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五部
2話
 暗く、狭い物置の中。
 縛られたダクネスが頬を赤く染めている。

 それは、いつもみたいな興奮による火照りではない。
 それは……。

「カズマ……。カ、カズマ……! どうしよう、マズイ、これはマズイ! というか、洒落になっていないレベルでマズイのだが……!」
 小さな声で囁きながら、上半身を縛られたままモジモジし、半泣きになっているダクネス。
 狭い物置の中で、俺はダクネスにのしかかる体勢でピッタリとくっついていた。

「人の言う事聞かずにお茶ばっか飲むからだ! 実は前々から思っていたんだが、お前はひょっとして結構なバカなのか? 脳筋なのか? たまにアクアと大差ない頭の時があるぞお前は」
 俺のその囁きにダクネスが、ギリッと奥歯を食い縛ってこちらを恨みがましい目で睨んでくる。
 言いたい事はあるが、今はそれどころではないので黙っているという感じだ。
 というか、俺もここで争っていてもしょうがない。

「仕方が無い……。もうこうなったら、今の内に出て謝ってしまおう。めぐみんはお前と違って直情的で短気なアホじゃない。ちゃんと説明すれば分かってくれる。こういう時は早めに出て見つかった方が傷は浅いんだ」
「お前が私をどう見ているのか一度徹底的に話し合いたい所だが、ちょっと待ってくれ。その……。お前は知らないだろうが、めぐみんと二人でいる時、ちょっと色んな話をしていてな……。とにかく、今こんな姿を見られるのはマズイ、めぐみんを傷付けそうだ! も、もうちょっと待とう!」

 何だよ、俺の居ないところで何話してるんだよ、確かめぐみんもダクネスと二人でいる時には色んな話をしているとか、そんな事言っていたが。

「……しょうがない。もうちょっと待つぞ」
「おい、ちょっと私の口に何か咥えさせてくれ。歯を食い縛って耐えているから」


 絵的に更にマズイ事になると知りつつも、俺はダクネスに、さるぐつわ代わりにハンカチを咥えさせた。


 物置の中でじっと待つ。
 確か、アクアとめぐみんは休憩だと言っていた。
 という事は、待ってさえいればいずれ休憩も終わって出て行くと言う事だ。

 パタパタと、誰か騒々しい奴が走る音。

「いないんですけど。アクセルに帰って来てこの方、ニートの本領発揮して、産廃よりも迷惑な存在になったカズマはおろか、カズマのお守りしててって頼んだダクネスまでいないんですけど」

 あの女覚えていろよ。
 夜中に鳥小屋を改造してやる。
 確かに金が入ってからゴロゴロしかしていないが、人を産廃呼ばわりとはいい度胸だ。

「どうしたのでしょうか。暇を持て余したカズマならば、意味も無くどこぞにフラフラと出歩いて行ってもおかしくは無いのですが。お守りを頼んだダクネスまでもが一言も無しにいなくなるというのは……」

 ……。
 そんなフラフラ出歩く遊び人みたく思われているのかなあ……。

 ……と、その時。
「……ッ! ……ッッ!」
 ダクネスが、何かを訴えかけるように小さく呻く。

 見れば、この狭苦しい物置の中で我慢している所為もあってか、汗ばんできたダクネスが非常にエロティックな具合になって息を荒げている。
 うなじを流れ落ちる一滴の汗。

 密室で、こんな状態と言うのは本気で洒落にならない……、うおっ!
「コッ、コラッ! いきなりどうした、暴れるな!」
 突如動き出したダクネスから、俺は囁きながら咥えさせていたハンカチを取る。

「……ハアッ……! だ、ダメだ……! 予想以上にダメだ……!」

「お前、頑張れよ! もうちょっと頑張れよ! あいつらはただの休憩だから、すぐにまた作業に戻るって!」

 というか、ダクネスがこの狭苦しく暑苦しい物置で中途半端に我慢した所為で、お互いが汗ばみ火照り、余計に事態が悪化していた。

「言ったじゃん! だから、俺言ったじゃん! 出るんなら早めの方が良いって!」
「す、すまん……! でも、でも……!」

 まだ何かを言おうとするダクネスの口に、俺はこれ以上は問答無用とばかりにハンカチを突っ込む。

 先ほどまでならばともかく、今更ダクネスを出す訳にはいかない。
 じっとりと滲んだ汗で黒いタンクトップが肌に張り付き、これはもう何も無かった事を理解して貰っても、こんな状態のダクネスと一緒に居たってだけで軽蔑されそうなレベルだ。

 せっかくリア充になりかけているのだ、このアホの所為でぶっ壊されてたまるか。

 俺がそんな事を考えていると、ダクネスがもう我慢出来ないとばかりに、上にのしかかっている俺を跳ね飛ばして飛び出そうと、突然動き出した。
 それを慌てて上から押さえつけ、ダクネスの耳元で囁きかける。
「おい、大人しくしてろ! お前さえ我慢してくれれば丸く収まるんだ。そもそも、俺の言う事を聞かなかったお前が悪いんだぞ! ジッとしてろ!」
 俺の言葉に、ダクネスが全てを諦めたかの様に、観念する様にそっと目を閉じた。

 ……おい止めろよ、目を閉じるな、以前屋敷に侵入した時といい、お前はこういう状況になった時に諦めるのが早すぎる。
 こんな状況で見つかったら本当に洒落にならないだろうが。

 俺はダクネスの口に咥えさせていたハンカチを抜き取ると、
「おい止めろ、そっと目を閉じるな、それは本当に止めろ色々とヤバイから! いいか、アホなお前に説明してやる。この状況で飛び出せば間違いなく皆とは気まずい事になる。アクアに見つかってみろ、ギルドの連中に嬉々としてこう言って回るぞ。大変よー! ウチの二人が、片方が半裸で片方が縛られた状態で、物置に篭って汗だくになってたの! 何があったかはご想像にお任せします! ってな」
「うううう…………」
 ダクネスの泣きそうな呻きを聞きながら、暑い物置内で少しでも涼を取るため、僅かに残っていた魔力で自分にフリーズを掛ける。

 フリーズで涼を取る俺を羨ましそうに見上げるが、自分にも掛けてくれとは言わないダクネス。
 今の状態で冷えるのは危険だとは分かっているらしい。

 と、ダクネスがモジモジしながら……。
「……な、なあカズマ……。こんな状況なのに、トイレを我慢させられているこの状況が少し楽しくなってきた私はちょっと変なのだろうか」
「よし、もうお前は出来るだけ黙っていろ。極力喋らないでくれ」


 そんな救いようもない事を言い合っている俺達の耳に、やがて、物置の扉越しにこんな会話が聞こえてきた。


「なーに? めぐみん、そのお守り何個作る気? カズマの荷物袋がパンパンになるまで持たせるつもりなの?」
 どうやら、めぐみんはまだ他にもお守りを作っているらしい。

「違いますよ。これは……。皆の分です。こっちがアクア、これが私。……そして、いつも最前線で私達を守ってくれるダクネスには、この一番頑丈に作ったやつです」
 そんなめぐみんのいじらしい言葉を聞いて、モジモジしていたダクネスが大人しくなる。

 ……どうやら、俺とダクネスの思いは一つになったようだ。
 この状況をめぐみんに見られて、ガッカリされるのは何としてでも避けたいという思い。
 ダクネスが、上に乗っかる俺に囁いてきた。
「……おい、この状況をなんとか出来ないか。機転が利くのがお前の取り柄の一つだろう。何かないのか?」

 こんな状況でそんな事を言われても。
 俺は、人二人がギリギリで座っていられる小さな物置の中を、何か無いかと探してみた。

 ……と、俺はある物を見つけ出す。
 俺が運がいいと言うのは本当だったらしい……!

「ダクネス喜べ! 良い物を見つけたぞ! これで、一番の難題は解決した!」

 そう言って俺はダクネスに、嬉々としてソレを見せつけた……!



 ジュースの瓶。



「……ッ! ……ッ!!」
「や、やめっ……! 止めろ! 真顔で、無言で何度も頭突きすんな!」

 俺が差し出した小瓶では不満らしい。

「ちっ……。何か無いかと言ってきたのはお前だろうに……。全く、これだからプライドだけは高いお嬢様は……」
 何気なく俺が言ったその一言に、ダクネスがバッと頭を上げた。

「……おい待て、貴様、今何と言った。私は貴族としてのプライドで拒否しているのではない! 女だ! 女としてのプライドだ! 人として、捨ててはいけない何かだろうコレは! こんな物に済ませる奴がどこの世界にいるこの変態が!」
「俺のいた国で自宅を守る仕事に就いていた人達は、席が離せない時や忙しい時には、これに似たペットボトルと言う物で済ませる上級者がいたぞ」
「!?」
 そんなバカな会話を続ける俺達に比べ、扉の向こうでは……。





「ねえねえめぐみん。何だか、嬉しそうにそれ作るわね。私、なんかめぐみん見ててホッコリするわ」
 そんな、のんびりとしたアクアの声。

「嬉しいですよ。だって、私は紅魔の里へ行くと決まった時、実は結構ボンッてなる覚悟をしてましたからね。またこうして、皆で平穏な日々を送れるなんて夢のようですよ。このお守りは願掛けなんです。誰も欠ける事無く、ずっと皆一緒に居られますようにっていう。……アクアにも、いつも感謝してますよ? ずっと一緒に居ましょうね」
「めっ……めぐみんっ! なんて……、なんていじらしいの! 分かったわ、どうせ天界には帰れないんだし、ここで楽しく暮らしましょう! お金はカズマが何とでもしてくれるわ! 豪遊よ! 皆でおもしろおかしく豪遊をするの!」
 居間の方では、そんな、ちょっと楽しげでほのぼのとした会話が進む中。





「大体な、前々から思ってたんだよエロ貴族! お前、やらしい身体でやたらと男を誘う色気を振りまくクセに、何だかんだと身持ちが堅いってどういう事だ! 色気でムレムレの身体してるクセに、変なところで恥ずかしがりやがる! 何なの? 変態痴女なのか純情娘なのかハッキリしろよ! どスケベなクセに処女とかどうなんだよ半端者が!」
「よし、貴族の権力を行使するのは嫌いだが、貴様だけは別だ! 貴族を侮辱した罪で、貴様は処刑だ、処刑してやる!」

 ダクネスが、先ほどはうつ伏せの体勢で物置の中に屈み込んでいたのが、今は両腕を縛られたまま、この狭い中で仰向けの体勢を取っていた。
 その体勢で、狭い中逃げ場もない俺に向かって何度も何度も蹴りつけてくる。

「やってみろ! やってみろよお嬢様! 最弱職の冒険者に勝てないクルセイダーさんよ! 俺に一対一の勝負じゃ勝てないからって、お父様のお力にすがりに行くんですか、ララティーナ様格好良いですねぐあっ!」
「上等だ、あの二人が外に出たら決闘だ、ぶっ殺してやる!」
「やりやがったな、貴族の令嬢がはしたなくも人の顔足蹴にするってどういう事だ! さすが貴族のお嬢様は言葉遣いも違いますね!」
「ああっ、やっ、止めろっ! 腹を押すな! こんな所で私が我慢できなくなったなら、お前だって他人事では無くなるからな!」

 こんな緊急事態にも関わらず、俺達は小さな声ながらも喧嘩していた。
 居間で和やかに会話している二人と比べ、俺達の人間の小ささが良く分かる。




「……ねえ、なんかどこかで、カタカタと音がしない?」
「……? そうですか? それよりも、そろそろ作業に戻りましょうか。夕飯までに作業を終えて、今日は鍋にでもしませんか? その頃には、あの二人も帰って来るでしょう」
「いいわねー、そろそろお花見の季節だし、屋敷の庭の花でも見ながら鍋で一杯やりたいわね! あの二人は、帰って来たら鍋の仕込みをさせましょう!」

 そんな和やかな事を言いながら、再び屋敷から出て行く二人。
 そして…………。



「舐めやがってこのエロいだけが取り柄の肉盾が、お前の存在意義を教えてやんよ!」
「やってみろ! 肝心な所でヘタレる根性無しが、やれる物ならやってみろ!」

 俺とダクネスは本来の目的も忘れ、アクアとめぐみんが出てった後も、狭い物置の中で喧嘩していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺は荒い息を吐きながら、物置から引きずり出した、両手を縛られたままのダクネスをなんとか立たせる。
「クソッ、アホな事に時間取られた……。何やってるんだ俺達は……。もういいから、とっととトイレでも何でも行ってこい。……はあ、俺は疲れたから部屋に戻ってちょっと寝てくる。死んでから一週間とちょっと。こうして暴れたりすると、首の後ろが痛むんだよ」

 ダクネスが、首の後を気にするそんな俺を一瞥し。

「全く、こっちこそくだらん時間を取られた。寝るなら寝て来いぐーたら男め。私も、トイレに行ったらお前のバインドの効果が切れるまで、自室で大人しくしている事にする。いいか? 貴様の体がキッチリ元通りになったなら、その時こそ一度真剣に勝負しろ。ここまで舐められっぱなしでは気が済まん」

 そんな捨て台詞を残して、縛られたまま、てくてくとトイレに向かって歩いて行った。

 ……全く、なんて女だ。
 アイツには、物分りの良いめぐみんの爪の垢とかを、少し煎じて飲ませてやりたい。

 俺はヨタヨタしながらもトイレに向かうダクネスを見送り、二階の自室へと歩いて行った。

 やがて自室のベッドで横になり、暴れたせいで未だにジンジンと痛む首後ろをさすっていると。

 部屋のドアが、ドンドンと叩かれる音がした。
 ……と言うか、思い切り蹴られる音が。

 一体何だとドアを開け、俺はそこに立つダクネスの姿を見て不審に思う。
 それは、困った様な、今にも泣きそうな表情を浮かべるダクネスだった。

 どうしたんだ。
 先ほどの事を気にして謝りにでも来たのか?

 別に、気位の高いこいつとは喧嘩ぐらいはしょっちゅうするし、今更謝りになんて来なくても…………。

 俺がそんな事を考えていると。
 ダクネスが、膝をこすり合わせてモジモジしながら言ってきた。

「す、すまない、カズマ……さん……。その、手が使えないので、トイレのドアが開けられません……」
 めぐみん達に見られたらヤバイ展開第二弾です。







 俺の部屋から一番近いトイレとなると、二階にあるトイレとなる。
 ここなら急にめぐみんやアクアが帰って来ても、玄関から距離もある事からまだ大丈夫だろう。

「は、早く早く、早くしろ! ヤバイ、もう本当にヤバイ!」
 泣きそうな顔で急かすダクネス。
 早くしろと言うのは、トイレのドアを早く開けてと言う事だ。

 ……先ほど散々喧嘩した後だ、もうちょっと追い詰めてみたい。

「何がどうヤバイのかを、そこん所詳しく」

 トイレのドアの前でモジモジしていたダクネスが、
「おおおおお、お前と、お前と言うやつは……! こんな時にこんなプレイをしてくるだなんて、お前はどこまで私好みな……! ああもう、私が悪かった! 悪かったから、開けてくれ! 今はこんなプレイを楽しんでいる余裕は本当に無いんだ!」
 今にも本当に泣きそうに言ってきた。

「しょうがねえなあ。ああ、しかし首が痛い。この首が治ったらお前との決闘かあ……。嫌だなあ、それを思うとどうしても、このドアノブを開ける手が鈍く……」

 そんな、ネチネチと嫌がらせをする俺をジッと見詰めていたダクネスが。

「…………グスッ…………」
「悪かった! 俺が悪かった! 全面的に俺が悪かったから泣くな! おいズルいぞ、女が泣くのはズルい、本当にズルい!」
 ポロッと一粒涙を零したダクネスに、俺は大慌てでドアを開ける。

 だが……、
「……もういい。このまま漏らしてめぐみんやアクアに泣きついてやる」
「悪かった! 本当に俺が悪かったから! 調子に乗った! 謝るから許してください!」
 とんでもない事を言い出したダクネスに、今度は逆に俺が泣き顔になり、開けたドアの前から立ち退いた。

 両手を縛られたままのダクネスが、そのままトイレの中に入り、そのドアを閉めると……。
「お、おいカズマ、下着! どうしよう、下着が脱げない! ああクソッ、これ……、もうどうしよう……っ!」
 トイレの中から聞こえるダクネスのそんな泣き声。

 ……しょうがない、非常事態だ。
 非常事態という名の、誰に恥じることも無い大義名分が出来てしまった。

「分かった分かった、今、俺がパンツ下ろしてやるよ」

 言いながら、再びドアを開ける俺にダクネスが大慌てで言ってくる。

「おい待て! 待ってくれ! ……うう、クソッしょうがないか……。おいカズマ、せめてトイレの窓に掛かっているカーテンを閉めてくれ! それで暗くすればなんとか……!」

 なるほど。
 しかし……。

「千里眼スキルなんて物を持っていて、本当にすいません……」
「ああああもうっ……! もうっ……! お前って奴は、お前って奴はどうしてそう便利な奴なんだ! そんなだから肝心な時にいつもいつも頼りになる! ありがとうっ!」
 完全にパニックになっているダクネスが、訳も分からず泣きながら、ヤケクソになって礼を言う。
 これは本当に限界が近いのだろう。

 と、ダクネスが、何かを閃いたかの様にパアッと顔を輝かせた。
「スティールだ! カズマ、トイレのドア越しに私にスティールを仕掛けてくれ! お前のセクハラじみたスティールならば、私の下着だけ剥ぎ取れるだろう! 下着を見られるのはもう仕方が無い、スカートの中に手を突っ込まれて下着を下ろされるよりはマシだ!」

 なるほど、それは良い考えだ。
 しかし……。

「先ほどの、お前にほぼ全力で掛けたバインドの所為で、魔力は空に近い状態に……。その上、物置でチマチマとフリーズで涼を取っていたから完全に魔力は空です」
「さっきの、肝心な時にいつも頼りになるという言葉と、ありがとうの言葉を返せ! ああもう、ああもう、ああもう…………っ!!」


 結果、少しだけ下着を下ろし、後はトイレの中でダクネスが、壁を使って自力で下ろす作戦に。
 ゴソゴソと聞こえてくる音が凄く気になるが、これ以上居る必要も無いだろう。
 俺はトイレから外に出ようと……。

「カッ、カズマ! カズマ! 行く前にちょっと待て! で、出ない……っ! どうしよう、出てこない……!」

 苦しそうなダクネスの声。
 いや、それこそ俺にそんな事言われても。
 我慢をし過ぎて身体に支障をきたしたのか?

 ともあれ、ドアの外の俺に出来る事と言ったら……!



 俺はその場で軽快に手拍子を打ちながら。

「頑張れ頑張れダ、ク、ネス。頑張れ頑張れダ、ク、ネス」
「バカッ! お前はどうしてそうなんだっ! 紙だ! トイレ紙がロールから出てこない!」
 ああ、なるほどそっちか紛らわしい。

 この世界のトイレ文化は、使用するのは古い布か、荒い落とし紙だ。
 紙自体がそこそこの値段がするこの世界。
トイレットペーパーなんて使っているのは一部の金持ちくらいのものらしい。
紙を、壁に掛かっているロールから出してやった所で、両手が使えないのにどうやって使用するんだろうとも思ったが、まあ何とかするだろう。

 俺はドアノブに手を掛けて、中のダクネスに呼び掛けた。

「分かった分かった、それじゃあ開けるぞー!」
「一体何を開ける気なんですかあなたは」



 ……いつの間にかトイレの入口に、アクアとめぐみんが立っていました。








「……まったく、アホですねえ……。長い付き合いですし、今更そんな状態でも誤解なんてしませんよ」

 ざっと事情を説明しただけで全てを理解し、呆れた声で言ってくるめぐみん。
 この理解の早さと知性を他の二人にも見習って欲しい所だ。

 そんなめぐみんを見て、ダクネスが縮こまる様に身を小さくしながら呟いた。
「うう……。面目ない……」


 そんなダクネスにめぐみんが。
「……それに」
 実に嬉しそうに笑いながら、そんなダクネスと、ついでにアクアへお守りを差し出してきた。
 それは俺に渡してくれたあのお守り。
 皆一緒に居れます様にって願掛けの掛かった、あのお守りだ。

「それに、こんな風に訳も分からず毎日バタバタしている方が、私達らしいじゃないですか」

 そう言って、実に嬉しそうに笑う。
 それに釣られるかの様に、自然とダクネスや俺にも笑みが戻り……。


 そんななごやかな空気が、相変わらず空気を読まないアクアの言葉で凍りついた。



「ところで、間に合ったの?」







 そこは俺も気になってました。
間に合いました。

下品な話で申し訳ない。
次回からは、ようやく死後の傷も完治して平常運転。


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