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四部
11話
「おらっ! 責任者出て来い! 説教してやるっ!」

 俺は教会に駆け込むと、そのままアクアとゼスタの姿を探そうと……!

「あら、お帰りなさいませ。早かったですね」

 教会内には、床の掃き掃除をしている女性信者が一人のみ。
 俺達にそう挨拶してくれたその女性信者以外には、教会内には誰も居なかった。

「……あれ、他の連中はどこいった?」

 俺の言葉に女性信者が、
「ゼスタ様は色々あって警察の方に連れて行かれました。他の信者の方は、布教活動と言う名の遊び……、いえ、アクア様の名を広める為の活動に出掛けて行きました」
「おい、今凄い事言っただろ、面白半分にあんな迷惑な事やってんのかお前ら。……いや、あの変態のおっさん逮捕されたのか? それって大丈夫なのか」

 その女性信者は、ほうきで床を掃きながら、
「変態のおっさんではありません、ゼスタ様です。大丈夫ですよいつもの事ですから。今日もきっと夕ご飯までには、疲れた顔した警察の方に連れられて、平気な顔して帰ってくると思います」
「お前ら、教団ごと爆発すればいいのに。……えっと、俺の連れを知らないか?」
 アクアとめぐみんはどこに行った。
 教会の奥だろうか?

 女性信者が首を傾げ、
「お連れさん? あそこで子供達に石を投げられている、あの鎧の女性の事ですか?」
「えっ?……ああっ! こらーっ、クソガキども、何やってんだ! あっち行け、シッシ!」
 教会の玄関先で、ダクネスが子供達に囲まれ石を投げつけられ、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。

 それを慌てて追い散らすと、
「カ、カズマ……。この街は色々とレベルが高いな……。女子供に到るまで、その全てが私に牙を剥いて……! とても体が持ちそうに無いのだが……っ!」
「もうお前、面倒くさいから街に出るな。あとそのエリス教のペンダントもちゃんと仕舞っておけ」
「断わる」
聞き訳の無い、アクシズ教徒並に手の掛かるエリス教徒を連れ、俺は再び教会内に戻る。

「ええと、コイツ以外に後二人。俺の連れがここに居ると思うんだが」
「お一人は、奥の客室でウトウトされておりましたよ。随分お疲れの様だったのでベッドのある部屋をご用意させて頂いたのですが。アークプリースト様は……」
 言いながら、女性神官は教会の中にある、小さな部屋に視線をやった。
 教会入口のわきにある小さな部屋。
 なるほど、俗に言う懺悔室ってヤツか。

「ゼスタ様が連行されてしまったので、その間アークプリースト様に懺悔室の方をお任せしたのです」
 本物の神様が懺悔を聞いてやるってのも随分な話だが。
「カズマ、私はめぐみんの様子を見てくる。アクアを頼む」
 言って、教会の奥へと向かうダクネス。
 ……が、掃除をしていた女性の隣を通ろうとした瞬間、集められたゴミが、ほうきでダクネスの方へと撒き散らされた。
 足元を埃まみれにされたダクネスが、頬を染めて立ち止まる。

「あらごめんなさい、エリス教のペンダントが目に入ったので、ゴミと間違えてしまいました。申し訳ありませんでした」
「……い、いえ……っ」

 何かに耐える様にふるふる震え、搾り出すように小さく答え、そのまま奥へと消えて行くダメなエリス教徒を見送りながら、もうその信者とあまり関わりたくないので懺悔室へ。

 中に入ろうとしたが中から鍵が掛かっていて入れない。
 ノックをしても返事は無かった。
 寝てるのか?
 しょうがなく、俺は本来懺悔をする人用のドアから、懺悔室へと入る。

 中に入った瞬間に聞こえてきたそれは……、
「ようこそ迷える子羊よ……。さあ、あなたの罪を打ち明けなさい。神はそれを聞き、きっと赦しを与えてくれるでしょう……」
 部屋の雰囲気にのまれ、完全に役に入り込んでいるアクアの声。
 どうやら、何人かの懺悔を聞くうちに、こいつはすっかりその気になってしまったらしい。
 仕切りの為に顔は見えないが、きっとノリノリなのだろう。

「子羊じゃない、俺だよ。俺だ俺。おい、この街どうなってんだ。なんか頭痛くなってきたぞ。ゼスタっておっさんも逮捕されたみたいだし、どうすんだコレ。とっとと紅魔族と魔王軍の情報集めて、今後の事考えようぜ」

 その言葉にアクアが一瞬シンと黙り……。

「……なるほど。オレオレ詐欺を働いた……と。深く、深く反省しなさい……。さすれば、慈悲深き女神アクア様は赦しを与えてくれるでしょう……」
「おい、俺だって言ってんだろ、ナニすっとぼけた事言ってんだ。あれか、お前ちょっと楽しいんだろ? 普段出来ないプリーストっぽい事が出来て、ちょっと楽しいんだろ」

 その言葉に、アクアがもう一度無言になる。

「……他に懺悔はありませんか? 無ければ、この部屋を出て、再び前を向いて生きなさい……」
「おいこら、遊んでないでちゃんと聞けよ。お前この街では崇められるような存在のアークプリーストだろ。お前が信者に色々指示してくれればすぐ解決するんだよ。お前の所の教義か何か知らんが、自由に遊んでないでそろそろ動け。ほら、外に行くぞ」

 それを聞き、更にアクアが無言に……

「もう何も無い様ですね。……では、私は次の迷える子羊を待つとします……。さあ、おいきなさい」
「いや、お前何言って……! 部屋から出ろって言って……」
「出て行って! 懺悔が終わった人は出て行って!」
 このバカが、懺悔聞いて信者に感謝される事に喜びを覚えやがったのか、なぜこんなにもすぐ影響され易いんだコイツは!

 ……。
 俺は椅子に座り直すと、いかにも反省している低い声で。
「……実は、この場で打ち明けたい話があるのですプリースト様……」
「!? なるほど、聞きましょう、聞きましょう……。さあ、あなたの罪を告白し、懺悔なさい。仲間のクルセイダーの洗濯物に興味深々な事ですか? 魔法使いのしっとり滑らかな黒髪に、顔を埋めたいと言う事ですか? 美しくも気高いプリーストに、不相応にもニートのクセに劣情を抱いてしまったとかですか?」

 嬉々として言ってくるアクアにキッパリ告げた。
「仲間のプリーストが大事にしていた、宴会芸に使う専用のコップをうっかり割ってしまい、ご飯粒で形だけ整えてこっそり戻しておきました」

「!?」

「……あと、現在仲間を助ける為の旅に出ている最中なのですが……。仲間のプリーストが芸に使用する為に、部屋で飼っていた訳の分からない生き物達。旅に出る前、プリーストが、それらにちゃんとエサをやる事も忘れている風だったので……。帰ってきて全滅していた際、泣かれるのも面倒なので、それらをこっそり逃がしてしまいました」

「!? 何を言っているの? ねえ、何を言っているのカズマ!」

 なおも俺の懺悔は続く。
「バニルと言う胡散臭い男に預けたペットのヒヨコ。俺達が旅に出た後は、カラッと揚げておいてくれと頼んでおき」
「わああああーっ! 背教者め、天罰食らわせてやる!」
 アクアが懺悔室の仕切りをスパンと開けて、俺に掴みかかってきた。

 




「俺とダクネスは、お前の所の頭のおかしい信者連中に悩まされ、情報収集どころか観光もままならなかったよ。……で、お前の方はどうだったんだよ。紅魔族の里と魔王軍の戦闘状況とか、少しは分かったのか?」
 アクアが立て篭もっていた、懺悔を聞く側の部屋。
 現在アクアと共に、俺もその部屋にいた。

 話の内容にやましい所はないのだから、別に教会内で堂々と話してもいいのだが、アクアがその部屋を気に入ったのか、出て来ないのでなんとなく。
「私はここで迷える子羊達の声を聞き、正しき道へと導くのに忙しかったから収穫はないわね。……本当に、ゼル帝唐揚げの件は嘘なんでしょうね」
「本当だっての。最初の二つはともかく。それより、懺悔室で遊んでいてすっかり忘れてましたって言え」
「ねえちょっと待って。今最初の二つはともかく、って言った?」

 ……と、懺悔室のドアをコンコンと叩く音。
 おいマジか、懺悔しに来た人か。
 と言うか、俺がここにいちゃまずいだろ。
 と、ガチャリとドアが開く音がして、続いて誰かが入る音。

 俺は無言でアクアをつつくと。
 自分を指差し、ついで床を指差して、首を傾げた。

 俺は、ここに、いていいのか?

 そんな意味のジェスチャーだったのだが、アクアが真面目な顔で、指を組み、部屋の一角にそちらを見ろとばかりに視線を向けた。
 そこには組んだ指の影により、一目でソレだと分かる、ワシャワシャと動く見事な出来のデストロイヤーが……!

 ……このバカ、何一つ分かっちゃいねえ!

「ようこそ迷える子羊よ……。さあ、あなたの罪を打ち明けなさい。神はそれを聞き、きっと赦しを与えてくれるでしょう……」
 俺が部屋を出ようとする間も無く、俺に芸を見せて満足したアクアが、懺悔に来た人に静かに告げた。
 ちょっ……!

「ああ……、どうか聞いて下さい……! 自分は長くアクア様を崇めてきたアクシズ教徒です。しかし……! エリス神の肖像画の、あの豊かな胸……! あれが自分を惑わせるのです! あの胸は悪魔の胸だ! ああ……、どうか、どうか他の女神に心を傾けてしまった罪深い自分をお赦しを……!」
 どうしよう、下らない事で来るなと今すぐ懺悔に来たこの人を引っぱたいてやりたい。
 だがアクアは、酷く真面目な顔で、一切茶化す事なく優しく告げる。

「安心しなさい、神は全てを赦します。汝巨乳を愛しなさい。汝貧乳を愛しなさい。アクシズ教は全てが許される教えです。それは、例え同性愛者でも。人外獣耳少女愛好者でも。ロリコンでも。ニートでも。アンデッドや悪魔っ娘以外であれば、そこに愛があり犯罪でない限り、それらは全て許されるのです」

 ちょっとだけ、アクシズ教に入信したくなった俺はやはりダメなのだろうか。
 入信したら、俺はもうアクアにニートだのロリコンだの呼ばれる事も無くなるのだろうか。
 いや違う、俺はもうニートじゃないし、そもそもロリコンではないので関係ない。

「おお……。おおおお……」
 懺悔にきたその人は、なにか感動した様子で声を震わせている。
 声の感じからして泣いているのかもしれない。

「汝、敬虔なる信徒よ。悪魔に惑わされない為の、聖なる呪文を授けます。エリスの胸はパッド入り。惑わされそうになったなら、これを唱えなさい。他に惑わされている者がいれば、これを教えてあげるのも良い事です」
「なんだか一気に目が覚めました! 素晴らしい呪文をありがとうございます、感謝します!」

 懺悔していた者が、礼を言って立ち去っていく。

「……おい。お前、後輩の女神陥れてそれで良いのか」
「何言ってるの、神にとって信者数と信仰心はとても大事な事なのよ? それがそのまま神の力になるんだから。エリスの所は信者は多いけど、私の信者達は、数こそ少ないけれどそれはもう強い信仰を抱いてくれているわ。その可愛い信者達を守る為なら何だってしてやるわよ」
 お、お前……。
 俺が何か言おうとしたその時。
 外に出る間も無く、再びドアがノックされた。






「どうか聞いて下さい! 昔引っ越して行って、離ればなれになった幼馴染が帰ってきたのですが……。それが、エリス教徒になって隣の家に帰って来たんです。それを知り、毎日彼に会う度に、地面に、ぺっ! ってしたり、回覧板をそこだけ飛ばしたり。そんな嫌がらせをしている間に……! そ、その幼馴染が……、ストレスで、は、ハゲて……っ! 私、そこまで追い込むつもりじゃ……、どう責任を取ればいいのか……っ! どう謝ればいいのかすらも……っ!」

 声からして若い女性。
 それが仕切りの向こうで泣いている。
 ……もうこの街と一緒に消えてなくなればいいのにこの教団。
 そんな女性にアクアが、目を瞑り、うんうんと深く頷きながら静かに告げた。

「そんなあなたの罪、神は全てを赦してくれるでしょう……。その男性にはこう謝りなさい。べ、別にっ!? 別に、あんたの事が気になって今まで嫌がらせしてた訳じゃ無いんだからね? アクシズ教徒の私の前で、エリス様、エリス様ってうるさいから、ちょっと痛い目に遭わせようとしただけなんだから! や、妬いてたんじゃないんだからっ! ……でも、悪かったわよ、ごめんねっ!? ……と、そっぽ向き、頬を赤らめながらこんな謝り方をしなさい。さすれば、彼はきっと許してくれるでしょう……」

 散々嫌がらせしてきた女がそんな事言い出したなら、俺ならその子の頬にグーを埋め込む自信がある。

「あっ……! ありがとうございますプリースト様! 為になりました、感謝します!」

 だがこの女性は実行する気の様だ。
 この教会本当に大丈夫なのかと不安になったが、来るのはどうせアクシズ教徒達ばかり。
 信者ではない一般の人も懺悔に来てもいいのだが、この街でアクシズ教に入らない様なマトモな人であれば、それはみんなエリス教の教会へと懺悔に行くだろう。

 と思っていると、再びノックがされ。
 アクアが優しげな声で入室者に促すと、仕切りの向こうでその子はぽつりぽつりと喋り出す。

「……失礼します。……その、私アクシズ教徒ではないのですが……。懺悔ではないのですが、相談と言うか……。私、友達が居なくって、どうして友達が出来ないんだろうって悩んで……。寂しくって、何とか人の輪に入れる様に頑張ろうって思って……! でも、私が入ると空気が悪くなったりしないかなとか、色々考えてしまって勇気が出なくて……。ど、どうしたら……。どうしたら、友達とか出来ますか……っ!?」

 きっと、その子はここにも勇気を振り絞って来たのだろう。
 声が微かに震えている。
 これだよ、こういう子をちゃんと導いてやるのが……!

「ウチは結婚相談所とかでは無いので、そういったご相談はちょっと……」

「えっ!? あっ! ご、ごめんなさいっ! 先ほど、この教団の方に少し声を掛けて頂きまして……! 入信希望は断わられちゃったんですが、その時、そうだ、教会に相談に行けば……って安易に考えてしまって……! ごめんなさい、ごめんなさい!」
 その子は謝りながら部屋から退出していき……。

 俺は無言でアクアの頬を引っ張った。
「いはい! はにするの、はなひて!」

 と、その時。

 もう今更聞き間違う事などない、聞き慣れた轟音と共に、教会がビリビリと激しく震えた。








「おいおいっ、こんな街中でやっちまったのか!」
 教会の奥にある客間兼休憩所。
 そこにアクアと共に駆け込むと、
「……ああ、カズマ……。申し訳ないです、やってしまいました、どうしましょう……」

 そこには熱に浮かされた様に赤い顔をしためぐみんと、珍しく厳しい表情のダクネスの姿。
 例のごとく、飛び起きた瞬間窓から魔法を放ったのだろう、窓は開け放たれ、魔法の衝撃で教会の一部の窓が割れている。
 教会の裏手は街の湖に面しており、それが幸いしたのか、ガラスの被害はこの教会だけの様だ。

 ……と、赤い顔で申し訳なさそうに謝るめぐみんを置いて、ダクネスが俺の肩をポンと叩いて廊下に出る。
 ちょっと付いて来いと言う意味らしい。
 そのまま無言で付いて行くと、ダクネスが真剣な顔で口を開いた。

「おいヤバイぞ。めぐみんが、いよいよまともに魔力の放出が出来なくなっている。今も、寝ていためぐみんが赤い顔で汗を流し始め、酷い熱を発し始めたから慌てて起こした。そうしたら、起きた瞬間にあの有様だ」

 ……おお?

 その言葉に、部屋の中のめぐみんを見れば、黒髪を汗で頬に張り付かせ、どことなくフラフラし、赤い顔のままだった。
「すいませんカズマ、教会の人に、謝罪と、ガラスの弁償をしてきます。もしお金が足りなければ、ちょっと貸してもらってもいいですか?」
「いや、そりゃ構わないし、俺だって負担してやるよ。……そんな事より……」

 なんだか、暴発の周期が早くなっていないか?
 今日の明け方に魔法を暴発させてそのまま捕まり、それからこの教会へ着くまでは、めぐみんは一睡もしなかったはず。
 そして、めぐみんを教会で休ませ俺とダクネスが帰ってくるまで、二時間も経っていない。
 どう考えても魔力の回復量が早くなっている。

 ……めぐみんにその事を尋ねると。
「ああ……。どうやら大量レベルアップが原因ですね。魔力容量も伸びましたが、魔力回復量がそれ以上に伸びた様です……。実は今朝も、ずっとウトウトしていたのですが油断して、小一時間ほど熟睡したらボンッてなりそうになったのですよ。高経験値を誇るモンスター達の大量撃破により、今の私のレベルは38の大台に。……ふふふ、このパーティーで一番高レベルになりました」

 そんな事を、苦しそうな赤い顔で、苦笑いしながら言ってくる。

「アホか、言ってる場合か。……しかし、そうなると」
 今以上に、めぐみんはロクに体を休める事も出来なくなる訳だ。
 街から離れ、野宿しながらこまめに魔法を放ち続けて休ませても、紅魔族の里に近いこの付近のモンスターは凶悪なのが多い。
 そのモンスター達も、なぜかこの街にだけは寄って来ないらしいが、野宿している冒険者となれば別だろう。
 爆裂魔法で音を立て続けていればやがてモンスターに襲われる。


 もう、様子見だの言ってられない事態になった。
 俺は無言でダクネスとアクアを見る。

 ダクネスが頷き返し、普段は空気を読まない事で定評のあるアクアが。
「……この街に居るのも飽きたわね。カズマ知ってる? 美人は三日で飽きるって諺を。私ぐらいの超絶美人になると、三日と言わず三時間ぐらいで飽きちゃうの。紅魔族の里とやらに行きましょうか」
 そんな、珍しく空気を読む事を言ってきた。

 美人は三日で飽きるの諺の、意味と使い方が間違っているが、あれほど楽しみにしていたこの街を出ようと自分から言うのだ、今日は突っ込まずにそっとしておいてやろう。

 めぐみんが、俺達三人が今からどうするつもりかを察した様だ。
「紅魔の里近辺の生息モンスターは非常に強く、しかも現在魔王軍との交戦状態。そんな危険な所に行く事は無いですよ。大丈夫です、耐えて見せますから」
 弱った状態で、めぐみんがそんな説得力の無い事を言ってくる。
 その簡単に空気を察する高い知力は、本当にもっとマシな所で発揮して欲しい。

 と、部屋のドアが開けられた。
「何事ですかっ!? 庭掃除をしていたら爆音が……! ああっ!?」
 部屋に飛び込んで来たのはアクシズ教徒の、先ほど掃除をしていてダクネスにゴミをぶつけた女性。
 部屋の割れたガラスを見て、そしてそのまま驚愕する。
「すいません。私がガラスを割ってしまいました……」
 申し訳なさそうに謝るめぐみんに、女性信者が、
「ガラス? ああ、そういえば割れていますね。そんな事より、こうしちゃいられないわっ!」
 ガラスが割れた事などどうでも良さそうに、突然部屋から飛び出した。

 どこへ行くのかと思えば、女性信者はそのまま湖へと駆けて行く。
 手には大きな網とバケツを持って。
 そして、湖にはめぐみんの魔法の衝撃だろうか、大量に湖面に浮かんだ魚達。
 ……っておい、まさか。

「あははははははっ、大漁よ! これも日頃の行いが正しい私への、アクア様からのプレゼントよ! やったわ、ギャンブルで大負けして給料日まで後三日! エリス教の教会で出される炊き出しを奪いに行こうかとすら悩んでいたのに! ああっ、アクア様、感謝します!」
 こんな奴しかいないのかこの教団は。

 と、窓からそんな信者の様子を見ていたアクアが。
「……ねえカズマ。めぐみんの里へ行く前に、ちょっとだけ時間をくれる? この街の住人に、少しだけ恩恵を与えていってあげたいの」
 そんな事を言って来た。
「いえ、里にはまだ行かなくていいですよ。私なら大丈夫、大丈夫ですから……!」
 未だ頑ななめぐみんの言い分を無視し、俺はアクアにコクリと頷いた。

 やがて、観念した様に大人しく付いてくるめぐみんを引き連れて、アクアは女性信者が嬉々として魚を獲っている湖へと、服を着たまま入っていく。
「「「「!?」」」」
 それを見て驚く俺達と、魚を獲っていた女性信者。

 それを見て合点がいった。
 あいつはこの水の都の一番の売りである湖を、綺麗に浄化していくつもりらしい。
 そのまま湖の中に遠慮なく入って行き、やがて……、
 ……って、おいバカ!

「「ええっ!」」

 ダクネスとめぐみんが同時に叫ぶ。
 アクアが、完全に頭の先まで湖に潜って行ったのだ。

 そういえば、あいつは以前、アクセルの街のそばの汚染された湖を浄化する際に、ずっと水の中に居ても不快感も感じず、それどころか水中で呼吸も出来るとか言っていたな。
 しかし、この三人の前で堂々とそんな異常体質を披露してどうするんだ。

 ダクネスがオロオロと、
「カ、カズマ! アクアが湖の中に! 溺れてしまうぞ!」
 そんな事を言いながら自分も湖に入ろうと……。
 する前に、女性信者が事もなげに言ってきた。
「アクシズ教のプリースト様なら、水の中で呼吸できる支援魔法が使えますよ?」
 その言葉にダクネスとめぐみんがホッとする。
 アクアが水に入る前に魔法なんて使っていなかった事には誰も突っ込まないらしい。

 そうして、アクアは湖に沈み込み、そのままジッと動かなくなり…………。




 一時間後。


 俺はアクアが沈んだ辺りに石を投げ込んでいた。
 石を投げ込んでも水がクッション代わりになり、湖の底で動かないアクアに届く頃には威力は失っている訳なのだが。
 つまるところ、上がって来いという合図を出してる。
 湖の底にいたアクアが、上から沈んでくる石をうっとおしく思ったのだろう。
 やがてアクアが底から浮かび上がり、湖から頭だけをプカリと出した。

「……何よ。石なんか幾ら投げ込んでも、金には変えてあげないわよ。私は湖の女神じゃ無いんだからね」
「くだらない事言ってないで周りを見ろ!」

 俺の言葉に、アクアがキョロキョロと周囲を見ると、
「ねえカズマ! 魚が! さっきよりも大量の魚が浮いてるんですけど!」
「この姉ちゃんの話だと、ここの湖の底には岩塩があって、湖の水は大量の塩分を含んでるんだと! ここの魚はそれに適してるのにお前が淡水に変えていくから、魚が浮いてきてるんだよっ! ここの所余計な事しないなと思ったら、よりにもよって環境破壊とか! お前は大人しくしていると、その分災厄が溜め込まれるのか! 原泉をお湯に変えただけじゃ気が済まなかったのかお前は!」
「良かれと思ってやったのに! 良かれと思ってやったのに!!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ダクネスとめぐみんが、俺から離れた所で水から上がってきたアクアをタオルでかいがいしく拭いてやる中、俺は、せっせと浮いた魚を集めていた女性信者に近付いた。

「ええっと……。すいません、色々と。俺達はちょっと急用が出来たので、もう行きます。浄化は途中で止めたから湖の生態系が大きく変わる事は無いと思うんだけど。……ああ、それと。ガラスの弁償代を払っておくよ」
 そう言ってサイフを出す俺に、両手のバケツに魚を一杯に詰め、満足そうな笑顔で女性が笑う。
「ああ、お気になさらず。魚のお礼です、割れたガラスは、ゼスタ様が帰って来たら、エリス教徒にカチコミされたとでも言っておきましょう」
 それはダメだろう。
「いやいや、ちゃんと払う、払うよ。罪の無いエリス教徒にとばっちり食らわせないでくれ」

 そんな俺の言葉に信者は笑い……。

「いえいえ、アクア様のお連れ様から、お金なんて頂けませんし。エリス教徒に色々罪をおっ被せるのは何時もの事ですので。それに、先ほどの爆発でも、誰も警察の人も駆けつけては来ないでしょう? この街ではこの程度の事は、もう日常茶飯事ですから。警察は、通報を受けない限りはこの街では動きませんよ。きっと詰め所でお茶でも飲みながら、こう言ってます。またあいつらか、って」

 本当に、この世界から蒸発すればいいのにアクシズ教団。

 ……あれっ。
「……あいつ、お姉さんに名前名乗ったんですか? アクアって」
 名前は偽名を使えと言ったのに。
 だが女性信者は首を振り。

「いえいえ、まず、水の中で呼吸が出来る魔法なんてありませんし。それに、水に入っただけで浄化できるだなんて、アクシズ教のアークプリーストだろうが無理ですよそんな事」
 言って慈しむ目で、未だ長い髪をタオルで拭われているアクアを眺めた。
 女神だと分かっていたのか。
 ダクネスとめぐみんがアクアの正体を知らない事に気付き、色々と気を使ってくれたのかこの信者は。
 それに、と女性は間を置いて。

「私達がアクア様を見て、分からない筈がないじゃ無いですか! お美しい青髪、類稀なる美貌、何にでも好奇心旺盛で、やる事なす事空回りしそうなあのフワフワ感。あの、一人では放って置けないダメな感じ……。最初に転送されてきた時にアクア様を見た女性信者が、あれは間違いない、女神様が下界に遊びに来られたと触れ回りまして。この街の信者達は皆慈しむ目でアクア様を見守っておりますよ。……どうか、あなた方の旅に加護があらん事を。……いつの日かアクア様がまたこの街に来て、私達を頼って頂けたその際には、アクシズ教団の力と結束を見せてさしあげますよ」

 そう言って、ニコリと笑う女性を見て、なぜか俺は本能的にブルッと震えた。
 それならアンタ方、紅魔の里まで送ってくれないかと言おうとしたが、なぜか余計に悪い事が起こりそうで言い出せなかった。
 なんかもうこことは絶対関わりたくない。

「ねえカズマ、何時まで話し込んでるの? めぐみんの里に行くわよ? ……ええっと、それじゃあ、あなた! ゼスタってあのおじさんによろしくね。汝に女神アクアの加護があらん事を!」

 アクアの言葉に女性信者が恭しく頭を下げ、俺達を笑顔で見送ってくれた。

 そのまま教会を後にして、街の中を歩いて行く。
 あの信者が言う様に、街の者は誰もがアクアを遠巻きに見てそ知らぬ顔で通り過ぎ、アクアに気付かれない位置に来ると、そのまま慈しむ様な目で見守っている。

 ……本当に変な街だ。

 そんな連中をキョロキョロ見ている俺を、めぐみんが見上げてきた。

「カズマ、本当に良いんですね? 紅魔の里は危険な場所です。もう、道中後悔しても知りませんよ?」
「このいかれた危険な街に来て免疫付いたよ。俺の中ではこの街に負けず劣らずな里だと期待している。期待を裏切るなよ、頼むぞ」

「お、おい、善良なウチの里をこの街と比較するのは止めて貰おうか! 危険と言うのはこの街の中の様なロクでもない意味での危険じゃない!」


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