冒険者ギルド。
それはこの街の中心に位置する、対モンスター戦においての管制塔。
冒険者達の砦にして最も信頼を寄せるべき所。
その、冒険者ギルド前には。
「さあ冒険者の皆さん、こちらに並んでくださいね。緊急です。緊急のお呼び出しです。申し訳ありません冒険者の皆様方」
日頃受付をしているギルド職員が、そんな事を言いながら冒険者達を並ばせていた。
……はて、緊急クエストの報を聞いて、装備を整えて慌ててやって来たんだが。
緊急とか言いながら、俺たちをこんな所に並ばせる意味はあるのだろうか。
そんな事を疑問に思っていると、ギルドの職員と、更には街の公務員と思われる人達が、ズラリと並ぶ俺たち冒険者の外側に、まるで壁を作って守るように……。
と言うか。
まるで、俺達を逃がさない様に立ち塞がっていた。
そんな、何だかキナ臭い雰囲気に、居並ぶ冒険者達がざわめき出す。
何だこれは。
「お、おい、何か変な感じだぞ。逃げた方が良くないか? 俺の第六感が、とっとと逃げろと訴えかけてるんだが」
「奇遇ねカズマ、何だか私も嫌な予感がするの。女神の勘かしら」
アクアの言葉に俺は益々不安になる。
そんな俺達二人に、ダクネスが。
「心配無い。別に、犯罪行為が行われる訳でもなければ、非道な行いがなされる訳でもない。安心しろ」
一人腕を組みながらそんな事を……。
……って言うか。
「お前、これが何の緊急クエストか知ってんの?」
俺は、一人腕を組んで立っているダクネスを……。
他の冒険者達が重武装に身を固めている中、一人だけ普段の服装、黒のシャツにタイトスカートという格好のダクネスを見ながら聞いた。
だがダクネスは、それには何も答えない。
やがて、そこかしこで交わされる不安気な小さな囁き。
辺りに広がる不穏な空気。
だが、俺達冒険者は知っている。
冒険者ギルドは、冒険者の為に作られた国の機関。
俺達を支援する為に存在する、そんな組織だ。
俺達は、彼らから貰う仕事を誠実にこなしてきたし、彼らもまた、俺達が困った時は助けてくれた。
言ってみれば、冒険者と冒険者ギルドというのはまず敵対しえない関係なのだ。
俺達に敵対する理由もなければ、俺達がギルドを嫌う理由もない。
そんな内容の囁きがそこかしこで交わされて、居並ぶ冒険者達の間の緊張した空気が若干和らいだ、その時だった。
「皆さんに、緊急のお願いがございます。そう、緊急のクエストです。というのも、本日で年度末から丁度一ヶ月となりました。……そう、今日が納税の最終日です」
ギルドの前に並ぶ俺達の、一番前に立っていた職員が。
そんな事をにこやかに言ってきた。
「……この冒険者の中に、まだ税金を納めていない人がいます」
その場に居た冒険者達の顔が引きつった。
「どど、どういうこった? どういうこった! おいアクア、これって何が……!」
「おおおお、落ち着いて! カズマ、落ち着いて! 落ち着くの! ほら、今職員が何か言うわよ!」
そのギルド職員の言葉に、逃げようとする冒険者達を、壁の様に周囲を取り囲んでいたギルドの職員と公務員達が押し留めていた。
逃げようとする者、泣く者、怒る者。
その表情は様々だが、唯一つ共通して言えるのは、その場の冒険者達は皆悲痛な叫びを上げている事。
「ええ、もちろん今までは、こんな事はお願いしてきてはおりませんでした。当然です。冒険者の皆様は、基本的に貧乏です。ええ、ですので、今までは免除、では無く。温情、と言う形で見逃してきただけなんです」
それは、冒険者達の並ぶ最前列の前に立っていたギルド職員。
彼は、更に淡々と言葉を続けた。
「この冒険者ギルドは、もちろんこの街の皆様の血税で賄われております。そして、そのギルドから出る報酬も。モンスターを退治しているからと言って、本来は特別扱いはなされません。それでも温情として、見逃されていたのです。そんな中、今年度は皆様には大きな収入があったはずです。……そう、大物賞金首、機動要塞デストロイヤーの賞金です。……今までは、温情で税金を見逃してきて貰ったのですから、大金が転がり込んだ時ぐらいは、キチンと義務を果たしませんか?」
その言葉に、逃げようとしたり、抵抗しようとしていた冒険者達が押し黙った。
それもそのはず。
今聞かされる真実。
今までは、冒険者というだけで税を見逃すという特別扱いをしてくれていたのだ。
金が入った今、それぐらいは支払っても良いだろう。
俺達だってこの街で暮らしているのだ、義務ぐらいは果たさないと。
ある一人の冒険者が、ぽつりと言った。
「えっと、税金って幾らぐらい取られるんスか?」
それに、ギルド職員が。
「収入が一千万以上の方は、昨年得た収入の、半額が税金と……」
その場の全ての冒険者達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「アクア、どうすりゃいい!? 半額だとかバカ言ってんじゃねえって感じだぞ! 俺、十億ぐらい税金取られる!」
「私だって、最低でも一億五千万も取られちゃう! 逃げましょう! カズマ、逃げるの! この世界の税の方式は単純でね、毎年3月末日が年度末。そして、毎年3月までに得た収入から税金が算出されて、その額を4月の終わりまでに払わなきゃいけないの!」
悲鳴を上げる俺に、アクアが言った。
「分り易いな! ていうか、4月の最終日って今日じゃねえか! で、逃げてどうする。今日中にそれを払わなかったらどうなるんだ」
「税は免除よ。4月の最終日、それも、役所の営業時間を過ぎたらそれまでの税は免除されるわ!」
なんて豪快な。
「いや、それっていいのか? 遡って税金払えとか……」
「何言ってるの!」
俺の戸惑った声に、アクアが言った。
「この世界の法律なんて貴族の人達が作るのよ? 貴族の人達が自分達に都合の良い様に法律を作っているに決まってるじゃないの。低所得の庶民なんかは旅行に行って逃げたりするより、払った方が安上がりな額だから、わざわざ逃げもせずに真面目に支払うわ。でも、大金持ちや貴族達は毎年4月になれば旅行に行くのよ。そして、月が変わったら帰って来るの」
なんて無法な。
いや、日本みたいな文明国ですら汚職が何だと言っていたのだ。
この世界の貴族なんて……!
「なんて肥え太った豚なんだ貴族って連中は! ズルい! 俺達だって同じ事してやる!」
「ま、待て……! その、中には善良な貴族もいるんだ、皆一緒にしないでくれ……!」
俺とアクアに、困った様に言ってくるのはダクネスだった。
と言うか、ダクネスは逃げないのか。
お前だって貴族だろうにと言おうとして。
ダクネスが、手に何かを持っているのに気が付いた。
抵抗して怪我を負わせると流石にマズイのか、冒険者達は皆、ただ闇雲に逃げ回っている。
そんな状況だと言うのに、ダクネスが持っている物がどうしても気になる。
「手に何を持ってんの?」
「これか? ……これは、こうする物だ。先ほどカズマが呼んだ警察の一人から借りたのだ」
言って、手にしていた鎖付きの鉄製の枷をダクネスは自分の右手に嵌めた。
それは日本で言えば手錠みたいな物なのだろうか。
ド変態な事はもう十分知っているし、今更な感じではあるのだが。
「お前は何をやってんの」
そんな呆れた様な俺の言葉に、ダクネスはどこ吹く風だ。
と言うか、ダクネスに構っている暇は無い。
要するに、今日を逃げ切れば罪にも問われず合法的に脱税が出来ると言う事か。
俺はアクアとめぐみんに、逃げようと促そうと……。
「はい、めぐみんさんですね。ええっと、どれどれ……。めぐみんさんは所得が少ないので、税は免除ですね。ご協力感謝します!」
…………めぐみんは、いち早く納税の手続きを済ませていた。
俺たちを見て、勝ち誇ったドヤ顔をしてくる貧乏娘。
くそう、となると残りは、俺とアクアとダクネス…………。
ガチャッ。
…………。
「……お前は何をやってんの」
俺はダクネスに、先ほどと同じセリフを言っていた。
この変態は何をトチ狂ったのか、自分の右手に嵌めた鎖付きの枷の反対側を、事もあろうに俺の左の手首に嵌めている。
バカなのだろうか。
こいつは、たまにアクア並のバカをやらかす脳筋だから困る。
ダクネスは、俺にとても爽やかで清々しい笑顔を浮かべると、まるで散歩にでも誘う様な気軽さで。
「納税は市民の義務だ。さあ行こうか、この街一番の高額所得冒険者」
…………そういやこいつ、この街の代理領主の娘じゃないですかヤダー!
「はっ、離せ! 畜生、この……っ! お前って奴は、お前って奴はっ!」
「まあそんなに邪険にするなカズマ! ほら、アクアも一緒に行こう!」
阿鼻叫喚のギルド前。
あちこちで冒険者が捕まってギルド前に連行されていく中、俺の腕を取ったダクネスが、アクアの腕も取り言ってくる。
「いやあああああー! ダクネスお願い、見逃して! カズマさーん! カズマさーん! 何とかしてー、何とかしてー!」
アクアが泣きながらダクネスの手をペシペシ叩き喚いているが、ダクネスは手を離そうとしない。
俺はアクアにすかさず叫んだ。
「おい、支援魔法を頼む! 筋力と速度が上がるヤツだ! あれで強化して、鎖で繋がったコイツごと連れてっちまおう! 俺とお前の二人がかりなら、ダクネスぐらい簡単に抱えていける!」
「むっ……」
ダクネスが、そんな俺の叫びに掴んでいたアクアの手をスッと離した。
「……アクア、お前は見逃してやろう。そのまま何処へなりとも逃げるといい。既にこの街の中には色んな所に徴税官がウロウロしている。それから逃げ切れるなら、後は好きにしたらいい。……だが、見逃す代わりにこの男に支援魔法は掛けないでくれ」
「ああっ、卑怯者! おいアクア、これは俺達二人に対する分断工作だ! 聞くな! そして、俺に支援魔法をくれ!」
「…………」
俺の言葉に、アクアが無言で後ずさる。
そして……。
「……ご、ごめんねカズマ、一人でも私より足が遅い人がいてくれた方が、私の逃げ切れる確率が増えると思うの……。それにカズマに逃げられると、この街で二番目に所得の多い冒険者は私になるわ。私の方に回される徴税官の数が増えると思うの……」
本当に、なぜこんな時にだけ知恵が回るんだコイツは。
「よし分かったアクア、支援魔法を掛けてくれたら、お前一人なら絶対に逃げ切れる方法を教えてやる。これでどうだ」
「……昨日まで私達を忘れて放ったらかしておいて、城で暮らしてたカズマの言う事を、ホイホイ信じろって言うの?」
なんて正論。
「よし、先にその方法を教えてやる。それで納得がいったら、筋力増強か速度増強、どちらか片方だけでもいい、支援をくれ!」
「う……、分かったわ、どんな方法?」
おそるおそる近付くアクアに耳打ちする。
すると……。
「カズマ、お互い、無事逃げ延びたら屋敷で会いましょう! 支援は両方掛けてあげるわ!」
言いながら、アクアは両方の支援魔法を掛けてくれた。
そして、自らにも魔法を掛けると未だあちこちで揉みあっている包囲をかい潜り、街中を駆け抜けて行った。
「何を教えたのかは知らないが、随分と自信満々で駆けて行ったな」
俺とアクアのやり取りを、邪魔もしないでずっと聞いていたダクネスが言ってくる。
こいつの余裕は何なんだ。
「お前、随分と余裕だな。筋力が強化されている以上、お前に力負けする事も無いぞ。このまま眠らせるなり何なりして、お前を荷物よろしく運んで行くからな」
そんな俺の言葉にダクネスが。
「そんなセリフは、この私を持ち上げてみてから言うんだな」
言いながら、ダクネスが不敵な笑みを浮かべてバンザイし、さあ抱え上げてみろという体勢を取る。
そのダクネスを、抱きかかえようと……。
「ダクネスさん、公衆の面前でこういうのって……。ちょ、ちょっと緊張するんですが……」
「そ、そう言う事を言うな、こちらも緊張してくるだろう……」
お互いに顔を反対側に向けて照れながら、俺は真正面からダクネスを抱きしめ、持ち上げようと……。
「ビクともしねえ」
そんな俺の言葉にダクネスは、勝ち誇った様に言ってきた。
「フッ、今回の計画は、以前から綿密に計画されていたものだ。本来は4月に入った時点で決行するはずだったのだが……。めぐみんを優先して里へ向かったり、その後お前の身体が癒えるまではと気を使ったり……。計画が伸び、さて決行となった途端、アイリス様にお前が攫われた時は頭を抱えた物だ。だがこうして最終日になんとか間に合い……! そして、この計画を立てた時からお前が逃げようとする事は予想していた。そんな高額所得者のお前の妨害をするのがこの私だ。お前に逃げられない様、私はこの日の為に……!」
「この日の為に……! お、お前、この日の為にわざわざ太ったのか……! 腹筋硬いの気にしてたもんな、腹に肉をあぶあっ!?」
俺はセリフの途中でダクネスに引っ叩かれた。
「重りだ! 見ろこれを! 服の下に、たくさんの重りを仕込んでいるのだ! ほらっ! ほらっ!!」
ダクネスが言い訳する様に慌ててシャツをまくり上げると、そこには鉛か何かの小さな塊が、大量に取り付けられている。
……と言うか、コイツは今までこんな状態でここまで歩いて来たのか。
しかしヤバイ、本当にヤバイ!
「ちっ、畜生! 受付のお姉さん、あんたは俺達の仲間だと思ってたのに!」
「ごめんなさい、私達も公務員なんです! これを達成しないと、夏のボーナスが出ないんです! ごめんなさい、ごめんなさい!」
あちらこちらでそんな声が聞こえ、俺の見知った冒険者達も捕まっていた。
ギルド前には席が設けられ、納税を終えた冒険者達はそこでグッタリと座り込んでいる。
めぐみんは、我関せずとばかりにそこでのんびりと、職員にお茶を貰って寛いでいた。
「畜生、なんでこんな回りくどい事するんだよ! 金持ってる奴の家にでも乗り込んで、直接私財をむしればいいのに!」
「すいません、それは出来ないのですよ。衝撃を与えると爆発するポーションをわざと家に置いて、強制徴税に来た者にそれを触らせ、高価な私財が被害を受けたと逆に訴えて抵抗を図る輩が続出しまして……」
そこかしこで職員達に食って掛かる冒険者も、その数を段々と減らしていっている。
これはマズイ、そろそろ列の後ろの俺の方にも……!
「……テコでも動かないと言った表情だなダクネス。説得は無理か? お前の事だ、賄賂送るから見逃してって言っても動かないんだろうな」
俺の言葉に、ダクネスがキッと眉根を寄せた。
「バカにするなカズマ。ダスティネス家は何者にも屈しないし、どのような不正にも応じない。さあ観念して……」
「『スティール』」
何か言い掛けたダクネスから、俺はスティールで重りを一つ、盗み取った。
それを道端に、ポイと投げる俺にダクネスが。
「……おいカズマ。お前のスティールは高確率で下着を剥ぐ。こんな往来で、そんなシャレにならない真似は止めろ。無駄な抵抗は止めて、とっとと納税」
「『スティール』」
おっとハズレ。
むしり取ったのはダクネスの履いていた黒タイツでした。
俺がゴソゴソとポケットにしまい込むタイツを見ながら、ダクネスが小さな声で。
「……………………ほ、本気?」
「……本気だよ。お前を全裸にしてでも軽量化して、そしてお前ごと運び去る」
…………。
「高額所得者のサトウカズマさんですね? どうぞこちら……ああっ!? 逃げた! 引き止める役のはずのダスティネス卿までっ!?」
俺はダクネスを引き連れて、職員達の包囲をくぐり抜けた!
「ああっ……、逃げてしまった……。私は我が身可愛さに逃げてしまった……! 自己を犠牲にしてでもこの男から税を徴収すべき立場なのに……っ!」
街の路地に逃げ込んだ俺の隣で、ダクネスが、付けていた重りを外しながら泣きそうな顔でブツブツ言い続けている。
こんな重りだらけでも走れるダクネスは大概だが……。
「ほれっ、何時までもメソメソしてないで一緒に来い。鍵まで捨てて来るとか、本当にバカなのかお前は。このまま街の郊外に出るぞ」
「……鍵を持っていると、運の良いお前の事だ、スティールで一発で持って行かれそうな気がして……。と言うか、郊外には既に見張りがいるぞ。もう諦めたらどうだ、大金抱えているお前よりも、借金背負っていた頃のお前の方が男前だぞ」
余計なお世話だ。
俺はダクネスと鎖で繋がれたまま、路地をコソコソと進んでいった。
何と言うか、この状態は目立つ。
表通りはとても歩けない。
と言うか、緊急クエストだなんて言って呼び出された所為で、あの場の冒険者の殆どが重装備で馳せ参じてしまった。
あの格好では、誰が見ても一発で冒険者だとバレてしまう。
クソ、ギルド職員と徴税官め、考えやがったな。
畜生、俺はなんでこんな街に帰って来たんだ。
正確には送り返された訳なのだが……!
覚えてろよ白スーツ、そして待ってるんだ俺の妹……!
ああ、アイリスの顔が見たい。
こんな世知辛い街で、なんで俺はこの女と繋がれたままで逃げ回らなきゃあ……。
何にしても、人気の無い所で時間を稼がないと。
アクアは逃げ切れただろうか。
めぐみんは、のんびりと寛いでいるのだろう。
そしてコイツは……!
「ふう……」
普段は頑強なダクネスは、いかにも疲れて動けない風を装い、その場に屈み込んでいる。
「おいこら、お前は俺より体力がある鉄女だろうが。こんな程度でヘタる訳無いだろ、さっさと立てよ」
「誰が鉄女だ。………………ララティーナ、お嬢様だからもう歩けなーいあうっ!?」
普段使わない口調で舐めたこと言い出したダクネスを、手首に繋がった鎖を思い切り引っ張り無理やり立たせた。
「……素直に立ってちゃんと走る。だから今の、鎖を思い切り引っ張って無理やり連れて行こうとするのをもう一度……。手首に枷が食い込んで、その…………」
「……お、お前って奴はこんな時ですら……」
頬を染めてモジモジするダクネスを見ながら、俺はもう諦めて税金払ってしまおうかと心が折れかけていると。
「居たぞ! あそこだ、ダスティネス卿が足留めしている! 相手はアクセルの鬼畜男だ、人を呼べ! 絶対逃すなー!」
遠くから、そんな叫びが聞こえてくる。
「ああクソ、行くぞダクネス! いいか、足引っ張るなよ! 邪魔しようとしたら即座にスティールの刑だからな!?」
そんな俺の警告に。
「……カ、カズマ、この公衆の面前でお前に剥かれてしまうかもとか想像したら、何だかそれも悪くない気がしてきた私は、もうダメだのだろうか……!」
「お前は出会った時からずっとずっとダメだったよ!」
職員達が、俺達に向かって走って来た!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時刻はそろそろ夕刻だろうか。
お役所仕事な人達が、そろそろ終業となるはずだ。
今俺が居るのは冷たい石の床の上。
そして、俺の向かい側には、憮然とした表情のダクネスが、こちらは柔らかいクッションを敷いた椅子の上に座っている。
ダクネスが、小さな声で呟いた。
「……お前はズルい……」
ズルくて結構。
「頭が良いと言ってくれると何かと助かります」
「お前はズルい! 何と言う、何と言う卑怯者だ! なんかこう、真正面から堂々と、知略を尽くして逃げるとかこう、何かあるだろうが普通は……! どうするんだ、多分これを聞いた他の貴族達が、上手く逃げられなかった際に同じ手を使うぞ!」
ダクネスが、憤りながらそんな事を言ってくる。
「それはお前の国の勝手と言うか……。ちゃんと法整備をするなり部署を同じにするなりして、上手い事対策考えたら良いじゃないか」
俺は、そんな憤るダクネスに膝を抱えて座ったままで言ってやる。
現在、俺とダクネスは、この街で最も安全と思われる場所で保護されていた。
この街の中で最も権威があり、正義の名の下、犯罪者を取り締まる市民の味方。
そう、警察署の留置場の中である。
「役所が違えば仲が悪いってのは、どこの国も一緒なんだなー」
「お前はズルい! お前はズルい! 本当にズルい!」
徴税官に追われていた俺は警察署に駆け込むと、その場に居た婦人警官にスティールを唱えてみた。
罪状は、窃盗と猥褻行為。
何を盗ったかは伏せておく。
「……うう、警察の連中も頭が硬い……。こいつらの給料も、お前からの税金で賄われているんだぞ……。手枷を貸すのは快く貸してくれたのに、どうしてこういった融通は利かないんだ……! 大体お前、朝は被害者ぶってアクアを通報しておいて、昼には脱税の為逃げたり、軽犯罪を起こして自らがワザと捕まるとか、その辺はどうなんだ……!」
ダクネスが、そんな事を悔しそうに呟いた。
「いやあ、お前が一緒に繋がれていて助かったよ。おかげで今日の夜には帰れそうだ」
「やかましいわ!」
警察に逮捕された俺は、徴税官達の抗議も虚しく留置場に拘留となった。
徴税官と警察の人がしばらく押し問答をしていたが、俺の身柄の引渡しは行われないらしい。
一緒に居るダクネスの恩恵か、初犯という事で、取り調べが終われば帰してくれるという事だ。
取り調べはもう終わり、現在は書類だのなんだのを作っている。
それらが終わる今日の夜には帰れるとの事。
お互い鎖で繋がれた状態の為、犯罪者でもないダクネスも、待遇は椅子を用意されたりと良い物だが、俺と一緒に牢に入れられていた。
やがて時が経ち、すっかり日も暮れる頃。
俺とダクネスに声が掛けられた。
「出ろ。釈放だ、迎えも来てるぞ。……ダスティネス卿には不自由をさせました……。どうぞこちらへ」
「ただいま。……なんだ、アクアは逃げ切れなかったのか」
俺とダクネスが屋敷に帰ると、そこには屋敷のソファーで泣くアクアを、めぐみんが慰めていた。
アクアにしか実行できない完璧な潜伏手段を教えてやったのに。
「ああ、お帰りなさいカズマ。いえ、時間ギリギリで何とか耐え切ったらしいんですけれど……」
アクアの頭に手をやって、ヨシヨシと慰めているめぐみんが、困った様に言ってくる。
そんなアクアは泣きながら。
「うっ……、うえっ……! カズマが言う通り、街の外の湖に向かおうとしたんだけどね……っ! 途中で見づがっで……! 仕方ないがら、街の農業用水の貯水池の底に隠れだの……! ぞじだら……!」
俺が教えたのは、街の外の湖の底に夜まで沈んでいるという作戦だった。
一応水の女神のアクアは、水の中でも呼吸が出来るし不快感も感じ無い。
湖の中ならば誰も手出しは出来ないと思ったのだが……。
「なんでも、農業用水の貯水池に、職員の人達がファイアーボールを撃ち込んでアクアを茹でようとしたらしく……。幸い、その作業の途中で終業時間になり諦めたみたいですが、よほど怖かったらしく、ずっと泣いてまして……」
この国の徴税官は容赦無いな。
……良い作戦だと思ったんだが、悪い事したかなあ。
「……おや? その手首の枷はまだ外せてないのですか?」
めぐみんが、俺とダクネスの手を見て言ってきた。
そう、警察の人から借りたこの枷。
警察からの帰りに、捕まったついでに、丁度良いとばかりにこれを外してもらおうとしたのだが。
「……ん、なんでも、鍵が奪われても簡単に外せない様にと、鍵はそれぞれの枷につき一つ一つ違うらしくてな……。そして、枷の鍵はその……」
恥ずかしそうに口ごもるダクネスの後を、俺が引き継ぐ。
「このバカは、俺に枷の鍵をスティールされそうだって理由で、その鍵を捨てたらしい。まあ、枷はこの屋敷に来た警察から借りたらしいから。鍵は、枷を借りたその時、この屋敷の敷地内に適当にポイしたらしいんだ。今日は暗くて探せないし、明日の朝、コイツに探させる事にするよ」
言いながら、バカな事をしたとばかりに恥ずかしそうにしているダクネスを小突いてやると。
「……ほう、すると二人は、今晩はお風呂も一緒、トイレも一緒、寝るのも一緒と言う訳ですか。仲良しさんですね」
めぐみんが、そんな事を…………。
そんな……事……を……。
…………。
「「…………」」
俺とダクネスは、無言でお互いの顔を見た。
こんな引きでなんですが、最近更新がない日を作りがちなので、いっそ更新は2日に一話にしようかなと思います。
早く書ければ不意打ちでその日に更新してしまうかもですが。
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