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四部
6話
 駆け出しの街アクセル。
 どんどん遠ざかっていく駆け出しの街を遠目に見ながら、俺は感慨深く三人の仲間達と談笑していた。

 それはもう和やかに。

「感慨深い物だ……。まさか自由の無い貴族の娘として生まれた私が、あの街から離れ、こんなにも自由に遠く離れた地を旅する事になるだろうとは思いもしなかった。……カズマ、お前のおかげだ、ありがとう」
 ダクネスが、言いながらふわりと優しげに微笑んだ。

 どう致しまして。

「……本当に。カズマとパーティを組んだ時には、まさかこんな事になるなんて思いもしませんでしたよ。私、一人前になるまでは絶対に里には帰らないって決めていたのに。……人生とは、ままならない物ですね。でもカズマ、私の魔力の暴発を防ぐため、危険を承知で里に付いてきてくれる。何だかんだ言いながら優しいカズマに、私も改めてお礼を言います。……どうも、ありがとう」
 めぐみんが杖をいじり、にこりと笑った。
 全く、何を今更水臭い……。

「……思えば不思議なものよねカズマ。私がここに来たのも、カズマの所為……、ううん、カズマのおかげ。ありがとうねカズマ。私が超エリート女神たる地位を奪われ、今まで散々な目に合わされ……。屋敷での日課はトイレ掃除。……今こうしてお尻が痛いのにも耐え、我慢して我慢してこんな場所で馬車に揺られているのもカズマのおかげ。…………そんなカズマさんに、この中で一番付き合いの長い私からちょっと頼みがあるのよ。……聞いてくれる?」
 それは、今からとても大事な事を打ち明けようとするかのように、恥ずかしそうにもじもじと俯くアクア。
 水臭い奴だ。
 今更遠慮なんかする間柄じゃ無いだろうに。
 長い付き合いだ、今更口にしなくたって、言いたいことぐらい分かっている。

 俺はもちろん…………。

「お断りします」

 ガタゴトと馬車に揺られながら。
 硬い荷台の上に膝を抱えて座るアクアに、俺は馬車の座席の一番良い場所を死守しながらきっぱり言った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 旅支度を終えた俺は、アクアと共にウィズの店へと寄っていた。
 旅に出る前に頼みたい事がある為だ。
 それは……、
「へいらっしゃい! ……おっと、相も変わらず貴様か、最近ロクな活躍もせず、いよいよパッとしなくなってきた小僧。丁度今、店主が勝手に仕入れた魔道具を返品する為の作業を行なっていた所だ。なので我輩はちょっと忙しいので、仕置き光線で奥で焦げてる店主に勝手に会いに行くがよい」

 何かをせっせと箱詰めするバニルが言った。
 だが、今日の俺達の目的はウィズではなくこいつにあるのだ。

「いや、今日はウィズには用は無いんだ。お前なら一々説明しなくても分かるだろうに。……と言うか、返品って出来たんだな。今度は一体何を仕入れたんだ?」
 俺が聞くと、バニルが嫌そうに口元をしかめ。
「貴様の後ろでゼル帝を抱いて、我輩に剣呑な視線を送る女神がやたらと眩しい所為で、見通す事が出来んのだ。不具合店主に用でないと言うのなら、我輩に用事か? ……これはな、送られてきた購入受領書に、あと少しでサインしようとした店主からすかさず奪い、その中身を確認したら……。これである」

 言って、バニルは箱に入れようとしていたそれを見せ。

「この四角い固形物はモンスターなどに食わせると、そのモンスターの魔法の抵抗力をしばらくの間、劇的に下げてくれる罠餌の一種である。そこの生焼け店主が、『これは魔法使い職にとっては素晴らしい物ですよ! 売れます! 今度こそは売れるんです! だからバニルさん、光線を撃つ構えでジリジリとにじり寄って来ないで下さい!』と、先ほど半泣きで見せびらかしてきた物だ」

 それだけ聞くと大した物の様な気がするが。

「……どうせ何かあるんだろ?」
「無論だ。これを食べたモンスターは魔法抵抗力は確かに下がる。だが、副作用として防御力が劇的に上昇する。……結果、これを食わせると、こちらの魔法を無効化したり弾いたりする事は無くなるが、代わりに大概の攻撃魔法が効果自体を成さなくなるほどの防御力を誇るように……」
 ……それは、物理攻撃すら効きにくくなる以上、事態が悪化してるじゃないか。

 …………まあ、いい。

「それをくれ、一つ買うよ。……その代わりに、頼みがあるんだ」
「ほう、まいどあり! では購入受領書に、一つは買い取り。残りは返品……と。これでよし。……で、頼みとは何か? サイフに入れておくと幸運のお守り代わりになると評判の我輩の抜け殻の欠片か? 最近貴様の家で脱皮した為、しばらくは脱皮できぬぞ」
「ちがわい。……そうじゃなくてな。おいアクア」

 俺の言葉に、アクアが渋々と抱いていたゼル帝を差し出した。
「……旅に出る間、この子を預かって頂戴。……虐待とかしたら、もれなくこの店に毎晩聖歌を歌いにくるからね」
「近所迷惑なので止めるがいい。……だが、ゼル帝は大事に預かってやろう。そこの店主よりも良い物を食わせてやる。店主の現在の主食はパンの耳に砂糖をまぶした物だ。それよりはマシな物を食わせてやろう。我輩の食事並にはな」
 バニルはピーピー鳴いて喜ぶゼル帝をヒョイと摘み、それを仮面に近付けしげしげ見る。

「お前、飯なんて食べるのか?」
「うむ、食えない事はないぞ。魔力で作り出したこの肉体の維持に使うのだ。すると維持する為の魔力の消費が減る。……もっとも、我輩が食事する最大の意味は、パンの耳を小動物の様にかじる店主の前でステーキを頬張り、涙目の店主の悪感情で腹を満たす為なのだが。……よしよし、よく来たなゼル帝よ。貴様には我が殺人光線を伝授してやろう。それで、屋敷に帰った暁には隙あらば女神を葬り去ってくれるがいい」

 ゼル帝が嬉々としてバニルの手の中で丸くなる中、それを恨めしそうにアクアが眺め。

「あんた、帰ってきてゼル帝がおかしな事になってたなら本当に消滅させてやるからね」
「フン、やれるものならやってみろ。この我輩を舐めるなよ? 我輩とて悪魔の端くれ、呪いの一つも掛けられるのだぞ。……貴様の尻の辺りに、常時、射的の的の様な図柄が浮かび上がる呪いを掛けてくれようか。一撃必殺の構えを取る、わんぱくなガキ共の格好の的にされる貴様の姿が目に浮かぶわ」
「やれるもんならやってみなさいな木っ端悪魔。アンタ如きの呪いが効くと思ってんの? バカなの? 例え効いても、ゴッドブローで泣かされる子供達が増えるだけだからね」

 相変わらず、こいつらはもう少し仲良く出来ないものなのか。
 バニルから受け取った手の中のキューブを、俺は無造作に荷物の中に放り込む。

 するとバニルは、俺にズイと近付き、その口元をにやりと歪めた。

「……ふむ。ピカピカと鬱陶しいのがいる所為であまりクッキリとは見えないが。ガラクタをお買い上げ頂いた貴様に一つ、予言をやろうか。…………貴様はこの旅の目的地にて、仲間に迷いを打ち明けられる時が来る。貴様の言葉次第では、その仲間は自らの歩むべき道を変えるだろう。……見通す悪魔が宣言しよう。汝、よく考え、後悔の無い助言を与えるようにな。……フハハハハハハハ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの悪魔の意味深な助言を受けた後、俺とアクアは商隊の馬車の集合場所に向かっていた。

 冒険者である俺達は護衛として雇われる事も出来たのだが、万が一の際にはあまり戦いたくないので、普通に料金を払い相乗りさせて貰う事にした。

 戦いたくない。
 そう、この街の周辺の雑魚モンスター相手ですら拮抗した勝負をしている俺達が、道中の、それも人が大勢いる馬車に襲い掛かるような危険なモンスター相手にまともに渡り合えるなんて思えない。
 なのでお客さん待遇で馬車を利用する事にした。

 待合場所に着くと、そこには荷物を持ったダクネスとめぐみんの姿。
 何台もの馬車がそこいらに並び、乗客や、護衛と思われる冒険者風の連中が次々と馬車に乗り込む。

 俺の持ち金が、今は二百万ちょいだ。
 旅をするには充分な額だと思うのだが、問題は残りの連中だ。
 ダクネスは元々、無駄遣いをする奴じゃない。
 こいつは大丈夫だろう。

 次にめぐみん。
 こいつもあまり無駄遣いする様な奴ではないが、屋敷のガラス代で相当な額の出費が掛かったはずだ。
 ガラスは、俺達が旅から帰れば業者が直してくれている手はずになっているが、料金を前払いしためぐみんは、あまり懐が潤っているとも思えない。
 まあ、これは体質の問題もあるし仕方の無い事だろう。

 問題は……。
「ねえカズマ! あの馬車にしましょうよ! 私の目利きによれば一番乗り心地が良さそうよ。ちなみに私は窓際ね。景色が良く見える席を予約するわ。ほらカズマ、切符買ってきて。他の客にあの馬車の席取られない様に、早く切符買ってきて」
 そんな舐めた事を言いながら、一番料金が高そうな馬車をキラキラした目で見るこいつだった。

 そんなアクアに。
「……お前、金持ってんの?」
 俺はそう、きっぱり告げた。


 小さめのその馬車は、御者台と半ば一体になった乗客席の後ろに、荷台部分が接続された形と成り、そこには既に沢山の荷物が積まれていた。

 御者席の後ろの、木製の簡単な乗客席。
 そこは四人分の席になるはずなのだが……。

「……ねえおっちゃん、何で既に一席埋まってるの? これ何? 邪魔なんですけど」
 四人分の座席のうち、既に一つが埋められていた。
 それは、小さな檻に入れられた一匹のトカゲ。
 赤い瞳を持つ、猫ほどの大きさのそのトカゲは凶暴そうな瞳を輝かせていた。
 ……えっと、これって……。
「お客さん、そりゃドラゴンですよ。レッドドラゴンの赤ちゃんです。飼い主さんは向こうの馬車の方なんですが、そのドラゴンの分、ちゃんと客席分の値段を頂いておりますんで、お客さんはどなたかお一人、座り心地は悪いですが後ろの荷物席に移って頂かないと……」

 俺はなるほどと、御者のおっちゃんの言葉に納得した。
 知らない連中と相席だとか、みんなと別々の馬車に乗るのも嫌だったもので、四人がまとめて乗れる馬車をと頼んでいたのだが……実は席料が一人分だけ安かったのだ。
 これはそういった事だったからか。
 費用は、結局俺持ちとなったのだが……。

「……それじゃ、金を払った俺は……」
「じゃんけんで! 私、こんな時はじゃんけんで決めた方が良いと思うの!」
 俺が何かを言い掛けると、それをアクアが遮った。
 コイツは俺が何を言うつもりか察したらしい。
 普段ならば、うるせー今回文無しで宿代も払えないお前が荷台に行けと言う所だが……。

「いいぞ。じゃんけんだな。構わんぞ」
「えっ」
 あっさりと応じた俺の言葉が意外だったのか、アクアが間抜けな声を上げる。
 じゃんけんか。よし、受けて立つ。

 この世界にもじゃんけんはちゃんとあるらしい。
 俺の先にここに来たチート持ち連中が、色々広めたのかもしれないな。
 ダクネスとめぐみんは疑問に思う様な事もなく、素直にじゃんけんの体勢を取った。
 アクアが気合を入れるかのように拳を握り……!
「それじゃいくわよ! じゃーんけーん、ぽんっ!」
 俺がチョキで残りはパー。
 一抜けである。
 俺が席に座ろうとすると、アクアから待ったが掛かった。

「誰が勝ち抜け戦だなんて言ったのよ、四人でじゃんけんして、一人だけ負けを決めるまでは続けるルールよ」
「舐めんな」

 じゃんけんを言い出した時点で何かやらかすとは思ったが。
 ……よし。
「おいアクア。それじゃ俺と勝負するか? 俺と一対一で三回じゃんけんして、三回中一度でもお前が勝ったら俺が荷物席に座ってやるよ」
「マジですか。……カズマってやっぱり案外バカだったの? ねえ確率の計算って知ってる? カズマが三回連続で勝つとか凄く無茶振りなんですけど」
 そんな事を言ってくるアクアと向かい合い、俺は二人に先に座るよう促すと。
「俺、じゃんけん負けた事ねーから」
 三回勝負。
 じゃーんけーん……!






「おかしいわ! おかしいわよ、ズルしたわね! お願い、もう一回! これで負けたらちゃんと荷物席に行くから!」
 あっさりと三回連続で負けたアクアが、半泣きでおかしいおかしいと食って掛かっていた。
 しつこい奴め。
「本当だぞ? これでまだ駄々捏ねたら、旅から帰ったらゼル帝を唐揚げにするからな」
 俺の言葉にアクアはフフンと鼻で笑った。

「受けたわね。受けたわねカズマ! あんたがどんなズルをしているのか知らないけれど、そっちがその気なら私にだって考えがあるのよ! 『ブレッシング』!」
「あっ! こいつ汚ねえ!」
 アクアが祝福の支援魔法を自分に掛けた。
 これは神の祝福を授ける魔法。
 個人差はあるが、効果は一定時間の間、運が良くなる。
「運も実力の内ってね! いくわよ! じゃーんけーん、ぽんっ!」

 俺の勝ち。

「何でよー!」
 喚くアクアに、荷台に行けとばかりにシッシと手で追いながら。
「俺、ガキの頃から不思議とじゃんけんに負けた事無いんだよな実は」
「卑怯者! なにそれズルイ! そんなのチートよ、チート能力じゃない! あんた、生まれながらのチート持ちだったの!? なら、私と言うチートを授かった事は無効よ無効! 帰してよ! 私を天界に帰してよこのクソチート!」
 この女!
「てめーこのクソビッチが! 俺の特殊能力は『じゃんけんに勝てる能力』ってか? お前バカか、こんなもんでどうやってモンスターと渡り合えってんだ! 魔王相手に、じゃんけんで俺が勝ったら、人に迷惑掛けるの止めて下さいって言うのかこのバカ!」
「だって! だって!!」

 尚も食い下がるアクアに、俺はとうとう掴みかかった。

「一番俺が腹立つ所は、だ! お前が自分の事を、授かったチート能力の一つだと言い張っている所だよ! お前ふざけんなよ、何がチートだ! お前を返品して特殊能力でも貰えるのなら、とっとと返品してやる所だ!」
「わあああああーっ! カズマが言っちゃいけない事言った! ひゃめへ! ほおをひっはらないれっ!!」





 ガタゴトと馬車に揺られ、どれ程が経ったのだろうか。

 俺達の住んでいた街は、もう遥か遠くに豆粒のような大きさになっていた。
 馬車の横手には小さな窓の様な物が付いており、街からロクに離れた事の無かった俺は、そこから珍しそうに外の風景を眺めていた。
 俺の隣ではダクネスが、座席の上に鎧のまま膝立ちで、まるで珍しい物を見る子供の様に窓にぺたりと張り付き、移り変わる外の景色を目を輝かせてじっと見ていた。
 お嬢様にとっては、俺と同じく街の外の世界が珍しいのだろう。

 めぐみんは俺達よりは外の世界を見た事があるのか、窓の外よりも目の前のケージに入ったドラゴンの子供を興味深そうに眺めていた。
 ゼル帝の方が可愛いですねとか小声で言っているが、ドラゴンに餌でもやってみたいのか、ポケットに手を入れもぞもぞさせ、何かないかとまさぐっている。

 そんな中。
「カズマさーん、カズマさーん! お尻痛いんですけど! あの仮面悪魔に本当に呪いでも掛けられたのかってぐらいに、お尻痛いんですけど! ねえカズマ、最近思うんだけど、女神に対する扱いが雑だと思うの。ここの所、私それほど迷惑掛けてなくない? 結構役に立ってる自信があるんですが!」
 ガタゴトと揺れる荷台で、アクアがそんな事を喚いていた。
 ……しょうがねえなあ……。
「じゃあ休憩になったら場所代わってやるから、それまでは我慢しろよ」
 その言葉にアクアが喜び、荷台で膝を抱えたまま上機嫌で鼻歌を歌い出した。

 俺達の乗っている馬車以外にも、何台もの馬車が続々と列を作って道を行く。
 それらの馬車には、商隊の護衛を請け負った冒険者や旅行者、そして様々な荷が積まれている。
 人や馬車が多ければ、弱いモンスター等は逃げていくものだ。

 ……このどうしようもない世界の事を、もう良く知っていながら。
 俺は、のん気にそんな事を考えていました。

 それに一番最初に気が付いたのは俺だった。

 千里眼スキルにて、ここぞとばかりに窓からあちこちを眺めていた俺は、その土煙に気が付いた。

 それは商隊が行く街道の横手から、土煙を上げながらこちらの方へと向かって来ていた。
 未だかなりの距離ながら、ぐんぐん大きくなる土煙から、それが相当の速度を持って迫ってきている事が分かる。
「……なあ、なんだアレ」
 俺は隣の席で座って窓を見ていたダクネスに、その土煙を指差した。
 千里眼のスキルが無いダクネスは、俺が指す方の土煙すら見つけられない様で、眉間に眉をしかめている。
 俺は何だか嫌な予感がし、御者のおっちゃんへと近付いた。

「すんません、なんかこっちに土煙が向かって来てるんですが。それも結構な速度で。……何か分かりません?」
 その言葉に、御者台でのんびりと手綱を引いていたおっちゃんが。

「土煙? ここらで結構な速度で土煙を上げて移動する生き物って言ったら、リザードランナーの群れですかね? しかし、王様ランナーという群れを統率するモンスターが現れない限り無害な生き物達ですしね。きっと、砂くじらが砂吹き上げてるんじゃないですかね? 他に考えられると言えば、走り鷹鳶ぐらいでしょうか」

 なんだその、くだらないダジャレみたいな名前のモンスターは。

「おっと、お客さん止めて下さいよそんな目は。自分が付けた訳じゃ無いんですから。タカとトンビの異種間交配の末に生まれた鳥類界の王者ですよ。鳥の癖に飛べないモンスターでして、代わりにとんでもない脚力を持って高速で走り回り、獲物を見つけるとそのままジャンプしてかっ飛んで来る、大変危険なモンスターですよ」

 そんなふざけた名前のモンスターにだけは襲われたくないな。
 俺のそんな表情を察したのか、おっちゃんが軽く笑い、

「大丈夫ですよお客さん。春は連中の繁殖の季節なんです。この時期のこの鳥達は、メスの気を引く為に、メスの前で勇敢さを競い合う、チキンレースと言われる求愛行動を取ります。それは、激突すると大惨事になりそうな硬そうな獲物にかっ飛んで行き、ギリギリで回避すると言う変わった求愛行動です。中には勢い余ってそのまま激突する事もザラですが。連中は、本能的に硬い物を探し出すと言われてましてね。きっとその辺の木や石にでも突っ込んで行きますよ」

 なるほど。なら安心だ。
 俺はその言葉に納得し、再び自分の席に付く。
 そして再びその土煙に視線を向けて……。

 ……近付いていた。
 それは明らかに先程よりも近付いていた。
 しかも、その土埃はこちらを真っ直ぐに目指している。
「すいません。すいませーん! なんかこっちに凄い勢いで突っ込んで来てるんですけど。あれって大丈夫なんですかね?」

 俺の言葉に御者のおっちゃんは手綱を引いて馬の速度を落とし、その土埃の正体を見極めようと……。

「……おや、あれは走り鷹鳶ですね。ええ、間違いない。でも、こちらに向かって来るにしてもおかしな話ですよ。お客さん、もしかすると商隊の中に、アダマンタイトみたいな凄まじい硬度を誇る鉱石でも積んでいるのかもしれません。連中は本能的に硬い物を追いかけますから。他の商隊の連中も気付いたみたいです、安心して…………。……? なんか、こっちに来ますね。と言うか、この馬車に。と言うか……!」

 と言うか、この馬車の客室。
 つまりは……!
「カズマ! 物凄く速い生き物が、真っ直ぐこちらへ向かって来ている! と言うか……。連中が、私を凝視している気がするぞ! なっ、なんという熱視線! はあ……はあ……! た、大変だ、カズマ、大変だ! このままでは私はあの高速で突っ込んでくる集団に激しく激突され、蹂躙されてしまうのでは……っ!!」
「お前かー!!」

 俺は思わず頭を抱えそうになった。

「お客さん、馬車を止めますよ! そうすれば、他の馬車に乗っている護衛の冒険者達が、この馬車とお客さんを守ってくれますから!」

 すいません、ウチのクルセイダーが硬くてすいません!

 俺はダクネスに耳打ちした。
「おいダクネス、あのモンスターの狙いはお前だ。あいつらは硬い物を好んで突撃していくんだと。連中の標的はお前の硬い腹筋だ」
「おいカズマ、私の腹をまさぐった癖に、硬いとか言うな! あれだ、私の鎧はアダマンタイトも少量含んだ特注品だ。それに私の防御スキルも合わせれば……。きっと、それでこちらに来ているのだろう。……ほ、本当だ。だからそんな目で見るな、腹筋はそこまで硬くない……!」

 馬車が止まり、俺とダクネスは馬車から飛び降りる体勢に。
「めぐみん、アクア、出番だぞ! 本来俺達は戦わなくてもいいが、今回は俺達が招いた敵みたいだ。自分達の尻拭いは自分でやるぞ!」
 その言葉に、めぐみんとアクアが俺とダクネスに続いて馬車を降りた。

 事情を知らないおっちゃんが叫ぶ。
「お客さん! お客さんは護衛を引き受けた訳じゃ無いんですから! 金払って馬車に乗ってるんですから、安全な所に隠れてください!」

 すいません! 原因は多分ウチの仲間なんです!

 そんな俺の内心の謝りに。

「冒険者の先生方! お願いします!」
 それは馬車の護衛の依頼を受けた冒険者達だろう。
 それらの人がゾロゾロと、商隊のリーダーの様な男の声を受け、武器を手に、次々と馬車から飛び出した!

 ダクネスは商隊の横手側から突撃してくる走り鷹鳶の群れに対し、そのまま真っ直ぐ歩いて行く。

 情けない話だが、もちろん俺はダクネスの後方に隠れたままだ。
 俺が矢面に立っても、あんな速度の、あんな大きさのモンスターの一撃を受けたら間違いなく命は無い。
 鷹の頭を持つ、ダチョウの様な体系のその鳥は、馬より速く、馬より大きく。
 その速度を落とす事なく真っ直ぐに突っ込んでくる。

「おい、そこのクルセイダー! あんた、護衛とは関係ないんだから下がってろよ!」
 それは、とある護衛の戦士風の男の声。
 それを聞いてもダクネスは歩みを止めない。

「おい……! あのクルセイダー目がけて、モンスターが真っ直ぐに向かっていくぞ……! デコイだ! クルセイダーは、デコイって言う囮になるスキルを使う! あのクルセイダーは、護衛でも無いのにそれを使って敵を全て引き付けて!」
 それは、とあるアーチャーの声。
 すいません。使ってません。すいません。

「おい、あのクルセイダー、あれだけの敵を前にして、一歩も引かない気だ! なんて……、なんて勇敢なんだ……!」
 それは、ある魔法使いの声。
 すいません。多分全然違う理由だと思います。すいません。

 ダクネスが、なぜか頬を火照らせてウズウズしながら前に出る中、ある盗賊風の冒険者がロープを手に、果敢にもダクネスの後ろを追いかけた!

「本来は客の、護衛料も貰っていない冒険者にばかり、危険な目に合わせられるか! 援護は任せろ、くらえ『バインド』ッ!」
「なにっ!?」

 その言葉を聞いたダクネスが、一も二も無く反応した。

 ああ、そうか。確かクリスに聞いた事がある。
 盗賊のスキルには、拘束と言う物がある。
 ダクネスはクリスとパーティを組んでいた頃、クリスにこのスキルを敵に使ってもらい、動きを封じられたモンスターにダクネスがトドメを刺す戦法を取っていたらしい。

 ああ、だからか。
 スキルの名前を聞いただけで、それほど素早くもないダクネスがこんな動きが出来たのも。

 ダクネスは、目前まで迫る走り鷹鳶……!
 ……ではなく。
 まるで、その盗賊風の男が放ったバインドの標的である、走り鷹鳶を庇うかのように。
 盗賊風の冒険者と走り鷹鳶の間へと、嬉々として飛び込んだ。

 即座にロープに絡め取られたダクネスは、あっという間に手と足を拘束されて、ミノムシみたいな姿になり、そのまま地面に転がりモゾモゾ動いた。
 呆然とする盗賊に、ダクネスが頬を赤らめて、熱のこもった声で叫ぶ。
「くうっ!? 何と言う事だ! 敵を目前にして拘束されてしまった! このままではっ……! このままではあのモンスターの集団に、蹂躙されてしまうっ!」
 すいません。本当に、ウチの変態がすいません。


 転がるダクネスを目がけ、土埃を上げながら突撃してくるモンスター達。
 盗賊風の男が、そのダクネスを見て悲痛に叫ぶ。

「まさか、俺がバインドを食らわせる事により、モンスターの群れのターゲットが俺に向かうのを心配して、代わりにバインドを受けたのか!? すまねえ! 援護のつもりがかえって邪魔しちまった、許してくれええっ!」



 すいません! ウチの仲間がすいません! 本当に、本当にすいません!


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