日が暮れて、もうどれぐらいの時間が経ったのか。

「……二人はもう寝たみたいですね」
「だな。……めぐみんも、少しは寝られるんだろ？　熱を出したり異常があれば凄い事して起こしてやるから、辛けりゃ寝ろよ」

　ダクネスとアクアの静かな寝息を聞きながら、俺とめぐみんは小さな声で言葉を交わす。

「……その、凄い事って本当になんなのでしょうか。仲間の一線は越えちゃいけませんよ？　大丈夫ですよね？」
「男って生き物はな、越えちゃいけないなんて言われる壁があると越えたくなるもんなんだ。……そう、大きな山ほど越えたくなる。あれと同じだ」
「違います、違いますよ！　そんな前向きな良い話と一緒にしないでください！　カズマの隣にいるのが危険な気がしてきました！」

　興奮しためぐみんの言葉にアクアが寝返りを打つ。

「「…………」」

　起こしてはまずいと、思わず二人で黙り込み静まり返る。
　やがて聞こえてくる静かな寝息。
　それを聞き、安心した様に息を吐いた。

「そう言えば……」
　めぐみんが、小さな声で。

「そう言えば、先ほど二人が寝る前の話ですが……。カズマは、ここじゃない国から来たんですよね？　……その。カズマは、国に帰る事は考えないんですか？」
　そんな事を、ちょっと、恐る恐るといった感じで尋ねてきた。

「考えた事も無かったな。というか、帰れないんだよ、どう考えても。まあ、国に帰ってものんびりした元の生活に戻るだけだしな。最近は、今の暮らしも悪くない気はしてきた。紅魔の里から帰る辺りには、領主に取られた俺達の金も清算されて戻ってくる頃じゃないか？　そうなると、一気に金持ちだ。みんなでのんびり暮らそうぜ」

　この世界でニートやるのも日本でニートやるのも大した違いは無い。
　親に迷惑掛けるか掛けないか。
　後は、パソコンがある代わりにサキュバスサービスが無いか。
　そんな程度の認識しかない。
　親の顔ぐらいは見たい気はするが、俺はもう日本じゃ死んだ事になってるしなあ……。

　その言葉にめぐみんが、安心した様に息を吐いた。
「そうですか。……私も今の暮らしは気に入ってるのでこのままがいいです。……ちょっと安心したら眠くなってきました……。少しだけ、眠ってもいいですか？　と言うか、魔力容量が一杯になる前に起きたいんです。危険な道中、魔法を撃てる様にはしておきたいもので。私がちょっと熱くなってきたら、起こしてください」

　そう言って、隣に寄り添うめぐみんが俺の左手をギュッと握ってきた。
　めぐみんのひんやりした手。
　それを握り返しながら、俺は。

　……なぜか急に緊張していた。

　やだ、なにこれ甘酸っぱい！
　どうしよう、女の子にこうして手をギュッとされるのは小学校以来だ。
　昔の甘酸っぱい記憶を思い出す。

　俺の初恋の女の子。
　小学生の頃、大きくなったら結婚しようねと言ってくれたあの子は、高校一年の頃。
　年上の不良と出来ちゃった婚をして学校を辞め、今では二児の母になった。

　その間俺はと言えば、日々高みを目指し、寝る間も惜しんで努力し、モンスター退治に明け暮れて、いつしか俺の名を知らない人間の方が少ない高みに上っていた訳だが……。

　そんな、人生の大事な時を自己鍛錬に費やして、高校生活とかを無駄にしてきた俺が、今こうして、肩を触れさせるぐらいに近くに座る、美少女と手を握り合っている。
　なにこれヤバイ、緊張してきた。
　キュンキュンしてきた！
　なに!?　こう言う状況ではどうしたらいいの？
　誘ってんの？　気の利いたセリフの一つでも言えばいいの？

　俺は、意を決して気の効いたセリフを吐こうとして……。
　気が付いた。

「……すかー…………」

　そんな俺の緊張と葛藤を他所に、よほど疲れていたのかめぐみんは、すぐに静かな寝息を立てていた。

　……なんだよもう、誘ってんのかハッキリしてくれ！
　女にあまり免疫の無い童貞は、手を握られると高確率で意識してしまうって事、知らないのかよ！







　めぐみんが寝付いてどれ程の時間が経ったのだろうか。
　それはめぐみんの手を握る俺の手の平がじっとりと汗をかき、手を拭きたいなー、でも手を離すのも嫌だなと、しょうもない事で葛藤していた時だった。

　それは、遠くから。
　敵感知スキルにより、僅かにモンスターの気配が感じられた。

　火は焚いてはおらず、星明かりも無い闇の中、夜行性のモンスターと言えど俺達を見つけられるとは思えないのだが……。

　それでも念には念を入れて、闇の中、めぐみんだけではなく全員に触れ、潜伏スキルを使用した。
　これで、そうそう見つかる事はないと思うのだが。

　……だが、敵感知で感じられるその気配は、明らかにこちらを目指して向かって来ている。
　今の時刻は多分、あとしばらくすれば夜が明けてきてもおかしくない程の深夜遅く。

　そこで、俺はモンスターの正体に気が付いた。
　きっと、アクア目当てのアンデッドだ。
　アクアと二人でダンジョンに潜った時も、確か潜伏スキルが作用せず、大量のアンデッドにたかられた。
　仕方ない、アクアを起こすか？

　いや、ゾンビ一体くらいなら、こいつらを起こさず俺一人で倒してきてもいいのだが。
　と言うか、こいつらを起こして戦うとなると、灯かりを付けて戦わないといけなくなる。
　それは新たな他のモンスターを呼び寄せるかもしれないし、何より灯かりに照らされるアンデッドのインパクトは酷いものがある。
　ゾンビ相手ならば、極力、サーモグラフみたいな感覚で敵の姿を捉えられる、千里眼スキルの暗視状態でやり合いたい。

　街道のわきに野宿をしている訳なのだが、今いる所はまばらに木が生え、敵感知スキルで気配を感じる方を見ても、今一姿がよく見えない。
　小さな人型なら、弓で何発か狙撃して倒してしまおう。
　大きな人型なら、嫌だが、接近して剣で……。

　そう考えながら、静かにそれが近付いてくるのを待っている。
　だが暗視では、なんだか蠢いているなーぐらいにしか形が把握出来なかった。
　もう結構近付いてきている感じなんだが……。

　ズルッ。

　それは、何か湿った大きな物を引きずる音。

　ズルッ。

　それは少なくとも、ゾンビ程度の大きさの生き物が立てる音じゃ無い。
　何だか嫌な予感がし、やむなく皆を起こす。
「おい、何か来てる。多分だが、アンデッドだ。……おい、起きろって。アクア、アクア！」
　ダクネスとめぐみんがすぐに目を覚ますが、こんな時に一番必要なヤツが目を覚まさない。
　重い鎧で歩き続けるダクネスや、連日見張りをする俺、ほとんど眠れないめぐみん。
　そんな中、一番軽装で旅をし、一番寝こけているこいつはなんなのか。

　ズルッ。

　その重い音に、剣を抜き、暗闇に向けて身構える。
「おい、そこのアホを起こしてくれ！　あと、なぜか暗視じゃ敵の輪郭が捕捉出来ない。灯かりを付けるぞ！」
　ダクネスが大剣を鞘ごと引き寄せて立ち上がり、めぐみんがアクアを揺さぶる。
「アクア、アクア！　起きて下さい、アンデッドだそうですよ！」
　めぐみんの声に、アクアは動こうともせず。

「眠いからー……、今日の所は見逃してあげるわって言っといてー……」
「このクソバカが、寝ぼけてんじゃねえ！　お前目当てに寄ってきてるんだよ、とっとと起きて何とかしろっ！　『ティンダー』ッッッ！」

　いつもより魔力を込めて、大声で着火の魔法を前方の地面に向けて唱える。
　火種の無い地面に突然灯った魔法の灯かり。
　大量の魔力を込めたとはいえ、それはすぐに消えてしまうだろう。

　灯かりに照らされたソレを見て、なぜ暗視で視認しきれなかったのかを理解した。

　とっくに視界に入っていたのだ。
　相手の輪郭が分からなかったのは、ただ端に、ソイツが大き過ぎただけだった。

「あっ……あわわわ……、どっ……、どどど、どっ……！」
　めぐみんがソレを見て、挙動不審にうろたえた。
　普段は強敵相手だと嬉々として突っ掛かっていくダクネスが、ソレを見てゴクリと喉を鳴らす。

「……は、早くアクアを……。ア、アクアを起こしてくれ……」

　俺はソレを見ながら呆然と呟く。


「―――――――――ッッッッ！」
　ソレが例え様のない音を出す。
　多分、咆哮を上げようとしているのだろうが、既に声帯が腐り落ちているのだろう。
　大きなアギトをガパッと広げ、その音を出そうとする度に、何かが辺りに吐き散らされた。
　地に落ちて湿った音を立てる吐き散らかされたそれは、腐り落ちた体の一部だろうか。

「腐った死体とは言え、仮にもドラゴン。聖騎士として、これほどの誉れがあるだろうか！　めぐみん、カズマ、下がっていろ」
　ダクネスが、大剣を抜いてその巨大なアンデッドに身構えた。

「―――――――――――ッッッ！」
　ダクネスからの敵意を感じ取ったからか、ソレは再び声にならない音を響かせ、巨体を引きずりこちらに向かって……！

「アクアーっ！　アクア様あああああーっ！　ドラゴンがっ！　ドラゴンゾンビが現れた！　早くっ！　頼む、早くアレ何とかしてくれえええええ！」

　民家ぐらいならのしかかっただけで押し潰されそうなその巨大な体躯。
　腐りかけた翼を広げると、その巨大な体が更に倍にでもなったかの様に映る。
　ともすれば絶望のどん底に叩き落されそうな気分で俺はアクアに呼び掛けていた。

　アクアがうるさそうにゴロンと寝返りを打ち……。
「んー……。ドラゴンゾンビぐらい……ゼル帝の手に掛かれば……」
「寝ぼけてないで起きろってんだよボケが、ドラゴンゾンビのエサにすんぞ！」
　ドラゴンゾンビが、ダクネス目がけて飛び掛かった！


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「『ターン・アンデッド』ッ！」
「――――――――――――――ッッッ！」

　アクアの魔法を受けたドラゴンゾンビが、声にならない悲鳴を上げて光と共に浄化される。
　アンデッドに対しては本当に頼りになる奴だ。
　俺はアクアに感謝の言葉を言おうと……。

　……？
　いや待て、よく考えたらこのドラゴンゾンビを引き寄せたのはコイツだ。
　しかも……。と、俺はめぐみんが揺り動かしている、地に横たわったダクネスを見る。

「ダクネス！　しっかりしてくださいダクネス！　傷は浅いです、目を覚ましてください！」
　アクアがとっとと起きてサクッと浄化していれば、こうしてダクネスが気絶させられる事もなかった訳で。

「ふふん、ドラゴンゾンビと言えど、この私の敵ではなかった様ね。カズマ、私を崇め奉ってくれても良いわ……あああああーっ!?」
　俺は無言でアクアの頬に触れると、ドレインタッチでアクアの体力と魔力を吸い取った。

「ちょっと、何すんのよ！　いきなりそんな事されたら抵抗出来ないじゃないの！」
　その俺の手を振り払い、涙目のアクアが食って掛かる。
「抵抗されない為に不意打ちしたんだよ。見ろ、ダクネスの惨状を！　お前が呼び寄せたドラゴンゾンビだろ、呼ばれたらとっとと起きろ！　俺が見張りで眠れない間、紅魔の里に着くまではお前の体力分けて貰うからな？」
「ええっ!?　い、嫌よっ！　今は不意打ち食らったけれど、次からはスキルレベル１のあんたのドレインタッチぐらい簡単に抵抗してやるからね。本家リッチーのドレインですら抵抗した私から、吸えるもんなら吸ってみなさいな！」
　どこまでも協調性の無い奴め！

　俺はダクネスの元へ駆け寄ると、ティンダーでその周囲に灯かりを灯し、ダクネスの容態を見る。
　俺がアクアを叩き起こしている際に、ダクネスはドラゴンゾンビの攻撃を一手に引き受けていたのだが……。

「『ヒール』！　……流石ダクネスねえ。ドラゴンゾンビは生前のブレス能力は無くなっているけれど、不死化してリミッター外れたその物理攻撃は、生前のドラゴンの力を越える事すらあるのよ？　まともに正面から攻撃を食らって、良くクシャッってならなかったわね」
　アクアがダクネスにヒールを掛けながら、そんな物騒な事を言ってきた。

　よく考えたら、ダクネスがこうもアッサリ沈むのも珍しい。
　それ程までに、この辺りのモンスターが凶悪だって事か。
　……しかし、ドラゴンゾンビが居るって事はドラゴンも居るって事なんじゃあ……。
　いや、この辺りのモンスター分布図にドラゴンゾンビの名はあったが、確かドラゴンの名前は無かった。
　大丈夫だと信じたい。
　鎧の一部がひしゃげ、ぐったりとしているダクネスに、覆いかぶさる様にしてめぐみんが心配そうにくっついている。

　……と、俺はある事実に気がついた。

「……参ったな。今の戦闘の魔法の光やティンダーの灯かりで、モンスターがこっちに向かって来ているぞ。敵感知にビンビン来てる。しょうがない、移動するぞ。荷物は俺が畳んで全員分背負っていく。アクアはダクネスを背負ってくれ」
「ええっ！　ダクネスを背負うって、鎧着たダクネス超重いんですけど！　それに、この暗い中移動するの!?」

　俺はテキパキとみんなの荷物をまとめながら、
「自分に筋力増加の支援魔法を掛けてくれよ。あれ掛ければいけるだろ。ついでに、俺にも掛けてくれ。全員分の荷物を持つんだ、支援がないと、ちとキツイ。アクアはダクネスを背負ったまま、俺の右手を掴んでいてくれ。めぐみんは左手な。お前らの手を引きながら暗視で進むから、転ばない様に気をつけてな」

　言いながら、みんなの荷物をよいしょと背負った。
　ぐう……。流石に重い……！

「ええー。良いけど、一応筋力増加とかの支援魔法って諸刃の剣だからね？　一時的には増加されるけども、体を無理やり強化して思い切り酷使するんだから、後で筋肉痛とか酷いわよ？　体力が失われるのも早いし」
　アクアがそんな事を言いながらも、自分と俺に魔法を掛けた。
　そのままダクネスを背負い、俺の右手を掴む。
　そして俺の左手を、めぐみんがスッと掴んだ。









　鎧を着たダクネスを背負うアクアが歩く度、ガシャガシャと鎧の音がする。
　曇り空の下の為、ほとんど星明かりも見られずに、暗闇の中を進んで行く。

「なんか、こうして真っ暗な中をカズマに手を引かれて歩いていると、二人でダンジョンに潜った時の事を思い出すわね。あの時はカズマに暗闇の中お尻触られそうになったんだっけ」
「根も葉もない噂を広めると、お前だけ置いて行くぞコラ」

　闇の中、そんな事を言い合っているとめぐみんが吹き出した。
「ドラゴンゾンビに遭遇して、しかもこの危険地帯で他のモンスターから逃げている最中だと言うのに、なんでしょうねこの安心感は。二人と……いえ、みんなと居ると何が遭っても大丈夫な気になってきますよ」

　めぐみんがそんな事を……、
　って、あれっ!?

「おいお前、手が熱いぞ！　魔力が篭ってるんだろ！」
「ええ、今は丁度いい具合に魔力が溜まってますよ。魔法も使えるし、ボンッてならない状態です。こんな危険な場所ですから、魔法を放てる今の状態は維持したいです」
　何でもなさ気にそんな事を言うめぐみんは、先ほどはあれだけひんやりしていた手をホコホコさせて、杖で、見えない足先を探るようにしながら歩いている。
　いや、魔法撃てる状態ってのはありがたいんだが……。

「ねえめぐみん。無理せず魔法撃っちゃいなさいな。紅魔の里まで、急いだって後二日は掛かるんでしょ？　なら、もう一日はどうしたってまた野宿しなきゃならないのよ？　めぐみんが魔法使えなくても、カズマが何とかしてくれるわよ。今までだってどうにかなってきたでしょう？」
　おい俺に無茶振りすんな。

　だがめぐみんは、
「大丈夫です、耐えられます。紅魔族は魔法が命です。魔法が使えない紅魔族なんてお荷物以外の何物でもありませんしね。ちゃんとカズマの役に立ってみせますから」
　そんな事を言いながら、熱っぽいまま歩いていた。

　……そんなめぐみんの言葉に、俺は益々不安にかられた。

　なんかこいつおかしいな。
　こんなカッコイイ事言い出す奴だったか？






　一体どれぐらいを歩いたのか。
　最初は寄って来たモンスターから離れる事が目的だった夜間行軍だったが、めぐみんの様子が変なので、そのまま少しでも距離を稼いでいた。
　ダクネスが目を覚ましたら、めぐみんは誰かが背負ってやればいい。
　多少無理をしてでも、何だか一刻も早く里に向かった方が良い気がする。

　ちょっとした焦燥感を抱きながら進む中。
　その内段々と夜が明けて、空が白み出した頃……。
「…………ん……っ？」
　アクアに背負われていたダクネスが、ようやくその目を覚ました。

　それを受け、俺達はちょっとだけその場で休憩に入る事に。

「ドラゴンゾンビは倒したのか。ここは……。そうか、すまない、不覚を取ったな……」
　何となく状況を把握したダクネスに、一応ダクネスが気を失った後の事を説明しながら、俺達は朝食の用意を始めた。
　空が明るくなってきたから、火が使える。
　各自、荷物の中から思い思いに保存食を取り出すと、ティンダーで起こした焚き火で炙り出した。

　コーヒーを入れながら干し肉を軽く炙っていた俺は、アクアが取り出した物を見て。
「おい」
　思わず突っ込まざるをえなかった。
「なあに？　分けて欲しいなら、あんたの干し肉の良い部分をよこしなさいな」
「いらんわ。と言うか、煙や臭いが立つから魚の干物は止めろ、魚は。臭いでモンスターが来たらどうすんだ」
　このバカは焚き火で干物を焼こうとしていた。

　まさかとは思うが、保存食が全部魚だけだとか言わないだろうな。
「そんな事言ったって、私、魚の干物しか持ってきてないわよ。干物がダメならカズマの干し肉分けなさいよ。でも、朝は魚を食べたいんですけど……」
　そのまさかでした。

　俺よりも日本人臭い事言い出すアクアに、仕方なく炙っていた干し肉を渡してやる。
　数日の日程だったので、本格的なカラカラに乾いたジャーキーではなく、ちょっとジューシーさが残っている干し肉だ。
　何と言うか、サラミみたいな。
「……これかじってると、お酒が欲しくなってくるんですけど……」
「飲むなよ」
　一応釘を刺しながら、改めて明るくなってきた辺りを見回す。

　街道とは言え、アスファルトみたいな道路が敷設されている訳じゃない。
　草木が処理されて歩き易いように整備されているだけだ。

　そんな街道沿いには、まばらに木が生え、街道を離れればちょっとした林に出られる。
　敵感知でモンスターの気配を感じたら、そういった林に逃げ込んで潜伏を使う予定だ。
　ハッキリ言って、先ほどのドラゴンゾンビにダクネスがやられたのを見て思い知った。
　この辺りのモンスターは俺達にはとても手に負えない。
　正直、最初は不死王の手で状態異常にでもしてしまえばなんとかなるのでは、ぐらいに考えていたのだが……。

「……ねーめぐみん、魔法使っといた方がいいんじゃない？　顔が真っ赤よ？　それか、体力も一緒に持っていかれちゃうけれど、ちょっとカズマに魔力を吸ってもらうとか」
　アクアが、俺が渡した干し肉をかじりながら、めぐみんを見ながらそんな事を……。
　と言うか、めぐみんは飯も食わずに熱にうなされた様な赤い顔でフラフラしていた。

「大丈夫、大丈夫です……。大丈夫なので、カズマはそんな顔で手をワキワキさせるのはやめてください」
　おっと、顔に出てましたか。
「でも本当にヤバクなったなら、意地張らずに言えよ。幾らでもまさぐってやる。ちなみにウィズから聞いた話だが、粘膜接触のドレインキスとかの方が魔力吸収力は高いらしいからな。皮膚が薄い所なほど吸い易いんだと。……なので、あまり無理して本当にヤバくなったら緊急手段を取らざるを得なくなるからな。先に言っておくぞ。これは緊急の手段なんだからな」

「なぜ強調するんですか。大丈夫です、ヤバクなったらタッチの方をお願いします。……ふう」
　めぐみんが熱っぽい息を吐き、もそもそと干し肉をかじりだす。
　既に俺から見るとヤバそうなんだがなあ……。





　俺達は休憩を終え、再び里へと歩き出した。
　ダクネスが意識を取り戻したので、みんなの荷物は俺とアクアで持つ事に。
　ダクネスは傷は魔法で癒したとはいえ、気絶から回復したばかりだ。
　こいつもあまり無理させる訳にもいかない。

　皆満身創痍に近い状態だなあ……。

　荷物を持つ事にアクアが多少文句を垂れたが、干し肉を与えてやるとそれを口に入れたまま大人しくなった。
　俺は軽い眠気はあるものの、アクアから体力を吸ったおかげか、徹夜明けだと言うのに体調は良好だ。
　そんな俺の隣では、はあはあと、熱っぽい息を吐きながらふらつくめぐみん。

　…………。

　……ふらつくめぐみんの頬にぽんと触れる。
「おいほっぺたに、かじってた干し肉が張り付いてんぞ。口に入って水分含んでちょっと戻った干し肉は、そのまま乾くと臭いからちゃんと取っておけよ」
　言いながら、触れた場所から少しだけ、めぐみんから体力と魔力を吸った。
　それにめぐみんが、俺が触れた場所を、恥ずかしそうに慌ててゴシゴシ擦り。

「……カズマはいい加減、デリカシーって言葉を覚えると良いですよ。だから何時まで経っても童貞なんですよ」
「どどど、童貞言うなよ！　アクセルの街で、俺はもう色々凄い経験しちゃってるんだからな！」
　未だふらつきながらも先ほどよりも少し顔色が良くなり、ぶつぶつと俺の悪口を言い出しためぐみん。
　そんなめぐみんに言い返しながら歩く中、俺は視線を感じて振り向いた。

「「………………」」

　それは、俺とめぐみんをニヤニヤしながら見詰める二人。
　アクアがダクネスの傍に近寄り、その耳元でぼそぼそ喋っている。
　……が、それは明らかに俺に聞こえるように言っていた。

「ねえ見た？　カズマさんがイケメンよ。イケメンみたいな行動したわ。頬になんか付いてるとか誤魔化しながら、こっそり吸ったわよあのイケメン気取り！　プークスクス！」

　…………。

「そんな事を言うなアクア、カズマは元々イケメンじゃないか。どんよりと濁った瞳、りりしく、その辺に幾らでも居そうなパッとしない顔立ち。そんな男が、さり気なさを装ってドレインを……ふっ、ふふっ……！　か、カッコイイじゃないか、ふふふふっ……！」


「う……うわあああああああーっ！」
　二人にそんな指摘をされて、俺は恥ずかしくなり顔を熱くさせながら駆け出した。

　こいつら、嫌い！
　ちっとも甘酸っぱい展開にならねえ！