手と胸と頭の辺りに温かい物を感じる。
「なんとかっ! なんとか言いなさいよめぐみん! どうして? 里で一番魔力があって、頭だって一番良くって! ずっと昔から頑張ってきたあなたが、なんで爆裂魔法しか使えないの? 習得に一番コストが掛かるのに、高威力すぎて使い勝手の悪い爆裂魔法なんて、どうしてそんな魔法にスキルポイントつぎ込んだのよ!?」
ぼんやりと聞こえるのはゆんゆんの怒鳴り声か。
会話からしてめぐみんが怒られているのか……。
うっすらと目を開けると、俺を膝枕しながら頭に手を置くアクアの姿。
そしてめぐみんが、俺の手を両手で掴み、俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくりながら、ゆんゆんに叱られていた。
えっと、これはどういう状態なのか。
目を覚ました俺を見て、アクアが言った。
「お帰りなさいカズマ。今回は駄々こねずにすぐ帰ってきたわね。すんなり帰って来なかったら、今回はめぐみんが泣いてる事だし次は私の番だとか言って、ダクネスがカズマの体に何かやる気だったのよ? すぐ帰ってきて良かったわ!」
その言葉にダクネスに視線を向けると、何かをポイと地面に捨ててダクネスが余所見した。
地に落ちたそれは、一束の頑丈なロープ。
「……お前、俺の裸体を拝んだぐらいで赤くなる、なんちゃって痴女の癖に何する気だったんだよ。これからはもうセクハラはあんまりしないとヒッソリ誓った俺だったが、お前がそんな行動に出るなら俺にだって考えがあるぞ」
「由緒正しき貴族の娘をなんちゃって痴女と呼ぶな! ……貴様はそんな事よりも、何とかすべき事があるだろう。……ほら、早く何とかしろ」
最初は激高し掛けたダクネスだったが、言いながら、俺の手を掴んで泣くめぐみんとゆんゆんを顎でさす。
俺が収拾つけるんですかこれ。
「めぐみん、泣いてないで何か言ってよ! 学園時代あれだけ頑張ってきたからこそ、紅魔族随一の使い手を名乗っていいって、卒業の時に許可を受けたんでしょ? ずっと私の先を進んでたじゃない! だったら、ちゃんと上級魔法の一つぐらい……! づかっで、みぜてよおおおおお……!」
めぐみんを叱っていたゆんゆんまでが、なぜか突然泣き出した。
……すいません、本当に俺が収拾つけるんですかこれ。
「なるほど。紅魔の里の人間は、皆お前が爆裂魔法のみの使い手だって事は知らない訳か。だから何だかんだ言いながら、里に帰るのは嫌がっていたと」
俺は自分の首の後ろをさすりながら、めぐみんとゆんゆんの説明を一通り聴き終わって言った。
首の後ろは既にアクアの手により傷跡も残されてはいない。
……が、服の襟首などが血まみれだった。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 私がちゃんと魔法を使えていたなら、カズマが死ぬ事はなかったのに……!」
めぐみんが、俺の胸に顔を埋めた状態で、そんな事を言って泣いている。
えっと、ちょっと意味が分からない。
そんな事よりも、死ぬ直前のめぐみんとのやり取りのせいで、こんな状態だと場違いに変な気分になってしまいます。
「いや、めぐみんは関係ないだろ。ここは俺達の手に余る強力なモンスターがワラワラ出る危険な場所だ。むしろ、全滅せずにすんで良かったよ」
と言うか、敵感知が出来るから俺が見張りについていたのに、そのスキルに反応しない敵だとかどうすりゃいいのか。
確かエリス様の話だと、魔導ゴーレムだとか言っていたが。
あれか、機械的な、感情も何もない敵だのは敵感知スキルで捉えられないのだろうか。
俺がそんな事を悩んでいると、ゆんゆんが未だ涙ぐみながらも口を開いた。
「アレは……っ。紅魔族の間では有名なこの森の守り神。赤い瞳をした、紅魔族の者が力を使う所を見れば立ち去って行く、変わった習性を持つモンスターなんです……」
……ああ、確かエリス様が、森の中の魔導技術大国ノイズの廃棄施設を守っていたとか言っていた。
つまり、廃棄されたその施設で紅魔族への改造が行われていたのだろうか。
だから、紅魔族にだけは反応し、見逃してくれるとか。
そしてノイズが滅ぶと、その施設から近い所に里を作ったと。
周囲の森は、ゆんゆんの魔法のせいだろうか。
一部の木々が鋭利な刃物で切りつけられたかの様にバッサリと切り倒され、切られた木の幹がそこらに転がされていた。
光の手刀でバッサリやるあの魔法で切り倒したのだろう。
めぐみんは今もなお俺の傍から離れず、鼻をグスグス言わせていた。
ダクネスとアクアの二人は、俺に事態の収拾を押し付けて、見張りと称して俺達三人からそそくさと離れてやがる。
未だ涙ぐんでいるめぐみんを見ながら、同じく鼻をグスグス言わせているゆんゆんが、
「グスッ……、め、めぐみんは……。ずっと学園生活時代、魔法の理論学でも魔力の扱いにおいても、なんでも一番の成績で……。里の人達もこぞって、天才だ天才だって、期待されてて……。そんなめぐみんが、爆裂魔法しか使えない欠陥魔法使いに成り下がったなんて知られたら……! うっ……。ううーっ……」
そんな事を言って、また涙をポロポロ零す。
そんなゆんゆんに、めぐみんが顔を上げ。
「……おい、欠陥魔法使い呼ばわりはよしてもらおうか。一応魔法攻撃力においてだけ言うならば、間違いなく紅魔族随一なはず。嘘偽りなんて言っていない。我が人生のほぼ全てを捧げている爆裂魔法の悪口はやめてもらおう」
「爆裂魔法の使い所なんてどこにあるのよ! ダンジョンでは威力が高すぎて崩落の恐れがあるから使えない! 射程は一番長いけれど、威力が高すぎて接近されたら自分も仲間も巻き込むせいで使えない! よほどの高レベル魔法使いですら、一撃打てばまず二発目は使えない、非効率的な魔力消費! 唯一の長所の威力にしたって、どう考えたってオーバーキルでしょ! 爆裂魔法なんて、里の誰も取りもしない、スキルポイントだけをバカ食いするネタ魔法じゃない!」
めぐみんの言葉に、ゆんゆんが食って掛かった。
「いででででっ!?」
それを聞いためぐみんが、俺の脇腹に置いていた手で思い切り俺の腹に力を込める。
そのままゆらりと立ち上がると、めぐみんは真っ向からゆんゆんに向き直り。
「……言ってくれましたねゆんゆん。言ってはいけない事を言いましたね。この私の名を馬鹿にするよりも、最も言ってはいけない事を、言いましたね」
「な、なによ。やる気なの? 上級魔法を使えない以上、体格も小さいめぐみんに勝ち目はないわよ」
ゆんゆんは警戒しながらめぐみんから距離を取った。
そして……!
「カズマ。ゆんゆんの秘密をそっと教えてあげましょう。実は我々紅魔族には、生まれた時から体に刺青が入っているのですよ。それは個人によって入っている場所が違い、ゆんゆんの体に刻まれている刺青の場所は……」
「やめてえ、ちょっとカズマさんに何を言うの! 魔法を使えない今、体格で劣るめぐみんを取り押さえる事ぐらいできるんだからね!」
半泣きのゆんゆんが突っかかっていくが、それを見てめぐみんがヒラリとかわし。
「アクア、支援魔法をください! この子に痛い目見せてやります!」
「ひ、卑怯者! めぐみんはやっぱりズルい! いつだってズルいっ!」
そんな事を言い合いながら、取っ組み合う二人に俺は叫んだ。
「おい、そんな事よりもゆんゆんの刺青の場所とやらを詳しく!」
ひとしきりゆんゆんと取っ組み合っためぐみんは、何かに吹っ切れた様な晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
地面には、めぐみんに取り押さえられてスカートを剥がれそうになり、泣きながら負けを認めたゆんゆんが、今もシクシクと泣いている。
もうあまり体力的にも限界に近かっただろうに、アクアの支援魔法でドーピングされためぐみんは、ゆんゆんに勝利した事もあり、何だかハイテンションになっていた。
「決めました! カズマ、私は決めましたよ。このまま里に帰り、そして私は皆に告げるのです。私の爆裂魔法への愛を。そして、今の私の現状を!」
そのめぐみんの宣言に、ゆんゆんが跳ね起きた。
「ちょっとめぐみん何言ってるの!? 里の皆がどれだけめぐみんに期待していたか分かってるでしょう!? 皆がどれだけめぐみんを評価していたか、それはあなたが一番分かっている事じゃない! それに……! そんな事言ったなら将来性を見込まれたからこそ免除してもらっていた学費、返せって言われるわよ。その……、言いたくないけどめぐみんの家って、貧乏じゃない……」
「おい、貧乏って言うな。裕福な家庭じゃないとかオブラートに包んでもらおうか」
ゆんゆんにそんな事を言いながら、めぐみんが今までに無いぐらいにやる気な表情で笑っていた。
「もう私は決めました。紅魔の里よりも大事な物が出来たのです。文句言う輩がいたならば、ゆんゆんの言う所の私のネタ魔法を里のど真ん中でぶっぱなしてやります」
「や、やめてぇ! 冗談よね? そんな冗談言っちゃって、そ、そんな事しないよねめぐみん?」
不安そうな顔ですがるゆんゆんの言葉を無視し、めぐみんがバサッとマントを翻した。
「カズマ! 夜間行軍になってしまいますが、もうこのまま行きましょう! しょうもない事でアクアに支援魔法をかけてもらってしまいました。一時的に各種身体能力が増加している今の内に距離を稼いでしまいましょう! 支援魔法が切れれば、酷使した肉体の反動で多分私は寝てしまいます。と言うか、気を失う勢いで。行きましょう! 今の内に里へと殴りこみに!」
「お、おう……」
吹っ切れたウチの魔法使いの事が少しだけ不安です。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
明かりを灯した松明を中心に、ゆんゆんが光を屈折させる魔法を掛ける。
それにより、俺達の半径数メートル外からは唯の暗闇にしか見えないだろう。
そんな状態で俺達は、唯一この道を踏破した事のある、ゆんゆんを先頭にして歩いていた。
俺の隣にアクアが並び、
「カズマ、分かってる? もしモンスターが出ても、カズマはしばらく安静だからね。本当は、こうして歩きまわるのも控えたほうがいいんだけれど」
俺に、そんな術後の医者みたいな事を言ってきた。
ああ、そうか。
死んだ後は安静にってやつか。
「激しい運動を控えろってやつか。流石にお前の魔法でもどうにもなんないのかこれは。まあ、死んだ人間蘇生させるんだもんな」
俺のそんな言葉にアクアがぽんと手を打った。
「そうだわ! ねえカズマ、次に死んだらエリスにも蘇生魔法かけて貰いなさい。女神二人掛かりの蘇生魔法。これなら多分、生き返ってすぐに動いても、一度くらいは戦闘を行えると思うの。……多分」
「おい多分って何だ。と言うか、俺がまた死ぬような前提で話を進めんな。蘇生したばかりで激しく動いてうっかりまた死んだらどうしてくれる。最近は慣れてきたがこれって結構ショックなんだぞ」
しかし、これでしばらくは戦闘に参加できなくなった。
と言うか、走ったりだの激しい運動も。
……あれっ、これって今凶悪なモンスターに襲われたら、俺だけ逃げられなくて、俺だけ詰むんじゃないか?
そんな事を考えながら、どれぐらいの間夜の森を進んだのだろう。
一度だけアクア目当てに寄ってきたアンデッドを退治した以外は、特に問題もなく旅が進む。
やがて空の色が白みはじめ、そろそろ一度休憩でも、と思った時だった。
「……めぐみん、何だか先ほどから手が熱いのだが大丈夫か?」
それはめぐみんの隣を歩いていたダクネスの一言だった。
またふらついて倒れないようにとの為か、負担を少しでも軽くしようとしていたのか、ずっとめぐみんの手を引いて歩いていたダクネスが、心配そうにめぐみんの顔を覗き込む。
その言葉に、他の皆もハッとしてめぐみんを……。
「……おい」
俺は思わず声が出た。
めぐみんは歩きながら眠っていた。
「……これは芸ね! この私が立派な芸として認めてあげるわ!」
「うるさいぞ芸の女神、いやこれまずいだろ、手が熱くなってきたって言うのなら起こさないと。アレだ、めぐみんを起こして一度休憩でもしようか。今日は皆もあまり休めていない訳だし、休まないとキツイだろ」
言いながら、休憩と朝食の用意を始める。
めぐみんを起こすのはゆんゆんに任せ、俺はダクネスとアクアが拾い集めてきた少量の小枝に魔法で火を。
ちょっとした休憩程度だから、簡単な焚き火で充分だ。
と、アクアとダクネスが俺のそばに来て何か言いたそうにしている。
「……カズマー、カズマー。ええっと、水を出して欲しいんですけど。それも沢山」
……?
「なんで? 飲み水なら充分あるだろ。水なんて何に使うんだよ」
水を出すには魔力だって使うのだ。
別にその分の魔力をアクアからドレインで吸っても良いのだが。
……と、ダクネスがちょっと恥ずかしそうにしながら言ってきた。
「その……、な? ほら、ちょっとその…衛生面と言うか、紅魔の里にも今日中には着くだろうし。ちょっとした身だしなみを……」
ああ、なるほど。
そうか、体を拭きたいのか。
野宿続きだもんな、そりゃあ仕方ないよな。
と言うか、めぐみんとゆんゆんも体ぐらい拭きたいだろう。
皆の分も出してやろう。
俺は紳士だ。
こんな時に覗きだとかそんなお約束通りの事はしない。
俺はつい先日、もう皆にはあまりセクハラはしませんと誓ったのだ。
……………………。
「おーいゆんゆん。今からアクアとダクネスが体を拭く為の水を出すんだが、ゆんゆんとめぐみんも水、いるかー? あと、ちょっとした個人的なお願いがあるんだが、上級魔法を教えてほしいなーなんて思ってさ。いや、スキルポイント足りないし今は覚えられないんだけどさ」
俺はそんな事を言いながらゆんゆんとめぐみんの元へと近づいた。
俺が上級属性魔法を覚えられたならば大変な戦力強化になるだろう。
今は覚えられないが、来たるべき戦いの時の為にいつでも習得出来るようにしておいても良いのではなかろうか。
「カ、カズマさんっ!」
ゆんゆんが、そんな俺に鋭く叫ぶ。
「いや待って欲しい! 別にやましいことを考えた訳じゃないんだ、ただ俺は、仲間を守る為の戦力強化の一貫で……!」
昔読んだファンタジー物に、光の屈折を悪用した覗きがあったなとか、そんな事を思い出した訳じゃない。
「カズマさん、めぐみんがっ! めぐみんが、起きないんです!」
「めぐみん起きて、でないとカズマが凄い事するって言ってるわよ! 大変よ、神聖な女神の口からはとても言えない様な凄い事をするんだって! はやく起きてー、はやく起きてー!」
アクアの呼びかけに応える様子を見せず、めぐみんはゆんゆんに抱きかかえられながら、まるで意識を失ったかの様に眠っていた。
その体は少し触れただけでも熱く、顔色もかなり赤くなっている。
なぜ俺の名を出すのかとアクアを問い詰めたいが、今はそんな事している状況ではない。
アクアが静かに首を振り、代わりにダクネスがめぐみんの耳元で慌てた様に。
「めぐみん起きろ! でないとこのケダモノが、今からもの凄い事をするそうだぞ! どれぐらいもの凄いかと言うと、この私ですらがもう許して欲しいと泣いて懇願するレベルの凄い事だそうだ! そう、きっと、きっとこのケダモノは私の体を縛り上げ、じっくり嘗め回す様に私の体を見やるんだ……! そうしておいて、すぐには手は出さず、焦らす様に一枚一枚服を……!」
「よし、お前はもういい! 次だ!」
途中から趣旨が変わってきた、頬を赤くし出したダクネスを押し退ける。
次はもう一度ゆんゆんだ。
学生時代からの知り合いなゆんゆんは、俺達よりも付き合いが長い。
ゆんゆんの呼びかけならば……!
「めぐみん起きて! お願いよ! 私、まだあなたに一度も勝ってない! ズルい! こんなのズルいよ! 勝ち逃げは許さないわよ、起きなさいよ! ねえお願い起きて、本当は、勝ち負けなんてどうでもいいから! ねえお願い、お願いめぐみん! お、起きてよぉ……!」
ゆんゆんの半泣きの呼びかけに、それでもめぐみんは目を覚まさない。
いよいよ泣き顔になり、俺を見上げるゆんゆんから、俺はゆんゆんが抱きかかえていためぐみんを受け取った。
触れただけで、思わず反射的に落としてしまいそうなぐらいに熱くなっためぐみんの体。
それは既に、普通の人ならとっくにどうにかなっていそうな体温だ。
揺さぶっても頬を叩いても、背中に手を突っ込んでフリーズを唱えてみても。
それでもめぐみんが起きる気配はない。
ヤバい、何これヤバイ!
ボンッてやつか?
ボンッてなる前兆なのか!?
いよいよなりふり構っていられず、モンスターを呼び寄せるとかは既に気にもせず。
全員で大声で、めぐみんの耳元で呼び掛けた。
「おい、めぐみん起きろ、起きろってんだよ! 起きないと俺がこの場の全員から、半年ぐらい口きいてくれなくなるレベルのすんごいセクハラすんぞ! おい、脅しじゃないからな! 俺がやる時はやる男だって、お前はもう分かっているだろう? いいのか? やるぞ? 起きないなら大変な事をやっちまうからな!?」
「めぐみん起きろ、起きろ起きろ、起きろ起きろ起きろーっ! めぐみんの大好きな爆裂散歩に、私で良ければまたいつでも付き合おう! また一緒に一日一爆裂に行こう! そうだ、今度は廃城なんかじゃなく、もっと大きな建造物を破壊しに行こう!」
「めぐみん起きてー、はやく起きてー! 今から私が取って置きも取って置き! 恐らくは私の生涯において、一度か二度位しか見せない、凄い芸を披露するわよ! 花鳥風月、宵闇桜、そんな数多ある私の芸の中でも、奥義とも言える取って置きの一芸披露よ! 見ないと一生後悔するわよ!」
俺達三人が叫ぶ中。
めぐみんに何かを叫ぼうとしていたゆんゆんが、ハッとした様にある方向を振り向いた。
それを見て、俺はしくじったと後悔する。
こんちくしょう、俺はアホか、こんな時の為の敵感知スキルだろうが!
めぐみんへの呼びかけに必死になり、敵の接近に気が付かなかった。
ゆんゆんが、めぐみんを庇う様にして立ち上がり、激しい敵意を持って見つめる先。
そこには……、
「紅魔族を二匹見つけた! 後は冒険者風の人間だ! おい、こっちだ、こっちに来い! 紅魔族が二匹だ、しかも一匹は弱っている! 今がチャンスだ、大手柄だっ!」
それは一匹の、鎧を着たモンスター。
耳の尖った、肌の赤黒い、例えるなら筋骨隆々ではなくスリムな鬼。
そんな印象のモンスター。
額に一本の角を生やし、そのギラつく視線を眠り続けるめぐみんから離さない。
その姿を見て、アクアとダクネスが立ち上がり……!
「んー? あんた、見た感じ下級の悪魔モドキじゃないですか、ヤダー! 下級悪魔にすら昇格できない、鬼みたいな悪魔崩れがなんですか? なんですか? あんたみたいな下級モンスター相手だと、対悪魔魔法が効かないのよね。良かったわね、悪魔の成り損ないで。今は悪魔崩れのモンスターに構ってる暇無いの。ちゃんとした悪魔に成れたら相手してあげるわ。今日は見逃してあげるから、あっちへ行って。ほら、あっちへ行って!」
挑発しているのか脅しているのか分からないアクアの言葉に、その鬼みたいなモンスターがギリッと歯を食いしばる。
それを見て、ダクネスが無言で大剣を抜いて前に出た。
鬼みたいなそいつは鎧を着ている所からして、紅魔族と交戦中だとか言っていた魔王軍の兵隊なのだろうか。
もう紅魔族の里へは近いのだ。
魔王軍の連中とやらがウロウロするのも当たり前だ。
そいつは手に短めの槍を握り、その赤黒い顔を更にドス黒くして怒りあらわにこちらを睨む。
と、その後ろからバラバラと、似たような姿の連中が現れた。
手に持つ得物はマチマチだが、それぞれが武装している魔物の兵士だ。
ちょっとこれはまずいだろ。
と言うか、数が多い……、多いって!
「見逃してやるとか言ったか。なんだって? なんだって? そこのプリーストさん、なんだって? ……散々煮え湯を飲まされている紅魔族が二匹だ。見逃す訳がねえだろうが! おい、八つ裂きにしちまえ!」
その鬼の後ろには、二十を越える同じ姿のモンスター。
……今の俺は絶対安静。
めぐみん抱えたまま、走って逃げる事すら出来ないんですが。
「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」
その声と同時に光の筋がシュッと走った。
それと同時に数匹の鬼みたいな奴が体の一部を切り落とされ、そのまま地に崩れ落ちる。
「囲め囲め! 周りを囲んで一度に襲えばどうにも出来ない、まずはあの紅魔の娘を殺っちまえ!」
仲間の崩れ落ちる姿を見て、激高した鬼が叫んだ。
ゆんゆんを囲もうとする鬼を牽制するかの様に、ダクネスがゆんゆんと鬼達の間に立ち塞がる。
アクアがそんなダクネスとゆんゆんに支援魔法を掛ける中。
「おい、ヤバイぞこれ、ヤバイって! 魔王の手先とやりあってる場合じゃねーってば! めぐみんが! めぐみんがボンッってなる!」
俺は起きないめぐみんを抱えたまま、大声で皆に呼び掛けた。
ヤバイヤバイ、どんどんめぐみんが熱くなる!
それを聞いた鬼が叫ぶ。
「おい聞いたか! 紅魔の娘がヤバイってよ! このまま時間をかけて嬲ってやろうぜ!」
その声に他の鬼からも下卑た笑いが広まっていく。
それにカッと頭に血を上らせた俺の仲間達が……!
何かを叫ぼうとしたので、その前に俺は敵に告げた。
「おい、いいか、よーく聞け。今、この子は爆発寸前だ。紅魔族の話では、このまま放っておくとボンッてなるんだそうだ。分かるか? ボンッてなるの意味は俺は知らない。でも。……果たして、ボンッてなった際にお前達は無事なんだろうか」
そんな俺の言葉に、鬼達が鼻で笑う。
「ハッタリかよ。魔王様の尖兵たる俺達が、そんな作り話信じるかってんだ」
おっと、作り話と言われてしまった。
やはりこいつらは魔王の手先か。
だが、鬼の一人が恐る恐るといった感じで呟いた。
「……紅魔族は、魔力が体にこもって大爆発する事があるって聞いた事が……」
それを聞き、シンと静まり返る魔王軍の手先達。
今が絶妙のタイミング。
「……おい、ここは見逃して通せとか言っているんじゃない、この子はこのまま寝続けると本当にボンッてなる。と言うか、寝ているこの子の顔色を見ろ。ヤバイ色してるだろ。何なら誰か触れてみてもいいぞ。その上でボンッてなるかどうかを判断しろ」
俺の言葉に鬼達が顔を見合わせ、ゆんゆん達も、俺と魔王軍の連中の交渉の成り行きを見守っている。
やがて一人の鬼が、武器をその場に突き立てて恐る恐る、めぐみんの片手に手を伸ばした。
それが軽くめぐみんの手に触れると、その鬼がビクッと後ずさりする。
「おい、熱いぞ! 病の熱の熱さじゃない! 尋常じゃなく熱い!」
それを聞き、数匹の鬼が逃げ出した。
なんという潔さ。
途端にざわつく鬼達。
これで少しは時間が稼げる!
俺は敵味方が見守る中、めぐみんの頬を張る。
俺は元々女相手でも手加減はしない男女平等主義者だが、今はそれも関係ない。
女の子だとかヌルい事は言ってられない、起きなきゃ死ぬ。
「オラオラ起きろ、起きろ! お前起きないと冗談抜きで死ぬんだぞ! おい起きろ、起きろって! お前はこんな衆人監視の中、凄い事されたいのか! とっとと起きろってんだ!」
魔王の手先が見守る中、俺は遠慮なくめぐみんの頬を張る。
「お……、おい、アイツなんて奴だ、仲間じゃないのかあの子は……」
「弱りかけの女相手になんて奴。起きなかったらこんなに大勢が見ている中で何する気なんだ……」
魔王の手先がヒソヒソ囁いているが、こっちはそれどころじゃない。
言うなら勝手に言ってろ!
「ねえダクネス、あそこでめぐみんを叩いて魔王の手先にどん引きされてるのって、一応私達の仲間なのよね? どうしたらいいと思う? もうカズマの更生は不可能なのかしら」
「シッ、アクア、あれであいつは結構傷つきやすかったりと面倒くさい性質を持つんだ。もっと小さな声で……。めぐみんへのあの仕打ちを見ていると少し……、いや、かなり興奮するが、アレでもたまに良い所もある大事な仲間だ……」
………………。
魔王の手先達が成り行きを見守り続け、アクアとダクネスがそれを牽制する中、ゆんゆんが俺の元へと駆けて来た。
そのままめぐみんに縋り付く。
「めぐみん、めぐみ……、熱いっ!? カズマさん、どうしよう! めぐみんが、めぐみんが!」
「おおお、落ち着け! 起きる事を、めぐみんが飛び起きそうな事を言ってくれ! ああクソッ、一つだけ助ける方法があるにはあるが、それだけは本当に最後の手段だ!」
俺の叫びにゆんゆんは、泣きそうな困り顔でオロオロしながら。
「あるんですか! 助ける方法があるんですかっ!?」
俺に縋り付いてくるゆんゆんに、俺は言うべきか言わないべきか。
俺は全員の注目を浴びながら。
「…………いや、……。これ言うと、きっと皆ドン引きするから…………」
俺はシンと敵味方が静まり返る中、小さな声で呟いた。
だがそれを聞き、ゆんゆんやアクア、ダクネスが、こぞって言った。
「引きません! 引きませんからお願いします!」
「カズマ、方法があるなら何とかしてー! 引かないから! だって、カズマが鬼畜で外道な事なんて、何を今更って感じだから!」
「カズマ、私達を信じろ、引きはしない。今更だ。何か手があるなら、それでいい!」
………………。
俺は悩んだ末に小さな声で。
「……。まずめぐみんに、いっそとどめを刺します。するとボンッてなる事はないでしょう。その後紅魔の里へと、フリーズで遺体を冷やしながら運び、紅魔族ローブを調達して遺体に着せます。後はアクアに蘇生して貰え……ば……」
俺はそこまで言って、周囲の反応に気がついた。
「「「「「うわあ……」」」」」
アクア達だけでなく、魔王軍の手先達もが一斉に引いた。
アクア達はおろか、魔王の手先にすらドン引きされ、俺は一人泣き出しそうになっていた。
分かってるよ、最低な事言ってるのは!
もういい、めぐみんがこのまま体も残らずボンッてなるぐらいなら、悪者にでもなんだってなってやる!
俺は、せめてめぐみんが苦しまないで済む方法を模索して……。
そして、今更ながらにある事に気がついた。
どうせなら、今こそドレインタッチの出番だろ!
めぐみんが弱り切っていた為躊躇していたが、体力を吸われて死ぬか、もしくはそれまでに目が覚めるか。
どっちにしてもやる事が最低なのは自覚している。
非難でも罵倒でも甘んじて受けてやる。
俺はめぐみんの頬に手を触れて、そのまま遠慮無くドレインする。
体力と共に魔力がグングン俺の体に吸収され、それと共にめぐみんの顔色が戻っていく。
だがそれと同時に、今度はめぐみんの体が、段々生気が無くなる様にグッタリしてきた。
「カズマさん! カズマさんっ! 本当に、本当に、めぐみんを殺す気なんですか!? それしか方法は無いのかもしれないけれど、でも……、でも……!」
「「「「「う、うわあ……。うわあ……!」」」」」
泣くゆんゆんの言葉に、俺がめぐみんに何かをしていると知り、本気でドン引きしている魔王軍の手先達。
……と言うか、一人の鬼が青い顔で俺を何度も振り返りながら走って逃げた。
……心がへし折れそうになる。
……………………めぐみんを助ける、めぐみんを助ける……!
何か無いのか何か!
こんな時こそ俺は、なんか思いつかないのかよ、頼むよ本当に!
「ゆんゆん、なんか無いのか、めぐみんが本気で嫌がりそうな事はっ! 紅魔族が気にしてる事とかなんか無いのか!」
半泣きになりながら、俺は情けなくもゆんゆんに縋る。
その言葉にゆんゆんは、恥ずかしそうに俯いて、それから意を決した顔で。
めぐみんの着ているローブのスカート部分を、俺にだけ見える角度でまくり上げた。
「!?」
訳が分からず固まっていると、ゆんゆんはそのままめぐみんの下着に手を掛けて……!
そ、それ以上はいけない!
ありがとうございます! ありがとうございます!
いや違う、いけない!
止めなきゃいけな……!
「これが、紅魔族の秘密の一つです! 紅魔族は、他人にこの刺青を見られる事を恥ずかしがります!」
ゆんゆんがめぐみんの下着を少しだけ下げ、俺の目にめぐみんの、尾骨の下、尻のごく一部が少しだけ飛び込んできた。
そこにあるのは黒い刺青。
これが機体ナンバーと言っていた奴だろうか。
でもこれは、刺青……、と言うか。
機体ナンバーと言うか……。
この世界ではなく、日本で見覚えのあるそれは……。
そう、それは……!
「めぐみん、お前…………! ……………………ケツにバーコードが付いてんのか」
俺の何気なく言ったその一言に、めぐみんがカッと目を見開いた。
「『エクスプロージョン』―――――ッッッ!!」
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