「それじゃあ、どうかお気をつけて! いや、本当に助かりました、ありがとうございました!」
商隊のリーダーが何度も手を振り、去って行った。
温泉の街ドリス。
俺達は馬車で揺られた末に、この街へとやって来ていた。
商隊のリーダーの人に、多分俺達を狙ってモンスターが来たんだと思いますと説明しても、またまたご冗談をと一切本気に取ってもらえなかった。
それよりも、俺達が報酬を頑として受け取らない為の理由をでっち上げたと勝手に思い込んでいた。
金を受け取れないならこれを、と、貰ったのは一通の手紙。
この辺り一帯の街には顔が利くので、何か困った事があったならこれを見せてくださいと押し付けられた。
このメンツだと間違いなく困った事になるだろうが、とても使えない。
絶対に使えない。
「ああ……じゃりっぱ……じゃりっぱが、行ってしまいました……」
めぐみんが馬車を見送りぽつりと呟く。
俺達の他にも多くの客や冒険者がこの街で降りたのだが、それらの人が街へと消えても、めぐみんは遠ざかる馬車を、姿が見えなくなるまで見守っている。
「なんだよじゃりっぱって。何の事だ?」
めぐみんの言葉に、アクアがハッとした様に。
「あのドラゴンの子供の事? そういえば、お金持ってそうな客の一人に、色々と助けてくれた大魔道士様に良い名前を付けて欲しいって、頼まれてたわね」
紅魔族に名付けを頼んでしまったのか。
「……ドラゴンは一度名前を付けると、二度と他の名で呼んでも反応しなくなると聞いたんだが……」
ダクネスがぽつりと、そんな重大な事を言った。
めぐみんが、ええ、と感慨深そうに頷きながら。
「あの子はじゃりっぱの名をとても喜んでくれていましたよ。飼い主さんには、檻の中に名前を書いた紙を添えて置きました。飼い主さんに可愛がって貰えるといいですね」
…………気の毒に。
この温泉の街ドリスは観光地として有名で、到る所から観光客が来るためにテレポートサービスが充実しているらしい。
なので、ここから紅魔族の里に一番近い街へと転送して貰う訳だ。
……が。
「来たわ、温泉の街ドリス! ねえカズマ、入浴料ちょうだい。三軒は回りたいから、三軒分ね。あと、お風呂入った後に冷たいの飲みたいからそれの分も!」
「……お前、観光に来た訳じゃないからな。めぐみんの深夜の発作もあるんだし、この街には泊まれないぞ。とっとと次の街にテレポートして、そこの街の外で野宿だ野宿」
当たり前の様に手を出して入浴料を要求してきたアクアにきっぱり告げた。
だが、当のめぐみんが。
「いえ、宿泊が野宿と言うのなら、尚更温泉ぐらい入って疲れを癒しておきましょう。睡眠があまり取れないので、その分体の疲労だけでも取って置きたいですし」
……むう。
そんな事を言われてしまうと、温泉好きな民族としてはどうしても心動いてしまう訳で。
「温泉か……。話には聞いていたが、私も是非一度入ってみたいな……」
お嬢様も温泉が珍しいのか、そんな事を言い出した。
……しょうがない、ひと風呂浴びていくか!
「おお? 随分と綺麗な冒険者だ。ねえ、そこの金髪の美人のお姉さん、そんな冴えない男放っておいて、俺達と温泉でも巡らない?」
「本当だ、すげえ美人だ! 俺、あの超美人の青髪の姉ちゃんが好みだ!」
「俺は黒髪の赤眼の美少女だな……」
それは街に入ってすぐの事。
一言で言えばチャラそうな、軽い雰囲気の三人の若い男達。
見た感じ、俺よりも年下だろうか。
めぐみんと同じくらいの年齢かもしれない。
浴衣とバスローブを足したみたいな温泉地用の簡素な服を着て、足元はサンダル履きのその三人はニヤニヤ笑い、俺達を見ていた。
全員が金髪で、体格はひょろそうで、何だか観光に来た金持ちのボンボンといった印象を受ける。
季節は春。
この世界の学校システムがどうなっているのかは分からないが、卒業旅行な感じなのだろうか。
その三人の男達に声を掛けられた俺の仲間達は……。
「「「?」」」
三人ともキョロキョロと周囲を見回し、その男達が言った特長に該当しそうな子を探している。
……やがて、それが自分達しかいない事に気が付いた様だ。
「「「!?」」」
俺の三人の連れは途端に挙動不審になりオロオロしだした。
ダクネスが慌てて後ろを向いて髪を手櫛ですいて、めぐみんは旅の間に付いたローブの埃を手で叩いて払っている。
アクアが言った。
「ねえあんた達、今、私達の事を美人って言った? 綺麗って言った? ちょっと、もう一度言ってみなさいよ!」
…………。
街にはもう、こいつらを口説こうなんて奇特な奴いないもんな……。
たまには、外見ぐらいは褒めてやろうかな……。
一端の美女扱いされて戸惑っている三人を見て俺がホロリとしていると、
「えっ。……いや、綺麗なお姉さんだな、と……。一緒に温泉巡りませんか、と……」
アクアの反応に戸惑ったのか、三人の男の一人が言ってくる。
それを聞き、アクア達は頭を突き合わせて円陣を組みだした。
そして、何かをぼしょぼしょと話し込んでいる。
やがて三人を代表するかの様に、めぐみんがズイと前に出た。
「つまりあなた方三人は、超絶美少女な私やこの二人の美女とデートする為ならば、財も命も惜しまない覚悟があると。だから、一緒にデートしてくれないかと。そう言いたいんですね?」
「「「そこまでは言ってないです」」」
即座に否定する三人の男達。
…………!
俺は気が付いた。
気が付いてしまった。
ここはせっかくの温泉の街。
そして、俺にとって初めての異世界での観光地であり、テンションだって上がっている。
そんな中、この三人の問題児と一緒に行動していたら?
考えろ、考えるんだ佐藤和真、この連中がなにかやらかさない訳が無い。
そしてそのとばっちりは必ず俺に降りかかる。
だが、問題が起きた際にそこに俺はおらず。代わりにこの三人の男達が居たら?
…………。
「なあ……。ひょっとして変なの捕まえちまったか?」
「おい……、これってヤバクないか? せっかくの観光地だからって、ちょっと羽目外し過ぎたかな?」
「い、いやでも、ちょっとぐらい中身が変でも、あれだけの美人だぜ?」
三人の男がそんな事をぼそぼそと相談している中、完全に空気になっている俺にアクア達が近付いて来た。
三人が誇らしげなドヤ顔なのがちょっとイラッとする。
「ねえカズマ、どうしようかしら? 困ったわー、美人ですって。私達とデートしたいんですって。あの三人に冴えない男呼ばわりされてたカズマは、普段一緒にいる所為で慣れちゃったのかもしれないけれど。まあ、私達みたいな美女達とパーティ組めてる有難みってヤツを、ちゃんと理解した方が良いと思うわよ? でないと、大事な私達がホイホイとあの男達に付いて行っちゃうかも知れないからね?」
「どうぞどうぞ」
「「「「「「えっ」」」」」」
俺のどうぞの言葉に、アクア達だけでなく男達までもが時が止まる。
「……あのう、カズマ? 今、なんて……」
不安そうなアクアの声。
俺の仲間が、流石にこんな普通の兄ちゃんみたいなのに遅れを取るとも思えないし、それに、こいつらが誰とデートしようが俺がどうこう言う立場じゃない。
と言うか既に、今日一日こいつらにこの三人を押し付ける気満々な俺は、ソワソワしながら。
「どうぞどうぞと言ったんだよ。と言うか、俺もお前らのお母さんじゃないんだから、お守りばかりじゃなくてこの観光地で羽伸ばしたい。たまにはこんな事考えたって罰は当たらないと思うんだ」
「「「あれっ」」」
俺の言葉があまりにも意外だったのか、変な声を出すアクア達。
「……おい、今あの男、お守りって言ったぞ。ど、どうする? 益々嫌な予感が……」
「やめよう、せっかくの観光なのに、変な事になるんじゃ……」
「そ、そうだな、触らぬ神に……って言うし、諦めるか……。美人なのに、勿体無いな……。あ、あの! 俺達は、用事を思い出したんで、……」
逃げようとする三人を、俺はガッと捕まえた。
「俺の連れとデートしたいんだって?」
その言葉に顔をひく付かせ、男の一人は俺が掴んでいる手を振りほどこうと……。
……して、出来なかった。
「あれっ、あっ……、い、いててて……! ちょ、スイマセン、嘘です、あんたの連れに粉掛けて悪かったよ! さ、冴えない男だなんて言って悪かったよ! 俺達はもう行くから!」
俺だって既にそこそこのレベルはある冒険者。
ステータスも上がっているのだ、流石に一般人に力負けする事は無い。
「いやいや、いいんだよ、いいんだって。俺の連れの三人は綺麗だもんな。うんうん、分かるよ、分かる」
「は、はあ……」
俺を胡散臭い怪しい男でも見るような目で見つめ、不安そうな顔を隠そうともしない男達。
それに俺は声を潜ませ、
「あの金髪の鎧の姉ちゃんいるだろ。あの姉ちゃんは、鎧を脱いだらそれはもう凄いぞ。特に、腰周りなんてそれはもう!」
俺の言葉に、三人の男はゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな三人に、俺は更に言葉を続ける。
「あそこの青髪の姉ちゃんな、酒が好きでさ。酒でも奢るって言えば大喜びだ」
それに、三人が顔を見合わせた。
「あの黒髪の姉ちゃんは……。あれだな、可愛い物が好きだな。可愛い生き物だとかがいる所へ連れてってやると喜ぶかもな」
その言葉に三人は頷き合う。
「「「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」」」
にやけながら態度を軟化させた三人から離れ、俺はアクア達にじゃあ、と手を上げる。
「それじゃお前等、また後でな。今日は思いっきり羽伸ばして良いからな。その分、明日からは俺に迷惑掛けない様にしてくれよ。今日は好きにしていいから」
「「「えっ」」」
俺の言葉を聞いた三人の男の不安そうな声。
アクアがその三人を見ながら言った。
「いいの? 私、お金持ってないからたかるわよ? この水の女神のアクアさんは安いお酒は受け付けないからね?」
その言葉に、三人の一人が自分の胸をドンと叩いた。
「ま、任せとけ! 俺達三人、金はあるんだ。親が上流階級だしな。何があっても、この街での全ての費用は俺が持ってやるよ!」
言っちゃった。
その言葉をしっかり聞いた俺は、
「それじゃあ、お前等、楽しんで来いよ。俺も羽伸ばして来るから。あんたら三人、しっかり頼むぞ。俺の連れを置いて、色んな責任から逃げたりするなよ?」
そう告げると、背を向けて……。
「お、お前と言う奴はどこまで予想外なんだ……。強がりではなく本気で言っていそうな辺りが、なんと言うか堪らんな、ゾクゾクする……。駆け引きだろう? 唯の駆け引きだな? ……おいお前達、一応言っておくが私達に変な事は考えない方が良いぞ。さもなくば、駆け出しの街アクセルで、鬼畜と有名なあの男に後で何をされるか分からんからな」
「「「えっ」」」
俺の背後で失礼な事を言っているダクネス。
街では俺に対してそんな失礼な話は流れていない。
……いないはずだ。
「ですね。アッサリとこうして、か弱い美少女達を残して置いて行くあの態度。どんな人間かぐらいは想像がつくでしょう? 丁重なもてなしをしてくれないと、後であの男が牙を剥きますよ。ああ見えて警備の厳しい貴族の屋敷にもアッサリ侵入する能力を持ち、遠くからでも標的を狙撃出来る力もあります。敵に回すと四六時中狙われますよ」
「「「!」」」
おい、止めろ。
「ねえ、二人共あんまり酷い事は言わないであげて! カズマはそれほど鬼畜じゃないわよ。昨日だって、縛られたダクネスを馬で引き回した挙句にモンスターの囮にして、モンスターもろともダクネスを吹き飛ばしたぐらいで!」
おい、アクア、頑張れ。もっと頑張れ! フォローになっていないから、もっと頑張れ!
「「「…………」」」
静まり返る三人を、俺は恐る恐る振り向くと……。
「……あの、やっぱり俺達遠慮しておきます、関わりたくな……、ああああっ!? 逃げたっ!?」
何か言い掛けた一人の男。
「「「行った! あの男、本当に置いて行った!」」」
更に、何かを叫ぶアクア達を置いて俺は温泉の街ドリスへと突撃した!
観光地と呼ばれるだけあり、この街は商売人の客引きが凄まじい。
と言うか、まるで戦争でもしているかの如くだ。
俺がある店を覗いていると、突如声が掛けられた。
「お客様、そんな下品な店で物を買うとお客様の品位が疑われますよ? 当店の商品は、高貴なお客様に相応しく高級な物ばかりです。エルフ印の、体に良いと評判のドリス饅頭です。どうか、こちらを見て行ってくださいませ」
そう声を掛けてきたのは……。
耳の長い、緑色の髪の、肌の白い美形の男性。
そう、エルフである。
「おうコラ、お高くとまりやがってこの野郎! 物ってのはな、高けりゃ良いってもんじゃねえんだ! お客さん、ワシん所のドワーフ印のドリス温泉マグカップ、百年使っても壊れやしないよ、どうだいっ!?」
そのエルフを怒鳴りつけたのは、俺が覗いていた店の主。
俺の胸ぐらいの高さの身長しかないその店主は、横に太い体型をし、そしてモッサリとヒゲを生やしていた。
何と言う典型的なドワーフ。
エルフもドワーフも、見事に俺の思い描いていた姿である。
こんな所で商売をしている事を除けば、この世界に来て初めて会ったファンタジーっぽい存在かもしれない。
高貴で上品な美形のエルフ。
口が悪くて頑固者な、立派なヒゲをたくわえたドワーフ。
その二人の客引きの店主を見て、俺は軽い感動を覚えていた。
エルフもドワーフも、遠くから見た事ぐらいはあったが、こうして会って会話するのは初めてだ。
俺は目を輝かせて無言で交互に二人を見ていたのだが、単に異世界への憧れめいたもので二人を見ていた俺の視線は、どうやら違う受け取り方をされたようだ。
「御覧なさい、お客様が困っておいでではないですか。当店の商品が見たいのに、あなたがそんなに威圧感を出しているから困っているのですよ。お下がりなさい、下品なドワーフよ」
「何言いやがる! お客さんはウチの商品が見たいのに、いきなりテメエに絡まれて困ってるんだろうが! お客さんにはウチで買ってもらうんだよ! 引っ込んでろ青白エルフが!」
途端に喧嘩を始めた二人を見て、俺は慌てた。
そういやエルフとドワーフは仲が悪いだとか、そんな話を聞いた事がある。
「ちょ、二人共喧嘩は止めてくれ! あれだよ、買うから! 二人の所で、それぞれちゃんと商品買うから!」
俺の言葉にその二人は即座に喧嘩を止め、同時に笑顔を見せた。
「「まいどありー!」」
なんて事だ、余計な物買ってしまった……。
マグカップはまあいいが、饅頭なんてどうすんだ。
日持ちするみたいだし、旅の間の保存食代わりにでも……。
俺は物を買わされた店を後にし、そんな事を考えながら歩き……。
……おっと、せっかく物買ったんだし、どうせならオススメの温泉聞いとけば良かったな。
そう考えた俺は、再び先ほどの店へと引き返した。
だが、先ほどの隣同士の店の店主はそのどちらもが姿が見えない。
休憩にでも行ったのだろうか?
俺は店の奥をヒョイと覗くと、奥で何やら話し声が聞こえる。
ああ、間違いない、先ほどのエルフの声だ。
……いや待て、さっきのドワーフの声もする。
おい、まさか……っ!?
「おいあんた達、もう喧嘩は……っ!」
店の奥で先ほどの喧嘩の続きをしていると思った俺は、そこに飛び込み……。
「あっ、お客さん。ここは休憩室になりますから入ってこられちゃ困るっスよ」
先ほどの口調はどこへやら、軽い口調でエルフが言った。
……いや、エルフ。……エルフ?
俺の視線に気付いたのか、エルフ? の店員が自分の耳を引っ張った。
「ああ、これっスか? あ、先に断わっておきますが本物のエルフですからね? 偽者なんかじゃないですよ」
何と言うか、そう。
耳が丸い。
普通に俺達人間とほとんど変わらない耳をしていた。
そして、胡坐をかいてドワーフと共に部屋に座り込み、膝の上に付け耳が置かれている。
……ちなみドワーフの方は、モッサリとしたヒゲを外し、その顎を撫でていた。
「……えっと、何事なんでしょう、これは」
呆然とする俺の言葉に、エルフ? とドワーフ? が顔を見合わせ、
「いやあ、森で暮らすエルフは人と混じり合わないから耳が長いんスがね。ほら、私らみたいに、こうして人に混じって暮らしていると、どうしてもね? 血が混ざっちゃうっしょ? すると、やっぱり耳の方も丸くなってきちゃうんスよね。で、お客さんに、自分はエルフだって明かすとビックリされちゃうんスよ。で、ガッカリもされちゃうんです、イメージじゃないって。それならって事で、エルフっぽいイメージを保ってるんスよー」
エルフがそんな事を言ってきた。
……なんてこった。
いや俺だって、今確かにガッカリはしているけれど。
それを見ていたドワーフが口を開いた。
「私の場合は、衛生面での事もあるもんで。みやげ物屋は夕方までなんです。で、夜や朝なんかは宿泊しているお客さんの食事作ったりと色々ありましてね? ヒゲだらけで食事作って、食べ物にヒゲが入ってたぞなんて苦情が来たら困るじゃないですか。……あ、ひょっとして喧嘩の続きでもしてると思いました? すいません、あの喧嘩はね、毎回やるパフォーマンスなんですよ。ほら、エルフとドワーフって仲が悪いとか変な噂が流れてるじゃないですか。それに乗っかっとこうかと」
あれか、アフリカの観光地の人達が客が来た時だけ槍とか持って、客が帰ったら携帯いじってる、アレと似たようなもんか。
この世界に、ファンタジー的な物を求めていた俺がバカだったよ。
ガックリ来ている俺に、二人は途端に申し訳無さそうな顔になる。
「あー……。申し訳ねえっス、夢を壊しちゃいました?」
「お客さん、思い込みは良くないですよ? この世には不器用なドワーフだっているし、弓の扱いが下手なエルフだっていますからね」
「おいおい、そりゃ俺の事だろ?」
言って、二人が笑い出す。
……こんなロクでもない世界は大嫌いだ。
夢を一つ壊されたがしょうがない、そんな事よりも。
「まあいいや。今更返品とか言わないからさ。どこか、この街でオススメの温泉とかあるか? それを聞きに戻って来たんだよ」
俺の言葉に二人が顔を見合わせる。
「何スか? お客さん、宿の予約もしないでいきなりこの街に来たんですか? 今から部屋取るの大変っスよ?」
エルフが心配そうに言ってくれる。
あんな商売してるくせに根はそんなに悪い人ではないのか。
「いや、街に泊まる気は無いんだ。訳あって、紅魔族の里に着くまで野宿しか出来ないもんで」
俺の言葉に、二人は、えっ、と声を上げた。
「……お客さん、紅魔族の里へ行くって本気っスか? 何があるのかは知りませんが、今は止めておいた方が良いですよ?」
エルフの言葉にドワーフも頷いた。
「あそこは元々魔境とか呼ばれて危険な場所ですがね。それが、今は何でも……。魔王の幹部の一人が、軍を引き連れて里を襲撃してる真っ最中らしいですよ。まあ、紅魔の連中がそうそうやられるとは思わないんで。しばらくしてほとぼりが冷めてから行った方が良いかと」
……こんなんばっかり。
「しっかし、参ったなー……」
俺は温泉に肩まで浸かり、思わず独り言を呟いた。
魔王の幹部とかアホか。
またベルディアとかバニルみたいなのと出くわすとか、もうホントに勘弁して欲しい。
……と、
「お客様、申し訳ありません……。当旅館は団体客専用なので、一名様用の個室のお部屋とかは無いんですよ……。二名様以上のお部屋はあるのですが……」
「あっ……。そっ、そうですか、すいません! 他を当たります、ごめんなさい!」
この温泉旅館の玄関から近い場所に風呂がある為か、玄関口の会話が聞こえてくる。
一人旅か何かの女の子が、部屋を借りようとして断わられたようだ。
……俺はお湯をすくって顔にかけた。
まあ、紅魔の里は大量の魔法ジャンキーしかいないらしいから、敵が来ても超火力であっさり仕留められる事だろう。
となると、ちょっと旅の日程を遅らせた方が良いのだろうか。
……でも、めぐみんがなあ。
今はまだ体力があるみたいだが、ちゃんと睡眠を取れないのはキツイだろう。
……と、その時。
「誰か来てェーっ!! 原泉が! 原泉があーっ!」
どこかで悲鳴が上がり、そして聞こえる、従業員か誰かがバタバタと駆け回る音。
それを聞きながら、俺は何も聞かなかった様に湯をすくって顔を洗う。
めぐみん本人は強がっているが、きっと大分参っているはずだ。
寝なくても良くなる魔法の道具、なんて、そんな都合の良い物も無かったんだよなあ……。
…………ふう。
温泉なんて入れるとは思わなかったなあ……。
ゆっくり湯に浸かっている内に、心の中のササクレなどもすっかり抜け落ちていく。
……と。
突然凄まじい爆発音が聞こえ、温泉の建物がビリビリと振動した。
もちろん、全てから解放された今日の俺には関係のない事だ。
それを聞きながら、俺はのんびりと手足を伸ばす。
あー……。
堪らんな。
いっそこの街に住みたくなってくる。
だが、何時までものんびりはしていられない。
里が襲われている事を一応めぐみんに告げ、旅程を遅らせるかどうかはめぐみんの体調を見て考えよう。
……よし、行くか!
俺はたっぷりと鋭気を養い、勢い良く風呂から上がった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ、帰ってきましたか。どうでしたか? 温泉は」
時刻は夕方。
場所は、昼間皆と別れた街の入り口だ。
俺がそこに着くと、既に俺の仲間達は揃っていた。
何故かアクアが泣きじゃくり、ダクネスは満足そうな顔でホコホコと湯気を上げている。
めぐみんも、どこかスッキリとした顔をしていた。
そして、それをエスコートしていた筈の男達は……。
まず、一人足りない。
そしてそこにいるのも、一人は白目を剥いてぐったりと気を失って倒れており、もう一人は、何かトラウマでも植え付けられたかの様に、膝を抱えて震えながら何事かをブツブツと呟いていた。
……今良い気分だから、あまり何があったのかは聞きたくないなぁ……。
俺のその気持を、顔を見ただけで察しためぐみん。
「カズマ、嫌でしょうけど一応聞いて貰えます?」
「……聞こうじゃないか」
しょうがない……。
俺は何となく、白目を剥いた男に視線をやった。
「……ええと。まず、私達は全員で温泉に行ったんです。で、男女別でお湯に入っていた訳なんですが……。ダクネスが、サウナに入ると言い出しましてね」
ほう。
「……ん。タオルを巻いた上に熱した砂を乗せ、蒸し風呂の様にするサウナなのだが……。そいつがサウナにホイホイ着いて来てな。よーし、俺ダクネスちゃんより長く残って根性あるカッコイイ所見せちゃうぞーとか言い出したのでな、私もついつい本気になり……」
……なるほど、意地張った男の方がこうなったと。
俺は膝を抱えた男に視線を送る。
すると、めぐみんが気まずそうにフイッと視線を横に向けた。
「……その、ですね。その人が、取って置きの場所に案内するよとか言い出しまして。連れて行かれたのが、ちょっと街から離れた川だったんですよ。……で、その男の人が、どうだい見てごらん、可愛いだろうとか言って、高経験値を得られる事で知られる、ネギガモと言う大変おいしいモンスターの群れを見せびらかしてきたんです。可愛いんです。可愛いんですよ? でも、そんなのが居たら、爆裂魔法で一掃するじゃないですか。……おかげで、先日の走り鷹鳶と合わせて、レベルが凄く上がりましたよ」
……自分だけが知っている、内緒にしておいた可愛らしいモンスターの生息地へ連れて行き、こっそり群れを見せてあげたら、目の前で爆殺されたのか。
俺は尚もカタカタ震えている男から視線を外し、泣いているアクアを見る。
……なんか、一番ロクでもなさそうな。
「アクアが長いこと温泉に浸かっていたら、なぜか、原泉から唯のきれいなお湯しか出なくなったと言い掛かりを付けられまして。金は全て持つと言っていたあの男の人が、この街の責任者に連れて行かれました」
「わ、私、もう温泉に入るなって……っ! 何も悪い事してないのに……! お風呂上りのお酒、楽しみにしてたのに……っ!」
アクアが原泉を浄化してお湯に変えたのか。
「……あ……。あのう……」
突然の声に振り返ると、それは最初に声を掛けてきた男。
アクアの尻拭いのため、責任者に連れて行かれた男だった。
ようやく開放された、精魂尽き果て疲れ果てた感のその男は、泣き腫らした様な目をして言ってきた。
「……原泉の一つをダメにしたって事で、弁償金が凄い事になってるんです……。その、俺達が悪かったんで、幾らか金を……ああっ!? ちょっ! 待っ! 待ってくれ! 待ってくれー!」
俺達は男に皆まで言わせず、野宿する為に街の外へと走って行った。
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