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四部
9話
 深夜に轟く爆裂魔法の爆発音。
 もう俺達にとってはすっかり慣れてきた現象だ。
 現にアクアなどは、もう爆裂魔法の音がしても、それは危険なものではないと安心しているかの様に、それを聞いても起きもしない。
 これはこれで、野宿している冒険者としてどうかと思うが。
「いっぱい出してスッキリしたか? それじゃ、もう一回寝ろよ」
「……なんだか、深夜に女の子に言うセリフじゃないんですが」
 俺の言葉にめぐみんが、なぜか不満そうだ。

 そのめぐみんの頭をポンポンと撫でながら、爆音で目を覚ましたダクネスが、起こされた事は気にしていないとでも言うかの様に、自分のマントでめぐみんを包んでやる。
 ……あれ、なんかそういうのって俺の役目じゃないのか。
 俺に頭をポンポンされて、めぐみんがちょっと嬉しそうに頬を染める所じゃないのか。
 なぜめぐみんが、ちょっと照れ臭そうにしながらダクネスと笑い合っているのか。
 ダクネスのそこ、俺の位置じゃあ…………。

 ……しょうがないので、俺は見張りをしながら焚き火に薪をくべた。
 見張りは敵感知スキルを持っている俺の仕事だ。
 と言うか、長いニート生活で培った、有用な特性も持っている。
 明け方まで眠くはならず、明るい昼間でも夕方暗くなるまでぐっすり寝れる、日本のニートならば大概の奴が習得済みの優秀な特性だ。

 温泉の街ドリスの、街の入り口から少し離れた、小さな川の近く。
 俺達はそこに野宿していた。

 春とはいえやはり夜は冷える。
 この辺りには森も無いので、街で薪を買っておき、今はそれを火にくべて暖を取っている。
 最初、わざわざ街から出て野宿しようとする俺達を見て、街の守衛の人が随分といぶかしんでいたものだったが。
 なんせこちらからも街の入り口が見える様な距離だ、そんな所で焚き火を焚いてマントに包まって寝る俺達は、随分と変に写っただろう。

「……でも、本当にいいのかめぐみん。すぐに紅魔の里に帰らなくても」
 俺の言葉に、軽くウトウトしかけていためぐみんが、
「魔王の連中が攻めてきてるってヤツですか? 今に始まった事じゃありませんしね。私が子供の頃からしょっちゅうでしたよ。その度に大人達が飛び出して行って、里の周りに数百発の上級魔法が乱れ飛んだものです」
 なにそれ紅魔の里超怖い。

 先ほど焚き火を囲みながら、めぐみんに紅魔族の里が襲撃を受けている事を話したのだが、ふーんの一言で済まされた。
 その後、紅魔の里の近くをうろついて、交戦中の紅魔族の邪魔にでもなるといけないので、戦闘が終わるまで、街の観光でもしながらゆっくり行きましょうか、と言われた。
 俺としてはそれでも構わないのだが。
 問題はめぐみんの体力の問題だ。
 今も、既にうつらうつらと船を漕ぎ始めている。

 ……参ったな、もう少しぐっすり眠らせてやりたいものだが。

 ……と、そう考えていた時。

「貴様ら、そこを動くなーっ!」
 俺達は、街の方からやってきた人達に、遠巻きに武器を突き付けられていた。







 朝になり、窓から陽が射してくる。
 薄暗かった部屋の中を、柔らかな春の日差しが照らし始めた。

 そんな気持ち良さそうな夜明けの中、俺達の気分はどん底だ。

「ちょっとー出しなさいよ! 罪状を! 罪状を言いなさいよ! 不当逮捕よ!」
 アクアが叫び、朝から格子をガンガンと叩いていた。

 そう、俺達がいるのは牢の中。
 まさか、拘留なんて珍しい事が体験できるだなんて、この世界はなんて素晴らしいんだろう。
 今は全員が武装を解除され、俺達は、警察の人の詰め所の牢に閉じ込められていた。
 詰め所は建物自体は石造りだが、中は意外と暖かい。
 牢は完全な石造りで、鉄格子がはめられた牢の中は、暴れる囚人を押さえておく為の鎖、そして粗末なトイレがあるだけだ。
 ダクネスがなぜか牢の中で頬を染め、微動だにせず正座しながら、じっとその鎖を見つめているのが凄く気になる。

 アクアの言葉に、牢の前で書類を書いていた看守がその表情を引きつらせた。
「ざ、罪状だと……? まさか抜け抜けとそんな事を言うとは思わなかったが……。お前ら、街の周りで深夜にあんな轟音を立てる大魔法を使っておいて、誰にも怒られないとでも思っているのか」

 めぐみんが牢の格子を両手で握り、
「アクセルの街では、私が毎日街の前で魔法を放っていたら、一週間ぐらい経ってから、街の周囲の地形が変わるからもっと離れた所でやってねとの、警告だけで済みましたよ。この街ではまだ一回目じゃないですか。随分とこの街の人は狭量ですね」
「バカっ! そりゃどちらかと言うと、アクセルの街の連中がおかしいんだ! 街の住人が、戦争でも始まったのかと飛び起きたんだぞ!」
 看守がそんな正論を放つ。

「もう少し時間が経ったなら、検察の方が来る。言い訳はその方にしろ。まあ、深夜に魔法を使って住民を叩き起こしたって程度だから、そこまで酷い罪状にはならない。罰金刑ぐらいで済むとは思うが、それまで騒がずに大人しくしていろ」
 看守の言葉に、俺達はそれ以上は何も言わず、大人しく牢の中で待っていた。






 夜が明けて、建物の外に起き出した人のざわめきが聞こえ始める頃、その女性が現れた。
 キッチリとした身なりをした、いかにも切れ者ですと言わんばかりの整った顔立ちをした、赤毛でポニーテールの、目つきの鋭い女性だった。
 黒いコートを部屋に掛け、紅茶か何かを入れている。
 その女性は牢の中の俺達を一瞥し、看守に無言で視線を送った。
 こいつらは? と言う事なのだろう。

「深夜に街の外で、意味も無く爆裂魔法を使用し、街の住人の安眠を妨害した為確保して参りました。この連中については、色々と調べておきました。報告書はそちらに」

 看守の人がスラスラ答え、書類が置かれたテーブルを指差した。
 牢の外は絨毯が敷かれ、テーブルと共にイスやソファーも置かれている。
 ここが警察の犯罪者収容施設と言われてもピンと来ない。

 俺の視線に気付いたのか、検察官が紅茶を口に含みながら、
「ここは観光の街ドリス。元々凶悪な犯罪者が来る様な街ではありません。ここは、どちらかと言うと酔った観光客が外で寝て、凍死しない為の保護施設みたいなものなのですよ。……さて、では一人ずつ奥で話を聞きましょうか」
 そう言って、冷たい目を光らせた。

 それは意図的なのか、取調べは俺達がいる牢の目の前で堂々と行なわれた。
 狭い別室などに連れて行かれるでもなく、絨毯の上のテーブル席で聴取を行なう様だ。

 聴取される人間の後ろに看守が立ち、変な動きをした際にはすぐに取り押さえられる様に佇んでいる。
 一応今から一人ずつ話を聞くみたいなのだが、取調べにおいて一人ずつ事情を聞くのは、何を聞かれたかの情報を共有させず、仲間同士で口裏を合わせたりしない為だと思っていたのだが。

 そんな俺の疑問は、検察官の一言で解消された。

「では、色々とお聞きしましょうか。……ちなみに。この建物内では誰かが嘘をつくと、コレが鳴り、教えてくれます。高名なプリーストが掛けてくれた魔法で、嘘をつく際の邪な気を感知するものです。……なので、口裏を合わせようとしたりしても無駄なのであしからず」
 検察官は、言いながらテーブル上に小さなベルの様な物を置く。
 そして指を組み合わせ、目の前の人物に向けて鋭い眼を向けた。

「……うむ、仮にもこの身はクルセイダー。我が信仰するエリス神の名において、この場において嘘などつかないと宣誓しよう」
 ……そう、なんだか頬を火照らせて、期待に目をキラキラと輝かせたダクネスに。

 検察官はそれに、よろしい、とだけ呟き。
 書類に目を向けたまま、改めて口を開いた。

「職業はクルセイダー。信仰はエリス教……と。では、まずはお名前を……」
「黙秘する」

 ダクネスが、きっぱり告げた。
「……は?」
 検察官が思わず顔を上げ、訝しげにダクネスを見ると。

「黙秘すると言ったのだ。この私の名を知りたくば、拷問でも審問でもするが良い! だが、誇りあるダスティネス家の名に懸けて、簡単には口を割ったりはしない!」
「ダスティネスさんですね。……ええと、拷問だの尋問だのといった事はしませんよ。そんな前時代的な事しなくても、魔法で幾らでも真偽が調べられる世の中です。安心してください。……ダスティネス家。……あのダスティネス家? ……まさかね……。しかし、ベルが鳴らないが……?」

 検察官が訝しげにベルを見て、何かをブツブツと呟いている。
 ……これ、俺が一人で事情を説明した方が良いんじゃないだろうか。

 これから予想される展開に、俺が検察官を気の毒に思っていると……、
「ではダスティネスさん、あなた方はなぜ、あんな所で野宿をしていたのです? 街が見える様な距離でわざわざ危険な野宿なんて、意味が分かりませんが。そして、なぜあんな夜更けに爆裂魔法を放ったのですか?」
「黙秘する。口を割りたければ力尽くで割らせるがいい」
 ダクネスが頑なに聴取に応じるのを拒む。なんて迷惑で面倒くさい奴だろう。

「……黙秘する、と言う事は何かやましい事があると取られますよ? 先ほどは前時代的な手は使わないとは言いましたが、ここにだってそれなりの道具はあります。それを使う気はありませんがね。心配せずとも、それほど重い量刑にはなりませんよ。強がらず、素直に話した方が良いですよ。被疑者が何か重大な事を隠していると判断された場合には、拷問の行使は許されております。あまり軽率な事は……」
「望む所だ! 一番キツイのを、ドンと来い!」

 検察官の言葉を食い気味に、テーブルに身を乗り出して叫ぶダクネスに、検察官が若干身を下げて表情を引きつらせた。
 そして、テーブルの上のベルを見る。
 ……もちろん鳴らない。
 その、鳴らないベルを見て検察官は更に顔を引きつらせた。
「……その、もう結講です。……次の方!」







「なんて事だ……。捕らえられての尋問や拷問など、こんなシチュエーションは二度と無いだろうに。あっという間に終わってしまった……」
「お前、自分の性癖で、善良な人様にあまり迷惑を掛けるなよ」
 次に取り調べられるめぐみんと入れ替わりに、しょぼんとした表情のダクネスが牢内に帰ってくる。
 若干疲れた様な表情の検察官が痛々しい。
 めぐみんがイスに座ると、検察官は気を取り直した様に険しい表情を作り、テーブルの上に指を組み直した。

「……さて。あなたが魔法を放った人ですね。職業はアークウィザードでしょうか。では、まずはお名前をお聞かせ願いましょうか」
「めぐみんと申します」
 検察官が、指を組んだまま険しい表情を崩さずに。
「……今、なんとおっしゃいましたか?」
「めぐみんと言いました。ちなみに、母はゆいゆい。父はひょいざぶろーと申します」

 めぐみんの言葉に、検察官がなんとなくベルを見る。
 もちろん鳴らない。
 その行動を見てめぐみんが。
「おい、私の名について言いたい事があるのなら聞こうじゃないか」
「い、いえ! 申し訳ありません、失礼しました」
 その言葉にハッとして、慌てて気を取り直す検察官。
 気の毒に……。

 しかし、嘘つくとベルが鳴るってのは、なかなか便利そうな魔道具だな。
 この建物内に、その魔法が掛けられているとか言っていたが。

「では、なぜあんな物騒な魔法を深夜に放ったのか、お聞きしてもいいですか?」
「魔法を使わなかったなら、私の命が無かったからです」
 めぐみんの一言に、検察官が固まった。
 そしてやはりベルの方を覗うが、もちろん鳴らない。

 ……俺はなんとなく、あのベルを鳴らしてみたくなった。
「なあアクア、今日のお前ってほれぼれするぐらいに美しいな」
「あれあれ、なあに、いきなり? カズマったらどうしちゃったのかしら。昨日私達があの男達にナンパされて、実は妬いてたり……」

 チリーン。
 アクアが何かを言う最中、突然テーブルの上のベルが鳴る。

「……聴取の邪魔はしないでください」
「すいません、ちょっと気になったもんで。……なるほど、こんな音が鳴るのかおわっ! おい止めろ、なんだよ、褒めてやって何で首絞められなきゃなんねーんだ!」
 俺が、首を締め付けてくるアクアを引き剥がしている中、ベルが鳴った事にちょっと安堵した様子の検察官が、
「それでは、なぜ魔法を使わないと死ぬ所だったのか、説明して頂いても?」
 めぐみんに、若干態度を軟化させながら尋ねた。
「夜中に爆裂魔法を使わないと、ボンッてなって死ぬからです」
 その言葉に再び固まる検察官。
 やはり視線はベルに向くが……。
「…………ええと、次の方……」

 鳴らないベルを見たまま疲れた様に肩を落とし、検察官がウンザリと言った。







「名前はアクアよ。あの三人のまとめ役みたいな、保護者みたいな役割をしているわ」
 アクアの言葉に、牢の中の俺達三人はギョッとしてアクアを見る。
 正確には、アクアの前に置かれている嘘発見のベルの方を。
「アクアさん……と。水の女神様と同じ名前なんですね」
 検察官はそんな事を言っているが、なぜかベルは鳴らなかった。
 ……あれっ。

「ではお聞きします。……あの場で、なぜ野宿を?」
「私達の連れの、性欲を持て余しているカズマと言うあの男が、目を離した隙に街の人達に夜這いを仕掛けないかと心配して引き離したのよ」
 あの野郎、さっきベルを鳴らす為についた嘘の仕返しか。

 というか、先ほどのまとめ役だの保護者だのといった発言は、単に自惚れているか、あいつの頭が平常運転でおかしな事になっているだけかと思っていたのだが……。

 検察官が思わずベルに視線をやるが、今度もなぜかベルは鳴らない。
 それを見て、検察官の俺を見る視線がちょっと軽蔑した様な物になる。
 ……ち、違うんです。

 ……しかしあのベル、ぶっ壊れたのか?

「ええと、では……。なぜ、あんな深夜に爆裂魔法を……?」
「迫り来るモンスターの群れから、この街を守る為。そう、あの三人と共に、深夜にこっそりと、この私が街を守っていたのよ!」
 とんでもない大嘘を吐き始めたアクアだが、やはりベルは鳴らなかった。

 それを見て、いよいよ弱り果てた様子の検察官が。
「……嘘は……。言っていない様ですね。……なんて事……。この街を守っていた、と……?」
 検察官は、途端に申し訳無さそうな表情で、アクアに真摯な目を向ける。
 背筋を正して、そのままアクアに向き直ると。
「この街を代表して、お礼を言わせてください。アクアさんと申されましたか。職業は、アークプリーストでよろしいのでしょうか」
 検察官のその言葉に、アクアが突然立ち上がった。

 そして……!
「ふふっ、アークプリーストとは仮の姿! 何を隠そう、この私は正真正銘の水の女神! そう、女神アクア、その人なのよっ!」

 その言葉に、俺達はおろか、検察官だけでなく看守までもがベルを見る。
 ……鳴らない。
 それを見て検察官がため息を吐いて呟いた。
「なんだ、故障か……」
「なんでよーっ!」


 暴れだし、看守に取り押さえられたアクアが牢に再び押し込められた。
 三人の聴取を終えた検察官は、疲れた様に自分の目頭を揉んでいる。
 ……気の毒に。

 俺はそんな検察官に同情しながら、戻って来たアクアに小さな声で疑問をぶつけた。
「おい、お前なんでベルが鳴らない訳? 何か便利な魔法でもあるのか?」
 その言葉にアクアは、
「あのベルは、人が嘘をつく際の邪な気を感知するって言ってたでしょ? 私は仮にも女神様よ。多少の嘘なんてつこうが邪な気なんて発生する訳が無いでしょ? 発生しても、私の輝かしい聖なるオーラで即座に掻き消されちゃうわよ。あれに感知されようと思ったら、よほど心にも思っていないような、良心が痛む大嘘でもつかないとね」
 そんな事を平然と言ってのけた。
 たまにこいつは女神の能力を発揮するな。
 それが良いか悪いかは置いておいて。

「では、最後の方。……どうぞ」
 俺は牢を出され、疲れたきった様な声の気の毒な検察官の元へと案内された。







「……なるほど。紅魔族は必ず黒のローブを着るといいますが、そんな事情が……。いや、そんな止むに止まれぬ事情があれば、素直に言ってくだされば良かったのに」
 俺の前にはすっかり態度の軟化した検察官。
 事情を説明し平謝りする俺に、若干同情の目を向けて、そんな事を言ってくれた。

「分かりました。今回の事は不問とします。……実は、あなた方の荷物のチェックの最中に、この手紙を見てしまいましてね……。もちろん、勝手に中身を見てしまったのは我々です。この方に貸しを付けた等とは思いませんので、その辺はご安心を」
 言って、申し訳無さそうに出してきたのは一通の手紙。

 ……なんてこった、あの商隊のリーダーの人が、困った時に使えと言っていたヤツじゃないか。
 使わないでおこうと思っていたのに、大変な貸しが出来てしまった。
 一体なんてお礼をすれば……。

「あの方は、最近名うての商人でしてね。なんでも、物凄い商品の知的財産権の数々を大量に仕入れて大儲けをしているとか。ジッ……? 何とか言う、手でシュッとするだけで火を付ける道具だとか。そんな、不思議で便利な道具を販売して荒稼ぎしている方なのですよ」

 ……。
 世の中分からない物だなあ……。

「それに、テレポートサービスで他の街へ行く様ですしね。……昨日の騒ぎも色々と聞いております。正直に申し上げて、ここであなた方を拘留するよりも。その……」
 そこまで言って、検察官が言葉を濁す。
 早く出て行って欲しい訳ですね。分かります。

「ええ、このままテレポートサービスを使ってもう出て行きますよ」
 その言葉にホッとするかの様に、検察官が笑顔を見せた。


 検察官が、詰め所の入口までわざわざ俺達を見送ってくれる。
 正確には、目を離さない様にしていると言ってもいい。
「しかし……。確認の為にあの後嘘をついてみましたが、ベルはちゃんと鳴りました。そちらの女性には、なぜ反応しなかったのか……」
 不思議そうに首を傾げる検察官。
 しかし、まさか事情を話す訳にも……。

 ……と、検察官がチラリと俺に視線を向けた。
「……一応お聞きしたいのですが。あちらの青髪の女性が先ほど言っていた言葉。あなたがその、性欲を持て余していて、彼女達が目を離すと街の人達に夜這いを仕掛ける、と言うのは……」
「嘘ですから! あれ、もちろん全部嘘ですから!」
 俺の言葉を聞きながらも、検察官は俺からちょっと身を離す。
「そ、そうですか。何にしても、この街を出て行ってくれるのなら私は何も言いませんので……」
 そんな、ちょっと俺から距離を置く検察官の言葉を聞いて、ダクネスがポンと俺の肩を叩いた。

「そ、その……。私達はお前の事をちゃんと信頼している。お前と二人きりで無防備な姿でいたとしても、何かしでかしたりする様な奴ではないと。それで、いいじゃないか」
 チリーン。
 ダクネスの言葉に、建物の奥で何かが鳴った。
 それを聞き、検察官が俺からそっと、一歩離れた。

「カズマがそんな事する人だなんて誰も思ってませんから。カズマが焚き火の番をしている時は、ちょっと警戒する為に眠りが浅いなんて、そんな事もありませんし」
 チリーン。

 ……無言で検察官がまた一歩下がる。
 そして、空気が読めない奴が、拳を握る。
 ……が、こいつは大丈夫だ、よほどやましい大嘘をつかない限りは、邪な気は発生しないと……
「私は、私は信じているから! カズマはちっともエロくなくて、ダクネスに夜這いなんて仕掛けた事もなくて、本当はとっても優しい心を持つ潔癖な人だって、信じてるから! 私がさっき言った事は、あれ全部嘘だから!」
 チリーン、チリーン、チリーン、チリーン……、
「チンチンチンチンうるせーよ! そんな目で見てやがったのかクソッタレ! でも少し自覚もあるし反省もするから、もう言わないでくれごめんなさい!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺が冷ややかな検察官の視線で送り出されながら、大分へこんだ状態でテレポートサービスセンターへと向かうと。
 そこは、凄まじい人混みだった。
 この小さな温泉の街に、一体どれだけの人がいたのかと言うぐらいの人の量。
 センターとは名ばかりで、街の広場に魔法陣を設置して街へと送り届ける形らしい。

「アルカンレティア行きー。こちらは、水の都アルカンレティア行きのテレポートサービスでーす」
「あっ、乗ります! 次、お願いします!」

 人混みで先が見えないが、俺達の行く紅魔の里は、アルカンレティアとか言う場所から徒歩で行くはず。
 確か、水の都だとか言ってアクアがえらく興奮していた所だ。

「あー……。すいませんお客さん、テレポートは、一度に連れて行ける人数が四人までなんですよ。術者の魔力の上限により一日の転送回数が決まっておりますので、効率を考え、四人組のグループか、二人組の方を二グループ、これらの方を優先させて頂いております。なのでお客様の様にお一人ですと、三人組のお客様が転送を希望された場合の、相乗り転送となりますので……」
「あっ、そ、そうですか、すいません! あの、それじゃあ私を入れてくれる三人組の方が現れるまで待っておりますので……」
「そうですか、では、そちらのお一人様の予約のノートにお名前を書いてお待ち下さい」
「はっ、はいっ!」

 混雑で見えないが、先の方からそんな会話が聞こえてきた。
 なるほど、魔法で転送を行なう以上、上限一杯で転送させた方が確かに効率は良さそうだ。
 俺達は四人組で良かった。
 と言うか、重量制限なんてないだろうな?

「アルカンレティア! アルカンレティア!! カズマ、水の都アルカンレティアよ! そこはなんと、アクシズ教徒が最も多いとされている都なの!」
「えっ」
 興奮するアクアの言葉に俺は思わず聞き返した。
 どうしよう、凄く行きたくない。
 絶対にロクな事にならない気がする。
 嫌な予感しかしない。

「おい、滞在なんてする気はないからな。即行で素通りだぞ。めぐみんの体の事があるんだからな?」
「……? 何を言っているんですかカズマ、野宿する前にちゃんと決めたじゃないですか。早く行っても、紅魔族の戦闘班の邪魔にでもなるといけないから、戦闘が終わるまでは街の観光でもしながらゆっくり行こうと」
 めぐみんが、余計な事を。
 しょうがない、なんだか絶対嫌な予感しかしないが腹を括るか……。
 そうだ、よく考えれば、アクアはアクシズ教のアークプリーストみたいな扱いだ。
 もしかしたら、案外大変なもてなしをしてくれるやも……。

「では、次の方。どうぞー」
 俺は四人分のテレポート料金を支払い、初めてのテレポート体験に、若干の緊張と共に魔法陣の上に乗る。
 そんな時。

「ねえねえカズマ、知ってる? テレポートによる転送って、極稀に事故が起こるんだって! テレポート魔法陣に飛び込んだ、他の動物と混ざっちゃったり! ワーウルフやラミアって、そうやって出来たものなんだってさ! だってさ!」
 アクアが、ちょっと緊張している俺を怖がらせようとするかの様に突然そんな話をしてくるが……。

「じゃあ、今度ゴブリンか何かを三匹ほど捕まえてきて、お前と一緒に転送するか。いい感じに混ざり合えば、お前の知力がちょっとは上がってくれると思うよ」
「なんですってクソニート、あんたこそ働き蟻と転送させて、そのニート体質直してあげるわよ!」
「あ、あの……。本当に転送事故が起きかねないので、魔法陣の上で暴れるのはお止めに……」
 受付のお姉さんが困った顔で言ってくる中、俺達四人は魔法陣の中に立つ。

 そして術者が魔法の詠唱をする中で、俺はふと、相乗り客を待つベンチの方に目がいった。
 そこには、他に誰も居ない広いベンチの隅っこに、遠慮がちに座る少女の姿。
 見覚えのあるその少女は、膝の上に両手を置いて、たまに辺りをキョロキョロしては、すぐさま恥ずかしそうに俯いていた。

 見間違いじゃ無いよな?

 ……俺は少女に声を掛けようと片手を上げて……、
「では、魔法が完成しましたので、転送させて頂きます。転送先はアルカンレティア。では、行ってらっしゃいませ!」
「あっ! ちょっ!」

 俺が何かを言うより早く、俺達は下から突き上げるような魔法陣の光に飲まれ、そのままフワフワした感覚に包まれ目を閉じた。
 そして、思わず閉じてしまった目を開けると……。


「「「アクシズ教の総本山、水の都アルカンレティアへようこそっ!!」」」

 青い衣を身にまとった人達が、満面の笑顔で立っていた。





 やっぱり、嫌な予感しかしない!


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