ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
四部
7話
 チキンレース。
 それは猛スピードで、崖だとか、命の危険がある障害物へと突撃し、死ぬ寸前で止まったり身をかわす、度胸試しのスピードゲーム。
 今、その危険なゲームの障害物に。

「カズマ、カズマ! 来たっ! 次が来た! 今度こそは、今度こそはもうダメだ! ああああ、ぶつかるーっ!」

 両手足を拘束されたダクネスが選ばれていた。
 地に転がるダクネスに、頭を低くして突撃してきた走り鷹鳶が、そのまま突っ込む……! 
 そう思われた瞬間に、背面跳びの様な体勢でダクネスの上スレスレを高速で通過した。
 そのまま何事も無く走り出すと、風の様に俺達や他の冒険者達の隣を駆け抜けて行く。
 その後もダクネスに向けて突っ込んでくるが、正面跳びに挟み跳び、果てはベリーロールの様な体勢で、ぶつかる寸前で次々とダクネスを飛び越えて行った。

「カズマ! これは焦らしプレイの一環なのだろうか!? このギリギリでのお預け感がまた……! ああ、なんて事だ……、私の体の上を次々と発情期のオス達が通り過ぎていく……!」
「よし、人目もあるんだお前はもう黙ってろ!」

 俺の隣のアクアが、褒めてとばかりに胸を張り、ドヤ顔でこちらを見ていた。
「はいはい、偉かった偉かった。これが終わったら座席は代わってやるから」
 その言葉に、アクアがヨシ! と拳を握る。
 ダクネスに、一時的に運が良くなる支援魔法、ブレッシングを掛けてもらったのだ。
 焦れてモジモジしているダクネスは、魔法で一時的に運が高まっている為そうそう激突される事はないだろう。

 そうこうしている間に、護衛の冒険者達が動き出した。
「魔法だ! 動きが速いから、魔法を使え!」
 誰かのその言葉に、魔法使い達が一斉に魔法を唱え……!

「『ファイアーボール』!」
「『ライトニング』!」
「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」
「『ファイアーボール』!」

 次々と魔法が乱れ飛び、それを受けた突っ込んで来る走り鷹鳶が、スピードはそのままに意識を失い、次々と馬車や冒険者達に突撃していく。
 速度が出ている為、仕留めてもそのまま慣性に従って、簡単には止まらないのだ。
 相当の速度が出ていた走り鷹鳶に激突された冒険者や馬車は、手酷いダメージを受けていた。

 生き残った走り鷹鳶の群れは全員一通りダクネスを飛び越え終えると、速度を落とさず走り抜けたまま、そのまま大きく旋回する。
 その姿を見た商隊の人や冒険者達が大きくどよめいた。
 まだ来るつもりか!

 あかん、これはどうした物か。
 俺の視線の先には、モンスターの群れの標的にされている、未だモジモジしているダクネスの姿。
 ……それを見て、ピンと閃いた。

「おっちゃん、この辺りに崖とかは無いか!?」
 俺は、近くで呆然と成り行きを見ていた御者のおっちゃんを捕まえ、尋ねた。
 ダクネスを餌に群れを誘い、そのまま連中を自爆させるのだ。
 崖の寸前に、落ちない様にロープでも付けたダクネスを転がす。
 すると、ダクネスを飛び越えた後、崖に向かって次々と……!

「いや、この辺りにはそんな崖なんて……。あるのは、急な大雨に降られた時に休憩に使っている小さな洞窟ぐらいな物で、この辺には、それ以外には何もないですよ」

 俺はおっちゃんの答えを聞いて、まあ、そう簡単に都合良くはいかないかと……。

 ……洞窟。

「おっちゃん、その洞窟って近い!? 近いなら、馬車を走らせてくれ! めぐみん、アクア、馬車に乗れ!」
 俺は回りに指示を出し、ダクネスへ向かって駆け出した。
 そして、ダクネスを縛ったロープを解こうと……!

「!? なんだこれ、結び目が無い!? どうなってんだ!」

 ロープを解こうにも、解く為の結び目が……!
 俺は拘束スキルをダクネスに掛けた盗賊風の男を振り返る。
「す、すまない! 拘束スキルは、一度発動させると時間が来るまで解けない! ダガーか何かで、絡み付いているロープを一本一本切っていくしか……!」
 おいマジか。
 旋回していた走り鷹鳶の群れを振り返ると、その先頭の一匹がこちらを向いたのがうかがえた。
 時間が無い!

「カズマ、どうするつもりかは知らんが、私ならこのまま引きずって行け! 頑丈なロープだ、一々切っているよりその方が早い! まごまごするな、事態は急を要する!」
「正論なんだが、ややこしい事態にしたお前が言うな!」
 俺は重いダクネスを引きずりながら、既に駆け出す準備が出来た馬車へと向かっていく。

「走り鷹鳶がそっちに向かったぞーっ!」

 誰かが俺達に警告する。
 それと同時に、次々と聞こえてくる魔法の炸裂する音。
 それらを聞きながら、俺は馬車へと乗ろうと……、
「おい、これどうすんだ! お前が重すぎて、俺じゃ馬車に持ち上げるとかは無理だぞ!」
「お、お前が重すぎてとか言うな、ちゃんと、私の鎧が重すぎてと言い直せ! ロープか何かで私を馬車に縛り付けて引っ張って貰ってもいい、緊急事態だ、仕方が無い! 遠慮するな、仕方が無いのだから!」

 何かを期待するかの様な眼差しで、そう力説してくるダメネス。

「おいあんた、ロープならこれ使ってくれ! 悪かったな、色々と!」
 そう言って、俺にロープを放ってくれたのはダクネスを拘束した盗賊風の冒険者。
 こちらこそ色々すいませんでした。
 俺は受け取ったロープでダクネスを馬車に縛ると……!

「お客さん、もう限界ですよ! 馬車が壊されちゃいますよ!」
 御者のおっちゃんの緊迫した声に、俺は叫び返していた。
「いいぞおっちゃん、出してくれー! ダクネス、キツかったら言えよ! すぐ解くからな!」

 俺の言葉も既に聞こえないぐらいに、縛られた状態でもじもじしながら頬を染め、これから自分の身に何が起こるかを期待したダクネスは。
「ああ……。縛られたまま、このまま馬で引きずられてしまうんだ……! そして、そんな状態の私を追いかけてくる、餓えたオス達……!」

 もうこいつは、縛ったままここに放置してやった方が幸せなのかもしれない。

 そんなダクネスを引きずりながら、馬車は勢い良く走り出した。
「ねえカズマ、ダクネスが! カズマは鬼畜だとは思ってたけど、これはあんまりなんじゃないかしら!」
「ひ……、酷過ぎる……」
「ち、違うから! 縛って引っ張って行けって言うこれは、俺が発案したんじゃなくて、ダクネスが……!」

 馬車に乗った俺に、ドン引きした二人からそんな非難が飛び交う中、御者のおっちゃんが悲痛に叫んだ。

「お客さん、どうします! 連中がこっちに向かってきてますよ! どこへ向かえばいいんです!?」
 御者のおっちゃんは本当は俺達など放り出したい所なのだろうが、既に金は受け取っている為それも出来ないで苦しんでいるのだろう。
「洞窟へ! さっき言っていた洞窟へと向かってくれ!」






 馬車が爆走する中、その後ろを走り鷹鳶が迫ってきていた。
 速度は向こうの方が上だ。
 後ろを見ると、走り鷹鳶の群れがグングンと迫り、その連中の矛先のダクネスは……!

「んあああ、こっ、こんなのはっ! 鎧がガリガリ言っている! ああっ、マントが破け、次々と私はボロボロに……! や、止めろぉ! カズマ、見るな、こんなボロボロにされていくみすぼらしい私を見るなあああっ!」
 頬を染めたダクネスが、見るなと叫びながらも楽しそうだ。
 たまにこちらを余裕がありそうにチラチラ眺め、みんなの視線を受けて更に恍惚としながら頬を染めている。
 根っこの所はこんなもん。

 あの、領主騒動の時の凛として格好良かった俺の仲間はどこに落としてきたのだろう。

「『ヒール』! 『ヒール』!」

 俺の隣では、アクアが一心不乱に引きずられるダクネスへと回復魔法を掛けていた。
 既にダクネスには、防御や筋力を高める支援魔法が掛けられているが……。

「カズマ! 洞窟が見えてきました! 私はそろそろ魔法の詠唱を始めればいいですか!?」
「よし、めぐみん頼む! くれぐれも舌は噛むなよ!」
 激走し、ガクガクと揺れる馬車の中。
 めぐみんへと指示を出し、俺は弓を取り出し矢をつがえ……!

「おっちゃん、洞窟が見えたらそのわきに馬車を止めてくれ! アクア、俺にも筋力増加の支援魔法を! 狙撃狙撃狙撃狙撃ーっ!」
 迫り来る走り鷹鳶の群れに向かい、次々と矢を放つ。
 それらの殆どはスキルのおかげで狙いは違わず、タカの頭へと突き立っていく。
 崩れ落ちて行く仲間を見た走り鷹鳶達は、走りながら翼を広げ、威嚇する様に甲高く鳴き叫んだ。

「ピィーヒョロロロロロロロローッ!」

 なるほど、走り鷹鳶か。
 鳶の要素はどこに消えたんだろうとの疑問が解消されスッキリしていると、御者のおっちゃんが必死に叫ぶ。
「お客さん、洞窟前です! あの洞窟は雨でも降らない限りは人なんて近付きもしません、遠慮なくやっちゃってください! ……急に止まりますから、何かにしっかり掴まっていてくださいよっ!」
 その言葉に全員が手近な物に掴まる中、馬車は勢い良く洞窟の入口のわきへと滑り込む様に急停車した。

 すぐ後には走り鷹鳶の群れがいる。
 こちらは止まったが、連中は全く勢いを落とす事は無い。
 それどころか、攻撃された怒りの為か一層速くなっていた。

 アクアの支援で筋力が強化された今ならいける!

 俺は馬車から飛び降りると、そのままダクネスと馬車を繋いでいたロープを引っ張り、ダクネスをハンマー投げでもするかの様に洞窟前に放り投げた!
「ああああっ!? 悪くない、悪くないぞこの仕打ち! 流石カズマだ! 散々引き回した挙句にモンスターの餌として放り投げぶっ……!?」
 放り投げられたダクネスが、洞窟の前へと顔から落ちて静かになる。

 それと同時に……、
「ピィーヒョロロロローッ!」
 甲高い鳴き声と共に、走り鷹鳶の群れが転がるダクネス目がけて突っ込んだ。
 それらは地面すれすれまで頭を下げ、ダクネスに激突する寸前で勢いは殺さずにヒョイとその身をかわしていく。
 正面跳び、背面跳び。
 ベリーロールに挟み跳び。
 走り鷹鳶の群れは、一陣の風の如く次々とダクネスの上を跳び越え駆け抜けていくと、そのまま洞窟の中へと突っ込んで行った。
 あっという間に群れが洞窟へと消えて行き、最後の一匹が洞窟へと駆け込んだその瞬間。

「めぐみん! やれっ!」
 俺はダクネスに繋がるロープを引きながら、転がるダクネスを少しでも洞窟前から引き離し、走り鷹鳶が引き返してくる前に、既に詠唱を終えていためぐみんへと指示を出す。

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

 それを受け、洞窟の中へ必殺の爆裂魔法が放たれた。
 杖の先から放たれた一筋の閃光が、洞窟へ駆け込んだモンスター達の後を追う様に、暗い穴の中へと吸い込まれ……!


 その小さな小山の様な洞窟は、轟音と共に吹き飛んだ。








 辺りはすっかり暗くなり、商隊の人達と共にキャンプファイアーの様な大きな焚き火を幾つも作る。
 その焚き火を中心として円を描いて囲む様に、商隊の馬車が止められていた。
 こうしておくと、野営の時に風除けになる上に、いざモンスターに襲われた時にも、馬車をバリケード代わりに出来るかららしい。
 その代わり急に馬車を走らせる事は出来ないが、どの道この暗闇の中、馬を走らせる事は出来ないのだ。
 そう考えると、実に合理的な陣形なのだろう。

「さあ、どうぞどうぞ! 良い所が焼けたので召し上がってください!」

 そう言って俺達によく焼けた何かの肉を差し出してくるのは、この商隊のリーダーをやっているおじさんだった。
 昼間の走り鷹鳶の撃退において活躍した俺達は、何だか凄い歓待を受けていた。
 多分ウチのクルセイダーにひかれて集まってきたんですがなんて、今更言えない……。
 そんな訳で後ろめたさもあり、俺達は酷く遠慮しながらその歓待を受けていたのだが……。

「しかし、お見事でした! まさか、爆裂魔法をお使いになられる程の大魔法使いがおられたとは……! しかも、負傷者の数々を簡単に治療してしまったアークプリースト様に、あの走り鷹鳶の群れを相手に一歩も引かず、それらを一身に引き受けた勇敢なクルセイダー様……! そして、見事な判断で敵を洞窟へと導き、一網打尽にしたあなた様のその機転……! いや、お見事です!」
 マジ勘弁してください。
 本当にそんなんじゃないんです、俺達の所為なんです。

「いやいや、タマタマですよタマタマ。その……、何度も言いますが、護衛の報酬はほんとに結構ですので……」
「何を言われるんですか、殆どの走り鷹鳶を倒したのはあなた方ではないですか!」

 そう。
 なんか俺達は、護衛の報酬を払うとか言われてました。

「いやいやいや、本当に! 本当に結構ですから! 冒険者なら、あの場にいたなら戦いに参加するのは当たり前ですよ! 結構ですから! 結構ですから!!」
 俺は必死になってその話を断わっていた。
 マッチポンプに近いこの状況、これで堂々と報酬を貰えるほどには、流石に俺も面の皮は厚くない。

 だが、このリーダーの人はなぜか感動した様に身を震わせ……。
「……なんという方々だ! 私は感銘を受けましたよ、この世知辛い世にまだあなた達の様な本物の冒険者がいたとは!」
 そんな事を言いだした。
 ……ボロが出る前に、もうこの人とはあまり話さない方が良さそうだ。



 アクアは、他の焚き火の元へ行き、宴会芸を披露して喝采と共に酒を貰っていた。
 洞窟の前に餌として転がっていたダクネスは、俺が洞窟前からロープを引いて引き離した事もあまり効果は無く、洞窟内部から吹き返してきた爆風に飛ばされて、鎧やマントを傷だらけにしていた。
 本人自体は軽傷で、それも既にアクアの治療を終え、今は鎧を脱いで、俺の隣で自分の鎧が修理されるのをじっと見守っている。
 鎧を修理するのは俺である。
 ジッポ作る為に取った鍛冶スキルが、こんな形で役立つとは分からない物だ。
 鎧を修理する俺の手元を、ダクネスと共にめぐみんも、同じくじっと見守っていた。

 二人共、こんな地味な作業を眺めていて何が面白いのか……。

 鎧の表面のへこんだ部分は、鎧の裏に縫い付けられた衝撃吸収用の素材を一端剥がし、鎧のへこみを裏から叩いて、叩いた部分を紙ヤスリで磨いて跡を消す。
 その後は、再び衝撃吸収素材を縫い付けて……。

 …………。
「お前らが見てると凄くやり難いんですが」
 そんな俺の言葉にめぐみんが。
「いや、器用に修理するものだなと思いまして。鍛冶で食べていく事も出来そうですね」
「……ん、何だか、自分の鎧が目の前で綺麗になっていくのを見ているとワクワクするな」
 と、めぐみんに続きダクネスまでもが、目をキラキラさせながらそんな事を言ってきた。
 伊達に毎日ジッポ作り続けて鍛冶スキルを磨いた訳では無い。

 馬車の数は十台を越え、当然商隊の人数はそれに見合った数がいた。
 数十人を越えるそれらが、こうして野営し、星空の下焚き火しながら歓談している姿は、まさしくファンタジーな異世界での光景だと言えるだろう。

 そんな中、アクアが混ざり込んでいた焚き火が突然どよめいた。
 何事かとそちらを見ると、何かとって置きの芸でも披露したのだろう。
 アクアがやんやと持て囃され、
「もう一度! アクア様、今の芸をもう一度お願い致します!」
「金なら払う! なので、是非もう一回お願いしたい!」
 商隊の人達が、口々にそんな事を言っていた。
 ……もうあいつ、こっちの道で食っていけばいいのに。

 この商隊の人達は、遠くの街から商売に来た連中なのだそうな。
 それで納得した。
 ウチの連中の悪評を知らない事に。
 今回の騒ぎも、俺達を良く知っているあの街の住人達ならば、またお前等がやらかしたのかとでも言われそうだ。
 商隊の護衛の冒険者達も、見覚えの無い連中ばかりで……。

 ………………?

 今なんか、ちょっと見覚えのある、
「カズマ、ちょっと相談があるのですが、良いですか?」
 俺がちょっと気を取られていた時に、めぐみんがそう切り出した。
 続きを促すと……。

「今日の夜、極力熟睡しないよう気を付けますが……。ぐっすり眠ってしまったなら、それを叩き起こしたりとか……、その、フォローをお願いしたいのです。広い野外ですから壊す物などはありませんが……。私が咄嗟に飛び起きて爆裂魔法を唱えたら、それのフォローもお願いしたいです」
 そう申し訳無さそうに言った。
 そんな事か。
「分かったよ、それじゃ今晩は隣にいろよ。俺はこのまま焚き火の傍で寝っ転がってるから。めぐみんがウトウトしたら、一発で目が覚める事をしてやるよ」
「すいません、心配で寝られなくなるので、一応何をされるのか教えてもらえますか」

 心配で寝られなくなるのは良い事なので、教えない。







 商隊の人達が殆ど寝静まった頃。
 俺は何かの物音で目が覚めた。
 見張りの人間はいるものの、それらの人はその物音に気付いている様子が無い。
 ふと隣を見ると、焚き火を前に、こちらに寄り掛かる様にして、マントにくるまっためぐみんがスヤスヤと…………。

 おい。

「おいこら、お前熟睡しちゃダメなんだろ、ほれ起きろ。でないと大変な事をするぞ」
 めぐみんの肩をゆさゆさと。
 だが、めぐみんは口の端から涎を垂らし、気持ち良さそうに眠っていた。
「……おいめぐみん起きろ。起きないと、何日か恥ずかしくて俺の顔見れない様な事するぞ。起きなくても俺はちっとも構わんし、困る事は無いが。お前を起こす為って言う大義名分がある以上、遠慮なくいくぞ。起きないって事は、いいのか? いいんだな?」

「良い訳あるか。何をする気だお前は」

「うわおうっ!」
 突然背後から声を掛けられ飛び跳ねる。
 し、心臓に悪い!

「おい、ダクネス驚かすな。起きてるなら言えよ、あと少しでお前の目の前で凄い事する所だったぞ」
 めぐみんと同じく俺の隣で仮眠を取っていたダクネスが、
「……本当に何をする気だったんだ。いや、そんな事より……」
 ダクネスが声を潜め、辺りを警戒している。
 昼間のがっかりクルセイダーはどこへ行ったのか、辺りに注意を向ける今の姿は、ちゃんとした冒険者だ。

 …………おお?
 何かピンと来た。
 これはそう、敵感知スキルに反応だ。

 見張りに就いていたのは昼間の盗賊風の冒険者だったのだろう。
 俺と同じく敵感知スキルに引っ掛かったのか、そいつは突然鋭い叫びを上げた。
「おい、何か居るぞ! 全員起きろ!」
 その声に次々と冒険者や商隊の人間が飛び起きるが、めぐみんはまだ眠ったままだ。
 今が何時なのかは分からないが、いつ跳ね起きて魔法を唱えてもいいはずだが。

 いや待て、今起きてもあれか。
 魔力最大まで回復していないから跳ね起きたりしない訳で、回復しきっていないと言う事ならば、まだ起こさない方が良い訳か。
 間違いなく何かが居る。
 となると、戦闘になるならめぐみんの一撃が使えるかどうかは大事な所だ。
 魔力が回復しきるまで、このまま寝かせておいてやろう。

 千里眼スキルを発動させて周囲の闇を見渡すと、暗闇の中には蠢く多数の人影が。
 ……なんだこれ、人間か?
 でも、それにしては動きが鈍い。

「おい、結構な数がいる! 姿は人型で動きは鈍い!」

 すかさず叫ぶと、それを聞いた連中が焚き火の火を長めの木の棒へと移し、それでバリケード状に並べられた馬車の外側を照らし出した。
 灯かりに照らされ蠢くのは……、

 死体から、所々腐った肉が崩れ落ちた、見るもおぞましいその姿。
 ……そう、メジャーアンデッドモンスターのゾンビさんだ。

「「「おわあああああーっ!」」」

 暗闇の中、灯かりに照らされたインパクトあるその姿を見た人々は、皆一様に悲鳴を上げた。
 もちろん俺も。

 ダクネスが鎧は外した状態で立ち上がり、立てかけていた大剣を手に取った。
 そのダクネスに、この状況でも図太く眠る大物なめぐみんを預けると、
「こいつを頼む! 俺はアクアを呼んでくる、こんな時ならあいつの独壇場だろうから!」
 ここで昼間の借りをこっそりと返させて貰おう。
 昼は、ダクネスに釣られた走り鷹鳶により、多くの人が怪我をし、馬車に被害を受けた人もいた。
 多分昼間の襲撃は俺達の所為なんでと、今更怖くて謝れないのが俺の小さい所だが、今こそ昼間の借りを返し、スッキリした気分になりたいのだ。

 俺はアクアの姿を探そうと、辺りに視線を巡らせて……!
「わあああああーっ! 何事!? なんで私、目が覚めたらアンデッドにたかられてんの!? カズマー、カズマー!」
 その声に視線を向ければ、馬車を背に寝ていたらしいアクアが、ゾンビ達にワラワラとたかられていた。

 …………あれっ。

 おい待て、これってもしかして……。

「私の寝込みを襲撃なんて、やってくれるわねアンデッド! 迷える魂達よ、眠りなさい! 『サンクチュアリ』!」
 アクアが叫び、広範囲に暖かな白い光が広がった。
 それを見た周囲の人が、おおっとどよめく。
 アクアの浄化の光に触れたゾンビの群れは次々と浄化され、崩れ落ち……。
 それを見た人々は、どよめきを歓声へと変える。
 だが、それを見る俺の胸中は、ある一つの感情で埋められていた。

 すいません。

「あはははははは、この私が居る時に出くわしたのが運の尽きね! さあ、片っ端から浄化してあげるわ!」
 堂々と胸を張り、焚き火に照らされて立つその姿は、まさしく迷える者を天へと還す女神と言えた。
 そして、それを見ながら、俺はぼそりと小さく呟く。
「……す、すいません……」

 次々とゾンビを浄化していくアクアに対し、既にお気楽な勝利ムードと化していた人々は、皆口々にアクアを褒め称える。
「なんて美しいプリースト様……! まるで女神の様じゃないか!」
「ああ、次々とゾンビ達を浄化され……! 昼間我々を守る為に立ち塞がったクルセイダー様の連れの人だよ、あの方は……!」

 すいません。
 すいません。
 ウチの仲間が、次から次へとすいません。

「ゾンビの襲撃を受けるなんて珍しい事もあるもんだが、丁度あのプリースト様が居合わせてくれて良かったな!」

 すいません、ウチの女神がこの場に居なかったなら、多分このゾンビ達はワザワザ寄ってきませんでした。

「まあ、ざっとこんなもんよ。どう、カズマ。この私の女神っぷりは。ここの所活躍しっぱなしじゃないかしら。そろそろ私にお供え物の一つも捧げても、罰は当たらないわよ」
 アンデッドを呼び寄せる体質なのだから仕方が無いが、ドヤ顔で俺の元へと寄って来たこいつを引っぱたいてやりたい。

 あらかたゾンビの浄化が終わった頃。
 先ほどの、商隊のリーダーの人が、アクアと話している俺の元へと寄ってきた。
「いや、また助けられてしまいました! 今度こそは礼金を受け取って貰いますから!」
 すいません、絶対に頂けません。

 ゾンビの姿が見えなくなった頃、やがて再び、人々は寝静まった。


 ……そんな中、焚き火にあたりながら、俺はすっかり忘れてしまっていた事を思い出す。
 隣では、すでにアクアとダクネスが眠り。
 そして起こしてくれと言っていためぐみんも、その二人に挟まれる様にして眠っていた。
 先ほどめぐみんを起こそうとしていた俺を見て、ダクネスがこの体勢で寝るのが良いと言い出したのだ。
 何だか酷い誤解を受けている様だが仕方ない。

 と言うかダクネスとアクアが寝ているなら、今がチャンスだ。
 いや、チャンスじゃない。
 これは頼まれてやる事であり、なんらやましい行為ではない。
 大丈夫だ。
 大義名分がある。
 訴えられても勝てる。

 いや何を言っているんだ、めぐみんを起こすだけだ、訴えられる訳が無い。
 俺はめぐみんを起こそうと、そっと手を伸ばすと……!

 めぐみんが、カッと眼を見開き跳ね起きた。
 そして、早口で、よどみなく魔法の詠唱を……!
「ちょっ、待っ! 待て、俺はまだ何も! まだ何もしてはいない! 冤罪だ! せめて、訴えるならちゃんとしてからにして貰いた……!」
 俺が後ずさりながらめぐみんに言い訳をする中。

 赤く輝くめぐみんのその目が、俺なんて見ていない事に気が付いた。
 見ているのは、壁の様に並べられた馬車の外。
 その、遠く広がる平原の彼方を見つめており……!

 ああそうか、魔力がボンッてなりかけてるのか。

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

 夜空に閃光が走り抜け、広い平原の真ん中へとその魔法が突き刺さる。

 轟音で飛び起き何事だと大騒ぎする人々が、魔法を放ったのがめぐみんだと分かり、途端に落ち着きを取り戻した。

 誰かが言った。

「あそこのパーティの魔法使いさんか。きっと、凶悪なモンスターでもいて退治してくれたんだろう。いや、ありがとうございます!」
「ああ、そういう事か。あのクルセイダーさんとプリーストさんのパーティだもんな」
「でなきゃこんな夜中に、いきなりあんな魔法撃つはずないしな」


 いよいよ良心の呵責に耐え切れず、俺は土下座の体勢で謝った。

「すいません、すいません! 本当に、今日はウチの仲間達がすいませんっ!」


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。