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主人公のハーレム回。
猫耳だの、獣耳だの、肉球だのモフモフだのが出ていなかったなと思い、ファンタジーの名に恥じない王道を。
報われない主人公にモテ期到来。
過激な描写があるかも知れません。

ポロリもあるよ。
四部
14話
 人にはモテ期と呼ばれる物があるそうだ。

「愛してる! 愛してるわ! だから、ちょっと話をしましょう!」

 どうも、今俺は、そのモテ期らしい。

「あの尻! あの腰! あの顔! 全てが好みよ! 逃げながらも誘ってんのかしらっ、悩ましく腰振って逃げちゃって!」

 俺は今、生まれて始めて女性に明確な好意を持たれ、追いかけられていた。

「はふーっ、はふーっ、はふーっ、はふーっ!」

 それも複数に、だ。
 そして同時に、俺は神に祈っていた。
 アクア様でも、エリス様でも。
 今の状況から助けてくれるなら誰でも良いです。

「待ちなっ! 逃げるんじゃないよ、優男!」

 お願いです、もう、仲間へのセクハラはあんまりしません。

「あたしの獲物だよ! あいつはあたしが貰う! さあ、逃げるんじゃないよ。大事にしてあげるから!」

 だから、どうか神様、助けてください。
 助けてください!

「はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ……!」

 助けてくださいっっっ!

 恐らくは、百メートル走のタイムを今計ってくれれば相当な記録が出るはずだ。
 それ位の勢いで俺は逃げながら……!

「いやあああああああああ! 嫌あああああああー! 強姦魔ー! 誰かっ、誰か来てええええええーっ!」

 俺は、貞操を奪われると言う事がこれほど恐ろしい物なのかと心底震えながら、悲鳴を上げて泣いて逃げ回っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 休憩後、俺に魔力を少し吸われためぐみんは、少し顔色を戻して、おぼつかなかった足取りもしっかりしたものになっていた。
 めぐみんは、誰かに背負われた方が良いと言っても聞かず。
 仕方ないので自分の足で歩かせているのだが、どうにも見ていて不安だった。
 赤かった頬は、今ではほんのりとピンク色程度に落ち着いている。

 明け方に休憩を取った後はずっと歩き続け、その間、モンスターの気配を感じると街道を外れて迂回したり、潜伏してやり過ごしたりして着実に紅魔の里への距離を稼いでいた。
 このまま順調に旅が進んでくれれば、今日の夜、もう一度野宿をして、明日の夜ぐらいには里に着くかもしれない。
 そう思っていた矢先の事。

 俺達は、街道の真ん中で立ち止まっていた。
「……参ったなあー……」
 俺は呆然と呟いた。

 目の前に広がる、隠れる所が何も無い大平原の中央に伸びる街道を見て。

 こんな中を歩いて行ったら、潜伏スキルが使えない。
 今なら、めぐみんが一撃なら魔法が撃てる。
 だが、こんなだだっ広い所で魔法を撃って、それを聞きつけて何かが来たらどうしようもない。
 だが、紅魔の里に行くには街道を行くしかない訳で……。
 これだけだだっ広いと、敵感知スキルでモンスターを感知する頃にはこちらが見つけられている訳で……。

 ……しょうがない、こんな時こそ千里眼だ。
 要はこちらが先にモンスターを見つけてしまえばいい訳だ。

 そして、今の状況は一刻を争う。
 こんな所でもたついている訳にはいかない。

「おい、俺が一人で先行するから、お前らはめぐみん連れて何時でも逃げられる様にしておいてくれ。アクア、いざって時逃げられる様に、俺に速度増加の支援魔法を頼むよ」

 俺が敵を見つけられなくても、囮になって引きつけ、三人から引き離した所でどこかに影を見つけて潜伏し、やり過ごす。
 ダクネスが囮を務めても、鎧が重くて逃げられない。
 俺は胸当てや篭手、すねあてを外すと、それらをまとめてアクアに渡す。
 万一に備えて俺は身軽になっておきたい。
 持っていた荷物も全部預け、走り易いように武器の類もダガーを残してアクアに渡した。

「もう、逃げる気満々な状態ねえ。いっそ潔いわね」
 そんなアクアの言葉に。
「ここいらのモンスターを舐めていたよ。ドラゴンゾンビがあれだけヤバイともデカイとも思わなかったし。モンスター分布図を見ても、他にも名前だけでヤバそうなモンスターがズラズラ載っている。相手が一匹で来るとも限らない、極力戦闘は避けて逃げ回る方向で行く」

 モンスター分布図には、ドラゴンゾンビの他にも見るからに強そうな名前のモンスター名しか載っていなかった。

 いや、一つだけ。
 メジャーな名前で、しかもゲームやなんかでは雑魚モンスターに分類される奴が載っていたが……。
 万一出会うのが、そいつだったらいいなと思いながら、俺は皆の前を先行するべく。

「それじゃあ、俺のかなり後を付いてくるんだぞ。見失わない程度には距離を保てよ。何かあったらジェスチャーを送るからな。そうしたら、すかさず逃げろよ」
「分かったわ。この私に任せておいて」
「お前にはジェスチャーが通じないのは分かっている。ダクネス、めぐみん、頼むぞ」
 俺の言葉にダクネスとめぐみんが頷いた。






 だだっ広い平原地帯に伸びる道。
 そこを、軽装で一人歩いて行く。
 辺りを神経質にキョロキョロと見回し、モンスターの影がないかを確かめる。
 慎重に平原地帯を進んで行く俺の後方を、三人がちゃんと着いて来ているかを時々振り返り、確認した。

 今の所順調だ。
 モンスターで特に注意したいのは、空を駆ける類の連中だ。
 分布図に載っている中では二種類ほどのモンスターが該当したが、今の所空を見上げても飛び回る影は見当たらない。

 既に、数体の大型のモンスターを遠目に発見し、俺達はそれの回避に成功していた。
 順調だ。
 このまま平原地帯を抜けたら、皆と合流すればいい。

 ……と。

 平原のど真ん中。
 そこに、ぽつんと立つ人影が見えた。
 その人影はまだこちらに気付いている様子は無い。
 普通に考えて、こんな所に人間がぽつんと突っ立っている訳が無い。
 そう、あれは恐らくモンスターだ。

 俺は、まだ遠目ながらそのモンスターの正体に予想が付いた。
 こんな危険なモンスター達が生息する中で、一つだけあった場違いな名前。

 オーク。

 豚の頭を持つ二足歩行型のモンスターで、繁殖能力が高く年中発情している生物。
 人型の生き物ならその殆どの種と交配が可能で、こいつらに捕まった場合は悲惨な事になるので、捕まりそうな場合、即座に自決した方が良いとまで言われるモンスターだ。
 ゲームの類ではコボルトやゴブリンと並ぶ大変メジャーな名前の雑魚モンスター。
 そいつらの名前が、なぜかここのモンスター分布図に載っていた。

 相手は一匹。
 今まで遭って来た大型のモンスターと比べ、わざわざ迂回する必要も無い気がする。
 ダガーしか持っていないが、接近して一撃くれてやれば状態異常にでも出来るのではないだろうか。

 めぐみんの事もある。急いでいる事だし、迂回はせず倒してしまおう。

 俺はそう判断し、その遠くに見える人影に向かって行った。
 別に身を隠すでもなく、堂々と。
 と言うか、だだっ広い平原に身を隠す場所が無い。

 かなり人影に近付いた所で、そいつも俺に気付いたのか、こちらに向かって歩いていた。
 自然とダガーを握る手に力が篭る。

「……ズ……マ……! カズ…………!!」

 それは俺の遥か後方から聞こえる声。
 何事だと振り向くと、それは俺に何かを叫んでいるアクア達だった。
 遠めに見れば、ダクネスとめぐみんが、何かジェスチャーじみた事をやっている。
 しばらくそれを見て、何を言いたいのかを把握した。

 逃げろ。

 そのジェスチャーはそんな意味を示していた。
 いや、相手はオークだろうと俺は再び前を見る。
 そいつは既にかなり近くまで接近していて、俺を真っ直ぐに見つめている。
 三人のジェスチャーを受けて少し不安になった俺は、念の為。
 もしもに備え、小声で魔法を唱えた。
「『クリエイト・アース』」
 左手にこっそりと目潰し用の土を生成し、不意打ちの準備をする。

 チラリと後ろを見ると、三人はオークに向かう俺の姿を見て、慌てふためいた様にバタバタしていた。
 必死に何度も、逃げろのジェスチャーを送ってくる。
 と言うか、女のお前らの方が逃げろと言いたい。
 オークが狙うとなれば、女であるお前らだろう、と。
 まあ、ここで俺がオークを倒してしまえば逃げる必要もないのだが。

 俺は再び前を向くと、既にお互いの顔がハッキリと見えるまでには近付いていた。
 それは、俺が予想していたオークよりも人に近い姿だった。
 鼻と耳は豚だが、顔の造形やらがかなり人に近い物がある。
 旅人から奪ったのだろうか、一丁前に服を着て、右手には抜き身の小振りの斧。
 そして、特徴的なのは髪がある事。
 ザンバラな髪をした、緑色の肌を持つそいつは、パッと見には本当に人に近い姿をしている。
 そいつが言った。

「こんにちは! 男前なお兄さん。ねえ、あたしと良い事しない?」

 ……………………。
 そいつはメスだった様で、甲高い声でそんな事を流暢に話してくる。
 なんてこった、こいつは予想外。
 オークにだってメスはいるよな。
 いやいや、繁殖力旺盛とは聞いていたが。
 他種族との交配が可能とは書いてはあったが。
 パッと見、人に近い姿をしているとは思ったが、それはあくまでオスとして見た場合で……。

 せっかく誘ってくれたこのオークには申し訳ないが、これを女性と見れるほど、俺のストライクゾーンはそこまで寛容ではない。
 俺は当然の事ながら。

「お断りします」

 生まれて始めての女性の誘いを、俺はキッパリと断わった。

 それを聞いてもそのオークはなんら表情を変える事は無く。
「あらそう。残念ね、あたしは合意の上での方が良かったんだけど」
 そう言って、ニタリと歯をむき出しにして笑いかけてきた。
 ザンバラな髪に黄色い歯。
 全体的に丸い体型。
 豚の鼻や耳が無くても、キッパリとお断りしたい相手だ。
 …………と言うか、合意の上とか何言ってやがるんだコイツは。

「話が出来るみたいだから一応頼んでみるが、スマンが此処を通して欲しい。通してくれるなら、お礼に食料を分けてもいい。……どうだ?」

 食い物を条件にしてみれば、案外通してくれるかも……。
 そんな淡い期待を込めてみる。

 あれ、そういやあの干し肉って何の肉だったか。
 多分牛だよな?
 豚じゃないよな?
 豚肉だったら共食いをさせてしまう事になる、あれだ、もし食べ物で通してくれると言ったらアクアの干し魚をくれてやろう。
 俺がそんな事を考えていると、オークが口元に垂れたよだれをジュルリと拭った。
 やはり食べ物は効果が大きかったらしい。


 ……そんな俺の考えは、次の一言でぶち壊された。

「そんな物はどうだっていいわ。ここはあたし達オークの縄張り。通ったオスは逃がさないのよ。お兄さん、一見強そうには見えないあなたからは、なぜか強い生存本能を感じるわ。……そう、いい男の一番大切な条件ね。さあ、あたしと良い事しましょう?」

 ………………ええっと。
 こいつは、どうやら冗談で言っている訳ではないらしい。
 俺は困った様に遠く後ろの連中を振り返った。
 連中は、相も変わらず逃げてのジェスチャー。
 そんな俺の行動を見て、オークも後ろの連中に気付いた様だ。

「あら、あそこに居るのは……。なんだ、全員メスのようね。彼女達は見逃してあげるわ。あなたは、そうねえ……。三日。三日ほどウチの集落に来て頂戴。うふふ、ハーレムよ? この世の天国を味あわせてあげるわ。大概、捕まえた人は本当に天国に行っちゃうけどね」

 そう言いながらニヤリと笑うオークを見て、俺は本能的に恐怖を覚え、魔法を唱えた。

「『ウインド・ブレスト』ッッッ!」
「!?」
 隠し持っていた一握りの土を、風の魔法でオークに飛ばす。
 不意打ちの目潰しに目をやられ、オークが呻きながら身を屈めた。

 それに駆け寄り、ダガーではなく素手でオークに殴りかかった!







 オークを麻痺させ、トドメは刺さずにその場に放置。
 アイツは集落がどうとか言っていた。
 退治してしまうと、あだ討ちだとかが厄介そうだ。
 そう判断し、その場に放置し後にしたのだが……。

 オークを倒してしばらく歩いていると、後方から気配を感じた。
 振り向けば、それは慌てて俺を追いかけてくるアクア達。
「……どうした? こんな近くまで来ちゃ俺が先行している意味が無いだろ。もっと後ろを歩けよお前ら」
 そんな俺の言葉に、
「何言ってるんですかカズマ! カズマはオークを倒してしまったんですよ! この平原は、どうやらオーク達の縄張りの様です。と言う事は、この平原を抜けるまではカズマが狙われると言う事ですよ!」
 めぐみんが強い口調でそんな事を……。

 ……いやいや。

「俺が狙われるんなら良い事じゃないか。なんの為に身軽になったと思ってるんだよ。注意を引いて囮になる為だぞ? つーか俺、お前らがオークに捕まる所なんて見たくないぞ」
 性欲旺盛なオーク達。
 そんなのに仲間が捕まって色んな目に遭わされるだなんて想像したくも無い。
 そう考えていた俺に、アクアが言った。

「そう言えば、カズマはこの世界の常識を知らないアンポンタンだったわね。しょうがないから教えてあげ……いひゃいいひゃい!」
 偉そうに言ってきたアクアの頬を引っ張り、俺はめぐみんとダクネスにどういう事だと促した。

「……カズマ、よく聞け。現在オークにオスは居ない。とっくの昔に絶滅した。今ではたまにオークのオスが生まれても、成人する前にメス達に弄ばれて干乾びて死ぬ。おかげで、今居るオーク達は混血に混血を重ね、各種族の優秀な遺伝子を兼ね備えた、もはやオークとは呼べない様なモンスターだ。現在、オークと言えば、縄張りに入り込んだ他種族のオスを捕らえ、集落に連れ帰り、それはもう凄い目に遭わせる、男性にとっては恐るべき存在。……そして、その、カズマは……」

 ダクネスが説明しながら、最後になると言いにくそうに声を落としていく。
 それをめぐみんが引き継いだ。

「カズマはオークのメスの一匹を倒してしまいました。彼女達は優秀な遺伝子を持つ強いオスを欲しています。仲間を倒したカズマを、このまま放っておく訳がないですよ。……ほら、あんな風に」

 めぐみんが、言いながら指す方向には。

 先ほど、俺が麻痺させて動けなくしたオークを先頭に、多数のオークのメス達がそこにズラリと並んでいた。

 俺が先ほど麻痺させたオークが言った。
「いい男ねお兄さん。絶対に。……絶対に逃がさない。惚れちゃったわよ、どうしてくれるの? あたし、絶対にあなたの子を産むわ」




 俺は今日ほど、心の底からの凄まじい恐怖を感じた事は無かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この平原を抜ければ、オーク達の縄張りから抜けられる。
 俺は必死になって走っていた。
 オーク達が全く興味を示さなかったアクア達はその場に残し、俺は息も絶え絶えに、重い足を必死に動かし、駆けずり回っていた。
「逃がさない! 逃がさない逃がさない逃がさない! 絶対に逃がさないっ!」
「はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ……」
「子供が産まれたら、名前は決めさせてあげるわ! だから! だから私と一緒に!」

 既に結講な数のオークを撒いた筈だが、それでも未だ数匹のオーク達が俺を追い掛けて来ていた。

 それらは様々な種族の遺伝子が交じり合った結果なのか、実に色々な特徴を備えている。
 豚耳だけではなく、猫耳や犬耳がいる。
 ワーキャットだとかコボルトだとかとでも交配したのかもしれない。
 手に肉球が付いているのもいれば、フワフワの毛皮を持ったものまでいる。

 俺は思った。
 人外が良いだとか言う輩は多々いるが、この言葉が必ず必要だ。

 ただし、美少女に限る。

 支援魔法を受けて強化されている俺の足に追い付くとか、他種族の遺伝子を取り込んだオーク半端無い。

 俺は必死に泣き叫んだ。
「やめてえ! 男漁りなんて良くない! お前らも女性であるならば、恥じらいぐらいは持つべき! 俺は恥らう女性が好きなんです!」
 俺のその叫びを聞いて、
「あたし達の事を心配して言ってくれるのかい? 女なんだから体を大事にしろって?」
 そう叫んだオークの声に、他のオークが興奮する様に色めき立つ。
 何を言っても逆効果。

 神様、神様。
 俺は生まれてこの方、これほどの目に遭う悪い行いを何かやらかしてしまったのでしょうか。
 親に迷惑を掛け、ニートやってたからでしょうか。
 本物の神様を普段適当に扱っているから、その罰でしょうか。
 仲間達へのセクハラが酷いからでしょうか。

 反省します。
 全て反省します。
 だから、どうかお願いです。

「もうダメ! もうダメよおおおおーっ! 我慢できないわ、捕まえたらその場でメチャクチャにしてあげるからっ!」

 助けてくださいっ!
 助けてくださいっ!!

 俺は既に、半泣き、ではなく。
 鼻まで垂らしてガチ泣きしながら、それはもう全力で逃げていた。

 その時。
 遥か遠く後ろでは、聞き慣れた轟音が轟いた。
 オークの注意を引く為か、その数を減らす為か。
 ちょっかい出さねば自分達はオークには狙われないと言うのに、俺の愛する仲間が、援護の為に爆裂魔法を放った様だ。

 皆の顔が見たい。
 超見たい。
 アクアとダクネスは、本当に美人だなあ……。
 めぐみんは怠惰な気だるげな表情ながら、それでも何時だって美少女だ。

 三人の顔が見たい。
 整った顔を見て、心の平穏を保ちたい。

 俺はあんな三人と一緒に居られるなんて……、
「うふふふふふふっ、もう逃がさないわ。逃がさないわよ! あなたはあたしと、集落で一生一緒に過ごすの。子供は百匹は欲しいわね」
 俺は、何て幸せ者だったんだろうか。

 俺の目の前には、いつの間にか最初に麻痺させたオークが回りこんでいた。
 そして後ろには数名のオークの気配。

 目の前のオークが言った。
「あなたは運が良いわよ……。あたしはオーク族の中でも一番美人とされているの。だからああして、平原の真ん中で男を捕まえる役をしているのよ。さあ……、これを見て……。どう? その気になってきたでしょう? ……ほら、これを見てどう思う?」

 オークは、言いながら服を脱ぎ、上半身を露にした。

「……どうしてそんなにおっぱいが沢山あるのと思いました」
「それはね! あんたの子を沢山産んでも困らない為さ!」

 もう気を失ってしまいそうです。

 子沢山な哺乳類は、乳が沢山あるらしい。
 豚は七対。

 俺は後ろから迫ってくる気配を感じ、半ば観念しながら、ダガーを手に、震えながらそれを目の前のオークに向けた。

 頑張れ、長年守り通してきた俺の貞操を……おおおおっ!?
 目の前のオークが荒い息で飛び掛かってくる。
 あかん! 殺らなきゃ犯られるっ!
 俺はもう一切迷う事無くダガーをオークに突き出すが、様々な優秀な種族の遺伝子を良いとこ取りしたそのオークは、容易く俺のダガーから身をかわし……!

「よおーし! すぐ済むから。すぐ済むからじっとして、目を瞑りな……?」
 あっさりと俺が握っていたダガーを弾き、俺を地面に押し倒した。
 バカでした。
 この危険地帯に生息するオークの力、舐めてました!

 俺はオークに圧し掛かられながら、必死に叫ぶ。
「話をしよう! 話をしようっ!」
「エロトークなら喜んで! さあ、話してごらん? あんたの今までの恥ずかしい性癖とかを! ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!」
 オークがとてつもなく荒い息を吐きながら、俺の着ている上着をビリッと破る!
 不死王の手! 殴って、状態異常で無力化を!
 俺は馬乗りに乗られながらも下から拳を振るうが、それをスイッとかわされ、あまつさえ拳の先を舐められた。
 許してくださいっ!!

「やっ、止めてえええええ! 名前を! そういや俺まだ、あんたの名前も聞いてない! 俺、これが初体験になるかも知れないんだ! せめてまずは、自己紹介から! わたくし佐藤和真と申します!」
「オークのスワティナーゼと申します! さあ、あんたの下半身にも自己紹介してもらおうか! あんたの息子を紹介しなよ!」
「ウチの息子はシャイなんです! 今日の所は、お互いの名前を知った所でお開きおおおおおおおー! 誰か、誰か助けてええっ!」

 その時……!

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 突如背後から聞こえた声。
 なんとなく聞き覚えのあるその声は、魔法を発動する声だったのだろう。
 それが響き渡ると同時、俺の背後から悲鳴が上がった。
 思わず首だけで後ろを振り向くと、そこには大きな泥沼の中でもがく、俺を追い掛けていたオーク達の姿がある。
 そして、その後ろには……!

「ゆんゆん! ゆんゆんじゃないかっ! うっ、うわああああああっ!」

 俺はその紅魔族の少女を見て、思わず安心して泣き叫んでいた。
「ッ!?」
 俺の上に乗っていたオークから、息を呑む様な音が聞こえる。
 自分の仲間が突然出現した沼で溺れさせられ、混乱しているらしい。
 ゆんゆんを警戒しながら俺の上からユラリと立ち上がるオーク。

 俺はそれから逃げる様に、泣きながらゆんゆんの元へと駆け寄った。
「ゆんゆん! ゆんゆんっ! 感謝しますうううううっ!」
 俺はそのままゆんゆんにすがり付く。
「きゃ……! ちょ、ちょっとカズマさん!? だ、大丈夫、もう大丈夫ですから泣かないで……、あ、あのっ……、大事なローブが……鼻塗れに……なるんです……が……」
 困った様にボソボソと何かを言うゆんゆんから目を離さず、俺を執拗に追っていたオークが、チラリと沼でもがく仲間を見る。
 どうやら、仲間を助けたいがゆんゆんを警戒して動けない様だ。

 ……と、遠くからこちらに向かって来る影があった。
「カズマ! 無事ですかっ!」
 俺に真っ先に叫んできたのはめぐみん。
 そのめぐみんに続き、他の二人も無事な俺を見てホッとした様な顔を見せた。

 あかん……、また泣きそうだ……。
 俺はオークに追い回されてよほど弱っていたらしい。
アクアが、地にうずくまる俺の傍に立ち。
「大丈夫そうで良かったわねカズマ! 心配したわ……ど、どうしたのカズマ、なに!?」
 そんな事を言ってくれるアクアの足に、俺は泣きながらしがみ付いた。
「よしよし、怖かったのねカズマ。もう大丈夫、大丈夫よ。皆で守ってあげるからね」
 そんな事を言いながら頭を撫でてくれるアクアに、不覚にもちょっと安心する自分が情けない。

 こちらをジッと警戒するオークをチラリと見ると、ゆんゆんがちょっと恥ずかしそうにしながらも、マントをバサリとひるがえし、ワンドを前に突き出したポーズを取り、宣言した。

「我が名はゆんゆん。アークウィザードにして、上級属性魔法を操る者。紅魔族でも五指に入る魔法の使い手。やがては紅魔族の長となる者……! 紅魔の里の近くに集落を作るオーク達。ご近所のよしみで今回の所は見逃してあげるわ。さあ、仲間を連れて立ち去りなさい!」

 そんなゆんゆんの言葉を聞いて、オークが、溺れていた仲間に先ほど脱いだ上着を裂いて、それをロープ代わりにする様に仲間に放った。

「カズマさん、今の内です、行きましょう」







 オークの縄張りの平原地帯を抜け、森の様な場所に出た俺達は、そこで小休止する事にした。
 爆裂魔法を放ったおかげか、めぐみんの顔色は悪くはない。
 ……悪くはないが、油断すると頭の位置が低くなり、そのまま前に倒れ込みそうになる。
 眠らない事に加え、毎日歩き詰めの疲れが出ているのだろう。
 だが今日の夜を持ちこたえれば、里に着く。

 この道を自力で通ってアクセルの街へ来たゆんゆんの説明では、今日一杯、暗くなるまで歩き続け一晩休み、明日の朝一で向かえば、今のペースならば暗くなるまでには里に着けるだろうとの事。
 そして何より……。

「ゆんゆんが居れば、モンスターは怖くないからね。何よ、もう楽勝じゃないの」
 アクアがまたそんな良くないフラグになる様な事を言う。
 だが、その意見も良く分かる。
 一人でここを抜けてきた実績があるゆんゆんが居ると言うのはやはり心強いものだ。

 ……そして、俺は先ほどからアクアの傍を離れない。
 長い付き合いのアクアの傍に居ると、何となく安心する。
 戸惑った様なアクアが、そんな俺に珍しく文句も言わず、ずっと傍に居てくれるのがありがたい。
 本当にありがたい。
 どうやら俺は、先ほどの体験によほどのトラウマを植えつけられたらしい。

 と、言う訳で。

「ゆんゆん、改めてありがとう。感謝するよ、本当に。どのぐらい感謝しているかと言えば、これからの人生で、尊敬する人は? と聞かれたならゆんゆんですと即答するぐらいに感謝してる」
「や、止めて下さい、何かの嫌がらせみたいです……」

 アクアの羽衣の端を握り締めたまま、感謝の言葉を言う俺に、恥ずかしそうに困るゆんゆんに。

「ところで、ゆんゆんはなぜこんな所に?」
 めぐみんがそんな事を言ってきた。
 …………そんなもん、分かってるだろうに……。

「えっ!? ええっと……、さ、里帰りよ! 里帰りしたくて、何となくここを通ったら、たまたま爆裂魔法の音を聞いて、それで慌てて駆けつけただけで……!」
 慌てて言うゆんゆんの言葉に、めぐみんが、
「ほうほう。……でも、ゆんゆんは私に勝つまでは里には帰れないとか言っていませんでしたっけ」
 そんな身もフタも無い事を言ってくれた。

 ゆんゆんが、困った様に俯きながら、やがて、良い事を思いついたとばかりにぱあっと顔を輝かせ、
「里帰りの為に! そう、その里帰りの為に、めぐみんを待ち伏せていたの! やがてローブを取りに里へ帰って来ると踏んでね! 里の前でめぐみんに勝利して、そしてそのまま堂々と凱旋するつもりだったの!」
 嬉々としてそれをめぐみんに告げる。

「なるほど。私が弱っているであろう事を見越して、このタイミングで襲う事にした、と。なんというど外道。カズマ級の称号をあげましょう。まさかゆんゆんを親友だと思っていたのは私だけだったとは……。ショックです」
「!?」
 めぐみんの言葉に泣き顔になるゆんゆん。


 お、お前……。もちろん、全部分かってて言ってるだろ。
四部13話において、闇の中アクアの手を引くシーンがありましたが、アクアには暗視能力がある事をコロッと忘れておりました。
感想での指摘で気がつきました。
そのうち皆さんが忘れた頃にこっそり修正致します。
アホな作者めと罵ってやってください。


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