「ほーら見てごらん? このテーブルの上のひっくり返したマグカップ。これがスイスイとテーブルの上を動き回りますよ!」
「すごい! すごい!! どうやって? ねえどうやってるの? 青髪のお姉ちゃん、どうやってるの!?」
「磁石だ! きっと、テーブルの下から磁石で動かしてるんだ! そうだろう? 当たりだろアクア!?」
めぐみん宅の居間において。
アクアがコップを使った芸を披露し。
それを、めぐみんの妹さんである、こめっこ。
そしてダクネスが、それを食い入るように見つめていた。
きっとダクネスが当たりだろう。
マグカップは鉄製だ。
それをテーブルの下から磁石を使って動かしているのだろ……。
……俺は話を聞きながら種を推測し、何気なくそちらを見て絶句する。
アクアは居間の真ん中にぺたんと正座し、手はきちんと膝の上に置かれていた。
そのままじっとテーブルの上のマグカップを見ているだけで、マグカップはスイスイと動いている。
………………!?
俺が、一体どうなっているんだと目を疑い、そちらに注意を取られていると……。
「あー……! ゴホンッ!」
俺の目の前から、わざとらしく大きく咳払いをする声。
おっといけない!
居間に敷かれた絨毯の上に、なんとなく雰囲気に飲まれて正座している俺の前には、厳しい顔でじっと俺を見るめぐみんの親父さん。
一見すると、黒髪の普通の中年のおじさんといった感じだが、その目は鋭く、先ほどから静かな威圧感を醸し出している。
そう、彼がめぐみんの父、ひょいざぶろーさんだ。
「……家の娘を助けてくれて、感謝する。いや、君が居なかったならボンッとなっていた事だろう。それは、本当に感謝しよう」
言いながら、ひょいざぶろーはペコリと深く頭を下げた。
そして、その隣にはどことなくめぐみんの面影がある、黒く艶やかな長い髪の、若干口元や目元に小じわのある綺麗な女性。
「本当に、家の娘が大変お世話に……。娘からの手紙で、よくカズマさんの事が書かれていまして……。あなたの事はよく存じておりますよ……?」
めぐみんの母親、ゆいゆいさんも深々と頭を下げた。
その二人と俺の間には布団が敷かれ、めぐみんが深く眠っている。
そして、そのめぐみんを感慨深そうにしみじみ眺め、それからキッと表情を引き締めたひょいざぶろーが。
「……で。キミは、家の娘とはどのような関係なんだね?」
俺に、三度目になる同じ質問を投げかけた。
「…………何度も言いますが、ただの友人で仲間です」
それを聞いて、もう堪え切れないとばかりにアクアが芸を披露していたテーブルにザッと移動し、そのテーブルに手を掛けた。
「なあああああああああああああああああ!」
「あなたあああああああああ! 止めてっ! テーブルひっくり返して壊すのはもう止めてください! 今月は特にお金が無いのよおおおおおおお!」
紅魔族は、本当に変わった人が多いです。
ひょいざぶろーが、奥さんの入れてくれたお茶をすすり息を吐いた。
「失礼。取り乱した。いや、キミが白々しくもただの友人だなどとヌケヌケとぬかすものだからね」
た、ただの友人ですが……。
喉まで出かかったその言葉を飲み込み、俺は話題を逸らそうと、リュックに入っていたある物を取り出した。
本当は、めぐみんの妹にあげようと思ったのだが。
それは先日、温泉街ドリスで買わされたドリス饅頭詰め合わせ。
健康に良いと評判の日持ちするお土産らしいし、あげても失礼にはあたらないだろう。
それをスッとひょいざぶろーの前に差し出すと。
「あのこれ。……つまらない物ですが……」
俺がスッと差し出した饅頭の箱を、ひょいざぶろーと奥さんが同時に掴んだ。
ひょいざぶろーと奥さんが無言になり、お互いに顔を見合わせる。
「……母さん、これはワシにカズマさんがくれたものだろう。手をどけなさい」
「あらあら、やだわあなたったら。さっきまではキミなんてよそよそしい呼び方しておいて、お土産を頂いたら急にカズマさん呼ばわり。止めてくださいな恥ずかしい。これは、今日の晩ご飯にするんです。あなたのお酒のつまみにはさせませんよ?」
奥さんが笑えない系の冗談を言い出した。
いやそれ饅頭ですから。
温泉饅頭ですから、晩ご飯にもつまみにもなりませんから。
俺がそんなツッコミを入れたいのを我慢していると、こめっこが突然嬉々とした声を上げた。
「食べ物!? ねえそれ、固い食べ物なの!? いつも食べてる様な、薄めたシャバシャバのおかゆとかじゃなくて、ちゃんとお腹に貯まる食べ物なの!?」
……………………。
俺はリュックに入れておいた保存食類を全て出し、それを無言で広げると。
「凄く……つまらない物ですが……」
「よく来てくれたねカズマさん! 母さん、一番良いお茶を!」
「家にお茶なんて一種類しかありませんよ、すぐさま入れて参りますので、お待ちくださいねカズマさん!」
奥さんが入れてくれたお茶をすすっていると、俺の持ってきた饅頭を両手に一つずつ持ち、それをせっせと、リスみたいに頬を膨らませて頬張るこめっこ。
そのこめっこが、もぐもぐさせながら隣でじっと俺の横顔を見つめていた。
俺は、ロリコンではない。
ハッキリ言うし、何度でも言う。
俺は、ロリコンではない。
むしろ、子供に手を出す様な輩には、全力で制裁を加えたい。
子供にお菓子をあげたり遊んであげたりするのは何よりも好きだが、俺はロリコンではない。
そんな大切な信念を持つ俺に。
こめっこは、自分の手にある2つの饅頭をしばらくじっと眺めてから、ゴクリと音を立てて喉を鳴らし……。
「……はい。美味しいよ」
こめっこが、手に持った、かじっていない方の饅頭を差し出してくれた。
お腹を空かしていたはずのこめっこは、その差し出した饅頭から目が離れない。
俺は、ロリコンじゃない。
俺は、こんな優しい子を守れる紳士でありたい。
「こめっこちゃん、それ以上はいけない! こっち! こっちに来なさい、お姉ちゃん達の所に!」
「そうだぞこめっこ! その男はお前の姉にいつもイケナイ事をしている悪いお兄さんだ。その男が牙を剥く前にこっちに来るがいい!」
アクアとダクネスがそんな事を言ってくるが、こめっこは首を傾げて俺を見る。
あいつらは後で制裁するとして、こめっこちゃんマジで天使だ。
俺はロリコンじゃない。
俺はロリコンじゃない。
「ありがとう、それは全部こめっこが食べるといいよ、お兄ちゃんは今お腹が一杯なんだよ」
俺が言うと、こめっこは、そうなんだ! とだけ言って嬉しそうに再び饅頭をかじり出す。
そしてそのまま俺の隣にぺたんと座り、無言で黙々と饅頭をかじる作業に戻った。
その微笑ましい姿を見て思わず、口元が緩んでしまう。
……俺はロリコンじゃないから。
そんな俺を見て、ひょいざぶろーが険しい顔で。
「……幾ら食べ物を持ってきても、こめっこはやらんぞ」
「誤解ですから! あの二人の言う事は信じないでください!」
必死に叫ぶ俺の隣から、後ろからそっと忍び寄ってきていたアクアが饅頭をかじるこめっこをバッと抱きしめ、俺の隣から引き離す様にかっさらった。
アクアはそのままこめっこをダクネスの隣に連れてくると、膝の上にこめっこを抱っこしたままこちらから視線を離さない。
ダクネスも警戒する様に俺から視線を離さない。
あいつら後で本気で覚えてろよ。
こめっこは、突然アクアに抱きかかえられた事もかっさらわれた事も一切気にせず、そのままされるがままに、黙々と饅頭をかじっていた。
この子も結構な大物なのかも知れない。
そんな事を思いながら、俺はお茶を一口すする。
そんな中、奥さんが俺にやんわりと笑みを見せながら。
「そう言えば、カズマさんは凄い借金持ちだと聞いたのですが……。めぐみんとの事は大丈夫なのですか? 私は、カズマさんは良い人そうだし反対はしませんが……。家の娘と一緒になるのは、せめて借金を返されてからにした方がよいのでは……?」
俺は含んでいたお茶を全力で吹き出した。
「ぎゃー!? な、何をするか!」
顔面にお茶ぶっかけられたひょいざぶろーが悲鳴を上げるがそれどころではない。
「一緒になるって何の話してるんですか! ただの友人だって言ってるでしょうが!」
むせながら言う俺に、奥さんが。
「娘から送られてくる手紙を読んで、よほど親しい、そういう間柄だと思っていたのですけれども……?」
そう言って首を傾げた。
待って欲しい。
と言うか、
「すんません、その手紙に何書いてあったのか、聞いてもいいですか?」
俺が気を落ち着けながら呼吸を整える中、ひょいざぶろーと奥さんが、二人して顔を見合わせた。
やがて奥さんが。
「……手紙では、家の娘はカズマさんと行動を共にしてからは、二度も粘液でヌルヌルにされ、トイレを我慢していた際にはそっと空の瓶を差し出されたり。そんなセクハラは日常茶飯事な間柄で……。そう言えば。ずっと疑問に思っていたのですが、家の娘は一体何があって紅魔族ローブをダメにしてしまったんでしょう……?」
俺はそこまで聞いて、ご両親に土下座した。
そんな俺に、ひょいざぶろーが後を引き継ぎ、
「だが、そこまでされても大切な仲間だから平気で耐えられる。それに、とても放っては置けない大切な仲間だから、と。例え借金まみれでスケベで中途半端な戦闘力しかなく、口を開けば暴言ばかりで常識も無い男だが、何だか放っては置けないから、と……。娘がそこまで言うからには、きっと何かあるのだと思っていたが……」
そんな事を、深く眠るめぐみんの頭を撫でながらしみじみ言った。
……。
借金作った原因の一つはお前もだろうとか、他にも沢山突っ込みたい所は多々あるが……。
ちょっと引っ掛かる所があるが、それでも少しだけ嬉しくもある。
そう、何だかんだでお互いの欠点も許しあえるぐらい、固い絆が出来ている今、そんな事を言われていたぐらいでは、俺のめぐみんに対する信頼と気持ちは……。
奥さんが。
「なんでもカズマさんのパーティのメイン火力を務めていて、娘が抜けたらパーティが成り立たないぐらいだとか。なんでも家の娘が、魔剣持ちの剣士とゆんゆんが二人掛かりでも、傷も負わせられなかった魔王軍の幹部を一人で討ち取り、更には、別の魔王の幹部の城に魔法で連日攻撃を仕掛けておびき出し、その幹部も討ち取ったとか」
…………いや嘘ではないが。
……ええと。
「うんうん。しかも、あの機動要塞デストロイヤーに最大のダメージを与え足を止めて、討伐に最も大きな貢献をしたとか。そして、悪徳領主に結婚を強要されていた大貴族の令嬢を、結婚式に颯爽と乗り込みこれをさらって行ったとか! いや、我が娘ながら素晴らしい大活躍だ!」
ひょいざぶろーが実に嬉しそうにそんな事を……。
……間違ってはいない。
いないが……。
俺は思わず、深く眠るめぐみんをじっと見た。
それまで深い呼吸をしていためぐみんは、ゴロンと俺とは反対の方向に寝返りを……。
……こいつ起きてるんじゃないだろうな。
ちょっと不審な目でめぐみんを見る俺に、奥さんが、
「他にもまだまだ、あなたの事やお仲間の事が沢山……。……それで、借金はまだかなりの額があるんですか? 娘のパーティの事ですし、何とか助けてあげたい所ですけど、家もあまり裕福な方でも無いもので……」
そんな事を少し申し訳なさそうに言ってきて……。
「ああ、いえ。元々不当な借金だったんですよ。それでもなんとか完済したんですが、そのお金やその他諸々の金が、この旅が終わる頃には結構な額として返ってくる予定でして。なので、もう大丈夫です、ご心配なく」
俺が、何気なく言ったその言葉に、ひょいざぶろーがピクリと反応した。
「……ほう。ちなみに、お幾らほど返ってくるのか伺ってみても……」
そんな質問に、俺はめぐみんの実家で少し緊張していた事もあり、特に疑問を持つこともなく。
「二十億……ぐらい? それ以上ですかね? 確か、そんなものだっ」
「「二十億!?」」
俺が最後まで言い終わる前に、二人が大声で遮った。
……あれ、ナニコレ。
ちょっと余計な事言ったか?
ひょいざぶろーが、寝ているめぐみんを間に挟んだまま、少しこちらににじり寄った。
ひょいざぶろーが、実に良い笑顔でポンと手を打ち。
「ああ、そうだカズマさん。今日は家に泊まっていきなさい! この里には宿が無いし、泊まる所がありません! 是非とも! ええ、何ならずっとここに住んでもらっても構わないから! 冒険者なんてやっているなら、家なんて無いだろうし!」
「そ、そうですね! ああ、こめっこは、今夜はこの居間で、お父さんと私の三人で一緒に寝ましょうね! そちらのお二人は私の部屋で眠るといいですよ! しかし、家は手狭でして、部屋が居間と私の部屋、後は、昔めぐみんが使っていた、今はこめっこの物となった部屋しかありません……。ああ、住んでもらうにはちょっと手狭ですねえ……。ねえあなた、いっそ改築とかも……」
とんでもない事を言い出した二人に、俺は若干引きながら、
「い、いえ……。俺は、あの、アクセルの街に屋敷を持っているもので……」
そんな事をおずおず告げた。
「「屋敷!!」」
やっちまったか。
俺は、目を輝かせながらこちらを見る二人から視線を逸らし、助けを求める様にアクアとダクネスの方を見る。
「さあ次は! なんと、この小さな箱にびっくりする事が起こりますよ!」
「きっと、あの箱が開いて中から何かが飛び出すんだ! 違いないぞこめっこ!」
「す、すごいね! すごいねっ!」
……三人はそれどころでは無い様だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時刻は夕方をとっくに過ぎる中、未だこんこんと眠り続けるめぐみん。
無理もない。
いつ襲われるかと緊張が耐えない野外での旅を続ける中、一日中ひたすら歩き続け、そして連日、眠る事は殆ど許されなかった訳だ。
そんな、眠り続けるめぐみんを……。
「お、お母さん! お肉! お肉だよ、す、すごいね!」
「母さん、白菜は美容に良いと聞く、肉は任せろ、ワシは母さんにいつまでも美しくいて欲しい!」
「あらあらあなた、あなたこそ最近頭の方が薄くなってきましたし、添え物の海藻サラダを召し上がればいいと思います」
めぐみんの家族達は誰一人そんなめぐみんを気にする事もなく、俺が先ほど買い出しに行って手に入れてきた食材をがっついていた。
献立は鍋。
アクアは食材と一緒に買ってきた酒を飲み、ダクネスは、こんなに狭い空間の中で、ちゃぶ台並の小さなテーブルを囲んでワイワイと皆で食事する事が初めてなのか、少し緊張した様な面持ちで作法等が間違っていないのかと、皆をキョロキョロ見ながら上品に食べている。
何だろう、凄く日本の実家での食事を思い出す状況だ。
しかし……。
「そう言えば。さっき買い出しに行って来て思ったんですが、ここの里が魔王軍に襲撃を受けてるとかって聞いていたんですが、なんか平気そうですね?」
俺は目の前で肉の取り合いをしている夫婦に何気なく尋ねる。
事前に聞いた情報だと、確かそんな事を聞いていたのだが。
と言うか、あの鬼みたいな連中は魔王の手先なのだろうし。
それとも、あの連中が里を襲撃するまでに、魔王軍襲撃部隊を自称するあの無職の集団に滅ぼされているのだろうか。
そんな俺の疑問に、なんでもない事の様にひょいざぶろーが、
「ああ、一昨日来たな、魔王の幹部が。確かシルビアとか言ったかな? 巨大な改造モンスターを引き連れてやってきたが、里の者に、連れていたモンスターを一瞬でズタズタにされて半泣きで逃げ帰っていったよ。マメに来る人だから、多分今夜か明日にでもまた来るんじゃないか?」
明日の天気の話でもするかの様に、そんな事をサラッと言った。
……この里の事は、心配するだけ無駄なのだろう。
なにせ里を囲む防壁も無いような集落だ。
それにも関わらず、里の中にモンスターが現れることは無いらしい。
モンスター達も馬鹿ではない、生存本能ってヤツで里には近付かないのだろう。
こめっこが目をキラキラさせて、
「ねえお父さん、お母さん! 青髪のお姉ちゃん、すごいんだ! 小さい箱の中からね! 大きなネロイドを出したの!」
そんな事を自慢気に夫婦に言って……。
俺は、ダクネスとアクアを見る。
その視線に気付いたダクネスが、俺の聞きたい事を察してくれたらしい。
「凄かったぞカズマ。物理的にあり得ない事が起った。小さな箱から、箱よりも大きいネロイドが飛び出し、それが窓から逃げて行った! あれは一体どうなっているんだとずっと悩んでいて……」
それを聞き、俺は酒を飲んで良い感じにご機嫌なアクアに。
「……なあ、実はちょっと前から気になっていたんだが。一度お前の持っている芸を、じっくり見せてもらってもいいか?」
「嫌よ。芸ってものはね。請われてやるのではなく、自らが盛り上げたいって感じた時にこそ披露するものなの。どうしてもって言うのなら、私が一芸披露したくなる様な宴会の場でも作って頂戴」
言いながら、酒のつまみにしていたさやエンドウの中の豆を、片手でキュッと皮から押し出し、器用に飛ばし、それを俺の口元にペシと当ててきた。
………………。
「ヘタクソねえ……。せっかく口元狙って飛ばしたんだから、ちゃんと口で受け止めて……、や、止めてえ! あんたあんまりお酒飲まないクセに、私のさやエンドウ全部持って行かないで!」
そんな和やかな夕食の時間。
そんな中、俺は久しぶりに実家の家族団らんの食事を思い出しながら、ここ数日の野外での緊張も忘れ、安心して食事を楽しんだ。
やがて、辺りは完全に暗くなり、他所の家々からも明かりが消える頃。
「何を馬鹿な事を! あなたは自分の娘が可愛くないのか! 一週間絶食させた野獣のオリに、美味そうな子羊でも投げ込む様なものだぞ!」
それは、俺が風呂から帰って来た時だった。
ここは紅魔族の里。
魔法を使える者しかいない、そんな里だ。
初級属性魔法や中級属性魔法を習得している者など珍しくも無い為か、里の中には無料の大衆浴場が備え付けられている。
手の空いている者が暇を見ては浴場に魔法で水を張り、ファイアーボールをぶち込んでいく。
そんなお手軽浴場にて、俺は久しぶりに風呂に入ってきた所だった。
俺より先に風呂から帰って来ていたアクアとダクネス。
アクアは既にあてがわれた部屋に居るようだが、ダクネスが居間の方で何やら揉めていた。
揉めている相手は奥さんか。
俺がいる玄関にまで二人の声が聞こえてくる。
……と言うか、居間を覗くと、ひょいざぶろーは既に居間の真ん中で高いびきを上げて眠っていた。
俺が風呂に行く、ほんのついさっきまで起きていたはずなのに。
なんだか寝るのが早くないか?
俺がそんな事を考えていると、二人の会話でダクネスが一体何を騒いでいるのかを理解した。
「そうおっしゃいましても、今まで旅をしてきて間違いなど起きなかったのでしょう? なら、ちっとも問題なんてありませんよ。家の娘はもう立派に冒険者をやっている年ですし、カズマさんも分別ある大人……。もし何かあったとしても、それはお互いの合意の上で、ではないでしょうか! なら親として何も言いませんとも。……それともダクネスさん。何か、家の娘とカズマさんに間違いがあると困る事でも……?」
つまり、俺とめぐみんが同じ部屋で眠ることにダクネスが抗議しているらしい。
……あれっ、これってちょっとアレですか?
ひょっとして、軽く修羅場みたいな、ダクネスかめぐみんかどっちを取るの!? みたいなそんな……、
「ええっ!? そういう言い方をされると、何だか私が妬いていると思われそうな非常に不愉快な不名誉を被るので、本当に、真剣に止めて頂きたいのだが……」
……あれっ。
「そ、そうですかすいません。ち、ちょっと読み違えていました。しかし、家の娘をそちらの部屋に移すと大変手狭ですしねえ……。誰かにカズマさんと同じ部屋で寝て頂かないと……」
そんな奥さんに、ダクネスが。
「なら、そちらの旦那さん、ひょいざぶろーさんとカズマを一緒に寝かせれば解決だろう!」
「えっ」
えっ。
いや正論なんだが、思わず、奥さんがこぼした声と同じ事を思ってしまった。
「そんな色気の無い……、もとい、娘の手紙でカズマさんを知る限りでは、こめっこと一緒に寝かせる事は論外として、家の主人と一緒に寝かせるのも少しだけ不安が残りますし……」
えっ。
奥さん何言ってんの。
俺をなんでも有りなケダモノだと思ってんの?
明日にでもめぐみんが送ったとか言う手紙を全部見せてもらおう。
と、ダクネスが段々興奮してきたのか大声で、
「なら……! この私が一緒に寝よう! 私ならば、あのケダモノに万が一無茶をされたとしても必死に抵抗すればきっと何とか……! ……いや、抵抗虚しくあの男の人並み外れた欲望の赴くままに、凄い目に遭わされてしまうのかも知れない。そ、そうだ、この旅の間、あいつはきっと欲望が溜まりに溜まっている事だろう。しかも、男性と言うのは徹夜明けなどの、多少疲れている時などは特にムラムラくると言う……! きっと無理矢理押さえつけられ、騒ごうとすると、こめっこが起きちゃうだろ静かにしろと脅され、あの時の様に口元を押さえつけられ……!」
「『スリープ』」
奥さんが魔法を唱え、バカな事を口走っていたダクネスが、崩れ落ちる様にその場に倒れた。
……やりやがった。
と言うか、ひょっとして……。
俺はこの騒ぎの中全く起きようともしないひょいざぶろーに視線をやった。
……これって。
ひょいざぶろーを居間の入り口からじっと見る俺に、奥さんが、うとうとと眠そうなこめっこを片手で抱きながら。
「あらカズマさん。いつの間に帰ってきていたんですか? ダクネスさんが寝てしまいましたので、ちょっと部屋まで運ぶのを手伝って頂けませんか?」
そんな事を、にこやかに言ってきた。
「助かりました。ダクネスさんも、旅の疲れが溜まっていたのでしょう、きっと朝まで起きる事はありませんよ。そして、私も主人もこめっこも、一度眠ると大きな音や声がしても、なかなか起きませんの。……では、カズマさんもお疲れでしょうし。ささ、もうお休みになってくださいな」
そんな事を言いながら、奥さんが俺をグイグイとめぐみんが寝かされている部屋へと押し込んだ。
「え、えっと……。それじゃあ、遠慮なく寝かせて貰います。……一応言っときますが、めぐみんとは長い付き合いですから間違いなんて起きませんよ? 日々悶々としている変態クルセイダーが、さっき言っていた事は信じないでくださいね?」
「分かってます、分かってますよ大丈夫ですから! 万が一があっても、ちゃんと責任取って頂ければそれで……!」
全然分かって無いだろこの奥さん。
俺は、ドンと突き飛ばされる様にしてめぐみんの部屋へと入れられた。
「ではごゆっくりー……!」
そんな奥さんの声を背中に聞きながら。
俺は、やれやれと暗い部屋の中に目を向けた。
そこには部屋の中央に寝かされているめぐみんの姿。
きっと、奥さんの手によるものだろう。
旅で少々汚れていためぐみんの顔が、今は綺麗に拭われていた。
こうしていれば、めぐみんは本当に美少女だ。
窓から差す微かな月明かり。
それが、眠るめぐみんの顔を優しく照らす。
艶やかな、しっとりと濡れた様な長い黒髪が、月明かりの下引き込まれる様な不思議な感覚を覚えさせ……。
……と、見惚れていてどうする。
このままだとあの奥さんの思い通りにいってしまう。
俺も疲れている事だしとっとと寝るか。
……と、その時だった。
「『ロック』!」
そんな声が部屋の外から聞こえたのは。
それは声からして奥さんだろう。
魔法で鍵でも掛けたのだろうか……。
迂闊にこれから入ってくる金の額を口走ってしまった俺も大概だが、あの奥さんもどうなのか。
幾ら娘がマメに手紙に色々書いてくる男相手だからって、親として大丈夫なのか。
よほど娘の見る目を信頼しているのだろうか。
まあいい、とりあえずとっとと寝るか。
トイレだって済ませておいた、朝までは大丈夫だろう。
そう思い直し、俺は改めて狭い部屋の中をキョロキョロと。
……見回して、ふと気づく。
めぐみんが寝ている布団以外、どこにも俺の寝る場所が無いんですが。
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