ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
四部
25話
 耳をつんざく轟音と共に凄まじい爆風が吹き荒れる。
 向かい来る突風にとても目を開けていられない。
 片手にしっかり抱いたこめっこが飛ばされない様俺自身も身を屈め、もう片手で突風や小石からこめっこの顔を守りながら、隣に目をやる。

 そこには、向かい来る風にマントをなびかせて、杖を突き出し魔法を放った姿勢のまま。

「…………カズマ、今のは何点ですか?」

 何か、色々と悩んでいた事を吹っ切った様な、スッキリした表情で笑みを浮かべ。
 めぐみんがそんな事を聞いてきた。

 今日の爆裂魔法の破壊力は、多分過去に見てきた中でも最大級だ。
 長い付き合いで爆裂魔法を見る目が養われてきた、俺の鑑定眼からすると……。
「九十八点」
「くっ……! 二点足りませんでしたか……! しかし、確かに今のはそんな物です。かなりの会心の出来でしたが、史上最高の出来とは言えませんでした」
 俺の評価に、どことなく嬉しそうな表情でめぐみんが言って来る。

 吹き荒れる突風が収まり、俺は片手で抱いていたこめっこを放してやる。
 すると、こめっこは目を丸くして爆裂魔法が放たれた後の光景を眺めていた。
「やっぱり……! やっぱり、お姉ちゃんは凄いねっ!」
 拳を握って嬉々としてはしゃぐこめっこの頭に、めぐみんが優しく微笑み、ぽんと手を置いた。

 未だ凄まじい爆煙が立ち込める中、めぐみんの爆裂魔法による惨状を見て思った。

 これは酷い。

 まず、シルビアが居た場所を中心に、巨大なクレーターが出来上がっていた。
 俺と最初に出会った頃の爆裂魔法の威力とは、既に比較にならない程だ。
 毎日コツコツと爆裂魔法のみを唱え続けてスキルを鍛え、得られるポイントも全て注ぎ込んできた努力の結晶。
 天才と呼ばれた魔法使いが全てを捧げた爆裂魔法は、シルビアを爆心地として辺りの物を全て薙ぎ払っていた。

 例えば、逃げ遅れた紅魔族の数名の者が目を回して地面に転がり。

 そして何より…………。

「……お家、無くなっちゃったね」

 こめっこがポツリと呟く。
 そう、シルビアが飛び乗った大岩の傍に、ポツンと佇んでいためぐみんの実家。
 それが、物の見事に吹っ飛んでいた。

 ひょいざぶろーさんとか、帰って来たら腰抜かすんじゃないか。どうすんだコレ。
 ……と、そんな中。
 遠巻きに見ていた紅魔族の人達が、爆心地を覆う爆発後の粉塵を見ながら口々に言う。

「……やったか!?」
「……ハッ、何だ、口ほどにもない……」
「さーて、帰って一杯やるかぁ!」

 おい止めろ。
 お前ら、本当に止めろそういうフラグになりそうな事言うのは。
 しかも、なんでちょっとワクワクした顔でそんな事言うんだよ。
 紅魔族の面々が、何かを期待する目で見守る中、徐々に爆発後の煙が晴れてくる。

 そして……。

「…………今日のはかなりの出来の爆裂魔法だったのですが」

 めぐみんが、爆心地の中心部を見ながら呟いた。

 そこには変わり果てた姿のシルビア。

 シルビアは腰から下のムカデだった部分は欠片も残さず消し飛ばされ、全身をボロボロにして、今は何も纏わない状態で地面に転がり、かろうじて息をしていた。
 綺麗な女性だったその顔は、もはや殆ど原型も無い。
 ……いや。
「……流石キメラ……なのか? なんか、メキメキ再生していってるな」
 シルビアが、徐々にその体を修復させ、ボロボロだったその顔も、元通りの美しい女の顔に……。

 …………元通り……?

 めぐみんが、再生したシルビアの顔を見て呟いた。
「……元は男だった者が体型も顔もほぼ完全な美女へと変えるのに、一体どれだけの美女を取り込んだのでしょうね」

 そこに再生されたのは美女の顔。
 いや、確かに美女なのだが。
 それは、明らかに先ほどまでのシルビアとは違った印象の美女だった。
 消し飛ばされたムカデ状だった下半身からは、人の足が生えてくる。
 その体は再生はされたものの、流石に爆裂魔法の強烈な衝撃の後には、すぐに体を動かす事は出来ない様だ。

 先ほどの俺の持ってきたキューブの効果がまだ残っているのだろう。
 体が再生する傍から、その肌が黒く染まっていく。
 そして…………。

「……な、なあめぐみん。……そ、その。あいつの目…………」
 俺は恐る恐る、めぐみんへと問い掛けた。
 再生したシルビアの顔。
 そこにあるはずの、先ほどまでの黄色い猛獣の様な瞳ではなく。

 その、シルビアの紅く輝く両目を見ながら。

「……その顔は、紅魔の里でも随一の美しさを誇った……。先週、何の意味も無いけれど、暇だから山に篭って修行っぽい事して来ると言って、里を出てったそけっとか……。シルビア……。お前、何人の女を取り込んだ?」
 そんな事を尋ねながら、一人の紅魔族の男が、瀕死のシルビアへと静かに歩いて行く。

 ビクビクと、毒と爆裂魔法のダメージでその身を震わせているシルビアが。
 ……既にもう、そのままロクに指も動かせず、視線だけをそちらに向け、
「……さあ? 忘れ……ちゃった……。散々おちょくられたあんた達に、最後に報いる事が出来たわね……。一度取り込んだ相手は……もう、この私にはどうする事も出来ないわ……。悔しい? このままアタシは死んでいくでしょうね。……あんた達は、慣れ親しんだ仲間の顔になったアタシが死んでいくのを、何も出来ないまま看取って頂戴…………。フフッ、最後の最後に、少しだけスッキリしたわ…………」
 掠れた声でそう呟いて、満足そうに目を閉じた。

「あのお嬢ちゃんが吹き飛ばした……。最初の顔と身体……。あれは、アタシが最後に取り込んでこの身体を完成させた、とあるヴァンパイアの顔と身体。ウフフフフッ……。キメラって、便利でしょう……。日の下に出れないヴァンパイアも、アタシと一つになれば外に出れる。この身体に、どれだけの美女の命が詰まっているか分かる? あんた達はそれらがまとめて失われる様を、そのまま大人しく見てるがいいわ……」

 後は、弱々しい呼吸音が聞こえる中、辺りはシンと静まり返っている。

 そんなシルビアの周りには、一人、また一人と紅魔族の連中が無言で集まっていく。
 皆、一様に怒るでも無く悲しむでも無く。
 ただ、じっとシルビアを見守っていた。

 きっと、泣いたり叫んだりして悲しめば、シルビアが喜ぶ事を理解しているからだろう。
 そんな中、めぐみんも、瀕死のシルビアへと歩いて行く。
 と、突然背後で絶叫が上がった。

「……なっ……! なななな、なんじゃこりゃあああああああー!?」

 それは、アクア達と共に俺を探してくれていたのだろう。
 ダクネスやアクアと共に、奥さんとひょいざぶろーが現れた。
 驚愕の声を上げるひょいざぶろーの視線は、会心の爆裂魔法により消し飛ばされた、自分の家の跡地へと向けられている。

 そのまま地にペタンと膝を付き、誰にともなく呟いた。

「お……おのれ魔王軍……! こんな……。こんな血も涙も無い事を…………」
 お宅の娘さんがやったんですよ。

 俺に抱かれていたこめっこが、その姿を見て奥さんの元へと駆けて行く。
「お母さん! お姉ちゃんが格好良かったんだよ!」
 自慢気にそんな報告をするこめっこの横を通り過ぎ、アクアとダクネスがこちらへとやって来る。
「カズマ、大丈夫だった!? 新しい心の傷は受けてない? 気が紛れるように、楽しい芸でも見せてあげようか?」
 アクアがこちらに来ながらそんな気遣いをしてくれるが、むしろ余計な事を思い出させないで欲しい。
 と言うか、相変わらずの空気が読めないヤツめ。
 この重々しい雰囲気が分からないのか。

 そんな中、ダクネスも俺を見てホッとした顔を受かべた。
 二人の足元を見れば、アクアはちゃっかり靴を履きに戻った様だが、ダクネスは裸足のまま俺を追い掛け、今まで探してくれていたらしい。
 素足を泥だらけにしてあちこち擦りむいている様だ。

「無事で良かったな……。……しかし、また随分と派手にやったな……」

 ダクネスが、瀕死のシルビアとその周囲の惨状を眺め言ってくる。
 既にそこは、シルビアを看取る会みたいになっていた。

 俺も二人と共にシルビアに近付き、既にその最期を見守っているめぐみんの傍へ。

 めぐみんが、虫の息のシルビアへ静かに告げた。
「流石は魔王の幹部です。何の支援魔法も無い状態で私の必殺魔法に耐えるとは、流石に予想外でした」
 めぐみんが、そんな事を言いながらシルビアをジッと見る。

 そういえば、言っておかないといけない事がある。
 紅魔族の人々が沢山いる中で言うのは正直キツイが、自分の招いた事だ、仕方が無い。
 仕方が無い……。
 うう、ちょっと怖い…………。

「めぐみん、済まない! そいつがそれだけ硬いのは、俺が持っていたキューブの所為だ」

 俺はめぐみんに、今までの経緯を説明した。
 一時的には魔法抵抗力とやらは劇的に下がるが、その代わりに殆どの魔法に耐えてしまう硬さを得られるキューブ。
 俺がそれを盗られた為に、こんなに紅魔族の人達が手こずるハメになった事。
 その結果、俺は見逃して貰えたが、代わりに里が危険に晒されてしまった。
 それらを説明し、俺は頭を下げながら謝る。

「言ってみれば、こんな騒ぎになったのも…………」

 俺の所為だ。

 俺が頭を下げながらそう告げようとすると、めぐみんが、
「何か問題を起こす私達の後始末をしてくれる、保護者みたいな立場だったカズマ。そんなカズマの立場が、今日だけ逆転しましたね。……これで、私達は保護者と問題児な間柄ではなく、少しは対等な間柄になれましたか?」
 そんな事を言いながらクスクス笑った。
 ……何だろう、このちょっと胸が甘酸っぱくなる感覚は。

 そしてそんな俺に、紅魔族の人々が口々に言ってくる。
「外から来た兄さん、悪気は無かったんだろうし気にしなさんな。被害らしい被害は無いんだから良かったじゃないか、こうしてシルビアも仕留められたんだし。ひょいざぶろーさんの家が吹っ飛んだ事がちょっとアレだが……」
「そうね。それに、何だかんだで盛り上がったのは事実だわ。……これだけの派手な展開での劇的な最後なら、取り込まれていたそけっとも浮かばれるでしょう……」
「……そうだな。そけっとも、こんな悲劇のヒロインみたいな感じで散るなら満足だろう……」
 皆がそう言いながら、再び全員が、瀕死のシルビアに目をやった。

 と、そんな時。

「…………アレっ。なあ、外から来た兄さん。あんた、さっきこう言ったよな。一時的に、魔法抵抗力自体は下がっている、って」

 それは何かを思いついた様な表情の紅魔族の青年の一言。
 それを聞き、他の紅魔族の人達が次々に、ハッとした様な表情を浮かべた。

 …………?

「ええ、まあ……。元々それが目的のアイテムですから。代わりに、凄まじい防御が得られる様になるから、殆どの攻撃魔法自体が意味を成さなくなる欠陥品で…………」

 そんな俺の言葉に紅魔族の人達が静まり返った。
 …………?
 俺が訳が分からずに戸惑っていると、めぐみんが俺の肩をポンポンと労うかの様に叩き。
「カズマ。……グッジョブ!」
 言って、俺に親指を立てて…………?

 めぐみんにはピンと来たらしい。

 俺は訳が分からないままでいると、紅魔の人達が円陣を組んで相談を始める。
「いやしかし、喜ぶのはまだ早い。このままではシルビアが毒で死ぬ。例え毒がなんとかなっても、ここまでの重傷だと……」
 一人の男が言った一言で、その人達が一瞬明るくなっていた表情を沈ませた。

 ……?

 ますます意味が分からない。彼らはどうやら、シルビアの毒を治す算段をしている様だ。
 だが、とりあえず……。
「おいアクア、出番だぞ。……分かるな?」
 こんな時には、腕だけは確かなウチの女神の出番だ。

 俺がアクアに促すと、アクアが真顔でコクリと頷く。
「任せておいて。暗くなったあそこの雰囲気を、私の必殺芸で明るくしてくればいいのね」
「ちがわい! お前の力で解毒と回復をしてこいって言ってんだ!」

 そんな俺達のやり取りに、紅魔の人達が一斉に視線をこちらに向けた。
 正確には、俺の隣のアクアへと。
 急な視線を受けてビクッとしながらも、アクアが素直にそちらへと歩いて行く。

 俺はアクアを促してはみたものの、未だ事態が飲み込めず、隣に立っているめぐみんへと聞いてみた。
「……しかしどういう事だ? あいつを回復させてどうするんだ? 危なくないのか?」
 そんな俺の疑問にめぐみんが、まあ見ていてくださいとだけ言ってくる。
 …………?


 紅魔族の人達に頼まれるがままに、アクアがシルビアから距離を置きながら、離れた所から魔法を掛けた。
 もはや殆ど意識を失いかけていたシルビアは、毒の治療と体の治療を施され、やがてゆっくりとその目を開ける。
 そのままユラリと立ち上がると、自分を取り囲む紅魔族の面々を不審な顔で見回した。

「どう言うつもり? このアタシを治療したとしても、この体に取り込んだ生物は自分の意志で取り出すなんて出来ないわよ。……残念ねえ……? 毒を治療された以上、あの状態異常を与えてくる厄介なボウヤ以外は、警戒する事もないわ。爆裂魔法のお嬢ちゃんも二発目は撃てないんじゃないのかしら? ……今のアタシの顔が、仲間の顔だったから情けを掛けちゃったのね? ……アタシは魔王軍幹部、シルビアよ! いつもみたいに舐めて、バカにしていると後悔するわ……っ!」

 そう宣言すると、アクアの治療はそれほどに効果があったのか、先ほどまでの瀕死の状態などどこへやら、シルビアが、今、最も警戒するのはアクアだとばかりに、紅魔族の人達に守られる様に囲まれるアクアへと。
 その紅い瞳をギラつかせて襲い掛かって来た……!










「ゴボッ……! や、やめっ……! やべでえ……っ! あっ……、足が……! お、溺れ……っ!」

 里に出来たクレーター。
 その中心に大きな泥沼が出来上がり、その沼のど真ん中ではシルビアが必死にもがいていた。

 ……あれっ。

「ねえ、あのシルビアが本当に魔法抵抗力が無くなっているわ。見て、私の石化魔法で下半身が完全に石に……! 泥沼を作成する魔法陣を足元に出されても抵抗も出来なかったし! いけるわ、今ならいける!」

 ……あれえ?

 先ほどまでの苦戦は何だったのか、アッサリとシルビアを無力化してしまった紅魔族。
 その中の一人の男が、実に嬉しそうな表情で周囲に宣言した。
「よし。これで普段とは違い、シルビアの魔法抵抗力が大きく下がっている事が実証された。ではこれより、シルビアが今までに取り込んできた生物の、分離実験を行います!」
「わあーっ!」
「いいぞいいぞ!」
「ヒューヒュー!」

 何だろう。
 どうしたんだろうこの人達は。
 何なんだろうこのテンションは。

 盛り上がる紅魔族の人達に、俺が若干引き気味になっていると。
「カズマは知らないと思います」
 めぐみんが突然言った。
「カズマは知らないと思います。……私達紅魔族が、肉体改造などの魔法の実験に、異様に興味を示すのを。どうしてだか、肉体改造だとかの言葉に非常に惹かれるのですよ私達は。本当に、なぜだかは分からないのですが」

 俺はエリス様から真実を教えてもらっている。
 紅魔族の生まれた経緯やその歴史を。

 確かこいつらのご先祖様は、皆、自ら志願して肉体改造をされたんだったな。
 その変わり者達の血脈が、ちゃんと受け継がれているのだろう。

 めぐみんが、盛り上がる紅魔族を遠巻きに見詰めながら。
「魔法が効くという状態ならば、きっと彼らならば何とでもするでしょう。何故だか、肉体改造だとか、キメラだとか……。私達は不思議と、こういった事に対して相性が良いのですよ。温泉の街ドリスの転送所で、テレポートの魔法を使うと極希に、他の生物と混ざり合ってしまうという話をした事があるでしょう?」

 シルビアが一人の紅魔族の女性に、パラライズとか叫ばれ動けなくされている中、めぐみんが言ってくる。

「テレポートで合成が出来るなら。きっと使い様によっては分離も出来るんじゃないかとか、既に彼らの頭の中では色々な研究がシミュレートされている筈。散々いじくり回されて、取り込んだ生物は、全て摘出される事かと…………」

 そ、それって取り出された人とかは大丈夫なのか?
 心のケアだとか色々、何だか手遅れ感も否めないんだが……。

 と言うか、紅魔の人達の目がマッドサイエンティストの目だ。
 既に、取り込まれた人を救出するという事よりも、早くシルビアの体を弄りたいとの気持ちの方が勝っている気がする。

 俺達の目の前では、痺れて動けなくなったシルビアが泥沼の中から引きずり出されていた。
 体は痺れてもかろうじて声だけは出せるのか……。
「ひゃめ……、ひゃめてえ……。こ、このわたひの美を、崩さらいれえ……」
 舌が麻痺している為か、舌っ足らずな言葉で半泣きで懇願していた。

 そんなシルビアを、紅魔族の面々が、にこやかに笑いながら。
「心配するなシルビア! 俺達は、何だかんだ言って、笑えるお前の事が嫌いじゃない。殺すなんてしないさ、ちょっとお前の体を弄らせて貰うだけだ」
 これから何をされるのかと、怯えた表情のシルビアに一人の男が爽やかに答えた。
 殺される事は無いと知ったシルビアが、少しだけホッとした顔をする。



 俺は、知る事になる。



「ところでシルビア。お前さん、取り込んだ生物を全て摘出されたらどうなるんだ。どんな手段で他の生物を取り込んできたのかは知らないが、一番最初の、元となった生き物はなんだったんだ?」



 シルビアなんかより、今こうしてにこやかに笑い掛ける、この紅魔族と言う連中がどれほど恐ろしい存在なのかを。



「ア……アタヒは……、アタヒは元は、下級悪魔にもなれなひ鬼族の男らったのよ……。い、今からすへてをうひなっても……。アタヒはまた、うつくひい存らいを取り込んれ……。そ、そしてきっと、あんら達に…………!」

 シルビアがキッとその紅魔族の男を睨む中。
 その男は言った。

「うん、待ってるよシルビア。……俺、あんたの事、本当に満更でもなかったんだ。何時までもずっと、待ってるからな」

 それは、先ほどシルビアに対して、あんたの事が好きだったのかもなとか言いながら、おちょくってテレポートでトンズラこいた男だった。
 痺れて動けないシルビアは、両手両足を紅魔族の人達にしっかりと持たれ、荷物の様にぶら下げられながら。

「……あ、あんた…………。こ、紅魔ろくとアタヒ達は敵ろうし。べ、別に、そんな事言われたぐらいれ、ろうにかなると思わないれよね……っ!?」

 シルビアは、その男を少しだけ眩しそうに、そして悔しそうに睨みつけた。

「おう、また来いよ魔王軍幹部シルビア。……ああ、そうだ。取り込んだ生物を全て摘出されて男に戻った後は、俺のテレポートで里から飛ばすからな」

 それはその男なりの優しさなのか。

「……あ、あんた……」

 シルビアは、その言葉にグッと押し黙った。
 そして……。
「礼は言わないわよ…………」

 その男が見守る中。
 シルビアはポツリと言い残した後、紅魔の人達に何処かへと運ばれていった。


 シルビアを見守りながら、その男はハッとした様に独り言を呟いた。
「……いっけね。俺のテレポート先って、紅魔の里とドリスの街。後は……」
 ……?
「男殺しと呼ばれた、対男性用の必殺の転送先。紅魔の里近くの、オークの集落ど真ん中じゃないか……。人間の街のドリスに送る訳にも行かないし……。まあいいか、モンスター同士仲良くやるだろ」




 ちょっ……



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 シルビアの襲撃の日から、俺達が里に滞在して3日が経つ。

 あれから、泣き叫ぶシルビアを散々おもちゃにした紅魔族は、シルビアの体から無事に紅魔族の女性を分離させた。
 それだけではなく、複数名の色んな種族の女性達も。
 最後にシルビアが取り込んだと言うヴァンパイアの女性は助からなかった訳だが、もうコレばっかりは仕方が無い。

 主にエルフが多かったが、攫われてきた人間の女性も居た。
 長い事モンスターと一体となっていた事で、精神に異常をきたしていないかと心配したが、皆、シルビアに取り込まれた瞬間からの記憶が無いらしい。
 その為、モンスターの中に居たと言う事には不快感を覚えていたものの、精神がぶっ壊れた様な人は居なかった。
 ……良かった……。
 シルビアは、魔王の手先の鬼達と変わらない姿に戻され、そしてある男のテレポートによって転送された。
 どこに送られてどうなったのかなんて想像したくもない。


 ひょいざぶろー宅が消し飛んだので、俺達は今ゆんゆんの実家で寝泊まりしていた。
 アクアとダクネスは、こめっこが気に入ったのか、ゆんゆんの実家の庭で色々と遊んでやっている筈だ。

 そんな中。
 俺は今、めぐみんとゆんゆんと共に、入荷しためぐみんの予備のローブを受け取りに、服屋へと向かっていた。

 あの騒動の後。この紅魔の里では、1つだけ変わった事がある。

「あっ! 蒼き稲妻を背負う者ゆんゆん! これから皆で飯食いに行くんだけれど、どう? 皆で一緒に?」

 俺達と共に歩くゆんゆんに、多分めぐみんやゆんゆんと同じ位の年の娘から、そんな声が掛けられた。
 それを聞き、ゆんゆんが顔を真赤にして小刻みに首を振った。
 そんなゆんゆんの様子に、特に気分を害する事もなく、ゆんゆんに声を掛けてきたその娘は、そう、残念。とだけ言って笑って手を振り去って行った。

「……モテモテですね、蒼き稲妻を背負う者。食事ぐらい一緒に行ってあげれば良いではないですか」
「止めて! その名前で呼ばないで! ああっ……! 私、私どうしてあんなバカな事を……!」
 めぐみんの言葉に、ゆんゆんが半泣きになりながら、両手で真っ赤になった顔を覆う。

 あれから、ゆんゆんへの扱いが一変した。
 里一番の変わり者で、変なセンスの娘という扱いから一転して、里では、一躍カリスマ的な存在として扱われていた。

 通りすがりの兄ちゃんが、ゆんゆんを見掛けて声を掛ける。
「おっ、雷鳴轟く者ゆんゆん! 今から飯食いに行くんだが……」
「行きません! 行きません!!」
 泣き出しそうな表情で即座に拒否するゆんゆんに、特に気にした様子もなく、おっと残念とか言いながら、若い兄ちゃんが手を振り、立ち去っていった。

 一応これは、新しいいじめではないらしい。

「……モテモテですね、雷鳴轟く者。付いてって奢って貰えばいいじゃないですか」
「止めて! お願い止めて! 私に変な通り名を付けないで!」

 顔を覆ってブンブンと大きく首を振るゆんゆん。

 めぐみんは、突然自分の持つ杖の先をゆんゆんのほっぺたにグリグリと押し付けながら。

「何を言うのですか、紅魔族随一の魔法の使い手! この私を差し置いて勝手に名乗っておいて、そのくせ通り名は嫌だとかワガママですよ! ほら、もう一度あのカッコイイポーズを取ってみるが良いです!」
「や、止めてえ! めぐみん、もう3日も経つのにまだ気にしてたの!? ちょっとぐらいいいじゃない!」

 杖でグリグリするめぐみんに、ゆんゆんが激しい抵抗を見せる中。
 俺は何となく呟いた。
「仲良いなあお前ら」
 俺のその呟きを耳にして、めぐみんがこちらをチラッとだけ見る。

 そのまま、めぐみんは怒った様に杖をブンブンと振りながら。
「ほら、とっとと行きますよ! ローブ受け取って、テレポートで街まで送って貰うんです!」
「ああっ、待ってよめぐみん!」
 慌ててその後を付いて行くゆんゆんを微笑ましく見ながら、俺もその二人の後をのんびりと付いて行く。

 そんな、俺の前を行く二人の前に、見覚えのある少女達が現れた。
 それは確か……。
「あ……。ふにふらさん。どどんこさん……」
 その二人は、確かゆんゆんの自称友人。
 確か、月末になるとゆんゆんにたかっていたという二人だ。
 そんな二人が、ゆんゆんとめぐみんの前に立ち塞がった。

 そして、二人はめぐみんを警戒する様にジリジリと距離を置き、めぐみんからは視線を離さない様にしながらゆんゆんへと話し掛けてきた。

「ゆんゆん、ちょっと話があるんだけど。いいかしら?」

 やはりチラチラと、めぐみんを気にしながら。
 めぐみんは、学生時代この二人になにをしでかしたんだろう。

「おい、久しぶりに会った懐かしの同級生に対して、その態度はどういう事だ」
「い! いやその! べ、別にっ? めぐみんとは、ほら! 私達、あまりその仲良くなかったから……! よ、よく私達がゆんゆんと仲良くしていると、めぐみんが後から来て、その……色々と……」

 片方の少女の声が、どんどんとか細い物になっていく。
 ……どうやら、ゆんゆんが絡まれる度に、めぐみんは後からこの二人に何かとチョッカイを掛けていたのだろう。
 何だかんだ言いながら、めぐみんとゆんゆんはずっと昔からそんな間柄だった訳だ。

 言葉を詰まらせていた少女とはもう片方が、突然バサッとマントを翻した。

 その場に、ピンと片足で立ち、まるでシルビアを相手取ったゆんゆんの様にポーズを決めて。
「我が名はふにふら! アークウィザードにして、上級属性魔法を操る者。紅魔族随一の本屋の娘。現在彼氏を求める者……!」
 そう叫ぶと同時、ゆんゆんにビシと指を突き付けた。

 どうも、ゆんゆんの片足上げポーズが里の中で流行ってしまったらしい。
 それを恥ずかしげに見ながらも、ゆんゆんはジッと聞いている。
「…………その。…………色々、バカにして悪かったわよ……。都合の良い時だけ友達面して……」
 ふにふらは、突き付けた指と共に声にも段々と力が無くなり、やがてその指を下に向けた。
 そしてどどんこが、そのふにふらの後を続ける。
「……その。今までの事、謝るわ。……だから。……その……」
 二人の少女が、ゆんゆんにペコリと頭を下げた。
「「今度は、本当の友達になってください!」」

 ゆんゆんは、それを聞いてしばし戸惑い。
 そして……。
「……はいっ!」
 実に良い笑顔で返事をした。

 それを聞き、二人の少女はホッとした様に顔を上げた。

 良い話だなあ…………。
 何だろう、ここ最近殺伐としていたからか、何だか胸が熱くなってくる。

 と、ゆんゆんが、俺に向かって笑い掛けてきた。
「カズマさん、改めて紹介します。二人と初めて会ったあの時は、眠るめぐみんを運ぶのにバタバタしてましたから……。二人は、ふにふらさんとどどんこさん。私の、学生時代の友達です」

 そう言って、にこっと嬉しそうに、自慢そうに言ってくるゆんゆんの紹介に、俺は改めて二人の少女にどうもどうもと頭を下げた。
 そんな二人も、友達と言われた事に照れながら、ペコペコと会釈する。

「どうも、佐藤和真です。ゆんゆんには日頃お世話になっている、ゆんゆんの友人の一人です。……あの時は悪かった。あれだ、お互いに以前の事は忘れて、これからは仲良くしてくれ」
「「こ、こちらこそ」」
 初対面の時はお互い喧嘩腰だったせいか、どうしてもお互い照れながら、ぎこちなくギクシャクしてしまう。

 そんな俺達を見て、めぐみんがサラッと爆弾を投下してきた。

「おいお前ら。男が居なくて寂しいのは分かるが、私の男に色目を使うのは止めて貰おう」
「「「!?」」」

 突然のその言葉に、驚きの表情で完全に固まるめぐみん以外の三人の少女。

「お……、おい、男って……。その、皆には内緒にするって話じゃなかったのか?」
「「「!!」」」
 俺の言葉に、三人は更に驚愕し。

 どどんことふにふらが、アワアワと狼狽えながら、
「おおおお、男!? あの、魔法にしか関心の無かっためぐみんに、男!? う、嘘よね? アレでしょ? 男友達って事でしょ?」
「そそそ、そうよねー? あんまりオシャレとかには無頓着だっためぐみんが、いきなりその、お、男だなんて……。ね、ねえ?」
 二人でそんな事を言い出した。

 何だろう。
 何だろうこれ。
 ゆんゆんが、同じくアワアワと狼狽えながら。

「カ、カズマさん? 本当なんですか? め、めぐみんと、その、お、お付き合いを……」

 そんな事を小さなか細い声で聞いてきた。
 俺がめぐみんを見ながら、言っちゃってもいいのか? とアイコンタクトをしてみると。

「まあ……。アクアとダクネスには、まだ内緒にしといてくださいねゆんゆん。それにまだ、家の親にお菓子持って来て挨拶したり、深夜、一枚の布団の中で抱き合ってもぞもぞしたりと、その程度の関係ですから」
「「「ッ!!」」」
 青い顔で、フラフラと後ずさるふにふらとどどんこ。

 いやまあ確かに間違った事は言ってはいないが。

 そんな二人にめぐみんが、勝ち誇った様に口元を歪め。
「…………フッ」
「「!!」」
 鼻で笑った。

「…………わ、わああああああああ! お、男が出来たぐらいでなにさあああ!」
「くっ、悔しくなんてないからねっっ! 悔しくないからあああっ!」
 二人はそんな捨て台詞を残して駆け出して行った。

 そして、その場に残って真っ赤な顔でアワアワと狼狽えているゆんゆんに。
「あ、ゆんゆん。私ちょっとカズマと行きたい所があるんです。悪いんですが、代わりにローブを受け取ってきて貰えませんか?」
「えっ! そ、その……。う、うん、良いけど……! やっぱりその、二人は、その……?」
 ゆんゆんが、恐る恐るといった上目遣いで俺とめぐみんを交互に見る。
 めぐみんが。
 普段使わない様な女子高生みたいな軽い口調で言った。

「私達、どっちかが彼氏が出来ても、ずっと友達だよね!」
「わ、わあああああん! まためぐみんに負けたなんて、思ってないからあああ!」

 ふにふら、どどんこに続きゆんゆんも走って行った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 俺はめぐみんに里の外へと連れられていた。
 そこは林の中に入った人気の無い静かな所。

 ここで聞こえるのは虫や鳥の声だけだ。

 そんな中、めぐみんが、突然俺の方を振り向いた。

 ……あれっ、何このシチュエーション。

 え、何?
 告白?
 いや、告白はされてるだろう。
 え、振られるとかじゃないよな?
 いやいやナイナイ、だって、さっき俺の事を、私の男って言ってくれたし!
 いやでも、さっきのは同級生の前で背伸びをしたかったからだとか……!

 そんな考えが一瞬で頭を巡り、俺がオロオロしていると。
 めぐみんが俺をジッと見ながら口を開いた。

「カズマ。……カズマは、優秀な魔法使いが欲しいですか?」

 ……?
 何だろう。
 どういった意図だろうか。
 そりゃあ……。
「欲しいか要らないかで聞かれたら、そりゃあ欲しいさ」

 当たり前の事を、当たり前に答えた。
 めぐみんは、その答えに満足した様に。
「そうですか。……うん、私も覚悟が出来ました」
 そう言って、突然笑顔を見せた。
 アカン。
 デートすらした事のない童貞に、そんな不意打ちの笑顔はアカンて。

 こんな人気の無い所で、覚悟が出来ただの、魔法使いが欲しいかどうかだのと言われると、童貞の俺としては凄くドキドキするんですが。
 するんですが!

「……私、上級属性魔法を覚えようかと思います」

 めぐみんが、そんな過激な、童貞にはいきなりハードルが高い事を…………なんて?

「……おい。今なんつった?」

 俺は素で返していた。
 我慢しないなら三度の飯が二度になると言われても、我慢などせずに魔法ぶっ放す爆裂狂が、今なんて?

 めぐみんが、自分の冒険者カードを取り出した。
 それを見ながら。
「……ずっと、悩んでいたんです。ゆんゆんに、何度も言われる前からも。多分、カズマやアクア、ダクネスと会わなかったなら、こんな事は考えずにずっと爆裂魔法を鍛え続けていたでしょう。紅魔の里の人達は、そんな素振りも口にも出しませんが、きっと、私に対してガッカリしている事だと思います。……私は、もうカズマのお荷物にはなりませんから……。今度は、カズマや皆を私が助けるんです。……だから。…………だから、爆裂魔法は今日で、封印するんです」

 そんな事を言いながら、俺に笑い掛けた。
 いやいや。
 いやいやいや。

「おい待てよ。そりゃあ上級魔法が使えりゃ助かる。助かるけれども……。そうだ、別に爆裂魔法を封印なんて言う必要はないだろ。討伐とかに出ない日だってあるんだし。そんな時は、また一日一爆裂に行けばいいしさ……!」

 そんな俺の言葉に、めぐみんはクスッと可笑しそうに笑い。

「爆裂魔法を唱えると、もうその日は魔力切れで、多分他の魔法は使えません。上級魔法を覚えたら、それを毎日使い続けてスキルレベルを上げないといけませんから……。大体、一度爆裂魔法を使えば、もう我慢が出来なくなると思います。それに、カズマだってコツコツとスキルを鍛えて努力していたでしょう? 唯の初級魔法で、窓に分厚い氷を張れるぐらいに」
 言いながら。
 俺に笑い掛けためぐみんは、そのままじっと自分の手元の冒険者カードを見る。


 俺は思い出していた。
 街を出る前に言われたバニルの言葉を。

『貴様はこの旅の目的地にて、仲間に迷いを打ち明けられる時が来る。貴様の言葉次第では、その仲間は自らの歩むべき道を変えるだろう。……見通す悪魔が宣言しよう。汝、よく考え、後悔の無い助言を与えるようにな』

 ああ、これはこの事を言ってたのか。
 クソ、あのチート悪魔め、こうなる事も知ってやがったのか?
 帰ったら店のドアノブに聖水掛けといてやりたい所だ。
 だが、ウィズがドアノブ掴んで大火傷する光景しか見えて来ない。

 めぐみんが、大切な思いでの品を眺めるように、じっとその手元のカードを見詰めている。
 やがて、静かに目を閉じて。
 深く息を吸って、目を開けた。

 そのまま、何かを堪える様にバッと俺に背中を見せて、後ろ手に自分のカードを突き出してくる。
 そのめぐみんが、肩を少しだけ震わせていた。
「……すいません、カズマ。凄く酷い事を頼んでもいいですか?」
「…………自分じゃ押せないから、俺に上級魔法スキル取得のボタンを押してくれってか?」
 めぐみんが、コクリと頷いた。

 …………アホだなあ……。

「お前、良く考えろよ? もう俺達は大金が転がり込んで来るんだからな? そんな、討伐だとか危険な事にはあまり首突っ込まなくてもいいんだ。屋敷でのんびりしながら、たまに爆裂魔法で雑魚を一掃したりして、皆でそんな風にのんびりと生きていこうぜ」
 そんな俺の言葉に、めぐみんが可笑しそうに吹き出した。

「……以前は、中級魔法取る気は無いのかだとか、散々私に言っていたカズマなのに」
 そう言って、可笑しそうに肩を震わせ、俺の方に再びカードを差し出してきた。

 俺は無言でそれを受け取ると。
「…………後悔はしないのか?」
 めぐみんの背中に言った。

「……しません。私はもう、足手まといになんてならないって決めたんです。私が普通の紅魔族だったなら。きっと、カズマを死なせる事も無かったし、シルビアにカズマを連れて行かれる事も無かったでしょう。……私は紅魔族随一の魔法の使い手。上級属性魔法を操る者。……今後は、これで行くとします。上級属性魔法が使える様になれば、ゆんゆんよりも潜在魔力が高い私の方が、絶対に紅魔族随一です。ゆんゆんに、紅魔一の座は渡しません」

 めぐみんは、そんな事をきっぱりと。

 …………アホだなあ、本当に。
 何よりも爆裂魔法が好きで、その為にだけ全てを捧げてきたクセに。

 俺は無言でめぐみんのカードを操作した。
 しかし、他人でもカードって操作出来たんだな。
 もっと早く知っていたなら。
 例えばこいつらに出会った頃なら、ダクネスやめぐみんのカードをパクって、勝手に操作していただろうに。

 俺は操作を終えると、それをめぐみんに手渡した。

 めぐみんは、そのカードを見もせずに、自分の胸元に無造作に突っ込む。
 そして、バッと振り返ると。

「さあ、ではそろそろ皆の元へと帰りましょうか! アクアやダクネスと一緒に、アクセルの街に。……まあ、しばらくの間、カズマの屋敷にウチの家族がお邪魔させて貰いますから、四人で水入らずって訳にはいかないのが残念ですが……」
「お、親御さんをそんなに嫌ってやるなよ?」
「嫌ってませんよ? でも、年頃の娘の親に対する想いなんてそんなもんです。新しいお家を建ててあげるんだから、文句は言わせませんよ?」
 そう言って、フフッといつも通りの不敵な笑みを浮かべて言った。


 ひょいざぶろーさん家が消し飛んだ為、めぐみんの家族はアクセルへと引っ越して来る事になった。
 アクセルに戻り、ダクネスの父ちゃんから金が返ってきたら、その金は皆で山分けしようと言う事になっていた。
 だが、めぐみんは自分の分はいいから、両親に適当な家でも建ててやりたいと言い出した。

 入ってくる額は二十億を超える。
 山分けすると一人五億以上なわけだが、めぐみんはそれを辞退してしまった。
 めぐみんいわく、俺が考えた知的財産だの何だので稼いだ金だし、借金払ったのも俺だから、だそうだが。
 でも、魔王幹部ベルディアの賞金や、デストロイヤー戦で得た賞金もそこに含まれていたりする訳で。
 めぐみんが頑なに受け取ると言わない物はしょうがない、とりあえずご両親には飛び切り良い家建てて、受け取る気になるまで一旦預かって置こう。

 ちなみに、ダクネスにも要らないと言われた。
 と言うか、その大金を用意するハメになった原因なのに受け取れるかと叱られた。

 そして……。
 清く気高く穢れ無き女神様は、目をキラキラさせて何を買おうか悩んでいた。
 俗世にまみれたあいつは絶対に女神じゃないと思う。

 しかし、居場所を見付けたゆんゆんまでがアクセルに帰ると言い出したのは意外だった。
 まあ里の人達の反応を見れば仕方の無い事なのかも知れない。
 里の人達的にはゆんゆんを褒め称えたりしているのだろうが、あれは新手のイビリなのかと疑ったものだ。


 めぐみんが里へと帰ろうとする中、俺はそれを引き止め。
「ああ、めぐみん。ちょっと一発、爆裂魔法を撃ってくれよ」
 俺は突然、そんな事をめぐみんに頼む。
 そんな俺の言葉にめぐみんが、
「……あなたと言う人は、本当にどうしてこう……。私が決意して、五分も経たない内に爆裂魔法を撃ってくれとは、何を考えているんですか?」
 そう、呆れた様に言って来た。

「いや、俺の国にはな。明日から頑張るって言葉があってだな。それにほら。俺まだ、百点と言える爆裂魔法を見てないぞ。シルビア相手の爆裂魔法ですら九十八点だった。いいのか? お前の最後の爆裂魔法が九十八点で?」

「…………言ってくれましたね。良いでしょう、私の最後の爆裂魔法。それはもう渾身の一撃をお見せしようではないですか!」

 言って、めぐみんが大仰に、離れた岩を目標にそこに向かって杖を構えた。
「……ああ、めぐみんめぐみん。それは止めとけ。そんな近いのじゃなくて、もっと遠くの……、この林の木々を盾にして、あそこの岩を目標に撃ってくれよ」
 そう言って、俺が指さしたのは林を抜けた平地になる大きめの岩。
 俺の突然の注文に、めぐみんが首を傾げた。

「別に構いませんが。射程ギリギリですよ、あんなに遠い場所ですと。……では、カズマにお見せしましょう。我が渾身の爆裂魔法を!」

 言って、さっきまでの何かを堪える様な偽りの笑顔では無く、心の底から嬉しそうに。
 めぐみんは、嬉々として、心底楽しそうに爆裂魔法の詠唱を開始し……!

「『エクスプロージョン』ッッッ!!」

 めぐみんのかざす杖の先。
 そこから放たれた光が走り、それが目標の岩に突き刺さった。


 それは間違いなく、過去最大最高の爆裂魔法。


 耳をつんざく爆音と共に、未だかつて無い、とんでもない規模の爆風が吹き荒れた。
 恐らくは、これをシルビアへと放っていたならば跡形も残らなかっただろうと思う。


 自らが放った爆裂魔法のその威力を目の当たりにし、めぐみんが驚きの表情で慌てて懐からカードを取り出し。
 それに目を走らせると、こちらを、困った様な、それでいて滲み出る嬉しさを我慢出来ない様な、なんとも言えない微妙な顔でじろっと一度だけ一瞥し。
 やがて、バサッと自分のマントを翻して、吹っ切れた様に笑みを浮かべ、俺に向かって言ってきた。

「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者。アクセル随一の魔法の使い手。やがて爆裂魔法を極めし者」

 そんな、普段通りのめぐみんがそこに居た。

 俺はめぐみんの意に反し、残っていたスキルポイントを、全て爆裂魔法のスキルレベル上げに突っ込んだ。
 優秀な魔法使いが欲しい?
 ウチのめぐみんは、何だかんだで優秀な魔法使いだろう。

 なんせ、魔王の幹部達を爆裂魔法一つで翻弄したり、撃退したり。
 これ以上の戦果を上げた魔法使いが、居るというなら連れて来いってんだ。





 自信満々の、どや顔のめぐみんが、薄い胸を張りながら聞いてくる。


「今のは何点でしたか?」






 そりゃあもちろん。



「百二十点」
五部開始は4月に入ってからを考えております、申し訳ない。
一応五部で完結を考えておりますので、少しだけお時間を。

それまでは、番外編、「仮面悪魔の見る夢は」などで少々お待ちください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。