」
「今更そんな心配しなくても、お前は出会った時からぶっち切りでダメだったよ」

 俺は言いながら、乱れた布団を直し、ベッドへとモソモソ寝直す。
 その俺の隣に、ダクネスが恥ずかしそうにしながらも横たわった。

「……思えば、出会った時はこんなバカな事を言い合う間柄になるとは思いもしなかったな。あの頃は、私はもっと何も言えなかったものだ。もっと、意志の疎通がヘタだったものだ。……そして、もっとお前とも距離を置いていたものだ……」

 暗く静かな部屋の中。
 ダクネスがそんな事を言ってきた。

「まあお前はお嬢様だし、ホイホイと誰とでも距離を縮めてたらそれはそれで問題だろうよ。……出会った当初のお前は、もっと無口で寡黙で、俺に説教なんてせず、もちろん俺と喧嘩なんてしない様な、エロくて変な奴だけれど、もっと大人しいイメージだったんだがなあ……」

 仰向けに寝転びながら言う俺の言葉に、ダクネスが可笑しそうに含み笑いをしながら。
「私は、出会った当初のお前は、もっと勤勉な働き者で、悪事には手を染めない様な、誠実で真面目で優しい奴だと思っていたよ」

 そんな事を、ベッドの上でこちらにゴロンと向きを変え、俺の横顔を見ながら言ってきた。

「何だか、今は不誠実で不真面目で簡単に悪事に手を染める鬼畜な男みたいに聞こえるじゃないか」
「そう言ったつもりなんだが?」
 俺の言葉に、ダクネスが可笑しそうに笑いながら。

「……なあ。カズマ」

 世間話でもするかの様に。

「?」

 寝転がった体勢で、何気なくダクネスの方に首だけを向けた俺に。







「……お前は、めぐみんの事が好きなのか?」


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